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2016年12月31日
2016年も、けっこーガンバったっぽい?
2016年12月20日
神宿ってる?
先日・・・
すっごく苦手で、どんなに練習しても、どんなにコツを教わっても
全くつかめなかった作業のコツを、突然つかんだ。
いやホント、「突然開花した」っていう表現しかできないくらいの
衝撃的な体験だった。
それまで散々苦労してやってきて、
周りからも「何でそんな苦労してんの?」「こんなの簡単じゃん?」
などと言われ続けて・・・
もうコツをつかむのはやめた。この作業は気合と根性で乗り切ろう
って割り切って、ずっと続けてきた。
それが突然、気合と根性抜きでできるようになった。
なんでだろう? ってか、もっと早くこのコツをつかめていれば
苦悩と苦労の日々を過ごさなくてすんだのに・・・
と思ったりもしたのだが、よくよく考えてみればこれで良かった。
初めから教えられたコツをすんなり掴めてしまっていたら、
楽だったのかもしれない。
でもその場合、その作業に対して死に物狂いで取り組むコトは
なかっただろうし、気合と根性で乗り切るっていう経験も
しなかったことだろう。
そうすると、後で苦労することになる。
「コツ」では処理できない「イレギュラーなケース」ってのが、
いつか必ず訪れるから。
幸いにも(?)、私は今まで全てのケースに対して気合と根性で
対処してきた。
言ってみれば、私の前に現れた全てのケースがイレギュラー
だった。
だからこの先、コツが通用するパターンではコツを使えばいいし、
コツが通じないパターンに対しては、従来通りの気合と根性作戦で
対応すればいい。
コツが通じなくても何とか乗り切れるっていう自信を得ることが
できたんだ。
これは、精神の弱い私にとっては大きな支えとなる。
勉強でもスポーツでも仕事でも研究でも、「基礎」が大切。
基礎がしっかりできていてこそ、その上級手法としてコツが
発揮できる。
他者が苦労を重ねて生み出した「コツ」だけを習得し、上澄み
だけを手に入れたところで、それは単なる付け焼き刃、張りぼて
でしかない。
地味でツラい基礎を積み重ねなければ、越えられない壁に当たる。
なんか話が長くなっちゃったけど、今回の経験で感じたコトは、
できるワケがないと心の底から思ってるうちは、できるものも
きっとできない。
とにかく何とかやろうって、必死で継続していけば・・・
その手、その脚、その身体、その精神に、神が宿る瞬間が訪れる
かもしれない。
【追伸】
いつか私の文章にも、神が宿る日が来るだろうか?