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2016年05月10日

第159回 伊藤野枝オタク






文●ツルシカズヒコ



 その頃、野枝は彼女に異様に注目し接近してくる青年に閉口していた。

 「伊藤野枝オタク」の中村狐月である。

 芥川龍之介は井川恭に宛てた書簡で、狐月を酷評している。


 批評家は大がい莫迦だよ

 中では小宮豊隆が一番利巧だがね

 中村狐月の如きは脳味噌の代りにほんとうの味噌のはいつてゐるやうな頭を持つてゐる


(井川恭宛書簡・一九一六年十月十一日/『芥川龍之介全集 第十八巻』・岩波書店・一九九七年)

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 大杉はシニカルな視点だが狐月を評価していたようだ。


 あの、ちょっとした文章なり顔色なりを見て、すぐさまその人の心の奥底を洞察することにおいて、まさに天下一品とも称すべき批評家、僕はよくあの男のことをこんなふうに評価して多くのあきめくら作家どもから笑われるのだが……。

(「男女関係についてーー女房に与えて彼女に対する一情婦の心情を語る文」/『女の世界』一九一六年六月号/日本図書センター『大杉栄全集 第3巻』)


 辻も狐月に言及している。


 野枝さんは至極有名になつて、僕は一向ふるわない生活をして、碌々(ろくろく)と暮らしてゐた。

 殊に中村狐月君などと云ふ「新しい女の箱屋」とまで云はれた位に、野枝さんを崇拝する人さへ出て来た。


(「ふもれすく」/『婦人公論』一九二四年二月号/『辻潤全集 第1巻』)





『青鞜』六月号(一九一五年)に野枝が書いた「私信ーー野上彌生様へ」は、野上が野枝に書いた私信に対する返信である。

 それによると、おおよそ、こんなことのようだーー。

 狐月の批評を読んだ野枝は、彼の頭の明晰さや観察の緻密さには感心したが、その人となりに関しては虫の好かないタイプだった。

『第三帝国』に書く約束をすると、狐月が何かにつけて理由もなく、野枝に会いに来るのもいやだった。

 来そうだと思っただけでも気が重くなった。

 大嫌いだというそぶりを見せまいとする自分が不快になったので、野枝は狐月に面と向かって言った。

「私、あなたのことが嫌いです」

「ああ、それは私もとうに知ってます。私は生まれつきこういう人間ですから、仕方がありません。そういう人間だと理解していただければ、それでよいです」

 そのうちに狐月は無遠慮な文面の手紙をよこすようになった。

 狐月の中では自分ひとりが野枝の最も立派な理解者だと言ってきたりする。

 野枝の家庭生活を侮辱するようなことも書いてきた。

 腹の立った野絵は、狐月に公開の怒りの手紙を書いた。

『第三帝国』第四十二号(一九一五年六月五日)に載った「中村狐月様へ」がそれである。

『第三帝国』第四十一号(一九一五年五月二十五日)に掲載された、狐月の「文芸評論」を読んで、それまで返事を保留していた狐月からの二通目の手紙にこたえたものと推測される(『定本 伊藤野枝全集 第二巻』「中村狐月様へ」解題)。





 以下、野枝の手紙の内容を抜粋要約。


 ●狐月は野枝に「自分より偉いと思う人がいるなら名を挙げて下さい」と書いた。野枝は人の言動を偉いとか偉くないとかで判断しないから、挙げなかった。そもそもそんな質問には無理がある。

 ●男の理解者は自分ひとりのような顔をしていることに腹が立つ。最初から高い評価をする方とは親しくなりたくない。そのうちディスイリュージョンを抱いて急速に評価が下がるから。

 ●そもそもあなたは私のごく一部しか知らない。私は自分の欠点までも認めて理解してくれる人と親しくなりたい。あなたは私の真の理解者ではありません。

 ●あなたは辻を蔑視しているようですが、彼は私のすべてにおける指導者です。

 ●手紙を書いているうちに憎悪がこみ上げてきました。

 ●あたなが私のことを方々で言いふらしているのも迷惑です。変な噂が私の家庭のことにまでおよんでいることが、私の耳にまで入ってきました。

 ●無遠慮な返事の催促の手紙も何度も来ましたが、これにも腹が立ちました。

 ●私が一番嫌っているあなたと私のつながりまで疑われようなことになったら、それこそ不快です。

 ●あなたはこの手紙でも私に対するディスイリュージョンを抱いたはずです。それは私の望むところです。

 ●あなたの嫌いなところを除けば、あなたに対する尊敬は残ります。あなたが私に近づいてくることが嫌で嫌で仕方がないのです。

(「中村狐月様へ」/『第三帝国』一九一五年六月五日・第四十二号/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』)


 以上が野枝の怒りの返信だが、狐月は『第三帝国』四十二号(一九一五年六月十五日)に掲載された「野枝さま」(『現代作家論』収録)を書き、野枝からの第二信に答えている。




●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 15:19| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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