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2016年11月20日

扉シリーズ第五章  『狂都』第十九話  「澪」

土雲澪は、高校二年生である。
少し小柄だが長い手足に白い肌、黒目がちな目をした和風の顔立ちに、ツインテールがトレードマークであり、街ですれ違う男性が思わず振り返る美少女である。

シングルマザーだった母を亡くし、昨年の春、それまで育った釜倉から、狂都の土雲本家に引き取られた。
現在は叔父にあたる土雲家当主、土雲晴明の養育下にある。
母親は、土雲晴明の十二離れた姉である。

霊感の鋭い女性だったが、保険の外交員として働き、澪を育てた。
父親の事については知りたいと思った事もないので、全く知らないに等しい。
しかし、霊能関係の人間であった事は聞かされていた。

澪も、土雲の血を受け継いで霊感が鋭い。
今は晴明について霊能者としての訓練を受けている。

元来孤独を愛すし、他人に興味を持たない性格である為、友人と呼べる人間は非常に少ない。
今までの人生で澪が自分の好意を自覚できているのは、母親、母親の同僚で親友だった女性、現在唯一の友人の藤田真由子、そして現在の養育者、土雲晴明のみである…
母親の親友だった女性は、母親と同年齢で独身だった。

澪は、その女性から母親と変わりないくらいの愛情を受けており、母親が亡くなった時には一月程その女性の元で暮らした。

澪は幼い頃、父親がいなくても母親が二人いる自分は皆より恵まれていると思っていたくらいだ。
藤田真由子は学校でできた初めての友人だ。

決して嘘をつかず、どうしようもなく不器用だが、何に対しても正直に体当たりでぶつかっていく生き方に、澪は自分に無いモノを感じ、妙に魅了されてしまっている。

そして晴明…
幼い頃にはわざわざ狂都から釜倉まで遊びに来て、遊んでもらったり一緒に風呂に入ったりもした。
晴明は、ただ底ぬけに優しい。

ついつい甘えて反抗的な態度をとってしまうが、澪の全てを受け入れてくれる。
しかし、澪は子供の時に晴明を一度だけ『恐い』と感じた事がある。

母親の葬儀の時である…
そこには晴明と共に土雲家の人間が何人か来ていた。
澪には全く面識の無い面々であったが、その面々は憎々しい表情で、

『家を出たから罰が当たった』

『本家でありながら能無し』

などと、澪にはわからない事で母親の悪口を口にしていた。

それを耳にした晴明は、それまで澪が見た事のない明らかな『怒り』の表情を見せた。
その面々に向かい、晴明は瞬き一つ見せず、まるで氷のような…いや、氷でさえ氷つくような冷たい目でただじっと見ている。

熱の無い冷たい怒り…

その怒りが生み出す冷気は、そこにいた面々にも伝わった。
その面々はバタバタと倒れ、救急車に乗せられ、その後どうなったかは澪は知らないし、知りたくもないが、おそらく無事ではあるまい…

澪は、その時初めて人間が氷つく様を見た…
澪には、彼等の生命の流れ…つまり血液の流れが止まったのだと感じられたのだ…

しかし、それは優しい晴明をそこまで怒らせてしまった彼等の自業自得であり、同情の余地は微塵もないとも、澪は思った。

しかし、それと同時に晴明の力に対する『恐れ』も、澪の心の奥深くに刻まれた…

澪には、今嫌いな人間が三人いる。

まず、都古井静馬という男である。
土雲家の支配下にある都古井家当主で、晴明とは幼馴染である。

根が悪い人間でない事はわかっているが、ニヒリストを気取っている所が生理的に気にくわない。
でも、晴明の役には立っているようなので、我慢するしかないと思っている。

次に、矢崎はるか。
一度晴明に除霊してもらいに来たのだが、それから間もなく弟子入りさせてくれと押しかけてきたのが3ヶ月前…

その目的は、明らかに晴明狙いである。
晴明は何故か簡単に受け入れ、今は住み込みで家事や事務仕事もこなしている。

しかし、澪は彼女の偉そうに突き出た大きな胸が気に入らない。
一日でも早く出ていって欲しいと、毎日考えている。

そして、一番気にくわないのは三角綾である。
テレビにもよく出ている有名な霊能者…美人霊能者であるのは否定しないが、澪には計算高い策略家にしか見えない。

この女も、明らかに晴明狙いで、腹の立つ事に、晴明はすっかりこの計算高い女の策略に乗せられているように見えるのだ。

とにかく、静馬はいいとして、矢崎はるかと三角綾は土雲神社から排除せねばならない。
しかし、彼女等を排除する有効な策を見いだせず、皮肉や嫌味を言う小姑のような事しかできていない状況だ。

その日、澪は学校の授業を終えると、友人の藤田真由子と狂都駅構内にあるマスタードーナツで寄り道をしていた。

「晴明さん、本当に美形で優しいもんね〜」

真由子はそう言うとドーナツをほうばった。

その答えに、澪はイラッときた。
どうすれば目障りな年増女達を排除できるのかと言う澪の相談に対する答えにはなっていなかったからだ…

澪は、店の外に目を向ける…

店の外を行き交う人を眺めていると…
澪の目に、一人の着物姿の女性が映り込んだ…

純白の着物、襟からは赤い襦袢がのぞき、豊かな黒髪を結い上げた色白な女性が、店内の澪から十メートルと離れていない場所から、澪の方を向いて立っていた…
いや、立っているというよりは、そこにあると表現するのが正しいと思える程無機質な感じがする…
まるで、その女性だけ時間が止まっているかのような…

澪は目を細めた…

その女性に、見覚えがあるように思えたからだ…

澪は視力が悪い方ではないが、十メートル離れた人間の顔を確認できる程の視力を持ち合わせてはいない…

しかし、澪は女性が誰であるかわかった…

四十を過ぎてはいるが、色白で美しい顔立ちのその女性は…

まぎれもなく、母親だった…

続く






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