2016年10月15日
扉シリーズ外伝『達磨亭奇譚7』
ズシン!!!
上から下、右から左…
吹き飛ばされた犬神に全方位から襲い来る圧倒的な霊圧!
『ぬうううう!!これが『八葉の一枚』の力かぁっ!憎し!憎しや呪神!』
八葉の一枚…
何かを気にかかる言葉を吐きながら必死に抵抗しているらしい犬神だが、みるみる、その身体が縮小していく…
雅人と呪神の傍では、芳恵を抱いた幸子が安堵と恐怖が混じりあったような複雑な表情で、その光景を見ている…
犬神は、縮小しながら、徐々にその輪郭が大気に滲むように曖昧になり始めた…
巨大な犬のような姿は、徐々に球体に近づいていく…
それと共に、犬神の中にあったと思われるエネルギーが放出され、それが光の粒子となり、大気に溶け混んでいくように雅人には見えた…
ついに、犬神はテニスボール大の輪郭が曖昧な黒い影のような球体へと変身…いや、還元されたのだと、雅人はぼんやりとだが、そう理解した…
『完敗だ…我は汝に奪われた後、数多を漂い、この地へと至りし時、ここにて『出会いし者』の助力にて形を取り戻した…眷属を増やし、汝に奪われしかつての力取り戻す望みも終えた…我も神、かくなる上は素直に彼の渦へと還ろう…しかし、一つ問う…汝、今、何処にありや?』
犬神の成れの果て、黒い球体から声が響く…
『…知れた事、常世よ…』
呪神は静かに問いに応えた。
『そうか…やはり在るのか…我もそれへ至りたく思ったが…今はもう…それも…叶わぬ…か…』
球体は、満足したような落ち着いた響きを残し、完全に形を無くし、煙のように消え去った…
傍で、気が抜けたのか、幸子がうなだれる…
その幸子に向かい、呪神が声を発した。
『我が末たる者にして我が眷属よ…汝の望みは叶うた…しかし、汝ならば知ろう、我が見染めし者ならぬ者が我を召喚せし時、理に従って払わねばならぬ対価を…?』
『た、対価?』
雅人はその言葉に嫌な予感がした…
「知らないはずはありません…何なりとお望みのままにお持ち下さい…」
『ちょっ、ちょっと待て!』
雅人の嫌な予感は増していく…
『出来ておる…ならば女よ…理にならい、貰い受けるぞ?』
『待て!待てって!一体何をする気やねん!』
雅人の叫びも虚しく、幸子の身体から何かを吸い取る感触が、雅人にも伝わった…
骨だ…
幸子の左腕、上腕骨が、呪神に奪われた!
『何で!?何でこんな事を!?』
雅人は激しい怒りをおぼえた。
命がけで姉を救ってくれた幸子が、何でこんな目に遭わねばならないのだ!?
神なんだろ!?
神様なんだろ!?
雅人は呪神に怒声を浴びせた。
『小僧…汝とて、何も失わぬと思うな…汝とて直に我が聖を浴びたのだ、この女と変わらぬ業を背負う事になる…汝は今より眠れぬ夜、開けぬ夜の中に身を置く事になろう…ゆめゆめ忘るる事なかれ…』
雅人の怒声に、呪神はそう言って笑った…
その笑いには、底知れぬ狂気が潜んでいるような気がして、雅人は言葉をなくした。
次の瞬間、雅人の目の前には闇が広がっていた。
はっとして起き上がると、そこは闇に包まれた地下室だ。
点灯したままの懐中電灯が傍に落ちていた。
雅人はそれを拾い上げ、幸子がいると思われる辺りを照らした。
幸子が芳恵を抱いている。
「幸子さん!」
雅人は幸子に駆け寄る。
「大丈夫ですか!?腕は!?」
雅人は幸子の右上腕骨を掴んだ。
そこに、骨がある感触はなかった…
骨のない人間の腕がこんなにブヨブヨしているなんて…
幸子さんの右腕は、もう動かないのか!?
雅人は完全にパニックを起こしていた。
幸子はそれを感じ、左手で雅人の頭を撫でた。
「大丈夫…痛みはないわ…これで済んで運が良かったのよ…それとね、これは病院で治療は出来ないの…いや、させちゃいけないの…もしこの腕を治療すれば、そのお医者さん、神のタタリで無事では済まないから…」
哀しそうな目で笑う幸子の優しさが痛々しい…
「私より、芳恵ちゃんを病院に連れていかないと…かなり衰弱してるみたいだから…」
幸子の言葉に姉を照らすと、懐中電灯の光でもわかるくらい、顔色が悪い。
雅人は血相を変えて芳恵を背負うと、地下室を出て、『達磨亭』を後にした。
『達磨亭』から脱出する時、あの座敷席にはまだ店主の霊がいた。なぜか、今度は顔までハッキリと視認できた…
また、一瞬だけ呪神をも凌ぐ巨大な気配を感じた…
あれは、何だったのだろうか…?
車は幸子が片手で運転して何とか救急病院にたどり着き、芳恵は今、ベッドで点滴を受けている…
やはり衰弱していれだけで、命に別状はないらしいが、医者には少し怪訝な態度をとられた。
幸子は、右腕の事は言わなかった…
しかし、その右腕が動く気配はない…
雅人は話す言葉も見つからず、待ち合い室で幸子と隣り合わせに座っていた。
「雅人君…あそこを出る時に、何か感じた?」
幸子が急に尋ねてきた。
「は、はい…ほんまに一瞬やけど、凄い気配しましたね…」
雅人も気になっていた事だ…
「あれを…私達は『魔星』って呼んでる…雅人君、この世にはね…神ではない神と同等以上の力を持つ存在があるの…私達『鍵』は、その上をいこうとしてるんだけどね…」
雅人は、幸子の話についていけない…
何の話かわからない…
『雅人君…私ね、あなたと初めて会った時、あなたの中に巨大な力を感じたの…この泉州という土地には、あなたのような人間が生まれてくるワケがあるの…まあ、それは別な話…そして、そんなあなたが、直接神と接触した…あなた、見えてるんでしょ?今までもよりもっとハッキリと…」
雅人はドキっとした。
さっきから度々目にしている明らかに生きてはいないモノ達…
気のせいだと自分に言い聞かせていたのに…
「ふふ、腕の骨一本の価値はあったかもね…雅人君、あなたはもう普通じゃいられない…あなたも私達と一緒に目指しましょう…神以上の力を!」
雅人は罠にはめられたと理解した…
姉を救うという口実の元に、幸子さんの狙いはこれだったのだ…
始めから、全て仕組まれた事だったのか…?
しかし、姉を救ってもらったのは事実。
そのために幸子が腕の骨一本の代償を払ったのも事実。
元々オカルトマニアの好事家である雅人は、その誘いに気がそそられる事も事実である…
「詳しく話を聞かせて下さい…」
散々理解を越えた経験をした挙句、いきなりこんな話を聞かされ、なお自分の口からその言葉が出た事に対しても、雅人は何者かの企みの中にあるような気がしてならなかった…
エピローグ
あれから一週間過ぎた…
姉は、今日も元気だ。
あの日の事はほとんど記憶にないらしい…
都合の悪い記憶は封印する事ができるのは、ある意味才能だと言えるだろう。
幸子さんによると、
「あの犬神は眷属を増やそうとしていた…芳恵ちゃんには、あの犬神と合う何かを持っていたのね…」
という事らしい。
単に、姉が大の犬好きという事が連想されたが、姉が見染められた理由はもっと深いものだと思いたい…
なぜなら、あれ以来、自分の世界が一変したからだ…
四六時中、心霊現象に遭遇する…
神と接触した事が、自分の中に潜在していた力を呼び覚ましてしまったのだ。
しかも、多少タチの悪い霊と遭遇しても、一睨みで退散させる事ができる…
なかなか悪くない気分だ…
今週の土曜は幸子さんが所属している『鍵』という組織のリーダーに会う事になっている…
もう後には退けない…
しかし、このまま高校を卒業し、大学を卒業し、サラリーマンとなるであろう自分の行く末を考えると、神以上の存在を目指す人間達の仲間になる方が、自分にとっては刺激的で充実した人生を送れそうな気がする…
今も視界の端にタチの悪そうな霊の姿が見える…
ボサボサ髪で大きく肥え太った全裸の中年女が、暗い空洞のような目でじっとこちらを見ている…
その状況で無意識に口角がつり上がるようになった自分は、やはり普通ではなくなったのかも知れない…
終わり
上から下、右から左…
吹き飛ばされた犬神に全方位から襲い来る圧倒的な霊圧!
『ぬうううう!!これが『八葉の一枚』の力かぁっ!憎し!憎しや呪神!』
八葉の一枚…
何かを気にかかる言葉を吐きながら必死に抵抗しているらしい犬神だが、みるみる、その身体が縮小していく…
雅人と呪神の傍では、芳恵を抱いた幸子が安堵と恐怖が混じりあったような複雑な表情で、その光景を見ている…
犬神は、縮小しながら、徐々にその輪郭が大気に滲むように曖昧になり始めた…
巨大な犬のような姿は、徐々に球体に近づいていく…
それと共に、犬神の中にあったと思われるエネルギーが放出され、それが光の粒子となり、大気に溶け混んでいくように雅人には見えた…
ついに、犬神はテニスボール大の輪郭が曖昧な黒い影のような球体へと変身…いや、還元されたのだと、雅人はぼんやりとだが、そう理解した…
『完敗だ…我は汝に奪われた後、数多を漂い、この地へと至りし時、ここにて『出会いし者』の助力にて形を取り戻した…眷属を増やし、汝に奪われしかつての力取り戻す望みも終えた…我も神、かくなる上は素直に彼の渦へと還ろう…しかし、一つ問う…汝、今、何処にありや?』
犬神の成れの果て、黒い球体から声が響く…
『…知れた事、常世よ…』
呪神は静かに問いに応えた。
『そうか…やはり在るのか…我もそれへ至りたく思ったが…今はもう…それも…叶わぬ…か…』
球体は、満足したような落ち着いた響きを残し、完全に形を無くし、煙のように消え去った…
傍で、気が抜けたのか、幸子がうなだれる…
その幸子に向かい、呪神が声を発した。
『我が末たる者にして我が眷属よ…汝の望みは叶うた…しかし、汝ならば知ろう、我が見染めし者ならぬ者が我を召喚せし時、理に従って払わねばならぬ対価を…?』
『た、対価?』
雅人はその言葉に嫌な予感がした…
「知らないはずはありません…何なりとお望みのままにお持ち下さい…」
『ちょっ、ちょっと待て!』
雅人の嫌な予感は増していく…
『出来ておる…ならば女よ…理にならい、貰い受けるぞ?』
『待て!待てって!一体何をする気やねん!』
雅人の叫びも虚しく、幸子の身体から何かを吸い取る感触が、雅人にも伝わった…
骨だ…
幸子の左腕、上腕骨が、呪神に奪われた!
『何で!?何でこんな事を!?』
雅人は激しい怒りをおぼえた。
命がけで姉を救ってくれた幸子が、何でこんな目に遭わねばならないのだ!?
神なんだろ!?
神様なんだろ!?
雅人は呪神に怒声を浴びせた。
『小僧…汝とて、何も失わぬと思うな…汝とて直に我が聖を浴びたのだ、この女と変わらぬ業を背負う事になる…汝は今より眠れぬ夜、開けぬ夜の中に身を置く事になろう…ゆめゆめ忘るる事なかれ…』
雅人の怒声に、呪神はそう言って笑った…
その笑いには、底知れぬ狂気が潜んでいるような気がして、雅人は言葉をなくした。
次の瞬間、雅人の目の前には闇が広がっていた。
はっとして起き上がると、そこは闇に包まれた地下室だ。
点灯したままの懐中電灯が傍に落ちていた。
雅人はそれを拾い上げ、幸子がいると思われる辺りを照らした。
幸子が芳恵を抱いている。
「幸子さん!」
雅人は幸子に駆け寄る。
「大丈夫ですか!?腕は!?」
雅人は幸子の右上腕骨を掴んだ。
そこに、骨がある感触はなかった…
骨のない人間の腕がこんなにブヨブヨしているなんて…
幸子さんの右腕は、もう動かないのか!?
雅人は完全にパニックを起こしていた。
幸子はそれを感じ、左手で雅人の頭を撫でた。
「大丈夫…痛みはないわ…これで済んで運が良かったのよ…それとね、これは病院で治療は出来ないの…いや、させちゃいけないの…もしこの腕を治療すれば、そのお医者さん、神のタタリで無事では済まないから…」
哀しそうな目で笑う幸子の優しさが痛々しい…
「私より、芳恵ちゃんを病院に連れていかないと…かなり衰弱してるみたいだから…」
幸子の言葉に姉を照らすと、懐中電灯の光でもわかるくらい、顔色が悪い。
雅人は血相を変えて芳恵を背負うと、地下室を出て、『達磨亭』を後にした。
『達磨亭』から脱出する時、あの座敷席にはまだ店主の霊がいた。なぜか、今度は顔までハッキリと視認できた…
また、一瞬だけ呪神をも凌ぐ巨大な気配を感じた…
あれは、何だったのだろうか…?
車は幸子が片手で運転して何とか救急病院にたどり着き、芳恵は今、ベッドで点滴を受けている…
やはり衰弱していれだけで、命に別状はないらしいが、医者には少し怪訝な態度をとられた。
幸子は、右腕の事は言わなかった…
しかし、その右腕が動く気配はない…
雅人は話す言葉も見つからず、待ち合い室で幸子と隣り合わせに座っていた。
「雅人君…あそこを出る時に、何か感じた?」
幸子が急に尋ねてきた。
「は、はい…ほんまに一瞬やけど、凄い気配しましたね…」
雅人も気になっていた事だ…
「あれを…私達は『魔星』って呼んでる…雅人君、この世にはね…神ではない神と同等以上の力を持つ存在があるの…私達『鍵』は、その上をいこうとしてるんだけどね…」
雅人は、幸子の話についていけない…
何の話かわからない…
『雅人君…私ね、あなたと初めて会った時、あなたの中に巨大な力を感じたの…この泉州という土地には、あなたのような人間が生まれてくるワケがあるの…まあ、それは別な話…そして、そんなあなたが、直接神と接触した…あなた、見えてるんでしょ?今までもよりもっとハッキリと…」
雅人はドキっとした。
さっきから度々目にしている明らかに生きてはいないモノ達…
気のせいだと自分に言い聞かせていたのに…
「ふふ、腕の骨一本の価値はあったかもね…雅人君、あなたはもう普通じゃいられない…あなたも私達と一緒に目指しましょう…神以上の力を!」
雅人は罠にはめられたと理解した…
姉を救うという口実の元に、幸子さんの狙いはこれだったのだ…
始めから、全て仕組まれた事だったのか…?
しかし、姉を救ってもらったのは事実。
そのために幸子が腕の骨一本の代償を払ったのも事実。
元々オカルトマニアの好事家である雅人は、その誘いに気がそそられる事も事実である…
「詳しく話を聞かせて下さい…」
散々理解を越えた経験をした挙句、いきなりこんな話を聞かされ、なお自分の口からその言葉が出た事に対しても、雅人は何者かの企みの中にあるような気がしてならなかった…
エピローグ
あれから一週間過ぎた…
姉は、今日も元気だ。
あの日の事はほとんど記憶にないらしい…
都合の悪い記憶は封印する事ができるのは、ある意味才能だと言えるだろう。
幸子さんによると、
「あの犬神は眷属を増やそうとしていた…芳恵ちゃんには、あの犬神と合う何かを持っていたのね…」
という事らしい。
単に、姉が大の犬好きという事が連想されたが、姉が見染められた理由はもっと深いものだと思いたい…
なぜなら、あれ以来、自分の世界が一変したからだ…
四六時中、心霊現象に遭遇する…
神と接触した事が、自分の中に潜在していた力を呼び覚ましてしまったのだ。
しかも、多少タチの悪い霊と遭遇しても、一睨みで退散させる事ができる…
なかなか悪くない気分だ…
今週の土曜は幸子さんが所属している『鍵』という組織のリーダーに会う事になっている…
もう後には退けない…
しかし、このまま高校を卒業し、大学を卒業し、サラリーマンとなるであろう自分の行く末を考えると、神以上の存在を目指す人間達の仲間になる方が、自分にとっては刺激的で充実した人生を送れそうな気がする…
今も視界の端にタチの悪そうな霊の姿が見える…
ボサボサ髪で大きく肥え太った全裸の中年女が、暗い空洞のような目でじっとこちらを見ている…
その状況で無意識に口角がつり上がるようになった自分は、やはり普通ではなくなったのかも知れない…
終わり
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今回のお話は凄く怖かったです。。。
今までは怖い中にも面白さがあり・・・いえ・・面白さのほうが上?
のような感じで楽しく読まして頂いておりましたが
今回の達磨亭奇譚のお話は怖くて深かったですね。
非常に本編への関連性を楽しみにしております。
私も一応小説の執筆を約2年ぶりに再開しつつありますが
中々筆の進まないときはお二人の作品を読ませて頂き
更新速度に感心しながらも元気を頂いております。
今後も楽しみにしておりますので頑張って下さい。
PS:急激に冷え込んできましたので是非お身体御自愛下さいね