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2016年11月29日

扉シリーズ第五章  『狂都』第二十七話  「雲神」

澪は、土雲の祖神は厳しい髭を生やした老人…
または、蜘蛛のような異形を思い浮かべていた。

土雲家は、古事記に登場する『土蜘蛛』の名を冠する朝廷に従わなかった勢力の中核となった一氏族である。
土雲本家の口伝によると、上古天皇の御世、大和朝廷にまつろわず、抵抗を続けていた土蜘蛛であったが、その中核であった土雲家の祖、『威麻比古』の一族は押し寄せる朝廷からの討伐軍との善戦空しく葛城山中にまで追い込まれた。
しかし、威麻比古が一族救い給えと天に祈ると、雲中より『姿貴き
女の神』が降臨し、

『我、雲中に在りし雲神なり、汝等滅びしを見るに忍びず、我懇ろに祀らわば、汝等滅びずを見ぬなり』

と言った為、威麻比古は片膝ついて頭深く垂れ、

『我、喜びて祀るなり』

と答え、威麻比古の一族は雲神の眷属となり、威麻比古は雲神の真名を頂き、『土雲威麻比古(ツチグモノ)』と名乗り、それより威麻比古の一族は『土雲』の姓を名乗るようになった…

これは霊能の世界に漏れ出ている土雲家の起源にまつわる話だが、澪のようなまだ修行中で、高校に通っている普通の女子高生がこんな事を知るわけもない。
また、今、事の真偽を知るのは当主である晴明と雲神のみである。

しかし、声はすれども姿は見えない…
それは静馬とて同じ事のようで、

「無駄な詮索はやめとけ…雲神様の御姿は晴明にしか見えねぇよ…」

と、目でキョロキョロと雲神を意識していた澪を制した。
それを聞いた澪は、ハッとして頭を更に深く垂れた。

「雲神様…ここにいる土雲澪が彼の涅槃の王の毒気に当てられております…どうかその御力にて、この者を災いからお遠避け下さい…」

その静馬の声が背中から聞こえたと思う程、静馬は頭を下げていた。

『存じておる…澪よ…』

静馬の声に応えた雲神が自分の名を呼んだ事に、澪はどう答えてよいのかわからず、軽いパニックを起こした。

『恐れずともよい…澪よ、汝は今、その元なるモノに彼の涅槃の王が垂れ流したる毒に侵されておる…このまま捨ておけば、その瑞々しき身体も、近々に枯れ果て朽ち果てよう…その禍々しき強き毒を取り除く手は人にはない…澪よ…汝の母を、我は救えなんだ…この上は、何としてでも汝から毒を切り離すは、神たる我の務め…』

雲神の声が頭に響く。
それと同時に、澪の頭にイメージ映像の様なモノがサラサラと小川のように緩やかに流れ込んできた…

雲神が救えなかったといった、澪の母親、土雲霞の姿が、そこにはあった…

写真で見た、高校時代の母親だ…

その母親が、見慣れない場所…どこか知らない田舎の村を歩いている…
その表情にはありありと不安が滲み出ている。
その村は、時代劇に出てくる寂れた農村の様に見えるが…
何かが、どこかが違うように、澪は感じた…
何故こんな場所に母親がいるのか?
それは、イメージの中の母親にもわかっていないように見える…

澪は、悟った…

母親は…土雲霞は…未だこの場所にいる!

澪はバッと頭を上げた。

『察したか…賢い子だ…澪よ、汝が思い当たりしは誠なり…霞が魂は未だ彼の地、涅槃にある…』

雲神は澪の直感を肯定した。
しかし、その肯定された直感の意味がわからない…
霞の魂が、どこかわけのわからない場所にあるのなら、母親はその後どうやって生きていたのだ?
魂を無くして、人は生きていられるのか?
仮に生きていられるとして、魂が無い状態で人は認識を保てるモノなのか?
いや、それは生きていると言えるのか?
生きていないのだとすれば、自分は死人から生まれたのか?
いや、あの優しい母親が死人であるわけがない…
澪の頭の中は、次々に浮かんでくる答えの無い疑問で満ち溢れた。

「澪…お前の母親はな…一度死んだ…」

澪の様子を見て、静馬が口を開いた。
『一度死んだ』…
その言葉は母親の日記に書かれていた!
澪は静馬の目を見つめた。

「土雲霞は一度死んだ…そして、土雲霞じゃない別の何かとして、蘇ったのさ…それで霞姉ちゃんは宮司になれなかった…雲神様と通じあえなくなったのさ…でも勘違いするなよ、人格そのものは霞姉ちゃんそのものだった…優しい母ちゃんだったろ?」

静馬の声色には、母親への強い感情が感じとれた。
静馬は母親を実の姉のように慕っていたのだろう…

しかし、やはりわからない…

別の何かとは、一体何なのか?

『それ即ち、涅槃人なり…』

雲神は哀しみに満ちた声で、澪の疑問に答えた…

続く






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