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2016年08月13日

第321回 クロポトキンの教育論






文●ツルシカズヒコ




 大杉の著書『クロポトキン研究』アルスから出版されのは、一九二〇(大正九)年十一月五日だったが、売れ行き好調で版を重ねた。

 上記『クロポトキン研究』のリンクは国立国会図書館のデジタルライブラリーだが、奥付けを見ると同書は一九二三(大正十二)年十二月二十日発行、つまり大杉と野枝の死後に発行されている。

 奥付けには「三刷」とあるので、三年間で三十三回も増刷されたことがわかる。

『クロポトキン研究』には、野枝が書いた「田園、工場、職場−−クロポトキンの経済学」(初出は『改造』一九二〇年六月号)と「クロポトキンの教育論−−頭脳労働と筋肉労働の調和」(ふたつとも再録は大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第二巻』/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』)が収録されている。

 野枝の「クロポトキンの教育論−−頭脳労働と筋肉労働の調和」(大杉栄『クロポトキン研究』)は、末尾に「一九二〇年五月」と記されているが、『定本 伊藤野枝全集 第三巻』解題によれば発表誌、発表年月日は不明である。

『労働運動』が一次六号で終刊になったが、同誌一次七号に寄稿する予定だったのかもしれない。

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 以下、抜粋要約。

〈一〉

●現代社会の最大の欠陥は、経済生活の不条理から生じている。

●アダム・スミスは生産を増加させる最良の方法は「分業」だと唱えたが、この「分業」こそが経済生活の不条理を生む根本の原因である。

●分業の行きつく先は、極度の専門化であり、それは例えば人間に一生涯、小さな針の頭だけを造ることを強いる。

●分業を謳歌できるのは、奴隷のような分業労働者を使って富を得る特権階級だけである。

●聡明な社会主義者ですら、その組織を運営するにあたり、分業という思考を棄てられずにいる。





〈二〉

●アダム・スミスは国家の富の総量だけを基準にしているが、それは真の経済学ではないとクロポトキンは言う。

●人間の欲求をその最少限の労力で満たす手段を研究するのが、真の経済学だとクロポトキンは言う。

●国家の生産が増し、それがどんどん金に代わっていっても、その恩恵を享受できるのは特権階級だけで、肉体労働に携る労働者階級はその恩恵に与れないだけでなく、生産過剰になると失業する。

●生産者階級と名付けられる労働者は、自分で生産したものを自分のために用いることもできず、特権階級に生活を蹂躙さている。

●しかし、労働者はようやく自分の置かれている地位の不合理さに気づき、特権階級と戦い始めた。これは正しい成り行きである。

●この労働者と特権階級との戦いが、労働者の勝利に終わったとき、現在の経済学は根底から覆されてしまうだろう。

●そして、消費者階級と生産者階級という区別もなくなる。

●誰もが必要に応じて労働し、同時に趣味に応じて学問や技芸の研究に耽る時間を持つことが可能になるのである。

●労働は現在のように不愉快極まるものではなくなるであろう。

●分業の結果として生産者階級と消費者階級が截然と分かれた。

●すなわち頭脳労働と筋肉労働が切り離されたが、すべての人はこのふたつのものを並び持たなければならないと、クロポトキンは指摘している。

●そのために有効な具体的な手段としてクロポトキンが注目しているのは、現在の教育の改善である。





〈三〉

●かつての職工は科学を習得する機会はなかったが、工場の種々の仕事に従事していたので、必要に応じた総合的な知識を持っていた。

●最近百年ほどの間に産業上の革命を起こした機械の発明や改良は、学者や専門の機械師ではなく、総合的な知識を持っていた職工によってなし遂げられた。

●科学者が自然の方則を発見し、機械師がそれを応用して模型を造り、労働者が鋼鉄や木材や石で実際の機械を造り、労働者は自分が造った機械で単調な労働を強いられる。

●これは間違っている。

●最近の工業発展に貢献したのは、科学者でもなくただの機械師でもなく労働者でもなく、それらのすべての能力を併せ持っている現制度では少数の例外者である。

●科学的教育と工場での実際の仕事が結合されることによって、そういう人材が生まれる。

●すなわち、筋肉労働者であると同時に知識的研究に耽る頭脳労働者を、教育によって生み出すことが必要である。

●クロポトキンは具体例として、モスコウの工芸学校の教育について言及している。

●モスコウの工芸学校では、十四、五歳の子供がまず五、六年の間、高等数学や物理学や科学などの知識を学び、それから社会に出て実際の工場で熟練した技術を習得する。

●つまり、学校で習得した科学の知識を実際に応用することを学ぶのである。

●この教育により、分業によって生じた科学者、機械師、労働者という階級が消滅するのである。

●クロポトキンは、人類を幸福にしない分業を廃滅すべきだと繰り返し言う。

●この教育方針は農業においても同様である。

●現在の農業は土地の善悪、気候の寒暖、空気の乾湿に左右されなくなった。

●土地は有限だというマルサスの人口論は根底から覆されてしまった。

●科学的な集約農法がより発展すれば、人間の最少限の労力で必要に応じた食物を生産することが可能になるだろう。

●人類は長い間、食物を得るために奴隷のように働かなくてはならなかったが、それは遠い過去のことになるだろう。

●そうした多くの実例を引用して書かれたのが、クロポトキンの『田園、工場、製造所』(※「製造所」は単行本目次では「職場」)である。





〈四〉

●学者はその知識を大学で学生に講義する。そして本を書く。

●しかし、その知識を世人の日常生活に応用するには、大工と一緒になって自分の考案を具体化したり、機械工場で油染みた職工と一緒に働かなければならないこともあるだろう。

●自ら土地を耕し百姓仕事をしなければならないこともあるだろう。

●しかし、現在、そういう学者は希有だ。

●近代文明の一特徴である工業は、十七世紀の末から十九世紀の初期にかけて非常な速度で発達したが、それに貢献したのは科学者ではなかった。書斎から出ない専門の科学者は、みな無能だった。

●蒸気機関を発明したワットは機器製造人だったし、蒸気機関車のスチーブンソンは炭鉱で縦坑の巻上げギアを制御する「制動手」だった。

●クロポトキンは学者について、こう語っている。

●学者たちは批判されると、こう言うだろう。「我々は自然の法則を発見する。それを応用するのは他の仕事だ。それが分業の簡単さだ」と。

●しかし、熱力学の理論は蒸気機関の発明の前にはなく、蒸気機関の発明に追随して生まれたものなのだ。

ジュールによって発見されたジュールの法則を、科学者たちは非科学的だと書いた。

●科学の応用が発明を生む例はまれで、むしろ発明によって学説が生まれるのである。

●頭脳労働しかできない学者と筋肉労働しかできない労働者を分割し、ときどき出現する例外者を待って文明の進歩発達を願うよりも、すべての人がその例外者になって、進歩発達の機会をより多く持つ方がいいことではないだろうか。

●現在の学者の一番悪いところは、学問を俗衆のおよばない高いところに祭り上げていることだ。

●彼らは開祖たちの本当の偉さを知らない。開祖たちは少しも労働を軽蔑しなかった。





〈五〉

●学校教育において教える方も教わる方も、まずもって苦労するのは数学や語学だが、それらの学科が複雑だからというよりは、教授の方法が間違っているのではないだろうか。

●教師が教えすぎるのがいけないのである。教師が説明しすぎるから、生徒は自分で考えることをしなくなる。ただ教師の説明する言葉を生徒は覚えるだけで、本当に理解することはできない。

●クロポトキンは言う。

●幾何などは暗記させようとするから、子供は定理に頼ることができない。理解せずに丸暗記したものはすぐに忘れる。

●本当に理解させるには、教師が定理に解釈をつけず、それを問題として生徒自身にその解釈をつけさすように導くことである。

●生徒に紙の上で問題を解かせたら、すぐに運動場で棒や糸で実際の形を見せてそれを解かせたり、細工場でその知識を応用させねばならない。

●眼と手を通して頭へ−−これが教授法の時間経済の原則である。

●しかし、現実は知識をむやみに頭の中に詰め込まされ、そして子供の研究心はへし折られる。

●こういう教育法は、クロに言わせると「我々の心に服従的な惰性を持たせる、鸚鵡のように繰り返しばかりやらせる皮相な教育」なのだ。

●教育はまず、大量に堆積した知識を覚え込ませることをやめて、生徒を知識から解放すべきなのだ。

●人間が朝から晩まで、自分が何をしているのかも満足に考えることができずに、機械のように働いて一生を終えることに、なんの意味があるのだろう。

●自分の生活の必要のために必要な時間だけ自分で働き、労働以外の時間はその人の好みによって学問や芸術をしたり、自由に時間を使うことができたら、どんなにか愉快だろう。

●自分たちの口に贅沢な食物を運ぶために、他人を虐げることもなくなるだろう。





『実業之世界』十二月号は「当代名流の安心する所=を問ひたるに対する回答」を掲載した。

 五百枚の往復葉書を出して、百二十一名からの回答を得たという。

 野枝も回答を寄せた。


 私は自分をゴマカして生きて居る事の出来ない性分ですから、世間からは、随分悪るく云はれる代りに、自分の生活にビクつくやうなことのないことを、ひそかに誇として居ます。

 経済界がどうあらうと、思想界がどうあらうと、我に何んの不安も動揺もありません。

 世間に悪るがられやうと、お上に睨まれやうと、監獄にブチ込まれやうと、新聞でコキ下されやうと平気なものです。

 同様に火事に遇おうと、泥棒にはいられやうと平気であります。

 いまでも私の家では夜明けぱなしで寝て居ますが、之れは何んにも取られて、惜しいものが無いからです。

 同様に私は他から突つかれてグラ/\する様なヤクザな、自分を持ち合はせませんから安心です。


(「当代名流の安心する所=を問ひたるに対する回答」/『実業之世界』12月号・第17巻第12号/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』_p227)


 野枝と同頁には伊藤Y子花柳はるみ澤モリノ上司小剣、生田長江などの名がある(『定本 伊藤野枝全集 第三巻』解題)。


★『大杉栄全集 第三巻』(大杉栄全集刊行会・1925年7月15日)

★『定本 伊藤野枝全集 第三巻』(學藝書林・2000年9月30日)



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)『秩父事件再発見』(新日本出版社)など。
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