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2016年10月14日
扉シリーズ外伝『達磨亭奇譚6』
ドアの向こうは、更なる深い闇の世界だった…
闇が光を吸収するように、懐中電灯の光で照らされるのは、雅人と幸子のみである。
懐中電灯の光をが発する極々わずかな熱さえ、ここにいる『良くないモノ』が吸収しているのかも知れない…
足元から瓦礫を踏んだような音がするので、おそらく足場は悪い…
しかし、懐中電灯で照らしても、見えるのは自分の足元だけだ…
しかし、この獣臭さは何だ…?
犬でもない、猫でもない…
何か判別のつかない異様な獣の臭いが、この空間に充満している…
「この臭い…元は犬神の類か…」
幸子がボソリと呟く。
「い、犬神…?」
雅人が復唱するように尋ねた。
「うん…動物霊が雑多な霊的存在を取り込んで力を得た物をそう呼ぶの…その犬神が何らかの神格と結びついて、更なる力を得たモノ…それが、ここの主のようね…」
幸子の声に、今までにない緊張感を雅人は感じとった…
『我が聖域侵すは、何物ぞ?』
突然、雅人の頭の中に何者かの声が響いた。
その重苦しい声に、雅人は脳味噌が押しつぶされたような気がして、意識が飛びかける。
「雅人君!気をしっかり持って!」
幸子の声が切れかけた雅人の意識の糸を繋ぎ止めた!
雅人はウワッと声を上げて、何とか己を取り戻した。
『我が威に触れて飛ばぬとは女、汝、何処の神の威を借る者か?』
また頭に声が響いた。
雅人はまた意識が飛びそうになるが、何とか踏み止まった。
『神威』、とでも言うのだろうか…
その声を受け取るだけで、魂が抜けるような感覚に陥る…
やはり、敵は普通の霊体ではないのだと、雅人は改めて認識した。
幸子は雅人を気にしながらも、声の主の問いに答える。
「京の、呪神(とこいがみ)…」
雅人は、幸子の答えに、周囲を包む闇が少しざわめいた気がした。
『その名を知らぬ我ならじ…呪神の眷属が我に何用か?』
また声が響くが、雅人はその神威に飛ばないコツが掴めてきた…
意識を、半分寝ているような状態に『落とす』のだ…
理由はわからないが、そうしていると、声をまともに受けずに、受け流すように意識を保つ事ができる…
そうしていると、雅人の目に、今まで見えなかったモノが見え始めた…
闇の中に、それより黒い、大きな犬のような姿をした存在がある…
こいつが『犬神』なのか…?
さらに、その犬神が何かをくわえているのが見える…
姉…芳恵だ!!
「姉ちゃん!!」
雅人は、思わず大きな声を出した。
「雅人君…見えてるのね…やっぱり来てもらってよかった…」
幸子の呟きが雅人の耳に届いた…
その意味など今はどうでもいい!
姉の姿を確認できた!
まだ生きていると、何故か確信できる!
『ほう…そこの童、我が威に飛びもせず、我が身をその目に映したか…やはりこの地にはまだ、こういう類の者が生まれよる…』
犬神は、雅人に興味を抱いたようだった…
幸子はその興味をそぐように、声を発した。
「犬神よ…我が祖、気高き光の虎狼の名において問う…汝、何処の如何なる神格か!?」
今度は、闇が笑ったように感じた。
『笑止…言うと思うてか…呪神何するものぞ…その命、取り留めてやろう…去るがよい…』
「理に反するは御身の為ならず…今一度問う…汝、何処の如何なる神格か!?」
『言わぬ…汝等去らぬとあらば、この肉を我が神鉄の牙にて嚙み砕くのみ!』
ただの会話ではないと、雅人は感じた…
これは、言霊のぶつけ合いである。
おそらく、この犬神より、幸子さんの言う『とこいがみ』の方が上位の神格なのだろう…
『理に反する』という事は、おそらく下位は上位の名の下には本来従順であらねばならないのだ…
しかし、この犬神はその理に反するようだ…
「我が祖の名において、汝、是、出来ぬ、させぬ…それを放て!そして、この地より去るがよい!」
『小癪な女よ…去れ!!』
突然、時間が止まったかと思う程の凄まじい霊圧が地下室に満ちた!
雅人は立っていられず、地面に押し付けられた。
幸子も何とか踏み止まるが、足はガクガクと震え、立っているのがやっとである…
『この肉…我が眷属とせん…邪魔立て無用…汝等、もはや生きてここを離れられると思うな…!』
ズシン!!
更なる霊圧が二人に襲いかかる…!
雅人は地面に押し付けられながら、肉体のみならず、自分の霊魂自体がミシミシと音を立てているのを感じた。
闇の中に横たわっていた闇より暗く黒い獣が立ち上がる気配がした…
幸子は霊圧と戦いながら、口に何かを呟き、胸の前で印を結ぶ事を繰り返している。
「お願い、来て!」
呟きの中で、幸子が祈りの言葉を差し込んだ。
「静馬、力を分けて…お願い、来て呪神様!」
薄れゆく意識の中、幸子のそんな呟きが聞こえたように思った瞬間、
ロォーオーオー!!
という、聞いた事もない獣の雄叫びのような声が雅人の頭の中に響いた。
雅人の頭の中に、紫色の光を発する巨大で真っ黒な虎のような、狼のような、見た事もない獣のイメージが浮かんだ…
次の瞬間、雅人は姉をくわえていた…
そこにもう闇はない。
見ると、犬神らしき真っ黒い大きな犬のような獣が自分に向かって牙をむき出して威嚇している…
雅人は、一匹の大きな獣のような姿に変わっている…!
いや、見渡すと、雅人の身体はゴミや瓦礫が散乱している地下室の床に倒れたままだ…
『小僧…汝の幽体、借受ける…』
犬神ではない声が、雅人の頭に響いた。
雅人は理解した。
おそらく、これは『とこいがみ』だ…
何かはわからないが、自分の霊体か何かを使って、今この場に降臨したのだ!
おそらく今、姉を奪い返し、犬神を吹き飛ばして、ここに立っているのだ…!
そして、やはり犬神より上位の力を持っているのだろう、犬神が支配していた空間、つまりこの地下室を更なる力で支配したのだ…
『久しいな呪神…此度は何故の邪魔立てか?』
犬神の言葉を聞きながら、雅人は…いや、雅人と呪神は芳恵の身体を地面に降ろす。
そこに幸子が駆け寄り、芳恵の身体を抱きしめた。
『我が聖を受けし末の者の思いに応えたまでの事、不運を呪え、阿高名主犬神(あたかなのぬしのいぬがみ)よ…!』
『汝にその名奪われ、我も地に堕ちた…この地に安住を見出したものを…憎し…憎しや呪神!』
二柱の神格が言葉をかわすたびに、大気が震え、カメラのフラッシュのような瞬きが発生した。
雅人は呪神の大いなる意識と同化しながら、それを見、感じていた…
『我が名において命ずる…汝、阿高名主犬神よ、この地より去れ!』
『笑止!ここに再び見えたからには、積もり積もったこの恨み、とくとその身に味わうがよい!』
犬神は牙を剥き、その巨体からは信じられないスピードで呪神に飛び掛かった!
しかし、
『哀れ…』
呪神は微動だにせず、甘んじてその牙を受けた。
身体に牙が食い込む感覚を、雅人は確かに感じた。
しかし、全く効いていない…
むしろ、食い込んだ牙を通して、犬神の力を吸い取るような感覚がする…
『理に反するを愚行と言う…何時、彼の渦へと帰るがよい!』
呪神がそう言葉を発した瞬間、犬神のものとは比較にならない圧倒的な霊圧が、犬神を吹き飛ばした!
続く
闇が光を吸収するように、懐中電灯の光で照らされるのは、雅人と幸子のみである。
懐中電灯の光をが発する極々わずかな熱さえ、ここにいる『良くないモノ』が吸収しているのかも知れない…
足元から瓦礫を踏んだような音がするので、おそらく足場は悪い…
しかし、懐中電灯で照らしても、見えるのは自分の足元だけだ…
しかし、この獣臭さは何だ…?
犬でもない、猫でもない…
何か判別のつかない異様な獣の臭いが、この空間に充満している…
「この臭い…元は犬神の類か…」
幸子がボソリと呟く。
「い、犬神…?」
雅人が復唱するように尋ねた。
「うん…動物霊が雑多な霊的存在を取り込んで力を得た物をそう呼ぶの…その犬神が何らかの神格と結びついて、更なる力を得たモノ…それが、ここの主のようね…」
幸子の声に、今までにない緊張感を雅人は感じとった…
『我が聖域侵すは、何物ぞ?』
突然、雅人の頭の中に何者かの声が響いた。
その重苦しい声に、雅人は脳味噌が押しつぶされたような気がして、意識が飛びかける。
「雅人君!気をしっかり持って!」
幸子の声が切れかけた雅人の意識の糸を繋ぎ止めた!
雅人はウワッと声を上げて、何とか己を取り戻した。
『我が威に触れて飛ばぬとは女、汝、何処の神の威を借る者か?』
また頭に声が響いた。
雅人はまた意識が飛びそうになるが、何とか踏み止まった。
『神威』、とでも言うのだろうか…
その声を受け取るだけで、魂が抜けるような感覚に陥る…
やはり、敵は普通の霊体ではないのだと、雅人は改めて認識した。
幸子は雅人を気にしながらも、声の主の問いに答える。
「京の、呪神(とこいがみ)…」
雅人は、幸子の答えに、周囲を包む闇が少しざわめいた気がした。
『その名を知らぬ我ならじ…呪神の眷属が我に何用か?』
また声が響くが、雅人はその神威に飛ばないコツが掴めてきた…
意識を、半分寝ているような状態に『落とす』のだ…
理由はわからないが、そうしていると、声をまともに受けずに、受け流すように意識を保つ事ができる…
そうしていると、雅人の目に、今まで見えなかったモノが見え始めた…
闇の中に、それより黒い、大きな犬のような姿をした存在がある…
こいつが『犬神』なのか…?
さらに、その犬神が何かをくわえているのが見える…
姉…芳恵だ!!
「姉ちゃん!!」
雅人は、思わず大きな声を出した。
「雅人君…見えてるのね…やっぱり来てもらってよかった…」
幸子の呟きが雅人の耳に届いた…
その意味など今はどうでもいい!
姉の姿を確認できた!
まだ生きていると、何故か確信できる!
『ほう…そこの童、我が威に飛びもせず、我が身をその目に映したか…やはりこの地にはまだ、こういう類の者が生まれよる…』
犬神は、雅人に興味を抱いたようだった…
幸子はその興味をそぐように、声を発した。
「犬神よ…我が祖、気高き光の虎狼の名において問う…汝、何処の如何なる神格か!?」
今度は、闇が笑ったように感じた。
『笑止…言うと思うてか…呪神何するものぞ…その命、取り留めてやろう…去るがよい…』
「理に反するは御身の為ならず…今一度問う…汝、何処の如何なる神格か!?」
『言わぬ…汝等去らぬとあらば、この肉を我が神鉄の牙にて嚙み砕くのみ!』
ただの会話ではないと、雅人は感じた…
これは、言霊のぶつけ合いである。
おそらく、この犬神より、幸子さんの言う『とこいがみ』の方が上位の神格なのだろう…
『理に反する』という事は、おそらく下位は上位の名の下には本来従順であらねばならないのだ…
しかし、この犬神はその理に反するようだ…
「我が祖の名において、汝、是、出来ぬ、させぬ…それを放て!そして、この地より去るがよい!」
『小癪な女よ…去れ!!』
突然、時間が止まったかと思う程の凄まじい霊圧が地下室に満ちた!
雅人は立っていられず、地面に押し付けられた。
幸子も何とか踏み止まるが、足はガクガクと震え、立っているのがやっとである…
『この肉…我が眷属とせん…邪魔立て無用…汝等、もはや生きてここを離れられると思うな…!』
ズシン!!
更なる霊圧が二人に襲いかかる…!
雅人は地面に押し付けられながら、肉体のみならず、自分の霊魂自体がミシミシと音を立てているのを感じた。
闇の中に横たわっていた闇より暗く黒い獣が立ち上がる気配がした…
幸子は霊圧と戦いながら、口に何かを呟き、胸の前で印を結ぶ事を繰り返している。
「お願い、来て!」
呟きの中で、幸子が祈りの言葉を差し込んだ。
「静馬、力を分けて…お願い、来て呪神様!」
薄れゆく意識の中、幸子のそんな呟きが聞こえたように思った瞬間、
ロォーオーオー!!
という、聞いた事もない獣の雄叫びのような声が雅人の頭の中に響いた。
雅人の頭の中に、紫色の光を発する巨大で真っ黒な虎のような、狼のような、見た事もない獣のイメージが浮かんだ…
次の瞬間、雅人は姉をくわえていた…
そこにもう闇はない。
見ると、犬神らしき真っ黒い大きな犬のような獣が自分に向かって牙をむき出して威嚇している…
雅人は、一匹の大きな獣のような姿に変わっている…!
いや、見渡すと、雅人の身体はゴミや瓦礫が散乱している地下室の床に倒れたままだ…
『小僧…汝の幽体、借受ける…』
犬神ではない声が、雅人の頭に響いた。
雅人は理解した。
おそらく、これは『とこいがみ』だ…
何かはわからないが、自分の霊体か何かを使って、今この場に降臨したのだ!
おそらく今、姉を奪い返し、犬神を吹き飛ばして、ここに立っているのだ…!
そして、やはり犬神より上位の力を持っているのだろう、犬神が支配していた空間、つまりこの地下室を更なる力で支配したのだ…
『久しいな呪神…此度は何故の邪魔立てか?』
犬神の言葉を聞きながら、雅人は…いや、雅人と呪神は芳恵の身体を地面に降ろす。
そこに幸子が駆け寄り、芳恵の身体を抱きしめた。
『我が聖を受けし末の者の思いに応えたまでの事、不運を呪え、阿高名主犬神(あたかなのぬしのいぬがみ)よ…!』
『汝にその名奪われ、我も地に堕ちた…この地に安住を見出したものを…憎し…憎しや呪神!』
二柱の神格が言葉をかわすたびに、大気が震え、カメラのフラッシュのような瞬きが発生した。
雅人は呪神の大いなる意識と同化しながら、それを見、感じていた…
『我が名において命ずる…汝、阿高名主犬神よ、この地より去れ!』
『笑止!ここに再び見えたからには、積もり積もったこの恨み、とくとその身に味わうがよい!』
犬神は牙を剥き、その巨体からは信じられないスピードで呪神に飛び掛かった!
しかし、
『哀れ…』
呪神は微動だにせず、甘んじてその牙を受けた。
身体に牙が食い込む感覚を、雅人は確かに感じた。
しかし、全く効いていない…
むしろ、食い込んだ牙を通して、犬神の力を吸い取るような感覚がする…
『理に反するを愚行と言う…何時、彼の渦へと帰るがよい!』
呪神がそう言葉を発した瞬間、犬神のものとは比較にならない圧倒的な霊圧が、犬神を吹き飛ばした!
続く