2016年10月04日

第368回 二人の革命家






文●ツルシカズヒコ




 一九二二(大正十一)七月十一日、大杉と野枝の共著『二人の革命家』が出版された。

「二人の革命家」とはミシェル・バクーニンとエマ・ゴールドマンのことで、大杉がバクーニンについて、野枝がゴールドマンについて、その生涯と思想を紹介している。

 大杉の「ソビエト政府と無政府主義」など三編と、野枝の「無政府の事実」も収録されているのは、その内容がバクーニンとゴールドマンの思想と深い関係があるからだ。

 バクーニンとゴールドマンの肖像画を描いたのは伊是名朝義だった。

 大杉は「序」にこう書いている。

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 誰れでもが知るつてゐる通り、バクウニンは古い、そしてゴオルドマンは新しい、いづれも国際無政府主義運動の有力な中心人物であつた。

 ゴオルドマンは今でもさうだ。

『二人の革命家』と云ふ題はそこから出た。

 バクウニンは乱世の人間だ。

 封建の旧制度が破れて、資本主義の新制度がまだ確立しなかつた、乱世の人間だ。

 そしてクロポトキンは其の資本主義万歳の泰平の時代の人間だ。

 そして今、世界大戦は、そしてそれに従つて起きたロシアやドイツの革命は、再び又此の世界を、資本制度から更に新しい正義と自由との制度に移らせる、乱世に導きつゝあるのではあるまいか。

 伊藤も又、女らしく、其の無政府主義を知り始めた十年ばかり前に、先づエマ・ゴオルドマンに私淑し出した。

 其の私淑は、貞淑に、今でもまだ変らずに持つてゐるやうだ。

 とにかく僕等は、クロポトキンに次いで、更に此の二人の革命家の生涯や思想を不完全ながらも紹介し得た事を、非常な喜びとするものである。


(大杉栄・伊藤野枝共著『二人の革命家』/アルス・一九二二年七月十一日)





 ところで、この『二人の革命家』(国会図書館の近代デジタルライブラリー)の発行日であるが、奥付けを見ると「大正十一年六月六日」になっている。

 大杉豊『日録・大杉栄伝』にも、この日に発行されたと記されている。

 しかし、大杉は「序」の原稿末尾に「一九二二年六月十五日 ルイズが此の世に出てから一週間目に」と記している。

 大杉の記述が正しいとすれば、発行日が六月六日というのはありえないことになる。

 大杉の「序」の原稿が仕上がる前に、本が発行されたことになるからだ。

『二人の革命家』の奥付けをもう一度確認してみると、「六月六日」と印刷してあるが、ペンみたいなもので「七月拾壱日」と訂正してあることに気づいた。

 誰がこの「訂正」をしたのか不明だが、筆者はとりあえずこの「訂正」した発行日に従ってみた。





 以下、筆者の推理なのだが、版元のアルスは奥付け通りの月日で発行するつもりだったのだろう。

 しかし、大杉の「序」原稿の入稿が遅れたので、発行日がずれ込んでしまった。

 それなのに奥付けの原稿を訂正することなく、印刷所に入稿してしまった。

 文字校正もしたのだろうが、赤字を入れ忘れたか、あるいは赤字は入れたが印刷所がスルーしてしまったのではないか。

 大杉が「伊藤は今第四の女子を生んでまだ産褥にゐる。僕が伊藤の代理までして、此の序文を一人で書いて了つたのは其のわけだ」と書いているように、本来、この「序」は大杉と野枝のふたりで書くはずだった。

「序」の原稿が遅れたのは、出産間近だった野枝の体調不良のためであろう。

 この年の九月から敏腕編集者だった近藤憲二が、労働運動社からアルスに出向のような形で勤務することになるが、近藤の収入の問題もあっただろうが、アルス経営者の北原鉄雄は今回のようなミスをなくすために有能な近藤をスカウトしたのかもしれない。





 一九二二(大正十一)年七月十一日、大杉は安成二郎宛てに手紙を書いた。


 きのう読んだ。

 そう大してまずくもないじゃないか。

 モデルとしての苦情は別としてだね、もっとも、いよいよ刺すというだんに到る、道ゆきがはなはだあっけなさ過ぎるが。

※以下、野枝の文面。

 モデルが年よりになったことをおどろきます。

 あれをよむとほんとにあの学者の知っている頃のモデルの若さがよく出ています。

 ちかごろはすっかり年をとりましたと書いた方におしらせ下さい。

 今もあの若さだとたのもしいですが。


(一三五 安成二郎宛・一九二二年七月一一日 /大杉栄研究会編『大杉栄書簡集』・海燕書房・一九七四年十二月/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』)


『定本 伊藤野枝全集 第三巻』解題によれば、この書簡の初収録は大杉栄研究会編『大杉栄書簡集』。

 大杉が読んだのは大杉をモデルにした佐藤緑葉の中篇小説「無為の打破」(『早稲田文学』一九二一年七月号)である。

 大杉が太田、荒畑寒村が有田、神近市子が河村恒子、野枝ものり子として登場している。

 佐藤緑葉は安成二郎の兄・貞雄の早大時代の友人、『近代思想』にも寄稿し大杉、荒畑とも交流があった。



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 23:20| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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