2020年12月09日

祈りの恵みの現れ A

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 1988年、TLEAの教会から遣わされた海外宣教アメリカチームは、二人の重要な人物に会うとの予告預言を受けていました。実際、そのうちの一人、ルーマニアのユダヤ人であるイリエ・コロアマ師という預言者、奇跡の器とお会い致しました。イリエ師は祈る人で、チームに会う前から、神様に既にいろいろと聞いておられていたそうで、チームに会った時、「あなた方は祈る人達でしょう」と皮切りに幾つかの事をおっしゃられたと、パウロ秋元牧師が書かれた「預言(雲の間にある虹出版、発行)」の本7章にその記述が書かれています。(確かに、私たちは、かなり祈る教会で、最初から牧会伝道部と祈祷部の両輪がある教会でした。)

 この神様の不思議なお導きにより、この後にルーマニア宣教の道が開かれ、イリエ師と共に、ルーマニア宣教を行う派遣が起こされていったのです。私はフランス・ルーマニア派遣という短期派遣のチームに加わったことがありました。ルーマニアでリバイバルが起こっている教会での集会にも行きました。3時間程にわたる集会でも会堂は現地の人々でいっぱいに埋め尽くされており、メッセージが通訳2人つきでも、ずっと、すし詰めで立ち続けて、熱心に聴いている人々を見ました。「みなさん、疲れないのか?」と思うのに、笑顔の人々の姿がありました。
 しかし、日本人は皆前席に座っていたにもかかわらず、時差ぼけもあったと思うのですが、居眠り姿で、現地の人々がクスクス笑っている声が聞こえていました。元共産圏の国で厳しい信仰の戦いがあることを察してはいましたが、聖霊によるリバイバルの働きの中で、霊的な祝福を受けさせていただきました。その恵みで、私は、ルーマニアでのキリスト教初の孤児院の協力に4ヶ月程、教会から遣わされていくこととなりました。遣わされて行こうと準備していた時、孤児院の実際的なお手伝いのつもりでしたが、預言では、「祈りの奉仕で遣わす」ということが語られていました。それで、神学校が夏休みの間、自ら、祈祷部で祈りの訓練を受けようと思い、祈祷部に通い続けて、祈れるようになってから遣わされていくこととなりました。

 最初のこの孤児院設立にあたって、アメリカ、ドイツなどから若い独身女性ワーカー達10数名が集められていました。男性などいなくてもいいようなパワフルな、実際的能力もあるような女性の方々でありましたが、バラバラに集められた彼らには、霊的な祈りの助けが必要な働きだったのです。日本から私ともう一人のスタッフとで、共にこの働きのために日々、とりなし1日7時間の祈り込み生活を行っていきました。そののちに、ワーカー達も問題など起こるたびに、神様に祈って求めたら、答えられた証をミーティングの時などするようになり、祈りの重要性が働き全体に広がっていくようになっていったのです。どのような素晴らしい働きにも、祈りはとても必要なので、祈る事をお勧めします。
 イリエ師との関わりの中で、私は祈りの働きの恵みに導かれるようになり、日本に戻ってきてから結婚した人は、祈りの人でありました。私の主人はイリエ師も覚えて下さっている人で、ルーマニアにいた時、主人が映っている写真をイリエ師が見られた時、主人のことを「この人は神の人です」とおっしゃって下さっていたのを覚えています。

 昔、中学生の頃、私は将来の夢があまり持てなくて、大人になって生きられないような現実だったら、北海道の函館にあるトラピスチヌ修道院へ行こうと考えている時がありました(カソリックで外との関わりを絶ち、祈りの生活で生涯を終える修道院)。しかし現在、私は祈りの人と結婚し、プロテスタントの教会で、いろんな方々と関わりながらも、祈りのご奉仕の日々が与えられています。
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