2016年06月07日

第243回 第二の結婚






文●ツルシカズヒコ




 辻と野枝の協議離婚が成立したのは一九一七(大正六)年九月十八日だった。

 戸籍上、野枝は伊藤家に復籍することになったが、野枝は『婦人公論』九月号に、辻との離婚の経緯を書いた。

 その冒頭にはこう記されている。


 破滅と云ふ事は否定ではない。

 否定の理由にもならない。

 私は最初にこの事を断つて置きたい。

 不純と不潔を湛へた沈滞の完全よりは遥かに清く、完全に導く。


(「自由意志による結婚の破滅」/『婦人公論』一九一七年九月号・第二年第九号/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集別冊 伊藤野枝全集』に「自由合意による結婚の破滅」と改題し初収録/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』
※引用は『大杉栄全集別冊 伊藤野枝全集』から)

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 ポイントを、以下に抜粋要約してみた。

 ●私は結婚に対してはまったく盲目であった。私の第一の結婚は因習に則った親たちの都合による「強いられた結婚」であった。

 ●その「強いられた結婚」に反逆した私は、関係者の世間に対する立場を失わしめ、彼らの面目を潰した。

 ●私は彼らの呪詛と憤懣と嘆きにさらされ、因習の擁護者たちから嘲笑された。

 ●ことに両親の嘆きは、私を絶望のドン底に導き、私に強い苦痛を与えた。

 ●自分を支えたものは、自分を屈しめようとする習俗に対する反感と「真実」に対する自分の信条だった。

 ●結婚とはまず恋愛ありきという私の信条は、現実に進行していた恋愛によって支えられ、そして私の苦痛はその恋愛によって慰められ癒された。





 ●当時、私たちの周囲には、私と同じような例がいくつもあった。エレン・ケイに共鳴したのも当然のことだった。そして、自由意志に反した結婚の惨めさがさらに多くの根拠をもって考えられるようになった。

 ●私の恋愛は成功した。私は朝夕を愛人とともにすることができた。私たちは本当に幸福であった。

 ●そして、自分が危なかった第一の結婚問題をよく切り抜けたという安心に満足していた。

 ●私は結婚に対する失敗のすべては、原因がただ恋愛によらぬ、他人の意志を交えた結婚だからだと考えていた。私はまだ盲目だった。そこに私の第二の結婚の破綻があったのである。

 ●私たちの関係はいつの間にか、私の両親にも、愛人の周囲にも、私たちを知る世間の人々にも認められた。

 ●同時に、私たちはいわゆる社会的承認を経た結婚制度の中に入ってしまった。

 ●私は既成の家庭生活に入った。そこには姑も小姑もいた。

 ●私たちとはまるで違った思想、趣味、性格を持った、私にとっては赤の他人がいた。





 ●私はそれらの人と日々、種々な親密な交渉がなされなければならないという、少しも不思議がってはならない不思議なことに直面することになった。

 ●しかし、無知な婦人たちが強いられた結婚生活においてすべてを「そうしたもの」と教えられ、少しも不思議がらずに、その生活に慣らされていくように、私は男に対する愛に眩まされて、何の疑念も持たずにその生活を肯定した。

 ●私はすでに幾歩か因習に譲歩したことになる。これだけの事実でも、結婚という約束に対する私の盲目を充分に証拠立てている。

 ●他人を交えない、男と女ふたりきりの生活においてさえも、違ったふたりの人間がいつも同じ雰囲気で暮らしていけるわけではない。

 ●まして他人が介在している複雑な雰囲気が、いつも静かなままですむはずはない。各人ひとりひとりが、不快な思いをしなければならないことがずいぶんある。

 ●そういう場合、一番目立つ異分子は私であった。どんなときでも、たいていは私の負に極まる。

 ●「ふたりきりの生活だったら」、そういう不平を私は持ち始めた。

 ●ようやく私たちの情熱がいろいろなものに克ち得たように見えたとき、私たちはお互いの心の内にさぐりを入れ始めた。





 ●しかし、それを充分にしないうちに、子供が生まれ私たちは両親としての新たな関係に入っていかなければならなくなった。

 ●自分が子供の親になるーー私はそんなことを考えてみたこともなかった。

 ●ただ子供のためにとばかりにまるで意義のないような生活を送ることは、私にはなんの役にも立たない因習的犠牲行為にしか思えなかった。

 ●しかし、実際に出産し育児をしてみると、ひとりの子供を育てることが、どんなに立派で難しい仕事かということがしみじみ考えられた。

 ●すべての悲しみも喜びも、日常のあるゆることが、子供を中心にしたものになる。

 ●愛で結ばれた男女の共同生活が、父と母という二重の結合になり、その結合は子供を育てる義務と責任を生じさせてふたりの関係はより深くなる。

 ●かつて、他人のそうした生活には秘かに侮蔑を持っていた私だが、子供のためなら自分のあるゆるものを犠牲にしてもいいと思ったこともあった。





 ●しかし、私のわずかばかりの力は、ずんずん伸びていく子供の成長に圧倒されがちであった。

 ●いい加減な教育は子供にとって、邪魔なものと考えるようになった。子供の成長はできるだけ自然な伸び方をするようにしたいと思い始め、傍観的になった。

 ●しかし、よけいなお節介があちこちから来た。

 ●そうした母親としての憂慮を男に語っても、自分と同じような感覚を持ってもらうことはたいていの場合、困難である。

 ●抽象的な同感はしてもらえても、それが具体的になった場合にはまるで別物である。

 ●女の生活の中心が子供に移るようになれば、注意はその方にばかり注がれる。だから、ふたりだけの愛を中心にした生活とはだいぶ勝手が違ってくる。男はたいてい女ほど献身的にはなりえない。





 ●私の子供の父親は根強い個人主義者だ。彼は他人に立ち入られることが嫌いなかわりに、他人のことに立ち入ることも嫌いというスタンスを徹底していた。

 ●私が子供に関する不平不満を話すと、彼はなんの同感も持たないで、反感を示した。そしてふたりの間に、覆いがたい疎隔ができてきた。

 ●そういうふたりの関係の疎隔に対して、何か策を講じることができればまだいいが、お互い悪いことにそれを覆い隠そうとした。

 ●自由結婚をした者が、世間の目に対する意地を張ってしまったのだ。自分たちの行為を失敗に終わらすまいという考えに固執してしまった。

 ●それが真の疎隔ではなく、私たちは深くつながっているのだという安心を得たいがために、私は普通ではとてもできそうもない譲歩や妥協をし、あらゆる行為が夫のため、子供のためだとしきりに考えた。

 ●そうして、馬鹿馬鹿しい誤魔化しの生活が始まった。





 ●しかし、私はこの男との生活を始めるために多大な苦痛を払った、高価な代価を忘れることができなかった。

 ●その高価な結婚生活が失敗に終わっても、それが無意義になりはしないのだが、なかなかそうは考えられなかった。

 ●結局、私は第一の結婚を破棄する際の倍ぐらいの価を支払って、贋物の関係から自分を絶った。

 ●自分の根本の思想や態度をはっきりさせることができなかったことが、第二の結婚の苦痛を生み、その責はすべて私にある。

 ●私は自分の失敗から、これだけの結論を受け取った。そして、私だけでなく、同一の例はまた多くの人々の上にも等しく広がっていることと思う。

 ●しかし、失敗することは悪いことではない。私は第二の結婚の失敗で、これだけの多くのことを学んだ。



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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