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2016年03月18日

第21回 縁談






文●ツルシカズヒコ



 級長になり、新聞部の部長を務め、谷先生の自死を知り、新任英語教師の辻の教養に瞠目した野枝の上野高女五年の一学期はあわただしく過ぎていったことだろう。

 野枝と同級の花沢かつゑは、野枝について井出文子にこんな回想も語っている。

 花沢によれば、野枝は「ずいぶん高ビシャな人」だった。

 花沢が日番で教員室に日直簿を置きに行ったときだった。

 教員室にいた野枝は花沢にスッと近寄り、花沢が小脇にかかえていた本を「何読んでるの?」と抜き取り、パラパラ頁をめくり、「こんなの読んだら早いわね」と言った。

 花沢は小杉天外の『魔風恋風』を持っていた。

 女学校の高学年にもなって「すいぶん幼稚な本を読んでるのね、花沢さん」と、野枝は言いたかったのだろう。

 花沢に職員室で恥をかかせ、「紋付き事件」のリベンジをしたという、穿った見方もできるかもしれない。

 井出は花沢のことを「級では勢力もあり新入りの野枝をやや冷やかしの眼でみていたのだろう」と書いているが、花沢をボスとする七人組、なにするものぞという、気性の強い野枝の面目躍如たるエピソードである。

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 花沢は井出の取材で五年級の「桜風会」(文化祭のようなもの)での野枝の詩の朗読のすばらしさや抜群の文才について言及し、その実力を認めているが、浅草で細紐テープを作る工場主の娘だった花沢ような東京の豊ゆたかな家庭の粋な下町娘からすれば、野枝は野暮ったい田舎娘でもあった。


 だいたい野枝さんはあまり綺麗ずきではなかった。

 髪は束髪にしていましたが、いつも遅れ毛がたれていて、なんかシラミがいそうでした。

 それに半紙や鉛筆やパン代なんか友達からよく借りっぱなしでした。


(井出文子『自由それは私自身 評伝・伊藤野枝』)


 野枝の「雑音」(『定本 伊藤野枝全集 第一巻』)によれば、上野高女四年生のころ「根岸の叔父の家から上野の図書館に、夏休の間毎日のやうに通つた」という。

  野枝にとって身なりよりなにより、日本最大の図書館での知識の吸収が急務であったのであろう。





 一九一一(明治四十四)年の夏、七月ごろだろうか、上野根岸の代家の庭で撮影された野枝と代千代子といとこ、三人の娘の写真が矢野寛治『伊藤野枝と代準介』に掲載されている。

 いかにも盛夏らしい、浴衣を着た三人娘のバックは竹垣になっており、その向こうが村上浪六邸である。

 野枝は団扇を持っている。

「千代子は色白で、目は細長い糸目、頬は下ぶくれの大和なでしこ顔。ノエは逆に浅黒いが、目はくっきりとした二重で、黒目がちのはっきりとした顔である。負けん気の気性が眼光にほどばしっている」(『伊藤野枝と代準介』)という、野枝と千代子の特徴がよく表れている写真である。





 そのころ、野枝の縁談話が進行していた。

『伊藤野枝と代準介』によれば、相手は加布里(現・糸島市)の富農、末松鹿吉の長男・福太郎。

 代準介、伊藤亀吉、末松鹿吉の三人は幼なじみだった。

 代は千代子の縁談も進めていた。

 相手は今宿青木(現・福岡市西区)出身で、代が若き日に勤務していた九州鉄道株式会社の社員だった。

 千代子は一人娘だったので養子縁組とした。

 野枝も乗り気だったという。

 福太郎がアメリカ帰りで、再びアメリカに行くことになっていたからだ。

 この縁談に対する野枝の心境はいかなるものだったのか。

 おそらくその重要な手がかりとなる資料が、堀切利高によって発掘されている。

 堀切利高『野枝さんをさがして』によれば、堀切が西原和治著『新時代の女性』(郁文社/一九一六年)を長野県松本市内の古書店で偶然見つけたのは、二〇〇〇年十月だった。

『新時代の女性』の「はしがき」には「若い女性の手に成つた偽りなき文章と、それに対する著者の批評と、其の批評を補ふに足るべき著者の感想とを録したものであります」とあり、十九編の文章が収録されている。

 その十九編の一編が「閉ぢたる心ーー何故開けないのでせうーー著者より」という西原が書いた文章で、かつての教え子だった女性に「あなた」と話しかけるスタイルで書かれている。

 固有名詞は一切出てこないのだが、堀切は状況証拠から判断して、その女性が野枝であることはほぼ間違いないとしている。


●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index




posted by kazuhikotsurushi2 at 16:21| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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