2016年07月19日

第299回 山川菊栄論






文●ツルシカズヒコ



 野枝は『解放』一月号(一九二〇年一月号・第二巻第一号)に「山川菊栄論」を書いた。

「新時代の新人物月旦」欄の一文で、他に黒田礼二「森戸辰男論」、新明正道島田清次郎論」が掲載された。

 野枝は前振りとしてこんなことを書いている。

●社会問題がやかましく議論される昨今だが、社会問題に関する婦人界の知識が隔絶されている中で、山川菊栄氏のような評論家を得たことは一般婦人にとって幸いである。

●与謝野晶子氏、平塚明子(はるこ)氏は婦人評論家として押しも押されぬ存在であるが、社会問題に対する見識と態度においては、菊栄氏におよぶべくもない。

●労働問題に対する三氏の見解や態度は、三氏の色を明確にするものだと思う。

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 そしてまず与謝野晶子の「総論」を書いた。

●『太陽』において、早くから実際生活に対する不平をよく並べて、初老くらいの年輩の人々から注目されているのが与謝野氏である。

●しかし、そもそも氏は評論家ではない。どこまでも芸術家らしい人である。

●氏は目新しい理論などにすぐに眩惑され、批評をすることができない。

●氏の知識には統一がないから、バラバラの知識が氏の感情をいろいろに豹変させる。

●非常に正しいことを言っていると感じることもあるが、とんでもないことを得々と語っている場合も多い。

●そういう根本問題に、氏は少しも気づいていない。だから評論家として立つ資格がないのである。




 
 続いて平塚明子の「総論」。

●与謝野氏に比べると平塚氏は評論家としてずっと聡明だ。

●与謝野氏は極めて不用意に大まかな感想や議論を無造作にするが、平塚氏はひとつの理論を受け容れるにしても、隅から隅まで吟味した後でなければ、軽はずみなことは口にしない。だから、平塚氏は評論家として申し分ないのである。

●平塚氏はエレン・ケイの導きによって、ようやく抽象論から実際的な社会問題に取り組むようになった。

●しかし、ケイの導きから一歩も出ていないのも事実であり、それが評論の領域を極めて不自由にしてしまっている。





 さらに山川菊栄の「総論」。

●氏は早くから社会問題に注意を怠らず、それに対する知識を養ってきた。

●その透明な頭脳をある理論の追究に向けるとき、氏の冷たい鋭さが一貫していささかの妥協もゆるさない。

●自分を繕おうとする臆病な批評家たちなど真似のできない、氏独自の強味と鋭さがある。それが論敵に向けられたとき、その鋭峰はいささかの躊躇もなく敵の虚をつき、同時にまた持論の防備の手を拡げていく。

●これは与謝野、平塚両氏にとうてい見ることのできない強味であり、両氏よりはるかに多くの社会に対する知識や理解を有しいているから可能なのだ。

●しかし、「事象の陰翳(いんえい)」に対しては、平塚氏の方がすぐれている。平塚氏は微細な注意を払い理解を持とうと努める。

●「事象の陰翳(いんえい)」に対して、山川氏は時としてまったく寸毫も仮借しない。特に少しでも氏に侮蔑を持たれた場合には、特にこの寛大は求められない。





 次に野枝は三氏と労働問題について論じている。

 まず、与謝野晶子と労働問題。

●氏は労働問題についてはまったく差し出口を許されない人である。

●氏は柔らかい着物を着、暖かな寝床に寝て滋味をとりながら、ただその支払いに必要なお金が時々不足するから自分を貧民扱いにする人である。

●不潔な長屋に住み、不味いものを食べ、過労と睡眠不足との身を細らしながら、十二時間も十四時間も働かされて掠奪され踏みにじられている労働者をとらえて、自分たちよりはるかに幸福な人たちだなどと、とんでもないことを言う人だ。





 平塚明子と労働問題。

●氏も最近かなり労働問題に興味を持ち出したきたようである。

●現在の女工の実際生活を見た人ならば、誰だって黙っていられるはずがないが、しかし、氏もまたそれを支配している大きな社会背景を理解していない。

●氏が現在、婦人労働者に対してやろうとしている第一のことは、彼女たちに教育をつけることらしい。

●しかし、彼女たちの悲惨は誰がどう救うのか? 資本家はどうすればいいのか? 労働者はまず何をなすべきか? 自分たちと労働者の溝をどうするのか? 平塚氏に聞いてみたいものだ。

●母性保護、健康というようなことをしきりに言っている氏の考えは、女工に対する同情の域を出ていないと思う。

●同情が無駄なこととは言わないが、資本家の不当な力というようなことにはまるで理解がない。

●氏は私に向かって言ったことがある。「あなたは工場で働くものでなくては労働者ではないと思っている」と。

●しかし、工場労働者ほど横暴に資本家の専制王国の牢獄にあるものが存在するだろうか。

●氏はまだ本当に社会的な諸組織の絶大な力を理解していない。





 山川菊栄と労働問題。

●与謝野、平塚の二氏に比べて、山川氏がこの問題に対して明確な理解を持っていることは万人の認めることだ。

●しかし、氏には知識階級者としての自尊の影が、労働者の上に射していることがある。

●氏は知識階級者の助け、啓蒙なくして労働者は完成されないと言う。

●氏がそうだとは言わないが、習得した知識を特権でもかざすように労働者に見せびらかすことは、彼らの感情を踏みつけ反感を買うだけである。

●氏は労働者の知識階級に対する反感を狭量として非難した。かりに知識階級が労働者よりすぐれたものであるなら、だからこそ労働者に対する寛大さが必要なのではないだろうか。

●氏は労働者をよく知り偏見もないが、氏は文筆のみの運動者であり、彼らの中に伍する機会がないために、自分の生活と労働運動を一になしえないのである。





 野枝は最後に山川菊栄は「日本の労働者の上に、太陽のように輝くであろう」と書いた。

●氏は硬い人だ、円味のない人だ、女らしい潤いのない人だという批評をよく聞く。

●しかし、私の知る菊栄氏は、優しい人、女らしい人、愛嬌にとんだ人、気持ちのいい話をする人だ。

●ずいぶん厳しい皮肉も言うが、しかしまた、なかなかうまいしゃれなども言う人であり、よく声をたてて笑う人だ。

●氏は現在の日本婦人がいかに男性に侮辱されているかということを、寸時も忘れることができない人だ。

●現在の日本婦人は古い因習に自由に息つくことも許されない。その因習に反抗した勇敢な婦人たちが、文学に心酔し、そのセンチメンタリズムに溺れ、安価な恋にだらしなく堕落し、再び因習に陥っていく事実がそこらじゅうに転がっている。

●氏のような透明な理性を持っている人には見ていられないのだ。侮蔑と反感でいっぱいになるのだ。女をそんなものと初めから決めてかかる男を、憎まずにはいられないのだ。だから氏はたいていの男性に強い武装をもって向かう。

●健康が回復したら、氏は労働者の中に飛びこんでいく人だと思う。そうなれば氏は日本の労働者の上に、太陽のように輝くであろう。


●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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