2016年07月05日

第277回 演説もらい






文●ツルシカズヒコ




 一九一九(大正八)年初頭のころから、北風会のメンバーは「演説もらい」を精力的にやり始めた。

 翌年に北風会に参加する詩人・岡本潤が「演説もらい」に言及している。


 そのころ、いわゆる大杉一派のアナーキストたちは「演説会乗っ取り」という戦法をよくつかっていた。

 他で主催する演説会へ押しかけていって、聴衆のなかへもぐりこみ、反動的な演説に対して猛烈な弥次をとばしたり、機をみて演壇へ駆けあがって反対演説をぶったり、各所でいっせいにビラをまいたりして、会場を混乱におとしいれるのである。


(岡本潤『詩人の運命』/立風書房・一九七四年)

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 和田久太郎は「演説もらい」の意図するところを、こう書いている(要約)。


「演説会貰いは北風会の戦術、宣伝方法だ。演説の短評を猛烈にやり、いわゆる労働運動指導者の面皮を剥ぐ。労働運動をエライ人に指導してもらわねば出来ないと思い込んでいる労働者に、労働者自身の力を意識させる。かつ公開の禁じられている僕等の意見を発表する。弁士に迫り、演壇を乗っ取る場合もある。僕等には公開演説が許されないのだから、それに僕等は文なしだ」
(「集会の記」『労働運動』二一・二・十)


(大杉豊『日録・大杉栄伝』)





 大杉によれば、「演説もらい」は逮捕や下獄を覚悟しての戦術だった。


 春頃からの労働運動の勃興以来、僕等の同志の労働運動同盟(当時は北風会と云つた)は、殆んど連日連夜何処かしらに開かれる労働団体の演説会を利用して、僕等一流の宣伝運動を試みた。

 そして其の度に新聞は、『大杉一派』云々の初号か一号かの大みだしで、其のあばれ方をプロパガンダしてくれた。

 尤も僕等は、其の前年の米騒動の時から、いつやられるか知れんと覚悟はしてゐた。

 お上の鼻いきが急にあらくなつて来たのだ。

 が、戦後の労働運動の勃興を予期し且つ準備してゐた僕等には、其の鼻いきに遠慮することは出来なかつた。

 僕等は毎日、今日はやられるか、明日はやられるかと、時としては手拭やハガキまで用意して駈けづり廻つた。


(「新獄中記」/一九二〇年八月執筆/『漫文漫画』一九二二年十一月・アルス所収/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』/日本図書センター『大杉栄全集 第13巻』)


 大杉が「戦後」と言っているのは、もちろん第一次世界大戦のことであり、当時は「欧州大戦」などと呼んでいた。





 近藤憲二は、こう回想している。


 当時、日本の労働運動は社会情勢の波に乗って画時代的勃興をみ、労働組合は続々として発生し、労働問題の演説会は連日各所に開催された。

 しかしその多くは労働ブローカーの跳躍であり、御用学者の労資協調的ゴマ化し演説であった。

 毎週土曜日に集合して労働運動の闘士養成所の観を呈していた北風会は、それらのまやかし屋どもの演説会を片っぱしから打ちこわした。

 長い間、言論の自由をまったく奪われていたウッ憤がこれを機会にほと走ったのである。

 筆者もこの北風会の一員であったが、今なお遠慮なく断言することができる、北風会のこの時期に際しての運動は、日本の労働運動を戦闘化し、労使協調への堕落を防ぐうえに一つの功績を残したものである。


(近藤憲二『私の見た日本アナキズム運動史』/麦社/一九六九年六月)





「演説もらい」の標的になったのは、友愛会などの労使協調的な演説会だったが、友愛会会長の鈴木文治が大杉や「演説もらい」を評価しているコメントを残しているのがおもしろい。


 大杉君は、ただ理論で労働者を率いていただけでなく、そのなりふりや性格ーー世事を気にせず、明るく世間ばなれした趣があり、あっさりしていて、名誉、利益などに執着せず、純情で、情熱的で、生一本なーーで同君に接近していった多くの労働者を引き付けていたようである。

 同君は、そのころよく、同じ考えの一味を引き連れては、例の筒そでの和服の着流しなどで、いろいろな労働者の集会に顔を出し、野次やその他の方法で、満座の空気をざわつかせていた。

 無政府主義者に、ほとんど言論の自由の認められなかった当時としては、これもまた、かなり有力な宣伝方法であった。


(鈴木文治『労働運動二十年』現代文訳版・「労働運動二十年 」刊行委員会・一九八五年九月)





 北風会が「演説もらい」という戦術をとったのは、官憲の圧力によって自分たちの運動を自前でプロパガンダできなかったための苦肉の策ではあったが、大杉は「演説もらい」にまた別の意義を見出していた。

 大杉は演説会には、現代でいう「双方向」性が必要だという発想を持っていたのである。


 長せりふは昔の芝居の特徴で、新しい芝居では短かい対話が続く。

 人間の長話を黙つて聞いてゐるのは……上の階級の人に対してだけだ。

 同じ階級の人の間では、長せりふがなくなつて、短い対話が続く。

 長い独白から短かい対話へ、これが会話の進化だ、

 人間の進化だ。

 ……学校でも演説会でもさうだが、講壇や演壇の上の人は一人で長い独白を続けて下の人々に教へる。

 下の人々を導く。

 しかし人間がだん/\発意を重んずるようになると、其の長い独白がちよいちよい聴衆の質問や反駁に出遭つて中断される。

 そして遂には、謂はゆる講義や演説が壇上の人と壇下の人々との対話になつて、一種の討論会が現出する。

 演説会は討論会ぢやないと云ふ。

 又さうなつては会場の秩序が保てないと云ふ。

 そして弁士の演説に一言二言の批評を加へる僕等を、その演説会の妨害か打ち毀しかに来たものと考へ、警察官と主催者と聴衆とが一緒になつて騒ぎ出す。

 馬鹿なことだ。


(「新秩序の創造」/『労働運動』一九二〇年六月号・一次六号/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第二巻』/日本図書センター『大杉栄全集 第6巻』)





 四月二十三日、大杉一家は千葉県東葛飾郡葛飾村小栗原一〇番地、斎藤仁方に移転した。

 大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、現在の船橋市中山で総武線下総中山駅の近くで、「中山の家」と呼んだ。

 引っ越したのは、北豊島郡滝野川町西ヶ原の家の家賃が滞納して追い立てをくったのと、野枝が病気がちだったので空気のよいところに転地するためだった。

 橘あやめとその子の宗一も同居、飼い犬の茶ア公も連れてきたようだが、山羊は手放したと思われる。



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 14:23| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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