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2016年05月13日

第167回 野依秀市(二)







文●ツルシカズヒコ



野依社長は野枝サンが何を聞いても巧く言ひ逃げるので、

何やら話題を考へて居るらしく暫(しばら)く黙つて居たが、

間もなく砲門を開いた。


野依『アナタは凡(すべ)の男性に対してどう言ふお考へをおもちですか。』

伊藤『妾は喋る事が下手ですから一寸言へませんよ。』

野依『猾いネどうも……』


と再び砲門を閉ぢて密(そつ)と欠伸(あくび)をした。


野依『第三帝国』では一枚いくらですか。』

伊藤『サアどの位について居りませう、

   その大きいので一頁五円です。』

野依『ハハアこれで五円……

   何枚位になりますかネ。」

伊藤『多分、八枚位でせう。』

野依『すると一枚、六七十銭ですネ……

   さうですか。

   僕はネ伊藤さん。

   今日アナタがお出でになると言ふんで、

   何か議論でもなさりに来るのかと実は大いに吹き巻くつてやらうと思つて居ましたが、

   よもや原稿を買つてくれと言はれやうとは実際夢にも思ひませんでしたよ。

   それに僕ばかりに喋らしてアナタは、

   アナタはフフン、フフンと笑つてばかり居るなんテ、

   実際、猾いですよ、

   青鞜は何部印刷して居ます……

   千部も刷つて居ますか……』

伊藤『エヽさうです……』

野依「それで戻りが二割位もありますか。』

伊藤『そんなものでせう。』

野依「ぢや儲かるでせう。」

伊藤『儲かりませんよ。』

野依『併し労力に報ゐる丈け位の事にはなりませう。』

伊藤『いゝエ、なりません。』

野依「アナタは一ケ月に幾何(どのくらい)稼ぎますか。』

伊藤『サア、どのくらゐになりませう。』

野依『五十円位になりますか。』

伊藤『なりません。』

野依『併し御主人もお稼ぎになるんだから二人で五十円位にはなりませう。

   五十円ありア喰つて行けまさアネ。

   アナタのところに千原代志と言ふ人が居ますネ。

   『女の世界』の第一号の時に来て居ましたが、

   まるで男だか女だか分らない人ですネ。

   だから僕は、君は、男か、女かツて言つてやりましたがネ。』

伊藤「爾うですか、

   妾の家にも暫く居たんですが……』


※『元始、女性は太陽であった 平塚らいてう自伝(下巻)』によれば、千原代志は一九一四年の夏、人妻であったにもかかわらず家を出てらいてうと奥村の新婚家庭に同居、『青鞜』に「処女作」などを発表した。

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其時社長のところへ電話が懸つて来た。社長が頗(すこぶ)る元気づいた声を出して話してる最中、

野枝サンは夢を見て居る人形のやうにウツトリ椅子に凭(よ)りかゝつて居た。


野依『伊藤サン、あなたは平塚サンと二人で青鞜をやつたんですか。」

伊藤『イヽエ、

   最初の中はまるで違つた人達がやつて居たんですの。

   妾は去年の十一月頃からです。』

野依『青鞜は原稿料を払ひますか。」

伊藤「いゝえ、払ひません。」

野依「ホウ、そりア酷い、宛然(まる)で詐欺だ。』

伊藤『だつて別に妾達たは儲けやしないんですもの、

   皆ンな掲載(のせ)てもらひ度いと言つて原稿をもつて来るんです。』

野依『爾うでせう。

   掲載てさえ貰もらへれば何よりも光栄なんでせうからネ、

   それなら原稿料を払はないからつて一向差支ありませんよ……

   アナタはかうやつて外を歩いていうる中に好い男だと思う人がありますか。』

伊藤『サアどうですか』

野依「ありませんか。

   僕は別ですよ、一般の男の中で……』

伊藤『ありませんネ。」

野依「嘘を仰やい。

   幾人もあるでせう。

   亭主に不満だなんて言つて居るくせに好い男だと思う人がない事があるもんですか。」

伊藤『一寸見たつてよかありませんもの……』





野依『ダガ、アナタはなか/\巧いよ、

   僕にばかり喋べらして居るて、

   何か聞けば只フフンフフンと笑つてばかり居るちや、

   まるで暖簾に腕押しだ、恐れ入りましたよ。

   ……アナタはお子供さんがあるんですネ』

伊藤『エヽ。』

野依『幾歳(いくつ)の時御出産になつたんです。』

伊藤『十九の時……』

野依『結婚なすつたのは……」

伊藤『十八です。」

野依『御亭主さんのお郷里(くに)は。」

伊藤『東京です。』

野依『東京ですか、

   東京は何処かの学校に居らつしたんですかアナタはその学校の生徒だつたのですか。』

伊藤『エヽサウです。』

野依『何処の学校です。』

伊藤『チツポケな学校ですよ。』

野依『チツポケな学校つて……』

女史『ソンな事はどうでも宣いぢやありませんか。』

野依『御亭主さんはお幾歳です。』

伊藤「サア幾歳でせう。三十一でせう』

野依『三十一ですか、ヂヤ僕と同い歳ですネ。

   ヂヤ、アナタとこうして話して居らつしやると、

   御亭主と話して居るやうな気がしませうハ…ハ…ハ……、

   アナタは御主人の何処がよくつて恋したんです、

   気前ですか、それとも学問ですか、又は、男振りですか、

   さもなきア、学校に居る間、

   点数でもアナタに多く呉れたからですか。』

伊藤『ソンな事はありませんよ。』

野依『ぢや、所謂、意志の合致ですか……

   ダがアナタは芸者になると屹度流行児になりますネ、

   話の調子と言ひ、態度と言ひ、実に巧いものだことにその南京米の袋の中から……』

伊藤『ソンナに褒めて頂くと……」

野依『アヽ分つた、

  アナタはその南京米を入れるやうな袋を持つて居て今の御主人をその中へ取り込んで点数を余計つけてもらつたんですネ。』

伊藤『そうぢやありませんよ。」

野依『ぢや矢張り意志が合致したと言ふ訳ですか……

   ……あなた僕に……』

と言ひかけた時、主筆の青柳有美さんが二階から上つて来た。





野依『青柳さんお紹介します、

   この人が有名な伊藤野枝サン……

   この人が有名な青柳さんです……

   ネ青柳さん、伊藤サンがネ、

   何んでも彼んでも僕に原稿を買つてくれと言つて来たんですが、

   実際、女は図々しいもんですネ。』

伊藤『だつて図々しくなくつちや売れないんですもの。』

野依『ヂヤ図々しいのは宣い事ですか。』

伊藤『エヽ。』

野依『ねネ伊藤さん、アナタの御主人は英語が御上手ださうですが、

   その帯の英語も御主人に書いて貰つたんですか。』

伊藤『そうぢやありませんよ。』

野依『ヂヤ誰に書いてもらつたんです。』

伊藤『妾だつて英語ぐらゐは書けますよ。』

野依『伊藤さん、僕は先刻(さつき)から一人でペラペラ喋つて随版アナタを褒めましたが、

   少しは僕の事を褒めてくれたつて宣いでせう、

   ネ、世の中は物々交換です、

   アナタが僕を褒めて呉れゝば僕もアナタの原稿を買ひますよ。

   ハ……ハ……ハ、只ぢや嫌ですネ。』

伊藤『こゝで褒めてもつまらないぢやありませんか。』

野依『どうしてヾす。』

伊藤『だつてモツト多くの人が見りや猶宣いぢやありませんか。』

野依『ハアハア書くんですか。

   アナタのやうな名高い人に書いて戴きア僕も大に光栄です。』

伊藤『私、名高くなんかありやしませんよ。』

野依『どうです、僕と一つ大いに議論をしやうぢやありませんか。』

伊藤『妾、議論は嫌ひですもの。』





野依『どうもアナタは猾い。

   卑怯ですよ、

   亭主がどうのかうのと言つて盛んに議論をする癖に……

   アナタのやうな偉い人にも似合ひませんネ。』

伊藤『些(ちつ)とも偉くなんかありやしませんよ。』

野依『デモ世間では偉い女だと思つて居るぢやありませんか。』

伊藤『いくら世間が偉いと思つて居たからつて偉くないのは仕方がないぢやありませんか。』

野依『人間と言ふものは皆ンな爾うですし、

   世間と言ふものは大抵、ソンなもんですよ…

   ヂヤ伊藤サン、アナタは僕に会わない前に僕を想像して居た事があるでせう。』

伊藤『エヽ。』

野依『その想像して居た僕と、

   こうして会つた時の僕との感想を一つ伺ひませうか。』

伊藤『思つた通りです。」

野依『思つた通りぢや少しも分らないぢやないですか、

   どう思つたんです。』

伊藤『アナタのやうに思つて居ました、

   それに顔は写真で見て居ましたし、

   いろんな人からいろ/\聞いて居たんですもの。』

野依『さうすると、

   僕を齢(よわい)するに足ると思つて居たんですか。』

伊藤『思つて居ました。』

野依「ソレなら何故、女の世界の原稿を書かなかつたんです。』

伊藤『書けなかつたんですもの。』

野依『書けないのに何故請合つたんです。』

伊藤『だつて紙に向つて見なけりや書けるか書けないか分りませんもの。』

野依『どうも責任の観念が薄いから困るですナ時にアナタは肥つて居ますね、

   ダガ、アナタはアンまり美いものを食べますまい。』

伊藤『美いものを食べて居ますよ、

   いくら貧乏をしたからつて……』

野依『へえ、へえ、そうでしょう、

   まるでおノロケだ』

(『女の世界』1915年8月号・第1巻第4号/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』_p413~416)



★『定本 伊藤野枝全集 第三巻』(學藝書林・2000年9月30日)

★『元始、女性は太陽であった 平塚らいてう自伝(下巻)』(大月書店・1971年9月6日)



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 18:20| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)『秩父事件再発見』(新日本出版社)など。
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