広告

posted by fanblog

2016年10月04日

第369回 コズロフを送る(一)






文●ツルシカズヒコ


 一九二二(大正十一)年の夏。

 七月十六日ころから、大杉は東京の労働運動社に寝泊まりし毎日通院していた。

 目やにで目が開けられなくなった大杉は(大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば「結膜炎であろう」)、医師(たぶん奥山伸)から「下手すると目がつぶれますぞ」と嚇かされて、新聞ひとつ読まずに、何かことがあれば、近藤憲二に話してもらっていた。

noe000_banner01.jpg


 七月二十三日、前夜遅かったので昼近くに目を覚ました大杉に、そばで寝ていた近藤がいきなり言った。

「コズロフがやられましたよ、コズロフが……」

「放浪の過激露国人に内相から退去命令 イヴン・コズロフ(三二)とて米国の前IWW会員で堺大杉氏と親交」という、三段抜きの見出しで『読売新聞』が報じている。


【神戸電話】兵庫県武庫郡魚崎町横屋六九七の一四露西亜人イヴン・コズロフは……

 現在神戸市下山手二丁目五四ジヤパン・ガイロ・コンパニーに勤めてゐる者でポートランドに生まれ、

 四歳の時両親に伴なはれて米国に行き同地で育ち我国へは大正六年五月妻と共に来朝し……

 堺利彦、大杉栄氏らの社会主義者と交つて意見を交換し、

 傍(かたはら)我国の社会主義運動状況経済状態に関する調査をして何(いず)れにか之(これ)を送り、常に其筋の注意を引いて居た、

 昨年一月川崎三菱の大争議に際し争議団首脳者を訪問して運動を声援したこともあり、最近では社会主義者近藤憲二、和田久太郎氏等の訪問を受け何事か密談して居た、

 其主義的色彩が益々濃厚になったので、帝国の公安を害するものと認め国外退去を命ぜられたものである


(『読売新聞』・一九二二年七月二十三日)





「ポートランドに生まれ」は「ポーランドに生まれ」の間違いである。

 
『コズロフが退去命令を食つたんですよ。……堺大杉と親交あり……最近にも大杉一派の近藤憲二、和田久太郎等の来訪せる形跡あり……それぢや僕なんかも責任があるわけですな……』

『そりや確かにあるね。』

『殊に昨年の川崎の争議の際には、労働者側の諸首領と接近して、其の赤化を謀り……』

『で、いつ何処へやられさうなんだ?』

『二十五日神戸出帆の榛名丸で立つとありますがね。』

『すると明後日だね。ちよつとその郵船の広告のところを見てくれ給え。其の榛名丸と云ふのが何処へ行くんだか。』


(「コズロフを送る」/『東京毎日新聞』一九二二年七月二十九日から十三回連載/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』/日本図書センター『大杉栄全集 第14巻』)





 コズロフはロシア人だが、幼くしてアメリカに渡ったのでロシアはまるで知らないし、アナキストの彼は今、ボルシェヴィキのロシアに行ったところで仕方がないのだった。

 彼はアメリカに帰るのではないかと、大杉は思った。

 しかし、そのアメリカも彼にとっては禁物だった。

 今のアメリカでは、アナキストでありI・W・W会員であり、ボルシェヴィキであることそれ自身がひとつの犯罪である。

 いつロシアに追放されるか知れなかった。

 それに彼は、法律上では結婚していない愛人と、お上の帳簿に載っていないふたりの子供とを携えている。

 アメリカのある諸州では、それだけでも牢屋にぶちこまれる可能が十分にあった。

 大杉はコズロフの行き先が上海であってくれればいいがと、ひそかに願った。





『ロンドン行きです。』

 郵船の広告欄をしきりに探してゐた近藤が答へた。

『ぢや、上海へ行くんだ。そりや有りがたい。』

『それでも、さう急ぢや困るでせうな。いつか行つた時にも失業して大ぶ貧乏してゐたやうですからね。』

『そりや困るだらう。向うへ行けば、こつちよりも仕事は見つけ易いだらうし、暮しも日本の三分の一位ですむんだから、結局あつちへ行く方がいいんだらが、そして僕も前からさう勧めてゐたんだが。しかし、今すぐに出て行けと云はれたんぢや、誰だつて文なしどやちよつと方法がつかんだらうからな。』

『何んとか方法がつかんですかな?』

『うん、僕も今其の事を考へてゐるんだがね。本月はもう到るところ借金し尽して、此のお盆以来どこもかも断はられどうしだしね。どつかにまだ借りられさうな所があるかね?』

『え、たつた一軒だが、まづ確かなところが一軒あります。』

『それぢや、直ぐそこへ行つてくれ給え。僕は直ぐ神戸へ出かける仕度をしよう。』


(同上)





 近藤が出かけたあとへ、村木が来た。

「実際ずいぶん親交があったんだからな……」

 村木はコズロフのことをちっとも知らない二、三人の仲間を相手に話し出した。

 そして大杉の顔を見ながら、

「ね、しかも僕なんかは、奴の夜逃げの手伝いまでもしたんだからね」

 と仰山そうに言って、大杉とふたりで笑い出した。




●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 23:23| 本文
ファン
検索
<< 2017年06月 >>
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
最新記事
写真ギャラリー
最新コメント
タグクラウド
カテゴリーアーカイブ
index(1)
本文(449)
プロフィール
さんの画像

1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
プロフィール
日別アーカイブ

美は乱調にあり――伊藤野枝と大杉栄 (岩波現代文庫)

新品価格
¥1,058から
(2017/3/4 02:04時点)

諧調は偽りなり――伊藤野枝と大杉栄(上) (岩波現代文庫)

新品価格
¥1,058から
(2017/3/4 02:09時点)

美は乱調にあり (英文版) ― Beauty in Disarray (タトルクラシックス )

中古価格
¥3,487から
(2017/3/4 02:14時点)

飾らず、偽らず、欺かず――管野須賀子と伊藤野枝

新品価格
¥2,268から
(2017/2/16 10:43時点)

自由それは私自身―評伝・伊藤野枝

中古価格
¥1,081から
(2017/2/9 02:00時点)

野枝さんをさがして―定本伊藤野枝全集 補遺・資料・解説

中古価格
¥3,913から
(2016/3/13 18:23時点)

定本 伊藤野枝全集〈第3巻〉評論・随筆・書簡2―『文明批評』以後

中古価格
¥18,616から
(2017/2/9 00:18時点)

伊藤野枝と代準介

新品価格
¥2,268から
(2016/3/13 20:05時点)

日録・大杉栄伝

新品価格
¥4,536から
(2016/3/13 20:13時点)

ルイズ 父に貰いし名は (講談社文芸文庫)

新品価格
¥1,620から
(2016/3/13 20:24時点)

地震・憲兵・火事・巡査 (岩波文庫)

新品価格
¥821から
(2016/11/5 01:11時点)

海の歌う日―大杉栄・伊藤野枝へ--ルイズより

中古価格
¥1,619から
(2016/11/5 01:26時点)

大杉榮 自由への疾走 (岩波現代文庫)

中古価格
¥2から
(2017/2/9 00:00時点)

日本的風土をはみだした男―パリの大杉栄

中古価格
¥700から
(2017/2/9 00:12時点)

動揺 [CY大正浪漫コミックス1]

新品価格
¥1,080から
(2016/3/13 18:18時点)

裁縫女子 (サイホウジョシ)

新品価格
¥1,132から
(2017/2/9 18:20時点)

「週刊SPA!」黄金伝説 1988~1995 おたくの時代を作った男

新品価格
¥1,296から
(2016/3/13 20:26時点)

×

この広告は30日以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。