2016年07月03日

第272回 山羊乳






文●ツルシカズヒコ



 大杉の末妹、橘あやめは一九〇〇(明治三十三)年生まれである。

「あやめ」という命名は、六月二十五日生まれだからであろう。

 大杉は十五も歳下のあやめを可愛がっていた。

『日録・大杉栄伝』によれば、あやめは一九一六年にアメリカのポートランドのレストラン料理人・橘惣三郎と結婚して渡米した。

 一九一八年十二月、病を得て帰国したあやめは、北豊島郡滝野川町大字田端二三七番地の兄・栄の家で養生することになった。

 あやめが連れて来た子・宗一(むねかず)は、一九一七年四月十二日ポートランドで生まれ(『定本 伊藤野枝全集 第三巻』「書簡 橘あやめ宛・一九二三年一月十五日」解題)、魔子と同じ歳で野枝にもすぐなついた。

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 大杉の末弟・進も勤務先の休暇で遊びに来ていたので、大杉家は賑やかになった。

 あやめは十八歳、進は二十一歳である。


 ……魔子ちやんと宗坊とを犬や小羊(ママ)の背に乗せてアツハアツハと嬉しさうに笑つてゐる榮兄さんを時々見ては、私はたゞもう嬉しさで一杯でした。

 貧乏で困つてはゐられましたが、しかし私は楽しく感じてしばらく一緒に暮らして居りました。


(橘あやめ「憶ひ出すまゝ」/『女性改造』一九二三年十一月号)


 あやめは初めて会った野枝とも、子供の話などから親しくなり、野枝のことを気の置けない親切ないい姉さんだと思うようになった。

 犬は茶ア公のことであり、あやめが「小羊」と書いているのは当時、大杉家で飼っていた牝山羊のことである。

 近所から買い込んだこの牝山羊は、乳がたくさん出た。

 山羊乳は貧乏だった大杉家の貴重な栄養源であり、特に母乳がわりの山羊乳は魔子と宗一を育てるのに重宝したと思われる。

 当時、大杉家を頻繁に訪れていた和田信義も、この山羊乳をごちそうになったひとりだった。





 いつも進君が乳搾りの役を勤めて呉れた。

 いつだったか大杉君も野枝さんも進君も皆留守で、妹さんと僕と二人きりの時だつた。

 例によつて腹が空いて来たので乳を搾らうと相談が纏つた。

 そこでバケツに湯を持つて来て布で乳を温めながら搾るのが妹さんの役、山羊の両方の角を抑へて山羊が動かない様にするのが僕の役と決まつたのだが……。

 モウ……と牛の啼く様な聲を立てゝ頭を振られたり、両肢をもがかれると、僕はもう堪らなかつた。

 力一杯角を握つて、両肢を膝の上に乗せてゐるんだが、山羊先生も一生懸命に暴力を振るほうとするんで、僕は気味が悪くなつて終つて、とうとういつもの三分一ほども搾れなかった。


(和田信義「初めて知つた頃のこと」/『自由と祖国』一九二五年九月号)





 大杉家で山羊を飼うようになった経緯は不明だが、ヒントになるようなことを山川菊栄が書いている。

 山川均は売文社の社員であり、菊栄も売文社とは密な関係だった。

 売文社にはさまざまな奇人変人が出入りしていたが、「高井戸の聖者」こと江渡狄嶺(えと-てきれい)も、そのひとりだった。

 江渡は高井戸で「百姓道場」を経営するトルストイズムの実行者だった。


 この人が休日にはときどきフラリと私たちの家にやって来て、田んぼを見はらす日当りのいい縁側に腰をかけ、ナタマメぎせるをたたいて、山川と百姓話に興じ愉快そうに高笑いをしていました。

 ……この人のすすめで庭の片隅に鶏小屋ができ、やがてその農場から白レグ三羽が送られて来て、私ははじめて鶏を飼いました。


(山川菊栄『おんな二代の記』)


 大杉と野枝が発刊していた『文明批評』への資金協力も惜しまなかった江渡である。

 大杉夫妻とは親交が深かっただろう江渡が、山川夫妻に鶏を飼うことを勧めたように、大杉夫妻に山羊を飼うことを勧めたのかもしれない。





 当時の大杉家の経済状態はまったくお話にならないほど逼迫していた。

 しかし、大杉は平気だった。

 いつも呑気そうに魔子のお守りをしたり、書物を読んでいた。


 そして主として野枝さんが、其の生活費の心配に歩いてゐた様だ。

 電燈の点く頃他所からオペラバツグを下げて帰つて来る野枝さんと留守居の大杉君との第一の話は、いつも金が出来た出来ないといふことだつた。


(和田信義「初めて知つた頃のこと」)


 和田は「初めて知つた頃のこと」に、窮乏の極にあった大杉夫妻から、五円をもらった思い出も書いている。

 米代を支払う必要に迫られ、そして大杉が裁判所かどこかに行くために、下駄を買ったり、帯の質受けをする必要にせまられてこしらえた金だった。

 一日中、原稿を売り歩いた野枝の努力が無駄になったある夕方のことだった。

 その日は一日中、北風会信友会の連中、和田信義らが遊びに来ていたが、野枝が帰って来るまでは昼飯も夕飯も食うことができなかった。





 野枝が帰って来てから、野枝があやめの指輪を質屋に入れた。

 そして野枝の手にはなんとか十二円の金ができた。

 その中から大杉夫妻は和田に五円をやった。

 和田の妻が近々、三人目の子供を生むので、その心付けとしてである。

「そんなことをしては、明日からこっちが困るじゃないか」

 と、和田は遠慮して言ったが、大杉は、

「こっちはどうにかなるさ。細君に温かいものでも買ってやるさ、途中で使ってしまってはいけないぜ……」

 と、いつもの調子で笑っていた。

 そして、残りの金で、その晩みんなに寿司を取ったり、酒を買ったりして奢ってしまった。

 和田は「深く感激させられた」という。

 和田は「其の時分の僕の生活も随分ひどかつた」と書いているが、妻と子供ふたりの四人家族の和田の月給は、諸手当て込みで五十円にはならなかったという。


江渡狄嶺


●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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