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2016年11月13日
扉シリーズ第五章 『狂都』第十六話 「金剛界」
その背後に燃え盛る太陽の如き後光を背負う武市を遠目に見やりながら、
「お喋りを楽しみたい所ですが、この場を納めねばそれも叶わぬようですな…」
とゼオンが呟いた瞬間、その眼前に武市がいた。
武市は無言が無言で鉄塊のような右拳を繰り出す。
しかし、ゼオンの前に黒い渦のような者が現れ、武市の右拳はその渦に飲まれた。
すると、ゼオン達から遠く離れた所、立ち並ぶビルや商店が瞬時にして轟音を立てて崩れ、瓦礫の山と化した…
構わず左拳も繰り出す武市。
しかし、それも渦に飲まれ、また別の離れた場所が、轟音を立てて崩れた。
武市はそこで一度間合いをとって、両者は睨み合う形となった…
巨大な霊圧の激しい動きにより一瞬意識が飛んでいた木林と翔子の目に、今起こった破壊の光景が映り込む。
「い、一体何が…?武市君?」
翔子はその破壊が武市の仕業であると瞬時に理解した。
「ちょっ!ゼオンのオッサン!これ解いて!お願いやからこれ解いて!」
木林が足を上げたままの姿勢でゼオンに叫んだ。
「そうですな…そのままでは貴方、死にますな…」
ゼオンがそう呟くと、木林を縛っていた糸のようなモノが切れたような感覚がして、木林は自由になった。
しかし、武市の巨大な霊圧により立っていられない。
しかも、金縛りのまま霊圧を受けていた為、そのダメージは翔子よりはるかに大きかった…
「ア、アカン…身体、動かん…」
木林はその場に崩れ落ちる。
「き、木林君!」
翔子がそう叫ぶが、木林はそれに答える事もできなかった…
『これほど直接的に金剛界を垂れ流されては我が領域のみならず、この二人の生命が砕け散るのも時間の問題…されば致し方無し!』
ゼオンはそう意を決すると、眠たそうな半開きの目をカッと見開いた!
それと同時に、狂都の町が真っ黒に変わる…
「な、何をする気なの!?」
周囲の変化を察し、翔子が声を上げた。
「黙っていなさい!貴方方二人を救う為だ!」
救う?
ゼオンが私達を?
理解できぬ翔子だったが、ゼオンの表情と声色から、それが嘘ではないと感じ、全てをゼオンに任せる事にした。
どのみち、今の自分には何もできない…
狂都の街…いや、ゼオンが作り出したこの世界そのものが真っ黒になり、地面が、建物が、植物が…その全てが闇の粒子へと変化し、それらが吸い込まれるように武市に向かい収束していく…
闇の粒子へと変化した場所は、セピア色に変わっていった…
まとわりつく闇を嫌うように、武市は腕を振り回して、それが近づくのを遮るが、まるで砂嵐のように武市にまとわりつく闇の粒子はその数と勢いで武市を圧倒している…
翔子には感じとれていた。
あの闇の粒子の一粒一粒は先程現れた象を形成していたモノと同一…つまり、怨念だ。
しかし、その念は人間だけのものではない…
獣や魚、昆虫…それによくわからない未知の生物のイメージまで翔子の頭の中に浮かんでくる…
この世界の正体が理解できた。
志村は『地獄』だと言っていたが、それは正しい表現だ…
確かダンテの『神曲』で最も罪深い者達が落ちる地獄の最下層は、動くモノ一つない氷漬けの世界であると表現されていたが、この『地獄』はそれに近い感覚をおぼえる…
氷漬けではないが、先程の象は例外として、ここに辿り着いた怨念はただじっとここで、こうしているのだろう、悠久の時を…
そこに救いは存在するのだろうか?
いつか報われる日がくるのだろうか…?
翔子はゼオンを見やる。
この人物…いや、自らを天神と称する人の姿をした神格は、この怨念達に救いをもたらす事ができるのだろうか?
いや、もとよりそんな事は意に介していないのかも知れない
神格が慈愛の心を持つ等、人間の希望でしかないのだ…
一度死んだ自分に生命を分け与えた、あの『明王様』からも慈愛は感じなかった…
あるのは『己の意思の執行』、つまり『欲』だけなのかも知れない…
『意思』には必ず、善悪を超越した『欲』がある…
いや、『欲』から『意思』が生まれるのか…
翔子は無限に湧き出るように武市にまとわりつく闇の粒子を眺めながら、呆としてそんな事を考えていた…
闇の粒子達は武市から放たれる光に次々と溶けていく…
まるで羽虫が本能的に光に群がるように、自ら光に飛び込み、消えていくのだ…
光に照らされた影が消えるのは自然の摂理だ…
しかし、影、つまり闇とはそれを生み出す存在が必ずある。
それが生み出した闇が消えたとて、生み出したそれに何か変化が起こるものなのか…?
しかし、その闇のみで形成されたこの世界には変化が見えている…
全てが闇の粒子へと変化していく中、狂都の街を模倣していた世界はフラットなセピア色の無味無臭な世界へと変貌…いや、還っていく…
これがこの世界の真の姿なのだ…
このような世界が存在する理由はない…
ここはおそらく、ゼオンが作り出した世界ではなく、ゼオンの中だ…
思えば、高速を走行中、あの暗闇の中で現れたゼオンの姿を見た時に、すでにゼオンに飲まれていたのだ…
物理的にも霊的にも説明する事はできないが、おそらく…いや、絶対にそうであると、翔子は確信した。
「御名答…その通りですよ、お嬢さん…」
翔子の思考を読んだのか、ゼオンがそう口を開いた。
もはや、そんな事は不思議でもなんでもない事だった…
「それに至っては、もう貴女方を縛る事は叶いませんな…いや、その力さえ私にはもう残されていない…」
突然、ゼオンの姿がテレビの映像が乱れるようにグニャリと歪んだ…
次の瞬間、
「うわっ!」
木林が声を上げた。
木林の眼前には高速道路が広がり、隣を猛スピードで追い抜いていく車が見えた。
両手はハンドルを掴み、ルームミラーには目を見開いて前方を凝視している翔子と、眠っているのか、下を向いている武市の姿が見える。
そして、隣の助手席には、ゼオンが座っていた…
続く
「お喋りを楽しみたい所ですが、この場を納めねばそれも叶わぬようですな…」
とゼオンが呟いた瞬間、その眼前に武市がいた。
武市は無言が無言で鉄塊のような右拳を繰り出す。
しかし、ゼオンの前に黒い渦のような者が現れ、武市の右拳はその渦に飲まれた。
すると、ゼオン達から遠く離れた所、立ち並ぶビルや商店が瞬時にして轟音を立てて崩れ、瓦礫の山と化した…
構わず左拳も繰り出す武市。
しかし、それも渦に飲まれ、また別の離れた場所が、轟音を立てて崩れた。
武市はそこで一度間合いをとって、両者は睨み合う形となった…
巨大な霊圧の激しい動きにより一瞬意識が飛んでいた木林と翔子の目に、今起こった破壊の光景が映り込む。
「い、一体何が…?武市君?」
翔子はその破壊が武市の仕業であると瞬時に理解した。
「ちょっ!ゼオンのオッサン!これ解いて!お願いやからこれ解いて!」
木林が足を上げたままの姿勢でゼオンに叫んだ。
「そうですな…そのままでは貴方、死にますな…」
ゼオンがそう呟くと、木林を縛っていた糸のようなモノが切れたような感覚がして、木林は自由になった。
しかし、武市の巨大な霊圧により立っていられない。
しかも、金縛りのまま霊圧を受けていた為、そのダメージは翔子よりはるかに大きかった…
「ア、アカン…身体、動かん…」
木林はその場に崩れ落ちる。
「き、木林君!」
翔子がそう叫ぶが、木林はそれに答える事もできなかった…
『これほど直接的に金剛界を垂れ流されては我が領域のみならず、この二人の生命が砕け散るのも時間の問題…されば致し方無し!』
ゼオンはそう意を決すると、眠たそうな半開きの目をカッと見開いた!
それと同時に、狂都の町が真っ黒に変わる…
「な、何をする気なの!?」
周囲の変化を察し、翔子が声を上げた。
「黙っていなさい!貴方方二人を救う為だ!」
救う?
ゼオンが私達を?
理解できぬ翔子だったが、ゼオンの表情と声色から、それが嘘ではないと感じ、全てをゼオンに任せる事にした。
どのみち、今の自分には何もできない…
狂都の街…いや、ゼオンが作り出したこの世界そのものが真っ黒になり、地面が、建物が、植物が…その全てが闇の粒子へと変化し、それらが吸い込まれるように武市に向かい収束していく…
闇の粒子へと変化した場所は、セピア色に変わっていった…
まとわりつく闇を嫌うように、武市は腕を振り回して、それが近づくのを遮るが、まるで砂嵐のように武市にまとわりつく闇の粒子はその数と勢いで武市を圧倒している…
翔子には感じとれていた。
あの闇の粒子の一粒一粒は先程現れた象を形成していたモノと同一…つまり、怨念だ。
しかし、その念は人間だけのものではない…
獣や魚、昆虫…それによくわからない未知の生物のイメージまで翔子の頭の中に浮かんでくる…
この世界の正体が理解できた。
志村は『地獄』だと言っていたが、それは正しい表現だ…
確かダンテの『神曲』で最も罪深い者達が落ちる地獄の最下層は、動くモノ一つない氷漬けの世界であると表現されていたが、この『地獄』はそれに近い感覚をおぼえる…
氷漬けではないが、先程の象は例外として、ここに辿り着いた怨念はただじっとここで、こうしているのだろう、悠久の時を…
そこに救いは存在するのだろうか?
いつか報われる日がくるのだろうか…?
翔子はゼオンを見やる。
この人物…いや、自らを天神と称する人の姿をした神格は、この怨念達に救いをもたらす事ができるのだろうか?
いや、もとよりそんな事は意に介していないのかも知れない
神格が慈愛の心を持つ等、人間の希望でしかないのだ…
一度死んだ自分に生命を分け与えた、あの『明王様』からも慈愛は感じなかった…
あるのは『己の意思の執行』、つまり『欲』だけなのかも知れない…
『意思』には必ず、善悪を超越した『欲』がある…
いや、『欲』から『意思』が生まれるのか…
翔子は無限に湧き出るように武市にまとわりつく闇の粒子を眺めながら、呆としてそんな事を考えていた…
闇の粒子達は武市から放たれる光に次々と溶けていく…
まるで羽虫が本能的に光に群がるように、自ら光に飛び込み、消えていくのだ…
光に照らされた影が消えるのは自然の摂理だ…
しかし、影、つまり闇とはそれを生み出す存在が必ずある。
それが生み出した闇が消えたとて、生み出したそれに何か変化が起こるものなのか…?
しかし、その闇のみで形成されたこの世界には変化が見えている…
全てが闇の粒子へと変化していく中、狂都の街を模倣していた世界はフラットなセピア色の無味無臭な世界へと変貌…いや、還っていく…
これがこの世界の真の姿なのだ…
このような世界が存在する理由はない…
ここはおそらく、ゼオンが作り出した世界ではなく、ゼオンの中だ…
思えば、高速を走行中、あの暗闇の中で現れたゼオンの姿を見た時に、すでにゼオンに飲まれていたのだ…
物理的にも霊的にも説明する事はできないが、おそらく…いや、絶対にそうであると、翔子は確信した。
「御名答…その通りですよ、お嬢さん…」
翔子の思考を読んだのか、ゼオンがそう口を開いた。
もはや、そんな事は不思議でもなんでもない事だった…
「それに至っては、もう貴女方を縛る事は叶いませんな…いや、その力さえ私にはもう残されていない…」
突然、ゼオンの姿がテレビの映像が乱れるようにグニャリと歪んだ…
次の瞬間、
「うわっ!」
木林が声を上げた。
木林の眼前には高速道路が広がり、隣を猛スピードで追い抜いていく車が見えた。
両手はハンドルを掴み、ルームミラーには目を見開いて前方を凝視している翔子と、眠っているのか、下を向いている武市の姿が見える。
そして、隣の助手席には、ゼオンが座っていた…
続く