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2016年10月01日

扉シリーズ外伝『綾とサツキ4』


翌日の放課後…
授業が終わるとすぐに、綾はさつきに連れられ、怪談『緑の部屋』の舞台となった件の家へと向かう。
小雨の中、お気に入りのブルーの雨傘を指す綾の姿を見て、さつきは思った。

『コイツ…やっぱり絵になるなぁ…』

霊能者の血筋がそうさせるのか…
明るい性格でありながら、綾には晴天より小雨が…太陽よりは月が似合う…
さつきは、綾のそんなところが気に入っている。

家の前にはさとしが先に来て待っていた。

黒い雨傘の位置が高い。
さとしは高二にして身長が188センチあるらしい。
雨傘の位置は2メートルを超えているだろう。
綾はそんな長身の男性と直に接した経験がなく、やはりその大きさが気になる…
さとしは、今日は赤いウインドブレーカーに白いTシャツ、下はピタリとした色が濃い目のデニムで、足元は白いスニーカー。
髪型がモヒカンでなく、ピアスを外していれば、普通の高校生に見える。

「あ、雨の中すんません…」

さとしが綾に頭を下げる。
よく考えれば、見た目よりは礼儀正しい性格に見える。
それに、少しシャイな面もあるようだ。
初見のインパクトが強力だったので、そういう面が目立つ。
綾は、外見は怖いけど、中身はイイ人だと、さとしを認識していた。

セメント色のブロック塀に囲まれ、小さな庭のある家は二階建てで、一見、何の変哲もないモダンな作りの民家だ。
しかし、両隣の家も空き家になっている…

『たぶん…居つく事ができないんだ…』

件の家から立ち上るオーラは、人を近づけない色をしている。
昨日さとしが『緑の部屋』を『気持ち悪い色』と言っていたが、おそらく、それと同じ色だ。
こんなオーラを放つ家の隣で人間が生活を営み続けるのは非常に難しい事だ。
必ず心身に変調をきたす。

綾は、ポケットから男性の親指大くらいの小瓶を三つ取り出すと、さつきとさとしに一本ずつ手渡し、

「家に入る前にこれを飲んで…これは聖水みたいなもので、人間の生命力を高めて、悪いものの影響を受けにくくする力があるから…」

と言って、コルク栓を抜いて、クッと飲み干す。
さつきも続いて、それを飲み干す。
さとしは、さつきを気にしながら、飲み干した。

「この水、生温かったでしょ?ごめんね…でも、人肌で温めて飲んだ方が、更に効果が高いから…」

綾は少し顔を赤らめてそう説明した。
さつきは綾のそういう所に萌え、さとしは、何やら複雑で不思議な感情を、ピアスをした耳を紅潮させる事で表現していた。

さとしは、立ち入り禁止の看板をぶら下げてある家の門扉を開けた。

「ここね、不動産屋も近づきたくないみたいで、簡単に入れるんすわ…家の鍵もだいぶ前から壊れたままらしいすから…」

壊れたのではなく、誰かが壊したのだろうが…
おそらく、肝試し目当ての人間が壊したのが、そのままにされてあるのだ。
そんな目的でもないと、こんな家に近づきたい人間なんかいないだろう、と綾は思った。

敷地に入った瞬間、

「うほっ」

さつきが声を上げた。

「やっぱ、何か嫌な感じするなぁ…おい馬鹿男、お前ここに一人で入ったって本当か?」

さつきが眉間にシワを寄せながらそう尋ねた。

「あ?…ああ、ここまで来て、みんなビビっちまってよ…そんなのロックじゃねえだろ?」

さとしの返答に綾は絶句した。

『ロックじゃねえだろ?』

そのロックとは一体なんなのか…?

彼はバンド活動をしているらしい。
そのバンド名は『ピッグクライシス』…
豚の災い…豚の難?という意味であろうか…
ロックは単なる音楽ジャンルではなく、哲学化している事は綾も知識としては知っている、
しかし、綾がそれを理解する事は出来ないだろう…
ただ、今は自分が付いているからいいが、こんな人間を寄せつけない場所に不用意に近づいて、命を危険に晒すような事は二度として欲しくないだけだ…

「何がロックだよ…小学三年生までオネショしてた奴がよく言うよ…」

さつきが軽蔑の眼差しでそう呟いた。

「馬鹿!言ってんじゃねえよオメーはよ!オメーだって、四年の時に子供会の旅行でホームシックになってワンワン鳴いてた癖によぉっ!」

二人共、空き家に忍び込んでいる状況は頭にあるようでヒソヒソ声であるが、その緊張感の無さに、綾は微かなイラつきをおぼえた。

「黒歴史の晒し合いはいいから、とにかく中に入ろう…」

さつきがさとしの頭をはたいた後、一行はようやく家のドアを開けた。

ドアが開いた瞬間、ムワっとしたカビ臭さが吹き出し、綾は鼻と口を手で塞いだ。
いや、カビ臭いだけではない…
綾の嗅覚…いや、『霊覚』とでも言える感覚が、カビ臭さの奥にある更なる異臭を感じとった。

そこに凝り固まった怨念等の人間の負の念には臭いがある。
何かが腐れば腐臭を吐き出すように、念も腐れば臭いを出すのだ。

綾は、カバンから紫色のシルクのハンカチを取り出し、それを鼻口に当てた。
これは、祖母からもらったハンカチで、昨晩、香で清めておいたものだ。

「うへっ、めっちゃカビ臭い…」

さつきが二、三度咳き込んだ後にそう呟く。
さとしがポケットからハンカチを取り出してさつきに差し出す。

綾は、さとしがハンカチを持っていた事に、少し驚いた。

さつきはハンカチを受け取り、それを鼻口に当てたが、

「これも臭いよ?」

と、呟く。

「なら返せや…」

さとしが憮然と答える。

「…」

綾はまたイラついた。
ここでイチャつくのはやめて欲しい…

さて、玄関に入ると、まず二階への階段が目に入り、廊下の先はリビングになっているようだ…
しかし、用があるのは『緑の部屋』だ。

「志村君…二階だよね?」

綾は昨日の夢で見て、『緑の部屋』の場所は知っていた。

「あ、はい…、そ、そうっすけど…」

さとしは少し面喰らったような表情で答えた。

綾は家に上がるのに靴を脱ごうとしたが、

「三角、何やってんの?土足でいいよ、土足で!」

さつきが綾を制止して、先に家に上がった。
さとしも平然と上がり、

「二階、行きましょうか?」

と、階段を親指で指した。

空き家とは言え、土足に抵抗を感じたが、床を見ると抵抗が薄れた。
綾も家に上がった。
その瞬間、

ギィシ!!

まるで一瞬だけ大きな地震が起こったように、家全体が揺れた。

「な、何?」

さつきが珍しく怯えた表情を見せた。

『家が、気づいたね…』

綾が呟く。

「何すか、それ?」

さとしが綾の呟きに食いついた。

綾は、昨日の夢で見た事を分析し、ある仮説を立てていた。

夢では、部屋を塗りつぶす弟、その背後に立つ姉、更にその背後に立つ黒い影が見えた。

全ての元凶は、その黒い影である。
あれは、元々、この家が立つ以前からこの土地に憑いていたモノである。
その影は、人の形を成していない。
もはや形を忘れるほど長い年月、現世に霊体として在り続け、更に数多の似たような念が集まり塊となったモノだ…
何の意思もなく、ただそこに近づいたものに、善いモノなら幸福を、悪いモノなら災厄を…
そんな影響を及ぼすだけのモノ…
祖母は、そういうモノを『古霊』と呼ぶのだと教えてくれた。
悪いモノの影響を受けるていう事は、天災に遭ったのと同じである。
ここに住んでいた家族は、被災したのだ…

しかし、これはあくまで仮説であったのだが、さっきの揺れで、その仮説が真実味を増した。

綾は『気づいた』と表現したが、それは、この土地につく『古霊』が綾達という『縁』に触れた事で『発動』したと表現した方が正しいのかも知れない。

とにかく『緑の部屋』に行こう。

ここには、あの姉弟の霊も確実にいる…

クレヨンの謎も解明しなくてはならない…

「志村君、とにかく緑の部屋に行こう…そこで説明するよ…」

綾はさとしにそう答え、先頭に立って二階への階段を登り始めた…

続く






2016年10月02日

扉シリーズ外伝『綾とサツキ5』

二階へと続く階段を一段一段と踏みしめる度、それに反応するように家が揺れる。

「これ、何すか?前来た時はこんな事なかったすけど…」

さとしがボソリと綾に尋ねる。

「志村君の時には運良く家が眠ってたのかも知れないね…」

綾がそう答えると、二階へたどり着いた。
廊下が続いており、奥に一部屋、両側に一部屋ずつ、ドアが見える。
二階はやはり、かなり霊圧が強くなっている。
入る前に聖水を飲んだのは正解だったようだ、飲んでいなければ身体に変調をきたしていただろう…

『右か…』

綾は、霊圧を強く感じる右側の部屋が件の『緑の部屋』だと確信したが、その向かいの部屋から漂う黒いオーラは異常な霊圧を発している。
まるで、悪意そのものがそこに充満しているような…
綾はそこに、顔を向けるだけでムカムカしてくるような、激しい嫌悪感を抱いた…

しかし、今はとりあえず『緑の部屋』である。

「志村君、右だよね?」

綾はさとしに尋ねた。

「あ、はい…そっちっす…」

さとしはそう答えながら、右側の部屋のドアノブに手をかけた。

ドンドンドンドン!

向かいの部屋の中から激しくドアを叩く音が聞こえた。

「うおっ!?」
「わっ!!」

さつきとさとしがビクっと身体を揺らして声を上げた。

綾は向かいの部屋を睨みつけながら、

「志村君、こっち、両親の寝室じゃなかった?」

と、さとしに尋ねる。
さとしには、綾が怒っているように感じられた。

「あ、は、はい…前来た時にドア開けたら、そんな感じだったような…」

さとしの答えに、綾の眉がつり上がった。
さつきは綾のその表情を見て、

『何か汚いものを感じてるな』

と、感じた。
お嬢様育ちで潔癖性である綾は、人間の汚い部分に触れると、その嫌悪感が露骨に顔に出るのだ。

「志村君、大丈夫…構わずに開けて…」

綾はまだ向かいの部屋を睨みつけながら、そう言った。
さとしは一つ頷くと、ドアノブを回して、ドアを開けた。

中から、湿った空気が異臭と共に吹き出した。

「二人共、入らなくていいよ…私が入るから…」

綾はそう言うと、一人、『緑の部屋』へ踏み込んだ。

部屋の中からは家具類が持ち出されてガランとしているが、さとしが言っていた通り、本当に緑色に塗りつぶされていたようだ…そして、それが剥がれ落ちて、壁やフローリングに赤黒いシミが見える…しかし、そのシミと共に剥がれ落ちた部分が異様な色をしている…いや、変色しているのではない…古い白黒写真のような褪せた色に見えるのだ…

『死色!』

綾はそう確信した。

『死色』とは、空間自体が現世から隔絶されている事を現し、霊感の鋭い者の目にはそう見えるのだ。
現世とは『生』の世界、その世界から隔絶されているという事、それは空間自体が死んでいるという事である。
これは、完全に『古霊』による霊障である。
祖母から教えられてはいたが、実際に見るのは、綾にとって初めての事だった…

綾はカバンからペットボトルを1本取り出す。
中身は家に入る前に飲んだ聖水と同じものである。

綾は、ペットボトルのキャップを開け、口元に近づけると、

『三角が祖、三角大霊師の御霊に申し上げ奉る…この日この時この地にて、我、御霊の加護、祝儀賜りたき旨、伏して御願い奉り候…』

と、心中で唱えると、ペットボトルに口をつけ、中身をふくむと、それを吹き出した。
吹き出された聖水は、輝く霧となり、部屋中に広がっていく。
綾はそれを繰り返し、繰り返し、ペットボトルが空になるまで続けた。

部屋の外からその様子を見ていたさつきとさとしの目に、綾の口から吹き出された聖水の霧が虹を作る様が映る。
人間の口から吹き出された水が虹を作るのか?と思いながらも、二人はその幻想的な光景に目を奪われていた。

「志村君、クレヨン貸してくれる?」

綾がさとしにそう言う。
さとしはウインドブレーカーのポケットからクレヨンを取り出す。
綾はそれを受けとると、それを握り、部屋の中央に立つ。

『もう大丈夫よ…いるんでしょ?』

綾は心中でそう呟いた。

すると、綾の手にあるクレヨンが消え、綾の目の前に男の子が姿を現した。
綾が夢で見た男の子と同じ姿だ…
さとしには、その男の子の姿が見えたが、さつきには見えないようだったので、それを口にしなかった…

『大丈夫よ…こんな、命そのものを拒絶してる部屋じゃ姿を現す事すらできなかったもんね…君は、この部屋から出たかったのよね?
君はお兄ちゃんに憑いていこうと
したけど、ここから出られなかったから、お兄ちゃんの心にクレヨンのイメージを焼き付けて、お兄ちゃんの『力』でそれを実体化させていた…クレヨンは君からのメッセージだったんだよね、助けっていう…』

綾は、男の子に優しくそう話しかけた。
男の子は、一つ頷いた。

『辛かったね…おいで…』

綾は両手を広げて、男の子にそう言った。
男の子はゆっくりと綾の手の中に身を預けた。
綾は男の子を抱きしめると話を続ける。

『君、名前は?』

『だいち』

『だいち君…よく聞いてね…このお家はね、ず〜と昔から悪い奴に取り憑かれてたの…そいつはずっと眠ってたんだけどね、だいち君のお父さんが単身赴任になってお家からいなくなっちゃったでしょ?それでお母さん、とっても寂しくなってね…その思いが、その悪い奴を起こしちゃったの…』

『うん…知ってる…それでね、お姉ちゃんがおかしくなっちゃったんだ…』

『やっぱり!』

綾はだいちの言葉に、うっすらと感じとっていた事が事実であったと確信した。
綾が感じとっていた事、それは…

母親は、夫を深く愛しており、離れ離れで暮さねばならない事に尋常ならざるストレスを感じていた。
しかし、夫に心配をかけてはならないと、必死にそのストレスを抑圧していた。
しかし、そのストレスが、元々ここに憑いていた古霊を呼び起こしてしまった。
その古霊の影響を受けたのが、姉だった。

『お姉ちゃん、何か恐くなっちゃって、お母さんにお父さんが浮気してる浮気してるって、毎日毎日、お母さんに言ってた…それに、僕もお姉ちゃんに凄いいじめられたりしたんだ…お母さんは僕を守ってくれてたんだけど、だんだんお母さんもおかしくなっちゃって…』

姉は、元々霊感が鋭い質だったのだろう…
人間は善い部分と悪い部分を持っているものだが、古霊によって、霊的に変異し、悪い部分が強調されたのだ…
元々、古霊に意志はないが、おそらく、今は姉の悪意と同調している…だいちは、姉の悪意によって、この部屋に閉じ込められているのだ…

『だいち君、向かいの部屋にいるのは、お姉ちゃんだよね?』

だいちは頷き、

『うん…お母さんもいるよ…多分、お父さんも…それにね、ここにはいっぱい人が来たんだけど、その人達もいっぱい向かいの部屋にいるみたいなんだ…』

綾はそれを聞いて、戦慄をおぼえた。
異常な霊圧の強さは、単体のものではなく、数多の霊体が『凝縮』したもの…
おそらく、向かいの部屋は小型の『地獄』と化している…
姉は、その『地獄』の支配者として君臨しているのだろう…
しかも、やはり放っていれば、さとしもその地獄に取り込まれていたかも知れない…
いや、しかし、今の自分の力で姉の悪意をどうにかする事ができるのだろうか…

いや、さとしは無自覚ながら、何らかの『力』を持っている…
イメージを実体化させる程なのだから、その潜在能力は極めて高い可能性がある…
古霊は、姉の悪意に同調しているだけだから、その悪意を消し去れば、鎮める事ができるだろう…

『だいち君、お姉ちゃんの名前は?』

『…そら』

名前を知る事は重要だ。
名前は、それを冠する存在を実在させる為に存在する観念だからだ。
目に見えない感情にすら、愛情や友情のように名前があるのだから…

『そらちゃんか…わかった…だいち君、今から君がここから出られるように、そらちゃんと会ってくるよ私…』

『あ、危ないよ!お姉ちゃん、凄く恐いんだ!』

『そうだね…でも、私達も関わっちゃったからね…それに私、だいち君を…いえ、そらちゃん達も助けてあげたいんだ…誰も悪くないもの…みんな、ただ不幸に取り憑かれただけなんだよ…だから、待っててね、だいち君…こう見えても、私も結構強いんだよ…あ、私は綾、三角綾って言うの…それに、あのお兄ちゃん、志村君って言うんだけど、だいち君もわかってるよね?あのお兄ちゃん、多分強いよ?』

『うん…あのお兄ちゃん、エスパーだね。』

『そうだね…自分で気づいてないみたいだけど…』

さとしには、綾とだいちの会話が聞こえていた。
綾は、だいちと念話していた為、一切声を出していないし、口も開いていない。
霊能者である綾と接したからなのか、急速に潜在された力が現れてきたようで、昨晩、風呂に浸かっている時に、石鹸がひとりでに浮かび上がるのを目にしていた。
クレヨンと同じく心霊現象であると思っていたが、今の会話を聞いて、それが自分の仕業であると認識した。

『ヤベ〜、エスパーだったんかよ、オレ…』

さとしには、それがロックな事であると、感じられた。

さつきにはこのやりとりが一切知覚できていない。
しかし、綾のこういう状態には慣れっこなので、ただ、それを眺めていた。
しかし、そんなさつきにも、背後の部屋から嫌なオーラが漂っているのは感じられていた…

綾は二人の方を振り返ると、

「志村君、いいよね?」

と、さとしに声をかけた。
さとしは、少し狼狽したが、サムズアップで綾の問いに答えた。

「おい馬鹿男、どういう意味だ?」

さつきにとっては不明瞭なやりとりである。

「オレがロックだって事だよ…」

さとしが作ったようなイイ声で、その問いに答える。
しかし、それにムカッときたさつきは、さとしの後頭部を思いきりはたいた。

「佐山…本当に悪い存在がアンタの後の部屋にいるの…今から、それを除霊する…!」

綾がそう口にした瞬間、ズシンという音と共に、霊圧が強まった。
まるで重力が倍になったような感覚だ。

『お姉ちゃんが、怒った!』

だいちはその言葉を残して、弾けるように散華した。
綾が吹いた生命力に満ちた聖水をあびて形を成しただいちだったが、そらの怒りにより、形を奪われたのだろう。

さつきは胃のあたりを手で抑え、

「三角ぉ〜、急に気分悪くなってきた〜何コレ〜?」

と、しゃがみ込んでしまった。
綾はカバンからまた小さな瓶を取り出すと、

「佐山、これ飲んで。少しはマシになるだろうから…私と志村君は向かいの部屋に行く…アンタはここで休んでて…」

て、言いながら、さつきに小瓶を手渡した。

「み、三角ぉ、大丈夫なの?」

さつきの問いに、綾は一瞬だけ言葉に詰まったが、自分を奮い立たせると、

「大丈夫!この三角綾、霊に対しては無敵じゃ!」

と、サムズアップで答えた。

続く







2016年10月05日

扉シリーズ外伝『綾とサツキ6』

動けそうにないさつきを『緑の部屋』に残し、綾とさとしは向かいの部屋のドアの前に立った…

さつきをやすませるには、完全ではないが、さっき清めた『緑の部屋』の方がいくらか安全であると、綾は判断したのだ。

「志村君…何か感じる?」

綾は目線をドアに向けたまま、さとしに尋ねた。
さとしは生唾を飲み込んだ後答える。

「はい…何か心臓バクバクいってます…やっぱ居るみたいっすね、ヤベーのが…」

綾も同感だった。
心臓の鼓動が早い…
緊張しているのもあるが、それだけ霊圧が強力になっているのだ…

しかし、これに気圧されてばかりはいられない。

綾はドアノブに手をかける。

「開けるね…」

綾がそう言ってドアノブに力を込める。

その瞬間、

ドンドン!

綾の心臓で二度爆発が起こった。

「はぅっ!」

綾はそんな声を漏らして、ドアノブから手を離した。
まるで感電した時のような衝撃が綾の身体を貫いたのだ。

「ちょっ!大丈夫すか三角さん!」

さとしは遠慮がちな手つきで綾の身体を支える。
綾は一呼吸つくと、

「大丈夫…でも、完全に拒絶されてるみたい…ちょっと待って…」

と、答え、カバンから紫色の手袋を取り出すと、それを両手にはめた。

「これは霊糸で編まれた手袋…大抵の霊障はこれで遮断できるの…霊障は電気みたいなものだから、それを絶縁するようなものね…」

綾の言葉を聞くさとしは口が半開きになっている。

「何かよくわかんないすけど…色々持ってるんすね…」

綾は、綾の放った言葉が、さとしの脳内にはカタカナで伝わっているのだろうと、こんな状況にもかかわらず、少し口から笑気が漏れた。
綾は気をとり直して、再びドアノブに手をかけた。

ビリッ

霊糸の手袋をつけて尚、綾の手に弱い静電気ほどの衝撃が伝わる。
しかし、それに構わず、綾はドアノブを回し、勢いよくドアを開けた!

さとしも綾の後から室内に目をやった。

肉眼に映るのは家具一切が取り払われたガランとしたフローリングの洋室である。

しかし、

「ヴっ…」

妙な声を漏らして、さとしが一歩後ずさった。

部屋はガランドウであるにも関わらず、異常な密度だ…
異常な密度の人間の気配を感じる…
ごく普通の民家の一部屋に百や二百では聞かない数の人間が無理矢理詰め込まれている…
そんな圧倒的な密度の濃密な気配がするのだ…

「こ、こん中に…入るんすか?」

完全に気圧されたさとしが、そう情けない声を漏らした。

綾とて、さとしと同じ気持ちだが、入らなければ話にならない。
綾は一つ深呼吸をすると、スーと息を吸い込み、そのまま息を止めると、部屋へ踏み込む。

ドプン!

人肌に温められた粘度の高い油の中に入ったような、肌にまとわりつく粘着質な空気が、部屋の中に充満している。
綾の額にポツポツと汗が滲み出て、それが全身に広がっていく…
綾にとって、初めての感覚だった…

「マジか〜何だ〜コレ〜」

気づくと、さとしが隣にいた。

さとしの顔や首筋にも、汗が滲んでいる…

『出て来なさい、そらちゃん…』

綾は不快な空気の中、そう念じた。

『うふふ、あは、あははははははっ!』

部屋に、少女の笑い声が響いた。

「うぉっ?三角さん、コレって?」

さとしにも聞こえたらしく、キョロキョロしながら綾に尋ねてきた。

「そらちゃんだね…!」

綾はポケットに手を突っ込むと、片手サイズの数珠を取り出した。
百七の黒い珠と、金色の五芒星が描かれた赤い珠一つからなる、変わった数珠だ。
綾はそれを右手に握り、手の中でその珠の一つ一つを順に転がしながら口を開く。

「そらちゃん…あなたはこの土地に憑いていた悪いモノに当てられているだけなんだよ…自分を取り戻しなさい…!」

それに答える声が部屋中に響いた。

『ここにはお父さんもお母さんも、だいちもいる…それに、他にもいっぱい、い〜ぱいの人がいて、みんな私の思い通りになるんだよ…お姉ちゃん達も仲間に入れてあげるよ…うふふ、楽しいよ?』

それと同時に、部屋の景色がセピア色に変わる!

「死色!?」

隣でさとしがへたりこんだ。

「ヤベー、何だよコレ〜口から心臓飛び出しそう…」

と、声をもらしながら動けないようだ。
綾も内臓にズシリとくる圧力を感じたが、こみ上げる胃液を押し戻すように、毅然とした表情で右手に持つ数珠を高く掲げた。

「阿!」

綾が気合を発した。
圧力が少し弱まり、空気が少し緩んだ。
突然、綾の目の前に、宙に浮かぶサッカーボール大の黒い水晶玉のような物体が現れた。

『これは…禍玉(まがたま)?』

綾は唐突に、祖母から教えられたその言葉を思い出した。
古霊というものは、限りなく神格に近い…
時には天変地異まで起こす巨大な力を持つが、その正体は人間の目には球体に見える。
それが禍玉…人間にとって悪いモノを禍玉と呼び、善いモノを幸玉(さちたま)と呼ぶ…
その大きさは様々だが、小さいモノほど、その力は強いと言われてきたらしい…
これが大きいモノなのか、小さいモノなのかはわからない…
しかし、この部屋から感じた高密度の気配は、全てこの中に凝縮されていると、ハッキリと分かる…

『あははっ!お姉ちゃん強いね、これを見つけるなんて…うふふ、みんなこの中で楽しくやってるよ…覗いてみたら?面白い景色が見えるかもよ?』

そらの声が響く中、傍でさとしが起き上がってきた。

「死ぬかと思ったぞクソが…ムカつく…めっちゃムカつく…!」

さとしは、意識が薄くなっていたのか、まるで寝言のようにそう呟いている…

綾はさとしを気にしながらも、そらの誘いに敢えてのった。
相手を知る事が、除霊、浄霊には不可欠だからだ…

綾は禍玉をのぞき込む。

その中には、綾がこの部屋に入る前に感じた通り、地獄があった…

もはや形すら忘れたような不確かな無数の黒い影が蠢き、互いを傷つけあい、罵りあいながら、憎しみと怨みの渦を作り上げている…
その全てが、元は生きていた人間だったのだ…

その中に、ハッキリと形を成した少女が見える。
渦の中心で、ニコニコと笑い、こちらに手を振っている。

『ヤッホー、お姉ちゃん!ほら、みんなこんなに楽しんでるでしょ?さあ、お姉ちゃん達もおいでよ!』

禍玉の中に浮かぶそらがそう言うと、突然、禍玉から凄まじい力が発っせられた。
まるで小型のブラックホールのように、超高出力の霊圧により、吸引し始めた、無論、綾の霊魂を、である!

「くっ!」

綾の霊魂は綾の肉体から、引き離され始めた。
霊的に圧倒的な質量を持つが故に、本物のブラックホールのように、周囲の霊的存在を吸収し、さらに力をつけていくのだ…

『おばあちゃん!助けて!』

綾は、心の中でそう叫びながらも、数珠を高速で転がし、

「三角家歴の頭領の英霊の名において、我、三角大霊師の五芒の御力におすがり申す…!」

と、呪文のように呟くと、また数珠を掲げた。
数珠に描かれた五芒星が光を発し、禍玉の吸引が、止まった。

『通じた!』

綾はそう安堵しながらも、掲げた数珠をまだ高速で転がし続け、左手の人差し指と中指を立てて、印を切るように、素早く左手を動かす。
三角家に伝わる悪しき霊体を結界内に絡め取り、支配下に置く為の呪法だ。

素早い動きで二重、三重、四重、五重、六重と、結界を重ね張りしていく…

霊圧が弱まっていく…
手応えありとみた綾は、

『獲った!』

と、確信して左手の動きを止めた…

「そらちゃん…帰るべきところへ帰りなさい…お姉ちゃんが手伝ってあげるから…」

綾はまた、そらへの説得を再開した。
しかし、綾の目に、信じられない
光景が映る…
結界は、少なくとも、かけた者の目にはハッキリと見える。
必死だったから自分でも何重張ったかもわからない結界が、内側からすごい速さで破られていく!

『あははははっ!無駄無駄!だって私、お姉ちゃんよりもずっと、ず〜っと強いんだもん!』

そらの声が聞こえた。

綾が張った全ての結界が破られた…

『力が違い過ぎる…』

綾は完全に打つ手が無くなった…
もはや除霊も浄霊も不可能だ…
そらはどうやら、もう手の施しようがない程古霊と結びついている…いや、古霊さえ我が力として完全に支配しているようだ…
この少女の心には、古霊さえ飲み込んでしまう程の深く大きな『闇』が存在していたのだろう…

また吸引が始まった…

綾は霊魂が身体から分離し始めたのを感じながら、

『どうして自分の力で何とかできるなんて思ったのかな…おばあちゃんには、いつも自分の力を過信したらダメって言われてたのに…ああ〜、もっと色んな事しとくべきだったなあ…お父さんやお母さん、おばあちゃん…佐山…さつきぃ…私まだ死にたくないよぉ…』

と、心の中で呟き、愛らしい目からは、悲しみと後悔と恐怖が涙となって溢れた。

『あはははは!お姉ちゃん泣いてるの?あはは!泣いてるねえ?かわいそうに!どうしてこんな事になったのかあ?ねえ?どうしてかなあ?あはははは!そんな事どうでもいいよね?これからはみんなと楽しく遊べるんだからさ!私がた〜っぷり虐めてあげるから、安心してこっちへおいで!あは!あはははは…は?」

突然、そらの雰囲気が変わった。
吸引も弱まった。
綾はおそるおそる恐怖で閉じていた目を開けてみた。

目の前の禍玉に、手が突っ込まれている…

『えっ?』

こんな高密度な霊的存在に、明らかに生身の人間の手が突っ込まれているのだ…

綾は、その手の本体に目をやった。

さとしだった…

「捕まえたぞ…このクソガキ!!」

さとしは、その髪型と、鼻と唇のピアスに相応な、凶暴な表情で、そう叫んだ…

綾の目には、さとしが荒ぶる神に見えた…

続く







2016年10月07日

扉シリーズ外伝『綾とサツキ7』

霊体との物理的接触は不可能。

これが一般的な常識である。

しかし、生命エネルギーたる『気』をコントロールする事により、物理的接触を可能にする方法が存在し、それを発展させた格闘技が欧米に存在する事を、綾は知識として知ってはいた。

しかし、超能力の素養はあるが、霊能の道にはズブの素人である『さとし』が、今、明らかに霊体と物理的に接触している…

禍玉の中で、さとしの手がそらの肩を掴んでいる…

視覚的には同じ空間にありながらも、次元を事にする存在に触れるという行為は、明らかに物理法則を超越している…

さとしは今、『奇跡』を起こしているのだ…

綾の目には、さとしの姿が輝いて見える…
いや、さとしの身体の内側からダイヤモンドの輝きのような光が、漏れ出しているのだ。
まるで、全身を駆け巡る血液が光に変わったかのように…

「か、神…?」

綾の口から、意志とは関係なく、そんな言葉が漏れ出た…

「こっちへ来いコラ!」

さとしはそう叫びながら、禍玉に突っ込んでいた手を引き戻す。

禍玉の中にいたはずの『そら』の姿が、今、その外にある…

さとしの手は確かにそらを掴んでいる。
そらは、状況が飲み込めずただキョトンとし、呆然としている。

それは、綾とて同じであった…

目の前で起こった奇跡に対し、生者、死者問わず、それを見た者はただ呆然とするしかないのだ…

「はっ!やってくれたなあ、このクソガキ…お兄さん、完全にトサカにきちゃったよオイ!」

さとしが怒号を上げる。
呆然とさとしのモヒカン頭を見ながら、トサカとはよく言ったものだと綾は思ったが、すぐに正気に戻った。

「志村君!霊体とは言え相手は子供よ!」

さとしの姿から暴力の臭いを嗅ぎ取った綾は、大声でさとしを制止した。
さとしはハッとした表情になり、そらの肩から手を放した。
さとしの束縛から解放されたそらは、自分を取り戻したのか、さとしから距離をとると、

「な、何なんだよオマエは!」

と、目に涙を浮かべている。
まるで生きているかのように、そらの姿はハッキリと見える。

「あ?オレか?オレはロッカーだよ、クソガキ!」

ただのロッカーに奇跡を起こす事はできない…
そらの叫びは、そのまま綾の疑問でもあった…

「バカ!バーカバーカ、バカ!オマエなんか、オマエなんか…オマエなんかこうしてやる!」

そらがそう叫ぶと、禍玉がまた吸引を始めた。
さっき綾が受けたものより、更に強力だ!
しかし、さとしは微動だにしない…
そらは焦りの色を隠せず、取り乱して叫ぶ!

「もっと!もっともっと、もっとだ〜!!」

綾は自分の霊魂が身体から引き剥がされていく感覚をおぼえながら、恐怖はなかった。
目の前に、そら等問題にならない程の圧倒的な超越者が存在するのだから…

「何だコリャ?そよ風か?」

さとしが不敵にそう呟く。

「あ、あああああああ〜!!死ね〜!死ね死ね死ね〜!!」

吸引が更に強まる!
綾の霊魂は半分以上、綾の肉体から引き剥がされていた。

さとしは平然としたまま、長い手を禍玉に伸ばすと、禍玉をその大きな手に掴んだ。

それと同時に、吸引が止んだ。

綾は、その場に崩れ落ちる。

そらは、口を開けて、また呆然としてしまった…

「クソガキ、オメーの力の源はコレだよな?」

さとしはそう口にしながら、禍玉を掴む手に力を込める。
メキメキという音が響くのを、綾は確かに聞いた。
実体のないものを掴む事さえ奇跡であるのに、それを掴んでメキメキと音を立てるのは一体どういう事なのだろう…?

おそらく、さとしは、この非常識で非日常な状況を、自分の土俵に持ち込んでいるのだ…
さとしにとって、そらは捕まえられるものであり、禍玉は掴めるもので…

「やめろ…やめろ〜!!」

「やめるか、アホ!」

バキッ!!

壊せるもの、なのだ…

さとしは、さとしの常識を、そのまま実行したに過ぎない。
しかし、それを実行させた『力』は、『神通力』だ…
文字通り、神に通じて、神の業をそのまま行使する力…
綾は確信した、己をロッカーと称する『志村さとし』の中には、神格が存在している…

割れた禍玉から、無数の霊魂が解放されていく…
溜まりに溜まった悪意が、大気中に散華していく…

さとしはそのまま力を緩めず、

パリーン

という音を立てて、禍玉は完全に砕け散った…

黒く淀み、部屋に充満していた不快な空気が清浄さを取り戻していく…
禍玉の消滅は、古霊の消滅と同義である。
古霊を成長させてきた数多の人間の霊体や、粗霊、それが抱いていた負の念が大気中に広がり、キラキラとした輝きを発しながら、浄化されていく…

その幻想的な光景の中、そらは膝を抱えて、座り込んでいる…

「居場所…私の居場所…誰も私を虐められない場所だったのに…」

綾は、そらの言葉を聞いて、そらの中に感じていた闇の正体を知った…
古霊すら飲み込む巨大な闇…
おそらく、そのイジメはそらにとって壮絶なものだったのだろう…

綾は、まだフラフラとした足取りながら、そらに近づくと、その隣に座った。

「そらちゃん…辛かったよね…悲しかったよね…でも、もう怖がらなくていいんだよ…」

そらは、もう普通の少女になっていた…
生きては、いないのだが…

さとしがキョロキョロと周りを見渡している。

「おい!居んだろ?出てきてやれや!」

さとしは大きな声をあげた。
すると、キラキラとした輝きが人間の形を成していく…

綾とそらの目の前に、中年の男女の霊体が姿を現した。
そらは顔を上げて、

「お父さん…お母さん…」

と呟く。

男女の霊は、にっこりと微笑むと両手を広げた。

「お姉ちゃん!」

見ると、だいちもそこにいる…
だいちも、束縛から離れたのだ…

「そらちゃん、お父さんとお母さん、それにだいち君も迎えにきてくれたよ…いつまでもここにいちゃいけないよ…そらちゃんは苦しみみ悲しみもない所へ行って、いつかまた、ここに帰ってくるんだよ…だから、行かなきゃ…ね?」

綾は、そらの背中を押す。
しかし、この世に対して激しい憎悪や怨みを残す霊体は、なかなか素直になる事ができない。
そのため、霊能者には話術の巧みさも求められる事もある。

「行けない…行けないよ…私、みんなを苦しめ続けてきた…自分が虐められない為に、悪い力を使って、みんなを虐めてきたんだから…」

そらは、己の行いに対し、反省と後悔を感じているようだった…

「確かに、そらちゃんがみんなを苦しめてきた事は事実だよね…それは消せない事だけど…今ね、このお兄さんがね、そらちゃんが苦しめてきた人達の心をきれいにして救ってくれたんだよ…ほら見て、そらちゃんのお父さん、お母さん、それにだいち君も、みんな笑ってるでしょ?」

そらがまた見上げると、家族みんなが笑顔で両手を広げている…
そらの目から、涙がこぼれおちるる。
そらが立ち上がると、家族がそらを抱きしめる。
家族は光になり、溶け合うようにして、徐々に散華し始める。
それは、美しい光景だった…
あれだけの闇の中にいた霊体達が、これほどまで見事に散華していけるのは、さとしの『神通力』が影響しているのかも知れない…

『ありがとう』

家族四人の思念が、声無き声となって綾の心に届く。

家族が完全に散華すると、部屋は静寂に包まれた…

「アレ…どこに行くんすか?」

さとしが照れたようなぶっきらぼうな口調で綾に尋ねてきた。
綾がさとしを見ると、さとしの体内から発せられていた光が弱くなっている。
綾は、さとしの質問に答える。

「生命の海って、おばあちゃんは言ってる…この世界は生命に満ちてるの…霊魂は生命そのものだから、いつかは必ずその生命の海に帰るんだって…そして、その海を漂いながら、いつかまた何かの縁に触れて、この世に生を受けるんだって…」

「へえ〜、そうなんすか…」

バターン

綾の話を聞き終わり、そう返事をした後、さとしは気を失って気絶した。
光は、完全に消えていた…

「し、志村君!!」

綾がさとしに駆け寄る。
心音を確認すると、正常に鼓動を刻み、呼吸もしている…
更にイビキをかき始めた。

おそらく、急に『覚醒』した『神通力』に、かなり体力を消耗したのだろう…

「み、三角〜…終わった〜?」

さつきが恐る恐る部屋に顔を出した。

「げっ!?何寝てんの、この馬鹿男!」

さつきがさとしに駆け寄る。

「何寝てんだ!起きろ、この大馬鹿者!」

さつきはさとしの頬に平手打ちを連発するが、さとしは目を覚まさない。
綾は、こみ上げる笑気を堪える事ができなかった…

エピローグ

「美味しい!」

綾は、こんなに美味しいラーメンを食べた事が無かった。

『元祖豚骨ラーメン志村軒』

さとしの実家のラーメン屋に、綾達がいた。
綾は豚骨スープが苦手なのだが、この甘味とコク、それに背脂がかもし出しているであろう香ばしさ、それでいてスッキリとした透明感のある豚骨スープは何なのだ!?
麺は細麺で少し固めだが、その歯ごたえが絶妙なのである。

「でしょ?おじさんの仕込みがいいからね、こんな馬鹿男でも、まあいい味に仕上がるわけよ!」

さつきはそう言って豪快に麺をすする。
綾は、その豪快さに、爽快な思いがした。

「あのなあ、オレだって小坊の時分から仕込まれてきてんだよ…オメーも知ってんだろうが?」

厨房に立つさとしが、そう言って唇を尖らせた。

その体に『神格』を宿し、『神通力』を行使する男が、厨房でラーメンを作っている…
しかも、美味しい…
この味も神通力なのだろうか…?

あの後、さとしと電話で話をしたのだが、さとしにも幾つか心当たりはあったらしい。
感情が高ぶると頭の中に、さとし曰く
『鬼みてぇに怖い顔した神様みてぇなオッさん』
のイメージ。
更に、今さとしが所属している『ピッグクライシス』というパンクロックバンドの初ライブの時に、さとし曰く
『ステージで飛びすぎて飛んだ』
という、おそらくは空中浮揚だと思われる現象…
祖母から、そういう人間が存在するという事を聞いた事はあった。
綾は、さとしの家系に霊能者がいたかと聞いてみたが、さとしにその記憶はない…というか、あまり興味が無さそうだった。
しかし、こんな人間を野に放っていては何が起こるかわからない…
綾は祖母を通じて、日本で最大の霊能者組織『筋海一門』に連絡を取り、さとしは一年ほど『筋海一門』に入門する事になった。
表向きの理由は、
『さとしに悪い物が憑いていて、それを祓う為』
である。
さとしを説得するにもかなり骨が折れたが、両親の説得にはその数倍骨が折れた。
さとしは高校を中退していたので、その面では問題が無かった。

綾は、少しだけさとしに惹かれていた。
ワイルドなルックスと、ぶっきらぼうな優しさが、綾の心に影響を与えていたのだ。
しかし、

「アンタさあ、本当に悪いもんに憑かれてんの?全然そんな風にみえんけど?」

「は?三角さんが言ってんだぜ?憑いてんだよ、この背中にしっかりとよ?」

「そうか、じゃあ、そのまま憑かれとけよ!その筋海さんとこも、アンタみたいな奴に入門されたら迷惑極まりないっしょ?」

「あ?オメーもしかして、寂しいんか?」

「んなわけねぇだろ!この馬鹿男が!」

さつきとさとし、この二人の間に立ち入る隙がないのを悟り、綾は友達としてこの二人とつきあっていこうと心に決めた…

「あはは!佐山ぁ、寂しいなら寂しいって言いなよ!あんたらしく無いよ!」

「な、なぬ〜!?今なんて言った?何て言ったんだ三角!?」

綾は、この件に関しては徹底的にさつきをいじる事も、心に決めていた…

終わり















ご挨拶

いつも『扉シリーズ』を読んで頂きありがとうございます!

ゴリラこと、冨田武市です。

今回の外伝シリーズは長くなっておりますが、あと一本外伝を書いた後、本編を再開させて頂きます!

また、

親愛なる読者さまにして、親愛なる『弟』、マックさんの御質問にお答えさせて頂きます。

御推察の通り、志村さとしが所属するパンクロックバンド『ピッグクライシス』の元ネタはサブカルチャーズマンションに書いた『豚難の相』でございます。(笑)
小ネタに気づいて頂き、ゴリラも嬉しい気持ちで一杯です!(笑)

扉シリーズ内の設定としましては、志村さとしが中一の時に友達から借りたCDが、さとしを音楽に目覚めさせる事になりました。
それは新潟出身の天才『米山米太郎』率いるパンクロックバンド『LICE』のデビューアルバム『米』でした。
その表題曲『米』のアグレッシブかつ郷土愛に溢れたサウンドに、さとしは悶絶、父親にぶん殴られながも、ねだり続けてギターをゲットし、中2で不良仲間達と『NOODLE』というバンドを立ち上げましたが、わずか3ヶ月で解散。
その後、自主練を積み、中3の夏休み前に『ラー油倶楽部』を結成。
中学最後の文化祭で大爆発して一応の成功をみましたが、みな受験勉強に忙しくなり解散。
その後さとしはその学力のままに暴力とロックの聖地と言われる『市戸工業高校』に進学、その仲間達と現在の『ピッグクライシス』を立ち上げました。
バンド名の由来は、さとしが尊崇する『米山米太郎』が自身がパーソナリティを勤める深夜ラジオ『米でも喰らえコノヤロー!』で明かしたエピソードからです。

《米山米太郎談》

『オレがまだ地元でインディーズやってた時分にさぁ、ライブの最中にデケェ豚が乱入してきてさぁ…ブヒーとか言って完全にオレ狙いで突っ込んできやがって!もうアレじゃん?逃げるっきゃねえじゃん!オレ、脚には自信あんだけどさあ、そいつもめっちゃ早ぇの!わかる?夜の街を豚に追っかけられて爆走する奴の気持ち!あはははは!』

これが、『ピッグクライシス』の由来です。

マックさんを始め、読者様におかれましては、これからも扉シリーズ、応援の程、よろしくお願い致します!


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2016年10月08日

扉シリーズ外伝 『達磨亭奇譚』 

『達磨亭奇譚』  三宮ナスカ著

王阪府南部、和古山県と隣接する三滝町…
その三滝町の那多川と呼ばれる地域は自然豊かであり、和古山に繋がる国道沿いには所謂『道の駅』があり、現地でとれた新鮮な農作物が安価で販売されており、休日には家族連れで賑わう。

しかし…

その国道沿いには、もう一つ、別の意味で有名な建物が存在する。

『達磨亭』である。

天ぷらうどんが看板メニューの飲食店で、わざわざ遠方からそれを目当てに来店する客も存在する程の人気店であったらしい…

その『達磨亭』が、今は廃屋となっている…

合掌造りの古民家のような店舗はほぼ木造で、かつてはそれが田舎に帰ってきたような気分にさせ、客をリラックスさせていた。

しかし、廃屋となった今は、それが逆に不気味さを醸し出し、どこからか伸びてきた蔦が絡まる様は、素直に『お化け屋敷』と呼びたくなる佇まいだ。

廃屋となった原因は諸説あるが、一番真実味があるのは、以下の通りだ。

『達磨亭が繁盛している時、一人のアルバイトの青年を雇った。
気のいい働き者の青年だったが、半年ほど経った時、急に休みがちになった。
ある日、久々に職場にきた青年に、店主は一体どうしたのか?何か不満があるのか?と話を聞いてみた。
青年は、不満はないと答えた。
むしろ、天職だと思うし、ずっとここで働きたいのだという…
しかし、
このままこの達磨亭で働き続ける事に、生命の危険を感じるのだというのだ…
それは一体どういう意味だと店主が尋ねると、青年は語った…時々、黒い人影が店内に現れ、歩き回る…
誰にでも見えるわけではないらしいが、時々、それを目で追う客もいるらしい…
それだけならいい…
しかし…これは自分だけなのかも知れないが、その影に生命を吸い取られているような気がしてならない…
事実、この店にその人影が現れると、異常な倦怠感や吐き気や悪寒をおぼえ、仕事どころではなくなる…
この店から離れると、それが収まるのだ…と。
にわかには信じられない話だが、青年の普段の働きぶりを考えると、そんな子供じみた事を言う人間ではない…
それに、最近店主自身と、共に働く妻の体調も優れない…
店主は知り合いのツテを頼って、高名な霊能者に店を見てもらう事にした。
しばらくして、霊能者が店を訪れたが、
「誠に申し訳ありませんが、私の力ではどうする事もできません。すぐに店をたたまれる事をお勧めします」
と、言う。
しかし、そう言われてもすぐに店をたたむ事などできるはずもない…
不安を抱えながらも営業を続けるしかなかったが、やはり青年は辞めてしまった。
重ねて、妻が原因不明の病に倒れ、店主は一人で店を切り盛りせねばならなくなり、体力面のみならず、精神的にも病み始めた…
追い打ちをかけるように客足も遠のき始めたが、それでも店主はくじけずに営業を続けた。
しかし、妻が亡くなってしまう。
流石に店主は気力を無くし、店を休みがちになった。
そしてある日、最悪の事件が起こった。
店主が、店内で灯油をかぶり焼身自殺してしまったのだ。
店主の生活環境や精神状態からして、自殺と断定されたわけだが、不思議だったのは、検視により本人と断定されるまでは誰か断定できない程焼けただれていたのに、店には全く火が回っていない事だった。
その後、無傷だった店は売りに出されたが、買い手がつかず、廃屋となってしまった…』

こんな謂れのある廃屋が心霊スポットにならないわけがない。
ここに肝試しに訪れたという者達の様々な体験談が怪談として伝わっているが、今からここに紹介するのは最近巷で語られ始めたと思われる『達磨亭』にまつわる怪奇譚を著者が小説としてまとめた実話である…


波多野雅人は高校一年生である。
幼少の頃より心霊現象、超常現象、都市伝説等のオカルトに対して興味が深く、その手の書物を読み漁り、ホラー映画のDVDコレクションはかなりの本数になっていた…
雅人には、十ほど歳の離れた姉がいる。
芳恵である。
芳恵は保険のセールスレディという少し堅めの職についていながらも、雅人にとってはかなり豪快な姉である。
保険のセールスレディになる前には、旅行会社の添乗員を一年超やっていたのだが、セクハラのひどい男性客に鉄拳を食らわせてクビになった過去を持つ。
母親は雅人を生んでまもなく亡くなり、姉は母親代わりでもあった為、雅人は姉に頭が上がらない。
父親は三年程前に福丘へ単身赴任している。

ある日、雅人は自室で部屋のカーテンを締め切り、電気を消し、ベッドの上でタオルケットを被って、暗黒の中でホラー映画『トコイ』を鑑賞していた。

『トコイ』はホラーの鬼才、出水崇監督の出世作であり、雅人にとっては日本ホラー映画の最高傑作である。
何度見たかわからないが、何度見ても緊張感のある、よい作品である。

クライマックスである主人公と怨霊の対決シーンに集中していた時、部屋の襖がスパーンと勢いよく開いた。
ビクっとして襖の方を見やると、部屋の電気がパッとついた。
姉の芳恵が立っている。
濡れ髪をタオルで包み、赤いタンクトップに白いショートパンツ姿で、そこに立っている。

なにやら真剣な表情だ。

「な、何?」

雅人は恐る恐る、芳恵に声をかけた。
その瞬間、芳恵の口角が上がった。

芳恵は雅人の前で膝に手をついて前屈みになる。

タンクトップの隙間から二つの膨らみが見える。
風呂上がりには下着をつけない姉に辟易し、また、姉とは言えそれを直視するのも気恥ずかしく、雅人はベッドから起き上がる。
しかし、姉はその姿勢のまま、

「エロかと思いきや、またホラー見てんのか、お前は?」

座った目で、呆れたように雅人をなじる。
雅人は

「別に姉ちゃんに迷惑かけて無いやろ?で、何の用よ?」

と、憮然と用件を尋ねる。
芳恵はパッと明るい表情に変わり、ベッドに腰掛けると、

「そんなさ〜作りもんじゃなくてさ、ホンマもん見に行かへん?」

と、悪戯っぽく笑う。

「ホンマもん?」

雅人は芳恵に尋ねた。
無論、疑いの眼差しを向けながらである。

「アンタさ、『達磨亭』って知ってる?」

芳恵のテンションが高めなのが気になるが、その名は知っている。

「うん…三滝の心霊スポットやろ?」

雅人がそう答えると、芳恵はまた悪戯っぽく笑い、

「やっぱり知ってたか…よっしゃ雅人!土曜日、そこ行くで!」

と、むき出しの太ももをパシンと一つ叩いた。

「はあ!?」

雅人の口から、自然と頓狂な声が出た。

「幸子さんも誘ってんねん!でも女二人じゃ何かと危ないやろ?せやから、アンタも来て、ていうか、来い!」

『幸子さん』とは、芳恵の高校の先輩で、何かと暴走しやすい芳恵の保護者的存在である。
しかし、幸子さんは既婚者、そんな人を夜中に連れ出して心霊スポット探訪も無いもんだろうと雅人は思った。

「ちょ、幸子さん結婚してはんねやろ?またワガママ言うたんやろ、姉ちゃん!」

雅人がそう言うと、

「何言うてん?行きたい言うてるの、幸子さんなんやで?」

と、平然と答える。
他の事なら、そんなワケあるか!と突っ込んむ所だが、この場合、それには真実味がある…
幸子さん…稲富幸子さんが家に遊びに来た時だ…
酒を酌み交わす二人の間に、何故か雅人も同席させられた。
その時、酔って寝てしまった芳恵の隣で幸子さんと怪談で盛り上がった。
幸子さんの旧姓は都古井というらしい…

トコイ…

雅人の愛するホラー映画の傑作と同じ音の珍しい苗字だ。

『トコイ』とは、よくわからないが、呪いを宣告するといった意味の古語らしい。

幸子さんの実家は霊能者の一族であるらしいのだが、幸子さんにはあまりその才能が無く、家人から冷遇されたようで、中学入学と共に雅人が暮らす耳塚市の親戚に預けられたという。

「せやからね、ちょっと霊とかそういうの感じたり見えたりはするかな…あ、雅人君にも、そういうの無い?」

幸子さんの言葉に心当たりがないわけではない。
雅人も幼少から、時々奇妙なモノを見たり聞いたりした事があった。
それが、雅人の趣味に繋がっているわけだ。

そんな幸子さんが「行きたい」と言うのなら、それは本当かも知れない…

「おい弟よ?この姉の願いを聞けぬお前ではあるまい?」

何故そんな口調に変わったのか突っ込む気にもなれないが、姉の言う事に素直に返事しかねる嫌な予感が、雅人の心中にあった。

雅人が黙っていると、

「そうか、聞けぬと申すか…なら仕方あるまい…」

と、言いながら芳恵は胸を突き出す。

「何…やってんの?」

雅人は意味不明の行動を見せる芳恵にその真意を尋ねた。

「おっぱい!おっぱい触らせたるから、一緒に来て!」

姉の頭がよくない事は存じているが、まさか、ここまでとは…

「何をしておる?ほれ、汝思いのままに揉みしだくがよい!」

溜息しか出ない…

「わかりました、行くよ、行きます…」

雅人の答えに、芳恵はまた口角を上げると、

「二言無いな?よっしゃ!ほな土曜日の夜は『達磨亭』でフィーバーやで!」

姉はそう言って、また太ももを一つ叩くと、勢いよく立ち上がり部屋から出て行った…

あまり良い予感はしないが、何か起こるかどうかなんてわかりゃしないよ、と雅人はまたベッドに身を預けた。
するとまた、襖が少しだけ開いて、芳恵が顔を出した。

「確認しとくんやけど、アンタ、おっぱい好きやんな?女の子好きやんな?大丈夫やよな?」

と、芳恵は心配そうに尋ねてくる。
流石に頭に来た雅人は枕をつかむと襖に向かってそれを投げつけた。
巧みに襖を閉めた芳恵が、襖越しに

「おやすみー」

と、声をかけてきた。
雅人は溜息混じりに

「おやすみ…」

と、答えた。

テレビの画面に目をやると、『トコイ』のクライマックスシーンは終わっていた…

続く








2016年10月09日

扉シリーズ外伝『達磨亭奇譚2』

土曜日の夜が来た。

「雅人〜、準備できたか〜?」

芳恵が自室から襖越しに声をかけてきた。
どうせ化粧でもしているのだろう…

夜に心霊スポットへ肝試しに行くのに化粧する必要があるのか?

雅人はそんな事を思いながら、居間でリュックサックにつめた装備を再確認していた。
懐中電灯を三本、消毒液と絆創膏、それに1リットルのペットボトルに入れた水、それと携帯食料である。
防災グッズのような装備だが、何が起こるかわからない、これくらいの準備をして、ちょうどいいくらいだ。

「もう準備できてるよ〜!姉ちゃんこそ早よせな、時間に遅れるで〜!」

雅人がリュックを担ごうとしていると、襖が開いて閉まる音が響き、リビングのドアが開いた。

「雅人!行くで!」

声がデカ過ぎるはいい。
しかし、その格好は何だ…?

少し明るめの色のセミロングの髪を束ねて、緑のサンバイザーを被り、緑のタンクトップの上には白い薄手のパーカー、さらにデニムのホットパンツからはむき出しの白い脚が伸びている。
また、やはりバッチリとメイクアップされている…
友達の家で見たAVにこんな格好の女性が出演していたような気がする…
『達磨亭』は廃屋である。
虫もいれば、建物自体も傷んでいる。
怪我等の無いよう、雅人のようにTシャツとデニム、パーカーを羽織って、露出を少なくするべきだ。
一体どういうつもりでそんな格好をしたのか…?
雅人には到底理解不能だった…

「姉ちゃん…」

雅人は、それ以上言葉が出なかった…

雅人は無言でリュックを背負うと、姉を置いて玄関へと向かう。

雅人が玄関から外へ出ると、芳恵も追いついて、鍵を閉めると、二人は並んで近所の駐車場へ向かった。

芳恵の軽自動車に荷物を積み込み、雅人は後部座席に座った。

「何で後やねん?」

芳恵が運転席に座りながら雅人にそう尋ねる。

「幸子さん、助手席の方がええやろ?」

雅人の答えに、

「そうやろうけど、今は前に乗りぃな…喋りにくいやん!」

と、振り向きながら言う。
雅人は後部座席で寝るつもりだったのだが、やれやれと助手席に乗り直した。

「じゃあ、出発するで〜」

芳恵はそういうと車を発進させた…

現在、十九時三十三分。
幸子の家までは大体二十分くらいかかる。
幸子の家から『達磨亭』までは、およそ一時間。
探索は九時過ぎからになるだろう…
心霊スポット探訪には少し早めかも知れないが、その方が安全だろう…

「雅人ぉ…」

車が発進して五分くらい経った頃だろうか、信号待ちをしている時に、芳恵が前を向いたまま、低いトーンで雅人の名前を呼んだ。

「何?」

雅人も前を向いたまま返事をした。

「アンタさ…幽霊って、見た事あるん?」

雅人はいきなりの質問に不意をつかれた。

「えっ?な、何で?」

芳恵は前を向いて話を続ける。

「幸子さんがな、何かそういうのわかるみたいで、アンタの事、かなり霊感強い子やって言うてたねん…アンタさ、見た事あるん?」

姉の質問にどう答えればいいのか…
確かに、それらしきモノは度々目にする事はある…
しかし、そのどれもが見間違いと言える朧げなモノでしかない…

「う、う〜ん…よくはわからんけど…何か、それっぽいモノを見たような感じになる時はあるかな…」

雅人は、言葉を濁しながら答えた。
芳恵はそれを聞いているのかいないのか、前を向いて話を続ける。

「アンタさ、お母さんが霊感強かったって知ってる?」

自分を産んで間もなく他界した顔も覚えていない母親…
その母親が霊感が強かったなんて、思いもしなかった事だ…

「そ、そうなんや…でも、何で急にそんな事言うん?」

雅人は芳恵に尋ねた。
芳恵は一度雅人に視線を送った後、

「お母さんが死んだのな、それが原因ちゃうかって、思ってんねん…」

いきなり何を言い出すのか、この姉は!

「ど、どういう事よ?」

雅人は声をうわずらせながら尋ねた。

「お母さん死んだ時な、姉ちゃん隣にいてたんよ…家の居間でな、お母さんがアンタを抱いてち、姉ちゃんは隣で寝転んでノートに落書きしてた…そしたら、お母さん急に天井見てな、姉ちゃんもびっくりして天井見たんやけど、何にも見えへん…そやけど、お母さんは天井見てガタガタ震えてた…姉ちゃん、訳がわからんとボーっとお母さん見てたんやけど、お母さん、アンタを強く抱いて、またアンタか!帰れ!帰れ!って怒鳴った…でな、連れて行くんやったら、私を連れていき!って凄い怖い顔でそう怒鳴った後、急にフラっと倒れてな…そのまま死んでしもたんよ…」

父親からは、母は病気で急死したと聞いていた。
姉もそう言っていたはずだ!

「ちょっ!病気で死んだんちゃうの?何やねん、何で急にそんな事を…?」

すると、芳恵は少し口角を上げると、

「はははっ!ごめんごめん、お母さんが死んだのはホンマに病気!お母さん、子供の頃から心臓悪かったみたいでな…でもな、死んだのはその時じゃないけど、それはホンマにあった事やで?」

と、前を向いたまま笑う。

自分の母親の死をネタみたいにするな!と思ったが、それから間もなく母親が亡くなったのなら、その出来事が関係ないとも言えないのではなかろうか、とも思った…

「あのなあ、死んだ母親をネタにすんなや!アカンでそれ!」

しかし、こういう事はキチっと言っておかねばならないと、雅人は大げさに強い口調で言った。

「ははっ、ホンマにゴメン…でもな、幸子さんが霊感が強い子はほっといたらアカンって言うてな…自覚のない強い霊感は、霊を寄せて、健康に悪い事もあるって言うてたねん…そやから、ちょっと気になって聞いてみたねん…ゴメンな?」

芳恵は申し訳なさそうに頭を下げた。

「わかってくれたら、もうええよ…」

雅人がそう言うと、芳恵はまたテンションが上がり、他愛もない話を始めた。
本当にわかったのだろうか…?

しばらくして、幸子さん宅に到着した。
話には聞いていたが、なかなかの高級マンションだ…
しかし、既婚者がこんな夜に遊びに出て問題無いのだろうか…?
夫婦仲が冷え切っているとか、そんな状態なのだろうか…?

芳恵が車から降りてインターホンを押しに行った。
雅人は助手席から後部座席に乗り換えておいた。

しばらくして、芳恵が幸子さんとマンションから出てきた。

流石は落ち着いた幸子さんだ。
黒いウインドブレーカーの下は白いTシャツ、下は黒いピッタリとしたストレッチパンツ、足元はグレーのスニーカー…肩に抱えたバッグには懐中電灯とかを入れているに違いない。
やはり心霊スポット探訪にはこんな出で立ちが正解である。
芳恵の太ももを指差しているので、生足を突っ込まれているのだろう…

二人が車内に乗り込んできた。

「雅人君、お久しぶり。」

幸子さんの落ち着いた太い声には、何故か安心感をおぼえる。

「お久しぶりです…」

雅人は少し照れ気味に答えた。
車内に車の芳香剤ではない、女性のいい匂いを感じたからだ。
初めて会った時から感じていたが、やはり美人だ。
和風の顔立ちで、着物を着たら相当似合うだろうと、雅人は思った。

「では、出発進行〜!」

芳恵は車を発進させた。

車内では女性二人が『ロビンフッド』という店の『ヒデ』という男の話で盛り上がっていた。
はじめは聞き流していたが、

「あの子、かなり霊感が強いっていうか…霊能者並の気配を持ってるんよなぁ…」

という幸子さんの言葉に、雅人の耳は惹きつけられた。

「でもヒデ君、霊感無いって言うてなかったかな?」

芳恵がそう言う。

「いや、あの子あるよ…でも、あの子凄い強力な守護霊に守られてるから気づく必要も無いんかも知れんねぇ…」

幸子さんの細い体型に似合わない太い声には、なんとも説得力がある。
幸子さんは『都古井』という霊能者の出身だと言っていた。
霊感は、やはり血統が影響するのだろうか…
なら、母親の霊感が強かったならば、それが自分に受け継がれていても不思議はない…

「あの子には霊能者の才能あるわ…修行したら立派な霊能者になるんちゃうかなあ…女性の扱いも上手いし」

幸子さんはそう言って笑った。

車は三滝町へ入った。
国道だが、一車線になり、景色は両側が暗い森に囲まれた山の風景になった。
またしばらく車を走らせると、ついにそこに到着した。
車が6台ほど停められる駐車場の奥に、古民家のような建物がある。

車は駐車場で停止した。

車内から見ると、汚れて判別しづらいが、確かに『達磨亭』と書かれた木製の看板が上がっている。

「着いた着いた!」

芳恵が声を上げる。
いち早くドアを開けて外に出ると大きく伸びをした。
そういえば、芳恵は腰痛持ちだったと、雅人は思い出した。

幸子と雅人も車を出た。

幸子も大きく伸びをしたので、雅人もそれにならって伸びをした。

辺りには街灯もなく、車のライトが消えれば、頼みは月明かりだけだ…

改めて見ると、やはり不気味極まりない…

木造なので、汚れが染み着くのか黒く煤けたような色が、黒いオーラを発している様に見え、絡みついている蔦は、何か異様な化け物の触手のようにも見える。

「ぶ、不気味やなぁ…」

芳恵が少し震え気味の声で呟いた。

幸子さんは無言で『達磨亭』を見つめているが、その目つきは何かを睨んでいるように見える程、鋭い…

「さ、行こか…」

幸子さんが懐中電灯をつけて歩き始めた。
雅人達も懐中電灯をつけて、後に続いた。
玄関には、大きな板が打ち付けられている。

「入られへんやん!」

芳恵がまた声を上げた。

「そうやろ?だから、裏口に回るんよ?」

幸子さんはそういうと建物の裏に向かって歩き出す。

「ネットで調べたら裏口から入れるって書いてたんよ…」

幸子さんが歩きながら知っていたわけを話した。

裏口に着くと、裏口は普通の木製のドアだけで、打ち付けられていただろう板は、辺りに散乱している…

「雅人、開ける〜!」

芳恵がそう言って手で指図する。

「えっ?何でオレ?」

雅人がそう言うと、

「こんな汚いドア、女性に開けさす気か?」

芳恵が幸子に寄り添い、雅人に冷たい視線を投げる。
幸子は笑っているが、開けようとはしない。
彼我兵力差は二体一。
ここは負けを認めて、雅人は朽ち果てかけたドアノブに手をかけた。

ブゥゥゥゥン

近くで冷蔵庫の作動音のような音が鳴ったような気がしたと同時に、背中に悪寒が走り抜けた。

「雅人君、どうかした?」

幸子の声で我に帰った雅人は、

「な、何でもないっす」

と、つぶやいて、ドアを開けた。

ドアを開けた瞬間、闇の中に、闇より黒い人影を見たような気がした…
雅人は、嫌な予感が当たらない事を願いつつ、一面の闇に懐中電灯の光を注いだ…

続く


















2016年10月11日

扉シリーズ外伝『達磨亭奇譚3』

重苦しい闇の中で、雅人の懐中電灯の光が躍る…

光に照らされ、断片的にだが、業務用の冷蔵庫や流し台が見える。
どうやら厨房のようだ…
厨房の奥にはカウンターがあり、その先には営業していた時には客で賑わっていたであろうホールが見える…

しかし、この暗さは異常ではないか?

いや、暗いというより、黒い…

普通、光に照らされた周囲もおぼろげに見えるものだが、まるでピンスポットライトのように、光を当てた所しか視認できない…

「雅人、何してるん?」

芳恵が背後から声をかけてきた。

「いや、何か暗過ぎへん?」

雅人がそう答えると、芳恵はプッと笑気を漏らす。

「そら暗いやろ…山の中の廃屋なんやから…」

雅人は少しイラっときた。

「いや、そんなんやなくて…見てみぃや、異常な暗さと思わへんか?」

雅人の怒気に気圧された芳恵が雅人の隣に立ち、闇の中に懐中電灯を当てた…

芳恵の懐中電灯の光が羽虫のように闇の中で跳ねる。

「…そんなに暗いか?こんなもんとちゃうか?」

そう言う芳恵の声には、少し笑気が混じっている。
その笑気には、『ビビリ過ぎ』という芳恵の嘲りも含まれている。

しかし、何度見ても足を踏み入れる事を躊躇させる暗さだ。

「確かに暗過ぎるなあ…それにこの霊圧…やっぱり本物みたいやね…」

幸子が二人の間に割って入った。

「れいあつ?」

芳恵が幸子の顔を懐中電灯で照らした。

「ちょっと芳恵ちゃん眩しい眩しい!」

幸子が顔を背ける。

「あ、幸子さんゴメン!」

芳恵は懐中電灯を下ろして、幸子に駆け寄る。

「ほんまにゴメンなさい!でも幸子さん、れいあつって何?」

幸子は芳恵の頭を撫でながら答える。

「霊圧っていうのは…そのままなんやけど、霊体が発する圧力…その霊体の念の強さによって、その強さも影響を及ぼす範囲も変わるんよ…でも、ここに居てる霊はこの場所にかなり思い入れが強いみたいやね…霊圧がこの店の中に凝縮したみたいになってるように感じる…」

雅人は、自分がこの中に足を踏み入れ難く感じているわけが分かった…
その通りだ、凄い圧力みたいなものを、自分も感じているのだ…

やはり、行くべきじゃないんじゃないか?

ただの肝試しじゃ終わらない、嫌な予感がする…

しかし、何故幸子さんはこの場所に行きたいと言い出したのか…?
深くは考えなかったが、何か意味があるはずだ…

「幸子さん、行くんですか?」

雅人は声のトーンを低めにして、幸子の意思を尋ねてみた。

「うん…その為に来たんやからね…」

幸子の声も、少し低めに聞こえた。
やはり、何か意味があるのだ…
だとすると、ここに何か目的があるのだろう…
しかし、それを口には出せない、そんな感じがする…
しかし、雅人、いや芳恵には目的はない。
芳恵は、面白そうだという程度にしか考えていないだろう…
そんな人間が、こんな所に足を踏み入れてもいいのだろうか…?

「さ、行こか…」

雅人が迷っていると、幸子さんがスッと前に出て、『達磨亭』の中に足を踏み入れた。

雅人には、幸子の身体が闇に飲まれたように見えた。

続いて芳恵も闇に飲まれる。

雅人も仕方なく、闇にその身を投げ出した。

『達磨亭』の内部に入ると、まるでここだけ真冬になったかのように、気温が低いような気がする。

「寒っ!」

芳恵がむき出しの生足をさすり始めた。
鈍感な姉も、この異常な寒さは正常に感じているようだ。

「何?エアコン効き過ぎやろこの店!」

芳恵のボケに雅人が突っ込む。

「そりゃないやろ、何せ廃屋やからな…」

しかし、芳恵は何も答えない。

まさか、ボケじゃなかったのか?
今のは天然だったのか?

天然気味の姉だが、今のはヤバイんじゃないのか?

『んっ?』

雅人は横顔に嫌な気配を感じた。

横顔のコメカミ辺りの一点に凄い力で人差し指を押し付けられているような、不快なプレッシャーを感じる。

そのプレッシャーは、視線だ…

その視線には、今までの人生で感じた事のない『悪意』を感じる…

「雅人君、見たらアカンよ…」

幸子さんが顔を寄せて、小声でそう言った。
幸子さんもその視線を感じているのだろう…

ここには何かがいる…

やはり、『達磨亭』の怪談の主役である、この店で焼身自殺したという店主の霊なのだろうか…?

視線は右側の冷蔵庫を置いてある方から感じる…
あちらには行かない方がいいだろう…

しかし、

「あ、冷蔵庫!」

という芳恵の声が聞こえた。
懐中電灯を照らすと、芳恵が冷蔵庫に向かって歩いて行こうとしている。

「ちょっ、姉ちゃ…」

雅人がそう言いかけた時、幸子が芳恵のパーカーの袖を掴んで芳恵を止めた。

「そこは、今やめとこ。」

幸子さんの一言に、芳恵は素直に足を止めた。
しかし、芳恵の懐中電灯が冷蔵庫を照らしている。

照らされた場所に冷蔵庫はあれども、視線の主の姿は見えない…

しかし、心なしか冷蔵庫の方が更に暗いように感じるし、霊圧も高いように感じる。

見えはしないが、やはり、居るのだ…

「とりあえず、地下への入り口探そか…」

幸子さんがそう言ってカウンターの向こうを照らした。
四人掛けテーブルが数セットある…

『んっ?』

また何か嫌な違和感がある…

…遠いのか?

外から見た感じからすると、中が広すぎるように感じる…

暗くて視界が狭いからか?

暗くて視界が狭いので遠近感が狂ってしまっているのだろうか?

「この店、見た目より中は広いなぁ!」

何も考えていない姉の言葉は、時に的を射ている…

やはり、広いのだ…

「霊圧が空間を歪めてるみたいやね…芳恵ちゃん、雅人君、二人共私の服の袖掴んどいてな…」

幸子さんが、急に恐い事を言う…

それはどういう意味だ?

「あ、あの、幸子さん?」

雅人は場違いな頓狂な声で幸子に真意を尋ねた。

「私にくっついといて…持っていかれるよ?」

持っていかれる?

更に恐い事を言う!
誰が、何を、何処に持っていくと言うんだ?

「ごめんな二人共、とにかく私の言う通りにしといて…」

雅人は無言で幸子さんの袖を掴んだ。
反対側で芳恵もそうしたのを気配で感じる。

「さ、地下室に行こう…」

幸子の声で、一行は一つに固まって歩き始めた…
あの視線が、まだ、ついてきているのを感じる…





思い出した…
噂では、ここで行方不明事件も起きている…
さっき幸子さんが言った『空間が歪んでいる』というワード、もしかしたら、その行方不明者達は、その空間の歪みに囚われたのかも知れない…
それが『持っていかれる』という事なんじゃないだろうか…
そんな事を考えると、幸子の袖をつかむ雅人の手に、一層力がこもる…





やはり、そうなのか…?

絶対におかしい!
厨房から出るのに、何でこんなに歩かなきゃならない?
一分もかかるわけないのだ!

しかし、空間が歪んでいるという事は、そこに流れる時間も歪んでいて不思議ではない…
今、自分達は確実に歪みの中にいる…
それはもう、完全に非日常の世界、つまり『異界』だ…
自分達は、『達磨亭』という名の『異界』に足を踏み入れてしまったのだ…

慎重に歩を進めるが、一行に厨房から出られない…
ホールはすぐそこに見えているのに…

「もう、出るかな…」

幸子さんがボソっと呟いたと思ったら、景色が変わった。

ホールだ…

やれやれ、ようやく厨房からは出られたようだ…

一生厨房から出られないのでは?

という考えが頭をよぎりもしたが、歪んではいても、進んではいたのだ…と、安堵した瞬間…

目の前に、黒い人影が立っている。
一行は、金縛りにでもあったかのように、ピタリと歩を止めた。

雅人は、ここに入る前に一瞬見えたモノと、同一のモノだと、瞬時に理解した。

それは黒い影にしか見えないが、それが発する強烈な視線が全身に突き刺さる…

呼吸は止まり、下腹部にジワリと尿意を感じる。

「あっ…」

という、芳恵の何かが抜けたような声がして、急に幸子さんの身体から、何か重みが取れたような感覚がした。

その直後、瞬きとともに、黒い人影が消えた…

「芳恵ちゃん?」

幸子さんが、姉の名を呼んだ。

姉が『持っていかれた』…

雅人はまた、瞬時に理解した…

続く



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2016年10月12日

扉シリーズ外伝『達磨亭奇譚4』

「芳恵ちゃん…」

幸子さんが、唾を一つ飲み込んだ後、気配の消えた姉の名を呼んだ…

「姉ちゃん…姉ちゃん!姉ちゃん!」

雅人は無意識にそう叫んだ。
雅人にとって、血を分けた姉であり、母親代わりでもあった芳恵が突然、消えた。
雅人が錯乱するには、十分過ぎる事実である。

「姉ちゃん!姉ちゃん!」

雅人は懐中電灯をデタラメに動かし、その光が闇を裂く。

しかし、どこをどれだけ照らそうにも、芳恵の姿は見当たらない。

「雅人君!」

幸子は雅人を抱きしめた。
姉とは違う「女の匂い」に、雅人の錯乱がおさまる。

「とにかく落ち着こう…」

幸子は、雅人の頭を自分の胸に抱いた。
柔らかい感触とともに、幸子の鼓動が伝わる。

「雅人君、だいぶ前になるけど、私が霊能者の一族出身やって話だしたよね!覚えてる?」

雅人を胸に抱いたまま、幸子は話を始めた。

「実はね…ここに来たのには訳があるんよ…」

やっぱり、ただの肝試しじゃなかったのだ…

「それは、芳恵ちゃんを助ける為…」

えっ?

話が見えない…助けるも何も、姉は今、消えてしまった…

雅人は幸子の手を離すと、少し距離を置いて深呼吸した。
幾分か、気持ちが落ち着いている…
姉の行方が気になって仕方ないが、今は状況を理解し、頭を整理する為にも、幸子の話をキチンと聞くべきだ。

「姉ちゃんを助けるって…どういう事なんですか?」

雅人の問いに、幸子は少し間をとってから答えた。

「最初から話すね…まず、私は『都古井家』の霊能者にはなれんかったんだけど、一応、霊能者の修行はしてたの…」

やっぱりそうなのか…
雅人はそう思った。
自分は、オカルトの知識はそれなりに豊富だと思っている。
しかし、さっき幸子さんの口から出た言葉は、今まで呼んだどんな書物にも書いていなかった…

この人は、かなり高レベルの『霊能者』なのかも知れない…

「これは主人にも内緒にしてるの…芳恵ちゃんにもね…それを踏まえて話を聞いてね…実はね、芳恵ちゃん、前にもここに来てるのよ…」

えっ?
あれ?
姉ちゃん、始めてじゃなかったんか?

雅人はそれを確認してはいないが、姉の様子から、そうだと思い込んでいた…

「でも、本人はそれを忘れてるの…いや、記憶を封印したと言った方が正しいかもね…自分の心を守る為に…」

雅人は、ただ話を聞く事しかできない…

「私がそれに気づいたのは、芳恵ちゃんとお酒を飲みに行った時…結論から言うと、芳恵ちゃん、守護霊を食われてる…良くないモノに、守護霊を吸収されたみたいやね…芳恵ちゃんには、たぶん雅人君達のご先祖様だと思うんやだど、強い守護霊に守られてたのよ…それが完全に離れてしまっている…私、芳恵ちゃんが、どこか良くない所で、良くないモノと関わってしてしまったって、直感したの…本人に確かめても、全く覚えていない…でね、私、芳恵ちゃんと共通の友人の女の子に聞いてみたのよ、最近、心霊スポットみたいな所に行かなかったかなって…その子は、達磨亭に行ったって答えた…でも、特に何もなかったって言うのよ…私、そんな事ないと思って、粘ってみた…そしたらね、その子、地下室に降りた時、一瞬だけ芳恵ちゃんがいなくなったような気がしたって言うたのよ…私、それやって思った…で、雅人君、芳恵ちゃんに変わった事感じなかった?」

話についていくのがやっとの雅人は、その質問で我に帰った。

「えっ?変わった所…あ、あったかなぁ…?」

毎日顔を合わせているが故に、逆に変化に気付けない事もある。
家族とはそういうモノかと、幸子は思った。

「芳恵ちゃん、だんだん痩せていってるやろ?」

幸子の言葉に、雅人はハッとした。
姉は、家の中では露出の多い格好をしていたが、最近、急に外出の時でも露出が多くなった…

『雅人〜、姉ちゃん最近痩せたと思えへん?』

そんな事を言っていたような気がする…

「そう言われれば…痩せてるような…」

雅人は記憶を辿りながら、そう答える。

「そうなのよ…あの子、確実に痩せてるのよ…それはね、その良くないモノと関わって縁を持ってしまった為に、その縁を通して生命を吸い取られてる証拠なのよ…そう言うのを『呪い』って呼ぶのよね…』

の、呪い?

姉が、呪われている…?

そんなものは、ただの観念だと思っていた…

「そ、それって…ほっといたら死ぬって事ですか?」

雅人は一番確かめておきたい事を、幸子に確認した。
幸子は、数秒沈黙してから、ただ一言、

「うん…」

と答えた。

「今、姉が消えたのは…その…し、死んだって事なんですか?」

雅人は続いて、一番確かめたくない事を尋ねた。

「雅人君、それは大丈夫…芳恵ちゃんはまだ生きてるよ!だから、助けに行かなきゃ!芳恵ちゃんの守護霊を取り戻して、ここから、三人無事に帰るよ!」

いつも落ち着いて物静かな幸子さんがこんな力強く話をする姿を、雅人は初めて見た…
今は、この人だけが頼りだ…

「芳恵ちゃんは地下室におると思う…この場所は、地下室が本体だと思うから…」

美人だとは思わない。
頭もよい方ではない。
ガサツで、鬱陶しい時もある。

だが、いなくなられては困る!

姉がいなければ、今の自分はなかったと思う。

雅人は、

「お願いします幸子さん!僕も、何にもできんかも知れんけど、頑張ります!」

と、暗闇の中で幸子に頭を下げた。

「その気持ちが、何より強い武器になるんよ…こちらこそ、お願いします、雅人君!」

幸子も、頭を下げた。

地下室への入り口は、座敷席付近にあるトイレの横にあるらしい。

雅人と幸子は、身体を寄せ合いながら、座敷席前へとたどり着いた。
トイレも見える。
その隣には下りの階段も見える。

しかし、座敷席から明らかに『気配』がする…

雅人は生まれて初めて、それを霊体の気配であると、理解し、自覚した。
唇が震え、足はそれよりも震えている。
幸子さんの言っていた霊圧というものなのか、痛い程の耳鳴りがこだまする。

「あれは、おそらく、店主さんやね…」

幸子は、その『気配』の存在する方をまっすぐに見据えて、そう呟いた。

「雅人君大丈夫…この人に悪意はないよ…」

幸子の声に、雅人は少し安堵し、恐る恐る、気配の主に見やった。

座敷席に胡座をかいて座っている、黒い影がいる…

コイツだ!
さっきからチラチラしてたのは、コイツだ!

影は、胡座をかいて座っているが、その姿は蜃気楼のようにユラユラと揺れている。
その影が、片手を上げて、

『向こうへ行け!』

というような仕草をしている。

「さっきから姿を見せてたのは、警告してくれてたんだね…でも、私等はあの子を助けに行かなくてはいけないのです…ありがとう。」

幸子が影に向かって丁寧に頭を下げたので、雅人もそれに倣う。

影は、ユラユラと揺れ続けている。
その姿を見ていると、

『行くな、諦めろ、関わるな』

と、言っているように見える。

しかし、幸子はまた頭を下げると、懐中電灯を下り階段に向け、歩き始めた。
雅人は影の揺らめきを気にしながらも、幸子の袖を掴んで、一緒に歩き始めた。

階段の前に立つ。

懐中電灯を照らすが、階段の先が見えない。
地下室は、おそらく倉庫になっていると思われる。
先が見えない程地下深くに倉庫を作る事はあるまい…
おそらく、ここも空間が歪んでいるのだ…
かなり霊圧が高いのか、耳鳴りが止まらない…

幸子は目を閉じ、深呼吸をすると、

「雅人君、私にしがみついておいてくれるかな?」

雅人は、素直に幸子にしがみつく。
幸子は雅人の肩を抱いた。

「行くよ?」

幸子はそう言って、階段に足を乗せた。

寒い…

階段を数段おりると、まるで冷水の中に浸かっているかのように身体が冷え始めた。

吐き出す自分の息が白い。

寒く感じているだけじゃなく、物理的に、寒いのだと言う事が、それで確認できた。

雅人が初めて体験する恐怖から逃れるには、幸子の体温にすがるしかなかった…

続く





2016年10月13日

扉シリーズ外伝『達磨亭奇譚5』

階段を一段降りる度に気温が下がっていくような気がする程、身体が冷えていく…

ハアハアハア…

寒さに呼吸が乱れながらも、雅人と幸子は互いに身を寄せ合い、一段一段、階段を降りていく…

「雅人君、大丈夫?」

幸子が喘ぐように声を絞り出す。

「だ、大丈夫です…」

雅人も声を震わせながら、それに答えた。
懐中電灯が照らす先に、まだ終点は見えない。
やはりここも空間が歪んでいるようだ…

「この冷気…多分…地下室にいる良くないモノが、熱を奪ってるんだ…」

熱を奪う…?
いくら霊体だからって、物理的にそんな事が可能なのか…?
それに、さっきから幸子さんが度々口にしてる「良くないモノ」って、一体、何なんだ…?

「幸子さん…良くないモノって、一体何なんですか?」

雅人はカチカチと歯を鳴らしながらも、それを尋ねずにはいられなかった。

「そうね…」

幸子はそう言って黙り込む。
どう説明すればいいのか、頭を整理しているのだろう…

「雅人君…神って実在すると思う?」

雅人は一瞬思考が止まった。
自分が期待していた答えではなかったからだ。
雅人はおそらく、何かの悪霊が云々という答えが帰ってくるだろうと思って尋ねたのだが、『神』という答えが帰ってくるとは思わなかった…

「えっ?ぼ、僕は…幽霊が実在するなら、神も実在すると思ってますけど…さっき幽霊見たから…実在する事になると思います…」

幸子は雅人の答えを聞くと、

「そう…なら、結論から言うと、神は実在するわ…」

幸子はサラリとそう言った。
その口振りは、雅人の心に、どうしても確認したい事を作りださせた。

「幸子さんは…見た事あるんですか、神を?」

雅人は、一瞬幸子に睨まれたような感覚をおぼえた。

「ええ…この目でしっかりと見た事があるわ…私はそれで都古井の霊能者になる事を諦めたのよ…」

この人は、本当に謎めいた話し方をする…と、雅人は思った。
雅人のその思いを感じとったのか、幸子が話を続ける。

「霊能者は自覚の有る無しに関わらず、必ず何らかの神…霊能の世界では神格と呼ぶんだけど…その神格から力を分けてもらって、除霊や浄霊を行うの…もちろん、都古井にも信仰すべき独自の神格がいるの…私は弟と一緒にその神格に会った事がある…あんな巨大で禍々しいモノと人間が関わるべきじゃない…そう思って、私はその道を諦めた…雅人君、神は実在するわ…でも、それは必ずしも人間を愛し、幸福を与えるモノだけじゃないの…そういうモノに近しいモノ…神格の眷属とでも言うべきものが、この先に…地下室にいる!」

雅人は寒さからではない悪寒に身を震わせた。

神の眷属…?

姉を救出する為には、そんなモノと対決しなければならないのか?

生きて帰れるのか!?

雅人は、『死』というモノを生まれて初めて意識した。
幸子の言葉を信じるに足る異様な雰囲気を地下からヒシヒシと感じているからだ…

「幸子さん…」

今の雅人の精神状態では、幸子の名を呼ぶ事で一杯で、

『その眷属とやらに勝てるんですか?』

という、一番確認したい言葉が口から出てこない…

「うん…正直どうなるかわからない…だから雅人君、力を貸してね?」

また雅人の思いを察したのか、幸子はそう言って雅人の頭を抱いた。

力を貸してと言われても、自分に何かできるのか?
しかし、さっき自分は頑張りますと宣言した。
それに、例え何が起ころうと、姉を救出しなければならないのだ!

「見えたね…地下室…」

幸子の懐中電灯が地下室のドアを照らし出している…

この先に姉がいるのか…
そして、眷属とやらも…

雅人は小学校の劇で主役を押し付けられた時、精神的にかなり不安定になり、父親と姉を心配させたが、本番は見事に演じ切り、父親から

「舞台度胸は母親譲りやな!」

と言われた事がある。
母親は結婚する前にアマチュアではあるが、劇団の看板女優だったらしい。
やはりその血が受け継がれているのか、雅人はドアを目の前にして、肝が座った。

ドアの前に立ち、恐いと言えば嘘になる。
しかし、このドアの向こうでやらねばならない事があるのだ。
雅人は幸子から離れると、ドアノブに手をかけた。

「雅人君…大丈夫?」

幸子が心配そうな声で尋ねてきたが、雅人は構わずドアノブを回して、それを開いた…

ドアに隙間ができると、嗅いだ事のない種類の異臭が鼻をついた…

雅人には、それが禍々しい獣の臭いだと感じられたのだった…

『やってやる!やってやるぞ!』

続く











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