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2016年07月03日

扉シリーズ 第三章『呪詛』 第八話 「儀式2」

白い浴衣に着替えたオレと木林は、このような状態になければ、およそ見る事がなかったであろうお互いの白い浴衣姿に、唇から笑気を漏らした。
しかし、白い浴衣姿になろうとも、まだサングラスをかける事をやめない木林のこだわりは見上げたものだ。
もはや木林にとってサングラスは身体の一部分なのだろう。
サングラスが木林であり、木林がサングラスなのだ。
湯船な残る穢れたお湯は栓を抜いて流した。
その際、先ほどお湯に浮いてきた様々なモノを見かける事にはなかった。
あれは霊的なモノで、視覚にのみ影響を与える類いのモノで、物質として存在するものではないからだ。
一応、湯船もシャワーと残った粗塩で清めておいた。
オレ達は、今まで来ていた服を丁寧にたたんで小脇に抱えると、伊田さんが待つリビングへと戻った。

「二人共お疲れ」

リビングのソファに座り、そう言って笑顔を向ける伊田さんだったが、その目は笑っていなかった。

「どうだい?かなりキツかったろう?」

続けてそう尋ねる伊田さんに、オレ達は苦笑いで答えながら、伊田さんと対面する形でソファに腰掛けた。
伊田さんは唇から少し笑気を漏らしながら立ち上がると、酒瓶が並ぶ棚から一升瓶を一本取り出し、伊田さんとオレ達を隔てるテーブルにその一升瓶を置いた。
その一升瓶にはラベルがなく、中には液体がなみなみと詰まっている。
日本酒か?焼酎か?
酒瓶に入っているのだから、酒には違いなかろう。

「コイツはね、なかなかいい酒なんだぜ?」

オレの疑問を察したのか、伊田さんはそう言うと一升瓶の栓を抜き、瓶に直接口をつけて一口、中の液体を口に含んだ。
紳士的な伊田さんに似合わぬワイルドな飲み方にオレと木林は呆気にとられた。
しかし、伊田さんは口に含んだそれを飲み込まず、目を閉じ、口の中で転がし始めた。
オレ達はそれに目を奪われていた。
およそ10秒くらいそれを続けた後、伊田さんはかっと目を開き、口の中の液体をオレ達に吹きかけた。
突然の事にオレは目を閉じた。

「悪い悪い…しかし、やっぱりこうなるんだな…」

伊田さんの声に目を開ける。
そこには神妙な顔をした伊田さんがいる。
あれ?
そういえば、濡れていない…
隣で木林もそれに気づいて目を白黒させながらオレを見てくる。

「濡れてないだろ?コイツはね、とある神社で作ってる日本酒なんだけど…さっき禊をしたにも関わらず君らの身体はそれを受け付けない…コイツには場を清める力があるんだけど、そいつを掻き消しちまうんだからな…いいかい二人共、今から呪詛の進行を遅らせる為にかなりの荒療治をしなけりゃならない…オレの事、恨まないでくれよ?」

まっすぐな目でそういう伊田さんに、オレ達は首を縦に振る事しかできなかった…

オレ達はリビングの隣にある客間に案内された。
そこは殺風景な和室だった。
押入れ、箪笥、小さな机…
ここが客間?
しかし、そこには心地よい冷たさの神聖な空気が立ち込めている感じがした。
微かに香りのよい線香のような香りがする。

「客間にしては殺風景と思ったね?まあ、オレくらいの力でも除霊の真似事はできるからね…だから、ここは客間なのさ…」

そういう事かと納得した。
しかし、荒療治というのが気になる…

「あ、あの伊田さん?僕らはここで具体的にどんな目に遭わされるんですか?」

木林が突然そんな問いを切り出した。
伊田さんは少しだけ間を開けると、静かに答えた。

「オレは君らに対して特に何もしないよ…でも、今からかなりキツイ香を焚く…そいつは君らと呪詛の主を繋ぐ糸をあぶり出す…それがあぶり出たら、オレがそれを切る。でも、それをあぶり出す過程で、君らは相当苦しい思いをする事になる…でも耐えろ。糸があぶり出るまでは絶対にこの部屋を出ずに耐え抜いてくれ。そして、これだけは覚えていてくれ、どんなに苦しくても死ぬ事はない…いいかな?」

伊田さんの真剣な声に、自分の顔が青ざめていくのを感じた。
しかし、ここで退く事はできない。
今はこの伊田さんに頼る他、道はないのだ。

「わかりました…伊田さん、よろしくお願いします…」

オレがそう言って頭をさげると、木林も隣で頭を下げた。
伊田さんはそれを確認すると、小さな机の上に置いてあった、何やら複雑な、見た記憶のない文字や文様が刻まれた円形の香炉の蓋を開ける。
続いて、机の引き出しから瓶に入った植物を乾燥させた茶葉のようなものを取り出し、それを香炉に入れた。

「今から火をつけるけど、二人共準備はいいかな?」

伊田さんはオレ達の目をまっすぐに見つめながら尋ねてきた。
オレと木林は互いに見やり、うなづきあうと、

「よろしくお願いします」

とほぼ同時に答えた。

「わかった。最後にもう一度言うよ?どんなに苦しくても死ぬ事はない、頑張って耐えてくれ…」

伊田さんはそう言うと、右手の人差し指で香炉の円い縁をなぞり始めた。

リィーン

という金属の清い音が響く。
伊田さんが縁をなぞるスピードを速めていく。
その度に金属の清い音が徐々に大きくなっていく。
伊田さんは火をつける道具を一切手にしていない。
オレ達は伊田さんの縁をなぞる姿をただ見つめていた。
しばらくすると、香炉から煙が上がり始めた。
どんな原理かはわからないが、とにかく香に火がついたようだ。
煙を確認した伊田さんは、小さく唇を動かし、何かを呟き始めたが、声を聞き取る事ができない。
次第に煙の量が増していく。
高級で上品ないい香りが漂い始めた。
いい香りだな、と思った瞬間、オレの目の前の光景をがグニャリと歪み始めた…

第八話 終わり
第九話続く






お詫びとご挨拶 冨田武市

扉シリーズを読んで頂いていた皆さん、更新が一ヶ月も滞ってしまい、誠に申し訳ありませんでした。
ゴリラ、個人的にかなり忙しくなり、精神的に疲弊して、執筆する気力が無くなっておりました。
現在も忙しい状況に変わりはありませんが、言い訳無用天地無用と言う事で、週一程度には更新していく予定ですので、よろしければまたお付き合い頂けますと幸いでございます。
今後ともよろしくお願いいたします。

posted by kaidann at 11:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 挨拶

2016年07月05日

扉シリーズ 第三章 第九話 「儀式3」

グニャリと歪む景色が、螺旋を描きながら渦を巻き始めた。
隣で交直している木林の身にも同じ事がおこっているようだ。
渦の中心、即ち視界の中心に向かって、景色が吸い込まれていく。
伊田さんの姿も、その渦に吸い込まれていく。
すべての景色が吸い込まれた後、そこには闇があった。
闇そのものが渦を巻いている。
眼を凝らすと、渦の中心には暗黒の穴が開いていた。
今、己が置かれている状況への恐怖、また、未知の事象に対する少しの高揚感に包まれたオレの意識すら、その渦の中心にある穴に吸い込まれていく…
己の意識が目の前に広がる螺旋状の真っ黒い海に溶けていくような感覚の中、オレはオレである境界線を越えたような気がした…


頬っぺたに冷たい感覚を覚えて、オレは自我を取り戻した。
パッと眼を開くと、そこには見知らぬ天井があった。
ヌメッした湿っぽい光沢のあるゴツゴツとした岩から、時折、水の粒が滴っている。
それを眺めながら、今オレは…いや、オレの意識は洞窟のような場所にあるのだという事を悟った。
背中にも天井と同じようなヌメッとした冷たさと、岩の尖った部分が当たる感覚もある。
オレはどうやら、洞窟のような場所で寝ていた?いや、倒れていたのか?
明かりはないが、そこかしこに群生している苔が光を発しているように見える。
ヒカリゴケという物か?
オレは上半身を起こしてみた。
周りを見渡すと、やはり洞窟のようだ…
オレの正面、そして背後にも洞窟は続いているようだ…



木林は?
木林はどこだ?



どうやら、オレ一人であるようだ。
これはオレの意識内の場所なのだろうか?
しかし、こんな場所にまるで覚えもないし、心当たりもない。
さらに、オレがオレであるという自覚すら、霞みがかったようにおぼろげに感じる。
オレは自分の手のひらを顔の前にかざしてみた。
オレの手のひらは、輪郭のみそれらしいのだが、まるでボカシ加工された映像のよいにぼやけて見える。
自分の下半身に視線を移してみても、同じようにボヤけて見える。
自分の存在自体が不確かで、ロウソクの火のように強く吹けば消えてしまいそうな気がする。
オレは恐る恐るその場で立ち上がってみた。
どうやら立てるが、立ち上がってみても、やはり自分の存在が不確かであるという感覚は消えない。
オレは何故ここに在るのか?
また、ここで何をすればいいのか?
それさえわからぬ状況は、オレに不安以外を与えてくれない。
眼は見える。
音は聞こえる。
触覚もある。
考える事、思う事もできる。
しかし、それらをどう使えばよいのかが全くわからない。
しばし立ち尽くした後、オレはここにこうしていても、状況は変わらないと判断し、とりあえず、今自分が向いている方向に歩いてみる事にした。
歩き始めて、初めて意識したのだが、かなり広い洞窟のようだ。
天井もかなり高く、10メートル近くあるのではなかろうか…?
やはりそこかしこにヒカリゴケのような物が生えており、行く道を照らしてくれている。
しかし、先は途方もなく長い…
オレは不安に支配されながらも、延々と続く同じ景色の中、不確かな一歩一歩を道に刻んでいった…

どれだけ歩いたのだろうか…?
今までの人生でおよそ歩いた事のない距離をオレは歩いた。
不思議と全く疲れを感じない。
今、オレの意識は夢の中と同じような、物理法則に縛られない状態にあるのだろうと感じる。
試しに、走ってみた。
いくらでも走れる。
全く呼吸が乱れる事もない。
しかも、凄い速さで走れる。
中高と陸上部で短距離をやってきたオレの感覚で測れば、少なくとも五輪のトラック種目すべてで金メダルを獲得できるであろうくらいのスピードと持久力である。
まあ、物理法則に縛られないのなら当たり前の事なのだろうが…
しかし、景色は延々と変わらない。
ずっとループしているように、オレは同じ景色の中を駆けた。
駆けた距離だけ不安が募る。
このまま走り続けて何か変わる保障があるのか?
別の事をすべきではないのか?
そう考えて、オレは走る事をやめた。
立ち止まって、ふと思った。
物理法則に縛られないのなら、ここから出る事もまた、簡単な事なのではないか?
そう思った瞬間、背後から気配を感じた。
自分以外の何者かの気配である。
不安の中に光明が差す。
その気配がオレに何をもたらす者なのかはさておき、自分以外の他者が背後にあるのなら、それを求めるのが人間の性である。
オレは振り返った。



振り返るべきではなかったのかも知れない。
オレは今、見てはいけないものを目の当たりにしてしまった。
オレが今まで駆けてきた途方もない距離…
それを追いかけてきたかのようにはるかに続く鎖…
無数の人間の姿をした肉の鎖が、遥か向こうから続いていて、オレの脚にまで繋がっている。

「うあああああ!!」

オレは悲鳴を上げたが、洞窟はそれを響かせること無く、それを吸収した。
その声に反応したのか、連なる肉の鎖たちのおびただしい目が一斉にオレを見た。
その視線の一つ一つが、まるで矢のようにオレの心臓に突き刺さるような感覚を覚えた。
そして、その肉の鎖の最先端、オレの両脚をつかむ腕の持ち主を確認した時、オレの思考は停止した。
その肉の鎖の最先端は、見覚えのある…いや、忘れるはずもない親友、木林の姿をしていた…



2016年07月07日

扉シリーズ 第三章 第十話 「儀式4」

延々と果てしなく続く肉の鎖…
その最先端になっている親友木林がオレの脚を掴む…いや、巻きついている。
木林の腕が、まるで獲物に巻きつく蛇のように、しなやかに力強く、オレの脚に巻きついてくる。
よく見たら、木林も後ろにいる者に同じように巻きつかれている。
その後ろ者も同じように…
そうやって、肉の鎖は果てしなく先の見えぬ向こうへと繋がっている。
その肉の鎖が蛇のようにのたうつ度に

ジャラジャラ

と肉ではない、鎖そのものが地面に擦れる音がする。
もしや、これが伊田さんの言っていた呪詛の主とオレを繋ぐ「糸」というやつか?
それならば、何故その最先端に木林がいるのか?

もしや、木林は…

いや、そんなことはない!
伊田さんはこの儀式で絶対死ぬ事はないと言っていた。
木林がオレの想像通りになっているわけがない!
ならば、今オレに巻きついているこの木林は木林ではない!
そう思った瞬間、オレの心のずっと奥深い領域で何かが爆発したような気がした。
その爆発のエネルギーが不確かな存在に感じていたオレの全身に駆け巡った。
しばらく忘れていた感情が文字になって心を支配する。

「怒り」だ!

今までの人生でおよそ感じた事のない圧倒的な「怒り」が、オレの心を完全に支配した。
全身に力がみなぎり、オレの拳は鋼鉄のそれに変わったような感覚がした。
この鋼鉄の拳を、この木林…いやキバヤシモドキにぶち込んでやらねば収まりがつかない。
オレは手のひらが潰れんばかりの勢いで拳を握り締めると、それに全身全霊を込め、キバヤシモドキの頭頂部に向けてそれを振り下ろした!
一瞬、オレの拳がキバヤシモドキの頭頂部に炸裂した手応えを感じた後、キバヤシモドキの頭部が弾けるように消失した。
しかし、頭頂部を失いながらも、その腕はまだオレに巻きついて離れない。
やはり木林ではない!
そう確信すると共に、オレの心の中で再度爆発が起こった。
親友の姿を弄ぶ者に対し、また感じた事のない怒りが溢れる!
オレはまた拳を握り締めると、今度はキバヤシモドキの背中にそれを振り下ろした。
またさっきと同じような手応えの後、キバヤシモドキの上半身が消失した。
自由になったオレに、キバヤシモドキの後に続く者達がオレに遅いかかってきたが、今度はオレの脚が鋼鉄の棒に変わった。
オレを捉えようとする肉の鎖を、オレは超人的な動きで、ことごとく撃退していく。
オレはキレていた。
しかし、今自分の置かれている状況だけは直観していた。
この洞窟自体が、呪詛の主とオレを繋ぐ「糸」であり、肉の鎖はその繊維の一本に過ぎない。
今ここにいるオレは、オレの意識体である。
故に物理法則の制限下にはないのだ。
あの香には、インナートリップ、つまり己の意識界に精神を移行させる効果があったのだろう。
それゆえ、全身が爆発しそうな程にピュアに「怒り」という感情が表に現れてきたのだ。
オレは、そんな事を思いながらも肉の鎖を粉砕していく!
しかしそうだ!
この洞窟自体が「糸」であるなら、この洞窟自体を破壊してしまえば、「糸」を断ち切る事ができるのではないか!?
そう思ったオレは、即座にそれを行動に移した。
まとわりつく肉の鎖を無視し、オレは鋼鉄…いや金剛の右拳を洞窟の岩肌に向かって炸裂させた。
激しい手応えを感じた後、オレは目を疑った。
オレの右手が消失している。
痛みはない。
そのかわりに更に激しい怒りが湧き上がってきた!

「うおああああっ!」

言葉にならない声と共に、オレは左拳を岩肌に炸裂させた。
しかし、結果は同じ、オレの左から手が消失した。
そこでオレは冷静さを取り戻した。

「歯が立たない」

左右の手を消失したオレは、いかに物理法則に縛られない意識界においても、この洞窟は破壊できないのだと悟った。
正気に戻った時、肉の鎖は消え失せていた。
しかし、そのかわりに見覚えのある人影がこちらに近づいてくる。

奴だ!

直感した、その人影が八龍で遭遇した、あの老人であると…

手を後ろ手に組み、こちらを凝視しながらゆっくり、ゆっくりとこちらに近づいてくる…
一歩近づくたびに、オレの周囲の空気が重くなるような感覚…

ズシリ

ズシリ

か細い老人とは思えない威圧感が、オレを金縛りにする。
この老人の前には、オレの意識界など宙を舞う綿埃のような、吹けば飛ぶような脆弱なものなのだ。
老人は一歩一歩、オレに近づいてくる。

しかし

バシッ!と何かが割れるような音が聞こえたような気がした。
その瞬間、老人とオレの間に境界線ができた。
洞窟の岩肌に、たった数センチほどではあるが、まるでそこだけ輪切りに切りとられたように、老人とオレの間に境界が生まれたのだ。
老人は歩みを止めた。

「………」

老人は何かを呟いているように見えたが、声が聞こえる事はない。
しかし、老人からオレに向けられた視線が外れる事はない。

パーン

突然、手を打ったような音が洞窟中に響いた。

「ひぅっ!」

オレは突然、息が詰まった時のような、びっくりした時のようななんとも情けなない声を出して、畳に顔を擦り付けている自分に気づいた。

「大丈夫かい、冨ちゃん?」

伊田さんの声だ。
オレは起き上がり、伊田さんを見た。
隣で、木林も何か独り言を言いながら頭を上げてきた。
やはりあのキバヤシモドキは木林の姿を弄んだだけの存在だったのだ。
犯人はどう考えても、あの老人であろう。
しかし、目の前にいる伊田さんの様子が激変している。
50代半ばくらいに見える伊田さんだが、髪に白髪が目立つ。
明らかに黒い部分より白い部分が多い。
更に、目の下が落ち窪み、何日も寝ていないようなクマができている。
声にも張りがないように思う。

「だいぶ持っていかれたけど、なんとか時間稼ぎにはなったかと思うよ?」

伊田さんは、絞り出すような声で、儀式が成功した事をオレ達に告げた。







2016年07月09日

扉シリーズ 第三章 第十一話「儀式5」

「伊田さん…あの…だ、大丈夫ですか?」

今まで数々の霊障を受けてきたオレだが、伊田さんのような症状にはなった事がない。
伊田さんは「持っていかれた」と表現していたが、その「持っていかれた」ものとは、おそらく「生命力」である。
伊田さんの外見の変化は、オレがそう確信するには十分すぎる程であった。

「大丈夫じゃないよ!」

と伊田さんはそう笑い声で返してきた。
隣では、木林が放心している。
おそらくだが、オレも木林と似た状態にあると思う。
「幽体離脱」という現象を体験した事はないのだが、まるで魂が抜けて、何処かを彷徨い、今また自分の肉体に還ってきた。
そんな気分だった。

「一応、君等と呪詛の主との関係性に溝を作る事はできた。しばらくは霊障が軽減されるはずだ…でもね、関係性の糸がなくなったわけじゃないから、絶対に油断できない…しかし、ありゃなんだ?あんな強力な奴、オレは初めてだよ…」

伊田さんは壁にもたれながら、そう言った。
冗談めかした口調だが、目は笑っていない。
あれは、普通の人間の霊体ではないと、オレも感じている。
戯れにおこした行動、それそのものが呪詛となりうるような…
例えば、明らかに霊体である者に対してはマッチしない表現だが、呼吸すら呪詛となりうる。
そんな感じがするのだ。
そうだとすれば、それはもう「神」と呼んで差し支えない存在なのではなかろうか…?
一体、何者なんだ、あの老人は…?

「キバちゃん、大丈夫かい?かなりショックが強かったみたいだね?」

隣で放心している木林に、伊田さんが声をかけた。
まだ放心中のようだ。

「おい木林?大丈夫かお前?」

そう言いながら、オレは木林の肩を揺らしてみた。
そうすると、やっと木林の目に光が戻ったように見えた。

「だ、大丈夫やよな、オレ?」

木林がこちらを向きながら聞き返してきた。

「大丈夫だよキバちゃん…しかし、かなりショックなものを見たんだね…」

伊田さんの声には優しさが溢れていた。
見た目に現れる程の霊障を受けながら、本気で木林を心配してくれている…
この人は、本当にいい人なのだ。
その声に、オレは心からそう思った。

「伊田さん…さっきまでオレ、なんか得体の知れん不気味な村にいてました…何か大昔の田舎の村で…生活感はあるんやけど、人っ子一人おれへんかって…オレはその村を彷徨ってました…その村には結構大きい鳥居があって…その鳥居の向こう側が…向こう側が無いんです…」

木林は、今自分が見てきたことを、唐突に語り始めた。
どうやら、オレとは違うシチュエーションらしい。
しかし、鳥居の向こうが無いとはどういう事なんだ?

「鳥居の向こう側は…真っ暗闇なんです…めっちゃ怖いんですわ、それが…でも、何でかわからんのですけど…オレはその闇の中に入りたくなって…そこへ入ろうとしたら…巫女さんみたいな格好してて髪の毛が銀色の女の人が突然現れて…ジェスチャーで戻れってやるんです…」

話を続ける木林の話に伊田さんが口を挟む。

「キバちゃん、その女の人が君の守護霊なんだよ。」

伊田さんの言葉に木林はハッとした表情を見せた。

「そ、そうなんですか!?それやったら、守ってくれたんかな、オレがその闇の中に入らんように…」

木林はそう言って黙ってしまった…

「おそらくそれ、キバちゃんにとってはその鳥居から先が呪詛の主との糸だったのかも知れない…今キバちゃんの守護霊は呪詛の主に抑えられているけど、何とか力を振り絞って現れたのかも知れないね…で、その鳥居はどうなった?」

伊田さんの問いに、木林はまた我に帰り、

「あ、鳥居は見えなくなりました…あれは伊田さんが何かしてくれてああなったんですか?」

と伊田さんに聞き返す。

「説明するとね…まず、あの香は逆トランス状態になりやすくなる一種のドラッグみたいなもんなんだ…あ、全く害はないからね…で、君等はその逆トランス状態に入った。トランス状態というのは神がかり状態を指す言葉なんだけど、逆トランスは、神がかりではなく、神抜きなんだ…神とは魂の事で、即ち君等は一般的に幽体離脱に近い状態になった。しかし、身体から抜けるんじゃなくて、身体、いや、精神の奥深いところまで君の君等はダイブしてたのさ…だから、今君等が見てきたものは君等の精神の中でおこった事…つまり、呪詛の主はその精神の奥深いところから君等に霊障を与えてきていたわけだ…君等は嘔吐した時に人間の身体の一部が混ざったりしてたろう?あれは君等の精神が自分の血肉を使って精製したものだ…まあ、身体の外に出れば消えてなくなってしまうものではあるんだが…でもそれは、血肉から作られたものだけに、君等の生命力を削りとっていく…そして最後には…想像できるね?で、オレもその領域まで意識を落とした…それでオレも霊障を受けちまってこの有様さ…でもそれで、君等が何を見たのかまではオレの力じゃ見えないけど、何とか糸は見えた。そんで、その糸をもつれさせたわけだ。しかし、もつれただけで糸は切れていない…糸を切れるのは君等も知ってる甲田福子…あのクラスの力じゃないと、何ともならない…凄く苦しいかも知れないと言ったけど、いかに自分の精神の中であっても、何が起こるかは自分ですらわからないからね…まあ、平たく言えば一応の成功は見た。あとは甲田に任せよう…オレは寝かせてもらうよ…あ、もう一つの客間に布団を敷かせてあるから、今日は君等ももう寝た方がいいよ…」

伊田さんは説明を終えると、もう一つの客間がリビングの隣だと教えてくれた。
その後、力尽きたようにその場に崩れ落ちた。
一瞬ドキッとしたが、イビキをかき始めたので、ホッとした。
その瞬間、ふすまが開いた。
美弓さんだった。
美弓さんはシャンプーのいい香りを漂わせながら、無言で部屋に入り、押入れからタオルケットを引っ張りだすと、それをサッと伊田さんにかけた。

「こうなるとどうやっても起きないから…」

美弓さんはボソッと呟いた。
父親をここまで疲弊させてしまったオレ達を快く思っていないのは明らかだが、同時に他人の為にここまでできる父親に対する尊敬の念があるようにも見えた。
美弓さんはすっと立ち上がると、

「明日はオーディションだってのに…今日はあなた達のお陰で安眠できそうね…」

と皮肉を言いながら冷たい視線をオレ達に投げると、シャンプーのいい香りと共に自室に戻った。

残されたオレ達には、もう寝る事しか残されていない。

「寝るか…」

オレがそう言いながら荷物をまとめ始めると、

「このままか?」

木林がこの死装束で寝るつもりなのかと、白い浴衣を指差しながら聞いてきた。

「もう面倒臭いやろ?」

オレは即答した。
木林は、

「あ、あ〜ん…」

と嘆息の吐息を漏らしながら、身支度を整える。

オレ達はタオルケットに包まれてイビキをかいている伊田さんを部屋に残して、もう一つの客間へと移動した。

もう一つの客間も和室で、畳の上に布団が二組、並んで敷かれていた。
それを見た木林が、

「まさに霊障やな…ゴリラと混浴した後は、ゴリラと寝室を共にせなアカンとは…もうゴリゴリいや、懲り懲りやわ…」

木林に軽口が戻った。
さて、寝るかと布団に入りかけた時に、オレの携帯が鳴った。
部屋の時計を見ると深夜2時を過ぎている。
今頃誰だと携帯を見ると、ディスプレイには『AYAさん』と表示されていた…










2016年07月10日

扉シリーズ 第三章 第十二話 「魔星」

深夜二時過ぎに響いた携帯の着信メロディ…
相手は霊能者AYAさんだった。

誰からだよ?

という表情の木林にオレは

「AYAさんからやわ…」

と答えて通話ボタンを押した。

「あ、もしもし?」

この時間の電話だ、何か重要な用件なのだろうと思い、おそるおそる声を発した。

「あ、武市君?こんな時間にごめんね!寝てたかな?」

AYAさんの可愛らしい声が聞こえるが、やはり何か重要な用件のようで、芯のある真剣な声に聞こえた。

「あ、今から寝ようかと…」

オレがそう答えると、AYAさんが

「う」

という吐息を漏らした。

「武市君、声がチリチリしてるよ?何かあった?」

吐息の後にAYAさんは強めの口調で尋ねてきた。
オレは最近自分の身に起こった事と、長い今日一日の事を手短にAYAさんに答えた。
隣で木林がオレにも話させろとジェスチャーを送ってきたので、途中で通話をスピーカーフォンに切り替えた。
オレが話終えると、AYAさんは少しの沈黙の後に、

「武市君、伊田さんって、もしかして伊田源二さん?」

と伊田さんのフルネームで尋ねてきた。

「ビンゴですわ、AYAさん!あ、久しぶりです、木林です!」

オレが答えるより先に、横から木林が前のめりで答えた。

「ビンゴですじゃないわよ!二人共本当に運が良かっただけなんだからね!」

AYAさんの怒声に、木林は素直に沈黙した。

「武市君、木林君、二人共、凄い声がチリチリしてるんだよ…それはね、二人がこの世の理が少しだけだけど引っ張り出されてるって事なの…それがどういう事かわかる?」

わかる気がした。
八龍で出会った「四宮先輩」…
彼女は生きたままこの世界から闇が支配する別次元へと引き込まれたのだという…
オレは答えた。

「はい…伊田さんはまだ糸は切れてないと言うてはりました…伊田さんのお陰で霊障は収まるかも知れないけど、このままならいずれはオレ等二人共、生きたままこの世から消える事になるかも知れないって事ですよね?」

そう答えたオレの隣で木林の顔色が変わった。

「わかってはいるんだね…あのね、伊田源二さんは若い頃に武市君の叔母さんの福子先生と一緒に筋海弘路師匠の元で修行した人で、霊力なら福子先生にも引けをとらない凄い人なの…あの源二さんが誤魔化すのが精一杯なんて…私が出る幕はなさそうだね…」

AYAさんの言葉に、自分がおかれている状況のヤバさを再確認し、オレも自分の顔色が変わるのを感じた。

「福子先生には話は通ってるんだよね?」

AYAさんは当然そうしているだろうという口調でまた尋ねてきた。
そうはしているが、叔母は多忙で来れないので、それまで何とか頑張れと指示を受けた旨を伝えた。

「そうなんだ…木林君を守ってる存在も抑えられるくらいで、伊田さんでも誤魔化すのが精一杯、もう霊体というより、神レベルの相手なのかも…たぶん福子先生も遠隔霊視でそれくらいは把握してると思う…福子先生は武市君を大事に思ってるから、多忙で来れないと言うのには何かワケがあるんだと思う…何か準備してるんじゃないかな…その呪詛の主と対決する為に…」

オレは、叔母は余計な事に首をつっこむ傾向にあるオレにお灸をすえる意味でも、こちらに来るのが遅くなると言ったのだと思っていたが、伊田さんとAYAさんの話を総合すれば、それは信憑性が高いと思った。
ワールドクラスの叔母が、対決するのに下準備しなければならない相手…あの老人から感じる圧倒的な「力」はさらにその信憑性を高いものにする。

「でもさ、こっちも大変なのよね…」

AYAさんの口調がまた変わった。
どうやら本題に入るらしい。

「私も今、絶賛霊障中なのよね…あはは…」

AYAさんの力ない笑いに木林が反応した。

「あ、AYAさん、何かあったんですか!?」

木林の声に反応したAYAさんは、一つ大きく息を吐くと、語り始めた。

「あの、北尾君の絵画なんだけどね…あれも私の想像の範疇を超えた大変な物だったの…あの絵画ね、私が信頼している京都の小さな神社の神主をやってるその人は、私や福子先生達とは力の出所が別系統なんだけど、福子先生に肩を並べるくらいの力の持ち主なの…その人に絵画を処分してもらおうとして、その神社に行ったんだけど…結論から言うと、こっちも処分はできなかったの…武市君、木林君、あれはね、やっぱり絵の具とかで描かれた物じゃなくて、念写された物だった…対象は無差別で、ただただ呪詛の念を呪術を使って形にした物…しかもその神主さんが言うには…あのね武市君、『魔星』って名前聞いた事あるかな?」

AYAさんも、オレ達と似た状況にあるという事に驚いた。
AYAさんはオレ達から見れば凄い力をもった霊能者だ。
そのAYAさんが霊障を受けている…しかし、それより『マセイ』と言うワードだ。
頭の中ですぐに『魔星』と変換できた。
名前というからには、人か物か、それとも組織か…
なぜか、そのワードを聞いた瞬間に心がざわついた。

「いえ、聞いた事はないと思うんですけど…何か嫌な感じする名前ですね…」

オレは思った事を率直に答えた。

「そうね…私も嫌な感じがしたの…その『魔星』と言うのはね、邪馬台国の卑弥呼が国を治める為に使っていた『鬼道』がそのルーツらしいんだけど…その『鬼道』の暗黒面のみを受け継いできた一団があるそうで、その一団がいつの頃からか『魔星』と呼ばれるようになったらしいの…」

邪馬台国?
卑弥呼?
それに鬼道?
何かの本で読んだ覚えはあるが、そんなものが実在すると思った事はなかった。
しかし、話を総合するに、あの絵画はその『魔星』と呼ばれる一団が作り出した呪物という事になるのだろうか?

「じゃあ、あの絵画はその魔星が作りだした物やと?」

そう尋ねたオレに、AYAさんはまた息を吐いてから答えた。

「そうらしいの…その魔星の正体は一切わからないらしいんだけど、北尾君が奈良で出会ったっていう老紳士は、少なくとも魔星と繋がりある人物なんじゃないかな…それとね…今、武市君達の状況を聞いて思ったんだけど…その八龍という場所で遭遇した老人、その老人も魔星と繋がりがあるんじゃないかな?」

それはオレも感じた。
隣で木林も激しく同意する意思を首を縦に振って表現している。

「で、武市君?今私京都のホテルから電話してるんだけど…明日、そっちへ行ってもいいかな?北尾君からまた話を聞きたいの…」

隣で木林がまた、激しく同意の意思を現している。
断る理由は何もない。

「わかりました。また明日迎えに行くんで、時間がわかれば連絡ください。」

オレは木林の意思も汲み取り、そう答えた。

「ありがとう!あ、源二さんも会えないかな?源二さんとも会って話したいし…」

伊田さんの体調が気になるが、ここは加わってもらった方がいいだろう。
そういえば、店に残してきた北尾が二日酔いになっていなければいいが…
まあ、二日酔いでも相手がAYAさんなら断る事はないだろう…

「わかりました。とりあえず、明日の朝、段取りしておきます。できればお昼過ぎくらいの方がいいかも知れないですね…」

AYAさんは少し明るい声で、

「うん、たぶんそうなると思う…もう三時半過ぎてるもんね…あははっ、ごめんね!」

と、可愛いらしい声出そう言った。
この人は、年上ながら本当に可愛いらしい。
隣で木林が可愛いさ余って悶絶していた…







2016年07月13日

扉シリーズ 第三章 第十三話 「敵」

翌朝、オレ達は午前十時頃に起床した。
伊田さんは、既に起床して朝食を用意してくれていた。
トーストで目玉焼きというオーソドックスな献立だが、食後に出されたコーヒーは絶品だった。
かなりいい豆が使われていると感じた。
そのコーヒーをすすりながら、オレ達は昨晩のAYAさんからの電話について伊田さんに話した。

「AYA?」

伊田さんは少し記憶の引き出しを整理している様子を見せた後にアッとした表情を見せた。

「AYAって、三角綾か!」

伊田さんは懐かしそうに笑う。

「三角はね、オレがまだ師匠の所にいた時…あいつはまだ中学に上がった頃だったかな…当時のあいつはまだ自分の霊感の鋭さが重荷になってる状態だった…その世話をしたのがオレと甲田だった…三ヶ月くらいだったけど、えらく懐いてくれてなあ…オレはその後に師匠の所を卒業して独立したんだけど、それから数回、また師匠の所で修業してたみたいだね…テレビで見たけど、今じゃ立派な霊能者だ…あいつ、綺麗になったなあ…昔は何か暗かったけどね…」

AYAさんの本名が「みかどあや」というのは、今知った。
中学に上がったくらいのAYAさん…今の素のAYAさんを知っているだけに、暗かったというのは想像もできない…

「しかし…魔星か…その名前は師匠から聞いた記憶あるよ…絶対に関わり合いになるなってね…」

やはり伊田さんもその名を知っていた。
しかし、関わり合いになるなという事は伊田さんの師匠ですら、その存在を危険視しているという事になる…

「で、三角がその絵画の処分を頼んだっていう神主、そいつにも心当たりがある…三角、あんなのとパイプがあるんだな…何をやってんだ、あいつは…」

その伊田さんの口ぶりから、その神主が何かあまり素性のよくない者である事が感じ取れた。
しかし、AYAさんは「信頼できる」と言っていたのだが…

「まあ、乗り掛かった船だしね、オレも同席させてもらうよ…形はどうあれ、成長した三角にも会いたいしね。」

と答えた伊田さんの目には、優しい色が浮かんでいた。

北尾には、木林が連絡をとった。
横で会話を聞いていると、やはり北尾は二日酔いのようだ。
しかし、AYAさんが来ると言った瞬間、北尾の声が変わったらしい。

木林と話しあい、会する場所はオレ達の大学の多目的ルームを借りる事にした。
うちの大学は入門が緩く、部外者であっても学生が同行し、身分証明さえ提示すれば簡単に入門できる。
しかも、多目的ルームはエアコン完備であるにも関わらず、どういうわけか、あまり利用者がいない。
大学にはオレが電話したが、やはり多目的ルームは空いていた。
そこを一時から七時まで利用時間いっぱいに押さえたので、ゆったりと話しができるだろう。

AYAさんからメールが来た。

『お疲れ様( ^ω^ )
1時15分くらいに火ノ根駅に到着できそうです。
お迎え、よろしくね♡』

そのメールを横から盗み見た木林が、

「そのメールはお前の携帯に届いたが、その内容はオレに向けてのものである」

と主張した為、とりあえず転送しておいてやった。

しかし、やはり霊障が収まっているようで、身体が軽い。
メンタルも上向きであるように感じる。

木林はタクシーを呼んで一時帰宅し、車を取りに行った。

そう言えば、美弓さんの姿はなく、オレは伊田さん宅で伊田さんと二人きりになった。

リビングで伊田さんとテレビを見ながらくつろいでいたが…

『冨ちゃん、聞こえるかい?』

伊田さんの『声』が頭の中に響いた。

『はい、聞こえてます…』

オレも伊田さんに向かって口を開かず答えた。

「やっぱり冨ちゃんはかなり強い力を秘めてるね…冨ちゃん、お母さんも霊感鋭いのかい?」

と伊田さんは口を開いた。

「そうですね…母親も若い頃は苦労してたみたいですけど…今はあまり感じなくなったと…」

オレも口を開いて答えた。
伊田さんは数秒黙り込んだ後、また口を開いた。

「やはり…冨ちゃんには吸収する力があるみたいだね…」

吸収する?
どういう意味だ?

その思いが顔に出たのか、伊田さんは少し微笑んだが、すぐに真剣な表情になり、

「冨ちゃんには、周りの霊的な力を吸収する特性があるように感じるんだよね…たぶんさ、お母さんの『力』も、長い時間かけて少しずつ冨ちゃんが吸収してきたんじゃないかな…」

そういう事か…
しかし、それはオレにとって良い事なのか悪い事なのか…

「その特性…オレ達の師匠と同じなんだよね…」

伊田さん、そして叔母達の師匠、確か「すじかいこうろ」師匠だったか…
そんな凄い人と同じ特性を持ってるっていうのか、オレが?

「だからさ、冨ちゃんはキチンと修業すれば、少なくとも甲田クラスの霊能者にはなれるんじゃないかな…まあ、それが善い事なのかどうかはわからないけどね…」

叔母がオレに修業しろというわけが少しわかった気がした。

「それとね…美弓の事なんだけど…」

美弓さん…
そう言えば昨晩、今日はオーディションがどうとか…
芸能関係の仕事をしているんだろうか…

「冨ちゃん、あいつと会って、何か感じなかったかな?」

美人である。
しかし、内面に何かを抱えているような…
心の中に影がさしているような…

「あいつはさ…ヤバイもんを背負って生まれちゃったんだ…」

ヤバイもん?

「あいつの母親…つまりオレの嫁さんだけど…智恵子って名前だったんだけど…智恵子は甲田の一族で、冨ちゃんとは親戚関係にあたるはずだ…」

えっ?
じゃあ美弓さんはオレと遠い親戚になるのか?
伊田さんもそうなるよな?
えっ?
そ、そうだったのか!?

「じゃあ、僕等は遠い親戚関係になるって事ですか?」

伊田さんはまた微笑んで、

「そうなるね…冨ちゃんはさ、こうろ一族について、何か知ってる事ある?」

また伊田さんの目が真剣な色になった。

「あ、まあ、霊感の鋭い人が多いとは聞いてますけど…ていうか、甲田の家って、何かあるんですか?」

良い予感はない。
しかし、知らねばならない、知りたいという欲求がフツフツと湧き上がった。

「やっぱり知らないか…オレも全部は聞かされてないんだけど…どうやら、甲田一族でも限られた人間にのみ口伝されているらしい事にだから…昨日オレ達が出会ったのにも、甲田一族の秘密に関わるそれの思し召しかも知れない…冨ちゃん、もしそれを聞きたいなら、オレの知ってる事は全て話す…でも、これを聞いたら冨ちゃんは霊能者への道を歩まざるを得なくなる…」

突然の伊田さんの告白…
頭の中で整理がつかない中、オレは人生を左右する選択を迫られた。
オレはその話を聞くべきか、聞かざるべきか…

時計に目をやると、もう12時を過ぎていた…






2016年07月14日

扉シリーズ 第三章 第十四話「敵2」

時計をみると、既に12時を過ぎている…
あまり時間はなさそうだ。
自分のこれからの人生を左右するような重大な話を今ここで聞くべきかどうか…
オレは答えを出せずに、ただ黙っているしかなかった…
その思いは伊田さんに伝わったようで…

「だよな…そうなって当然だよな…」

伊田さんは苦笑いをしながらそう言った。

「すみません…」

そう答えるしかないオレに、伊田さんはこう言った。

「謝る事ないよ…いや、謝らなきゃならないのはオレだよな…いきなりこんな話されて、すぐに対応できる奴なんかいないよね?ごめんな、冨ちゃん…でもさ、これだけは知っていてもらいたいんだ…美弓はね、一つの肉体に二体の霊が宿っている『フタナリ』として生まれてきたんだ…」

フタナリ?
『二成』か?
中国にそんな名前で、男女両方に変身できる妖怪みたいなのがいたような気がするが…
しかし、そんな自然の摂理に当てはまらない事があるのか?

「フタナリ…そんなん初めて聞きました…」

伊田さんは、オレの答えを聞いて一つうなづくと、話を続ける。

「フタナリ…それは自然の摂理に反する不自然な現象…不自然という事は、そこに何者かの意思が働いているはずだ…その何者かってのが、甲田一族の『敵』なんだよ…」

甲田一族の『敵』?
興味がそそられてならないが、それは今聞くべきではない事を、伊田さんの目が語っている。

「で、その『敵』の意思によって、美弓は…いや、甲田一族には常に『フタナリ』が存在している…『フタナリ』は一つの肉体に二体の霊体が宿ってるわけなんだけど…その片割れがヤバイのさ…おそらく、奴はオレ達とは起源が違うんだと思う…」

奴?
起源が違う?
全く意味がわからない…

「あの、それはどういう意味なんですかね?」

オレは声に汗をかきながら伊田さんに尋ねた。

「あ、悪い悪い…これ以上しゃべると全部しゃべっちまう事になりそうだ…この話はここまでにしとこうか?本当に悪いな、冨ちゃん…」

伊田さんがまた苦笑いしながら黙り込んだ。
気になって仕方ない…
あの美人の美弓さんの中に、美弓さん以外の得体の知れないヤバイ奴が潜んでいるという事だが…
正直、荒唐無稽で信じられない話だ。
しかし、伊田さんの口から出たからには、それを信じざるをえない…
伊田さんのいう『奴』や『敵』という存在…
オレの母方の甲田一族にはどんな秘密があるのか…
また、オレが受けている呪詛、伊田さんとの出会い、AYAさんの話に出た『魔星』…
その状況の中で伊田さんが知っているという『甲田一族の秘密』…
その全てがもし、繋がっていたとしたら…
やはり、オレは霊能者の道を歩むべきなのか…

オレの携帯が鳴った。
木林からの電話で、今伊田さん宅に到着したという。
伊田さんにそれを告げると、伊田さんは立ち上がり、

「よし、それじゃあ行こうか…」

と、少し微笑んだ。

木林は、黒いポロシャツに黒のチノパン、胸元には金のネックレスをぶら下げ、無論サングラスを装着している。
伊田さんは黒いサテンの半袖シャツと黒いスラックス、胸元には金のネックレス、さらに右腕には金時計、さらにサングラスを装着している。
黒ずくめの二人と一緒にいると、白いTシャツにデニムのオレは、さながらメンインブラックに捕獲された宇宙人の気分だ。

火ノ根駅には、15分程で到着した。
そろそろAYAさんが到着する時刻だ。

車から出て、オレ達は改札からよく見える場所でAYAさんを待った。

しばらくして電車が到着し、改札からぞろぞろと人が出てくる。
その中に、AYAさんを見つけた。

AYAさんはあの北尾の絵画の時にセミロングからショートカットになった。
それを楽しんでいるのか、髪の色がかなり明るくなっていたのと、絵画の時とは違い、ピンクのポロシャツと濃いめの色のデニム姿に白いスニーカー、背中にはリュックを背負っているというスポーティな出で立ちから、最初はAYAさんだとわからなかった。
しかし、全身から発せられる『AYAさんオーラ』が、彼女をAYAさんだと確信させた。
彼女もすぐにオレ達に気づき、少し手を振りながらこちらにかけよってくる。

「武市君、木林君、こんにちわ!
お迎えありがとうね!」

やはり、可愛い…
右手にはめたピンクのリストバンドが凄く新鮮だ。

AYAさんは伊田さんの方をむくと、

「源二さん、本当にお久しぶりです…その節は本当にお世話に…」

と頭を下げかけるが、

「馬鹿野郎三角〜堅苦しいのは嫌いなの知ってるだろ?」

と、AYAさんの頭に優しく手を置いた。

「えへへ、そうでしたよね!」

AYAさんは、頭を上げながらそう言って笑った。
伊田さんは三ヶ月くらいしか一緒にいなかったと言っていたが、この二人はその三ヶ月の間に、他人にはわからない堅い絆を結んだんだと思わせるやりとりだった。
しかし、

「三角、話には聞いてとけど、やっぱり面倒なもん抱えてきたな?」

と、伊田さんはAYAさんの頭に手を置いたままそう言った。
AYAさんは、

「はい…正直、かなり苦しんでます…」

と、深刻な表情で答えた。
近づいてわかったが、確かに芳しき『AYAさんオーラ』の中に黒く重い何かを感じる。

「AYAさん!ここ暑いんで、車へどうぞ!一刻も早く!」

満面の笑みでそう言う木林を見たAYAさんが、

「あははははっ!」

と笑った。

「どうしたんだよ、三角?」

AYAさんの頭から手を離し、伊田さんが目を丸くして尋ねた。

「あははははっ!だって、源二さんと木林君、黒すぎるでしょ!キャラ被ってるんだもん、あははははっ!」

口を押さえて爆笑するAYAさんの可愛いさに、オレは鼻の穴を膨らませた。

オレ達は車に乗り込み、オレ達の大学『泉修大学』へと向かった。

火ノ根駅からは車で15分ほどかかる。
これから重苦しい話になることを皆が分かっている為か、車内ではみな、努めて明るく振舞った。
AYAさんが伊田さんといた時のエピソードが話題の中心だった。
当時のAYAさんは、いつも上目遣いでオドオドしていて、後ろに立つだけでビクッと怯えてしまうキャラだったと言うのは、にわかには信じられなかった。
当時は自分の霊感の鋭さを周囲に理解されず、変人扱いされていた為、自分に自信を持てなかったらしい。
それはオレにも覚えがあった。
霊感の鋭い者は、一度はそういう時期を通るという。

大学の門で車が止まった。
オレと伊田さん、AYAさんが車外に出て入門手続きを済ませた。
守衛の尾津さんは明らかに七十を過ぎたお爺さんであるが、なかなかの笑いのセンスを持っていて、学生から人気がある。

「お姉ちゃん、えらいべっぴんやしょ〜!モデルさんか何かけ?」

尾津さんがAYAさんに方言バリバリで声をかけた。

「そう見える?ありがとう〜!」

AYAさんは凄く機嫌よさそうに見えた。

駐車場に車を止めると、オレ達は多目的ルームのある第五校舎に向かう。
夏休みももう終わりだが、やはりまだ学生はまばらだ。

第五校舎には多目的ルームの他、喫茶スペースもある。
オレ達はそこでアイスコーヒーを購入した後、多目的ルームへと向かった。

「でっかい大学だね〜」

AYAさんがキョロキョロしながらつぶやいた。

「でっかいだけで、中身スッカラカンですわ!」

木林がおどけてそう答える。
しかし、何故か伊田さんは無言で、何か緊張感が漂っている。

「伊田さん、どうかしました?」

オレは何の気無しに伊田さんに尋ねてみた。
伊田さんは一瞬の間の後、

「いや、何でもないよ?」

と答えたが、何故か伊田さんのリアクションが気になった。

オレ達は多目的ルームに到着した。
白壁に浮かぶ赤いドアが目立つ。
木林がドアを開けると、中から冷気が漂ってきた。

ルーム内は口の字型にトレニアが配置されており、パイプ椅子が置かれてある。部屋の奥の壁にはホワイトボードが設置されており、それをバックに北尾が席に着いていた。
北尾はやはり二日酔いだと言う顔色をしてはいるが、右手を上げて

「ジャンボでっさ!」

と、スワヒリ語で挨拶した。








2016年07月15日

扉シリーズ 第三章  第十五話 「敵3」

スワヒリ語で挨拶した北尾に、木林がツカツカと足音を立てて近づく。

「痛たたたっ!」

木林は何の躊躇もなく北尾の右耳をつかむと、それを引きちぎらんばかりに引っ張った。

「ストップ!や、やめろ!離せでっさ!」

北尾は引っ張っられる激痛を和らげるべく、立ち上がり木林に身体を寄せる。
尚も北尾の右耳を引っ張っり続ける木林。

「その顔色、昨晩はさぞかしエンジョイしたのやろ?ん?言うてみ?」

北尾はなかなかの酒豪である。
その北尾が二日酔いになるまで飲んだと言う事は、それだけ楽しんだと言う事である。
それに比べ、霊障、さらにオレとの混浴や布団を並べた木林…
なにより、「ジャンボ」というスワヒリ語がいけなかった…
木林は、その体内にくすぶるやり場のない怒りを、ついに吐き出したのだ、北尾の右耳に…

「き、木林君!離してあげて、耳が千切れちゃうよ!」

AYAさんがオロオロした声で木林にそう言った。
木林はその声に反応し、北尾の右耳から手を離した。

北尾の右耳は、真っ赤に変色している。

「マイイヤーイズベリーホット!ベリーホットでっさ!」

かなりの痛みのはずだ…
北尾はふざけているのではない。
元々こんな奴で、これでも本当に痛がっているのだ。

「ヘイ木林て!お前はオレの右耳に何か怨みでもあるのか!?」

北尾が右耳を抑えながら木林に怒鳴る。
しかし木林は涼しい顔で、

「ジャンボとか、ふざけた挨拶するさかいよ…お前何人な?」

と、また北尾の右耳に手を伸ばす。

「待て!待つでっさ木林!そうとも、オレの名は北尾公貴!お前と同じ日本人でっさ!」

北尾は右耳をガードしつつ、サイドステップで部屋の隅に避難した。

「ちょっ、おまえ等よ、レクリエーションはそこまでにして、とりあえず座ろうや…」

二人のやりとりに呆気にとられている伊田さんとAYAさんに悪い気がして、オレは席に座った。
続いて伊田さんとAYAさんも席に座り、AYAさんが、

「凄いレクリエーションだね?」

と、小声で尋ねてきた。

「高校の時からこんなんですよ…北尾の右耳は木林の所有物ですからね…」

オレはニヤニヤしながらAYAさんにそう答えた。

「な、仲がいいんだね…はははっ」

AYAさんは苦笑いで返してきた。

北尾の右耳はまだ熱かろうが、ルーム内は非常に快適な温度である。
早めに到着した北尾、なかなかグッジョブである。
しかし、オレにもそこはかとない怒りがあったので、それを口にはしなかった。
理不尽なのは百も承知だが、ここは北尾に泣いてもらおう。

「さて、とりあえず…AYAさんの話からお願いできますか?」

AYAさんはアイスコーヒーに口をつけたまま、コクンとうなづいた。
やはり、男心をくすぐる可愛らしい仕草である。

「えっとね…源二さんは北尾君の絵画の話聞いてます?」

AYAさんは伊田さんに尋ねた。

「今朝聞いたよ…お前が高校の時に見たやつと同じなんだろ?」

伊田さんはサングラスを外しながらそう聞き返した。

「はい…あの絵画は描かれた物じゃなくて何者かがキャンバスに念写した物で…あ、北尾君はこの話聞いてるのかな?」

そう言うAYAさんの視線の先には北尾の右耳があった。
北尾は右耳を赤く腫らしながら答えた。

「はい、今朝木林から話は聞かせてもらいましたでっさ…しかし、あれが念写された物とは…確かに、何の塗料で描かれているのかわからない色あいだったようには思うでっさ…」

北尾は美術に対して造旨が深い…
絵画に対して素人であるオレには、その北尾の言葉を素直に受け取れた。

「源二さんは、そんな念写みたいな物に関わった経験あります?」

AYAさんは北尾の言葉を受けて、伊田さんに尋ねた。

「文字や風景を念写した物に関わった事はあるけどな…話を聞く限り複雑な絵だよな…正直、そこまでできる奴なんか…なかなかいないだろうな…」

なかなかいないだろうな…の前にできた間の意味が気になったが、今はそこを掘り下げる必要はないだろう…

「そうですよね…念写って、断片的な記憶とか思いとかを焼き付けるのが精一杯だと思うんだけど…あの絵には、確固として意思がありました…」

AYAさんの可愛らしい目に、嫌悪の色が見えた。

「意思?」

伊田さんがAYAさんの言葉の意味を尋ねる。

「はい…おそらく念写の主はその絵画の中心にいる男…お前等の生命なんかどうとでもできる…お前らもこうしてやろうか?という邪悪な意思…あんな絵画を飾ってたら、必ず殺人衝動に支配されてしまう…中心の男『正一』は、それを楽しんでいるんです…」

待て…
『正一』?
何で名前が分かってるんだ?

「『正一』?AYAさん、名前分かったんですか?」

オレより先に木林がそこを突っ込んだ。
AYAさんはゆっくりと首を縦に振る…

「うん…京都の神主さんの話したでしょ?」

AYAさんは真剣な声でそれに答えた。

「土雲か?」

伊田さんが怒気を孕んだ声で、AYAさんに尋ねる。
AYAさんは横目で伊田さんを見ながら、申し訳なさそうに首を縦に振った。

「土雲なんて、外道じゃねえか…筋海一門が関わっていい人間じゃねえぞ?」

伊田さんはやれやれという口調だ。
さっきもそんな事を言ってたな…

「分かってます…でも…あの人は土雲の中でもまた、異質な人なんです…」

いや、わからない。
その土雲?
何なんだ、それ?

「あの…ツチグモって?」

オレは二人の会話に割って入った。
伊田さんは一つ溜め息をついた後、教えてくれた。

「京都に土に空の雲って書いて土雲神社って小さい神社があるんだが…そこを本拠地にしてる霊能者の一団があるだよ、そいつ等が『土雲』…でも本当は土に虫の蜘蛛って書くんだよ…」

土蜘蛛か…

「あ、それなら知ってるでっさ!古事記に出てくる妖怪でっさ!」

やけに元気な声だ。
どうやら北尾の二日酔いは木林に耳を引っ張られた事で吹き飛んだらしい。

「まあ、妖怪みたいに書かれてるけど、大和朝廷に逆らった少数部族の総称やって言われてるなあ…」

木林が北尾の言葉を捕捉した。
オレも何かの書物でそんな事を目にした記憶がある。

「その通り…しかし、そのっ土蜘蛛っていう奴等は、妖怪扱いされてるように、異能者の集団だったそうなんだ…」

異能者?

「伊田さん、異能者って?超能力者みたいなもんですか?」

木林が伊田さんに尋ねた。

「みたいなもんだと聞いてる…古事記では滅ぼされた事になってるけど、そんな異能者達がアッサリ滅ぼされるはずもなく、その土蜘蛛の末裔達が『土雲』…オレ達筋海一門とは力のルーツが違う一団…奴等は金次第で何でもする…呪殺さえ請け負う危ない連中なんだ…三角、師匠から聞いてるはずだぜ、奴等とは関わるなって?」

伊田さんの声には『理由を話せ』という意思が込められていた。

「二年程前なんなんですけど…私、福子先生の代理で京都のさる富豪の方の除霊に行ったんです…そこで、私、油断してしまって…その霊を祓うどころか、飲まれてしまったんです…結果はどうあれ、その方から霊を離す事はできたから、私はホテルに戻りました…」

『飲まれる』とは、霊能者の世界では『取り憑かれる』事を意味する。
しかし、油断していたからといって、AYAさんが飲まれるなんて、相当強力な奴だったんだろう…
AYAさんが話を続ける…

「それで私、凄い重い霊障を受けてしまって…女性の霊だったんだけど、完全に支配されてしまって…正直、その夜から数日間自分が何をしていたのか、全く記憶がないんです…で、気がついたら、目の前に晴明さんがいて…」

ハルアキ?
男の名前だ…
木林が強く反応したのを、空気が伝えてきた。

「土雲晴明さん…その人が京都の街を彷徨っていた私を助けてくれました…源二さん、私、土雲と関わったらいけないって分かってました…でも、晴明さんは聞いてた土雲のイメージとは真逆の、とってもいい人なんです!源二さんや福子先生と比べても遜色ない力も持っているし!」

必至なAYAさんの口調から、木林が落胆しそうな雰囲気を感じた。
伊田さんが一際大きく息を吐いた後、ボソッと呟いた。

「惚れたな、三角?」

木林の声なき絶叫がルーム内にこだました…

「かも、知れないです…でも源二さん!晴明さんは本当にいい人なんですよ?霊視が得意で、何人もの人を救ってるし、御礼なんか頂かない事もあるし…」

AYAさんがその晴明とやらを褒めるたびに木林のテンションが下がっていく…オレも何やら、そいつが嫌いになっていく。

「で、その晴明さんに北尾君の持っていた絵画を視てもらったんです…晴明さんが言うには、その絵には幾十にもプロテクトがかかっていて、それを擦り抜けてようやく見えたのが『正一』という文字…おそらくそれが絵の中心の男の名前だろうと…」

正直、『正一』などどうでもよかった。
おのれ…!
おのれ土雲晴明め!
なんて羨ましい奴なんだ!
もしかして、霊能者はモテるのか?
やはりオレも霊能者への道を歩むべきなのか!?









2016年07月16日

扉シリーズ 第三章 『呪詛』第十六話 「敵4」

土雲晴明…
何て腹の立つ名前なんだ!
どうせアレだ!
女性にモテたいが為に霊能者になったに決まっている!

「正一か…で?その土雲の優男が言ってたのか、そいつが『魔星』と関わりがあるんじゃないかって…」

そういう伊田さんの言葉も、凄まじいスピードで怒りに支配されていくオレの精神には半分程度にしか届かない。

AYAさんは、伊田さんの言葉に一つうなづいてから話を続けた。

「晴明さんは、『魔星』のメンバーと思われる人間と面識があるらしいんです…北尾君?」

AYAさんから突然名前を呼ばれた北尾は、

「は、はい?な、何でっさ?」

と頭の天辺から声を出して答えた。

「北尾君…那良で老紳士と出会ったって言ってたらしいじゃない?あれから思い出した事って、何かないかな?」

じっと見つめるAYAさんの視線に緊張しながらも、北尾は記憶を辿る。

「あの日は…那良の亜祖香古墳に観光に出かけたのでっさ…そこでその老紳士から声を掛けられて…ルックスはかなりの高齢ながらもダンディな出で立ち…何の話をしたのかは正直な所、記憶の彼方なのでっさが…右目の端にアザがあったのが妙に気になったのを思い出したでっさ…」

アザという言葉に、AYAさんが反応した。

「どんな形のアザだった!?」

AYAさんの気迫に北尾は完全に気圧されながらも、

「どんな形と言われても…強いて言えば、黒い星型…」

と言いかけた瞬間、

「それよ!その老紳士が魔星のメンバーの一人、ゼオンだわ!」

ゼ、ゼオン!?
その老紳士らしからぬ名前に怒りに支配されていたオレは我に帰った。

「ゼ、ゼオン…」

もしその老紳士が魔星のメンバーであるなら、北尾はそのゼオンと直接会った事になる。
北尾の頭の中で『老紳士』と『ゼオン』が繋がらないのだろう、北尾は珍しくひきつった笑いを浮かべながら、そう呟いた。

「晴明さんは言ってた!魔星のメンバーには身体の一部に黒い星型のアザがあるって…晴明さんも高校生の時に、そのゼオンと会った事があるらしいの…」

オレ達の事は置き去りにして、AYAさんは少し興奮しているようだ…

「ゼオンねぇ…そいつ何人なんだよ?」

伊田さんがオレはもとより、木林、北尾も気になっているであろうことを代弁してくれた。
AYAさんは、しばしの沈黙のあと、伊田さん…いや、オレ達の問いに答えた。

「晴明さんは言ってました…魔星のメンバーは何人でもない…人間であるかどうかも怪しい、私達とは異質な存在らしいんです…」

異質な存在?
この二日間で「異質」というワードを度々耳にする。
「異質」って何なんだ?
「性質を異にする」と意味なのだろうが、何が違うと言うのか…

「晴明さんこうも言ってました…彼等は、何か私達の世界とは違う異世界の存在の意思を代行する執行者なんじゃないかって…」

異世界?
土雲晴明とやらの頭脳はかなり前衛的であるようだ。
二人の霊能者を前にして、更に自らも霊感が鋭いオレがこんな事を思うのは筋違いかも知れないが、そんな漫画やアニメみたいな連中がこの世に存在するとは思えない…
しかし、気になるのは伊田さんのリアクションだ。
やけに真剣な空気を醸し出している…

「まあ、話は分かった…でも、そのゼオンと、件の絵画の正一って奴に何の繋がりがあるんだ?」

伊田さんは少し前のめりの姿勢になってAYAさんに問いかけた。

「あの絵画の中心にいる『正一』と思われる男…あの絵をよく見ると、その男の額にあるんです…黒い星型のアザが…」

そういえば、あったような無かったような…
全体のインパクトが強すぎて、男の輪郭の中までは覚えていないが…

「三角…確かに、筋海師匠も魔星のメンバーについてそんな事を言ってた…で?結局、お前は何をどうしたいんだ?」

伊田さんが確信をつく問いかけをした。

「源二さん…私、何故かはわからないんですけど、あの絵画と私の間には、何か因縁があるような気がするんです…いえ、私自身というより、三角家に…」

AYAさんは、一層真剣な表情でそう答えると、リュックから何かを取り出した。
それは、一冊の分厚く、豪華に装飾された本だった…
表紙にタイトルが打たれてあるが、どこの国の文字かわからない
複雑な文字である為、何と書かれてあるのか検討もつかない…

「これは私の実家三角家に伝わる書物で『闇黒経』と呼ばれています…いつ、誰が書いたのか、誰が装丁したのか、全くわかりません…でも、ここを見て…」

そう言ってAYAさんが指差したのはタイトルの下の部分…
そこには黒い星が六つ記されている…

「これは写本なんだけど、私の祖母から聞いた話では、この本の本物は世界に六つあるらしいんです…祖母は言ってました…例え写本でも、絶対に中身を読んではいけない…読めば必ず気が狂うって…確証はないんだけど…これは魔星のメンバーにとっての聖典なんじゃないかと…」

AYAさんの声には、決意が込められているように感じた…
この人は、その魔星と戦うつもりなのか?
しかし、いくら因縁を感じるからと言っても、そんなヤバそうな連中と戦う事に何の意味がある?
そうしないと、霊障が消えないからか?

「私は、この本について調べてみようと思っているんです…晴明さんと一緒に…」

木林が立ち上がる。

「いや、ちょっと待ってくださいよ!その本読んだら絶対に気が狂うんでしょ?ダメっすよ、AYAさん!」

木林の言葉に伊田さんがかぶせる。

「キバちゃんの言う通りだ…やめとけ三角!」

しかし、AYAさんは首を横に振る…

「いえ、私やります。武市君、木林君、北尾君、それに源二さん…そして美弓ちゃん…みんな、たぶん繋がってるんです…魔星という存在によって…それで…みんな、京都へ行ってみない?晴明さんに会ってもらいたいの、みんなに…」

絶対に会いたくない!
しかし、会わねばならない気がする…
オレは、幼い頃から漠然と感じていた事がある…
この世には、オレ達人間の理解の範疇を超えた存在がある。
その存在は、決してオレ達の味方ではない…
その正体を、オレ達はいつか必ず知らねばならない…
理由はわからない。
しかし、何故かそう感じるのだ…
もしかしたら、今、オレは…いや、オレ達は、その存在の正体を知る為に開けなければならない『扉』の前に立っているのかもしれない…






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