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2016年07月23日

第302回 豊多摩監獄(三)






文●ツルシカズヒコ



 一九二〇(大正九)年二月八日、野枝は大杉に手紙を書いた。


 いやなものが降り出して来ました。

 監獄はさぞ冷えるでせう。

 和田さんは先月末大阪に帰りましたが、どうも例の病気がよくないので弱つてゐます。

 あの飛びまわりやさんが、歩く事がまるで出来ないのですから。

 久板さんは相変らずコツ/\歩いてゐます。

 皆んなまだウチにゐます。

 もう半分すみましたね。

 ずいぶん辛いでせうね。

 奥山(医師)さんが本当に心配してゐらつしやいます。

 私は、本当に、私達がどんな接触を一番してゐるかと云ふ事を今度、つく/″\感じました。

 もう長い間、私は友達と云ふものを持ちません。

 そしてまた欲しいとも思ひません。

 まるで孤独と云ふものを感じた事はありません。

 けれど今度あなたが御留守になつてから、私は本当に、ひとりだと云ふ事にしみ/″\思ひあたりました。

 あなたは、私にとつては一番大きな友達なのだと云ふ事を、本当に思ひあたりました。

 大勢と一緒にゐましても、私は私の感じた事、考へた事の何一つ話す事が出来ません。

 ……私は全くひとりで考へてゐるよりは他はないのです。
 
 私には今、それが一番さびしく思はれます。

 私はぢつとして家の中に引込んでゐると、本当にコンベンシヨナルな家庭の女になり切つてしまひます。

 あなたのする事、考える事が、一々気になります。

 外へ出かけても食事時には帰つて来て欲しいし、出先も一々知りたい。

 家で仕事をしてゐらつしやる時だつて、あんまり仕事に熱中して食事時もろく/\相手になつて貰へなければ、私は不平なんです。

 つまり自分が家庭のコンベンシヨナルな夫婦になりたがるように、あなたにもやつぱりいい家庭の旦那様になつて欲しいのです。

 ……あなたに対する此の要求が、私達の生活には無理である事をよく知つてゐます。

 別にゐて、私が私自身の生活を静かに送つてゐる時、私はあなたの生活をさう一から十まで気にしないで済みます。

 あなたの生活と自身の生活を判然と区別する事が出来ます。

 私達は出来るだけ別にゐる方がいいのです。

 けれど……たつた一カ月半別れてゐて、それで私はろくな話し相手もなく寂しがつてゐます。

 此の意気地なしを笑つて下さい。

 少し肩がいたくなりましたから今夜はこれで止します。

(二月八日)


(大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』・「消息 伊藤」・【大正九年二月二十九日・豊多摩監獄へ】/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』・「書簡 大杉栄宛」一九二〇年二月二十九日)

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 二月十日、野枝は豊多摩監獄に行き大杉と面会した。

 野枝は門の控所で待っている間に、面会に来ていたおかみさんの話をしみじみと聞いたと、大杉宛ての手紙に書いている。


『私共では日曜が二十三すぎると出て来ますので、私はコヨリをこしらえて日曜が来る毎に一本づづそれを抜きます。そしてその数はもう数えなくてもよく分つてゐるくせに、しよつちう数へずにはゐられませんですのよ』

 本当にそれは誰にでも彼処に来てゐる人には同意の出来る話です。


(同上)






 二月二十九日、大杉は野枝に手紙を書いた。

 この年の二月は晴れた日が二、三日しかなく、「毎年こんなに降つただろうか、と思はれるほど雪が降った」と、大杉はまず雪のことを書いている。

「監獄の寒さと云ふのも、こんど始めて本当に味つたやうな気がする」というから、厳冬だったようだ。


 四五日前の大雪で、ことしの雪じまひかと喜んでゐたら、又降り出した。

 けふは手紙を書く筈なのに……手がかぢかんでとても書けまいと悲観してゐた。

 しかし有難い事には急に晴れた。

 そして今、豚の御馳走で昼飯をすまして、頭から背中まで一ぱいに陽を浴びながら、いい気持になつて此の手紙を書く。


(大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』・「獄中消息 豊多摩から」・【伊藤野枝宛・大正九年二月二十九日】/大杉栄研究会編『大杉栄書簡集』/日本図書センター『大杉栄全集 第13巻』)





 風もひどかったという。


 又、実によく風が吹いた。

 殆ど毎日と云つてもいい位に、午後の二時頃になつて、向側の監房のガラス戸がガタ/\云ひ出す。

 ……芝居と牢屋とでのほかに余り覚えのない、あのヒユウーと云ふあらしの聲が来る。

 本当にからだがすくむ恐ろしい聲だ。


(同上)





 寒さも、大晦日から二月初旬まで続いた軽い下痢も屈伸法で克服した。

 屈伸法が効かないのは霜焼けだった。


 随分注意して予防してゐたんだが、とうたうやられた。

 そして、一月の末から左の方の小指と薬指がくづれた。

 小指はもう治りかけてゐるが、薬指は出るまでに治りきるかどうか。

 この創が寒さに痛むのは丁度やけどのあの痛みと同じだ。

 一日のうちのふところ手をして本を読んでゐる間と寝床に入つてゐる間とのほかは、絶えずピリピリだ。

 天気のせいもあつたが、此の霜やけのお蔭で、本月はまだ一度も運動にそとへ出ない。

 菜の畑のまはりの一丁程の間をまはるんだが、僕は毎日それを駈つこでやつた。

 始めは五分位で弱つたが、終ひには二十分位は続いた。

 朝早く此の運動場に出て、一面に霜に蔽はれながら猶青々と生長して行く、四五寸位の小さな菜に、僕は非常な親しみと励みとをを感じてゐたのだが、もうきつと余程大きくなつたに違ひない。


(同上)





 一月は社のことや家のことをいろいろ思い出し考えもしたが、二月になってからは社や家がどうなっているのかまるで見当がつかなくなった。

 終日考えているのは食べ物のことばかりだった。


 が、何んのかんのと云ふうちに、あすからはいよ/\放免の月だ。

 寒いも暑いも彼岸までと云ふが、そのお中日の翌日、二十二日は放免だ。

 魔子、赤ん坊、達者か。

 うちのみんなに宜しく。


(同上)



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 15:16| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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