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いちばん輝く季節

早いもので今日から6月です。ちなみに昨日5月31日は札幌藻岩山の日だったそうです。標高531mにちなんで5月31日なんだそうです。藻岩山はアイヌ語で「インカルシペ」(いつも上って見張りをするところ)と呼ばれていました。アイヌにとっての聖地であり札幌市民のシンボルです。冬は市民スキー場として、夏は登山や夜景スポットとして市民や観光客が訪れます。北東斜面には広葉樹が生い茂る藻岩原始林があり、1921年(大正10年)3月3日に北海道で最初の天然記念物に指定されました。

6月は色々なイベントが目白押しです。
さっぽろライラックまつり2013年6月1日(土)・2日(日) (白石区川下公園会場)
平岡公園 梅まつり2013年4月27日(土)〜6月2日(日)
YOSAKOIソーラン祭り大通公園ほか、市内各所2013年6月5日(水)〜9日(日)
北海道神宮例祭(札幌まつり)6月14日(金)〜16日(日)
花フェスタ2013札幌 大通公園西4丁目〜7丁目6月22日(土)〜6月30日(日)
サッポロ・シティ・ジャズ
大通公園、札幌市役所、札幌芸術 6月29日(土)〜8月28日(水)
いしかり浜サンドパーク(石狩市)石狩浜海水浴場6月下旬予定

まだまだ大小有りますが詳しくはこちらを参考に!
6月のイベント一覧

さらに6月はウニ漁、エビ漁、チップ漁(ヒメマス)等が解禁になる時期です。早咲きのラベンダーが花開き、礼文島では天然記念物の固有種の高山植物「礼文あつもり草」が密かにこんもりと咲く季節です。花も食も楽しみが満開の世界の憧れ北海道が輝きを放つ一番良い季節がやってきました!!




日ハムファン必見!!



6月3日、札幌は晴れ、予想最高気温は17度です。
知床横断道路(国道334号知床横断道路は、例年11月上旬から4月下旬まで冬期全面通行止めとなっております。この冬も昨年11月7日に羅臼町湯ノ沢から斜里町字岩尾別道道交差点まで(23.8km)の区間が通行止めとなっていましたが、6月1日AM9:00に開通し長い冬眠から目覚めました。しかしまだ、夜間は路面凍結の心配があるため当分は9:00〜16:30の昼間のみ通行可能で夜間は閉鎖されるそうなので付近には迂回路は無いので、ご通行にはご注意ください。

しばらく更新していませんでしたが、ブログネタを収拾するため、今後も基本的に土日は休ませてもらいます。きまぐれに若干の日記は書くかもしれませんが、休ませて下さい。
早速休んで得た収穫を報告します!!

◎おススメ情報◎6月1日土曜日に家族で映画を観てきました。帰りに食事をすることになり札幌駅界隈の安そうな居酒屋を探して札幌駅ガード下にある店を見つけて飛び込みました。

北海道食市場 丸海屋 パセオ店(グルナビ参照)
店に入るなり「本日ファイターズ勝利のため、サービスデー!最初のワンドリンク何でも88円!!」と書いてありました。
やった!ラッキー!!と思い席に着き早速私も妻も娘も生ビールを頼みました。こんな嬉しいサービスをしてくれるとはなんと粋な店なのでしょうか?!
食べ物も先日紹介した旬な食材がたくさんあったので、生うに、イカ刺し、ホタテ刺し、ぼたんえび刺し、グリーンアスパラのバター炒め、鵡川産本シシャモ、などなどついついおだって(調子に乗って)お腹が敗れるくらいたくさん食べて飲んでしまいました。お陰で会計は諭吉さんが1人消えてしまいましたが、大満足でした。家で一人留守番の愛犬アーバンには具の入ってないおにぎりをおみやげに帰宅しました。
今はまだ調子が悪い日本ハムですが、どんどん勝を重ねてこの店に来る機会を増やしてほしいです。店員はファイターズ選手のレプリカユニフォームを着ていたので店を挙げての日本ハムファンなんだと思います。日ハム勝利の日には是非行ってみてください!!


道東観光 3




ここのところ好天続きでしらかば花粉が飛び交っているせいでくしゃみが止まらなく毎日辛いです。私は「はくしょん」とくしゃみをした後に「バカヤロー」とか「コノヤロー」と叫ぶ癖があります。ある先輩がこう叫んでいたので「なぜバカヤローなんですか?」と聞くと「誰かが俺の噂をしてるからくしゃみが出るんだ!だからそいつに対して怒っているんだ!!」と言ってました。
私にも先輩の癖が移ってしまったようで、お陰で家族からうるさがられています。
花粉の時期は世の中バカヤローだらけになってしまいますね。

むかわ町には四季の風のほか、旧穂別町にも温泉があります。旧穂別町は鵡川から20kmほど内陸に入った山間にあります。

樹海ロード(R274)沿いに、樹海温泉白亜(じゅかいおんせんはくあ)です。ここは冷泉で沸かし湯なですが国道沿いの好立地のため、ドライブ途中に立ち寄る客が大勢います。私も十勝方面から札幌に帰る時には必ずここに立ち寄ります。日勝峠を越えて日高町を過ぎて、そろそろ休憩したくなるのがこの辺りです。ここまで来たら札幌まではあと1時間ちょっとなので安心して休憩することができます。
旧穂別町には地球誕生などをテーマにした展示施設「地球体験館」があります。

海岸沿いの国道235号に戻りえりも岬を目指すと、ほどなくして旧門別町(現日高町)です。かつて門別町だった地域が、2006年3月に日高町と合併して新生「日高町」となった のですが、飛び地合併であり従来の日高町はここから60kmほど離れたかなり山間部にあります。
平成の大合併により217あった北海道の市町村は179まで減少してしまい、このような飛び地合併もいくつか生じてしまいました。

門別町(現日高町門別)に入ると左手の海を見下ろす小高い丘に門別競馬場が見えてきます。1997年に完成した日本で最も新しい競馬場で1600mのコースを持つ国内最大規模の地方競馬場です。
競馬場を過ぎで軽い下り坂を下がりきると門別町富川市街に入ります。ここから沙流川の手前を左折すると60km程で日高町です。
このルートは次のコースでご案内します。まずはえりも岬に向かってR235を直進します。



道東観光 4

初夏の陽気に包まれて、気が付けばいつの間にか「よさこいソーランまつり」が始まっていました。今まさに窓の外からよさこいソーランの音色が盛んに聞こえています。しかも今日がファイナルステージ!昨年は私の地元「平岸天神チーム」がグランプリを獲得しましたが、今年の調子はどうなのでしょうか?平岸天神はファイナリスト常連の伝統と実力あるチームです。数年前に東京に行った時にお台場のあるイベントに平岸天神がゲストとして舞っていました。終了後チームスタッフに「札幌から来たの?」と聞いたところ、「私たちは東京支部のメンバーです」と言っていました。やはり常連チームともなるとすそ野が広いんだなと感心しました。さて今年は打倒平岸天神を目指していったいどのチームがグランプリを獲得するのでしょうか?すっかり国際的なイベントになったよさこいソーランまつりを地元の誇りとしてこれからも応援していきたいです。

門別の町名の門別の由来は、アイヌ語の「モペツ」(静かな川の意)によります。道内には紋別市などほかにも同じ地名があり、紛らわしいのでそれぞれ北見紋別、日高門別、伊達紋別と使い分けられています。

また同じように標津・士別があります。アイヌ語の「シペッ」(大きな川)が由来ですが、それぞれ根室標津、サムライ士別と使い分けられています。

他にも同様に同じ発音をする地名がありますが、思い出した時にまた紹介します。


北海道のブランド昆布のひとつ、日高昆布の礎となったのがこの門別です。
★日高昆布★(学名:三石昆布)
北海道には利尻昆布、羅臼昆布、真昆布、長昆布、細目昆布、ガゴメ昆布など多数のブランド昆布があります。それぞれ産地や使用用途によって使い分けられていますが、日高昆布は「出汁によし、食べてよし。」おまけに価格もお手頃ときています。昆布の種類は、いろいろありますが一般家庭で食べていただくには最適です!!
海産物加工業を営んでいる知人が「昆布巻き」に最適なのが日高昆布だ!と言っていました。また、佃煮など出汁を取った後の再加工にも良いそうです。
日高昆布の特徴は、生産されるほぼ全てが「天日乾燥」していることでしょうか?昆布漁がはじまる6月上旬から日高の浜辺は、昆布一色となります。
しかし、最大の特徴は昆布を育てる取り組みを行っていることです。150年余り前、文久3年(1863)から6年をかけ、日高国沙流場所請負人であった山田文右衛門が、日高国沙流地方(日高町門別)で自然石を海中に投入(投石)したのが本格的なはじまりとされています。長さ1尺5寸から2尺、厚さ1尺から1尺5寸というから250キロ前後はあろうかという大きさの石を、初年度に27,000個、2年目から4年目には各50,000個、5年目、6年目には各々70,000個もの量を投入しました。これによって、50石(7.5トン)程度であった昆布の水揚げは、投石量に比例し飛躍的に増加し、6年後の明治元年には700石(105トン)まで増加しました。
この投石が本格的とされるのは、その規模もさることながら、初年度、試験区域を設け深浅を測り投石し、半年後、1年後という期間を区切って、昆布の着生や生育状況を潜水調査を行い、石材を集中的にピラミッド状にすることによってより効果があることを見いだすなど、現在、行われている増殖事業に礎を築いていることにある。
150年余り前に投石事業を始められとされる門別の海とそれを見下ろすように建つ門別稲荷神社に功績を称え山田文右衛門の記念碑が建てられています。
門別市街を通り過ぎて太平洋を望む小高い丘の上に町営温泉「とねっこの湯」があります。温泉好きの私はもちろん行ったことがあります。

この先は右手に太平洋・左手にはサラブレット牧場といった北海道らしい景色が続きます。しかし、海から強風が吹き付けて冬期間は路面がアイスバーンになるので、冬道のドライブはスリップ事故に要注意です!!
海岸線に沿って細長い日高町門別ですが、最後の集落厚賀を過ぎると正面にこんもりとした森「判官館森林公園」が見えてきます。ここが新冠町の入口です。音楽とサラブレットのまち新冠町は牧場や中央競馬で活躍した馬そのものが観光資源になっています。
判官館森林公園を右手に見て、左手にバーベキューハウスと新冠泥火山過ぎて左折すると多くの有名馬を輩出した生産牧場に繋がる「サラブレットロード」が有ります。
左折してすぐ右手が「オグリキャップ」が種牡馬として第二の人生?を過ごした優駿スタリオンステーションです。
その他サラブレットロードの沿線にはハイセーコーの墓や「ナリタブライアン記念館」など、競馬をやらない私でも名前だけは知っている有名馬のモニュメントが数多くあって、競馬ファンとっては涙が出るような憧れの通りです。




新婚旅行




今年のよさこいソーランまつりの大賞は「粋IKI北海学園大学」チームが獲得しました!おめでとうございます!!ほとばしる若いエネルギーが輝いていた素晴らしい演舞を披露してくれました。17回目の出場で初の栄冠に輝いたわけですが、今日からは君たちを目指して全てのチームが来年に向けて練習を開始します。ぜひ連覇に向けて頑張ってください!改めて喝采を送りたいと思います!!
私の地元の平岸天神は残念ながら連覇を逃しましたが美事に準大賞に輝きました。北海学園も豊平区なので地元と言ってもいいでしょう!何より北海学園経済学部の山田教授は同い年で飲み仲間、朝まで飲み明かす気が合うすすきのフレンズなので我が事のように嬉しいです!また自慢話を肴にすすきので朝を迎えるのかと思うといささか憂鬱にもなりますが、まずはおめでとうございます!!

★ エピソード ★
さて本題に入ります。タクシー観光時代に唯一新婚旅行で案内したご夫婦のエピソードを紹介します。
ご主人は茨城県のお煎餅屋さんのご子息で、奥さんは看護師さんでした。競馬好きのご主人は北海道で馬を観るのが夢で新婚旅行を北海道に決めたそうです。出発前にご主人がどうしても寄りたい所が何ヶ所かあると言うので行程の再確認と打ち合わせをしました。
最初にテンポイントの墓参りをしたいと言うので、通り道なので早来町の吉田牧場に寄ることにしました。テンポイントの葬儀には私も参列したので場所はわかります。しかも千歳市内で花まで買ってお参りしました。
次に新冠町でオグリキャップの顔を見たい!これは旅行会社の行程表に記載してあったので必然です。オグリキャップの姿は始めて見ましたが、ユニークな顔をした芦毛の愛くるしい馬で人気が出るのも納得できました。
さらにハイセーコー、シンザン、ナリタブライアン・・・。何処も殆ど接近した直線状の場所なのでコースアウトも全く問題ありませんでした。奥さんが可哀そうだなと思いましたが、覚悟して来たらしく特に文句は言ってませんでした。しかも初日の宿泊先は静内町(現新日高町)なので初日は観光らしい観光は殆ど無しでホテルに入りました。

2日目の目的地はトマムです。直行したら2時間程度で着くので午前中で終わってしまうので、大サービスでえりも岬を廻って遠回りすることにしました。ご主人は「早く着いたらゴルフをするから予定通りで良いですよ」とは言われましたが、あまり早く仕事が終わると私が困るのでえりも経由に決定しました。えりも岬を見た後、ハートの形をした豊似湖を新婚カップルに是非見せたかったからです。
この時は普通のタクシーでの観光だったのでこの先LPガススタンドが無いので補給しての出発です。ジャンボタクシーは経由なのでスタンドは何処にでもありますが、普通のタクシーで観光する際には何時もLPガススタンドが心配になります。特に冬は寒冷地のLPガススタンドではメタンとブタンの配合が違うためエンジンの調子が悪くなり苦労します。
「あの夫婦うまくいってるのかな?」と時々思い出しますが、その後夫婦でスキー旅行に再度訪れたこともありました。今でも年に一度はお煎餅を送ってもらって味わっています。お子さんはすでに成人したとのことで、一組の夫婦の歴史を見守ってきたような気がします。


道東観光 5



一般的に「北海道には梅雨が無い」と言われています。実際この時期は日本海側の積丹沖辺りに高気圧が停滞することが多いため、梅雨前線が津軽海峡を越えられないため梅雨の影響はうけにくくなるのです。しかし津軽海峡に近い道南の函館などは「エゾ梅雨」と言って梅雨によく似た天気が続きます。ところがここ数年はこの高気圧がオホーツク海側まで押し出されるようになって、道南のみならず札幌を含めた道央も梅雨の影響の様な天気がしばしばみられます。以前の札幌の6、7月の平均降雨量は70mm程度しか有りませんでしたが、ここ最近は多少多くなっている様です。これも地球温暖化の影響なのでしょうか?


新冠町の観光名所は町のHPでご確認ください。市街地に入ると右手に道の駅「レ・コード館」が有ります。ここで一息入れて再びえりも方面に進み市街地が切れてすぐ左手に新冠温泉レ・コードの湯 の看板が見えてきます。左折して丘を登ると広々とした駐車場とログハウス風の建物が有ります。



この温泉の露天風呂から望む太平洋が絶景で、夕日が大きなスクリーンに映し出されたような大迫力です!!日本中探しても太平洋に
沈む夕日を眺められる温泉は、西伊豆辺りとこの日高辺りしかないでしょう!貴重な体験が出来る希少なスポットです。ホテルの食事も地の食材をふんだんに使って、十分満足できる内容でした。
支配人は札幌の老舗ホテルに勤務されていたので、そのつてで腕の良い料理人を連れて来たのでしょうか?

新冠町を過ぎるとすぐ隣が旧静内町(三石町と合併し、現新ひだか町) です。
静内の入口にあたる東静内海岸は日高沿岸では数少ない海水浴場です。日高海岸は大部分が砂浜ですが、波が荒く遠浅が少ないため海水浴には向いていません。
静内には二十間道路と呼ばれる桜の名所が有名です。美しい桜が直線で7kmにもわたって咲き誇る一本道、二十間道路。そのスケールは、日本屈指で、左右の並木の幅がちょうど二十間(約36m)あることから、二十間道路と呼ばれるこの通りは、日本を代表する桜の名所として「日本の道百選」、「桜の名所百選」などにも選ばれています。そもそもは、かつてこの地にあった宮内省の御料牧場を視察する皇族の行啓道路として造成されたのがはじまり。1916(大正5)年から3年をかけて近隣の山々の桜が移植されました。5月にはこの美しい桜をひとめ見ようと、全国各地から毎年20万人もの花見客が詰めかけます。
また静内町は新冠と並んでサラブレットの生産牧場が多く馬主やジョッキー達がたくさん訪れるため、人口に対する飲み屋の数が日本一多いため、昼間はのどかな街も夜ともなると賑やかな街に変貌します。

静内にはアイヌと和人との悲しい戦いの歴史も存在します。
静内町真歌のシャクシャイン記念館ではその悲しい歴史に触れることができます。

★シャクシャインの戦い★
全道のアイヌを率い、和人と戦ったアイヌ民族の英雄シャクシャイン。銅像の建つ真歌公園は、そのシャクシャインが1669(寛文9)年、「寛文九年蝦夷の戦い」で最後の砦とした場所です。蝦夷の戦いとは、交易時の不平等に怒りを募らせたアイヌの長シャクシャインが、全道のアイヌに呼びかけ一斉に蜂起した争い。一時は道南地方(現・長万部町国縫)まで攻め寄ったものの、松前藩の鉄砲隊に徐々に後退。最期は和議の申し出という口実のもとに謀殺され、砦も焼き払われたと伝えられています。

静内市街を過ぎて三石町に入る手前の春立海岸は砂浜の多い日高沿岸では珍しい干潟になっており、潮干狩りが盛んな海岸です。

三石町は日高昆布(三石昆布)のお膝元と言っても良いでしょう。


三石町の次の浦河町は日高管内(日高振興局)の行政の中心地です。中心部はしっかりとした都市計画によって生まれ変わった新しい綺麗な街並みが続きます。
またこの先のえりも岬から広尾町に通じる海岸線(通称:黄金道路)は海岸線ぎりぎりを切り開いて造った道路のため、嵐で海がしけると波しぶきをもろにかぶり危険なため、しばしば通行止めになってしまいます。そのため物流トラックなどはえりも岬を避けて、浦河から山越えで広尾町に抜ける天馬海道(国道236号線)を通行します。

浦河町の次は様似町です。様似町には「北海道の背骨」と呼ばれる日高山脈の東端の名峰アポイ岳(811m)が観光名所です。「アポイ岳高山植物群落」として国の特別天然記念物に指定され、1981年には日高山脈襟裳国定公園の特別保護区となりました。標高が低いわりに、特殊な岩体のため森林が発達せず、「蛇紋岩植物」が生育する高山植物の宝庫として有名で、花の百名山に数えられる名峰です。

様似町を過ぎるといよいよえりも町です。

北の街ではもう 悲しみを暖炉で
燃やしはじめてるらしい
理由のわからないことで 悩んでいるうち
老いぼれてしまうから
黙りとおした歳月を
ひろい集めて 暖めあおう
襟裳の春は 何もない春です
(襟裳岬:吉田卓郎作詞・作曲、歌:森進一)

もの悲しい歌詞に裏打ちされるかのように、えりも町の市街地はあっけなく通り過ぎてしまいます。
国道は大きく左に旋回してゆきますが、岬へは直進です。
岬に近づくにつれて背の高い樹木が少なくなっているのに気がつくはずです。この辺りは一年中強風が吹き付けるため樹木が大きく育たないのだそうです。
えりも岬はゼニガタアザラシの南限の生息地で、岬の先の岩礁でほぼ一年中観察することができます。

なにはともあれ無事えりも岬に到着しました。次は十勝地方に入ります。


ゼニガタアザラシ



道東観光もようやくえりも岬まで辿り着きましたが、昨日このようなニュースが報道されていました。
【毎日新聞 2013年05月15日 00時23分】
北海道えりも地域で深刻な漁業被害をもたらしている絶滅危惧種のゼニガタアザラシについて、環境省は調査捕獲(殺処分)による個体数管理の中止を決め、14日、地元の漁業関係者などに伝えた。捕獲による被害軽減を狙っていたが、効果を示す科学的データが不足しているなどとして方針転換した。漁師らは「被害があるのだから捕獲すべきだ」と反発している。
 えりも地域では現在約600頭が生息し観光資源となる一方、サケ定置漁業の被害額(11年度)は襟裳岬周辺だけで約3000万円に上る。環境省は地元からの要請を受けて12年4月、保護管理計画を策定する検討会を設置。今年度までに、40頭を上限に刺し網と銃による調査捕獲や音波による追い払い実験などを決めていた。
 えりも町で開かれた説明会では、環境省の担当者が「絶滅危惧種として保護してきたものを減らすには慎重を期す必要があり、捕獲の効果を明らかにしなければならない」と説明。漁師らからは「我々の事は誰が考えてくれるのか」と憤りの声が上がった。
また石原環境大臣は「絶滅危惧種を保護するのは環境大臣としての責務である」とコメントしている。

種の保存か、漁業者の保護か、難しい議論ですが、この海域がゼニガタアザラシの南限の生息地であるということから、世界中がこの判断に注目していることは間違いありません。



十勝の魅力



今日から札幌では北海道神宮例大祭(さっぽろ祭り)です。昔から北海道神宮祭は大きな節目の時になります。道内の企業では、お祭りを前に夏のボーナスが支給され、学校や企業の制服がお祭りを境に夏服に変わる季節です。
そもそも北海道神宮は開拓神社として北海道の開拓当時樺太・千島に進出を進めていたロシアに対する守りということで、大鳥居が北東(鬼門の方角)を向いている珍しい神社です。
主祭神として、大国魂神(おおくにたまのかみ)、 大那牟遅神(おおなむちのかみ) 、少彦名神(すくなひこなのかみ) 、明治天皇(めいじてんのう) 、のほか北海道開拓の功労者である間宮林蔵・依田勉三らが合祀されています。

●ジンクス●
札幌市中央区にある三吉神社の例祭(5/15)が晴れると神宮祭は雨、三吉さんが雨なら神宮祭は晴れるというジンクスが有ります。今年の三吉さんは晴れだったので、ジンクスが見事に的中して今日の札幌は朝から弱い雨が降っています。


十勝地方に入る前に予め十勝について予習しておきましょう。

「十勝」という地名は、管内を流れる十勝川をさすアイヌ語「トカプチ」からといわれています。それは「乳」を意味し、川口が二つ乳房のように並んでいることに由来しています。

 十勝川が日高山脈を背景として悠々と流れる姿は十勝の象徴でもあり、延長156km、 北海道第3位の長さを誇り(石狩川268km・天塩川256km)、十勝川水系には平野を潤す大小200あまりの河川が流れ込む、まさに十勝の母なる川です。

北海道の開拓が、食料確保と北の守りという目的のもと官主導で進められる中で、十勝の開拓は、明治16(1883)年に静岡県から入植した晩成社をはじめとして、 富山、岐阜など本州からの民間の開拓移民により進められました。先人たちは、山深い自然や大雨で氾濫する十勝川と立ち向かい、不屈のチャレンジ精神で幾多の困難を乗り越え、少しずつ畑を開いていったのです。
以来130年余り、十勝は寒冷な気象条件にありながらも、恵まれた土地資源を活かし、近代技術の導入や土地基盤整備を進めながら、農業を主要産業として栄えてきました。

十勝管内は、1市16町2村で構成され、 日本最大の食料基地としての役割が期待されています。

畑作や酪農を中心とした農業が非常に盛んで、北海道一の畑作地帯である。広い耕地に機械を活用した大規模農業が発達している。大豆、小豆、甜菜、じゃがいもなどの有数な産地である。カロリーベースの食料自給率は 1100 %(約400万人分)に達する。まさに日本の食糧庫と言っても過言ではありません。
乳製品や食肉、小豆製品などは「十勝産」を売り文句や商品名に盛り込んでいるものが多く、世界の十勝ブランドとなっていて、海外にも多く輸出されています。また、菓子の材料となる砂糖(甜菜)や小豆の産地であるため製菓業も盛んであり、六花亭、柳月など全国的にも有名な菓子メーカーを多数擁しています。
十勝開拓の礎を築いたのが依田勉三です。
北海道の開拓は明治新政府の官主導によるところが大部分ですが、ここ十勝地方は依田勉三が民間会社晩成社を立ち上げ、明治16年にはじめて民間として入植しました。あまりにも過酷な環境の中で失敗を重ねながらも常に新たな挑戦を続け、十勝の大地にフロンティア精神を残しました。
北海道の人々には今尚、官依存型ともいえる文化・風習が根付いてますが、ここ十勝にだけは誰にも頼らない独立した民間文化が定着しています。それが多くの十勝ブランドを輩出した原動力と言えましょう。


十勝には火山や大きな湖など北海道を代表するような際立った観光地が有るわけではありませんが、先人達が苦労して開墾した畑地が立派な観光資源になっています。肥沃で真っ黒な畑の土、黄金色に輝く麦畑、白く可憐な花を咲かす蕎麦やジャガイモ畑等々、季節によって移り変わる魅力満点の風景が楽しめます。

そしてもうひとつ、この肥沃な大地から生まれた農産物等のいわゆる十勝グルメが大きな魅力です。



道東観光 5




札幌まつりも今日が最終日ですが、昨日までの二日間の雨で畑も多少潤った様です。
我が家の畑の夏野菜たちも元気に天に向かって枝を伸ばし始めました。やはりとまとやきゅうりも水道水より自然の雨のほうが元気になるのでしょうか?北海道はいよいよ夏に向かってまっしぐらです!!

春のみならず初夏も何も無いえりも岬を後にして十勝方面に向かって行きましょう。

◆黄金道路◆R336襟裳町庶野(しょや)から隣町・広尾町への約30キロメートルの国道は、急峻な大地が連続して海に迫る壮観な風景です。海岸まで切立った断崖絶壁の難所の開削には長い月日と黄金(こがね)を敷き詰めるほどの巨額の費用が投じられてきました。黄金(おうごん)道路の由来です。今でも強風やしけの日には波が防波堤を越えて道路まで達するため危険なので通行止めんなることがしばしばあります。

◆豊似湖◆日高管内で唯一の自然湖です。形が馬の蹄に似ていることから「馬蹄湖」とも呼ばれ、また、ハートの形から「ハートレイク」とも愛称されています。周囲1キロメートル、水深は最深部18メートル、森の中の静寂な湖です。近年CM等で紹介されたことからカップルの間で人気スポットとなっています。湖の周辺には、氷河期の生き残りといわれる「ナキウサギ」の生息が確認されています。えりも岬からR336を帯広方面に向かい20kmほど進むと左手に「豊似湖」と書かれた小さな看板が見えてきます。他に大きな看板は無いので見落とさないように気を付けてください。国道から湖まではほとんど未舗装のためスピードの出しすぎには注意してください。意外と交通量は多いですよ!!

R336を更に進むと十勝管内に入ります。最初の町が広尾町です。広尾町にはかつて音調津(おしらべつ)鉱山があり、金が採掘されてゴールドラッシュに沸いた時期がありました。また広尾は日本で唯一、本場ノルウェーが直々に認めた正式なサンタランドがあり、一年中クリスマスムードに包まれています。
また、広尾には十勝最大の十勝港があり、日本の食糧生産基地十勝を背後圏にしている十勝港は、昭和45年に重要港湾の指定を受け、長年の悲願であった関税法に基づく開港が平成11年に実現しました。また、植物検疫法の指定港にもなり、十勝の特性を生かした農畜産物の低コスト化・高品質化に欠かせない飼料用原料をはじめ、農業関連資材などを直接十勝港に荷揚げし、安定供給を目指し、農業王国・十勝に必要不可欠な『アグリポート』の役割を果たしています。

広尾市街を過ぎると浦河から分岐したR236と合流します。1km程は重複して走りますがR336は右に折れて旧忠類村(現幕別町)を経由して、十勝川を渡り、豊頃町でR38と合流して釧路方面に向かいます。

一方R236は左方向に道なりに進み、更別村を過ぎて中札内村に入ります。中札内に入るとすぐに「花畑牧場」の大きな看板が見えてきます。ご存じタレントの田中義剛の観光牧場です。生キャラメルが人気となり大ブレークしましたが、店舗展開を急ぎすぎたせいかあっという間にブームは去ってしまいました。新千歳空港では買い求める観光客が連日大行列を作っていましたが、並ばなくても容易に手に入るようになってからはブランド価値が希薄になってしまったのでしょうか?生キャラメルも美味しいですが、私のお進めはカチョカバロチーズとホエー豚の豚丼が絶品でした。
田中義剛は北海道酪農学園大学の学生時代から芸能活動をしていましたが、大学ではしっかり勉強をして念願だった酪農の道に進んだのですね。タレント活動はそのための手段だったと自身も語っていました。

中札内の次は十勝の中心都市帯広市です。「♪幸福行きを 二枚下さい 今度の汽車で 出発します♪」旧国鉄広尾線の愛国駅・幸福駅はR236の沿線に程近いところにあります。70年代、幸福駅は2駅隣の愛国駅とともに、「愛の国から幸福へ」のキャッチフレーズで一大ブームとなり、今でも観光客が絶えません。帯広市議会では、廃線後もこの区間だけ列車運行することを協議しましたが、全経費を市が負担しなければならないことから見送られました。木造の古い駅舎には、人々が幸せの願いを込めて貼った写真や切符、名刺がびっしり貼られています。

更別村から帯広市大正地区にかけてのR236沿線には多くのクワの木が生い茂っています。ここでアイヌ人と和人との交易に関する逸話が有るので紹介します。

アイヌ人は狩猟で得たシカ肉や鮭などで和人(日本人)と物々交換の交易を行っていました。しかし、数の数え方がよくわからなかったアイヌ人に対して和人は卑怯な取引を平気で行っていました。たとえば鮭の数を10匹数える時に「最初の一匹」「最後の一匹」などと水増しして10匹のところを12匹供出させてかすめ取ったりしていました。こうした不正に対する不平がやがて前述したような『シャクシャインの戦い』などの戦争へと発展したのですが、この辺りのアイヌ人は実に痛快に逆に和人を騙して?仕返しをしたのでした。
あるときアイヌの長老が和人に借金を頼みました。返済期限はクワの葉が全て枯れ落ちる頃までと決めました。しかし秋が来て他の木々の葉は全て枯れ落ち、雪の季節になっても長老は一向に返済しませんでした。
実はクワの葉は茶色く枯れても枝から落ちないのです。風雪で枯れ落ちるものは有っても全てが枯れ落ちること無く殆どの葉は枝に留まっているのです。だから長老が「全てのクワの葉が落ちる頃までに返済する」と言ったのは無期限、つまり返さないということだったのです。
毎年の自然の摂理を熟知した長老ならではの痛快な逸話です。

帯広の中心部は札幌同様碁盤の目に区画整理されたわかり易い街並みです。
R236はR38と合流します。直進すると音更町、士幌町、上士幌町、足寄町を経由して阿寒湖方面に向かいます。このルートはいずれ案内します。
この旅は後発ルートと合流してR38を幕別町、池田町、豊頃町、浦幌町、釧路市へと進んで行くので今しばらくお待ちください。えりも岬ルートの旅はこれにて終りになります。次は日高門別からトマム〜狩勝峠〜十勝へとご案内するのでお楽しみに!!


ドライブはカーナビ派?地図派?私は勘ナビ派!!




近頃はカーナビの発達でドライブがたいへん楽になりましたよね。皆様はカーナビ派ですか?それとも昔ながらの地図派でしょうか?
私は北海道なら殆ど経験だけで走れます。
運送屋時代に千葉県市川市まで引越しで行ったことが有ります。出発前に下調べして道順を頭に叩き込んで地図を持たずに行きました。もちろん営業用の軽トラックにはカーナビなど付いてません。フェリーで大洗に上陸後、勘を頼りにひたすら走って無事に到着しました。
引越し終了後、用事があったので東京日本橋に行くことにしました。もちろん車で東京に行くのは初めてです。日本橋が日本の道路原票だと聞いたことがあるので、「すべての道は日本橋に繋がっている」と勝手に解釈して、勘ナビを駆使してどうにか日本橋に辿り着きました。
帰りは国道4号線を水戸まで走り大洗に無難に到着しました。我ながら勘ナビ恐るべしと思った瞬間でした。しかし今は内地で運転する時は地理がわからないのでもっぱらカーナビが頼りです。マイカーで時々性能を試すためカーナビを使うことがありますが、遠回りの道に誘導されることがたまにあるので「お前より俺のほうが詳しいんだぞ!」とイライラすることがよくあります。だから私はカーナビは必要ありません。でも最新のカーナビは渋滞情報や速度違反の取締情報、オービスやNシステムの場所も教えてくれます。しかし犯罪者ではないのでNシステムの情報は必要ないですね。それでも上手く使いこなすとそれなりに便利です。

タクシーの場合営業区域内の地図を携行しなければ違反になるので車にはいつも地図は積んでいました。地図通りに走って失敗したことも何度かあります。某証券会社の依頼で社員とお客さんを乗せて苫小牧西IC近くのゴルフ場に行った時、帰りも使うのでゴルフ場で待機してました。待ち時間が暇なので何気なく地図を見ていると苫小牧西IC近くから樽前山を迂回して支笏湖に抜けられる近道を見つけました。まだ通ったことのない道だという興味と、昼ご飯に支笏湖名物のチップ(ヒメマス)料理が無性に食べたくなり、その道を走って支笏湖に向かいました。しかし舗装道路は途中で途絶え、林道の様なとんでもない未舗装の道路が現れました。とても客を乗せて走れる道ではないことがわかったことが収穫でした。当然冬期間は通行止めになります。
他にもプライベートでドライブ中に同じような経験をしました。家族旅行でトマムに行った帰り、地図で占冠村からニニウを通って穂別町に抜ける近道を見つけたので走ってみました。ここはもちろん未舗装ですが、ラリーファンが喜びそうな砂利道のダートコースでした。ここもやはり客を乗せては通れません。しかもこの一帯はヒグマが出没する地帯です。
同じく芦別市野花南から美瑛町美馬牛までの道も同じようなダートコースでした。ここは富良野市や中富良野町、上富良野町をショートカットして一気に美瑛町まで行ける魅力的な近道に見えます。実際ラベンダーシーズンの6・7・8月には富良野周辺は大渋滞で身動きが取れなくなることがあるので、この道に逃げ込む車がかなりいます。
もう1カ所のダートコースはなかなかお勧めです。足寄町オンネトーから足寄町螺湾(ラワン)に抜ける道があります。6・7月のふきの季節になるとこの沿線にラワンブキという巨大な蕗(北海道新聞より) が自生します。茎の太さが6〜8cm、高さは人間の背丈を越えて2mを越えるものもあります。
ラワンブキは北海道足寄町と北方領土の国後島、択捉島などロシアの一部にしか自生しない世界的にもたいへん希少なものです。また、足寄町特産の農産物なのでたとえ道端で採ったとしても収穫すると怒られるので鑑賞に留めておいて下さい。
地図派の皆さん、地図上では道幅や舗装状態まで判断できません。特に山間部は生活圏ではないので携帯電話も圏外だと思って下さい。途中、交通事故や土砂崩れや雪崩に巻き込まれても連絡方法は無いと考えたほうが良いでしょう。つまり遭難です。特に知床や大雪山系、道南の大千軒岳周辺はヒグマの生息地です。「♪ある〜日、森の中、♪クマさんにであ〜った♪」なんてことにもなりかねません。
くれぐれも地図を過信せず、むやみに近道を探さないほうが良いでしょう。人生と同じです!!



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