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2016年09月20日

第356回 無政府の事実






文●ツルシカズヒコ




 野枝は『労働運動』三次一号に「無政府の事実」の前半を書いた。

 以下、抜粋要約したが、〈二〉の一部は引用。


〈一〉

 ●無政府主義は理想である、空想であるという非難がある。

 ●中央政府の手を借りなければ、どんな自治も可能にならないという。

 ●聡明な社会主義者ですら、無政府主義の「夢」を嘲笑っている。

 ●しかし、私たちの祖先から今日まで伝わっている村の小さな「自治」の事実が、無政府主義が「夢」ではないことを証明していると思う。

 ●いわゆる「文化」の恩恵を充分に受けることができない地方に、権力も支配も命令もない、ただ人々が必要とする相互扶助の精神と真の自由合意による社会があるのではないだろうか。

 ●それは中央政府の監督下にある「行政」とはまるで別物で、「行政機関」という難しいものがなかった昔、必要に迫られて起こった相互扶助の組織が、今日まで表向きの「行政」とは別個に存続してきたのである。





〈二〉

 ●自分の生まれた村について直接、見聞きした事実とそれについての考えを書いてみたい。

 以下、引用。


 私の生まれた村は、福岡市から西に三里ばかり、昔、福岡と唐津の城下とをつないだ街道に沿うた村で、父の家のある字は、昔、陸路の交通の不便な時代には、一つの港だつた。

 今はもう昔の繁盛のあとなどは何処にもない一廃村で、住民も半商半農の貧乏な人間ばかりで、死んだやうな村だ。

 この字は、俗に『松原』」と呼ばれてゐて、戸数はざつと六七十位。

 大体街道に沿うて並んでゐる。

 此の六七十位の家が六つの小さな『組合』に分かれてゐる。

 そして此の六つの『組合』は必要に感じて連合する。

 即ち、一つの字は六つの『組合』の一致『連合』である。

 しかし、此の『連合』はふだんは解体してゐる。

『組合』は細長い町の両側を端から順に十二三軒か十四五軒づつに区切つて行つたもので、もう余程の昔からの決めのままらしい。


(「無政府の事実」/『労働運動』一九二一年十二月二十六日・三次一号/『労働運動』一九二二年二月一日・三次二号/大杉栄と伊藤野枝共著『二人の革命家』・アルス・一九二二年七月十一日/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集別冊 伊藤野枝全集』/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』)


 ●「組合」も用のないときは、解体している。型にはまった規約もなければ、役員もいない。

 ●「組合」を形つくる精神は、遠い祖先から「不自由を助け合う」ということのみだ。

〈三〉

 ●組合のどの家も太平無事なときには組合の仕事は何もしないが、ある家に何かが起これば、すぐに組合の仕事にとりかかる。

 ●家数が少なく、家と家が接近しているので、ある家に何かが起こればすぐに組合中に知れ渡る。

 ●知れば仕事を半ばにしても、すぐ駆けつけるか、事前に相談をする。

 ●相談する場所もその時々で変わり、誰かの家の土間だったり、誰かの働いている畑ですむこともある。
 
 ●人が集まればすぐに相談が始まり、みんな思うことを正直に言い合う。
 
 ●そこには他人の思惑を気にして、自分の意見を言うことに臆病になる空気がまったくない。

 ●村長だろうが、日雇いだろうが、自由に思うことを述べる。年長者や家柄が田舎の習わしで尊重されはするが、仕事の妨げになるようなことはない。

〈四〉

 ●相談の結論は誰がつけるのか? それもみんなでつける。

 ●相談は具体的な、誰の目にも明らかな事実に基づくことであり、結論はひとりでに出る。誰かに暗示されるようなことはない。

 ●しかし、どうかして意見がまちまちになり、どうしても一致しないことがある。

 ●幾人もの見方がそれぞれ違い、その理由も複雑で、容易にどれが真に近いのかわからないようなことがある。

 ●そういう場合は、幾晩も集まり熱心に話し合う。

 ●できるだけみんなが正しいと思う標準から離れないように努める。

 ●みんなが納得できないような理屈を言ったり、それを押し通そうとしたりする者があれば、みんなが納得できるように問い糺す。どうしても納得できず、それが正しい方法でもないとわかれば、みんなは正面からその人間をたしなめる。





〈五〉

 ●ある家に病人が出る。すぐに組合中に知れる。みんなは急いでその家に駆けつける。

 ●そして医者を呼びに行くとか、近親の家に知らせに行くとか、看病の手伝いなど親切に働く。

 ●病人が少し悪いとなれば、二、三人ずつ交替で毎晩徹夜して看病する。

 ●人が死ぬと、方々の知らせ、その他の使いはもちろん、墓穴を掘る、棺をかつぐ、葬式に必要な一切の道具を作る、大勢の食事の世話、何から何まで組合が処理する。

 ●子供が生まれるときは、組合の女たちが集まる。産婦が起きるようになるまで一切の世話を組合の女たちが引き受ける。

 ●みんなから好かれる家ばかりではない。陰口もささやけば不平も言うが、手伝っている仕事を粗末にするようなことはない。その家に対する各人の感情と、組合としてしなければならないことは、ちゃんと別物にする。

〈六〉

 ●組合員はときどき懇談会をする。たいていどこか一軒の家に集まり、午餐のご馳走を食べたり飲んだりする会で、米何合、金いくらと決めて持ち寄る。

 ●他家の葬式、病人、出産婚礼、なんでも組合で手伝った場合には、たいていの買い物は組合の顔で借りてすます。お金の計算は手伝いの後でやり、その会計の報告を家の人にして、組合の仕事は終わる。

 ●みんなが組合に対して持つ責任は、押しつけられたものではなく、大勢の人にたいしてすまないという良心に基づいている。

 ●だからなんの命令も監督もいらない。

〈七〉

 ●火の番、神社の掃除、修繕、お祭りなど、ひとつの字を通じてやる仕事は、六つの組合が一緒になってやる。

 ●この場合、各組合から二、三人の人を出して相談する。

 ●相談が決まって仕事に取りかかるときには、小さな組合は解体して、連合がひとつの組合になる。

 ●連合の単位は組合ではなく、一軒ずつの家だ。





〈八〉

 ●神社の修繕費などは、みんなで相談して貯金をする。字全体の戸主の名を書いた帳面と一緒に、一戸から三銭とか五銭とかと決めたお金を入れる箱が回される。箱は間違いなく隣りから隣りへと回っていく。

 ●母親たちが、学校へ通う道が悪くて子供たちが難儀するとこぼす。するとすぐに、誰かの発議で暇のある人たちが道を平にしてしまう。

 ●こうしてすべてのことが実によく運んでいる。他との協力が必要な場合は、字全体でひとつになる。

 ●村の自治と村役場の行政は別ものなのである。

 ●大部分の人は組合の相談には熱心だが、村会議員が誰だとか村会で何が議題になっているかなどには無関心だ。

 ●村役場は税金、戸籍、徴兵、学校のことなどの仕事をしているところというのが、たいていの人の役場に対する考え方だ。

〈九〉

 ●村の駐在や巡査も、組合のおかげで無用に近い観がある。

 ●個人間の喧嘩でも、家同士の不和でも、たいていは組合でおさめてしまう。

 ●泥棒が捕まっても、土地の者はもちろん、他所の者でもなるべく警察には秘密にする。

 ●最近、ある家の夫婦が盗みをした。度々のことなので、おおよその見当をつけていた被害者に証拠をおさえられた。

 ●盗まれた方も盗んだ方も同じ組合だったので、さっそく組合の人が駆けつけた。盗んだ夫婦はみんなから散々、油を絞られた。

 ●以後、こんなことは決してしないと盗んだ夫婦が謝罪したので、被害者の主人も許すことにした。

 ●組合は盗んだ夫婦が再度こんなことをしたら組合から仲間はずれにするという決議をして、一件落着した。

 ●この事件に対する村の人たちは、たいていこう考えている。

 ●盗みは当然、よくないことだ。しかし、盗みをはたらいた者を監獄にやってどうなる。彼らにも子供もあれば親類もある。その人たちの迷惑も考えてやらねばならない。盗みをはたらいた者は、組合の人たちの前で謝るだけで充分に恥じている。この土地で暮らそうと思うなら、組合から仲間はずれになるようなことは、もう仕出かさないだろう。二度と盗みをさせないように、まわりが用心して、機会を与えないようにすることだ。それで盗みをはたらいた者は救われるだろう。





〈十〉

 ●この話は字の者の耳には入っているが、巡査の耳には入らないように充分に注意されている。

 ●普段、巡査と親しくしていても、決してしゃべらない。

 ●巡査にしゃべる人があれば、たちまち村中の人から警戒される。

 ●役人というのはそもそも昔から、他人の不幸を狙っているような役回りである。巡査に秘密にするのは、村の平和を保護しようとする、真の自治的精神ではないだろうか。

 ●組合が課す懲罰の最後は、仲間はずれであり、それはすなわちその土地から追われることである。

 ●ある組合から仲間はずれになったら、他の組合に入ることはできない。

 ●この最後の制裁を受けたら、どこか違う土地に行くしかないので、村の者はこの最後の制裁を非常に重く考えている。

 ●私の見聞の範囲では、この最後の制裁を受けた家の例はない。それだけこの最後の制裁の効果は絶大なのだ。

〈十一〉

 ●私はこれまで村人たちの村のつまらない生活に対する執着を理解することができなかった。

 ●いったん村を離れる決心をして、都会に出てひとかどの商人になることを覚えた青年たちまでもが、村に帰って来て、貧乏な活気のない生活に執着していることが不思議だった。

 ●しかし、私は初めて理解した。

 ●村の生活に馴れた者には、都会の利己的な生活はとても堪えられないのだ。

 ●成功の望みはなくても、貧乏でも、組合で助け合う暖かい生活の方が、彼らにははるかに住み心地がいいのであろう。



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 22:19| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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