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2016年10月18日
扉シリーズ第五章 『狂都』第一話 「三角綾」
狂都駅から徒歩十分弱の場所にあるホテル『丸京』…
三角綾は、幼い頃から度々このホテルに宿泊している。
父親が大の狂都好きで、家族旅行は京都が多かった。
綾自身も、狂都に来ると何故か落ち着く。
また、父親と『丸京』の現オーナーが大学時代の親友で今も懇意にしている為、三角家の人間はVIP待遇なのである。
綾は、子供の頃からこのホテルのレストランのオムライスが大好物であった。
しかし、もう三日このホテルに滞在しているにも関わらず、綾はそのオムライスを食べていない。
食欲が湧かないのだ…
頭痛と嘔吐感が続き、綾はこのホテルの一室で寝たり起きたりを繰り返している。
明らかに『霊障』である。
本来なら、この程度の霊障なら自分の力で抑える事ができる。
しかし…
あの絵画に関わってから以降、急激に力が弱まっているのだ…
霊力=生命力である。
おそらく、呪詛によって生命力を奪われている事が、霊力の減少に繋がっているものと思われる。
土雲晴明の施した封印によって一時的に収まっていたのだが、それでも少しずつ綾の生命力を吸い取っていたのだ…
綾は気怠い身体をベッドに預け、眠っているような、起きているような、曖昧な状態で微睡んでいた…
突然、携帯が鳴った。
ディスプレイを見ると、その相手先の名前を見て、綾の気分は上向きになった。
綾は起き上がると、通話ボタンを押す。
「あ、三角〜?お久〜!」
中学時代からの綾の親友、佐山さつきである。
「佐山ぁ〜」
綾は甘えたような声で、抱きつくように第一声をあげた。
「アホ!佐山じゃねぇ、志村だよ!」
さつきの突っ込みに綾はハッとした。
そうだ、佐山さつきは幼馴染の志村さとしと結婚し、今は一児の母なのだ。
「あ、ごめんごめん、ついクセでさぁ!」
綾は体調不良の中、勤めて元気そうに振る舞う。
しかし、綾の細かいクセまで熟知しているさつきには、そんな素人芝居は通用しないのだ。
「三角…風邪ひいた?」
綾は、体調不良が声に現れるタイプだ。
鼻声っぽくなり、響にうっすらとノイズが走る。
「えっ?だ、大丈夫だよ?」
綾は、バレていると思いつつも、まだ芝居を続ける。
「アホ!相変わらずの大根だねアンタは…バレバレだっつうの!バレバレだっつうの!」
やはり、さつきには勝てない。
「…えへへ、バレるよね…うん、ちょっと霊障がキツくてね…三角綾ともあろう者が不覚をとってしまった…」
綾は正直に答えつつも、冗談を忘れない。
「アホ!自分で言うな!てか、アンタ今どこに居るの?」
さつきと話をしていると、学生時代もそうだったけど、姉か母親と喋っているような気分になる。
さつきはもう母親なんだから、それは当たり前の事かも知れないと綾は思った…
「今、狂都にいるの…」
綾の答えに、さつきはボリュームが上がる。
「き、狂都!?」
綾は耳から携帯を遠ざけた。
「狂都って、あの京都か!?」
興奮したさつきの鼻息の荒さが懐かしい気分にさせる。
「その狂都だよ。てか、狂都って狂都しかないでしょ?」
綾は笑気を漏らしながら、さつきにそう答えた。
「狂都狂都って何回も言いやがって…自慢ですか?自慢ですかぁっ!?」
さつきが唇を尖らせながらそう言っている姿が目に浮かぶ。
「あはは、でも残念、遊びに来たんじゃないだよね、コレが…」
綾の声のトーンが変わると、さつきもトーンを変えた。
「また厄介な事に足突っ込んでんだね…」
その声には、全部話せというさつきの意思が込められていた。
「うん…さや…うんにゃ、志村ぁ…高校の時のさ、あの絵の事覚えてる?」
綾の問いに、さつきは記憶の糸を手繰る…
糸は、三秒ほどで手繰り寄せられた。
「あ!あのヤバイ絵の事か!?何?あれなら処分したんじゃねえの!?」
さつきは鋭い。
綾が覚えているか尋ねただけで、今、綾がそれに関わり、それのせいで体調が悪いと言う事まで直感したのだ。
しかし、二人にとってそれは極自然な事なのだ。
「うん…あの絵はちゃんと焼く事ができた…実はね佐山…あっ…」
「佐山でいいよ…続けて…」
「実はね…あの後、似たような話を何回か聞いてたんだよ、ぜんぜん違う場所でね…」
「複数か、あれが!?」
「どうやらそうみたいなんだ…でね、つい先月の事なんだけど…佐山、甲田福子さん、知ってるよね?」
「もちろん存じておるよ〜アンタの憧れの霊能者さんだよね?」
「そう…その甲田福子さんの王阪の甥っ子さんの友達がね、どこからかあの絵を手に入れて、やっぱり憑かれてたんだよ…」
「どっからかって…絵が湧いて出てくるわけじゃなし…」
「いや、案外本当に湧いて出たのかも…」
「んなわけっ…あるかもなぁ…てか!やっぱ複数あるのか?あんな絵、何枚もいらねえよ!」
「同感だよ…佐山?これは私の仮説で、私が信頼してる神社の宮司さんも肯定してくれてる事なんだけどね…あの絵は、拡散系の呪詛なんだよ…」
「は?何?カク、サンケーノ、ジュソ?何語だよ、それ?」
「…佐山、切るよ?」
「悪かった…拡散系の呪詛ね…続き聞かせて…」
「うん。あれは描かれた物じゃなくて、キャンバスに念写された物みたいなんだ…誰が念写したのかは、まだハッキリしないんだけど…あの絵は、念写した人の願望か、どこかで見た光景を、呪詛と共に焼き付けたんだ…きっと…しかも…多分、それを拡散してる人物がいる…どうやっているのかはわからないけど…その人物と接触した人間の元に、あの日突然、あの絵が出現してるみたいなんだ…」
「…その人物、目星がついてるみたいだね?」
「…うん。あくまで目星だけどね…今狂都に来てるのは、その調査と…これ以上は言わない方がいいね…」
「…あ、あ、そうか…まあ、アンタがどんな事になろうが、私はアンタの味方…それは死ぬまで変わらんから、しっかり覚えとけ!」
「…ふふ、ありがとう…もちろん、それ私も同じだよ?てか、私の話ばっかりになっちゃったけど、何か話があったんじゃない?」
「そ、そうだ!三角ぉ、アンタさあ、ウチの旦那から何か連絡来てない?」
「さとし君?いや、別に来てないけど…あ、また居なくなった?」
「そうなんだよ!あの馬鹿亭主!また店放ったらかしにして帰って来ないんだよぅ!」
綾には、確かに連絡は来ていない…
しかし、綾には彼が何をしているのかは想像がつく。
さつきのの夫、さとしは、高校時代に心霊現象に巻き込まれ、その時に「力」に目覚めて以来、人知れず悪霊の類と戦っている事を、綾は知っていた。
しかし、さとしからそれを口止めされているのだ…
「どうせまた芽が出もしないバンド活動にうつつを抜かしてんだよ、絶対!もうアレだ!絶対離婚だ!」
「その台詞聞いたの何回目かな?てかさ、大悟君は元気なの?」
「ああ元気元気!もうヨチヨチ歩き始めたよ。てかさ、アンタ本当にあの馬鹿の居所知らないの?」
「だから、知らないって!あ、何?もしかして不倫を疑ってるとか?」
「気色悪い事言うな!想像したくもないよ、そんなの!全く、本当にどこほっつき歩いてんだろ…」
「大丈夫だよ、絶対帰ってくるから!さとし君、佐山が居ないと生きていけない人だよ?」
「なら出ていくなや!って感じだよ!まあ、何か知ってたら教えてよ?てか、案外そっちにいたりしてね…」
「あ、やっぱり不倫疑惑が…」
「だから違うって!なんかさ、そんな予感がしただけ…」
ギャー!!
「大悟!こけてんじゃないよアンタは!ダメだよ、激しくシャウトしてるよ!じゃ三角、また電話するわ!…無茶すんなよ…アンタはお嬢様育ちなんだから…」
「…ありがとう…うん、気をつける」
「じゃあ、またね?」
「うん、また…」
二人の会話は終わった…
綾は、少し生命力がみなぎるような感覚をおぼえた…
自分を大事に思ってくれている人間と心を通わせる事は、その人間の生命を強固にするのだ。
綾は、またベッドに身を預けた。
明日は、武市君達が狂都にやってくる…
それは、土雲晴明の計画がスタートする事と同義である。
必ず武市君と晴明を接触させねばならない。
自分の役割は重要なのだ。
綾は、少し軽くなった身体を起こし、シャワー室へと向かった。
シャワー室の姿見に映る自分を見ると、髪に銀色のものがチラチラとしている。
綾は、自分の生命がどこまで保つか…
と、考えると同時に、明日は朝一番でホテルの美容室に行かねばと、思った…
続く
三角綾は、幼い頃から度々このホテルに宿泊している。
父親が大の狂都好きで、家族旅行は京都が多かった。
綾自身も、狂都に来ると何故か落ち着く。
また、父親と『丸京』の現オーナーが大学時代の親友で今も懇意にしている為、三角家の人間はVIP待遇なのである。
綾は、子供の頃からこのホテルのレストランのオムライスが大好物であった。
しかし、もう三日このホテルに滞在しているにも関わらず、綾はそのオムライスを食べていない。
食欲が湧かないのだ…
頭痛と嘔吐感が続き、綾はこのホテルの一室で寝たり起きたりを繰り返している。
明らかに『霊障』である。
本来なら、この程度の霊障なら自分の力で抑える事ができる。
しかし…
あの絵画に関わってから以降、急激に力が弱まっているのだ…
霊力=生命力である。
おそらく、呪詛によって生命力を奪われている事が、霊力の減少に繋がっているものと思われる。
土雲晴明の施した封印によって一時的に収まっていたのだが、それでも少しずつ綾の生命力を吸い取っていたのだ…
綾は気怠い身体をベッドに預け、眠っているような、起きているような、曖昧な状態で微睡んでいた…
突然、携帯が鳴った。
ディスプレイを見ると、その相手先の名前を見て、綾の気分は上向きになった。
綾は起き上がると、通話ボタンを押す。
「あ、三角〜?お久〜!」
中学時代からの綾の親友、佐山さつきである。
「佐山ぁ〜」
綾は甘えたような声で、抱きつくように第一声をあげた。
「アホ!佐山じゃねぇ、志村だよ!」
さつきの突っ込みに綾はハッとした。
そうだ、佐山さつきは幼馴染の志村さとしと結婚し、今は一児の母なのだ。
「あ、ごめんごめん、ついクセでさぁ!」
綾は体調不良の中、勤めて元気そうに振る舞う。
しかし、綾の細かいクセまで熟知しているさつきには、そんな素人芝居は通用しないのだ。
「三角…風邪ひいた?」
綾は、体調不良が声に現れるタイプだ。
鼻声っぽくなり、響にうっすらとノイズが走る。
「えっ?だ、大丈夫だよ?」
綾は、バレていると思いつつも、まだ芝居を続ける。
「アホ!相変わらずの大根だねアンタは…バレバレだっつうの!バレバレだっつうの!」
やはり、さつきには勝てない。
「…えへへ、バレるよね…うん、ちょっと霊障がキツくてね…三角綾ともあろう者が不覚をとってしまった…」
綾は正直に答えつつも、冗談を忘れない。
「アホ!自分で言うな!てか、アンタ今どこに居るの?」
さつきと話をしていると、学生時代もそうだったけど、姉か母親と喋っているような気分になる。
さつきはもう母親なんだから、それは当たり前の事かも知れないと綾は思った…
「今、狂都にいるの…」
綾の答えに、さつきはボリュームが上がる。
「き、狂都!?」
綾は耳から携帯を遠ざけた。
「狂都って、あの京都か!?」
興奮したさつきの鼻息の荒さが懐かしい気分にさせる。
「その狂都だよ。てか、狂都って狂都しかないでしょ?」
綾は笑気を漏らしながら、さつきにそう答えた。
「狂都狂都って何回も言いやがって…自慢ですか?自慢ですかぁっ!?」
さつきが唇を尖らせながらそう言っている姿が目に浮かぶ。
「あはは、でも残念、遊びに来たんじゃないだよね、コレが…」
綾の声のトーンが変わると、さつきもトーンを変えた。
「また厄介な事に足突っ込んでんだね…」
その声には、全部話せというさつきの意思が込められていた。
「うん…さや…うんにゃ、志村ぁ…高校の時のさ、あの絵の事覚えてる?」
綾の問いに、さつきは記憶の糸を手繰る…
糸は、三秒ほどで手繰り寄せられた。
「あ!あのヤバイ絵の事か!?何?あれなら処分したんじゃねえの!?」
さつきは鋭い。
綾が覚えているか尋ねただけで、今、綾がそれに関わり、それのせいで体調が悪いと言う事まで直感したのだ。
しかし、二人にとってそれは極自然な事なのだ。
「うん…あの絵はちゃんと焼く事ができた…実はね佐山…あっ…」
「佐山でいいよ…続けて…」
「実はね…あの後、似たような話を何回か聞いてたんだよ、ぜんぜん違う場所でね…」
「複数か、あれが!?」
「どうやらそうみたいなんだ…でね、つい先月の事なんだけど…佐山、甲田福子さん、知ってるよね?」
「もちろん存じておるよ〜アンタの憧れの霊能者さんだよね?」
「そう…その甲田福子さんの王阪の甥っ子さんの友達がね、どこからかあの絵を手に入れて、やっぱり憑かれてたんだよ…」
「どっからかって…絵が湧いて出てくるわけじゃなし…」
「いや、案外本当に湧いて出たのかも…」
「んなわけっ…あるかもなぁ…てか!やっぱ複数あるのか?あんな絵、何枚もいらねえよ!」
「同感だよ…佐山?これは私の仮説で、私が信頼してる神社の宮司さんも肯定してくれてる事なんだけどね…あの絵は、拡散系の呪詛なんだよ…」
「は?何?カク、サンケーノ、ジュソ?何語だよ、それ?」
「…佐山、切るよ?」
「悪かった…拡散系の呪詛ね…続き聞かせて…」
「うん。あれは描かれた物じゃなくて、キャンバスに念写された物みたいなんだ…誰が念写したのかは、まだハッキリしないんだけど…あの絵は、念写した人の願望か、どこかで見た光景を、呪詛と共に焼き付けたんだ…きっと…しかも…多分、それを拡散してる人物がいる…どうやっているのかはわからないけど…その人物と接触した人間の元に、あの日突然、あの絵が出現してるみたいなんだ…」
「…その人物、目星がついてるみたいだね?」
「…うん。あくまで目星だけどね…今狂都に来てるのは、その調査と…これ以上は言わない方がいいね…」
「…あ、あ、そうか…まあ、アンタがどんな事になろうが、私はアンタの味方…それは死ぬまで変わらんから、しっかり覚えとけ!」
「…ふふ、ありがとう…もちろん、それ私も同じだよ?てか、私の話ばっかりになっちゃったけど、何か話があったんじゃない?」
「そ、そうだ!三角ぉ、アンタさあ、ウチの旦那から何か連絡来てない?」
「さとし君?いや、別に来てないけど…あ、また居なくなった?」
「そうなんだよ!あの馬鹿亭主!また店放ったらかしにして帰って来ないんだよぅ!」
綾には、確かに連絡は来ていない…
しかし、綾には彼が何をしているのかは想像がつく。
さつきのの夫、さとしは、高校時代に心霊現象に巻き込まれ、その時に「力」に目覚めて以来、人知れず悪霊の類と戦っている事を、綾は知っていた。
しかし、さとしからそれを口止めされているのだ…
「どうせまた芽が出もしないバンド活動にうつつを抜かしてんだよ、絶対!もうアレだ!絶対離婚だ!」
「その台詞聞いたの何回目かな?てかさ、大悟君は元気なの?」
「ああ元気元気!もうヨチヨチ歩き始めたよ。てかさ、アンタ本当にあの馬鹿の居所知らないの?」
「だから、知らないって!あ、何?もしかして不倫を疑ってるとか?」
「気色悪い事言うな!想像したくもないよ、そんなの!全く、本当にどこほっつき歩いてんだろ…」
「大丈夫だよ、絶対帰ってくるから!さとし君、佐山が居ないと生きていけない人だよ?」
「なら出ていくなや!って感じだよ!まあ、何か知ってたら教えてよ?てか、案外そっちにいたりしてね…」
「あ、やっぱり不倫疑惑が…」
「だから違うって!なんかさ、そんな予感がしただけ…」
ギャー!!
「大悟!こけてんじゃないよアンタは!ダメだよ、激しくシャウトしてるよ!じゃ三角、また電話するわ!…無茶すんなよ…アンタはお嬢様育ちなんだから…」
「…ありがとう…うん、気をつける」
「じゃあ、またね?」
「うん、また…」
二人の会話は終わった…
綾は、少し生命力がみなぎるような感覚をおぼえた…
自分を大事に思ってくれている人間と心を通わせる事は、その人間の生命を強固にするのだ。
綾は、またベッドに身を預けた。
明日は、武市君達が狂都にやってくる…
それは、土雲晴明の計画がスタートする事と同義である。
必ず武市君と晴明を接触させねばならない。
自分の役割は重要なのだ。
綾は、少し軽くなった身体を起こし、シャワー室へと向かった。
シャワー室の姿見に映る自分を見ると、髪に銀色のものがチラチラとしている。
綾は、自分の生命がどこまで保つか…
と、考えると同時に、明日は朝一番でホテルの美容室に行かねばと、思った…
続く