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2016年07月26日

第306回 自由母権






文●ツルシカズヒコ



 野枝は『解放』一九二〇(大正九)年四月号に「自由母権の方へ」を寄稿した。

「新しい時代において両性問題はどう変化していくのか?」というテーマで原稿を依頼されたようだ。

 野枝は冒頭で両性問題、つまり男女の問題について考えることに興味が持てなくなったと書いている。

 そしてこう言う。


 親密な男女間をつなぐ第一のものが、決して『性の差別』でなくて、人と人の間に生ずる最も深い感激をもつた『フレンドシップ』だと云ふ事を固く信ずるやうになりました。

 両性の結合を持続さすものは、決して……現在の所謂(いわゆる)恋愛ではなく、それは『性の差別』を超越した『フレンドシップ』だと思ひます。

 本当に深い理解から出た『フレンドシップ』によつてつながれた男と女とが更に深く愛し合ふと云ふのは一番自然なプロセスで……。


(「自由母権の方へ」/『解放』1920年4月号・第2巻第4号/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』_p171)

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 前年、平塚らいてうや市川房枝らが新婦人協会を結成し、治安警察法第五条改正運動を始めるが、野枝はそういう視点で男女問題を考えることには興味がなくなっていた。

  野枝は大杉との生活の実体験に言及し、自分も世間並みの妻が良人(おっと)のを気づかうように絶えず大杉のことが気になるが、別々に生活していると大杉に対する気づかいは影をひそめてしまうと書いている。

 自分と大杉の関係は、お互いの生活を判然と区別して、お互いの理解にまかせ、必要に応じて接触するのが一番いい方法だと、野枝は考えていた。

 そして野枝は尊敬するエマ・ゴールドマンの両性問題、自由母権に対する意見を紹介している。

 野枝の訳著『婦人解放の悲劇』の「結婚と恋愛」からの引用である。

 以下、抜粋要約。





●男と女とは永久に他人でなければならないと、エドワアド・カアペンタアは云つている。それがなくてはどんな結合も失敗に終るのである。

●女には霊魂がない……のみならず、女に霊魂の分子が少い程妻としての価値が大きくなり、更に容易に良人に同化し得ると云ふのだ。長い間……結婚制度なるものを保存したのは此の男尊説に対する奴隷的黙従である。今や女は真に主人の恩恵から離れた存在物として自覚しはじめた。

●若し女が充分自由に生長し、国家若しくは教会の裁可なしに性の秘密を学ぶなら、彼女は全く『善良』な男の妻となるに不適当だとして罪を宣告されるだろう。男の『善良』と云ふのは空っぽな頭と金がたくさんにあると云ふにすぎない。結婚とは確かにこれなのだ。

●婦人の保護……結婚は真に彼女を保護しないばかりでなく、保護と云ふ思想其のものがすでに嫌悪すべきである。人生を侮辱蹂躙し、人間の威厳を貶(おと)すものである。それは資本制度と相似たものである。人間天賦の権利を剥奪し、その生長を防止し、肉体を毒し、人間を無知、貧窮、従属的ならしめ……。

●母たることが自由選択であり、恋愛と、歓喜と、熾烈な情熱の結果であるなら、結婚は無辜(むこ)の頭上に荊冠(けいかん)をおき、血文字で私生児と云ふ言葉を刻(きざ)まないであろうか?

●政府の擁護者は自由母権の到来を恐れている。政府の餌を奪われるのをわざわざ心配してあげているのである。もし婦人が子供の無差別な養育を拒むなら、誰が戦争をするのか? 誰が富を造り出すのか? 誰が巡査になり、官吏になるのか?

●種族! 種族! 大統領や資本家や牧師が叫ぶ。婦人が堕落して単なる機械になっても種族は保存されなければならない。

●婦人はもはや病弱不具な、そして貧乏と奴隷の軛(くびき)を打破する力も心も持たないようなみじめな人間の生産に与(あずか)ることは願わない。

●彼女は恋愛と自由選択によって生まれ、育てられる少数のよりよき子供を願望する。結婚が科するような強迫によってではないのだ。

●似非(えせ)道学者らは自由恋愛が婦人の胸中に呼び覚ました子供に対する深い義務の観念を学ばなければならない。

●子供と一緒に生長することが彼女の座右銘だ。かくしてのみ彼女は真の男と女との建設を助けることができるのを知っている。





 野枝がこのとき『解放』に寄稿した「自由母権の方へ」は、「戦後ウーマンリブの結婚制度否定を50年早く提起した」との指摘もあるようだが、たとえば以下のような野枝の思考がその理由なのだろう。


 よく、私共へ話をしに来る人々が、『あなた方の実現さしたいと云ふ社会はどんな社会ですか』と聞きます。

 そして、その説明を聞いた後で、『しかし斯う云ふ点は、どう処理なさいますか?』と、現在の制度が生み出した不合理から生じた現象をさも私共にとつての最大難関か何かのやうな問ひ方をします。

 私共の何んの為めに、現制度を呪ふのかまるで考へても見ない風で。

 そして、あくまで、現制度の感情から離れ得ないで。

 其処まで来ないうちには、非常に聡明な問ひ方をしてゐる人々が猶さうなのです。

 両性問題が新時代の下に、どう発展してゆくか、と云ふ事に対しては、私は矢張り、現在の制度の下に於ける普通の観念では、完全に考へる事は出来ないことゝ思ひます。

 ですから、たゞ此処では、非常に変つて来るに違ひないと云ふ事だけを先づ云つて置きたいと思ひます。


(「自由母権の方へ」/『解放』1920年4月号・第2巻第4号/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』_p170)





 ちなみに、野枝が「自由母権の方へ」を『解放』に寄稿してからちょうど五十年後、一九七〇年三月に吉田喜重監督の映画『エロス+虐殺』が公開された。


『婦人解放の悲劇』は辻の力を借りて野枝が訳しているが、辻&野枝は原文をどんな感じで訳しているのか。

 たとえば、エドワード・カーペンターの下りの原文はこうである。


Edward Carpenter says that behind every marriage stands the life-long environment of the two sexes; an environment so different from each other that man and woman must remain strangers.

Separated by an insurmountable wall of superstition, custom, and habit, marriage has not the potentiality of developing knowledge of, and respect for, each other, without which every union is doomed to failure.


(「Marriage and Love 」/Emma Goldman『Anarchism and Other Essays』)





 この原文をざっくり直訳すると、こんな感じだろうか。


 エドワード・カーペンターはこう言っている。

 結婚の背後には両性の生涯の環境がある。

 その環境は互いに非常に異なったものなので、男女は他人であり続けなければならない。

 迷信や因習という克服出来ない壁によって(両性が)分断されたために、結婚は男女の理解を深めたり
互いに尊敬する可能性を持ちえなかったーーどんな男女の結合も失敗する運命なしには。






 辻&野枝はこう訳している。


 悉(あら)ゆる結婚の裏面には両性の一生の雰囲気がまつわつてゐる。

 その雰囲気は相互に異なつてゐるので、男と女とは永久に他人でなければならないとエドワード カアペンターは云つてゐる。

 迷信や風俗や習慣の超へ難い障壁によつて分離されてゐては結婚は相互に対する智識や尊敬を発達させる力を持つことは出来ない。

 それが無くてはどんな結合も失敗に終るのである。


(『婦人解放の悲劇』・東雲堂書店・一九一四年三月or四月/大杉栄との共著『二人の革命家』/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集別冊 伊藤野枝全集』/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』)



エドワード・カーペンター



★『定本 伊藤野枝全集 第三巻』(學藝書林・2000年9月30日)



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 19:49| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)『秩父事件再発見』(新日本出版社)など。
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