2016年09月23日

第357回 徳富蘇峰






文●ツルシカズヒコ



 内田魯庵『思ひ出す人々』が出版されたのは、一九二五(大正十四)年だった。

 一九二八(昭和三年)に出版された、徳富蘇峰好書品題』に「思ひ出す人々を読む」が収録されているが、これは蘇峰が魯庵の『思ひ出す人々』を読んで書いた一文である。

 蘇峰と魯庵はほぼ同世代であるから、ふたりが交わった人々も重なるものがある。

 魯庵の『思ひ出す人々』には「最後の大杉」という一文が収録されていて、これは魯庵一家と大杉一家との親交を書いたものだが、蘇峰も「思ひ出す人々を読む」の中で大杉との交流について言及している。

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 魯庵君は、最後の大杉栄と題して、大杉栄に就き、微にして婉なる追憶記を掲げてゐる。

 記者は大杉に対して、何等同情す可き理由を持たない。

 併(しか)し偶然の事から彼と相知り、相語る機会を得た。


(「思ひ出す人々を読む」/徳富蘇峰『好書品題 蘇峰叢書4』・民友社・一九二八年四月二十七日)





 蘇峰が病を養うために逗子に「老龍庵」という居を構えたのは一九一九(大正八)年八月だったが、大杉一家が借りた家は逗子停車場と「老龍庵」の中間にあった。


 其の家は先づ中等以上の邸宅と云うても、苦しくなかった。

 其の周辺には、警察の見張小屋が設けられた。

 記者は大杉の容貌風彩(ふうさい)を前知しなかつた。

 されど逗子東京間の汽車中にて、其の随伴者の熟面警吏によりて、記者の向に座したるものが、大杉たるを知つた。

 大杉は立派な服装をしてゐたが、何となく意気軒昂で、車中を睥睨(へいげい)するが如き態度を持してゐた。


(同上)





 汽車の中で蘇峰が自ら脱帽し大杉に挨拶をし、大杉の隣りの席に座り、新橋までの間、ふたりは種々の談話をした。

 このとき、蘇峰は五十八歳である。


 記者は必ずしも交(まじはり)を求めたのではない。

 然(しか)も機会があらば、予の意見を、彼に語りたいと思うた。

 固(もと)より彼を改悔(かいくわい)せしめんと試みたのではない。

 然(しか)もせめて我等の側の意見の、何者であるかを、知らしめんと欲したのであつた。


(同上)


 大杉は吃ったが、談話を好んだ。

 ふたりは敢えて議論を避けていたが、お互いに腹蔵なく語り、相互の意見を聞いた。

 それ以来、停車場や汽車の中で遭遇すると、蘇峰と大杉は会話をするようになり、蘇峰は野枝や魔子とも相知る関係になった。





 蘇峰は野枝についてこんな記述をしている。


 爾来大杉とは勿論、野枝とも汽車中にて相見た。

 其の子供とも相見た。

 野枝は熊本に在りたとて、互ひに熊本に就いて語つた。

 而(しか)して野枝の話には『先生の御本は、私共の仲間では、獄中で能く読んでゐます。先生の御本は、読みでがありますから、獄中の差入物には、誠に調法であります。』と。

 記者は之を聞いて、獄中でなくとも、娑婆にても、読んでいたヾきたいものであると、笑ひつゝ答へた。

 野枝は農村の問題などを研究しつゝありとて、種々の質問をした。

 彼女の風采(ふうさい)は、大杉の堂々たるに比して、較べものにならなかつた。

 田舎の女子師範学校の生徒とも紛ふばかりであつた。

 老龍庵の側(かたわら)に、饅頭屋がある。

 そこに野枝は子供を携へ、警吏を随伴して、屡(しばし)ば往(ゆ)くから、老龍庵の光景は、外から瞥見したと語つた。


(同上)


 野枝たちが獄中の同志に差し入れていた蘇峰の著作は、蘇峰のライフワークとなった『近世日本国民史』だろうか。

 wikiの徳富蘇峰の「歴史家蘇峰」の項に「杉原志啓によれば、アナキストの大杉栄が獄中で読みふけっていたのが蘇峰の『近世日本国民史』であり」とある。





 蘇峰は大杉に関してこんな記述もしている。


 大杉は本郷教会で洗礼を受け、又た現枢密院顧問官某氏から、屢(しばし)ば示諭(しゆ)を蒙(かうむ)つたなどと語つた。

 而(しか)して其の自伝の出版せられたならば、進呈す可しと云うた。

 余は又た大杉に向て、君は何故(なにゆゑ)に賀川豊彦氏の事業を妨げんとする乎(か)。

 過日も同氏の演説会を打毀(うちこは)しにかゝつたと聞く。

 賀川氏は余と知人である。

 今後は左様なる手荒らき事は、差控へては如何と云つた。

 併(しか)し大杉は此れに就(つい)ては、明白な返答を与へなかつた。

 余と大杉の交際は、停車場、若(も)しくは汽車中のみにて、互に往来はしなかつた。

 大杉は車中でも、原稿を携へて、それを読んでゐた。

 或時は之(これ)を予(よ)に示して、私共の文章は、此(かく)の如く、苦心を要す、然もそれでさへ中々其筋の通過が、面倒であると云うた。


(同上)



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 13:03| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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