2016年04月19日

第102回 出産






文●ツルシカズヒコ


 野枝は辻の力を借りて、エマ・ゴールドマン『Anarchism and Other Essays』に収録されている「婦人解放の悲劇」を『青鞜』九月号に訳載した。


 解放は女子をして最も真なる意味に於て人たらしめなければならない、肯定と活動とを切に欲求する女性中のあらゆるものがその完全な発想を得なければならない。

 全ての人工的障碍が打破せられなければならない。

 偉(おおい)なる自由に向ふ大道に数世紀の間横たはつてゐる服従と奴隷の足跡が払拭せられなければならない。

 これが婦人解放運動そも/\の目的であつた。

 然るにその運動の齎(もた)らした結果はと云ふと反つて女子を孤立せしめ、女性にエツセンシヤルである幸福の泉を彼女から奪つてしまつたのである。


(「婦人解放の悲劇」/『青鞜』一九一三年九月号・第三巻第九号/『定本 伊藤野枝全集 第四巻』)

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 この部分の原文は以下である。


 Emancipation should make it possible for woman to be human in the truest sense.

 Everything within her that craves assertion and activity should reach its fullest expression; all artificial barriers should be broken, and the road towards greater freedom cleared of every trace of centuries of submission and slavery.

 This was the original aim of the movement for woman's emancipation.

 But the results so far achieved have isolated woman and have robbed her of the fountain springs of that happiness which is so essential to her.


(「The Tragedy of Woman's Emancipation」/Emma Goldman『Anarchism and Other Essays』)





 本来、「婦人解放の悲劇」は寒村が『近代思想』九月号に訳載するはずだった。


 寒村が本号に訳す筈であつた『婦人解放の悲劇』は、青鞜社の方で九月号に出すさうだからお譲りする事にした。

(大杉栄「大久保より」/『近代思想』一九一三年九月号)


 寒村は野枝が『青鞜』九月号に訳載した「婦人解放の悲劇」に言及し、青鞜社同人にこう問い質している。


 高等教育と職業の自由と、選挙権の獲得と、凡て是らの謂ゆる『婦人解放』が、婦人から人情の自由を奪ひ、愛の権利を奪ひ、全く悲劇に終れる事……は、ゴールドマン既に之を説き……僕等の同ずる処である。

 問題は……婦人解放が、いかにして成就さるべきか、に在る。

 そしてゴールドマンは、此の問題が他の一切の重大な社会問題と等しく、無政府主義に於ける社会革命を外にして解決の途なしとせる事、また諸君の夙にしらるゝ処と思ふ。

 或る点まではゴールドマンと同じ意見を懐抱するがその手段方法に至つて、社会革命によらず無政府主義によらず、所謂自己完成と、芸術的遊戯とによるのである乎。

 ……ゴールドマンを米国の平塚雷鳥となさゞらん事を望む。


(荒畑寒村「六雑誌瞥見」/『近代思想』一九一三年十月号)





 野枝が長男・一(まこと)を出産したのは、一九一三(大正二)年九月二十日だった。

 野枝が出産直後に書き、青鞜社に出したと思われる書簡の文面が、『青鞜』十月号「編輯室より」に掲載されている。

 この号の「編輯室より」の担当は小林哥津と思われる。

 
 野枝さんにはこの廿日午後九時に可愛い坊ツちやんが出来ました。

 ふたりとも大変丈夫です。

「母として子を育てて行くことが自分に出来るかどうか不安です。さう思ひますと、何だか悲しくもなつて来ます。この子のためにこれから私がどの位までに左右されるかと思ふと情なくなります。何だか恐ろしい気ががします。けれど私は今迄のコンヴエンシヨナルな情実から世のつねの平凡な、子の犠牲になつてしまふ母にはなりたくないと思ひます。なつては大変だと思ひます。」


(「編輯室より」/『青鞜』一九一三年十月号・第三巻第十号/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』)





「伊藤野枝年譜」(『定本 伊藤野枝全集 第四巻』)には「九月二〇日、上駒込三二九番地の自宅で長男一(まこと)を出産」とあるが、矢野寛治『伊藤野枝と代準介』によれば、野枝はこの夏、辻と一緒に今宿に帰省し実家で出産している。

『伊藤野枝と代準介』は代準介の自伝『牟田乃落穂』を引用しているので、こちらの方が信憑性が高い。

 野枝は両親や叔父・代準介と和解したのだろうかという疑問が湧いてくるが、代家(代準介の曽孫が矢野寛治の妻・千佳子)にはこう伝わっているという。


 代準介は野枝の「わがまゝ」や「出奔」を読むも、意に介さない。

 野枝からの誹謗中傷表現を不憫にも思い、「あれはあれで、闘っているのだろう」と言ったと我が家には伝わる。


(矢野寛治『伊藤野枝と代準介』)


『伊藤野枝と代準介』によれば、このころ代準介は、今にたとえればボーイスカウトとガールスカウトが一体化したような「玄洋遊泳協会」を今宿に設立し、野枝を教導として帰省させたという。

 野枝は素直に従ったのかという疑問が湧いてくるが、こういうことのようだ。


 この帰郷は木村との仲に切をつけることに役立った。

 野枝は青鞜に書いた創作の中身とは異なり、叔父の言いつけ手伝いには素直であった事がよく分かる。


(同上)


昭和の漂泊者・辻まこと


●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 19:36| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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