2017年11月30日

生き返った男

 その男は世の中でさんざん悪いことをしたあげく、とうとう殺人を犯し、裁判で死刑の判決を受け、あすの朝、刑が執行されるのをひとり淋しく拘置所の中で待っていた。
「これでおれもこの世から永久におさらばか」
 男は、開き直った顔をしながら心の中でつぶやいた。だが時間がたつうちに、この世から去っていくのがだんだん惜しくなってきた。
 男はまだ若いのであった。できるならもう少しこの世にいて、人の役立つことをしたいと思いはじめた。
 振り返れば、この男の人生はまったくひどいものだった。子供の頃から、盗み、ひったくり、万引き、喧嘩を繰り返し、大人になってからも博打、詐欺、恐喝、傷害で五回も刑務所に入れられた。そして昨年、やくざ同志の抗争の際、相手の組員をふたり刺し殺し、とうとう殺人を犯してしまったのだ。
 男は自分の人生を振り返りながら、その荒れた自分の過去について、最後の拘置所生活の中で深く反省する機会を得た。そして今度生まれてくるときは、まともな人間になって生まれてきたいと願ったのである。
 翌朝になった。拘置所のドアが開かれ、看守に連れられて男は処刑場のある裏庭へ歩いて行った。待機室に入ると、死刑執行官のほかにひとりの神父が待っていた。神父は男のそばへやってくると、
「何か言い残すことはありませんか」
と尋ねた。
 男は囁くような声で、
「もしも生まれ変わることが出来るなら、人の役に立つような人間になりたいです」
と答えた。男の最後の言葉だった。
 やがて男は、死刑執行官に連れられて、裏庭の真ん中に設置された絞首台へ歩いて行った。そして十三段ある絞首台の階段をゆっくりと登って行った。
 絞首台の上に辿り着くと、顔に白いずきんが被せられ、太めのロープが首に巻きつけられた。男は目を固く閉じて、自分の心臓の音だけをじっと聞いていた。
 数秒後、数人の死刑執行官によってボタンが押されると、すぐに足元の板がはずれ、男は一瞬宙に浮いたようになったが、すぐさま地面に向かって落下していった。
 男はロープに吊るされたまま、しばらくもがき苦しんでいたが、やがて意識が混濁し、絶命するまでのわずかな時間、幻覚が何度か現れはじめた。その幻覚は夢に似たようなもので、断片的なものばかりであったが、やがてその幻覚も消滅し意識が無くなった。
 だが数分後、不思議なことが起こった。途絶えていた意識がしだいにはっきりしてきたのである。男が意識を取り戻したとき、何者かによって、きつく巻かれたロープが徐々に緩みはじめた。男はまったく理解できないことに驚いていたが、これまでの極度の緊張感と疲労のせいで、いつの間にかまた意識をなくしてしまった。
 男が、その不思議な出来事によって意識を取り戻し、やがて完全に目覚めたのは、それから数日後のことであった。
 男は太陽の光がさんさんと降り注ぐ、ある町の公園の近くにあるこじんまりした一軒の家の庭の芝生の上で眠っていた。庭には、バラやツツジやチューリップの花が美しく咲いていた。
 男は不思議な光景に、しばらく馬鹿のように口を開けて眺めていたが、そのとき垣根の向こうから誰かが忍び足でこの家に入って来る足音に気づいた。
 男はすぐに身がまえた。長年養われた感で、その相手が悪い人間であることを見抜いたのである。すぐに侵入者を睨みつけると、ドスのきいた鋭い声で吠え叫んだ。
「うううー、わん、わん、わん、わん、わん、わん、わん、わん!」
 侵入者は、その番犬の目つきの鋭さに恐れをなし、まったく手出しも出来ずにすぐに退散しなければならなかった。
 その吠え声を聞きつけて、家の中から老人夫婦がやって来た。この老人夫婦は、若い頃にひとり息子を交通事故で亡くし、これまで少ない年金だけでなんとか暮らしていた。それにこの地区は、空き巣がよく入るので、近所の人たちはみんな番犬を飼っていた。けれども、番犬を飼うお金の余裕のない老人夫婦は、買い物や散歩で家を空けるとき、いつも空き巣の被害におびえていた。
 ところが、数日前、一匹のやせ衰えた野良犬が、お腹をすかせて庭の芝生の上に体を横たえていたのを見つけてかわいそうに思い、家で飼うことにしたのである。顔つきは見るからに獰猛そうで、近寄りにくい感じがしたが、反面、素直で気がやさしそうに思えた。
 老人夫婦は、これは天からの授かりものだと信じ、貧しい暮らしの中でこの犬と一緒に暮らした。
 介護のかいもあって、野良犬は体力を取り戻し、番犬としてこの家で働くことになった。そして、この家にやってくる人たちの誰もが、この番犬の忠実さと頑強さに驚いたのである。
 野良犬も、自分の仕事に生きがいを感じながら、毎日この年老いた夫婦を空き巣の被害から守るために働き続けたのである。



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(未発表童話です)

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