2018年04月08日

穴に落ちた王さま

 家来をつれて、イノシシ狩りを楽しんでいた王さまが、森の中で深い穴に落ちてしまいました。落ち葉がふたをして気づかなかったのです。
 ずいぶん深くて長い穴だったので、落ちながら王さまは退屈で眠ってしまったくらいです。
バシャーンと大きな音がして、気がつくと公園の池の上に浮かんでいました。
「ここはいったいどこだ」
空から変なものが落ちて来たので岸で釣りをしていた人がみんな集まってきました。
「どこからやってきたんだ」
「わしの国からだ」
 王さまは助けられて町を見学に行きました。
道路には馬も馬車も走ってなくて、自動車ばかりです。高いビルやマンション、アパートがたくさん建っていました。家は瓦の屋根ばかりでいままで見たことがありません。
 王さまはお腹が空いてきました。食堂があったので中へ入りました。
メニューをみると、イノシシ料理もシカ料理もワインもありません。そのかわりかつ丼、卵丼、親子丼、ラーメン、焼きそばなどがありました。 
 かつ丼とラーメンを食べて店を出ました。お金は金貨で払いました。
 一ヶ月ほどホテルに泊まっていました。
「お城と違ってずいぶん部屋が狭いな」
文句いいながらも快適な暮らしでした。でもだんだんお金がなくなってきました。
「こりゃいかん、働かないと」
 いままで仕事なんかしたことがなかったので、仕事を探すのは大変でした。
 スーパーマーケットの仕事がみつかりましたが、レジ操作もパソコンの使い方もわかりません。長時間勤務で王さまは毎日フラフラでした。
「家来がいたら全部やってくれるのに」
 やっと給料日だというので銀行へお金を下ろしに行きました。ところがATMの使い方がわかりません。いくらやっても引き出せません。
 王さまは困り果てました。
「ああ、この国はわしにはあわん。早く国へ帰りたいな」
 人に教えてもらってどうにかお金を引き出すことができました。
 ある日公園を歩いていると、クラシックコンサートのチケットが落ちていました。
「おおう、ヘンデルのメサイアだ。ハーレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤー♪」
 王さまはお城で、毎年クリスマスシーズンになるとこのオラトリオを聴いていたのです。
「わしは、どうやら遠い外国へやってきたのだ。そしてここは未来なんじゃ」
 コンサートが終わってから、図書館のある通りを歩いていました。
「本でも借りて読もうかな」
 図書館の本棚を眺めながら、何を読もうか考えているとよく知っている作家の本がありました。
「おおう、シェイクスピアだ。ハムレット、リア王、マクベス、ロミオとジュリエット。どれもむかし読んだ本じゃ。やっぱり才能のある作家の本は未来でも読まれているんだな」
 思いながら、手にとって拾い読みしました。
そのほかにもグリム童話やイソップ物語、ボーモン夫人の「美女と野獣」ペロー童話なんかも読みました。
あまり夢中で読んでいたので、閉館になったのも忘れてその夜は図書館の中で過ごしました。
 朝になって職員がやってきました。王さまを見つけると不審者と思って追いかけてきました。
「まてえー、」
 王さまは階段をかけ降りて行きました。足を踏み外して階段から転がり落ちました。ずいぶん長い階段でいつまでも転げ落ちていきました。
 くるくる回りながらだんだん意識が遠くなっていきました。
 王さまが意識を取り戻したとき、頭の上の方から声が聞こえました。
「王さま、ずいぶん探しました。いますぐに助けますから」
  家来たちに穴から救い出されて、王さまは無事にお城へ帰っていきました。


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(未発表童話です)

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2018年03月25日

空から白い階段

 春のある日、自転車に乗って外へ絵を描きに行った。いつも部屋の中で絵を描いているけど、やっぱり外へ出た方が描くものがいろいろある。
 田舎道を走りながら、何を描こうかとあちこち眺めながら走っていた。野原から見た桜並木の絵を描こうかな、それとも川のほとりへ行って、菜の花畑の絵を描こうかなとか考えてた。
 一時間も走りながら、まだ描くものが決まらなかった。昨夜は夜遅くまで童話のイラストを描いていたので、なんだか眠くなってきた。
道の向こうに小さな原っぱがあった。木のそばに自動販売機が立っている。
「あそこでジュースを買おう」
 ガチャン。お金を入れてジュースが出て来た。喉が渇いていたのでそばの原っぱの木の下に座って飲んだ。天気は申し分なくよい。
空をぼんやり見上げているうちに眠くなってきた。
「ああ、何を描こうかな・・・」
ウトウトしながら、やがて眠ってしまった。
しばらくしてから、頭の上でさーっと風が吹いた。風に運ばれていい匂いがしたので目が覚めた。空を見上げると驚いた。
「あれっ、階段だ」
 空から白い階段が降りてきたのだ。だけどそれだけではなかった。
階段の上に誰か座っている。ピンク色の帽子をかぶった女性だった。
 階段は目の前まで降りて来た。
「モデルになってあげましょうか」
女性はいった。
「君は誰だ」
「わたしは春の女神です」
ピンク色のワンピースを着た女神なんているのかなと変に思ったけど、
「じゃあ、あなたをスケッチします」
といって、さっそくスケッチブックと色鉛筆を取りだして描きはじめた。
 一枚目は正面から女性を描いた。背景の雲の中まで伸びている白い階段が実に神秘的だ。描き終えると、構図をいろいろ変えて二枚目、三枚目と描いていった。
 夢中になって描いていると、女性が雲のベンチへ行ってみないかと誘ったので行くことにした。女性の後を追って、階段を登って行った。
 雲の上に辿り着くと、雲のベンチに腰かけた女性を描いた。雲の隙間から見える背景の青空と山並みがとても美しい。いくらでも絵が描けるのが不思議だった。
 描いているうちに、女性の服装が変わっていった。ギリシャ神話の女神のような白いドレスになった。この衣装なら春の女神に見える。
 同時にまわりの雲が桜の木に変わったり、雲の地面には白いスミレの花や、白い菜の花やタンポポの花が咲いていた。
 夢のような景色なので、夢中になって描いているうちにスケッチブックの紙がそろそろ足りなくなってきた。それくらいたくさんの春の雲の景色を描いたのだ。
 あまり夢中になっていたので、足元に雲の切れ間があることに気づかなかった。
 片足が切れ間に入り込んだとたんに、身体が大きく揺れて地上に向かって落下して行った。
「あっー!」
 気がついたとき、さっきの原っぱの木の下で眠っていた。
「ああ、不思議な夢だった。でもいい夢だったな」
 スケッチブックを開いてみると何も描かれていなかった。だけど家に帰ってから、夢の中で観た春の雲の景色と女神の姿をたくさん描いた。



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(オリジナルイラスト)


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(未発表童話です)

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2018年03月13日

自画像を描く木

 散歩の途中、奇妙な家の前を通った。二階建ての古ぼけた洋館だった。鉄の柵は錆びついており、家の庭は雑草がぼうぼうに茂っていた。
「以前、ここを通ったときはこんな家なかったのに」
 誰も住んでいない空き家だったので、敷地の中へこっそり入ってみた。壁はあちこちひびが入り、つる草が一面に伸びていた。一階の窓ガラスのひとつが割れている。窓のそばに太い幹の木が立っていた。
 ちょっと窓から家の中を覗いてみた。中はアトリエだった。
 壁には古ぼけた絵画が飾ってあり、描きかけの絵を載せたイーゼルが立っている。この家の庭を描いた絵だった。
 ところがすぐに気づいた。まるで今日描いたみたいに絵具がキラキラ光っている。薄め液とペインティングオイルの匂いも漂っている。絵はまだ半分しか出来ていないが、さっきまで誰かが描いていたようだった。
「幽霊でも住んでいるのかな」
ホラー映画に出てくるような家なのでだんだん気味が悪くなってきた。
 帰るとき、家の周りをぐるーっと歩いてみた。家の壁はつる草で一面覆われていて家のような気がしなかった。
 数日して、またその家の前を通った。絵のことが気になってアトリエの窓のところへ行ってみた。
「あれっ、」
 イーゼルに載っている絵が数日前よりも制作が進んでいる。あとすこしで完成するみたいだ。
「いったい誰が描いているんだろう」
 その謎が知りたかったので、なんとかつきとめようと思った。
 家のドアは鍵が掛けられており、窓も閉まっているので誰も入ることは出来ない。
「家の中に誰かいるのかな」
 その日、何時間も庭の木のそばに座ってじっと家を観察してみた。だけど何も起こらなかった。夕方になったので帰ることにした。
 家に帰ってからシャツに絵具がついているのに気づいた。油絵具だった。時間がたっていたので固まっていた。
「あの家の庭でついたのかな」
 不思議に思いながらも、その夜はすぐに寝た。
 深夜、変な夢で起こされた。あの奇妙な家の夢だった。庭の木がアトリエのガラスの割れた窓の中に枝を伸ばして何かをしている夢だった。何をしているのか分からなかった。夢から覚めて、そのあと夢のことが気になってぜんぜん寝つかれなかった。
「あの家へ行ってみるか。夢ではなく本当のことだったら謎が解ける」
 思いながら出かけてみることにした。時刻は午前2時を過ぎていた。
 外へ出ると月の夜だった。誰も歩いていない夜道を歩いて行った。
奇妙な家の前に着いた。敷地の中へ入ろうとしたとき「はっ」と驚いた。
アトリエのそばに立っている木から伸びた枝が、ガラスの割れた窓の中に入っている。ときどき枝が動くので、持っている絵筆と手鏡がちらちら見えた。
「自画像を描いているんだ」 
人間の手のように器用に動く枝をじっと注意深く眺めていた。
「完成した絵はどんなだろう」
 夜が明ける頃、家へ帰って行った。
 目が覚めてから、午後あの家へ行ってみた。
 アトリエの中には、すっかり出来上がった木の自画像が立ててあった。
窓のそばの木は何事もなかったように静かに立っていた。
 それからも、たびたび奇妙な家に行ったが、ある日、その家は取り壊されてなくなっていた。それからはアトリエの絵を観ることは出来なくなった。


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(オリジナルイラスト)


(未発表童話です)

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2018年03月02日

お菓子とケーキで出来た町

 春になって暖かい日だったので、自転車に乗って町の公園へ散歩に行った。
ある角を曲がったとき、周囲がぼんやりして、すーっと大気の向こう側の世界へ吸い込まれた。その部分だけ目に見えない穴が開いていたのだ。気がつくと知らない田舎の野原の道を走っていた。
 風に流されてどこからか甘い匂いが漂ってきた。
「ケーキの匂いだ。いったいどこから」
 走って行くと道が二つに分かれていた。匂いのする方の道を走って行った。
しばらく行くと、遠くに町が見えてきた。でも、建っている家はどれもお菓子やケーキで出来ている家ばかりだった。家の瓦は色とりどりのキャンディーで出来ており、壁はスポンジケーキ。庭の木はチョコレート。郵便ポストなんかバウムクーヘンで出来ている。
 コーヒー店があったので中へ入った。ウエイトレスが注文を取りにやって来た。
「コーヒーを一杯」
「はい、おやつはご自由に」
 このお店では、テーブルも椅子も壁に掛かった飾りや絵画もぜんぶお菓子で出来ている。どれを食べてもいいそうだ。ちょっと壁にはめこんであったホワイトチョコレートを食べてみた。
「ちょうどいい甘さでおいしい」
コーヒーを飲みながらいろんなものを食べてみた。
 お店を出て町を見物してから、広い野原の道を走っていると、うしろからリンゴの形をした馬車が走ってきた。馬車はリンゴの実をくりぬいて出来ている。屋根に「タクシー」の文字が入っていた。二頭の白い馬が引いていた。だれも乗っていなかったので声をかけてみた。
「乗せてくれないか」
馬車は止まった。
「どうぞ。どちらまで」
「賑やかなところがいいな」
「じゃあ、王さまのお城へ行きましょう」
 今日は王さまのお誕生日で、町の人たちもたくさんやって来るそうだ。
自転車を馬車の荷台に積んでもらって、馬は走り出した。お城まですこし距離があるというので、昼寝でもしようかなと思った。でも、馬車の中はリンゴの甘に匂いが漂っているので、果肉をすこしつまみ食いした。
道の途中で、屋台を引いた焼いも屋が歩いていた。焼いものいい匂いがするので、バターをたっぷり付けてもらって、ひとつ買った。
 焼いもを食べ終わった頃、丘の向こうにお城が見えて来た。
お城の塀はチョコレートで出来ており、お城の壁はパウンドケーキにクリームが塗ってある。塔の屋根にはドロップがはめ込まれている。
 門をくぐって(門はビスケットで出来ている)中庭に入ると、たくさんの人だかり。何百人もいる。窓から王さまが顔を出して手を振っている。パチパチと拍手の音。でも市民はお城の中には入れない。
「なんとかお城の夕食会に行きたいな」
思ってると、今夜の夕食会に呼ばれたマンドリン楽団がやってきた。どうしたわけか指揮者が心配そうな顔をしている。
「やれやれ、マンドリンを弾く楽員が熱を出してメンバーがひとり足りない、どこかに代わりがいないかなあ」
「私が弾きましょう」
といってメンバーに入れてもらった。
 夕食会までは、まだ時間があるので、マンドリンと衣装を貸してもらってお城の音楽室で練習をはじめた。
 レパートリーは15曲ほどあったが、どの曲もマンドリンクラブでも弾いたことがある曲だった。
「いやあ、この演奏なら、なんとかなりそうだ。よかった」
指揮者は楽員の補充が出来て喜んでいた。
 夜になり、お城の夕食会に行った。
 中はひろびろとして、床は真っ赤な絨毯が敷いてあり、天井には飴のシャンデリア。楽団の場所は、王さまのテーブルのすぐ横だった。
 夕食会がはじまると、楽団の演奏を聴きながら、みんな料理を食べはじめた。料理は、すべてケーキやお菓子で出来てるチキンやビーフ、山もりの果物とサラダ、それにワインやシャンパンだった。
 夕食会が終わると、次はダンスパ−ティーだった。部屋を移動してみんな楽団の演奏でダンスを踊った。
 楽団員はお腹も減っていたので、変わりばんこに食堂へ行って料理を食べたり、ワインやシャンパンを飲んだりした。
 ダンスパーティーが終わると、みんなお城から出て行った。
お城の馬小屋へ行くと、自転車が置いてあった。
「馬車はもう帰ってしまったんだ」
 しかたがないので、自転車で帰ることにした。ワインとシャンパンを飲み過ぎたせいか、ふらふらして帰った。
 川のそばを走っていたとき、ふらついて川の中へどぼんと落ちてしまった。
「冷たいー!」
 さけんだとき、周囲がぼんやりして、水面と大気の間に穴が開いていて、その中へすーっと吸い込まれた。気がつくと、いつもの町を自転車でのんびり走っていた。
「不思議な世界へ入り込んだものだ。どうしてだろう」
思っていると、目の前に最近オープンしたばかりの知らないコーヒー店があった。お菓子とケーキで出来た町のコーヒー店とそっくりなお店だった。でも、建物は食べることが出来ない普通のお店だった。



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(オリジナルイラスト)

(未発表童話です)

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2018年02月21日

木の上で暮らす人

 木の上に家を作ってのんびり暮らしている人がいました。ターザンのようにロープにぶら下がって、山のあちこちへ散歩に出かけました。
 ある日、 ロープが切れて地面に落ちたとき、頭を強く打ったのが原因で、自分がアフリカのジャングルに暮らしているという妄想を持つようになりました。
「さあ、今日はワニを捕えて、ステ−キにして食べよう」
 さっそく朝早くから出かけて行きました。
 川へ行くと、魚ばかり泳いでいてワニなんかいません。岩のところにトカゲが一匹はっていましたが、ワニにしては小さすぎます。
「困ったな。ステーキが食べられない」
 思っていると、林の中からイノシシが出てきました。 
「わあ、トラだ。逃げないと」
 イノシシに追いかけられて、やっとのおもいで木の上へ逃げました。別の川へ行ってみました。
川のそばでテントを張ってキャンプをしている人たちがいました。
 釣った魚を網で焼いていました。
「密猟者だな。近頃、ゾウの姿をまったく見かけなくなった」
ロープによじ登って、木の上からテントめがけて飛びかかりました。
「なんだ、あいつはー!」
キャンプにやってきた人たちは、みんなびっくりしてその場から逃げだしました。
 テントを押し倒して、荷物を全部川へ投げ捨てました。
 密猟者を退治すると家に帰って行きました。これから夕食の準備です。
食材は、春はワラビ、ゼンマイ、イタドリ、フキノトウ、秋は、ヤマブドウ、栗、アケビ、キノコ、山芋などでしたが、バナナもマンゴーもパイナップルもパパイヤもないことに気づきました。
「明日は果物を探しに行こう」
 翌朝、近くの農家へ行きました。でも、畑には白菜やダイコン、ホウレンソウ、ネギ、ニンジンばかりで、バナナもパイナップもマンゴーもパパイヤもありません。
「困ったな。どこかにないかなあ」
 ある日、遠出をして町へ行きました。大きなスーパーマーケットがありました。
食料品売り場へ行くと、いろんな果物が山のように売られていました。
「おいしそうだな。食べたいな」
思っていると、警備員がこちらへ向かって走ってきました。髭ぼうぼうで髪の毛がボサボサだったので、不審人物と間違えられて職務質問されると思いました。
でも違いました。食料品を万引きした男を追いかけていたのです。
「よーし、一緒に捕えよう」
いつも山の中を走り回っているので、万引き犯など捕まえるのは朝飯まえです。スーパーを出て500メートル先で男を捕まえました。
警備員と食料品店の店長から感謝されて、バスケットに山盛り入れた果物を貰いました。山へ帰ってからすぐに食べました。
 それからはたびたび町に行って、警備員のような仕事もするようになりました。
 ある日、動物園のそばを通りかかりました。塀の向こうから動物たちのなき声が聞こえてきました。
 動物園の中へ入ると、檻の中に動物たちが入れられていました。
「そうか。ジャングルの動物を見かけなくなったのは、こんなところに閉じ込められていたからなんだ」
 夜になってから動物園に忍び込んで檻の扉を開けることにしました。最初にゾウの檻へ行って扉を開けました。でも、ゾウはずいぶん年取っているので逃げようとしません。こんな年寄りではジャングルに帰ってからすぐに死んでしまいます。
 しかたがないので、ヒョウのいる檻へ行きました。扉を開けようとしたとき、飼育係に見つかってしまいました。
「こらあ、そこで何している」
 飼育係と取っ組み合いになって、しばらく檻の前で争っていましたが、ほかの飼育係もやってきたので、急いで塀によじ登って、事務所の屋根伝いを歩いていたとき、足が滑って地面に落ちてしまいました。頭を強く打って、気がついたら元通りの頭に戻っていました。飼育係に見逃してもらって山へ帰って行きました。それからは普通の暮らしをしているそうです。


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(未発表童話です)

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2018年02月09日

迷子になった雪女

 山で狩りをしていた雪女は、雪が激しくなってきたので家に帰ることにしました。
いつも山へ行くときは、ラジオで天気予報を聞いてから出かけましたが、電池が切れてその日は聞けなかったのです。
「今日の獲物は山鳥2羽だけど、仕方がないわ」
 帰り道で、ひどい吹雪になり、1メートル先も見えなくなりました。
「どうしよう、日が沈んでしまうわ」
 そのとき、雪道を走ってくる一台の車に気づきました。
「よかった、あの車に乗せてもらおう」
 車は、吹雪の中をゆっくり走ってきました。
 突然、視界に白い和服姿の中年のおばさんが見えたので急ブレーキを踏みました。タイヤが滑り、もう少しで横の田んぼに落ちるところした。
「危ねーじゃねえか。バカヤロー」
 それはタクシーで、お客をこの村まで送ってきた帰りでした。
運転手は、こんな真冬にコートも着ないで、夏の浴衣で歩いているおばさんにびっくりしました。
「お願いします。乗せてください」
雪女はずかずかと車の中に入ってきました。
「乗せてやってもいいけど、お金持ってるのかい」
「お金はないけど、山鳥を差し上げます」
雪女は、かちかちに凍った山鳥を見せました。
「それ、どうやって料理するんだい」
「羽を全部むしってから、内臓を取り出して蒸し焼きにすればいいんです」
「ニワトリみたいにやればいいんだな」
「だいたいそうです」
「鍋にもあうかな」
「もちろん、鍋に入れても美味しいですよ」
そんなわけでタクシーに乗せてもらいました。
「で、どこまで送るんだい」
「北の方角へ5キロほど行った山の洞窟です」
「そんな所に道路が走ってるのかい」
「細い道が通っています」
「雪で行けないよ」
「途中まででいいんです」
「じゃあ行ってみるか」
 タクシーは吹雪の中を走って行きました。
運転しながらうしろからひんやりと冷気が流れてくるので暖房を「強」にしました。
視界が悪く、雪も強まってきました。
「そろそろ山道だ。だいぶ積雪があるな」
「あと少しのところで結構です」
「じゃあ、500メートル行ったところで降ろすよ」
「ええ」
 ところが雪がさっきよりもひどくなり車はとうとう動けなくなりました。
「ダメだ。チェーン巻かないと」
「手伝いますよ」
「そうかい、じゃあ、後輪の2本巻いてくれないか」
 雪女は外に出ると作業を手伝いました。
「これで大丈夫だ。さあ、行こうか」
 吹雪の中をタクシーは登っていきました。
「ここで結構です。洞窟は近くですから」
「そうかい、じゃあ、気をつけて」
 雪女は雪の中に消えて行きました。タクシーは山を降りて行きました。
ところが途中で、さっきの雪女にばったり出会ったのです。
「どうしたんだね」
「場所を間違えました」
「え、ここじゃないのか」
 雪で視界が悪くて場所を間違えたそうです。
仕方なく、タクシーは雪女を乗せてまた山を登って行きました。でも吹雪のためなかなか見つからず、一晩中、山の中をさまよいました。
 そんなことで、洞窟を見つけたのは明け方近くでした。
すっかり疲れてしまったタクシーの運転手は、洞窟の中で雪女にお茶を入れてもらい、しばらく仮眠をとりました。


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(未発表童話です)

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2018年01月31日

タダで旅行するクモ

 ずいぶん田舎のバス停留所の屋根に、一匹のクモが引っ越してきました。
「いやあ、ここなら雨に濡れる心配はない」
 それまで杉の木の枝に巣を作って暮らしていましたが、先日の大雨と強風で巣は壊れてしまったのです。
「ここは実にいい住み家だ。夜になると電灯の光に虫が集まってくるし、食べ物にも困らない」
 この停留所には日に5回バスがやってきます。
 ある日、誰が忘れていったのか、手帳くらいの大きさの旅行ガイドブックが椅子の上に置いてありました。
 クモは屋根から降りて来てくるとページを開いてみました。
「きれいな写真がたくさん載ってるな。ここは知床半島だ。北海道の風景だ。一度は行ってみたいな」
 考えているうちに本当に行きたくなってきました。
 それで旅支度をして、明日のバスでさっそく出かけることにしたのです。
 朝になり、バスがやってくると、客席の窓ガラスにしがみつきました。バスは田舎道を走って次々に停留所に停まりました。広い田畑を走ってやがて町が見えてきました。車の数が多くなり、町の停留所にも停まりました。
「次は駅だ。降りる準備をしよう」
 バスは駅の停留所に停まってたくさん人を降ろしました。クモもお客さんのバックに飛び乗ってついて行きました。
 キップ売り場で、その人は青森行きのキップを買いました。
「よかった。同じ電車に乗るんだ」
 そのままついて行きました。
 電車がやってくると、電車の屋根に飛び乗りました。
「さあ、長旅だ。のんびり過ごそう」
 昼になってから、リュックサックの中からお弁当を取り出して食べました。きのう巣にかかった蚊でした。
 電車は快適に走って行きました。
 ある田舎の駅に停まりました。待合室の窓ガラスにクモが巣を作っていました。電車の屋根にいるクモを見つけて声をかけてきました。
「おおい、どこまで行くんだ」
「北海道だ」
「いまの季節は最高だな。たっぷり楽しんで来いよ」
「ありがとう」
 そのうち電車は走り出しました。
 広い田畑が広がったレールの上を電車は走って行きました。やがていくつものトンネルを抜けました。真っ暗なトンネルの中は涼しくて気持ちがいいのです。
山の中の小さな駅に停まると、たくさん温泉が見えました。
「今度来たときは、温泉でもつかろうかな」
 長い時間電車に揺られているうちに眠くなってきました。まだ道のりは遠いのです。しばらく昼寝をしました。電車はあいかわらず元気に走って行きます。
 やがて青森駅についてから駐車場に止まっていた自動車の屋根に飛び乗ってフェリー乗り場へ行きました。
「函館まで今度はフェリーだ。海の景色もすばらしいだろう」
 そのまま自動車に乗って乗船しました。しばらくしてフェリーは出港しました。すこし波があり、船酔いも経験しました。
 数時間後、函館港についてから、駐車場にバイクでツーリングしている人たちがいました。ハーレーに乗って旅行をしていました。これから知床半島へ行く話をしています。
「じゃあ、あのバイクにしがみついて行こう」
 バイクの後ろ座席にちょこんと飛び乗りました。
 しばらくして、ブウウウウウウーンと凄い音がしてバイクが走り出しました。町を抜けて広大な平野を走って行きました。道はまっすぐで気持ちがいいのです。風が強いので振り落とされないようにしっかりしがみついていました。
 その夜は山へ行って渓流のそばでキャンプをしました。テントを張って食事の準備です。日が沈むと、ランプを灯してみんなバーベキューをしました。
 クモも葉っぱの上に巣を作って、晩御飯の用意をしました。林の中から蚊や蛾がランプの灯にたくさん集まって来ます。それを生け捕りにして食べました。
「明日はいよいよ目的地だ。はやく寝よう」
みんな早めに寝ました。
 深夜、林の中で黒い物が動いたので、そばへ行ってみるとヒグマが一頭餌をさがしていました。ツキノワグマより大きいのでびっくりしました。
 ツキノワグマやイノシシ、シカ、キツネ、タヌキ、テンなどは山で何度も見かけますが、ヒグマを見るのははじめてです。焚火のそばに残飯が残っているので匂いでやってくるかもしれません。幸いヒグマはどこかへ行ってしまいました。そんなことなど知らないバイクのみんなはぐっすり眠っていました。
 朝になって、さっそく出発です。昼頃になると平野の向こうに海が見えてきました。
 知床半島が見えます。天気がいいので羅臼岳も見えました。
「やあ、最高の眺めだ」
その日はバイクで、オシンコシンの滝、フレペの滝、プユニ岬、知床五湖などを見てまわりました。知床岬まで行くと、駐車場に観光バスが停車していました。
「そうだ。帰りは観光バスで帰ろう」
 バスの屋根に飛び乗ると、すぐにバスが走り出しました。知床半島を後にして、バスは北海道の国道を走って行ました。国道の休憩所で休んでいると、木の上に巣を作っていたクモが話しかけてきました。
「どこまで行くんだい」
「ふるさとへ帰るところさ」
「いま晴れてるけど、午後は雨だっていってたよ」
「そりゃ、困った。傘持って来たらよかった」
 クモがいったように、休憩所を出てから空があやしくなってきました。雨が降り出しそうです。
 運転席側の窓ガラスのワイパーの後ろでじっとしていると、ポツン、ポツンと雨が降ってきました。ワイパーが突然動き出して、もうすこしで飛ばされそうになりました。ワイパーに必死でしがみついていたので、目は回るし、身体はべしゃべしゃになるし困ったものでした。
 そんなことで、次の休憩所で乗客がトイレにいっている間に室内へ忍び込みました。ここなら雨に濡れる心配はありません。
 バスが出発すると、バスガイドさんがマイクを片手に歌をうたいはじめました。みんなもあとから「襟裳岬」、「函館の女」、「石狩挽歌」、「津軽海峡冬景色」、「おふくろさん」、「東京だよ、おっかさん」などの懐かしい流行歌を歌ったので、クモも一緒に歌ったりしました。バスの中は涼しくて実に快適でした。
 二時間もすると雨はあがりました。室内で身体を乾かしてまた元気になりました。
 函館港につくと、フェリーに乗って青森の港に着きました。港から自動車に飛び乗って駅まで行き、電車で帰ってきました。電車の屋根の上でぼんやり空を見上げていたとき、沖縄行きの旅客機が飛んで行きました。
「そうだ、今度は旅客機の翼にしがみついて沖縄へ行ってみようかな」
 ふるさとの駅に無事に着いてから、駅に停まっていたバスに飛び乗って無事に田舎のバス停留所へ帰ってきました。ずいぶんの長旅でしたが、とても楽しい旅だったので、全部日記にメモしておきました。
 あとで、このメモをもとに北海道旅行記を書くつもりです。この山に住む昆虫、動物仲間が発行している今年の「動物、昆虫同人誌」に投稿しようかなとも思っています。


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(未発表童話です)

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2018年01月22日

雪の家

 10年間、アルバイトで必死に貯めたお金をすっかり使い果たして、一文無しになった男の人が、雪国をさまよっていました。
「ああ、明日から大雪だ。どこか泊めてくれる家はないかな」
 あちこち家をまわりましたが、どこも泊めてくれません。仕方がないのでその夜は木の下で寝ました。
 朝、あまり寒いので飛び起きると、雪が1.5メートルも積もっていました。
「こんな大雪ははじめてだ。どこにも行けない」
 一日何もしないでじっとしていると思いつきました。
「そうだ雪の家を作ろう」
 雪を固めで穴を掘り、六畳くらいの広さの雪の家が出来ました。木の枝を折って焚き木にしました。
「これでどうにか住めるな。暖もとれる」
 一週間ほど雪の家で暮らしてから、仕事を探しに出かけました。でもどこも雇ってくれません。
「ああ、お腹は減るしどうしたものだろう」
 ある夜、眠っているとどこからか声が聞こえてきました。
「仕事が欲しいのですね。じゃあ、明日の朝、ご紹介しましょう」
「本当ですか」
 声はすぐに消えてしまいました。
 朝になって、凄い音で目が覚めました。
「なんだー、除雪車の音だ!」
 雪の家を出てみると、夜の間にまた大雪が降ってたくさんの除雪車が雪をかいていました。
一台の除雪車がやってきて、
「あんた、大型特殊免許持ってるか」
「えっ、どうして」
「人手が足りないんだ」
「ああ、そうだ。20歳のとき免許を取ったんだ。持ってます」
「じゃあ、あの除雪車に乗ってくれ。終わったら給料払うよ」
 そんな訳で仕事が見つかりました。
除雪作業は5日ほどかかり、その分の給料をちゃんともらいました。
幸運にもその冬は大雪続きで、そのたびに除雪のアルバイトをしました。
 やがて春がやってきました。
暖かくなっていい季節ですが、雪の家は溶けてしまいました。
「ああ、また家を探さないといけない」
木の下で野宿する生活が続きました。
 ある日町へ行くと、ネットカフェに入りました。
パソコンをいじっていると、仮想通貨取引所のホームページを見つけました。
「こんな通貨は絶対に値上がりしないな」
思っていると、どこからか声が聞えてきました。
「買っておきなさい。数年後にはあなたは億万長者ですよ」
 以前も声がいったとおり仕事がみつかったので、宝くじを買うような気持ちで5000円分のビットコインを買いました。その時のビットコインの価格は10円でした。
 数年後、夢のようなことが起こったのです。家電店のテレビを観ていたら、ビットコインの価格が猛烈に値上がりしているニュースが流れたのです。それも信じられないような価格で。
「わおー、総資産が10億円になってる」
いままで雪の家に住んだり、木の下で野宿していた男の人でしたが、いまは故郷に帰ってりっぱな豪邸を買って贅沢に暮らしているそうです。世の中にはこんな幸運な人もいるのです。 


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(オリジナルイラスト)


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(未発表童話です)

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2018年01月09日

冬の砂浜の家

 すっかり冬になって、毎日、冷たい北風が砂浜の上をヒューヒューと吹いていました。貝殻たちは寒そうに砂の中にもぐり込んでいました。
 砂浜のすぐ後ろに家がありました。窓は閉じられていてとても静かです。
「夏はよかった。早く冬が去ってくれないかな」
 家は退屈そうにぼんやり海を見ていました。
 ときどきどこからか野良犬がやってきて、壁によりかかって風を避けていました。
 ある日猛烈な風が吹きました。波は山くらいに盛り上がり、家のすぐそばまで流れてきました。
「これじゃ、今夜は心配で眠れない」
 海の水はそのあとも流れてきて、家のまわりを取り囲んだりしました。
「ああ、冷たい。体が震えっぱなしだ」
 夜になって砂浜の向こうから誰か歩いてきました。背中にマンドリンをしょってとても寒そうです。家を見つけると近寄ってきました。
「よかった。あの家で風を避けよう」
 やってくると嬉しそうに壁に寄りかかりました。
「今日はひどい天気だった。稼ぎもぜんぜんなかった。ああ、寒い。暖をとろう」
 砂の上に散らばっている枯れ木を集めてくると、火を起こしました。
 火は風を避けながら赤々と燃えました。
「ああ、暖かい。今夜はなんとか眠れそうだ」
 火でお湯を沸かすとお茶を入れて飲みました。身体が温まると、マンドリンを手に持ってポロンポロンと弾きはじめました。
 焚火の火で暖かくなった家も、しずかに耳を傾けていました。
「いい曲だ。イタリアの曲だな。むこうは暖かくて、オリーブやオレンジがたくさんとれる国だ」
 聴きながら、去年の冬にもここへやってきたひとりの三味線弾きを思い出しました。
「あの演奏家の腕もよかった。津軽三味線をガンガン鳴らして一晩中弾いていた。やっぱり乞食みたいな人だった。いま何処にいるのかな」
 三味線の音を懐かしく思い出しながら、冬がもっと厳しい東北の海のことを考えたりしました。そのあいだにもときどき強い風が吹いて、家をガタガタと揺らしました。でも、その夜はマンドリンの明るい音色を聴いて楽しく過ごせました。
 朝になると風はおさまりました。海は昨日と打って変わったように静かでした。
 昨夜のマンドリン弾きは知らないうちにどこかへ立ち去って行きました。砂の上には昨夜の焚火の跡が寂しく残っていました。


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(未発表童話です)

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2017年12月27日

岬のオルゴール館

 いつのことだったか、今ではよく覚えていない。ずいぶん昔のことだ。夢だったのか現実の出来事だったのかさえわからない。
 その頃、ひとりで日本海に面した淋しい海岸を歩いていた。季節は初夏で、風も弱い穏やかな日だった。仕事もしてなかった頃で、なんとなく海の絵が描きたくなって、スケッチブックとパステルを入れたバックを持って電車に乗り、この海岸へやってきた。
 近くに砂浜があり、後ろの松林のところに錆びついたベンチがあったので、そこに座って絵を描きはじめた。二、三時間も描いているうちに、疲れて眠くなってきた。ベンチに寝ころんでウトウトしていたときだった。どこからか風に流されて花のいい匂いがした。
「近くに花畑があるのだろうか」
 起き上がって周りを見渡した。前方は海だし、後ろには広い松林があるだけである。その匂いは松林の中から流れてくるみたいだった。細い小道を見つけたので歩いて行った。道は曲がりくねってどこまでも続いていた。松の木の間から海がときどき見えた。
 しばらく歩いて行くと、小道の向こうが明るくなってきた。松林を出ると、一面に黄色いスイセンの花が咲いていた。まるで花畑だ。すぐ傍は岬だった。 
「あれっ、岬の先端に建物が建っている。洋館だ」
 その建物は岩場の上にぽつんと建っていた。周りに柵があり、中を覗くと小さな庭があった。その庭にも花が咲いていた。門が開いていたので中へ入ってみた。洋館の一階のひとつの窓が開いている。ガラスは割れていた。
「空き家だろうか」
 窓の所へ行って中を覗き込むと、昔のオルゴールがたくさん置いてあった。古いテーブルやソファーなどもあり、みんな古ぼけて埃をかぶっていた。
「どうせ誰も住んでいないのだろう。入ってみるか」
 玄関の扉を押してみた。ギーイという音がして扉が動いた。鍵は掛かっていなかった。中へ入るとずいぶん暗かった。そのときどこからかオルゴールの音が聴こえてきた。
「誰かいるのかな」
 あとで分かったのだが、扉を開けると自動でオルゴールが鳴る仕掛けだった。
 部屋のまわりにはオルゴールがぎっしり置かれている。ドイツ製の2メートルもある大きなものやイタリア製、フランス製、アメリカ製、ロシア製などのオルゴールもあった。
 ドイツ製のオルゴールの蓋をあけて聴いてみることにした。ハンドルを回すと流れてきたのはドイツの民謡だった。
 曲名は知らなかった。どうしたわけか聴いているうちに何度も睡魔に襲われた。それでソファーに腰かけて聴くことにした。やがて眠ってしまった。しばらくしてから目を開けてみると、いままで薄暗くガランとしていた部屋の中がとても明るい。埃をかぶっていたオルゴールがつやつや光って音を鳴らしている。窓の外を見ると驚いた。
 見えるのは海ではない。古いドイツの町並みだった。町の後ろに高い山が見える。岩山で頂上は雪をかぶっている。
「あ、ここは昔のドイツの町だ。時代は18世紀頃かな。レンガ造りの家が立ち並び、道には馬車が走っていたり、地味なドレスを着た婦人たちが歩いている。珈琲店や酒場もある。
 広場では、グリムの「ハーメルンの笛吹き男」の衣装を身に着けた人物が通行人の前で笛を吹いている。そばでアコーディオン弾きが伴奏をしている。ロマンチック街道の中世都市がそこにあるみたいだった。
「ちょっと町を歩いてみるか」
 部屋を出ると、石畳の道を歩いて行った。
 商店街らしくいろんな店があった。家具屋、衣服屋、帽子屋、靴屋、パン屋、酒屋、時計屋、オルゴールの店もあったので覗いてみた。大小さまざまなオルゴールが並んでいた。そのとなりにヴァイオリン工房があり、職人たちが働いていた。ちょうど出来たばかりのヴァイオリンにニスを塗っている職人がいた。ニスの匂いもなんだか心地よい。声を掛けたが、何も答えてくれない。私の姿が見えないのだろうか。
 見ているうちに、町並みをスケッチしたくなった。スケッチブックとパステルを取り出して描いてみた。12色しか持って来なかったのを後悔した。もっとたくさんの色でこの町を描いてみたかった。
 もうすぐ仕上がると思ったとき、周囲がぼんやりした。気がつくと、薄暗いオルゴール館のソファーの上で眠っていた。窓の外は前のように海だった。オルゴールはゼンマイが緩んで音楽は終わっていた。
「不思議な夢だった」
 ドイツ製のオルゴールのとなりにはイタリア製のオルゴールがあった。こちらは箱型の小型のものだった。ネジを巻き蓋を開けてみると、古いイタリアのカンツォーネが流れてきた。聴いているうちにまた眠気をもようして、ウトウトしながらソファーの上で眠ってしまった。
 気がつくと、窓の外はとても明るかった。太陽の光が眩しく照りつけていた。ぼんやりしながら部屋の中を観ると、昔のフィレンツェの町の下宿屋の中だった。窓の外は運河だった。ゴンドラが行き来していた。下宿屋の窓から洗濯物が見えたり、歌を歌っている人もいた。どこからかマンドリンの音色が聴こえてきた。
「二階からだ」
 ドアを開けて階段を登って行った。廊下の突き当りの部屋から聴こえてくる。ドアは開いていた。その部屋の中に人がいた。
 その人はあごヒゲを生やした音楽家らしい男だった。マンドリンを弾きながら五線紙に曲を書いていた。出来た箇所を何度もためしに弾いていた。部屋の床には、書き損じた五線紙があちこちに散らばっていた。
 声をかけてみたが、男は返事をしなかった。やはり私の姿が見えないらしい。
 となりの部屋にオルゴールがあり、奥さんらしい女性が子供にオルゴールを聴かせていた。オルゴールが止まると同時に、周囲がぼんやりした。
 目が覚めてそれも夢だと分かった。部屋の中はもとのように薄暗いオルゴール館の中だった。
 イタリアのオルゴールのとなりには、フランス製の豪華なオルゴールが置かれていた。
デザインがいいので驚いた。さっそくネジを巻いて聴いてみた。フランスの古い民謡だった。そのうち再び睡魔に襲われて、すぐにウトウト眠ってしまった。
 目を覚ましてみると、フランスの金持ちの屋敷だった。ルイ16世の複製画が壁に飾ってある。部屋の中に人がいる。若い女性が椅子に腰かけている。モデルなのだ。その向こうで若い画家が大きな板のキャンバスに絵を描いている。周りからオルゴールの音が聴こえてくる。モデルも暇なもんだから流れてくる音楽を聴いているのだ。絵はクラシックな画風だが、なかなか上手いものだ。
 窓の外は庭園だった。日が照っていて暖かい日だ。庭師が木の剪定(せんてい)をしている。東屋には羽帽子をかぶった二人の女性が腰かけて紅茶を飲んでいる。
 絵の制作はもうすぐ終わるらしい。画家は最後の仕上げをしている。
 眺めながら、私もそんなアトリエの様子をパステルでスケッチした。やがてオルゴールの音が止まった。同時に周囲がぼんやりした。気がつくと薄暗いオルゴール館のソファーで眠っていた。
 次に聴いたのはアメリカ製のオルゴールだった。ラベルに「レジーナ社1890年」と記載されている。
 ディスク・オルゴールで、十枚の大きな金属板で出来た円盤が入っており、好みの円盤を選んでセットすると音楽が聴ける。当時はジューク・ボックスとして使われたオルゴールである。
 ネジを巻いてボタンを押した。軽快なアメリカ民謡が流れた。
周囲がぼんやりした。また音楽を聴いてるうちにウトウト眠ってしまった。
 目が覚めると、そこはアメリカ西部の酒場だった。賑やかでカウボーイたちが酒を飲んでいた。テーブルのあちこちでトランプをやっている男たちがいる。酒場の隅にオルゴールが置かれ、ときどき主人が音楽を流した。
 客席の奥にステージがあった。厚化粧した金髪の女性歌手が現れて、カントリーミュージックを歌っている。カウボーイの帽子をかぶり、ワインレッドのミニドレスはずいぶん派手である。
 誰が入れてくれたのかテーブルの上にお酒が置いてあった。喉が渇いていたのでグイーッと飲んでしまったが、ずいぶん強い酒だったので、すぐに酔っぱらってその場で寝込んでしまった。
 目が覚めると、やはりオルゴール館のソファーで眠っていた。
「やれやれ、どれも不思議な夢ばかりだ」
 アメリカ製のオルゴールのとなりには、ロシア製のオルゴールがあった。こちらは珍しいペーパー式のオルゴールだった。紙に細かい穴が開いており、それを木箱の中に入れて、ハンドルを回すと音楽が流れる仕組みだ。手回し式の小型のものから人間の背丈くらいあるゼンマイで動く大型のものまであった。大型のものを聴いてみた。ネジを巻きボタンを押すとペーパーが動き出して、音が鳴り始めた。音色もいい。
 音楽が流れると周囲がぼんやりしてまた眠ってしまった。
 目が覚めると、そこは 冬のロシアのある屋敷だった。暖炉に火が着いている。ロシア正教会の鐘の音が家の中まで聴こえてくる。
 窓の外を見ると、一台のトロイカが走ってきた。駅馬車だった。私もその駅馬車に乗りたくなった。部屋を出ると、玄関の戸を開けてみたが、あまりの寒さに部屋へ引き返した。
「オーバーはないかな」
 洋服ダンスがそばにあり、中に毛皮のオーバーと毛皮の帽子が入っていた。
「ちょっと借りよう」
 それを着て駅馬車の方へ走っていった。駅馬車はまだ止まっていた。私を乗せると動き出した。駅馬車は走って行った。
 町を抜けると広大な雪の原野を走って行く。空は灰色の雲に覆われて、雪道は硬く凍りついていた。やがて雪が降り始めた。そして見る間に猛吹雪になった。
 あまりの寒さに途中で馬は凍死した。御者も意識がない。馬車はすっかり雪に埋もれてしまった。私も寒さのために死んだようになっていた。
 ふと目が覚めた。そこはロシアの農家だった。私はベッドの中で眠っていた。助けられたのだ。
 となりの部屋からオルゴールの音色が聴こえてきた。そっとベッドを出てドアを開けてみると、この家の住人たちが夕食を済ませて、居間でお茶を飲みながら聴いていた。
オルゴールの曲は、ロシア民謡だった。
「なんて曲だったかな。ああ、黒い瞳だ」
 ロシアの民謡は哀愁があるのでいいなと思った。音楽が終わると周囲がぼんやりした。
 目が覚めると、オルゴール館のソファーに寝ていた。古ぼけたロシアのオルゴールは鳴りやんでいた。なんにも変わらない部屋の中だった。窓の外は海が広がっていた。
「今日はこの洋館の中で不思議な体験をいくつもした。さあ、そろそろ帰ろう。夕日が海の向こうへ沈んでいく」
 その洋館をあとにするとき、パステルで簡単にその洋館をスケッチした。

 長い年月が経った。あの洋館のことが気になって、その年の秋にもう一度その岬へ出かけて行ったが、岬にはどこにでもあるような淋しい灯台がぽつんと建っているだけだった。
 あの洋館はどこかへ消えたのだろうか。やっぱりあれは夢だったのか。でもスケッチブックには、あの洋館のオルゴールを聴きながら観た夢の記録がしっかりとスケッチされていた。あんな不思議な夢をもう一度見たいものだ。


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