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2016年09月15日

第350回 弾丸






文●ツルシカズヒコ



 一九二一(大正十)年九月九日、夜の十時、野枝は堺真柄とともに警視庁特別高等課に出頭させられた。

『東京朝日新聞』(九月十日)によれば、野枝と真柄は高津正道の妻・多代子とともに一時間ほどの取り調べを受け、多代子はそのまま検束され、帰宅を許された野枝と真柄は高津夫妻に差し入れをして引き取った。

 そのころ『お目出度誌』という謄写版刷りの小冊子が出回っていたが、それには縦に読めばなんでもない文句を横に読むと不敬なものになる巧妙な仕掛けがしてあり、警視庁は高津夫妻と『お目出度誌』との関連を取り調べていたのである。

 野枝と真柄が警視庁に出頭させれられたのも、この『お目出度誌』との関連の取り調べを受けるためだった。

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『読売新聞』(九月十四日)によれば、九月十三日、午後七時から四谷区南伊賀町六十の無産社で赤瀾会の相談会が開かれたが、あいにくの雨でもあり出席したのは堺真柄、野枝など十人あまりだった。

 大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、無産社は仲宗根源和・貞代夫妻の家で、相談の内容は会員の高取のぶ子と高津多代子が拘留されたことへの対応策などだった。

 しかし、十二月には反戦ビラ配布の暁民共産党事件で、堺真柄と仲宗根貞代が収監され、赤瀾会は自然消滅することになる。





「一網打尽説」(『東京毎日新聞』一九二一年九月十五、十六、十八日/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』/日本図書センター『大杉栄全集 第14巻』)によれば、九月の半ばごろ、大杉は藤沢の鵠沼海岸の旅館東屋に滞在していた。

『改造』九月号から連載が始まっていた「自叙伝」の執筆、『昆虫記』翻訳のためだが、『日録・大杉栄伝』によれば和田久太郎が同行し大杉の仕事を手伝った。

「一網打尽」とは、当時、官憲が強化していた社会主義者の弾圧のことで、暁民会をはじめ三十名ほどが検挙された。

 社会主義者「一網打尽」の指揮を執っていたのは、六月に警視庁官房主事に就任した正力松太郎だった。

「一網打尽説」の中で大杉も正力について「警視庁の官房主事に岡っ引きの令名(れいめい)の高い正力某が来ました。特別高等課の係長として、その子分の山田某を引張って来ました」言及している。

 近藤憲二が禁固三ヶ月の刑を終え、東京監獄を出獄したのは、九月二十五日だった。


 赤とんぼがしきりに飛ぶ秋日和であった。

 その日、監獄の高い赤煉瓦の壁を背景にとった大杉と四歳のマコちゃんと私との素人写真があったが、戦災に焼いたのか今はない。

 その足で鎌倉へ行き、大杉の家にいることになった。


(近藤憲二『一無政府主義者の回想』)


 大杉一家は十一月に逗子に引っ越すことになるが、「伊藤野枝年譜」(『定本 伊藤野枝全集 第四巻』)によれば、野枝が「逗子に移る前後から写真を始める」とあるので、東京監獄の赤煉瓦を背景にして大杉と魔子と近藤が写っている写真を撮影したのは、野枝である可能性が高い。

 九月二十八日、安田善次郎が神奈川県大磯町の別邸で朝日平吾に刺殺された。





 九月三十日、近藤栄蔵は銀座鍋町の小料理屋「青柳」の二階で、栄蔵が堺から引き継ぐことになった売文社の顧問会を催した(『近藤栄蔵自伝』)。

 栄蔵は上海から持ち帰った金で本郷区駒込片町十五番地に家を借り、家族を呼び寄せ、そこで売文社の経営にも乗り出したのだった。

 売文社の経営は共産党結成に邁進する栄蔵のカモフラージュでもあった。

 堺や山川、ましてや大杉は運動に関して栄蔵とは一線を画していたが、栄蔵は三人を売文社の顧問格に迎え協力を仰いだ。

 この日の顧問会には山崎今朝弥、新居格も出席、和気あいあいの酒席の写真が残っている。

 栄蔵が借りた駒込片町の家は、二階建て庭つき門構え、玄関が二畳、その奥に三畳、その奥が台所、玄関の右が八畳の座敷、廻り廊下があり突き当たりが便所、玄関に二階に上がる階段があり、二階は八畳間だった(『労働運動』三次九号の「編輯室から」によれば、二階は八畳と六畳の二間)。

 大杉はこの家に野枝や魔子を連れて何度か遊びに来たり、一家で泊まっていったこともあるという。

 後にこの駒込片町の家は労働運動社が借りることになり、そして大杉一家が住むことになる。





 コミンテルンのメッセンジャーとして張太雷が来日したのは、十月上旬だった。

『近藤栄蔵自伝』と大杉栄「日本脱出記」よれば、張はイルクーツクで行なわれる極東民族会議の日本代表派遣要請に来日、堺と山川は人選を栄蔵に一任した。

 栄蔵は、官憲の警戒をくぐり抜け海外に潜行するのに適しているのはボルよりアナだと判断し、張にそう話すと、張は承諾した。

 栄蔵から相談された大杉は、日本から出席する十名ほどのメンバーに加わることにした。

 吉田一、高尾平兵衛、和田軌一郎、小林進次郎(正進会)、高瀬清徳田球一などの一行が出発したのは十月の下旬だったが、大杉は直前になってキャンセルした。

「十月の澄みきった空をながめて、私がまず思い浮かべるのは鎌倉の秋だ。……東京監獄を満期放免になって、そのころ鎌倉にいた大杉(栄)のところに寝ころんでいたときの、のどかさである」(『一無政府主義者の回想』)と、近藤憲二は書いている。

 散歩をすると赤い柿が枝もたわわになっていた。

 近藤が縁に座っていると秋の日光が、ほかほかと背中じゅうを暖めてくれた。

 身近に同志たちの声が聞こえるーー近藤にはそれだけでも十分満足だった。

 毎年秋になると、鎌倉の大杉の家で過ごした日々を思い浮かべるほど、近藤には満足な楽しい日々だった。

 近藤が同居することになった大杉の鎌倉の家には当時、村木と和田久太郎も同居していた。

 飛び回り屋の和田は、東京へ行ってほとんどいなかったが、村木はたいがい家にいた。

「ご隠居」のあだ名がある村木は、台所の買物に行ったり、掃除をしたり、日向ぼっこをしたり、煙草を吸ったりしていた。

 近藤はある日の朝のことを、こう回想している。





 ある日の朝だ。

 大杉と村木とが畳に寝そべって話していたが、やがて二人の笑い声が聞こえた。

 縁で新聞を読んでいた私は、その笑い声で何気なく顔をあげた。

「もうやめだ、すっかり疲れたからね」

 村木はそういって、紙の上にひろげていたものを無造作にまるめて、懐へいれた。

 私が顔をあげたのはその瞬間だったのである。

 そのとき、ちらった見た。

 村木が懐に入れたのは弾丸(たま)だった。

 私の眼には確かにそう映った。


(同上)


 野枝は『婦人公論』十月号(第六年第十一号)に「成長が生んだ私の恋愛破綻」(『定本 伊藤野枝全集 第三巻』)を寄稿した。




●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 23:01| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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