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2016年07月28日

扉シリーズ 第四章 『覚醒』第一話 「梳名翔子」

梳名翔子(すくなしょうこ)は、日本一と言われる霊能者、甲田福子の秘書にして、一番弟子である。
年齢は29歳。
少し小柄でかなり痩せているが、腰まである長い黒髪を後ろで束ね、化粧気はないが、異常に白い肌と血色のよい薄い唇に色気を感じる男性も多い、一般的に見て「美人」である。
また、『梳名家』の人間のほぼ全てがそうであるように、瞳の色が角度によっては少し赤く見える為、薄い色の入ったフレームが大きな黒縁眼鏡をかけているのがトレードマークだ。
『梳名家』は、『甲田家』と繋がりの深い霊能者の一族であるが、『梳名家』は、その外見的特徴は遺伝するものの、霊能者としての才能に恵まれる者は極少ない。
その分、才能を持って生まれた者には強力な『霊力』が宿っている。
翔子と福子の出会いは古く、翔子が小学三年の時である。
当時の翔子は、極端に鋭い霊感を持ちながら、まだ霊力に覚醒いなかった為、常に『霊障』に悩まされ続けていた。
倦怠感や頭痛。
夜泣きやヒステリー。
怪我などしていないのに、気がつくと出血している。
また、酷い時には突然意識を失い、意味不明な言動を見せる。
それが何日も続いたりもした。
その原因を、梳名家出身の母親は気づいていたが、一般家庭出身の父親には理解できるわけもなく、母親は何も言い出せず、様々な病院を転々としたが医学的に原因を解明できるわけもない。
そして最後に頼りにしたのが、母親が『友人』として連れてきた霊能者『甲田福子』であった。
福子は翔子と対面するやいなや、翔子の中に眠る自分と互角以上の霊力を認め、一年間、翔子を預からせてくれと申し出た。
当然渋る父親を、母親が説得し、翔子は当時住んでいた丘山県から、福丘県の福子の元で一年間過ごした。
一年後、親元に帰った翔子は、別人のようになっていた。
何十年も生きた大人のような落ち着いた立ち居振る舞い。
身体能力、学力も短期間で異常な成長を見せた。
また、力の無い霊は、一睨みで除霊してしまうほどに、その霊力を覚醒させていた。
以来、翔子は学校が長期休暇に入る度に福子のもとに行き、福子の元で霊能者としての知識と技術、心構えを叩き込まれてきた。
そして大学を卒業した後には福子の秘書となり、29歳になった現在は、

『もう何も教える事なか』

と福子が評する一流の霊能者となった。
しかし、翔子には自分と福子の間には、どうしようもない『差』があると感じている。
その『差』とは、一体何なのか?
翔子には皆目検討もつかない…

その日、翔子は福子について山内県の右部市に来ていた。
同市在住の家族に振りかかった霊障を取り除くのが今日の福子の仕事である。
しかし、この所、師匠である福子の様子がおかしい。
仕事は的確にこなすし、自分との会話も明瞭であるが、十年以上寝食を共にしてきた翔子にしかわからない『上の空』を感じるのだ。
常に何かに対して気を割いているような…
しかも、かなり疲労が溜まっているように感じる。
意地っ張りの典型のような福子に

『大丈夫ですか?』

と尋ねても、結果福子に更に意地を張らせるだけだとわかっているので、敢えてそれを口にしない。

クライアントは父親の転勤で右部市に越してきて間もない家族の母親だ。
『伊東』という性で、ご主人の正和さん、奥さんの八重子さん、長男で中学二年の秀樹君に、その妹で小六の美香ちゃんの四人家族だ。

会社の紹介で入ったマンションだが、そこに『出る』という。

伊東宅に着くと、神経質そうな奥さんが出迎えた。
客間に通されると、ご主人と兄妹がソファにかけていた。
三人は立ち上がり、深々と頭を下げた。
優しそうな父親、素直そうな兄妹。
本来なら幸せな家庭なのであろうが、やはり、家の中には良くない霊圧に満ちている。
空気がチリチリと音を立て、昼だというのに薄暗く感じる。
こんな所に住んでいては、健康に悪影響を及ぼし、精神にも異常をきたす。
家族四人共、顔色はよくないが、幸いまだ『軽症』であるようだ…よく早めに依頼してくれたものだと、翔子は思った。
小一時間程、家族の話や世間話をしてコミュニケーションを深めた後、

「美香ちゃん、女の人やね?髪が長くて、白いブラウスと黒いスカート着た女の人…」

と、突然福子が美香に尋ねた。
無論、それには伊東宅のドアを開く前から、福子と翔子には見えていた事なのであるが、家族からは具体的にどんなものが『出る』という事は一切聞かされておらず、福子もまた、事前の情報を求めたりしない。その方が福子に対する信頼感が増すためだ。
美香は呆気に取られたような表情の後、

「そうです」

と、かすれたような声で答えた。
その声を聞いて、福子と翔子は確信した。
その女は、美香に憑いているものだと。
霊体に憑かれているものは、その声にかすかにノイズのような雑音が混ざる。
スピーカーを通して聞こえるように、耳に届くのだ。
しかし、それを聞き取るには、ある程度の訓練を積み、霊的に聴覚を練る必要がある。
また、憑いているものは、その宿主の精神に潜んでいる為、そこから引っ張り出す必要がある。

「怖か無かけん、おばちゃんとお姉ちゃんを信じとってね?」

福子が優しい声で美香にそう言う。
美香は不安そうな表情ながらも、

「うん」

と、小さくうなづいた。
福子は更に優しい笑顔でそれに応えると、

「翔子」

と、一言つぶやいた。
それに反応した翔子は即座に立ち上がり、美香の後ろに回る。
うんと言いながらも不安そうな表情の美香に、

「美香ちゃんはただ座ってるだけでいいからね?大丈夫、怖くないよ、すぐに済むから…」

と、優しい声でそう言い聞かせると、美香の小さな両肩に、決め細かく白い手を置いた。
翔子は、眉間に気を集中した。
『第三の眼』を開く為である。
白い皮膚、筋肉、頭蓋骨、更にその奥、左脳と右脳の間、脳の中心に、それは存在する。
『第三の眼』は、万人に等しく備わる霊的器官である。
しかし、その存在を自覚し、更に訓練を積まねば、それは死ぬまで閉じたままである。
全ての人間は、眼を閉じていても周りが明るければそれを感知できるように、閉じたままでも霊的事象をかすかに感知する事ができる。
しかし、それを開けば世界は変わる。
また、開く事によって、その世界に流れるエネルギーの流れすら見えるようになる。
エネルギーの流れが見えれば、それをある程度操る事も、訓練により、また可能となる。

翔子は、美香の精神のエネルギーの流れの中に、美香ではないエネルギーの流れの存在を見とめると、それを操作し、美香の中から流し出す。
翔子と福子の前に、陽炎のように
揺らめく髪が長く、白いブラウスと黒いスカートを着た女が姿を現した。
伊東家の人間も、可視こそできないが、何かが美香の中から流れ出たように感じる事はできた。

「出てきたね…う〜ん…美香ちゃん、ミヤコさんて名前の女の人知ってる?」

翔子が美香に尋ねた。
しかし、美香は眼を丸くしながら、首を横に振る。
福子は、母親を見た。
変わらず神経質そうな表情で、娘を見つめているが、その名前には無反応。
翔子は秀樹を見たが、秀樹も無反応。
福子と翔子は父親を見た。
父親は至って平静を装っていたが、心中のざわめきは福子と翔子には隠せない。
父親絡み…
しかも、家族には言えない、知られたくない事であるという思いが、その額に冷や汗を滲ませていた。
福子は翔子に念話を送った。

『掘り下げたらいかんばい…』

翔子も、

『はい』

と答える。
翔子は、深く息を吸い込むと、目の前でゆらめいている女に向かって、その息を吐き出した。
息は、生体エネルギーの流れそのものであり、それをプラスとすると、死者のエネルギーはマイナスである。
しかも、訓練を積んだ霊能者の息には、常人のそれとは比べものにならない膨大な生体エネルギーが込められている。
プラスの生体エネルギーが強ければ、マイナスのエネルギーはかき消される。
つまりは除霊の完了である。
ミヤコという女の霊は、現世で存在する為のエネルギーを失い、生命が生まれ、やがて帰る場所へと帰還した。

『翔子、お疲れさん…』

福子はそう翔子を労うと、伊東家の家族に除霊の完了を告げ、簡単な清めの儀式を執り行う。
しかし、その最中も、翔子には福子の『上の空』が見てとれた。
その後、休憩がてらに伊東の家族と小一時間くらい世間話をしていたが、感謝の言葉を述べ、笑顔を見せる父親の目の奥に笑いの無いのを見て、福子と翔子は早々に退散する事にした。
母親から謝礼を受け取り、玄関先で帰りの挨拶をする福子と翔子。
翔子がドアを開け、福子がしゃがんで靴を履く。

「また何かあった時は、呼んでください…」

そう言って立ち上がった福子だったが、翔子の目の前で目眩を起こしたような仕草を見せたあと、翔子の方にグラリと倒れてきた。
咄嗟に福子を抱きかかえた翔子が、

「師匠!師匠!」

と呼びかけながら、その顔色を確信すると、意識を失ったであろう福子の眼は見開かれ、その眼球が激しく四方八方に激しく運動していた。
翔子は、それを見て、何となく福子の『上の空』の原因が見えた気がした…







2016年07月29日

扉シリーズ 第四章 『覚醒』第二話 「梳名翔子2」

「師匠!師匠!」

翔子の呼びかけに、一切の応答はない。
完全に意識を失っているようだ。
こんな事は、福子と出会ってからの二十年近い年月の中でもは初めてである。
普段、寡黙で冷静な翔子であっても、さすがに取り乱した。
福子は、四十を過ぎてから、毎年五月に人間ドックに入る。
今年の検査結果は少しだけ血圧が高めという以外は、至って良好であったはずだ。
翔子は、激しく動く福子の眼球を見ながら、福子の昏倒の原因に結論付けした。

遠距離にある何処かへの生体エネルギーの移出、それによる福子本体のエネルギー切れによる肉体的生命活動の一時的強制シャットダウン

昔、福子の口から一度だけそれを聞いた事があった。

生体エネルギーの移出、それは、福子も認める実力を持つ翔子であっても実現不可能な『神業』である。
霊的理論で言えば、まず遠隔霊視により目標となる座標を特定し、その座標に向かって、『道』を作らねばならない。
『道』ができたなら、自分の生体エネルギーを外に向かって開放すればよい。
生体エネルギーを開放し、移出する事自体は、翔子にもできる。
さっき行った『息吹』と呼ばれる除霊法も、生体エネルギーの移出だ。
遠隔霊視も苦手ではあるが、相手先の位置情報があれば、一応は可能である。
しかし、『道』を作るという事に対しては、何をどうすればよいのかさえ、翔子には検討もつかない。
そこが自分と福子の『差』なのだろうと翔子は思った。

今、福子の身に起こっている激しい眼球運動はコンピューターをシャットダウンする際に様々な処理が行われているのと同じように、福子の脳が動いている証なのであろうと、翔子は結論付けた。

伊東家の家族は、突然倒れた福子を見て、オロオロとしながらも、美香が冷静さを取り戻して救急車を呼んでくれた。

病院に担ぎ込まれた福子は各種検査を受け、意識が戻らぬままだ。

翔子は、命に別状は無いと判断していたが、母親のように姉のように慕う福子の事である、やはり、その心中は乱れていた。

医師からは、別段目立った異常は見当たらないが、ひどく衰弱していて、一週間ほどは入院した方がよいと告げられた。

酸素吸入機を付け、ベッドに横たわる福子の顔を見ながら、翔子は福子の底知れなさに思いをはせる。

この人は、一体何者なんだろう…
外見は豪快な性格であるが、自分と変わらない体格の、中年の女性である。
しかし、その中身には自分にすら底が見えない圧倒的な霊力を秘め、その霊力の使いかたを熟知している。
大師匠である筋海先生ですら辿り着いていない境地へ、この人はすでに辿り着いているのだ…
その普通ではない力は、やはり『甲田一族』に伝わる何かに起因しているのだろうか…?
師匠に一度だけ『甲田一族』について質問した事があるが…

『甲田は、「まつろわぬ民」の末裔の一族』

とだけ答えてくれた。
『梳名家』も同じく『まつろわぬ民』の末裔だ…
『まつろわぬ民』とは、古代に大和朝廷の支配をよしとせずに抵抗した者達の総称…
今は京都に本拠を置く『土雲家』も同じ『まつろわぬ民』の末裔だと聞く…
霊的に強い力を持つ『まつろわぬ民』とは、一体なんなのか…?
歴史の上では敗北者である我々が、今も連綿とその血を繋いでいるのには、必ず、何か大きな秘密があるに違いない…
それを知りたいと思う自分は不遜なのだろうか…?
筋海先生や師匠は、その秘密を知っているのだろうか?

尽きない疑問をめぐらせながら、翔子は眠りの深淵へと落ちていった…










2016年07月31日

扉シリーズ 第四章 『覚醒』第三話 「梳名翔子3」

地平線が見える黄金色に輝く草原…
真っ赤に輝く異常に大きな太陽…
桜色の空…
嗅いだ事のない強烈な何かの植物の匂い…
気がつくと、翔子はそんな世界にいた。

『夢…』

翔子は、目の前のその不思議な光景が、今自分が見ている夢である事を瞬時に理解した。
脳の一部が異常に発達している霊能者には、日常茶飯事な事である。

翔子は、黄金色の草原を歩き始めた。
どこからか小鳥のさえずりが聞こえるが、その姿は見えない。
姿なきさえずりを聞きながら、ただ草原を歩く翔子…
その翔子の耳に、聞き覚えのある声が聞こえる。

『翔子』

尊敬する師匠、甲田福子が自分の名を呼んでいる。

『師匠』

翔子はその姿を探しながら、そう答えた。

しかし、やはりその姿はない。

ただ、尊敬し、母親か姉のように慕う自分にとって一番大切な福子の声のみが翔子の耳に届く。

『翔子…聞きなさい…』

福子が大事な話をする際に、必ず自分にいうセリフである。

『はい、師匠』

翔子は、姿の見えない師匠に頭をさげる。

『私は、力を使い過ぎた…たぶん一月くらいは動けん思う…』

姿は見えないが、福子を近くに感じる。
普段、福子は翔子に厳しい。
理不尽な言動に振り回される事もある。
しかし、今の福子の声は子供の頃にそうしてくれたように、膝に抱いてくれているような、優しさに満ちた声だった。
しかし、やはりエネルギーを使い果たしてしまったようだ…今、自分の夢に介入してきているが、長くはもたないだろう。

『翔子、あんたに頼みがある…あんた、武市を覚えてるね?』

たけいち…
師匠の甥にあたる、あの武市君だ…
何度か会った事があるが、かなり霊感の鋭い少年だった。
師匠は彼を手元に置きたがっていたが、その理由は、彼の中に秘められた膨大な霊力だろう。
武市君について、師匠が一度だけつぶやき、何故か耳に残り続けている言葉がある。

『アレを野放しにはできん…』

福子の物言いは少し乱暴だ。
甥に対してのその言葉の真意は測りかねるが、普通に考えて野放しにできないという表現は、決してよい意味ではない。
福子が武市に対して何か『不安』を感じているのだろうと、翔子は考えていた。

『はい…覚えています』

翔子は福子のその言葉を思い出しながら答えた。

『なら翔子、アンタ「魔星」も…わかっとるね?』

魔星…
一般的には伏せらているが、この業界に長くいると、その名を耳にする事がある。
しかし、その名を耳にした者でも、それを都市伝説くらいにしか認識していない。
それが実在する事を知るのは、それを知覚する事ができる、ある程度以上の力を持つ霊能者だけだ。
翔子もその一人ではあるが、福子とそれについて語り合う事はなかった。
お互い、無意識にその話題を避けていたのかもしれない。

『はい…知っています。』

翔子はそう答えた。
それは正直な答えだった。
知ってはいるが、わかってはいない。
ただ、この世には人間とは生命の起源を異にする異質な存在があり、それは人間にとってよくないモノである。
それが『魔星』…
翔子にわかっているのは、その程度だ。
だから、知っていますと答えた。

しばらくの間、翔子には姿の見えない小鳥のさえずりがだけが聞こえた。

『師匠?』

その沈黙に不安になった翔子は、恐る恐る呼びかけた。
しかし、応答は、ない。

『師匠?』

数度呼びかけてみたが、応答はない。

『師匠…』

翔子は、福子のエネルギーが思ったより早く切れてしまった事を理解した。
福子の身体はおそらく今は仮死状態に近い状態にあるだろう。

福子は翔子に頼みがあると言った…

それはおそらく、野放しにはできない武市君に対して、魔星が何らかの干渉をもってきた…
それが、危険なのではないか…
頼みというのは、武市君を守れという事なのではなかろうか…

と、すれば…

師匠はその干渉を防ぐ為に、何かに対してその気を割いていたのではないか…
それ故に、エネルギーを使い果たしてしまった…

繋がった…

翔子がそう思った瞬間、景色が変わった。
暗黒…
目の前が暗黒に包まれている。
しかし、顔を上げると、そこは病室だった…

時計を見ると、ほんの数分だけ寝てしまっていたようだった。
ベッドには、呼吸器をつけられた福子が横たわっている…

師匠からの『頼み』…
正直なところ、師匠がこんな状態になってしまうモノに対して、自分が何かをできるのだろうか…?と翔子は思った。
しかし、師匠の命は絶対である。
できるか、ではなく、やるのだ。

翔子は福子の顔を見ながらバッグから電話帳を取り出すと、ある名前を探した。

『冨田寿美子』

甲田福子の姉であり、冨田武市の母親であるその名を電話帳に見止めた翔子は、携帯電話でそこに記された番号に電話した。

呼び出し音を聞きながら、

『師匠、行ってきますね、王阪へ…』

と、呟いた…







2016年08月02日

扉シリーズ 第四章 『覚醒』第四話 「タケイチ」


「武市!福ちゃん入院したんやて!」

様々なモノを見聞きし、心中雑多ながらも、説明しようのない高揚感を持って自宅に帰宅するやいなや、母親が血相を変えてそう告げた。

「何てよ!?」

あの生命力の塊のような叔母が『入院』だと?
オレは驚きながらも何かの間違いであろうという思いと共にそう言った。

「せやから、福ちゃん入院したんやて!意識不明や言うてるわ!」

母『寿美子』と叔母『福子』は、六人兄妹の中でも特に仲がいい。
その妹が意識不明だと言うのだから、血相が変わって当然だ。

しかし、一体何があったというのだ?
来週にはこちらに来る事になっていたのだが、そんな状態ではそれも叶わない…
いや、そんな事より意識不明とは…

「意識不明て…な、何があったんよ?」

オレはそう母親に尋ねてみた。
母親はしばらく黙っていたが、珍しく神妙な表情をして口を開いた。

「アンタ、翔子ちゃん覚えてるやろ?」

しょうこ…?
梳名翔子さんの事か?

叔母の秘書にして一番弟子。
オレの『初恋』の人だ…

長くサラサラした美しい髪を後に束ね、薄化粧ながらも異常に白い肌に血色のよい唇、それに細いながらもキリッとした眉毛、切れ長の黒目がちの瞳…
低めでハスキーな声、大人を感じさせる落ち着き…
小柄で瘦せ型ながらも女性らしい曲線を描くプロポーション…
早めに第二次性徴を迎えていた小学生のオレには目に毒な美しいお姉さん…
無論、覚えていないわけがない。

「もちろん覚えてるけど…あ、翔子さんから連絡あったんか?」

オレは少し顔が赤らむのを感じ、それを悟られまいと、うつむきながらそう答え、尋ねて返した。

「うん…福ちゃんから緊急の時に連絡してって言われてたみたいでなぁ…あの子が言うには、意識不明やけど命に関わる事やないみたいやわ…何で福ちゃんがそんなんなったんか、何か難しい事言うてたけど、お母さんにはわからんわ…ほんでな、あの子、明日ウチに来るんやて?」

なっ、何?
翔子さんが、ウチに来る?
それは一大事だ!
漫画とプラモとタバコ臭に満ちたゴリラの檻以下の武市部屋を、少なくとも人間が滞在するに耐えられる部屋にはしておかなくては!
ていうか、叔母がそうなったのは、病気ではなく、仕事絡みである可能性が高い。
病気でないなら、何の心配もなかろう。

「せやけどな武市、やっぱり心配やから、お母さんとお父さん、今晩から福丘行くから、アンタ留守番頼んどくで?」

母親が神妙な表情でそう言う。

うむ。
意識不明と言えど、行ってあげる方がいいに決まっている…

いや、待てよ…

オカンとオトンが福丘に行く…
武市は留守番…
明日、翔子さんが来る…
冨田宅にいるのは…

いや待て!
いやいや、待たなくていい!

何と我が家に翔子さんと二人きりという夢の如きシチュエーション!
未だ呪詛にとらわれている身なれど、そんなラッキーが舞い降りてくるとは!

「翔子ちゃん、何日かウチに泊まる言うてるわ…アンタ、大丈夫か?」

な、ななな何〜!
そんなラッキーが1日のみならず数日続くだと!?

「あ、だ、大丈夫やで?バイト代で飯も食えるしな!行ってあげて行ってあげて!」

そう、少し上ずりながら答えたオレに、母親の目つきが変わる。

「アンタ…何か変な事考えてんちゃうやろな?アンタみたいなゴリラ、翔子ちゃんみたいな美人が相手にするわけないからな?」

察したか…
しかし、

「言うか?実の息子にそんな事言うか?ゴリラに産んだん、アンタやろ!?」

と、オレが突っ込むと、

「そんなん、お父さんに言いなさい!」

と、母親は即座に息子をゴリラに産んだ責任を父親に転嫁した。
確かに、母方の甲田ではなく、父親の冨田にゴリラの遺伝子が混ざっている可能性は高い。
また、父親は爆笑するとウホウホという笑い方をする。
母親の切り返しは、責任転嫁ではなく、真実かも知れぬ…

「とにかく、今晩夜中からお母さん等は福丘に走るからな?アンタ、絶対変な事したらあかんで?」

約束はできない。
しかし、

「わかった、わかった!」

と答えておく事はできる。

かくして、オレはとりあえず部屋の片付けを行い、父親と母親は福丘に出発した。
道中、父親がウホウホと無駄話ばかりするだろうから、必ず喧嘩になるだろうが、いつもの事だ。

オレは、翌日の翔子さんの訪問を期待に色んな所を膨らませながら、寝オチした。

翌日、オレは朝7時に起床すると、正午まで家の中をくまなく掃除し、午後2時頃に最寄駅である東鶴澤駅に到着する翔子さんを待つだけだ。
翔子さんは確か、今年で29歳になっているはず…美しさにもかなり磨きがかかっているに違いない。
それに比べてオレは、ますますゴリラ化が進んでいる。
何だ、この手のデカさは?
まるでグローブではないか!
昼日中に外を歩くと、自分の影の手のデカさに自分で驚く。
身長170センチ台の人間に190センチ台の手がついているような、非常にアンバランスなビジュアル。
皆、オレのいない所では「ビッグフット」ならぬ「ビッグハンド」と、もはやUMA扱いされていると木林から聞いた。
木林からは

「そんなん言われてるから気をつけろや?」

と言われたが、何をどう気をつければよいのか全くわからない。

時計が2時を指した。
東鶴澤駅までは徒歩五分である。
オレは鏡で鼻毛が出ていないか確認してから家を出た。
お気に入りの真っ赤なTシャツとデニム、ブルーのスニーカーという出で立ちだ。
右手にリストバンドを装着し、少しオシャレの真似事をしてみた。

まだまだこの時間の日差しは強い。
額に汗を滲ませながら、オレは東鶴澤駅に到着した。
快速の止まらない小さな駅だが、利用客は結構多い。

駅に電車が到着した。
オレは改札から出てくる客の中に翔子さんの姿を探した。
客の中に、翔子さんがいた。

トレードマークと言える長い黒髪を後に束ね、白いブラウスに濃紺のスカート、黒いパンプス、赤いキャリーバッグを転がしながら、改札を出てくる翔子さん。

「翔子さん!」

オレは翔子さんの名を呼んで、彼女に走り寄った。
近くで見ると、翔子さんはやっぱり美人だ。
最後に会ったのは中二の時だったが、あの頃よりも痩せて見えるが、小柄ながら、やはり素晴らしいプロポーションだ。

「武市君、久しぶり。」

オレには翔子さんの声がとても心地よく聞こえる。
この声を聞くと、オレは少し素直になってしまうようだ。

「ほんまに久しぶりです。翔子さん、相変わらず綺麗ですね?」

普段、オレはそんな事を口にしない。
あのAYAさんにも、その言葉は出なかった。

翔子さんは涼やかに笑うと、

「何生意気な事言ってるのよ?でも武市君、男らしくなったね?」

と、オレの頭に手をおいた。
翔子さんにとっては、オレはまだ子供なんだな、と思ったが…
頭に手を置きながら、翔子さんの表情が変わった。

「これか…」

翔子さんが呟いた。
さすがに叔母の一番弟子だ、オレが抱える呪詛、その強さまで感じとったようだ。

翔子さんがウチに来た理由には察しがついていた。
叔母の代わりに、オレを守るために来てくれたのだろう…

それでもオレは、憧れの翔子さんとの再会を素直に喜んでいた…


















2016年08月04日

扉シリーズ第四章 『覚醒』第五話 「タケイチ2」

叔母の秘書にして一番弟子、そしてオレの初恋の人である梳名翔子さんとの再会は、伊田さんのお陰で今は沈静化している呪詛のせいで、少しだけ微妙な空気が流れる再会となった。

八龍で遭遇したあの老人…
おそらくは彼も『魔星』絡みの人物であろう…
さっき、翔子さんがオレの頭に手を置いた時、翔子さんの霊視能力なら、あの老人の気くらいは、おそらく感じとったはずだ。
後で、翔子さんにはどう感じとれたのか聞いてみよう…

しかし…
並んで歩く翔子さんの横顔を見ているだけで、少し赤面気味の自分がわかる。
翔子さんは大学に進学せずに、高校生卒業後すぐに叔母の秘書になったが、東大か京大あたりを狙える秀才だったらしいし、また、梳名家から別れた楠家に伝わる『楠流』という古武術の使い手で、皆伝の猛者らしい。
飲食店で叔母に絡んできた身長190センチくらいあるヤクザをたった二手で制圧したらしいから、相当強い。

文武両道にして眉目秀麗…

しかも石鹸のいい香りがする和風美女で、更に霊能者…

天は一人の人間に対し、二物も三物も才能を授けたりするのだ。

家に着いたオレ達。
翔子さんはオレが中学に上がる前には、数回ウチで寝泊まりした事があるので、

「懐かしい…」

と、リビングでくつろぐ。

「ここに来ると、何だか落ち着くんだよね…」

正座の体制のまま、卓袱台に突っ伏す翔子さん。
新幹線で来たとは言え、山内県からはそれなりに長旅である。
しかもまだまだ暑い昼日中、疲れていて当然だ。
オレは台所でグラスを二つ用意すると、それにアイスコーヒーを注いでリビングに持っていく。

「あ、ごめんね、ありがとう」

翔子さんは卓袱台から顔を上げて衣服を正した。
翔子さんの前にアイスコーヒーを差し出し、ミルクとシロップを手渡す。
それを受け取ってから、翔子さんがクスリと笑った。

「な、何すか?オレ何か粗相しました?」

冨田武市は所謂天然ボケであると自覚している。
また何かやらかしてしまったのかと尋ねてみると、

「違う違う、武市君は大学生になったんだよね?」

と笑いながら尋ね返してきた。

「あ、はい、今年からね…大学言うても、泉修大学っていう三流大学ですわ!」

粗相したのではないとホッとしながら、オレは笑ってそう答えた。

「そうか…大学は楽しい?」

翔子さんはアイスコーヒーにミルクとシロップを入れながらそう尋ねてきた。

「あ、はい、ま、まあ、それなりですかね…翔子さんの方はどうなんですか?」

会っていなかった数年間、翔子さんが何をしていたのか、オレは聞いてみたかった。
翔子さんはアイスコーヒーをかき回しながら少し口を尖らせ気味に何を話そうか考えているようだ。

「何から話せばいいのかな…師匠について色んな所に行ったな…日本国内は制覇したよ?まあ、全部仕事だけどね。」

国内を飛び回る叔母について行けば、あっと言う間に国内制覇してしまうだろう。
それくらい、常に叔母は飛び回っている。
それだけ霊障や心霊現象に悩んでいる人が多いのだ。

「あ、三年前には一年間海外にいたよ?」

少し得意気にそう言う翔子さんの表情がたまらなく可愛らしい。
見た目はツンとして見えるが、話すと、中身は可愛らしいのだ。
しかし、一年間海外にいたとは…
そう言えば、翔子さんは英会話ができたはずだ。
叔母に、半ば強制的に習わされたらしいが…

「海外?仕事ですか?」

と、尋ねるオレに翔子さんはまた少し得意気に、

「うん、イギリスに半年、アメリカに半年、SCの研修に行ってたの…」

SC?
何かの略だろうが、何の略なのか検討もつかない。

「不勉強ですんません…SCって何なんですか?」

オレは素直に尋ねてみた。
翔子さんはフフフと笑いながら、またまた得意気な顔で、

「SCはね、ソウルコンバットの略…武市君は霊体に直接的な攻撃ができると思う?」

と尋ねてきた。
ソウルコンバット?
聞いた事はないが、名前からして何かの格闘術か?
しかし、霊体に直接攻撃?
霊体はエネルギー体と表現するのが、例えとしては一番近い。
エネルギー体を例えるならガスとか霧とか、そんな捕らえようのないものだ。
それに直接攻撃をするのは、理屈として無理ではないのか?

「…普通は無理ですよね?」

オレはそうではないのだろうと思いながら、上目遣いでそう尋ねた。

「普通はね…でもね武市君、欧米の考えでは違うの…日本人の霊体に対するイメージは透き通っていて霧みたいに捕らえようのない存在…しかも基本的に無宗教な民族性だから、目に見えないモノを心底信じる人は少なめよね?でも、欧米人は日本人より神の実在を信じている人が多いのよね…だから、霊体も可視できたなら、形あるモノなんだから触れる事ができると考える…平たく言えば、霊に対する考え方が違うねよ…考え方の違いは脳の違いに通じていてね…日本人は霊には触れる事ができないと脳が決めつけているから触れられない…脳にね、リミッターみたいなものがあるの…SCは、そのリミッターを排除して、触れる事を発展させた格闘術なの…もちろん、ある程度霊感が鋭くて、ある程度以上の霊力と、それに対する知識が必要だけどね…例えば…」

翔子さんは右拳を握りしめてオレに見せる。

「この拳に霊力を集中させる…」

翔子さんはそう言いながら右拳に気を集中させる。
心なしか、翔子さんの全身から右拳に赤いオーラのようなものが流れているように見える。

「武市君、見えてるよね?」

翔子さんの問いにドキッとしながらも、

「は、はい…赤いオーラみたいな力の流れが…」

と答えるオレに翔子さんは

「流石ね、合格!」

というと、その赤いオーラがふっと消えた。
目を丸くするオレに、翔子さんが少し笑いながら、

「漫画みたいでしょ?でも、これがSC、ソウルコンバット。まあ、本当に直接攻撃する為には色んな事を知らなければならないけどね…でも、やっぱり武市君にも素養がらありそうね…師匠は元々できたみたいだからね…」

そうか…
オレにもそのソウルコンバットとやらの素養があるのか…
悪くないな…
てか、元々できたって何だ?

「あの、翔子さん?元々できたって、どういう事なんですか?」

オレは吹き出しながら尋ねた。

「こっちが聞きたいんだけどね…どうやってるのか全くわからないんだけど…師匠、ビンタ一発で除霊なんてザラだからね…あれ見ると、本当に私なんか足元にも及ばない天才なんだって思い知らされるよ…」

ビンタ一発で除霊?
デタラメな霊力を持っている事は知っている。
しかし、それは初めて知った。
そこまで漫画みたいなデタラメさだったとは…

「前からわかってた事ですけど、それ聞いたら、改めてデタラメな人やと思いますわ…」

翔子さんは笑いながら、

「そうだね、本当にデタラメって言葉がぴったりだよね…でも、そんな、師匠が霊力を使い果たすまで消耗する呪詛…さっき武市君から視えたんだけど…普通じゃありえない、考えられないくらい強力な呪詛だね…」

確かに強力な呪詛だ。
今は沈静化しているが、繋がったままである事は変わらない。
首筋に微かにチリチリと焦げつくような視線のようなモノを常に感じているのだから…
しかし待て。
叔母には呪詛の話はしたが、何故オレの呪詛で叔母が消耗しているんだ?

「翔子さん…叔母が倒れたのと僕の呪詛に、何か関係が?」

オレはそれを、その意味を知らねばならない。
オレの呪詛が叔母を苦しめる結果になったのなら、オレは叔母に申し訳が立たない!

「…うん。師匠はね、最近何をしていても、何かに対して気を割いてたように見えてたの…倒れた時に、何となくわかったんだけど、師匠はおそらく、武市君の呪詛の進行を食い止める為に霊力を送っていたんだと思う…何をどうやっていたのかは、私には検討もつかないんだけど…」

そうか…
やっぱりそうだったのか…

それを聞いたオレは、あの厳しい叔母の愛情に、目頭が熱くなるのを感じた…

【扉シリーズ第四章 『覚醒』第五話 「タケイチ2」終わり】




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2016年08月05日

扉シリーズ 第四章 『覚醒』第六話 「タケイチ3」

自意識過剰なのかも知れないが、叔母のオレに対しての愛情は、実の母親以上であるように思う。
小さい時から感じていた事だが、福丘在住で、常に日本中を駈けまわっていながら、いつもオレを気にかけて見てくれているような気がしているのだ…
霊力は生体エネルギー、つまり命が何らかの働きをした時に生じるエネルギーなのである。
エネルギーを作り出す元になる命、それ自体が失われなければ、またエネルギーを作り出す事は可能なわけだ。

これには精神も大きく関係する。

メンタルの強い人間は生体エネルギーが豊富であり、弱い人間は逆に少ない。
困難に対してめげない人間と、すぐにめげてしまう人間の生き方を比較すれば一目瞭然であろう。
叔母は、明らかに前者である。
いや、それの最たる者といえよう。
生体エネルギーの枯渇が入院の原因なら、叔母の復活はそう時間はかからないはずだ。
昔、叔母に聞いた事だが、『呪詛』というモノは、

『生死を問わない何者かが、対象となる人間との間に関係性という名の霊的なトンネルのようなモノを作り出し、そこから様々な霊障を与え、生体エネルギーを吸い取る。最悪、命自体まで吸い取ってしまうモノ』

平たく言えば、そういうモノであるらしい。

叔母は、その呪詛から文字どおり命がけでオレを守ってくれたのだろう…
そう言えば、幼い頃から何者かに守られているという感覚を何度か経験している…

「武市君?」

翔子さんが大丈夫かといった表情でオレの名を呼ぶ。

「ああ、すんません!ていうか、やっぱりオレ、叔母に守られてるんすね…」

今は素直に感謝の気持ちしかない。
同時に申し訳なさと、己の不甲斐なさを呪う気持ちを込めて、オレはそう呟いた。

「そうだよ…まあ、私も武市君と同じなんだけどね…」

翔子さんは、そう言って気恥ずかしそうに笑った。

それからは、最近オレの身辺に起こった事件、つまり『絵画事件』と『八龍』事件、また、AYAさんの事、伊田さんの事、美弓さんの事、土雲の事、そして『魔星』のメンバーであるという月形ゼオンという人物について、あるがままに翔子さんに報告した。

「AYAか…あの子は私の妹弟子になるのよね…あの子、甘えん坊さんだから、師匠に叱られた後、必ず私の所に来て膝枕をねだるんだよ?まあ、それに応じる私も私なんだけど…しかし、ファザコン気味のあの子が恋とはねぇ…しかも相手が土雲の宗主…会った事はないけど、悪い話は聞かない…でも、師匠が知ったら、あの子、かなり叱られるだろうな…で、源さん?あの源さんがここに住んでいて、武市君と偶然出会った…?出来すぎてて、何か違和感を感じるね…誰かに仕組まれてるような…武市君はそう感じたりしなかった?」

そう言われて、ドキッとした。

それはオレも感じていた事だ…
確かにここ最近、伊田さんに限らず、何故かオレに縁のある霊能者が俺の前に現れる…
しかも、叔母絡みのだ…
そういう一族の血をひいているからには、それは不自然ではないのかも知れないが…

「確かに、出来過ぎな気はしてます…」

翔子さんは眉間にシワを寄せて何か考え込んでから、

「そうか…うん、わかった。」

と、素の表情に戻った。

自己完結!?

「いや、翔子さん、何なんすか?自己完結はないでしょ?」

オレはそう突っ込んだ。
しかし、

「あ、ごめんね…でも、武市君は知らない方がいいから…」

そのセリフに近いニュアンスで彼にもそんな事を言われた。

「そりゃないっすよ…何か伊田さんにも同じような事言われたし…覚悟してから聞けとかなんとか…」

オレのその呟きに翔子さんが食いついた。

「源さん、そう言ったの?」

怒りの感情を含む、強い口調だった。

「あ、はい…」

オレの答えを聞いたのか聞いてないのか…
翔子さんはまた考え込みながら、

「言おうとしたんだ…」

と、眉間に深いシワを刻んだ。

オレには、何か秘密があるのだ…
しかもそれを知れば、オレの中で何かが大きく変わる、いや、変わってしまうような事なんだろう…
ならば、今はそれを知りたいとは思わない…

「まあ、実際聞いてないですし、聞く気はないですから、今のところは…」

翔子さんはそれを聞くと、表情を和らげて、

「まだ早いよね…それについてはね、おそらく…師匠の口から聞いた方がいいと思う…それまで武市君は普通の学生でいて下さい。」

普通の学生でいて下さい…
そのセリフは、逆に言えば、その秘密を知れば、オレは普通の学生ではいられなくなるという事になる…

オレは、物心ついた時から怒りが頂点に達っすると、何故か頭…いや心の中に『明王』の絵が浮かぶ…
『明王』とは、魔を祓い、仏の教えに背く者に対しては無理矢理捕まえてでも帰依させ、救おうとする力の仏である。
明王も色々いるが、皆『憤怒相』、つまり怒りの表情で描かれている。
オレの中に浮かぶのも、そういう憤怒相、その中でも一番凶暴な暴悪大笑面という相であるようだ…

待てよ?

そういえば、北尾の絵画の中心にいた『正一』という男…
あれに似て…

嫌な事が頭をよぎった。
もう考えまい…全てはわかる時には嫌でもわかる事なような気がする…

「武市君、美弓さんの事は聞いてしまったのよね?」

また気になる言い方をする!

「聞いてしまったとは?」

翔子さんは一瞬だけはっとした表情になった。
しかし、それはほんの一瞬で、翔子さんはすぐに素に戻して、

「フタナリの事、聞いたのよね?」

今度は『聞いた』か…

「あ、はい…何か、美弓さんの中には美弓さんともう一体…二体の霊が宿ってるって聞いてしまいました。」

オレはあえて『しまいました』と答えた。
話の流れから察するに、ハッキリ言って、

「翔子さん、オレもフタナリなんですか?」

と、そう聞かざるを得ない。
しかし、帰ってくる答えは予想できる。

「違う…武市君はフタナリじゃないよ?」

翔子さんはオレの予想通りのセリフを吐いた。
しかし、その目に迷いが見えない。

「そうっすか、何か話の流れ的に、そうなんかな?と思って…」

と、今はそう答えるが、翔子さんの答えを信じたわけではない。

翔子さんはオレの顔を見て話題を変えた。

「魔星の事も聞いたのね…師匠もそれをかなり危険だと見ているみたい…反社会的な霊能者集団ね…さっき武市君の話に出てきた『月形ゼオン』という人物…師匠の口からも聞いた事あるよ…』

本に文字を浮かび上がらせてメッセージを伝えてくるという霊能者以上の力を持った謎の老人…

「ん?」

翔子さんが突然、警戒態勢に入った。
目つきが完全に変わっている。

それとほぼ同時にリビングを強力なプレッシャーが支配した。
突然重力が何倍にもなったような。ズシリと音が聞こえそうな強力なプレッシャーである。

突然、卓袱台の上に大男が現れた。

ボロボロで汚れた浴衣のようなものを着ていて、そのはだけた隙間から、まるでゴリラのような鋼の肉体が見える。

姿は見ていなかったが、バイト先で現れた気配と同じように感じる…
こいつは、かなり危険な霊体だ!

「武市君下がって!」

翔子さんの声に反応し、オレはあとずさった!
翔子さんは右拳を握りしめると、またその拳を赤く光らせる。

突然現れた大男は、頭が天井についている為、首を折り曲げてこちらを見ている…
何故だかわからないが、頭にズタ袋を被り、両目の部分だけがくりぬかれていて、そこから見える両目からは、明らかに他者に対する攻撃的な『狂気』が伝わってくる。
よく見ると卓袱台から少しだけ足が浮いていて、仁王立ちでオレを見下ろす形で微動だにしない。

翔子さんは素早く立ち上がると、赤く光る右拳を引き、一気に大男の丸太のような足にそれを叩き込んだ!

ドプン!

一撃を加えられた大男の全身が振動する。
まるで水が入った薄いゴムの袋を殴った時のように、ぶるん、ぶるん、とゆらめいている。

効いていない?

翔子さんが呟く。

「コイツ、生き霊?」

その呟きと共に、翔子さんの右拳の赤い光が、その輝きを増した!













2016年08月06日

扉シリーズ第四章 『覚醒』第七話 「タケイチ4」

翔子さんの右拳が真っ赤に輝く。

大男は平然とオレを見下ろし続けている。

オレはあまりに突然な事に、腰が抜けたようになっている。

「武市君、逃げなさい!」

翔子さんの叫びも虚しく、オレは立ち上がる事すら能わずにいた。
その瞬間、

ズシン!

今までの倍、いや数倍のプレッシャーがリビング内に降りかかった。
内臓が振動するような感覚を覚え、更に、オレの鼻から血が噴き出した!

目玉が飛び出し、口から内臓を吐き出しそうなくらいのプレッシャーだ。

しかし、翔子さんはそれに気圧されることなく、真っ赤に輝く右拳を大男の足に炸裂させた。
大男がぐらついた!
今度は効いたようだ!

「逃げて、武市君!」

翔子さんの必死の声に、オレの抜けた腰に力が入った!

四つん這いの姿勢から立ち上がり、オレは鼻を押さえながらリビングから脱出しようとした。
リビングのドアノブに手をかけ、勢いよくそれを回してドアを開ける!
しかし、ドアの向こうに、それはいた。
また頭からズタ袋を被った浴衣の男だ。
しかし、身長はオレより低めで
まるで虫のようにガリガリだ。
ズタ袋で表情は確認できないが、笑っているように感じる。
それも、大男と同じく攻撃的な『狂気』をその目に宿している。

何がどうなったのかはわからない。
しかし、コイツ等は明らかなオレ達に危害を加えようとしている。
と、そんな事を思っている間に目の前の痩せた男が、動いた!
手を鎌のように構え、それをオレの首筋狙って手刀を放つ!

ヒュン

という風を切る音が聞こえた気がした。
オレは何とか寸での所でそれをかわしたが、首筋から少し血が飛んだ。
触れてもないのに、風圧だけで皮一枚切られた…
後ろで、

ドン

という音が聞こえて振り返ると、翔子さんが倒れている!
頼みの綱の翔子さんでも歯が立たないというのか?
オレは翔子さんに駆け寄る。

「翔子さん!」

翔子さんは立ち上がりながら、

「二体か…仕方ないわね…」

と呟くと、目を閉じて深く息を吸い込んだ。
すると、翔子さんの胸のあたりが赤く発光し、その光が全身に広がり、翔子さんの身体が赤い光に包まれた!
まるで漫画のような光景だが、今、オレの目の前でそれは起こったのだ!

「消耗が激しいからあまり使いたくないんだけど…武市君、今から見せるのが本当のソウルコンバットだよ…」

翔子さんはそういうとオレを視界から消えた。

ズン!

という鈍い音が聞こえて、そちらに目をやると翔子さんは大男の腹部、ミゾオチあたりにハイキックを決めていた。

音もなく、大男の体勢が崩れる。

また翔子さんの姿が消えた。
もしやと思いドアの方に目をやると、翔子さんは痩せた男の腹部に正拳突きをお見舞いしていた。

「武市君、窓から逃げて!」

翔子さんの声に反応して、オレは窓に駆け寄り、勢いよくそれを開いた!

窓から見える庭に、男が立っている。
ズタ袋ではなく般若の面をつけ、小綺麗な青い浴衣を着た男がジッと、オレをみている。
それに構わず窓から出ようとするが、その男は右手をあげ、こちらに手のひらを向けた。
その瞬間、オレの身体が吹き飛び、オレはリビングの壁に叩きつけられた。

「武市君!」

翔子さんの声が聞こえたが、意識が朦朧とする。
まるで車と衝突したような衝撃が、オレを行動不能に陥れた。

大男と痩せた男がオレに近づいてきた。

また翔子さんが目にも止まらぬスピードでオレをかばうように二人の前に立ち塞がった。

その時、

ピンポーン

とインターホンが鳴った。
その音が、何故かわからないがリビングの空気を一瞬緩めた。
その一瞬の間に、翔子さんが二人に攻撃を加えたのか、二人の体制が崩れた。
速い。
完全に目がついていかない。
人間が出せるスピードではない。
これがソウルコンバットなのか…
少しハッキリしてきた意識の中で、オレはそう思った。

「こんにちわ〜、木林ですけど武市君いてますか〜?」

木林!?
最悪のタイミングで来てしまった!

しかし、その直後、バタバタと玄関先で音がして、廊下を走る音がした。

バタン!

勢いよくドアが開く!

「た、武市〜!」

家に入った瞬間に何かを感じたのか、木林がドアを蹴破るようにして現れた!

木林の目にはこう映ったに違いない。
二体の、化け物じみた霊体と、見覚えのない美女、更に鼻血を流して倒れている武市…

「何やっとんのじゃボケ〜!」

そう叫びながら痩せた男にハイキックを繰り出し、そのズタ袋に包まれた顔面にその蹴りがクリーンヒットした!
痩せた男はその蹴りの威力でリビングの壁に激突し、そのまま弾けるように散華した!
大男がそれを見て、たじろぎを見せた。
木林は鼻を鳴らしながら、

「このガキャ〜!人の相方に何してくれとんねん!しかも美しきレディに襲いかかるとは、絶対に許さん!」

木林は完全にキレている。
目がヤンキーに絡まれた時の目にはなっている。

木林は翔子さんに勝るとも劣らぬスピードで大男に回し蹴りを炸裂させた。
それが大男の大腿部にヒットし、またぐらつくが吹き飛びはしない。
それを確認した木林は、

「生意気なガキよ〜!チェスト!チェスト!チェスト〜!!」

木林は大男に向かって蹴りを連発し、完全に圧倒している。

「だ、誰?何て出力なの!?」

その様を見て、翔子さんが叫んだ。
よく見ると、木林の脚が翔子さんより赤く光り、更にその赤に銀色が混ざっている。

「チェストチェストチェスト〜!」

一発繰り出すたびに蹴りのスピードと脚の光が速く、激しくなる。
大男は身動きすらできずに、少しずつその巨体がはじけて散華していく。

「トドメじゃボケ〜!!」

木林はその赤く銀色に輝く脚を大男の腹に深々と突き立てた。
その一撃で、大男は完全に散華した。
木林はそれを確認すると、

「思い知ったか、このトンチキが!」

とのセリフを残して、そのまま、崩れた落ちた…

目を丸くし、口を半開きにしていた翔子さんとオレ…
木林にこんな力があったとは、全く知らなかったし、気がつかなかった…

「か、彼は?」

翔子さんはもっとも事をオレに尋ねてきた。
オレはただ、

「あ、相方の木林です…」

翔子さんは一瞬、相方の意味がわからなかったようだが、

「あなたの友達、私の数倍強いわよ?」

と、目を丸くしたまま、そう言った…

しかし、庭にまだ一体残っている。

オレがそう思った瞬間、あの仮面の男はすでなリビングの中でオレ達の前に立ち塞がっていた…











2016年08月08日

扉シリーズ第四章 『覚醒』第八話 「タケイチ5」

意識を失い、リビングの床に横たわる木林。
どうやらさっきの大活躍で急激にエネルギーを消耗したのだろう。
しかし、木林にこんな力があったとは…
正直目の前で見た事が信じられない。
木林が少林寺拳法で黒帯なのは知っていたが、今見たのはソウルコンバットだろう?
オレが知らなかったのだ、木林がその存在を知っていたとは思えない。
だとすると、こいつも叔母のように元々できたクチなのか?
しかも、翔子さんが苦戦したあの二人をほぼ瞬殺…
こいつが友達で良かったと、今つくづく思う。
オレのピンチに我を失うくらい激昂した木林の姿が誇らしく、また嬉しかった。
しかし…
危機は去ったわけではない。
今オレの前に立ちふさがる仮面の男…
あの二人のような圧倒的な霊圧とヤバさは感じない。
逆に穏やかで知性的に感じる。
翔子さんは身体を赤く輝かせたままで、いつでも動けるように身構えている。

『トミタタケイチ…』

頭の中に声が聞こえた。
涼やかに響くその声に威厳のようなものを感じる。
声の主は明らかに目の前のこの男だ。
無論、翔子さんにも聞こえたようで、その細い脚に力が入った。
仮面の男は微動だにしないまま、また語りかけてきた。

『今日ハオ前ヲ見二来タ…オ前ハ我ガ主人ガ贄…ユメユメ忘ルル無カレ…我々ハ、イツモオ前ヲ見テイル…イツモ、イカナル時モ…再ビ見エシソノ時、オ前ハ、オ前ノ刻ハ終ワル…』

仮面の男はそう言うと、その姿を陽炎のように揺らめかせ、次第に薄れて、消えてしまった。

我に帰ると、リビングを支配していたプレッシャーが消えている。
翔子さんは全身にまとっていた赤い光を解除し、大きく一つ溜め息をついた。
オレと翔子さんは一度目を合わせると、その目をそのまま木林に向けた。
木林は微かに寝息を立てている。
翔子さんはそれを確認すると、そのまま床にへたり込んんだ。
するとまた溜め息をついて、

「私、やっぱりまだまだだなあ…」

と自嘲気味に笑った。
オレはティッシュで鼻血を拭く。
床にも所々血が落ちていたので、それを吹きながら、

「あ、あの…木林、大丈夫ですかね?」

と、翔子さんに尋ねた。
翔子さんは立ち上がると木林の首元に手をあてて、

「かなり消耗してるけど大丈夫…すぐに気がつくと思う…」

と言うと、

「彼、凄い守護霊に守られてるね…少なくとも私以上の霊力を持った女性…かなり大昔に亡くなられてるけど、未だに強力な自我を保っている…なぜかわからないけど、かなり深い領域に存在してるけど…彼女の力もあるのかしら、彼のあの力は…」

と続けた。
木林の守護霊が強力なのは知っているが、確か…

「伊田さんが言うには、木林の守護霊は呪詛のせいで力を抑えられてるはずですけどね…」

と、オレは翔子さんに言ってみた。

「…少し違うみたい。呪詛も原因の一つと思うけど、彼女、自ら木林君の精神のかなり深い領域に潜っているように思う…単なる勘なんだけど…もしかしたら、木林君も私達と同じかも…」

翔子さんの言った事にピンときた。

「じゃあ、木林もアレですか?まつろわぬ民の末裔?」

オレの問いに翔子さんは首を縦に振り、

「うん…少し違うかも知れないんだけど…もし彼女、木林君の守護霊が彼の先祖にあたるなら、可能性はあるね…彼女、おそらく純粋な日本人じゃないと思うから…もしそうなら、木林君がソウルコンバットに近い力を使えても不思議じゃないかなって…」

純粋な日本人じゃない?
もしかしたら外国人で、その精神性の影響を受けているが為にソウルコンバットを使える?
確かに木林は日本人である事を誇りに思いながらも、欧米人みたいな合理的な感性も持ち合わせている…
今までの付き合いの中で、それを感じた事はあったが、木林の中にあれほどの霊力があろうとは夢にも思っていなかった。

「それと、あの三人、生き霊に近い存在かも知れない…純粋な霊体なら私の一撃でも十分に効いたはずだけど、あのゴムを殴ったような感覚…かなり生者に近いように思う…なかでも仮面の男は一番危険だわ…彼は霊力を外に出してないだけで、その内には凄い霊力が渦巻いている…今日はただの挨拶だったのか、見逃してくれたのか…でも、そんな存在にいつも見られているという事を絶対に忘れちゃいけなないわね…」

あの仮面の男…
オレの事を「主の贄」と言った。
しかも、今度あった時はオレの時が終わると言った…

オレは、そう遠くない未来にオレではなくなるのだろうか?
だとすれば、オレは何になるのか?

いや、考えまい…
考えたところで何らかの対策を立てられるわけもなく、不安が大きくなるだけだ。

その後、木林をソファに寝かせて、オレと翔子さんはお茶を飲んでいた。

『京都へ行くのね…その土雲の宗主に会いに…』

翔子さんが呟くように尋ねてきた。

「はい…オレと木林、AYAさん、伊田さん、そのメンバーで会いに行ってきます…」

翔子さんはそう答えるオレに、意外な事を言った。

「うん…今はそうすべきかも知れない…」

筋海一門に連なる人間は総じて土雲に対して好意的ではないはずだが…

「武市君…さっきの三体の生き霊達を見て確信したんだけど、武市君が望んでいない運命を回避するには、私達とは別系統の力が必要だと思う…私の梳名家も元は筋海一門とは違う別系統の力を持っていたらしいんだけど、もうその力は失われてしまった…京都の土雲にはまだその力が強く残っていると聞くわ…東北から北海道あたりにも『神居家』というまつろわぬ民の末裔一族がいるらしいけど…その一族はさらに異質な力を持ってるらしいわ…でも、一番謎に包まれてるのが「甲田一族」…甲田一族の宗主はかなりの高齢で師匠でも一度しか会った事がないらしいの…今どこにいるすら、師匠も知らないみたい…」

えっ?
甲田の宗主?
そんな人がいるなんて聞いた事すらなかった…
しかも、あの叔母が一度しか会った事がない?
そんなに偉い人なのか?
しかも、どこにいるのかすらわからないとは一体どういうわけだ?
そう言われれば、甲田一族についてオレは何も知らない…
おそらく、それを知るのにも覚悟が必要なのだろう…

叔母が意識を取り戻した、オレは叔母に話を聞きに行こう。
オレは、今そういう時期にあるのだ。
来年は二十歳になる。
もう、守られてばかりの子供ではいられないのだ…
守られる側から、守る側へ…
もう、大人にならねばならない時期にきたのだ…

「私も行くわ、武市君…」

えっ?

「あ?え?し、翔子さんも?」

オレは翔子さんの言葉に我に帰った。

「うん…私、武市君のボディガードも兼ねてこっちに来たからね…まあ、もっと頼もしいボディガードがいたようだけど…それに綾の思い人がどんな人かも確認しておきたいしね…」

やはり、オレは強くならねばならない。
守られてばかりいては、いつか大切なものを失う時がくるかも知れない…

「う〜ん…ん?うぉっ?」

木林が身をよじりながら目を覚ましたようだ。

「木林!」

オレは木林にかけより、

「お前大丈夫か!?何ともないか!?」

と肩を掴んで尋ねた。

「ん?あ?う〜ん?何や?なんかあったんか?ていうか、何かめっちゃ身体痛いんやけど?」

木林の答えを聞いて翔子さんが笑った。

「何も覚えてないのね…急にあれだけ霊力を使えば仕方ないよ…」

木林は目を丸くして、翔子さんを凝視しながらオレに尋ねてきた。

「武市…この美しきレディはどこのどなた様なんや?」

翔子さんはまた笑いながら、

「初めまして木林君…私は梳名翔子…甲田福子の秘書です。」

と木林に微笑みかけた。
木林は翔子さんから視線を外さないまま、器用にオレの左耳を掴むと、それを引っ張る。

「木林君も目を覚ました事だし、買い物に行きましょう。私、こう見えて料理好きなのよ?」

それを聞いた木林はオレの左耳を掴む指に筋を立てながら、思い切り引っ張った…







2016年08月11日

扉シリーズ第四章 『覚醒』第九話 「タケイチ6」

冨田家の食卓では、滅多に見る事のない料理が並んでいる。

『ハンバーグ』

である。
温かな湯気と食欲を掻き立てる肉肉しいよい香り。
付け合せに添られたボイルされたニンジンとブロッコリーの鮮やかな色彩が、ハンバーグという主役の横で名脇役を演じている。
それを目の前にしたオレと木林は口の中に唾液を溜めながら、炊飯器から御飯をよそってくれている翔子さんに見とれていた。

「武市君ちのキッチンで料理するの何年ぶりだったかな?やっぱり懐かしいね」

そう言いながらオレと木林の前に御飯を出し、自分の分もよそっている翔子さんが眩しい。

「さて、お口に合いますかどうか…どうぞ召し上がれ。」

翔子さん!
美しきあなたが作って下さったこの素晴らしい料理、この冨田武市の口に合わぬ事などあるでしょうか!?
それでは、

「いただきます!」

と、オレと木林は同時に手を合わせてそう言うと、翔子さんのハンバーグを口につけた。
口の中ではじける肉汁!
スパイスの効いたハンバーグに濃厚な手製のデミグラスソース!

「う、うまいっす翔子さん!」

オレが先に言おうとしたのに、おのれ木林に先を越されてしまった!

「ほ、ほんまにうまいっす翔子さん!」

負けじとオレもその味を賛美する。
しかし、翔子さんがうちで料理をした事があったとは知らなかった。
食い逃していたのなら、それは我が人生において悔やまれる事件のベスト3には入りそうなミスである。

「良かった〜まあ、ハンバーグには少しだけ自信あるんだけどね…でも…」

翔子さんはそう言いながら御飯を口に入れた。
それを咀嚼して飲み込むと、

「武市君ちって、いいお米食べてるんだね…うん、美味しい。」

翔子さんは意外に食欲が勝る人なのだろうか?
美味しいという笑顔が一段と輝いている。

それからしばらく翔子さんの料理を堪能した。
少食の木林が御飯を二杯お代わりしたのだが、それだけ食欲をそそられたのか、やはり、さっきの大活躍で消耗した事も関係あるのだろうか?

「うぁ〜満腹ですわ〜翔子さん、ごちそうさまでした!」

木林が手をあわせる。
こうして見ると、食欲以外はいつもの木林と変わらない。

オレ達は食事を終え、お茶を飲んでくつろいでいた。
すると木林が、

「あの、翔子さん?さっき、僕に何が起こったんすかね?」

とボソリと尋ねた。
あの後、翔子さんから木林本人から尋ねてくるまで、黙っていろと言われていた。
急な覚醒は脳に負荷がかかる為、ゆっくりと自分の脳を整理した方がいいらしい。
急激に情報を流し込むと、少し錯乱したりする事もあるらしい。

翔子さんはしばらく黙っていたが、ゆっくりと、さっき起こった事を説明した上で、

「木林君、君にはソウルコンバットの才能があるみたい…それも、かなりの…もしかしたら、エルネスト神父くらいの力があるかも…」

と、木林の目をじっと見ながら答えた。

「ソウルコンバット…それは平たく言えば、幽霊をブン殴って除霊するやつですよね?まあ、幽霊でもなんでも、ムカつく奴はブン殴りたいですけどね…」

そう言う木林だが、お前の場合はブン殴るより蹴り倒すが正しかろう…
しかし、エルネスト神父?
誰だろう?

「で、その才能があるんですか、僕に?」

木林の問いを、翔子さんは大きくうなづき、肯定した。

木林は、

「なんか全然覚えてないからわからんのですけど…とにかく、そのズタオ等を僕が撃退したんですよねぇ…はははっ!オレ、そんな事できたんやなあ、武市!」

まんざらでもないと言わんばかりにオレの背中を叩く木林。
しかし、オレはさきほど話に出てきたエルネスト神父という人物が気になっていた。

「翔子さん、あの、エルネスト神父って!」

と尋ねたオレに、翔子さんは

「あ、エルネスト神父はイギリス最高のエクソシストで、最強のソウルコンバット使い…私にソウルコンバットを仕込んでくれた人よ…」

エクソシスト…
日本の霊能者と呼ばれる存在とは少し毛色が違うが、悪魔や悪霊を相手にする聖職者だ。

「欧米の方でも霊能者は多いんだけど、エクソシストは教会の聖職者の方達だから、自分達の事はエクソシストと呼んで区別してるみたい…ソウルコンバットは元々、そのエクソシストに受け継がれてきた対悪霊の為の格闘術なの…だから、世間一般には伏せられてるの…いくら悪魔祓いとかって言っても、神父さんが暴力的じゃイメージ悪いでしょ?」

そうなのか…

「で、木林君、あなた、ソウルコンバットに興味ない?本格的に学べば、十分霊能者としてやっていけるよ?その気なら、私がお世話するけど?」

どうやら翔子さんはかなりソウルコンバットが好きらしい。
目の輝きが怖いくらいだ。

「いや、急な話なんで興味あるかないかも、正直わかりませんわ、はははっ!」

木林は笑って誤魔化しているが、こいつが将来霊能者を目指しているわけがない。
まあ、まんざらでもないのは本心だろうが…

「あ、それより、翔子さんも一緒に京都に行ってくれるんですよね?」

話題を変えた木林に、翔子さんは少しだけ残念そうな表情をしたが、

「え、ええ…私は師匠の名代としてきてるから、武市君を守らなきゃならないし、状況を把握しておく必要もある…綾の事も心配だし…」

翔子さんの目が曇った。

「『闇黒経』を持ち出してるのよね、綾は…」

『闇黒経』…
AYAさんが持っていた書物だ。
見た事もない文字で書かれていて、AYAさん自身もそこに何が書かれてあるかは知らないらしい。

「闇黒経はね…それ自体がとても危険な呪物だと言われているの…本の形をした呪いと言ってもいいかも知れない…それこそ、私達とは違う異質な力を秘めている…綾の三角家に伝わっているのはその写本、つまりコピーだけど、コピーでも相当危険だと聞いてるわ…そこに土雲が絡んでるのが、どうにも胸騒ぎがするから…」

本から良からぬ力を感じてはいたが、そこまで危険視されているとは…

「あの本は、意思を持っているとも言われてるの…その意思が眠っている時は問題ないんだけど、目覚めてしまったら、どんな事が起こるかわからない…だから、刺激するような使い方をしないように綾に釘を刺しておかなきゃ…」

翔子さんは自分に言い聞かせるように、そう言った。

それからしばらく京都行きの話をした後、木林は帰って行った。
木林はうちに遊びに来ただけだったのだが、色んな事を経験して帰って行った。

その後、翔子さんは風呂に入った。
その間、オレはリビングでテレビを見ていたのだが、テレビの内容が全く頭に入ってこなかった。

オレは動揺していた…







2016年08月12日

扉シリーズ 第四章 『覚醒』第十話 「タケイチ7」

その夜、オレはなかなか寝付けなかった。
風呂上がりの翔子さんの姿の色っぽさに多少興奮していたのだろう…
翔子さんにとって、ウチは親戚に近い感覚なのだろう。
おそらくオレは従兄弟のように思われている。
もしくは、十も離れているのだから、いつまでたっても子供のイメージがあるのだろう…
でなければ、風呂上がりにタンクトップとショートパンツという露出の多い刺激的な格好でオレの前をウロウロしたりしないはずだ。



思い出すと悶々とするので、違う事を考えようとすると、昼前の出来事が頭を支配する…
無心になって寝ようとすると風呂上がりの翔子さんの姿が…
そんな事を繰り返しているうちに、何時かと時計を見れば午前2時を過ぎていた…
流石に本気で寝ようと、仰向けのまま、腹を冷やさぬよう胸までタオルケットを被った瞬間、

ゾオン!

と、部屋中に霊圧を感じた。
しかも、身体が動かない。
金縛りだ。
大した霊圧ではないが、身動き一つできない。
まあ、こんな程度は日常茶飯事なので、金縛りを解除しようと、丹田に気を集中し、

「ふん!」

と気合を入れてみた。
大方の金縛りはそれで解除できるのだが…

動けない…

さて、どうしたものかと寝た姿勢のまま、天井を仰ぎみた時、そこに見覚えのあるモノを見た。

仰向けになっているオレと対面する形で、天井にあの女が浮かんでいる。
北尾の絵画の中で、おそらくは『正一』という名前であると思われる中心に描かれていた男に踏みつけられている全身傷だらけの女…
AYAさんがショートカットになる原因になった、あの女だ…

電気を消しているというのに、全身からヒカリゴケのように淡い青色の光を放って、オレに見せつけるように天井に浮いている…

何故今ここに?

何をしにきた?

しかも、あの時感じた凄まじい霊圧の十分の一も感じない。

女はただ天井に浮かび、オレを見下ろしている…

この程度の霊圧から生じる金縛りなら気合だけで解除できるはずだが…

オレは女から視線をそらせぬまま、睨みあう…いや、見つめあっているような形で数分間そうしていた。

そうやって女を見ていて、オレは気づいた。

『この女、誰かに似ている…』

誰に似ているのかはわからない。
しかし、女の顔がよく見知っている女性にそっくりだと、漠然とだがそう思うのである。

知人の女性の顔を頭の中で再生し、目の前の女の顔と比べるが、誰とも照合しない。
しかし、その代りに、頭の中にある光景が浮かんできた。

時代劇に出てきそうな、あまり豊かでない寂れた農村…

次は神社のような風景…

その次に、かなり背の高い杉の木が群生する暗く大きな森…

その森の中でも一番立派な杉の木…

その杉の木に目隠しをされて、縛り付けられている白い着物の女…

次のシーンではその白い着物の女と思われる女が全裸にされ、まるで十字架にかけられたキリストのように両手と両足に五寸釘を打たれて杉の木に磔にされている。

その次のシーンでは、その女の全身にミミズ腫れのような傷が…

この女だ!

しかし、この頭に浮かぶ光景はなんだ!?
しかも、何故この女を見知っていると感じるんだ、オレは!?

しかも、

今、嫌な文字が…いや、嫌な名前が頭に浮かぶ…

糸…

甲田 糸…

明らかに、この女の名前であろう…

何で『甲田』なんだ!?

と、思った瞬間、顔にポタリと何かが落ちてきた。
ビクッとして意識を女に戻すと、無数にある女の傷から赤い血液ぐ滲み出し、それが寝ているオレに滴り落ちてくる!

ポタ、ポタ、ポタ…

『うあああああっ!!』

オレは声なき叫びを上げた。

ポタポタポタポタポタポタ…

全身から湧き出るように血液を滴らせる女の姿に、オレは素直に恐怖した。

それと同時に、『甲田糸』という文字がオレの脳内にまるで細胞分裂するように増殖していく。

『甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田…』

『甲田糸』という文字が洪水となり、オレの記憶や人格そのものを押し流してしまいそうだ!

『ううう…うあああ…はあ、はあ、う、ううう…ぎゃああああああああああ〜!!』

と、また声なき叫びを上げた所までは覚えている…

気がつくと、目の前に心配そうにオレを見ている翔子さんの顔があった。

「武市君!?」

目を開けたオレを見て、翔子さんが呼びかけてきた。

「武市君大丈夫!?」

オレは身体を起こすと、まだ意識もハッキリしないまま、

「あ、翔子さん…おはようございます…」

オレの声に安心したのか、翔子さんは俯いて、一度息を整えてから、

「無事でよかった…朝御飯できたから起こしにきたら全く応答ないから、まだ寝てるのかなって待ってたらお昼になっても起きてこないから心配になって部屋に入ったら、武市君…」

と、言って、翔子さんは口をつぐんだ。
そして、少し迷っているようなそぶりを見せてから、また口を開いた。

「武市君…宙に浮いたまま気を失ってたんだよ…」

翔子さんのその言葉で、オレは完全に意識を取り戻した。

「浮いてた?オレが?」

オレの問いに、翔子さんは初めて見る怯えた目で、

「うん…青白く、うっすら光ってるように見えた…私、正直、怖くてその場から動けずに見てたんだけど…その光がだんだん弱くなって、それと一緒に武市君の身体も地面に降りて行ったの…武市君、何があったの?」

翔子さんは叔母の秘書にして一流の霊能者である。
今まで数多く怪異を目の当たりにしてきたはずだ。
その翔子さんが、怯えている…

オレは、何者かに変化しようとしているのだろうか?

思えば最近、オレは常に超常現象の只中にあると言って過言ではない…
それら、オレに縁するすべての事象が、オレを何者かに変化させようと動いているような…

「それに…」

翔子さんの声で、また我に帰る。

「武市君…瞳の色が変わってる…」

えっ?

という表情をしたオレに、翔子さんは自分のコンパクトミラーを差し出した。
その手が震えている…

オレは、そのコンパクトミラーを受け取り、恐る恐る、それを除き込んだ。

オレの瞳はもともと少しブラウンが強い。
しかし、そのブラウンが勝ち気味になり、一瞬金色に見えた。
しかも、瞳の丸い輪郭をなぞるように赤いラインが入っている…

オレはコンパクトミラーに映る自分の瞳から長いこと目を離せずにいた…







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