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2015年05月04日

発電コスト:原発「最も安価な電源」 経産省の試算

GW突入直前に発表されましたネ(ブログ記事タイトルのニュースはこちら→2015/4/27毎日新聞ニュース)。

さて注目の原発の発電コストはというと、10.1円/kWh〜ということです。
ちなみに事故前は5.3円/kWh。
2011年末修正時は68%上昇して、8.9円/kWh〜。
今回はさらに13%(事故前からは91%)上昇して、10.1円/kwh〜ということのようです。

おしりに付いてる「〜」がボッタクリバーの非明朗会計っぽくて少しウザいですが、まァ一応数字として提示されてきましたので有権者の責務として、この評価についての妥当性を検討しなければなりません。

上記ニュースは各社一斉に報道していますから皆さんも目にしておられると思いますが、各社報道のニュアンスが微妙に違うので、発表元の経済産業省資源エネルギー庁の資料掲載ページのリンクを貼っておきましょう。

資源エネルギー庁基本政策分科会の該当ページ
(このページの「資料1、長期エネルギー需給見通し小委員会に対する発電コスト等の検証に関する報告案」ってところをクリックすれば閲覧できます。)

↑上記、報告中の各電源属性ごとの1kW時あたり発電コスト比較のページがこれです。⇓ ⇓ ⇓

20150427_経産省発電コスト_01.png

グラフ中の政策経費っていうはこの報告書によれば「国内の発電活動を維持する上で必要となる費用」と「エネルギーセキュリティーを目的とする費用」とのことであります。簡単にいうとその電源を維持するために不可避的に発生する税金負担分の費用ですね。自然エネルギー買取制度に使われる税金もIRR相当分っていう項目で算入されています。やっと当たり前のコスト試算に近づいた感じですね。

ところで、グラフ眺めると地熱がやたら高い感じしますネ。それに、ガスコージェネと石油コージェネも熱価値控除の矢印が分かりにくいんですが…。っていうか、コージェネなんで熱価値控除した分で比べないとコージェネの意味が無いような気もするんですが…。

と、少し文句をつけたところで、そういえば去年ブルームバーグ・ニュー・エナジー・ファイナンス(以下BNEF)の試算結果(参考までに→共同通信のニュース)とかなり違うような気がしたので総自研的評価妥当性分析をば…。

経産省BNEF試算比較.png

↑上記の共同通信ニュース中に掲載されているBNEFのデータをグラフ化して該当する今回の経産省データと比べてみました(BNEF他電源のデータも調べたんですが投資家向け情報サービスとのことでもしかしたら有料なのか見つけられませんでしたので、今回はニュース発表のデータだけでつくりました。また、小規模水力と大規模水力の区分けも不明なのでこのデータは除外しております)。

さて、管理人の感覚通りBNEFの試算と経産省のコスト試算は逆相関グラフと見間違うほど逆転した結果となっております。あまりに乖離しているので乖離率も折れ線でいれました。今回の経産省の試算は、原発についてはBNEFの60%程度とひじょうに安く、地熱は逆に2.5倍と恐ろしいまでに高額に見積もられております。

家のリフォームを計画する時、3社に見積もらせて妥当価格を判断するのが基本っていうのをどっかで聞いた記憶があります。そして、妥当な市場価格のイメージを掴んだらあまりに安いところは手抜きの恐れがあるし、逆にあまりに高ければボッタくり業者の可能性があるというような話だったと思います。

それじゃ、もう一個見積もりしてもらうことにしますか。

電力会社見積コストと比較.png

グラフ中薄緑の棒グラフは電力会社が原発設置許可申請時に経産省電源開発調整審議会に提出した資料のデータです。ソースは時事ドットコムの記事を元に、主要な原発の1kWhあたりの単価を並べてみました。一番右端の濃い緑色の棒グラフがこれら各原発コストの平均値です(参考→時事ドットコムの新潮社ニュースマガジン)この記事にもありますように、全原発のデータではなく一部のサンプルであることはお断りしておきますが、それでも傾向は掴めると思います。3社見積もりを眺めるとBNEFがボッタくり業者でもないように見えます(ついでにお断りしておきますと、BNEFのプレスリリースによると、この原発コストは建設予定の英国Hinkley Point C原発の試算で既存の原子力ではないとのことです。新設の原発の見積もりなので福島の事故を機に安全対策費用を従来より大きく試算しているとのことです。ただし、これには経産省の試算のように事故処理費用は含まれていません)。

原発コストの比較をしましたが、経産省の試算では地熱がなんでBNEFの2.5倍になってしまうのか、ちょっと内訳を覘いてみましょう。

20150427_経産省発電コスト_02.png

↑経産省の発表資料からですが、んー、初期投資が高いのは解るんですが、ランニングコストが安いのが地熱の特徴なのにグラフからはそれが感じられません、なんでだろう。燃料費が0で、無人運転が可能な電源なのに…。
ちなみに、原発の内訳はこれです。⇓ ⇓ ⇓

20150427_経産省発電コスト_03.png


先ほど述べいた10.1円の「〜」の部分をグラデーションを使って表現してますネ。でも損害費用は増える可能性があり今回「下限」を提示したっていうのであれば、グラフの先っぽのグラデーションの消え方が早すぎるような気がしますが…。ただし今後、定価安全対策全体の効果が明らかになれば低減する可能性あり、っていうことで差し引きしたんでしょうが、それにしてもグラフのグラデーションの入れ方が薄すぎる気がします(←ここひつこい目、一応webデザインやってるんで…)。

グラデーションが気に食わないので管理人自作グラフで原発と地熱の内訳を並べてみました。⇓
発電コスト内訳比較原発VS地熱.png

んー、地熱のランニングコストが高い。地熱のコストがBNEFの2.5倍。解せないのでまた今度分析してみましょう。今日んとこはボチボチ疲れてきましたんでデータ比較しただけで今回は一旦終了しておきましょう。








後世から墓に唾吐かれるのだけは勘弁なので自分なりに消化しようとはしますが専門家ではないんでこういう分析って結構疲れますね。

面戸臭がり屋の人なら、「3社見積もり出したけど1社安すぎてここは信用ならん。だいいち、ついこないだまでBNEFの7割引きでやるとかいってた業者だ。ここはパスろう。」となりそうなところですが、エネルギーミックス議論の重要な前提になるので面倒くさいですがしっかり調べるようにしましょう。










2015年04月12日

「高学歴女子」の悩める現状

昨日レールで痛めた右足を摩りながら何となくインターネットに繋がってみると目にとまったのが記事タイトルのYahooニュースです(記事はこちら→Yahooニュースの週刊SPA記事から)。

こうした問題については、個々のケースについて「もっとこうした方が良いだろう」とか、自分のまわりに現実に存在する成功例と比較して「ここんとこの努力や洞察が足りない」といった分析も重要かもしれませんが、社会構造的な問題なのか?といった視点で論ずる場合には、自分のまわりに現に存在する成功例はレアケースであることも考えられますから一旦概念化して検討した方が良いかもしれません。






ちなみに企業内教育でよく取り上げられるカッツ・ロバート教授の企業から求められるスキル分析の3区分(@テクニカルスキルAヒューマンスキルBコンセプチュアルスキル)について一言。
管理人も何社かで社内教育やコンサルティングでOFF-JT受けた経験がありますが、どこもBのコンセプチュアルスキルを単純に課題解決能力とか課題分析能力(こっちの誤訳はまだマシか?)とか訳して説明していました。それこそたまたまレアケースが偶然重なったのかもしれませんが、仮にそうではなく管理人が受けた説明方法が一般的であると仮定するなら、この訳の仕方は同教授の提唱しようとしている本質にブラーがかかってしまうような気がしますから少なからず問題があるのではないのかナと思っております。


正確には”conseptual skil”ですから、「概念化能力」とするべきです。


「概念化」ですから、現に起こっている個別の問題やそれを取り巻く状況を俯瞰的、構造的、概念的に捉え、事柄や問題の本質を見極める能力といったイメージになります。個別の現実的な問題について解決する能力は、どちらかというとテクニカルスキルで対応するケースが多いと思われます(そんでもって、テクニカルスキルが経験で磨かれてトラブル対応の引出しが増えた状態をコンセプチュアルスキルがついた状態であると思ってる人が多いが対処療法的技術が高度になっているだけのケースも結構あるように思う)。
同教授は、職務階層が上がるにつれ求められる能力比率は@⇒A⇒Bが高くなるとなるといっておりますが、トップマネジメントだから@はいらないとかロワーマネジメントだからBはいらないとかは述べておりません。一見、関連が無いように映る問題事象も共通する要因や結果部分に気が付くクセがつくと(こんな感じっすか?概念化って)、問題の本質を洞察できるのではないんですか?っていう提唱ですネ。問題の本質を洞察できたからこそその場しのぎではない抜本的/効果的な解決ができるわけであって、課題解決は単なる結果であり「課題解決能力」と誤訳すると同教授の言わんとしていることが霞んでしまうのではないですか?という管理人の指摘なわけです(社員教育関係者の人がいたらチェックしておいてチョーダイ、ここ結構重要だと思いますヨ)。





話がだいぶ逸れましたが、今回のテーマについても構造的な問題ではないのか?という視点でみると、確かにOECD加盟国中でも最低レベルであるとの事実(ちょっと前のニュースですが→朝日新聞DIGITAL記事「日本の高学歴女性3割就労せず OECD内最低レベル」)も考慮すると考えてみる価値はありそうです。
そうした要因としてイメージ的には、出産子育てと終身雇用制、大学院生増加策とエリートインフレ、職務評価制度(精度も)の貧弱さと貧困の関連性等のキーワードがパッと思いつく管理人ですが、何回か既に記事で取り上げている内容もあるので今回はせっかく女性の雇用問題なので違う切り口で…。



遺産相続者たち―学生と文化 (ブルデュー・ライブラリー)

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↑以前もチョコットだけ紹介したことがある社会学の本ですが、気になる方は是非読んでみて下さい。故ピエール・ブルデュー(以下PB)の著書なので難解ではありますが、内容自体はひじょうに面白いです。

PBの社会学理論でキーワードとなるのが”ハビトゥス”という概念で、これは元々はラテン語の「存在のあり方」という意味ですが、PBのいう意味合いを正確に表す日本語がないので社会学ではそのまま”ハビトゥス”と使われます。ただ日本語に全くないわけでもありません。管理人の記憶では確かPBの邦訳をされておられる宮島喬教授だったかと思いますが、一番近い日本語として”箸の上げ下ろし”と表現されているのを目にしたことがあります。近いと思います、これが…。
要は、親から相続するものは何も一般的な財産だけではなく、無意識/反意識的に作動してしまう動作や身振り/話し方、考え方/認識の仕方の癖などがあり、後者を象徴資産と定義して研究しております。そして、親(特に父親)から相続する象徴資産が相続者の社会階層に大いに影響を与えるという研究結果が纏められております。「それゃある程度は影響するッショ」と思われる方が多いとは思いますが、研究結果では、男性の場合、ほぼ父親の職業階層を再生産するといっていい程のデータが並べられております。この本には載ってなかったかもしれませんが、その後のPB研究でフランスだけではなく、他の諸外国にも同等の結果がみられるというものです。これについてPBは、ある社会階層の集団(”界”っていう概念)には界内での激しい対立はあったとしても本質的には”界”を守ろうとする意識が極めて強く、この界内での正統とされる”ハビトゥス”を無意識に自動生成したうえで、、この象徴資産を所持しない者をこれまた無意識に排除/攻撃するように機能するとのことです。この無意識下で行われる自動攻撃システムを「象徴暴力」とPBは名付けております。
学歴社会と一口にいっても、その界の一員になれるかどうかは”ハビトゥス”にかかっているといってもよいくらい影響力があり、この本では学校での成績が社会階層に比例しないデータをこれでもかというくらい出してきます。

それでは、女性の場合は”ハビトゥス”がその後の職業階層に影響しないのか?というと、データでは本人の職業選択自体にはほとんど影響いたしません。
しかし…、   ここが面白いところですが、   女性の場合、結婚相手の職業階層に父親の職業階層が再生産されるケースが極めて多いというデータが示されます。そして、女性の場合、仕事してから結婚というパターンだとタイムラグはありますが、この結婚によって結果的に親の社会階層が再生産されるという理論を展開していきます。

管理人は社会学の専攻はとっておりませんでしたので、その筋の方から突っ込まれてもアレなんでこの辺にしておきますが、今回のニュース分析した場合、彼女達の親父や旦那はどうなのか?未婚であればその後どうなったのか?という追跡記事をみてみたいナと思った次第です。

女性の読者の方がおられましたら御気を悪くなされないようにして下さいネ。まるで男性に依存しているかのような分析をしておりますが事は依存というよりはもっと能動的戦略的な行動法則(この本読むと男は、本当、馬鹿のような気がします)であり、また、あくまで社会学研究上のデータの一つなのでよろしくお願いします。ただし、本に目を通してもらえれば解るかと思いますが、極めて客観的な調査なのでこれを一つの人間の持つ社会的本能であると認識した場合、もう少し戦略的な対応が出来るかもしれません。

ちなみに、管理人はこの本読んでから”ハビトゥス”を意識的に変動させてカメレオンのようにその場に最適化させるテクを練習しております。優秀な諜報部員は多分コレ習得してますネ。



(追記)趣味と”ハビトゥス”

2015年03月29日

3月27日報道ステーション

管理人はあんまりTV観ない人なのでチェックしておりませんでしたが、放送事故だとか古賀茂明氏の電波ジャックだとかいわれてるようですね(yahooニュースの日刊スポーツニュースから)。

「そんなこと楽屋でやれ!」的な見苦しいかどうか基準の批判がネットで多いような感じしますが、でも一応娯楽番組でもないわけですから、その辺どうなんでしょう?

古賀氏の主張である、自身の番組降板が政治的圧力によるものだというのが真実であると仮定すれば、管理人はそこは知りたい部分ですから見苦しかろうがなんだろうが伝えてもらった方が助かりますが…。その時扱っているニュースと関連ない話はするな的意見も多いですが、そもそもニュースを扱う上での政治的検閲度合という報道番組としての前提にかかるテーマなので、古賀氏が番組収録後のインタビューで言うようにゲリラ的にならざるを得ない事情があったとすればしょうがないかなと思いますが…。「あぁ、この番組これくらい検閲かかってるんだ」っていう感じで自分のニュートラル補正できるんで…。ただ、古賀氏の主張が真実か否か、洞察が卓越して勘が鋭いのか、被害妄想なのかは周辺情報から推測する以外ないっていうのが少し面倒臭いですが、自己で考え判断する訓練だと思えば少しは調べる気になるというものです。単に与えられたモノを素通りさせる筒のような思考回路になるのだけは勘弁ですからネ。

一方で、言論の自由とはいっても、世の報道番組で何らかの政治的圧力がかかっていないという事はあり得ないんだから愚痴いってもしょうがない的な冷めた見方もあります。
こんな話をしていると管理人は、故ピエール・ブルデュー氏(フランスの社会学者)がTV出演に際して提示した条件っていうのを思い出します。幾つかあってウロ覚えですが、確かCM挿入タイミングは意見を遮るものであってはダメだとか結構細かい注文であったと記憶しております。同氏は、マスコミの象徴暴力(潜在的、半意識的に押してけようとする圧力)も研究のテーマにしており、このTV出演自体も一つの社会実験であったといったような分析も本で読みましたが、報道番組の社会構造上の立ち位置の関係で、中立報道とはいっても、当の番組編集権保持者すら気付かない内に人間の社会的本能によって通常皆が思っている以上に中立性は歪められてしまうものだというような話でした。確かにそれはあるでしょうし、そこまで取り除くのは困難ですから、観る方としてはそこは足し引きして判断する以外にないでしょう。しかしながら、今回の場合、古賀氏が主張している通りであるとすれば、時の為政者が好ましくないと判断した番組構成上の重要人物を編集権保持者に直接的に圧力をかけこれを除去するとなると象徴暴力レベルではないと思いますし、結構重要な問題だと思います。


こういう話をしていますが、古賀氏の主張を全面支持しているわけでもありませんし、そもそも、あんまりTV観ないんで主張全部を見聞きしているわけでもありません。同日番組にISISの理念に対して支持するかのような意見があり、これも批判されていますが、管理人的には、現実の行動と理念を一旦切り離して客観的に評価しようとする論理構成には賛成します。

でもこれは既存の主流メディア全般にいえることですが、そもそも、ISIS自体がそうした理念によって自然発生的に生まれたテロリストなのか?といったような前提への疑いとか洞察はほとんどないですね…。

(追記)グループシンク

2015年03月13日

鳩山元首相クリミア訪問強行

FNNの動画ニュースからです(→3/13,FNNニュース)。

バッシング報道やネットでの批判意見ばっかりしかお目にかかれない状況なので、例によって、総自研的には周りに流されないで自分の頭で考えてニュートラルな座標軸を見極める訓練と捉えて、   そのための材料として、   敢えてレアな対極的分析だけ載せときましょう。ネットでもレアな意見なので見つけるの苦労しました。

田中宇の国際ニュース解説、2014/3/20露クリミア併合の意味
↑ ↑ ↑ 2013年3月20日の記事です。ちょい古いけど…。   そういえばクリミア併合からもうじき1年かァ…。


そういうことなので、右向け右!!!  って感じのときは、逆方向も覘いて自分のニュートラル具合が塑性変形しないようにケアしてあげましょう。








それにしても、鳩山さん。「日本人は洗脳されている」って、言っちゃってくれますネ。この方、宇宙人とか言われてましたけど、確かに日本人ぽくはない何か”突き抜け感”みたいなのががありますネ。それがいい意味なのかどうなのかは別にして…。




あっ、それから、一個人の行動だから云々…。  いや、仮にも一国の元総理であるから、諸外国に誤ったメッセージを云々…。   という議論がありますが、管理人的には、そこは元総理ですからもちろん一国としてのメッセージを伝えた形になっていると思いますよ。メッセージっていうのは発せられた主体と客体との社会的関係や地位、その時のシュチエーション全てが合体して意味を成すという構造社会学的考えなので…。

問題としての本質は、現時点での為政者の戦略と相いれないメッセージなので、そうした一貫性のないものに受け取られるような状況をつくりだした行為を国益に反しているかどうかっていうところだと思います。鳩山さん的には放っておく状況の方が国益に反していると考えたのでしょう。要は、国益をどう捉えるかっていうところですよネ。


2015年03月11日

わが家もスマートメーターになりました

タイムリーというかなんというか、ついこの間、電気事業法改正案が閣議決定(それを伝える→時事ドットコムのニュース)されましたが、わが家でも先月スマートメーター取替え工事が済んだのですが、昨日、関電の人がその操作方法を説明しに来られました。操作方法っていっても、メーターがスマホみたいにタッチパネルになっているわけではなく、関電HPからログインする方法、各家庭毎の電力消費量データ(時間毎のデータが把握できる)の見方や最適な契約の選び方(シュミレーションできる)等の説明と、      ひょっとするとこっちの方が主目的かもしれませんが…、        今度の値上げ(この前値上げして間もないから再値上げ) についての理解を求めるような感じのひじょうに低姿勢での訪問でした。値上げについてはいろいろ批判がでているので、まァ、いろいろあるのでしょう(関電再値上げのニュース→Yahooニュースの産経ニュースから)。 


ところで、そのスマートメーターってどんなん???って言う方に、写真をば…、

web_smartM.JPG

ウチの猫がクルクル回るのが無くなってるって不機嫌そうに眺めておりますが、見た目はその程度の違いであんまり変化ありません。グッドデザイン賞は狙ってないようです。ただ、機能的には従来と別物になりまして、無線LANによるデーター通信機能が装備されており電力使用量のライブデーターを近くにある電柱に設置された親機とやりとりするとのことです。その説明を聞いた管理人はすぐさま、「エッ!ウチは電磁波過敏&恐怖症で無線LANにせず、面倒臭いけど全部配線して有線接続してるんですけど、こいつが手加減なしに発生させますね。」というと、「いや、データ通信は常時行っているわけではなく一日のうちでもほんの僅かな時間ですから…」とお茶を濁されてしまいましたが、ホントにそうなん??
関電さんについては、”値上げを人質に原発再稼働を要求している”という論調で、ここんとこ風当り強いですから、訪問する家庭によってはかなり手厳しく文句いわれているのでしょう。値上げじゃなくて、そっちに食いつくか?という少しズッコケた感じでしたが、真面目な話、出来れば有線接続して欲しいものです。カナダのオンタリオ州の学校で無線LANが廃止されるっていう話を聞いたことがありますし、WHOも無線端末と発がん性の関連性については可能性が無いとはいっておりませんので、近い将来アスベストのような扱いに変化しているといったようなこともなくはありません。リスク管理手法の予防原則からいけば、その技術代替化の困難性や不可避性、経済性を総合的に判断するわけですから、この場合、モバイル用途以外のほとんどのケースは有線接続すれば事足りるわけですから、管理人の場合そちらを選択しております。
ところで、家庭内にLANコンセント設置する場合、初めに可とう管を設置していればわけないです。これから新築しようっていう人は出来るだけ太い可とう管を入れるように設計しといてもらいましょう。費用はしれてます。管理人のおウチはそれが入ってなかったので、屋根裏入ったり、床下潜り込んだりして可とう管敷くのが大変でした。それに、業者に見積もり出すと、面倒な作業なので壁を一回剥がして行う事になるようで凄くお高かったです。結局、自分で忍者のように配管しました。

話は無線LANの電磁波の方に向かってしまいましたが、報道の方に戻りましょう。
関電の値上げについては、2016年から予定されている電力自由化や、原発の問題、ここんとこの急激な円安(原油安で相殺されているっていうのもあるけど)等のファクターが関係しております。そこで、ちょっと古いニュースですが東洋経済オンラインニュースから「大幅増益の東京電力と苦戦の関西電力を分析」という記事を(→Yahooニュースから東洋経済オンライン1/21ニュース)。
記事にもありますように、2010年3月期の発電量に対する原発依存度が、東電32.0%に対して関電53.6%(依存率は東電の1.68倍!)で、原発停止が業績に与えた影響は、実は東電より関電のほうがはるかに大きかったということです。つまり、事故後の処理で財務上の毀損が激しかった東電ですが、今後、原発が停止した状況が長引くほど関電が厳しくなってくるというわけです。





折しもあの震災から4年、電源構成についての激しい議論もありましたが、結局のところ原発回帰の流れになりつつあるように感じておりますが、そもそも、電力会社の財務上の話ではなくて、国民負担として考えたときの原発の発電コストって本当に安いのか?っていうところの答弁書を未だ為政者から受け取っていないように感じるのですが…。






  (追記)あれから4年… といえば

2014年12月20日

スラップ訴訟

たぶんあんまり認知度が低いのではないかな?と思うので、今回、”スラップ訴訟”っていうのを紹介してみましょう。




管理人は1990年代にあった幸福の科学の8億円損害賠償請求事件がらみの報道で言葉自体は知っておりましたが、語源が”strategic lawsuit against public participation”というのは知りませんでした。てっきり、スラップベース奏法と同じで”slapp”(平手打ち)からきているものと思っておりました。もちろん、”strategic lawsuit against public participation”のアルファベット頭文字”S・L・A・P・P”と平手打ちの意味である”slapp”をかけているのでしょうが、略さずに直訳すると、「対公共関係戦略的法務」「市民参加を妨害するための戦略的民事訴訟」となり、一般的に威圧訴訟とか恫喝訴訟とか呼ばれています。


今、ブログ記事書きながら予備知識の情報収集しているWikipediaから引用すると、訴訟形態の一つで、大企業や政府などの優越者が、公の場での発言や政府・自治体などの対応を求めて行動を起こした権力を持たない比較弱者や個人に対して、恫喝・発言封じなどの威圧的、恫喝的あるいは報復的な目的で起こす訴訟である。経済的に力のある団体が原告となり、対抗勢力を被告として恫喝的に行うことが多い。被告となった反対勢力は、法廷準備費用・時間的拘束等の負担を強いられるため、仮に原告が敗訴しても、主目的となるいやがらせは達成されることになる。そのため、原告よりも経済的に力の劣る個人が標的にされやすい。表現の自由を揺るがす行為として欧米を中心に問題化しており、スラップを禁じる法律を制定した自治体もある(カリフォルニア州。「反SLAPP法」に基づき、被告側が提訴をスラップであると反論して認められれば公訴は棄却され、訴訟費用の負担義務は原告側に課される)。日本でも近年企業と個人ジャーナリストの間でこの形態の訴訟が見られ、この概念を浸透させる動きが見られているが、日本の用語としては定着していない。とのことであります。特徴的なのは、外形上は提訴しているのだけれども、はじめっから裁判で勝つのが目的ではないし、そもそも、そうした巨額損害賠償金が妥当な金額だと司法に認められることがあり得ないこともぶっちゃけ認識しているんだけれど、訴えられた側にとってみれば壊滅的ともいえるような巨額損害賠償金を請求するという行為自体が持つ言論への委縮効果の方を期待し、こっちを主目的にしているところです。普通の提訴でもそうした委縮効果を期待している側面が全く無いわけではないのでしょうが、主目的が決定的に違うんですよね。
もちろん、一応、曲がりなりにも放置法治国家ということらしいですから、提訴する自由が保障されるのはいうまでもありませんし、提訴行為自体を否定的に捉える社会は望ましくないと考える一人です。前々から、「”裁判沙汰”という言葉を死語にする委員会」でもつくりたいくらいに考えていた人間で、ちょっとでもおかしいなと感じたらガンガン意思表示する国民ばかりで、まるで訴状が飛び交うような社会が理想的な社会への過渡期としては望ましいと考えております。
ですから、たとえ請求する賠償金が他者から見れば目が飛び出そうなものであっても、社会的にみても、自分が被った損害はこの程度のものだろう、と考えればその通りに請求すべきだと思います。…が、  社会的優位性を利用した恫喝によって健全な言論を封殺するために司法制度を悪用するとなると、これは話が違います。最低中の最低の行為と思います(本質的なとこがちょっと違うけど、雰囲気はサッカーのファールとシュミレーションの違いに少し似てますネ。そういえば、シュミレーション行為って欧米で忌み嫌われますよネ)。
ただし、こうした違いは主観的認識にかかっているわけですから判断は困難を伴うわけです。白々しい事を真顔で言えるスキルっていうのは闘争技術には必須なのかもしれませんが、このスキルで何か新たな価値を生み出すわけではないのでとっとと消えて行って欲しいですよネ、こういうの。ウザくて嫌いなんですよ、管理人こういうの一番。


総自研雑学コーナーみたいになってきましたけど、知らなかった方は、今回、SLAPP訴訟っていう言葉を覚えましょう。上述したWikipediaの引用にもありますように、欧米では言論の自由に対する阻害要因として結構前から問題化しており、社会的認知度も高く、そうした行為を排除しようという社会的要請が強いことはカリフォルニアでの反SLAPP立法化の事実からも想像できるかと思いますが、日本の場合はそうでもありません。皆でSLAPP訴訟っていう言葉を流行らせて認知度を上げて下さい。社会認知度が醸成されるという事実が、SLAPP訴訟を企てようというダサい発想しかできないショボイ連中へ委縮被害(被害?ですよネ、連中にとっては)を与えることになります。

でも、ここが難しいところですが、正当な請求についてもSLAPPだとすることは避けなければなりません。特に、未だ社会的に認められていないと考えられているような新しい権利を獲得する際、歴史的にみても、そうした闘争は当初、法廷闘争であれば司法が認めてくれる蓋然性が極めて低い事を認識しながら行われたわけですから、そうした勝てる見込みが薄くても提訴するという側面だけで判断してこれを否定すると新たな権利は生まれてこないことになってしまいます。初めてセクハラを訴えた方々をSLAPP訴訟だと社会が否定していたのでは、いつまでたっても、スケベ上司の天国のままだったといっているわけです。

ということで、知らなかった方用にSLAPP訴訟の4要素を、またまた、Wikipediaから引用しましょう。

共にデンバー大学教授のジョージ・W・プリングとペネロペ・キャナンは、成立し得る基準として以下の四要素が含まれる事を挙げている。

@提訴や告発など、政府・自治体などが権力を発動するよう働きかけること
A働きかけが民事訴訟の形を取ること
B巨大企業・政府・地方公共団体が原告になり、個人や民間団体を被告として提訴されること
C公共の利益や社会的意義にかかわる重要な問題を争点としていること


Cが重要ですよネ。公共の利益、社会的意義に繋がるような批判・言論を経済的恫喝によって抑え込もうというのですから、社会にとって極めて有害です。



報道カテゴリーなのに、中々報道が出てきませんでしたね。
SLAPP訴訟の話をしたのは、今月9日に確定したユニクロの2億円損害賠償請求事件の報道を見たからです。以下にリンクを、

それを報じる朝日新聞デジタル(Yahooニュースから)と、
NPO法人POSSE代表、今野晴貴さんの記事、ユニクロだけではない「恫喝訴訟」

一応断っておきますが、管理人はユニクロの一連のブラック企業批判裁判の情報は詳細には収集していませんし、この2億円の損害賠償金の請求対象が文芸春秋であり、フリーのライター個人ではない点、ユニクロの製品自体は好みでないけど同社の行おうとしている新しい雇用管理システムが本格的な職務給制度移行を彷彿させる先進的なシステムとなり得る可能性を少し感じる点、さらに、こうしたパラダイム転換を伴うような大きなイノベーションを起こそうとするベンチャー気質の企業風土が世の慣習との乖離からブラック批判されるケースがままある事(例;初期のAPPLE)等を考慮し、この請求事件がSLAPPかどうかの判断は???としておきます。キーワードとしてSLAPPが出てきて、その認知度が低いため今回ブログ記事にしています。SLAPPでもないのにSLAPPだと記事にされたといって管理人を訴えないで下さいネ。お願いしますヨ、マジで。


でもあれですよ。裸の王様ってありますよネ。株主利益とかの事情もあるのでしょうが、批判ばっかり抑え込む企業風土つくるとそっち方面に行っちゃうと思いますヨ。マイケル・ムーアみたいに自分への批判者を支援するまでいっちゃうと株主代表訴訟が怖いですが、真摯で本質的な批判は極めて有益ですから。一旦、企業内に批判を抑え込もうとする空気が浸透してしまうと、カルト教団や大企業病末期症状みたいな無思考組織へ接近していくことになりますからね。そっちの方が描いてるビジネスモデルっていうのならしょうがないですが…。
管理人は批判されるのマジで大好き。マゾじゃないけど、生意気な批判ほど好きです。何故かっていうと、褒められてても、何も対応することないので、聞いてても時間の無駄であんまり意味ないんスよね。だから嫌なんですよ、褒められるのって(あんまり褒められる事ないですが)。それでウキウキになる程度の者と思われてるのかなぁ?と少し馬鹿にされている気もして…。もちろん批判するための批判みたいなのは論外ですよ、論理破綻しているただの嫌がらせのための批判は…。










(追記)法律の義務教育教科化案

2014年12月13日

賃金統計、分かれる評価=与野党、応酬激しく【14衆院選】

12/11、時事通信の記事です(→yahooニュースから時事通信の記事)。

エネルギー政策から、集団的自衛権の閣議決定、特定秘密保護法等の評価等、今回の選挙の論点は何に焦点当てようが有権者の勝手なのですが、アベノミクスへの評価にフォーカスするようにカーペットが敷かれておりますので、一応その雇用政策の評価についての記事を貼ってみました。タイトルから、評価が分かれ応酬が激しいとのことですので…。





さて、この分野の評価の分かれについて超簡単に纏めると、

@失業率・有効求人倍率の改善  ⇔ 正社員雇用者数の減少
A名目賃金の増加        ⇔ 実質賃金の減少

と、まぁ、概ねこんな感じですか(超簡単に纏めすぎか)?

要は、

@⇒失業者は減ったが、非正規雇用者が増え正規雇用者が減った。
A⇒現金給与総額は増えたが、物価上昇により実質賃金は減った。

となり、単純な結果評価からいくと”バツ”となりそうなものですが、各報道機関の事前予想では与党圧勝とのことです。

{なんか少しデジャブーな気がするので、ちょいと調べてみると…良く似たのがありました。
1997年7月の参議院選挙で自民が事前予想に反して大敗。橋龍橋本内閣のときですね。3カ月前の1997年4月に消費税を引き上げ(3%→5%)たっていうのが管理人の頭に中で既視感を刺激していたようです。}


安部さんの言う「アベノミクスは道半ばです。来年も再来年もその翌年も賃金を上げていく」という主張意気込み中の「賃金」を「実質賃金」と勝手に読み替えれば、その期待感が選挙前事前調査の結果に表れたのでしょうか?ん〜、良く分かりません管理人には…。挙句の果てに、今回の選挙に対しての関心が低く低投票率が予想されるとも報道されております。こんなに沢山の重要法案通した政権に対しての評価機会なのに?



ところで、そうした低投票率や政治への関心の薄さ、翻って社会の構造的課題への理解不足とその学習意欲の低さに対する改善へのアプローチの一つとして、ある大学院生が試算した例の”1票=360万円”運動(それを報じるTBS動画ニュースは→こちら、biglobeニュースから)が少し話題になっておりますが、これって解り易くていいですよね。でも、この試算は選出される議員の任期期間相当の国家予算を単純に有権者数で除したものですから、あくまで1票の価値が均等との前提となります。1票の価値が均等とは程遠い我が国の場合、自分ところの選挙区ではいったい幾らになるのか各選挙区毎に算出した方が実態に合っててより良いですね(賃金も名目で議論してもあんま意味ないのと同じで・・・)。
今回の選挙に至っても、未だに選挙区によって全く額が違うわけですから…。
今度計算してみますか…。






(追記)雇用政策

2014年11月21日

GDPショックで消費増税先送り

7〜9月のGDPが思惑と外れたことから、政治日程等の絡みもあり消費増税を先送りし解散という流れになってきました。GDP出るまでの弱い経済指標発表時には夏場の天候要因のせいにして楽観的な予測をしていましたが、やっぱり本気で4〜6月の反動減から大きく回復すると踏んでたんでしょうかねぇ?大方の権威付エコミスト予測からも、かなり大きく乖離した結果だったので・・・、  なんか良くわかんないですよね。頭いいのか悪いのか、何かシナリオ書いて演出してるのか?
(yaooニュース、ThePage記事は→こちら

各社報道の分析を大雑把にまとめてみますが、要は

@アベノミクスで金融緩和と財政出動により大きく円安が進んだが輸出企業は既に製造拠点の海外移転が進んでおり思ったほど輸出が伸びなかった。
       ⇓
A政府の賃上げ要請を受け大企業中心にそれはされたが、中小企業や非正規含めた雇用者全体には波及せず、物価上昇もあって実質賃金は低下した。
       ⇓
B物価だけは思惑通り上昇しているが、主要因は円安効果による輸入財によるもので、リフレ派の言うような 販売価格上昇→企業利益増大→賃金上昇→消費拡大→デフレ不況脱却 といった好循環が生まれているとは評価できない。
       
こんな感じではないでしょうか?

今春の消費増税が失敗(ということはそれ以外は全部成功?)といった論調が多いですが、各種経済指標から消費増税抜きにしてもマイナス成長であったとする分析もあり、管理人的には後者の方が説得性があるように思います。また、今回のGDPショックですが、内訳をみると個人消費の弱さは過小評価するべきではないと思いますが、在庫減少幅の予測からの乖離はそう悪いものではなく、過去の消費増税時の厳しさがトラウマになっている企業側が為政者の能天気な予測を鵜呑みにしないで在庫調整をした結果ですからここは鍛えられたしぶとさを評価すべきだと思います。

ところで、何本目の矢か忘れましたが、肝心な成長戦略についての具体性に欠乏感を感じるのは管理人だけでしょうか?聞いていると七夕の短冊にでも書いているような文章に思えてなりません。産業構造が変わっていく中、OECD国中ではここ20年で置いてきぼりにされたままの印象です。旧型産業構造のままBRICSと張り合っていくつもりなんでしょうか?この辺の明確な方向性がよく理解できません。どうしていきたいのかってところが・・・。



ともかく、解散〜選挙となりましたから集団的自衛権解釈変更や特定秘密保護法案制定時とはモードを切り替えてきていますから、その辺をしっかり頭に入れて、評価する立場としての責務(ただ単に投票さえすればいいていうもんじゃないっしょ)をしっかり果たしていきましょう。

安部さん的には消費増税先送り判断についてを最大焦点化したいようなそぶりですが、それならそれで、単に消費増税先送りか否かの単純化された二者択一ではなくて、そうした意思決定と表裏一体となる財政健全化の問題を検討しなければならないでしょう。将来世代にツケをまわすのか?っていうフレーズで登場する例の議論です。管理人の意見としては、将来世代へのツケというなら雇用システムの改革を先ず行うべきと考えますが、それについては過去記事で数回やっているので今回は割愛し、法人税減税について。

法人税についても色々議論がありますが、管理人としては基本的に減税賛成派です。過去はともかくとして、日本でも法人税減税は既にかなり進んでおり、現時点での日本の法人税の実効税率はアメリカの次でドイツ・フランスより若干高い程度です。ドイツが成功した例とされていますから、それだったら経団連に言い訳をさせないためにもドイツ程度まで引き下げる事は賛成です。ただし、シンガポールのような明らかに国策が異なる国の例を挙げて議論するのであれば、単に税率を横並びさせて比べるような恣意的単純化をせずに、そうした国策を日本がとるという覚悟があるのかないのかといった命題について判断材料となるようなフェアな材料を有権者に提示し、そうした中から最適な意思決定を模索していくような丁寧な進め方を行ってからというのが論理的順序だと考えます。

では、逆進性の高い消費増税を行い、片方で法人税減税を行うのか?と突っ込まれそうですが、ドイツ並みの法人税に引き下げる条件として各種優遇税制の全廃をすれば公正さが確保されて競争が促されて良いのではないのか、と思っています。詳細は下にリンクした記事等をご覧になって頂いたりした方が分かり易いと思いますが、日本の場合、ひじょうに多岐にわたる租税特措法や税制上の各種優遇措置があり、一般的にこれらは大企業が大きな恩恵を受けているといわれております。トヨタ自動車が5年間税金を払っていなかったっていう報道も最近あったのでチェックされておられる方も多いでしょう。こうした優遇税制は税負担の公正さを歪めているとして、前々から議論には上がっているのですがチョコマカ改正していると、ひじょうに複雑で多岐にわたる法体系なので、政治的パワーバランス、ぶっちゃけていうと企業等のロビー活動の良し悪しで延命される期間が大きく変わる恐れがあり、その改定スピード差自体が税負担の公正さを歪めると考えられるからです。先に例を挙げた、5年間税金を払っていなかったトヨタ自動車ですが、その間、自民党にはちゃっかり多額の献金をして抜かりなく自社にとっての不利益変更に対するけん制をしているわけです。ですから、法人税減税を、同じように製造業の輸出大国で成功しているといわれるドイツ並みにしてやる代わりに、優遇税制もセットでドイツ並みにを0ベースで無くしてしまおうという提案です。海外の事例を紹介してグローバルスタンダードを持ち込もうとする論理構成中、都合のいいところだけ集めてパッチワークするような材料提出の仕方が有りがちなのでこの辺は釘を刺しましょう。成功例を持ち出すのは議論としては重要ですが、成功に至った本質的な要因分析はもちろん、派生リスクの抑え込み手法までテーブルに載せないとヘンテコな論理構成になります。

【参考記事】法人税減税についての関連報道記事→(yahooニュースのエコノミックニュースBusiness JournalThe Page


実質的な税負担だけみると日本の大企業はOECD国中ではかなり甘やかされている方だと思います。大企業に限れば経団連が主張する程税負担が高いとは思いませんし、それこそ租税特措法の御陰で長期間多くの大企業が実質的な減税効果を既に享受してきていますから、そのシュミレーションの結果からいくと、さほど有効な政策ではないという結論が既に出ているといえるかもしれません。ただ、法人税減税は、その軽減される税額そのもの以上に、国から発せられるメッセージ性が重要であると主張するエコノミストもいます。まァそれはあるでしょう。だったら、「この国はロビー活動に躍起になって肝心な生産技術に注力しない企業には地獄だが、その分、競争環境の公正さについては国が責任をもって担保します。」というメッセージは重要に思えます。何本目の矢か忘れたけど、成長戦略のための大前提、土台として。
現状の法人税制では、利益を上げている優良中小企業からボッタくるシステムと化していますが、イノベーションの芽をワザワザ狙って集中攻撃しているように思えてなりません。
法人税の負担をフラットにして、こうした、大企業病に冒されていないチャレンジ精神のあるような企業への不利益押し付けシステムを破壊して、雇用の流動性を高くし、賃金の公正さを担保し、利益の出せない企業には潔く退場してもらうようにして、さらに、  これが一番大事かもしれませんが、  市場競争を歪める国からの補助金誘導による新産業政策は一切行わなないようにすれば産業構造が健全に進化していくのではないかと思います。












(追記)公正な格差と不公正な格差

2014年10月23日

パナ、一般社員も年功見直し

との報道が毎日新聞からされております(記事は→こちらヤフーニュースから)。年功給システム見直案にありがちな代替候補の賃金決定システムについての説明不足については、前回記事にしたばっかりなんですが、この毎日新聞の記事に目を通しても、やはり、というか、なんというか、職務基準賃金と成果給賃金の解説が脆弱かつ曖昧で、両者がごっちゃになっているような印象を持ちます。同記事にあるように、今後、何らかの形で賃金改革の要請が強まるものと思われますが、「その提案は、とどのつまり、労働の何に対して賃金を支払うシステムなのか?」を意識して、解りやすい議論を展開していって欲しいものだと思います。

ところで、こうした議論の中で、年功給システムの代替候補検討のための参考例として、職務基準賃金のごく一般的な適用例が挙がってこない理由として、日本固有の運用上の困難性があるのですが、これは、前回記事にしたような既得権の問題以前に、実は、「日本の働き方」からくる導入の難しさがあるといわれています。というのも、日本の場合、職務がかなりクロスオーバーした働き方をしているのが一般的だからです。海外で就労経験がある方は多分お解りかと思いますが、彼らはいくら他の職務が多忙で自分の職務が暇でも、手伝おうとしないのが当たり前です。これは、包括的な記載ではなく詳細な職務内容を記述する「職務記述書」というものがあり、これに記載された職務しか求められないからです。職務基準賃金は、この職務記述書を基に職務分析が行われ賃金が設定されます。よく、誤解があるのが、同じ職務であれば全く同じ賃金になるのかというと、確かに、そういった職務基準賃金も一部にはありますが(アメリカの自動車産業における製造現場職務によくある労働協約賃金等)、大部分は範囲レート職務給という、職務分析により決定したミッドレンジから数%の人事考課の裁量が与えられるシステムです。したがって、転勤や配置転換で職務内容が変わる場合、契約を変えるわけですから当然賃金も変わります。特に、下がる場合については同意が得られないケースが多いわけですから、そうした選択肢はあまりとられません。ここから先は、その国の解雇規制、雇用セキュリティーの強さによりますが、基本的には解雇という選択肢が検討されることになります。日本的雇用慣行からすると少々残酷な印象ですが、労働市場を俯瞰的に考えると、雇用セキュリティーの弱い国程、新規採用時の経営意思決定はより新規採用に対して積極的になりますから、これはこれでバランスが取れているわけです。

以前、管理人の勤務している会社の欧州支社で、ある管理者に新しい工場の立ち上げのために他国に転勤してもらうお願いをする経緯を社内情報誌で見かけたことがありますが、読んだ感想からいうと、労働者と会社側で意見が全く噛み合っていませんでした。その転勤依頼を受けた管理者は直ちに退職の意思を示し、それを引き留める経営サイドに対して、「何で家族と離れてまでして他国で仕事しなければならないんですか?その意味がよくわからないんですが・・・。その国で同等の職務経験者を採用すれば済む話じゃないですか。   私の心配はご無用です。こっちでポストがないってことでしたら、別の会社で働きますんで。」といった感じの意見で、対する会社側は、「イヤー、そこをなんとか。君にしか任せられないんだよー。」といったような感じで、正に、世界標準的な労働観に日本的労働観を押し込もうとする無理さがひしひしと伝わってくる、漫才のやりとりのような記事だったのを覚えています。

ここで思い出すのは、311後によく報道されていた離散家族の悲惨さです。放射能に対する感受性が高いとされる子供の健康を気遣って子供と母親は放射能疎開、父親は 仕事があるので 地元に留まるという構図です。これが世界に報じられた際の反応が、”karousi”のように、その意味が理解されなかったという記憶があります。あの時も、「なんか無理のあるシステムをひつこいめにやっていくんだなぁ。」と思って見ていたものです。少し前によく取り上げられた「追い出し部屋」についても、リストラするためにギブアップするまで職務を無い状態にするっていう経営手法が海外に紹介されたら、間違いなく意味不明として扱われるんだろうなぁ、と思いながら眺めていました。「職務無いってことは、無給?だったら解雇するのと同じじゃ・・・。エッ!給料出るの?何に対して?もしかして我慢してることに対して?ホー、その我慢してる様子が何かしら利益を生み出してるんだぁ・・・。  エッ!何も利益生み出してない???」こんな感じかもしれません。

ということで、賃金システムと解雇規制は互いに影響し合っており、前者の改革だけであれば多少無理があるとはいえ一個の私的企業の決断で多少改変することは可能ですが、後者のそれについては判例法理があるため為政者による法改正等の関与が必要になります。為政者サイドから前者の話が出てきていますから、後者もじきに議論されだすかもしれません。こうした記事を書くと、解雇規制撤廃論者のように思われるかもしれませんが、そう単純でもありません。その国の雇用慣行と合致したシステムでなければ雇用システムは機能しないという歴史があり、世界標準的な雇用システムにも課題は多いからです。賃金決定システム自体については、もっと公正な形にもっていくのを支持しますが・・・、 解雇規制については、 確かに日本はOECDでも突出してハードルが高いですが、   それ以外の国が一様というわけでもありませんので、解雇規制のハードルを下げるべきだとは思っていますが、    どの程度の雇用セキュリティーにすれば最適なのかは、正直、判断つきかねます、といったところです。   難しいと思います、この辺の議論は。          ただ、こうした議論が報道から提案されるときに、「じゃ、日本以外は正味どうなのよ?」といった、議論のニュートラルレベル確認のための材料提出がひじょうに少ないように思いますので、ここのところ立て続けに記事にしている次第です。考えるための参考材料自体がちょっと少なくないか?という気がして・・・。

というのも、ここが日本の構造的問題の一番の”根っこ”のように思うからです。

(追記)労働市場の硬直性とイノベーション

2014年10月19日

安部首相の年功賃金の見直し発言

が報じられています。記事によると、9月29日の政労使会議の冒頭での発言だそうです(その産経新聞yahooニュースは→こちら)。
産経新聞の記事には「子育て世代に手厚く賃金を分配すべきという考え方で、女性の活躍を後押しする安倍政権が、若年世代までも味方につける巧みな戦略が透けてみえる。」との、発言の動機推測がされていますが、あながち的外れではないかもしれません。選挙に不正が行われていないという前提でいうと、票数を効率よく確保するためには有権者属性別の人口比を意識したマーケッティング技術を高度化させなければならないのは自明の理だからです。一般的に年功型賃金システムの恩恵を受けるとされるのが40代アップとされており、有権者を世代別属性による人口比でみた場合、既に最大マーケットであった団塊の世代はとうにその恩恵とは縁を切っており、今後、徐々にではあっても、年功給で割を食う若年層のマーケット占有比率が上昇してくるからです。産経記事では、”梯子を外される”のは40台アップに限定されるような印象に読めますが、実際のところ、年功給システムという将来の慣行的約束から生まれる期待値を当てにして不利益に目をつむる滅私奉公期間が賃金カーブと共に緩やかにフェードアウトするという性格上、もう少し若年世代も含めた方が適格だと思います。年功給を突如廃止した場合に、「話が違うヨー」となる世代のことをいってます。年功給システムも年金システムも、人口、マーケットと共に経済のパイが拡大していく時期には本来目指す目的に対して有効に機能しますが、逆の時期にそれをそのまま維持し続けようとすると無理が生じますし、こんな事は皆知っているわけです。問題となるのは、この時点で制度改変に手を付けなければ社会的公正さが徐々に歪められていくことはわかっていても、実際のところは、その制度破綻しかかった期間には、恩恵を受ける有権者世代が最大多数マーケットとなるため、効果的、抜本的な制度改革は政治力学上、先送りされがちになところにあると思います。その後、世代間人口比がフラットに戻りつつある局面になって、やっとこさ、遅れた修正を一気に取り戻そうという要請が強まるため、結果、間の悪い、ツキに見放された世代がババを掴まされることになるという、よくTVでやる巨大風船膨らませバツゲーム的になってしまうのだと思います。以前、ちょっとだけ紹介した城繁幸さんが、団塊世代周辺を「食い逃げ世代」と表現している真意は、社会的公正さを維持するために必要な時期に必要な処置をしなかった、その不作為や無関心さを批判しているものだと管理人は理解しています。この方、表現はかなり辛辣ですが、述べてる内容自体はひじょうに筋が通っていると思います。

ただし、こうした議論の中で、成果給への移行という話になりがちなのを強く牽制したいという立場を管理人は持っています。成果給は、バブル崩壊後の景気低迷時の中で、一時期導入ブームが起こりましたが、概ね失敗に終わった、というのが妥当な評価とされています。プロスポーツ選手の評価システムをよく例に出しますが、これは、そもそも雇用契約というよりは実質的には個人経営者との業務請負契約に近く、通常の労働契約と同列で議論することは話をあまりにも単純化しすぎていると思います。

成果給が成立するための必要条件として、以前紹介した遠藤公嗣教授は次の3点を挙げておられます。

@成果の定義が明確であって、しかも、成果の数量が容易に数値測定できること。
A投入された労働以外の要因が成果に影響しないこと。
B成果の品質をとくに留意しないこと。あるいは、留意しなくても成果の品質を維持できること。

以上の条件が完全に満たされるケースは、厳密にいうと皆無かもしれませんが、一般的な職務との相対的な立ち位置からして上記条件への接近度が有意と認められる職務まで拡大適用するとしても、それはひじょうにレアな職務になるものと思われます。特にAを考慮すると、通常の業務においては「個人」というよりは「組織」で事を進めるのが普通で、そうした組織内のシャドーワーク的なものの質によって、成果は如何様にもなるという経験を持っているのは管理人だけではないはずです。案の定、先に述べた第一次成果給導入ブーム時に、チームワークの乱れにより組織全体でのパフォーマンスが思惑とは反対に低下したことがブーム終焉の一番の要因と聞いています。また、一部残存している成果給的な名称のシステムについても、目標に対する達成率を評価対象にしており、その目標自体が上位管理者との面談の中で決定されるという、微妙なプレッシャーがかかった状態での自己申告制になっているのが一般的だというのも、評価の公正さという面からして問題があると思っています。目標設定を手加減なしに低く設定できるかどうかの ”図々しさ能力指数” に変容しているような気がするからです。

このように、社会的要請から、年功給か?成果給か?という、あたかもそれ以外の選択肢がないかのように思いこませようとする二者択一論には注意が必要に思いますし、そもそも、こうした議論の中で、職務給と成果給がほぼ同じもののように理解されてしまっている背景は是正していくべきだと思っています。職務給(職務基準賃金)は、職務分析を行い、職務の価値に対して対価を設定するのであって、成果に対してではありません。「とはいっても、職務の価値を評価する事は困難で・・・」という文脈もありがちですが、実際のところはというと、既に欧米、特に欧州で職務分析は確立されています。というか、前にも記事にしていますが、賃金決定システムで世界標準なのは、この職務分析を基にした職務基準賃金であり、日本だけが特殊なのであり、慣れていない日本企業が職務分析をする事は確かに困難かもしれませんが、手法自体については真似るだけのことです。むしろ、その導入切り替えにあたって、先に述べた「ババを掴まされる世代」への配慮と全体としての公正さを維持するというトレードオフの関係になりがちな問題への対処の方が困難だと思います。この移行ノウハウは、当然、世界のどこにもありませんから・・・。

職務基準賃金への移行により、欧州で確立されている同一価値労働同一賃金原則が達成されます。これは、遠藤教授の言葉を借りれば、”労使双方にとって、現状考えられる中で、最も納得性の高い賃金決定システム”と言い換えてもよいもので、欧米発のペイエクイティー運動の中で、正にそのため(納得性を高めるため)に誕生したものですから当然といえば当然といえます。納得性を高めることは、ジャックハーシュライファー教授の理論からいけば、闘争技術へのモチベーションを最小化させるわけですから、労働分配率に変化がないという前提でいうと、インセンティブが生産技術の方向に直に作用することから、生産性が上がる筈です。もちろん、以前の記事で述べたように、報酬だけが単純に動機付けに作用するのではないという人間の複雑性を考慮した、より先進的な試みは重要ですが、そうした、より望ましいと考えられる施策は模倣できるような、ある程度一般的な職務全域にわたって通用する成功例が未だないわけですから、同一の労働ですら賃金が同一にならないというような前近代的な雇用環境の公正さ水準を、まずは標準的レベルまで引き上げてからの次の次元の話だと思います。

念のため、   よく言われる”同一労働同一賃金”は子供的感覚からしても当たり前の事をいっているに過ぎず、”同一価値労働同一賃金”とは、言葉はよく似ていますが内容は大きく違います。前者は、同一の労働かどうかの判定しか必要ありませんが、後者は、異なる職務間での労働価値の程度差を評価する必要があるため職務分析が必要になります。

この時、先ずは同一労働同一賃金という次元から導入して・・・というような無意味に導入順序をつけようというやり方については、小さなことをすることによる事実上の不作為になると思います。既に、より完成された手法があるのにわざわざ低次元から事を進めるというのは無駄であり、効率が悪いと思うからです。発展途上国が、「ここんとこ豊かになってきたんで、先ずは白黒ブラウン管テレビから普及させよう」と政策を練るような感じがします。導入するための労力に大した差がないのであれば、より効果(今回の場合、社会公正さ)が期待されるものを選択するべきです。かといって、より、効果があるだろうからといって、未だ実用化されていない8Kを開発して導入しようというのは、「無理があります。順番にやりましょう。」といっているわけです。

このあたりの政策について興味を持った方用に、文中登場した、遠藤公嗣教授の著書紹介しておきます(以前にも紹介しましたが、解りやすいですこの本)。

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(追記)不利益変更になるのは誰なのか?
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