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2019年02月14日

連載小説「平行線の先に」   2章


朝、電話の音で起こされた。母からだった。ちゃんとご飯は食べているのか。いつ京都へ帰ってくるのか。いつもの質問攻めにあった。

「私、こっちで仕事始めたからしばらくは帰れないよ」
「仕事?なんでなん。必要ないやろ。年末には帰るん?」
「まだわからない」
「もう半年も待ってるし」
「来年には一度顔を出すから」

 受話器を置いた。固定電話をやめようか、と悩む。携帯は切っておけるが、固定電話は留守番電話にしてある。三年前と環境を変えていない。大輔を忘れたくなかった。しかし大輔のことを考えない時間も必要だと最近気付いた。

 いつまでも引きずってちゃだめだ。顔を洗って化粧水をつけた。幸せを呼ぶというディオールの香水を軽くふり、ダイヤの指輪をはめた。今日はバイトなし。何をしよう。


 リビングで朝食を取りながら、フィギュアスケートのDVDを観た。真央は子供の頃スケートを習っていたし、自分と同じ名前の選手のファンだったので試合を観るのが趣味だった。チケットは高かったが大会に何度も足を運んだ。間近で観る試合は迫力満点で感動でいつも泣いていた。夫も時々付き合ってくれたが大抵一人で観に行った。一人が気楽だった。

 独身の頃は友人と呼べる女性が何人かいた。けれど結婚して、こどもが生まれたり生まれなかったりでみんなバラバラになった。真央はこども好きだったがなぜか母親にはなれなかった。一度だけ妊娠したが流れてしまった。ようやく諦めた頃、夫が先に旅立ってしまった。

 大画面では美しい衣装を身に着けた若い選手が華麗に演技している。真央の横には紺色のポーチが鎮座している。そうだ、と思いついて急いで朝食を片付けた。

 街の本屋。大輔の書いた小説がまだ棚に並んでいる。すごく安心する。『刑事○○』だの『名探偵○○』だのシリーズものがほとんど。真央はもちろん全部読んだし、家の書斎にすべて保管している。大ちゃん良かったね。真央のベージュのトートバッグの中には例のポーチが入っている。

 本屋の一角にクリスマス特集が組まれている。サンタクロースなどにまつわる本がたくさんディスプレイされている。真央が好きな絵本もあった。今年はサンタさんに何をお願いしようかな。一つしかないけど。大ちゃんに会いたい。会わせて欲しい。無理に決まってるけど。亡くなってから一度も夢にすら出てきてくれない。ひどい。



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 ワインに合うおつまみのレシピ本を一冊買って店を出た。最近お酒を飲む量が増えた気がする。家には常にワインがストックされている。寂しくてついつい飲み過ぎてしまう。外で飲むことはなかった。家で一人で静かに飲んだ。

 占いに行ってみよう。電車に乗って銀座まで来た。そこそこ有名な占いの店に入る。行列が出来ていた。一時間待ちですって。やめた。時間がもったいない。映画でも観よう。たまたまやっていた夫婦の愛の物語にした。予想通りいい映画だった。途中ハンカチが必要になった。

 銀座の街もクリスマスムード一色。きれいだ。ああ、大ちゃんがいればもっともっとハッピーなのに。手と手をつなぐカップルを観ては虚無感に襲われた。恋人をつくるべきなのだろうか。わからなかった。結婚相談所の前をうろうろしたがやめた。

 夕方、家に帰ってさっそくおつまみを作ってみた。ツナとゆずこしょうのガーリックトーストとアンチョビトマトのタルト。具材をバゲットにのせて焼くだけだが非常に美味。ワインがすすむ。ちび太にもおすそわけ。嬉しそうににゃあにゃあ鳴いた。大ちゃんも好きそうだな。いけないまた考えてる。この三年間ずっとこんな感じだ。結婚して十年以上大輔中心に回っていたから急にいなくなられて本当に困っている。


 三年前の十二月。二人で新潟へスキーに行った。スキーをするのなんて久しぶりだった。それは夫も同じだった。まさかあんな事故になるなんて。夫が勢いよく滑っていた先に小さな子どもが立ち往生していた。それを除けようと曲がった先が運悪く危険区域だったのだ。雪崩に巻き込まれて救出されるのに二時間もかかってしまった。助けを呼びに行って待っている間ずっと震えが止まらなかった。絶対帰ってくるって信じていた。大輔は傷一つない綺麗な体で戻ってきた。ただ息はしていなかった。

 あの日の絶望を渇きを焦燥を忘れることは一生ないと思う。あのこどもを探し出して訴えてやりたいと考えたこともあったがやめた。やめたというより気力がなかった。ただただ疲れて寝ていた。三か月寝続けて、三か月フィギュアのDVDを観続けて、やっと普通の生活を送れるようになった。

 現実逃避するために海外旅行にも行った。でも、パリに行ってもロンドンに行ってもカナダに行ってもオーストラリアに行っても思い出すのは大輔のことばかりだった。

 結局、場所を変えてもダメなのね。私自身が変わらないと。で、やっと生活を変えられるかもしれない十二月の初めなのであった。

 あたりまえだと思ってた日常って本当はあたりまえじゃなかった。ありがたい日常だ。だから毎日感謝しながら生きるべき。クリスチャンではないけれど。夫が亡くなってからは感謝していない。



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「おはようございます」
「おはよう」
「よろしくお願いします」
「とりあえず、商品整理おねがい」
「はい。わかりました」

 商品整理とは、お客様がご覧になった洋服を畳んだり、欠品しているものがあれば補充したりすること。店舗自体そんなに広くないのですぐに終わってしまう。お客様もまだ来ない。

「じゃあ、レジの使い方ね。うちはタブレットを使ってんの。真央さん使ったことある?」
「ないです」
「スマホのでっかい版だから大丈夫。こうやって、金額を入れて、合計を押して…こうすればおつりが出てくるから。ね、簡単でしょ」
「はい。やってみます」
「ちょっと練習してて」

 お客様が来られたので紗羅は接客しに行った。お客様に対しては一応敬語を使っている。ちょっと不思議な敬語だった。真央は十数年前までレストランでウエイトレスの仕事をしていた。夫の小説が売れるようになって辞めたのだ。だから接客には自信があった。案の定、真央はお客様からすぐに気に入られた。三十代から五十代くらいまでの女性がよく来られた。

 休憩時間。真央と紗羅は『ぱられる』でパスタセットを食べた。

「真央さんさあ、語尾が下がるくせがあるでしょう?あれ直した方がいいよ。いらっしゃいませ〜、ありがとうございました〜、またお待ちしてます〜って上げないと」
「そうですか。無意識に下げてました。気を付けます」

 紗羅は先日と同じ灰色のスーツを着ていた。視線に気付いたのか、

「あたしこれ一着しか持ってないの。制服みたいなもの。社長にお古もらった」
「そうですか」
「真央さんはいっぱい持ってんでしょ?」

 今日は『マダム・マリア』の桃色のワンピースだった。

「ワンピ好きなの?」
「ええ」
「ええっていう人初めて会った。こないだもなんか変わった人だなあって思ったけど」
「私も、紗羅さんみたいな人と会うの初めて」
「みたいなってどういう意味?」
「ええと…」
「貧乏なシングルマザー?馬鹿にしてんの?」
「とんでもない」
「別にいいけど。あんたこどもいないんでしょ?なんで作んないの?」
「できないんです」
「え?できないの?かわいそ〜」
「ご主人がいない方がかわいそうだと思いますけど」
「いらないよ男なんか」
「変わってますね」
「あんたこそ」

 午後三時。店に戻らねば。急いで珈琲を飲んだ。やっぱり全然違うんだ私と紗羅さん。どんな相手のこどもを産んだのかしら?何歳くらいで産んだのかしら?興味ある。好きじゃないけど興味ある。なんでかな。好奇心?だって小説より面白いんだもん。



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 午後七時。店を閉める準備を始める。ゴミ袋の口を締めようとすると、

「まって。まだまだ全然入るじゃん。もったいないよ袋が。これだから金持ちは嫌だよ」
「…すみません」
「頼まないことやらないで。頼んだことだけやって」

 この人すぐイライラするのよね。きっとキャパが狭いんだわ。そして教えるのが下手。相手の立場に立てないタイプ、自分を優先するタイプね。

「なんか言った?」
「いいえ。何も」
「じゃ、閉めるよ」
「おつかれさまでした」

 店を出ると黒人の女の子が立っていた。抱っこちゃん人形が成長したみたいにおめめぱっちり。手足が長い。うちのお店に用があるのかしら。紗羅が出てきて、

「宇宙、おまた」
「そら?」
「あたしの娘。かわいいでしょ」
「え?紗羅さんのお嬢さん?」

 相手は黒人なんだ。でも本当に可愛い。黒人とのハーフの女の子。

「こんばんは」
「こんばんは。マミィ腹減った。なんか食べよ」
「さようなら」
「バイバイ」

 びっくりした〜。十二歳くらいかしら。大人っぽいけど。お化粧してるみたいだったし。紗羅さんすごい。私には絶対真似できない。未婚でハーフのこどもを産むなんて。かっこいいな。私は頭が固いからまずは好きな人と幸せな結婚が先。色んな人がいるのね。世間は広い。




つづく

(この物語はフィクションです)









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