2016年03月05日

第2回 日清戦争





文●ツルシカズヒコ


 野枝が生まれた一八九五(明治二十八)年、辻潤は十一歳である。

 ネットサイト「辻潤のひびき」の「辻潤年譜」と『辻潤全集 別巻』(五月書房/一九八二年)の「辻潤年譜」によれば、辻は一八八四(明治十七)年十月四日、東京市浅草区向柳原町で生まれた。

 父・六次郎(〜一九一〇)と母・美津の第一子、長男である。

 辻は浅草区猿尾町の育英小学校尋常科に入学したが、十一歳のころは三重県津市にいた。

 野枝が生まれた一八九五年一月、辻は津市内の尋常小学校四年である。

 辻一家が東京から津に移住したのは、父・六次郎が親戚筋の三重県知事を頼り三重県庁に奉職したからである。

 辻一家は津には三年ほど滞在したようだが、そのころ辻は賛美歌に惹かれてキリスト教の講義所(教会)に通っていた。


 やがて日清戦争というものが始まった。

 国民の排外熱は恐ろしく炎え立った。

 恐らく自分の中にも愛国的熱情が萌したものか、あるいはクラスメートの迫害が恐ろしくなったのか、いつの間にか私は講義所通いを中止にした。

 一家が再び東京へかえったのは、たぶん明治二十七年、戦争中の間だと記憶する。


(「ふりぼらす・りてらりや」/『辻潤全集 四巻』/五月書房/一九八二年)

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 大杉豊『日録・大杉栄伝』(社会評論社/二〇〇九年)によれば、大杉栄は一八八五(明治十八)年一月十七日、父・東(あずま/一八六〇〜一九〇九)と母・豊(とよ/一八六三〜一九〇二)の間の第一子、長男として香川県丸亀町で生まれた。

 父・東は丸亀十二連隊の陸軍少尉であったが、大杉が生まれた年の六月ごろ近衛三連隊に転属になり、大杉一家は東京市麹町区番町に移り住んだ。

 大杉は三歳のころ、東京府立麹町区富士見小学校付属幼稚室に入っている。

『日録・大杉栄伝』によれば、大杉が富士見小学校付属幼稚室で「六ケ月保育ヲ受ケタルヲ証ス」保育証書が保存されていて、一九八七(昭和六十二)年の同幼稚園創立百周年記念祭で展示されたという。

 一八八九(明治二十二)年、大杉が四歳のとき、父・東が歩兵十六連隊へ異動になり、大杉一家は新潟県新発田本村(ほんそん)に移住した。

 大杉の父・東は第二大隊副官(中尉)として日清戦争に出征、威海衛攻略で功を収めた。

 威海衛での激戦があったのは、一八九五(明治二十八)年一月末〜二月初めであり、ちょうど野枝が生まれたころだったが、大杉はこのとき十歳、新発田本村尋常小学校四年である。

 新発田本村尋常小学校は、現在の新発田市立外ヶ輪(とがわ)小学校であるが、ウィキの「著名な出身者」に大杉栄の名前はない。

 大杉は父・東から母・豊に宛てた威海衛の激戦を伝える手紙について、こう記している。


 或日僕は学校から帰つて来た。

 そしていつもの通り『ただ今』と云つて家にはいつたが、それと同時に僕はすぐハツと思つた。

 母と馬丁のおかみさんと女中と……長い手紙を前にひろげて、皆んなでおろ/\泣いてゐた。

 僕はきつと父に何にかの異状があつたのだと思つた。

 僕は泣きさうになつて母の膝のところへ飛んで行つた。

『今お父さんからお手紙が来たの。大変な激戦でね、お父さんのお馬が四つも大砲の弾丸に当たつて死んだんですつて。』

 母は僕をしつかりと抱きしめて、赤く脹れあがつた大きな目からぽろ/\涙を流して、其の手紙の内容をざつと話してくれた。


(「自叙伝・最初の思出」/『改造』一九二一年九月号/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第三巻』一九二五年)


 ちなみに『日録・大杉栄伝』の著者、大杉豊(一九三九〜)は大杉栄の次弟・勇の子息である。





 平塚らいてうは一八八六(明治十九)年二月十日、会計検査院勤務の父・定二郎(一八五九〜一九四一)と母・光沢(つや/一八六四〜一九五四)の間に、東京市麹町区三番町で生まれた。

 らいてうは第三子、三女だったが長女が夭折、らいてうよりひとつ年上の次女の名は孝(たか)、らいてうの本名は明(はる)。

 天皇崇拝者であった父・定二郎が孝明天皇の名にあやかり、次女に「孝」、三女に「明」と命名したのである。

 一八九〇(明治二十三)年、四歳のらいてうは富士見小学校付属幼稚室(幼稚園)に入園しているが、大杉は前年に同園を卒園しているので、らいてうと大杉は一年違いの同窓ということになる。

 一八九四(明治二十七)年、平塚一家は本郷区駒込曙町一三番地に移転したので、らいてうは富士見小学校から誠之(せいし)小学校に転校した。

 日清戦争が終結したとき、らいてうは誠之小学校尋常科四年だったが、クラス担任の二階堂先生という青年教師が黒板に書いた文字が、忘れがたい記憶として残ったという。


 ……露、英、仏の三国干渉のため、戦勝国日本が当然清国から割譲されるべきであった遼東半島を熱涙をのんで還附したことの次第を、わかり易く、じゅんじゅんと語り、「臥薪嘗胆」を子供心に訴えられたことでした。

 教室には極東の地図がかけてありましたが、それはいうまでもなく遼東半島のところだけ赤く塗りつぶしたものでした。

 話しながら先生が黒板に、特に大きく書かれた「臥薪嘗胆」の文字は今も心に浮びます。


(平塚らいてう『わたくしの歩いた道』/新評論社/一九五五年)


 誠之小学校は現在の文京区立誠之小学校であり、ウィキの「主な出身者」にはらいてうの名も連なっている。




 
 日清戦争が終結して朝鮮から帰った野枝の父・亀吉は、女児の誕生に喜び、野枝は父親の秘蔵っ子になった。

 野枝はやんちゃで元気がよかった。

 野枝の三女・エマ(野澤笑子)が書いている。


 ……自分の気に入らないと大声で泣き喚く。

 大きな口を横にひらいて丁度七輪の口のような形になるので、二人の兄は「ほーら、七輪が熾(おこ)ってきたぞ。団扇持って来い」と、泣いている妹の口もとでバタバタと煽いでからかっていた。


(野澤笑子「子供の頃の母」)


●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index




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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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