2016年10月04日

第366回 ルイズ






文●ツルシカズヒコ




 一九二二(大正十一)年六月七日、野枝が四女・ルイズを出産した。

「ルイズ」という命名の由来を、大杉はこう書いている。


 伊藤は今第四の女子を生んでまだ産褥にゐる。

 僕が伊藤の代理までして、此の序文を一人で書いて了つたのは其のわけだ。

 こんどの子は、僕の発意で、ルイズと名づけた。

 フランスの無政府主義者ルイズ・ミシエルの名を思ひ出したのだ。

 彼女はパリ・コムユンの際に銃を執つて起つた程勇敢であつたが、しかし又道に棄てゝある犬や猫の子を其儘見棄てゝ行く事のどうしても出来なかつた程の慈愛の持主であつた。

 が、うちのルイズはどうなるか。

 それは誰れにも分らない。

 エマばかり生まずに少しはバクウニンも生んだらどうか、と云ふお小言のハガキもあつたが、これ又誰れにも如何ともしようがない。

 一九二二年六月十五日

 ルイズが此の世に出てから一週間目に

 大杉栄


(「二人の革命家」序/大杉栄・伊藤野枝共著『二人の革命家』・アルス・一九二二年七月十一日/『労働運動』三次六号・一九二二年八月に一部省略して掲載/日本図書センター『大杉栄全集 第7巻』)

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 大杉が代準介に野枝が出産したことを伝える手紙を書いたという。


 ぶじ女児を出産しました。

 ルイズと名をつけました。

 またまた女の子です。

 仕方ありませんから、婦権拡張に努めます


(矢野寛治『伊藤野枝と代準介』/弦書房・二〇一二年十月三十日)





 大杉豊『日録・大杉栄伝』にも、大杉が代準介に宛てたこの書簡が引用されている。


 六月七日、ぶじ女児を出産しました。

 ルイズと名をつけました。

 またまた女の子です。

 仕方ありませんから、婦権拡張に努めます。


(大杉豊『日録・大杉栄伝』/社会評論社・二〇〇九年九月十六日)





 伊藤留意子(四女・ルイズ/伊藤ルイ)が糸島高等女学校を卒業したのは、一九三八(昭和十三)年の春だった。

 同校を卒業した留意子は、神戸在住の大杉の末弟・大杉進の家に寄寓することになった。

 松下竜一『ルイズーー父に貰いし名は』によれば、神戸に発つことを知った代準介は、留意子にこの葉書を託したという。

 代準介は大杉、野枝、橘宗一殺害に関する新聞記事のスクラップとともに、この葉書を留意子に渡したのだった。


 ……新聞記事のなまなましい記述は、留意子にとって悪夢のように衝撃的で、すぐに読むことをやめてしまった。

 それはただもう怖いだけのものであるが、一緒に渡された野枝の葉書は懐しくて、何度覗き込んでもふっと微笑が湧く。

 それは代準介に宛てられたもので、いかにも野枝らしい大きな強い字が走り書きされている。

  
  6月7日、ぶじ女児を出産しました。

  ルイズと名をつけました。

  またまた女の子です。

  仕方ありませんから、婦権拡張に努めます。


(松下竜一『ルイズーー父に貰いし名は』/講談社・一九八二年三月十日)





 代準介に届いた野枝の四女出産を伝える書簡は、どうやら葉書だったようである。

 問題はこの葉書を誰が書いたのかだが、矢野寛治『伊藤野枝と代準介』と大杉豊『日録・大杉栄伝』では大杉が書いたとあり、松下竜一『ルイズーー父に貰いし名は』では野枝が書いたことになっている。

 葉書の日付けは野枝がルイズを出産した六月七日であり、出産直後の野枝が自筆で文字を書くのは困難だったと推測すれば、大杉が書いた可能性が高いと判断すべきか。

 ルイズ出産を伝える代準介宛ての葉書は、大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』(一九二六年)の大杉と野枝の「消息」(ふたりが残した書簡)にも、大杉栄研究会編『大杉栄書簡集』(海燕書房・一九七四年)にも、學藝書林『定本 伊藤野枝全集 第三巻』(二〇〇〇年)にも収録されていない。

 この葉書の存在を初めて世に知らしめたのは、大杉豊『日録・大杉栄伝』(社会評論社・二〇〇九年)ということになる。

 大杉豊は同書の「あとがき」に同書を出版した経緯を記しており、それによれば「大杉の四女・伊藤ルイさんから、亡くなる直前に、いくつかの資料を託された」とある。

 伊藤ルイが胃癌で亡くなったのは一九九六(平成八)年六月二十八日だった。

 とすれば、伊藤ルイは「四女・ルイズ出産」を伝える代準介宛ての葉書を、女学校卒業時に代準介に託されて以来六十年近く所持し、死の直前に大杉豊に託したのではないかと推測できる。





 六月九日、浅草の老松町寿松院で久板卯之助、倉内雅一、小田頼造の合同追悼会が行なわれ、労運社から大杉と和田久太郎が出席した(小松隆二『大正自由人物語』)。

『日録・大杉栄伝』によれば、このころ大杉の家には子供の世話のために、野枝の叔母・坂口モトが来て同居していた。

 矢野寛治『伊藤野枝と代準介』によれば、モトは「今宿の兄亀吉と折り合いの悪い妹で、代準介が幼児たちの世話係として上京させた」のである。

 六月十四日、野枝は堺真柄宛ての葉書(官製)を書いた。

 宛先は「東京市麹町区麹町八丁目二四番地」。





 おはがきありがとう。

 無精ばかりして、あなたには此の間から大分お手数をかけましたね。

 折角御祝詞をいたゞいても、また女ではなんてさぞ彼方此方(あちこち)で云はれてゐる事だらうとおもふとうんざりします。

 でも、ヨタな男よりはしつかりした女の方がよほどましですからね。

 大いに立派な女を大勢そだてゝ女権拡張につくすつもりです。

 とか何とかいばるより仕方がありませんね。

 今月中はとても出京は出来ませんからよろしくおふくみをねがひます。

 それからあなたにぜひ御相談したい事があるのですが、一日あそびながらゐらして下さいませんか。

 大変わがまゝですけれど、御両親にもぜひ私からおねがひだとおつたへ下すつてお許しを出して下さるようにおねがひして下さいませ。


(「書簡 堺真柄宛」一九二二年六月一四日/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』)


●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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