2016年06月27日

第261回 MAKO






文●ツルシカズヒコ




 一九一八(大正七)年三月六日の夕方、野枝は牛込区市谷富久町の東京監獄から、南葛飾郡亀戸町の家に帰宅した。

 
 野枝は大杉に宛てて手紙を書いた。


 今日は、あの寒い控所に小半日待たされました。

 そして碌そつぽ話も出来ないんですもの、あれではあんまり呆気なさすぎますわ。

 話くらい、もう少し自由にさしてもよささうなものですのにね。

 昨日と今日はMAKOは橋浦さんの処に預けました。

 相変らずおとなしくしてゐます。

 あなたが留守になつてからは私にずつとあなたの尾行がつきました。

 今日も一生懸命に荷物を持つたり、俥(くるま)をさがしに走りまはつたりしてくれました。

 一日の晩から三日まではろくに眠れなかつたりしたものですから、此の間から体のコリが一層ひどくなつて、朝、目をさましますと、毎日とても起きられないかと思ふ位ですけれど、さうしてはゐられないのだと思ひますと、矢張り平気で動けるんですね。

 気持つて妙なものですね。

 今夜は村木さんが泊りました。(六日)


(「獄中へ」/『文明批評』一九一八年四月号・第一巻第三号/大杉栄らの共著『悪戯』・アルス・一九二一年三月一日/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』「消息(伊藤)」【大正七年三月七日・東京監獄内大杉栄宛】/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』)


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 この日の夜、和田と久板と大須賀が理由もなく放免された。


 今、和田さんと久板さんが帰りました。

 これで、私も重荷を下ろしたやうな気がします。

 あなただけなら、他へ対しての気持ちがよほど楽になりますから。

 でも二人で面白さうに話してますよ。

 何だかもつと居たかつたやうな事ばかり云つてゐます。

 和田さんなんて呑気な事ばかり云つてゐます。

 お湯に入れてくれなかつたとか、頭を刈つてくれつて云つて断はられたとか不平さうに云つてゐるんですもの、序(つい)でに着物の洗濯までして貰ふ気でゐたんですとさ。

 随分虫のいゝ事ばかり考へたもんぢやありませんか。

 今、十一時すぎです。

 話はまだなかなか止みさうもありません。(六日)


(同上)





 三月七日、村木が特別高等課長に聴取された。

 大杉が留守中のことをいろいろと聞かれたという。

 大杉が留守でも『文明批評』は続けるのか、創刊を予定している『労働新聞』はやはり出すのか、金の出どころなども聞かれたという。


 昨日三人が帰されたので安心したせいか、今日は……昼間は手紙を書く元気もありませんでした。

 新聞は、和田さんと久板さんと三人で出来るだけ骨を折ります。

 雑誌の方も校正がすみしだい、直ぐに来月の編輯にかゝります。

 何だつて、本当に為(し)ないではゐられないと云ふ程に強い要求があれば、お金なんか大した問題ぢやない事も、今度雑誌をはじめた時で経験してゐますから、大抵の事なら大丈夫ですわ。

 とにかく私は何よりも、同志の人達の上に緊張した気持になるような影響が来ただけでも、本当にいゝ事だつたと思ひます。

 みんなで協力して、出来るだけの事はやつて見ます。

 公判の日には大勢でゆきます。

 そして、あの晩、会であなたがお話になつたと言ふ公判廷での示威運動が、思ひがけなく事実に出来ることを、皆んな愉快がつてゐます。

 それに対してのあなたの満足の笑顔が見たい。

 丈夫でゐて下さい。

 あなたの体に対する心配さへなければ、私はどんなに気強いか。

 此の手紙より早く、多分明日は会へるのですね。

 でも彼処(あそこ)は大変暗いので、たゞあなたの目だけがギヨロ/\光つて見えますよ。

 本当に寒くはありませんか。

 何んだか寒さうな格好に見えますけれど。(七日)


(同上)



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 10:12 | TrackBack(0) | 本文

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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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