2015年10月09日

底なし沼の話

 誰も知らない深い山奥の薮に囲まれた小さな原っぱにその沼はあった。回りを高い樹木が生い茂り、昼間でも薄暗く、死んだように静かな場所だった。この沼は、底なし沼と呼ばれてこの山に住む動物たちから恐れられた。
 これまでこの沼の水を飲みにやって来た動物が足を取られてこの沼に引きずり込まれた。そんな恐ろしい沼だったので、動物たちはまったく近づかなかった。
 この沼はずいぶん年を取っていた。だから偏屈で、頑固で融通がきかなかった。しかし、あるときこんなことを考えるようになった。
「俺はこんな淋しい山奥でみんなから恐れられて、ずうーっとひとりで生きてきたが、それは俺の本心ではない。たくさんの生き物の命を奪ったことも、それは本能のせいなのだ。俺には自分の本能にただ従って生きることしか出来ない存在だ。だけどいつまでもそんなことで自分を騙し続けて生きていてもいいものだろうか。このまま動物たちから嫌われ続けて生きていくのも辛いものだ。それに俺は外の世界のことは何も知らない。一度でいいから外の世界を見てみたいものだ」
 ある月が美しい夜のことだった。沼のむこうの水面にわずかに月が写っていた。沼はそっと月に尋ねてみた。
「お月さま。教えてくれよ。山の向こうにはどんな世界があるんだ」
 沼に突然はなしかけられて月はおどろいたが、
「あの山のはるか向こうには、美しいお花畑が広がっています。今そのお花畑は真っ盛りです。太陽が輝く時間には、緑の牧場にたくさんの牛たちと牛飼いが散歩をしています。また緑の芝生には色とりどりの花が咲いています」
 沼は話を聞きながら、その美しい情景を心の中で思いめぐらせてみた。
「ああ、なんとかそんな風景を一度は見たいものだ。それに太陽の光も受けたいものだ。俺はこれまで花さえも見たことがない」
 沼はそれからは毎晩のように月が出ると、外の世界のことを訪ねてみるのが毎日の日課になった。
 ある日、沼のほとりの木の枝に、一羽の小鳥が飛んできて巣を作った。やがて、その巣から、ひなたちの声が聴こえてくるようになった。
「なんて楽しそうな鳴き声だ。ひさしぶりに聴く生き物の声だ」
 沼は、その陽気な鳴き声を毎日聴いていた。ところがある日のこと、巣からひなの一羽が足を滑らせて沼の水面に落ちてきた。沼はさっそくそのひなを沈めようと思った。しかし沼はそのとき思いとどまった。
「同じことを繰り返していては、おれの境遇はいつまでも変わらない」
 そういって、ひなを沈めることをやめたのだ。そこへ親鳥が帰ってきて、ひなを見つけて沼から救い出した。親鳥は沼に感謝した。沼になにかお礼をしたいといった。沼は少し考えてから、
「それじゃ、山の向こうの草原に咲いている花を持ってきてくれないか。おれは花をまだ見たことがない」
と頼んでみた。
 親鳥は、すぐに山の向こうへ飛んでいくと、花を何本が沼のところへ持ってきた。そして沼の水面にその花を投げてやった。沼はその花をじっと見つめてはその美しい色彩と匂いをいつまでもかいでいた。
その後も、親鳥は、エサを取りに行ったついでに花を持って帰った。そして沼の水面にそれを落としてやった。
 あるとき、沼の水面を漂っていた花の種が沼のまわりの草むらに辿り着き、土の中から小さな芽が出てきた。だけど沼はそのことをまだ知らなかった。
 ある年、ひどい嵐がこの土地を襲ったとき、沼の周りの樹木が何本もなぎ倒された。回りの景色はひどいありさまだったが、その後、太陽の日差しがこの沼にも降り注ぐようになった。どす黒い沼の水もいつしか透明度を増してきれいな水に変わっていった。
 沼の回りの花の芽も次第に大きくなり、やがて春の季節になると、色とりどりの色彩の花が沼のまわりに咲き始めた。太陽の日差しと水気をよく含んだこの場所は、やがて美しい花畑になり、遠くからでもこの場所がわかるようになった。
 やがて、この沼のほとりの花畑にはいろんな昆虫や小鳥や動物たちが遊びにやってきた。みんなこの美しい花畑で毎日遊んで帰って行った。そして何年かすると山の向こうからは、人もやってくるようになった。
 みんなこの沼が、かつておそろしい底なし沼であったことなどもう誰も知る者はなかった。


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(つるが児童文学会「がるつ第34号」所収)

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2015年09月30日

影と取り引きした侍

 ある侍が町の居酒屋で、別の侍と些細なことで口論になり、とうとう決闘をすることになった。
ところが、相手の侍は、この土地では指折りの剣の名手。とても、まともに勝てる相手ではなかった。
「なんとか、決闘に勝てる方法はないものか」
 侍は、その夜、眠ることも出来ずに考えつづけた。
やがて、決闘の日の前の晩になり、あいかわらず侍が思案していると、どこからか不気味な声が聞こえてきた。
「そう、考え込みなさるな。心配はいりません。あなたの代わりに、わたしが決闘に行ってあげましょう」
 その声は、部屋の障子に映った自分の影であった。
「それは、本当かー」
 侍が、影に向かって念をおすと、
「まかせておきなさい。かならず、決闘に勝ってみせます。ただしー」
 影はそういってから、侍にひとつの条件をつけた。
「決闘には、かならず勝ってみせますが、そのお礼として、あなたの残りの寿命の半分を、わたしにいただきたいと思います」 
「おれの残りの寿命の半分をー」
侍は、それを聞いて、一瞬、肝をつぶしたが、しばらく考えてから、
「よしわかった、そなたの条件を聞き入れよう」
その夜、侍は、自分の影と取り引きをしたのだった。
 翌朝、侍が目を覚ましたのは、決闘の時刻をすでに過ぎている頃だった。
「しまった。寝過ごしたー」
 侍は、急いで着物を身に付けようとしたとき、ふと、昨夜の取り引きのことを思いだした。
「そうだった。いまごろ、決闘の勝負はついている頃だ」
 そういってから、侍は、ふと、自分のことを考えてみた。
「おれが、いま生きているってことは、決闘に勝ったって証拠だ。影のやつ、おれの命を救ってくれたんだ」
 侍の心は、急に晴れ晴れしい気持ちになった。
 これまでの、緊張しきった心をいやすために、侍は町へ行き、居酒屋の中へ入っていった。
店の中では、たくさんのお客たちが、今朝の決闘の話でざわめいていた。
「信じられねえことだ。あんな凄腕の侍が、殺されたんだからな」
「おいらも、その話はけさ仲間から聞いて驚いている」
「でもよ、あいての侍は、どこへ姿をくらましたんだろうな。なんでも、いま役人たちが血眼になって、その侍を探してるってことだぜ」
「え、どうしてだい」
「あたりめえだろ、開始の合図も無視して、うしろから斬りつけて殺ろしてしまったんだからー」
 そのはなしを聞いた侍は、すぐに店を飛び出した。そして、呆然とした様子で、自分の家へと帰りはじめた。
侍は、人に顔を見られないように、顔を隠すようにしながら、下を向いて歩かなければならなかった。
 やがて、自分の家に帰り着いた侍であったが、侍の帰りをすでに待ち伏せていた、奉行所の役人たちによって、すぐにその場で取り押さえられてしまった。
「殺人」の罪状で、侍が、牢屋に放り込まれてから、十数年がたったある晩のことだった。
 月の光に照らされた、牢屋の壁に、侍の影が寂しげに現れたとき、いつかの不気味な声が聞こえてきた。
「あのときの約束は、ちゃんと守りましたので、こんどは、わたしが、お礼を頂きにまいりました」
 影はそういうと、すっかり老いて生きる気力を失った侍から、残り半分の寿命を奪い取った。それからすぐに、侍は、牢屋の中でしずかに息を引き取ってしまった。
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(自費出版童話集「白馬の騎士とフリーデリケ」所収)

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2015年09月25日

花の咲かない桜の木

 その桜の木は、あまり人の通らない公園裏の通りにただ一本だけで立っていました。困ったことに、春になっても花が咲かないので、だれもこの木のそばにやってきませんでした。
 あるとき、一羽のつばめが遠い土地から飛んできて、この桜の木の枝にとまりました。
「季節はもう春ですよ。ほかの桜の木たちは、みんな美しい花を咲かせているのに、どうしてあなただけ花を咲かせないんですか」
 桜の木は、眠そうな様子で、
「おれは、ずいぶんと気まぐれな木なんでね。春が来ようが来まいが、そんなことはどうだっていいんだ。花を咲かせたいときだけ咲せますから。それにこんな場所で花を咲かせてもだれも見にきてはくれませんよ」
 つばめをそれをきくと、
「あなたはずいぶん変わり者ですね。あなたのような桜の木をわたしは見たことがありません」
「そうかね、別にそんなことおれには関係がないことだよ。どうれ、また昼寝でもするか」
 桜の木は、いつもそんなことをいって一輪の花も咲かせずにいました。
 ある日のこと、桜の木は、いつものように広い空を見上げていました。
「空っていうのはうらやましいものだ。自分たちの感情を自由に表現できるからな。機嫌がいいときは抜けるような青空だし、機嫌が悪くなると真っ暗になって、ビュービューと風を吹かせ、ゴロゴロと雷を鳴らして大雨を降らせる。そしてまた機嫌が良くなると明るくなって、七色の美しい虹が現れたりする。じつにうらやましいものだ。
 ところが、おれたち桜の木はどうだ、気分が悪くても春になったら花を咲かせなくちゃいけない。それに咲く花はいつもお決まりのピンクと決まっている。形も大きさも同じで、うれしくもないのにみんなと一緒に笑っていなくちゃいけない。桜の木にもちゃんと個性があるのに。
 それはおれたちばかりじゃない。ほかの花たちだってそうだ。どの花にもちゃんと個性があるのに、それをひとつにしか表現することができないなんて悲しいことだ。車の排気ガスでお腹が痛くなったときは花びらが青色になったり、楽しいときは黄色くなったり、恥ずかしいときは赤くなったりしてもいいじゃないか。松林の向こうに見える海だっていつも表情が違うじゃないか」
 桜の木はいつもそんなことをつぶやいていました。
 ある年の春の夜、公園に明るい灯がともりました。今日はお花見でした。町の人たちがたくさんやってきました。
たくさんの入場客が、満開の桜の木の下で宴会をしています。みんなお酒を飲んだり、バーベキューをしたり、歌をうたったりとても賑やかです。
明るい提灯の下で、夜遅くまで、賑やかな声がたえません。
 でも、公園裏の一本の桜の木だけは、そんな光景を、ただひとりあきれたような顔をして眺めていました。
「毎年、あれだ。桜たちは、みんなバーベキューの匂いや、お酒のぷんぷんする匂いを一晩中かかなくちゃいけないんだ。おれだったら、すぐにでも公園から出て行くのにさ。みんなよくじっと我慢していられるな」
 でも、そんなことをいっている桜の木でしたが、自分が立っている木の周りには、人の話し声もしなければ、春になっても根雪が残ったままで、いつもひんやりとしていました。春になると決まってやってくるつばめも、近頃はぜんぜん来なくなりました。
 そんなある日のことです。桜の木はふとこんなことを考えるようになりました。
「だけど、花も咲かさないで、こんなさびしいところでいつまでも生きていてもしかたがないな。やっぱり誰かのために花を咲かせたいものだ」
 この桜の木が立っている通りの向かい側に一軒の古いアパートがありました。いままで、誰も住んでいなかったのですが、ある日、ひとりの若い女性が部屋を借りて住み込みました。
昔は恋人もいて、楽しい暮らしをしていましたが、いまはひとりで寂しく暮らしていました。
 その女性はいつもパソコンに向かって小説を書いていました。それを自分のブログに載せていました。でも、精彩のない自分の書いたものに少しも満足していませんでした。
 桜の木は、そんな様子を眺めているうちに、いつしかこんなことを考えるようになりました。
「この寂しそうな女性のために、めいっぱい美しい花を咲かせてあげたらどうだろう。きっと色彩のある明るい小説が書けないだろうか」
 桜の木はそれを試してみることにしました。
 ある朝、その女性が部屋の窓を開けたとき、いつもの桜の木にいくつもの美しい花が咲いていました。周りが暗かったせいか、その花だけがひときわ綺麗に見えました。
 女性は、それからというものその桜の木を見るのが楽しくなってきました。でも、女性の心を動かしたのは、毎日見ているその桜の木が、季節に関係なく花を咲かせ、日によって色が変わることでした。まるで人間の感情を持っているような木に思えたのです。
 それ以来です。その女性の書く小説が明るくなり、内容も面白くなってきたのはー。
 ある日、女性は、その桜の花をデジタルカメラで撮影すると、自分のブログのデザインにしました。
 そして花の色が変わるたびに画像を変えていきました。その桜の花をデザインしたブログは、次第に読者の間で評判になりました。
 ある日、読者の中に、この女性と別れた昔の恋人が遠くの町でこのブログを観ていました。そして小説も読んでいました。作者の名前は仮名で、誰の作だかわかりませんでしたが、その小説の筋は、恋人を失った女性が新たな希望を持って力強く生きて行く様子が明るい気分で書かれていました。追憶の場面で、昔、自分と別れたある女性の思い出とそっくりな出来事が綴られていたのです。
「まさか」と、恋人は思いましたが、「そんなことはない、きっと偶然に違いない」と思い返したりしました。
 色彩の変わる桜の花をデザインしたそのブログと、その女性が書く小説は、またたくまにネットの世界で知られるようになりました。
  そしていままで誰にも知られなかった公園裏の一本の桜の木も、ネットを通じて全国で一番知られる木になりました。


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(つるが児童文学会「がるつ第37号」所収)

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2015年09月18日

山男とこだま

 どこまでも高い山がつづく、それはそれは山奥のしずまりかえった山の中でした。
山男はいつも向こうの山にむかって叫びます。
「きっとあしたは晴れるだろうなー」
 すると山の向こうから、
「きっとあしたは晴れるだろうなー」
とこだまがかえってきます。
「あしたおれは、山をおりて町へいくぞー」
と叫んだら、
「あしたおれは、山をおりて町へいくぞー」
とこだまがかえってきました。
「町へいったら、酒を買ってくるぞー」
とまた叫んだら、
「町へいったら、酒を買ってくるぞー」
とこだまがかえってきました。
 よく朝、山男は山をおりて町へいきました。そして町の酒屋さんへ行って、たくさんお酒を買って、山へもどってきました。
そして夕闇にむかって、
「今夜は、おれひとりで、あびるほど酒を飲むぞー」
と叫んだら、
「おれたちにもすこし飲ませてくれよー」
と順々にへんな答えがかえってきました。
「あれ、誰の声だろう?」
 山男がふしぎそうな顔をしながら、
「今夜は、おれひとりで、あびるほど酒を飲むぞー」
ともう一度叫んだら、
「そんなこといわないで、おれたちにも飲ませてくれよー」
と、山の向こうからへんな答えが順々にかえってきました。
 山男がおどろいていると、山の向こうからこだまたちが、雲にのってやってきました。
みんなお酒が飲みたそうな顔をしているので、
「じゃあ、いっしょに飲もうじゃないか」
 山男は、こだまたちを小屋にまねいていっしょにお酒を飲みました。
こだまたちは、体は小さいけれど、みんなのんべーばかりで、真っ赤な顔をしながら、山男といっしょに一晩中飲んでいました。
 よく朝、山男は二日酔いでしたが、いつものように、向こうの山にむかって、
「ゆうべはずいぶん飲んだなー」
と叫ぶと、
「またいつかよせてもらうぞー」
と順々にこだまたちの声がかえってきました。

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(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)

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2015年09月11日

指輪ものがたり

  むかし、ライン川のほとりに、美しいお城が建っていました。そのお城には、両親を早く亡くした王女がひとり、召使たちといっしょに、しずかに暮していました。
 王女は、花のように美しく、心はそれにもまして美しかったのですが、からだが弱いうえに、たいへん孤独でした。いつも自分だけの世界の中で、暮らしていたのです。
 ある夏の夜のことでした。
王女が、いつものように、部屋の窓辺に腰かけて、月の光に照らされた、川の沖のほうを眺めていたときです。
遠い夜空の向こうから、流れ星がひとつ、この土地のうえを、しずかに通り過ぎていきました。流れ星は、美しい光を放ちながら、やがて消えていきましたが、その星のかけらが、ゆらゆらと、この土地の方へ落ちてきました。
 王女は、いっしんに、その星のかけらを見つめていましたが、星のかけらが、川の沖の方へ落ちてしまうと、さみしそうな様子でつぶやきました。
「あの流れ星のかけらは、いまごろ、川の中で、何をしているのでしょう。魚たちは、みんな、その美しい輝きを見て、ためいきをついているのでしょう」
 王女も、自分も魚になって、その美しい輝きを、いつまでも見ていたいと、心の中で思いました。やがて、王女は、ベッドに入りました。
けれども、さっきの流れ星のかけらのことが、頭から離れずに、なかなか眠りにつけませんでした。
 そんな王女も、やがて、眠りについた頃、お城から遠く離れた、ある漁師の村のある家に、王女と同じ夢を見ていた、ひとりの若い漁師がいました。
若い漁師は、さっきの流れ星のかけらを、あした朝早く、船にのって、探しにいくことに決めていました。
「あの星のかけらを見つけて、お金に換えることが出来たら、自分の暮らしは、もっとよくなるだろう」
若い漁師は、朝がやってくると、さっそく船を出して、川の沖へ出かけていきました。そして、その日一日中、川の中を捜しまわって、ようやく星のかけらを見つけました。でも、その星のかけらは、とても小さくて、わずかに、金貨ほどの大きさでした。
けれども、その輝きは、世の中の、どんな宝石よりも美しいものでした。
若い漁師は、星のかけらを、たいせつに袋にしまうと、家にもって帰ることにしました。船を漕ぎながら、やがて、川のほとりに建つ、美しいお城のところまでやってきたときです。
 若い漁師は、お城の窓辺に腰かけている、王女の姿を見つけました。
「なんて、美しい人だろう。あんな人と一度でもいいから、話ができたら、どんなに幸せなことだろう」
若い漁師は、じぶんの身分のことも考えないで、そんなことを思いました。
家に帰ってきてからも、漁師は、今日見た王女のことが、頭から離れませんでした。
その夜、若い漁師は、苦労して見つけてきた、星のかけらの美しさに見入っていたとき、ふと、こんなことを考えました。
「この星のかけらで、指輪を作ってみよう。そして、その指輪を王女さまに差し上げよう。きっと王女さまは、大喜びになり、私を友達にして下さるだろう」
 その夜、若い漁師は、一晩中かけて、指輪を作りました。
つぎの日の夜、若い漁師は、指輪を持って、王女のいるお城へ船で出かけていきました。
月の光で、明るく輝いている、川の上を船で漕いでいくと、やがて王女のいるお城が見えてきました。そのお城の塔のひとつの窓に、明かりが灯っていて、王女の姿が見えました。
 若い漁師は、塔のすぐ下までやってくると、開いてる窓にむかって、しずかにつぶやきました。
「王女さま、どうかおどろかないでください。あなたに、差し上げたいものがあって、ここへまいりました」
 王女は、その声に気付くと、すぐに塔の下を見ました。そこには、船が一艘浮かんでいて、その船のうえに、見知らぬ若い漁師が立っていたのです。
 王女は、漁師の話し方が、まじめで謙虚であったので、耳をかたむけようと思いました。
若い漁師は、王女に、三日前の夜に見た、流れ星の話と、その星のかけらを使って指輪を作り、ここへ持って来たことをはなしました。
王女は、漁師のはなしをきいているうちに、すっかり、顔つきも明るくなってきました。
そして王女もまた、あの夜に、同じように流れ星を見て、あの星のかけらが、どうなったのか知りたかったことを、漁師にはなしました。
二人はその夜、打ちとけて、長い時間はなしをしましたが、夜も遅くなり、漁師は、自分の家へ、帰ることにしました。
「では、王女さま、どうぞ、この指輪をお受け取り下さい」
 帰るとき、若い漁師は、指輪を入れた小さな袋を、王女の両手にむかって投げました。王女は、しっかりと袋を受け取ると、すぐに指輪を取り出してみました。
「まあ、なんて、美しい輝きでしょう」
そういって王女は、その指輪を、すぐに自分の指にはめてみました。そして、しばらくの間、その美しい輝きに、じっと見入っていましたが、やがて、漁師にむかっていいました。
「どうか、あしたの夜も、ここへいらして下さい。そして、今夜のような楽しいおはなしを、またいたしましょう」
 その夜から、王女と若い漁師は、すっかり仲の良い友だちになりました。
 次の日の夜、漁師は船を漕いで、王女のいるお城へいきました。そしてその夜も、王女と長い時間、楽しいお話をしました。
 身体が弱く、孤独だった王女も、漁師のはなしを聞いているうちに、日に日に元気になっていきました。
 若い漁師は、自分の仕事のことや、村のこと、友達のことなどを、お城にやってきては、王女にはなしてあげました。
いままで、ひとりの友だちもなく、寂しい暮らしをしていた王女にとって、それらの話は、どれもこれも新鮮なものばかりでした。
 そんな楽しい日がつづいたある日のこと、この土地に、大きな嵐がやってきました。
 はげしい雨が、数日間降りつづいた後、今度は、ものすごい強風が吹き荒れました。川の水は増水し、波しぶきをあげながら、若い漁師の住んでいる村にも、押し寄せてきました。
 若い漁師は、仕事にも行けずに、家の中で、じっと嵐がおさまるのを待っていました。ところが、嵐はおさまるどころか、もっとひどくなってきたのです。
 やがて、大きな波が、漁師の家の中まで流れこんできました。そして、いっしゅんの内に家を呑み込んでしまいました。若い漁師も、波にさらわれて、行方がわからなくなってしまいました。
数日後、嵐はおさまりました。
 お城の中では、王女が、漁師がここへやって来てくれるのを、じっと待っていました。ところが、いくら待っても、漁師はやって来ませんでした。
 王女は、もしかして、先日の嵐で、漁師が亡くなってしまったのではないかと、心配になりました。王女は、若い漁師がくれた指輪を、毎日のように眺めながら、漁師のことばかりを考えつづけました。
やがて、月日は流れていきました。ある秋の夜のことでした。
眠っていた王女は、どこからともなく、聞こえてくる、ささやき声で、はっと目をさましました。その声は、聞き覚えのある声で、塔の下の、川の方から聞こえてくるのでした。
王女がそっと、窓を開けてみると、川の上に、一艘の美しい船が、浮かんでいて、その船には、あの若い漁師が、ふたりの人魚をつれて立っていました。
「おどろかないで下さい、王女さま。わたしは、あなたに会いたくてここへやって来たのです」
 王女は、夢ではないかと、思いました。
「わたしは、あの嵐の日に、この人魚たちに、救われたのです。でも、わたしは、もうこの世の人間ではありません」
 王女は、そのはなしを聞くと、とても悲しそうな顔をしましたが、漁師の元気な姿を見ると、少し安心しました。
「それでは、これからも、わたしに会いにきてくれますか」
 王女の問いかけに、若い漁師は、にっこりと笑いながらいいました。
「夜空の星が美しく輝く晩には、かならず、ここへまいります。あなたに差し上げた、その指輪のような美しい星の出る夜にです」
 若い漁師は、そういうと、ふたりの人魚たちをつれて、しずかに川の中へ消えていきました。


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(自費出版童話集「白馬の騎士とフリーデリケ」所収)

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2015年09月04日

線路とみつばち

 もう機関車も通ることのない山の中に、赤さびだらけの線路が、草の中でひっそりと横たわっていました。
長い間、こんな山奥に置き去りにされて、しだいに忘れさられて、そのままほっておかれたのです。
 ある日、みつばちが線路の上に飛んできました。
「こんにちは、線路さん。きょうもいい天気ですね」
 元気のよいみつばちを見ながら線路は、
「きみはいいな。あちこちへ飛んで行けるし、それに蜜を集める仕事もあって」
「そうかなあ」
「そうだよ。おれなんか、どこへもいけないんだよ。こんな山奥で、なんの仕事もできないんだから」
 線路は、このまま自分の命がおわるのかと、さみしい気持ちがしました。
 ある日線路は、まぶしい太陽を見ながら、こんなことを思いました。
「もしも生まれ変わることができるのなら、太陽のように赤く燃えた工場の溶鉱炉の中で、もう一度ほかの鉄たちと一緒に溶かされて、新しい機械の歯車や自動車の部品になることができたらどんなにしあわせだろう」
 線路が、この山に運ばれてきたのはずいぶん昔でした。
そのときは、ぴかぴかに磨かれたきれいな線路でした。
毎日のように、山の奥から、鉱石を積んだ貨物列車がこの線路の上を走っていきました。重い荷を積んだ機関車をしっかりと支えて、無事に町の工場へ機関車を送り届けるのが線路の役目でした。
 けれど、今はその機関車も通らないさみしい山の中なのです。
「むかしのように働きたいものだなあ」
 線路は、毎日そんなことを思っていました。
 ある日、いつものみつばちが飛んできました。
そのとき、線路は、うつらうつらと居眠りをしていました。
「線路さん、起きてくださいよ。聞こえませんか」
「え、何か聞こえるのかい」
「向こうから、人のはなし声がしませんか」
「いや、聞こえないよ」
  線路は、じっと耳を傾けました。でもやっぱりなにも聞こえません。
「おかしいな。向こうの方から確かに聞こえてきたのになあ」
 みつばちは、変だなあという顔をしましたが、またいつものように花の蜜を集める仕事をはじめました。
 ある日、線路が眠っていると、山の下の方から、カーン、カーンという聞き覚えのある音が聞こえてきました。それは、線路工夫がハンマーを打ちつける音でした。線路は、自分は夢を見ているのだと思っていました。
けれどもその音が、だんだんと近づいてきたので、すっかり目が覚めました。
やがて、ハンマーの音がしだいに大きくなると同時に、たくさんの人のはなし声が聞こえてきました。しばらくすると、この草の中の線路のさびた釘がはずされて、線路はたくさんの工夫たちによって持ち上げられ、大型のトラックに載せられました。
 そのとき、いつものみつばちが飛んできました。
「線路さん、きっと町へ行けるのですよ」
「そうかなあ、それだったらうれしいなあ」
 みつばちは線路にお別れをいいました。
「いつまでもお元気で、さようなら」
「きみも元気でね」
 線路を載せたトラックは、次々と走り出しました。トラックが山を下りて向かったのは町の工場でした。
 翌日、みつばちが花の蜜を集めていると、町の工場から鉄を溶かす煙が出ていました。


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(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)

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2015年09月01日

がんばれブルドーザー

 重機工場の空き地に、老いぼれてリタイアしたブルドーザーたちがのんびりと余生を送っていました。みんな数年後には解体されてばらばらになるのです。
「お前たちはほんとうによく働いてくれた。この町がりっぱになったのもお前たちの仕事のおかげだ」
 工場の親方が、退職の日にみんなに感謝状を渡しながらいいました。
 そういえばこの町は、むかし高いビルも、りっぱなマンションも、きれいな公園もなかったのです。それがいまでは、見違えるようなすばらしい町に変わりました。
ブルドーザーたちは、仲間のショベルカーやクレーン車、ダンプカーたちと毎日汗を流して働いた日のことを思い出しました。
 だけどもう自分たちは、昔のように働くことはないと思っていました。車体の塗装は剥げ落ちてネジは緩んで錆びついています。エンジンもいまでは、まったくかかりません。たとえ動くことが出来ても、旧式のブルではとても今の新型の若い重機たちと一緒に働くことは出来ないと思っていました。
 ところがある日のことでした。工場の親方が息を切らせて走ってきました。
「みんな非常事態だ。お前たちの力をもう一度貸してもらう」
 それは東北地方で大きな地震があって、津波でたくさんの町が破壊されて、復興に重機がたくさん必要だということでした。
リタイアしたブルたちは、その話をきいてみんな飛び起きました。
「よしきた、みんなで現場へ駆けつけよう」
 すぐにブルたちは整備されることになりました。錆びついて使えなくなった部品はすべて取り換えられ、エンジンも整備されて、何年ぶりかに勢いよく動き出しました。
 数日後、何年も乗ったことがないトレーラーに載せられて、みんな東北へ向けて運ばれて行きました。やがて現場に到着しました。
 そこはいままで見たこともない酷い状態でした。瓦礫の中のある場所に降ろされて、エンジンがかけられました。さっそく作業の開始です。遠くの方では自衛隊の新型の重機たちもたくさん派遣されて忙しく働いていました。リタイヤしたブルたちも頑張らなければいけません。
 こんなに広範囲に破壊された町の瓦礫を片付けるには、ずいぶん時間がかかります。山のすぐそばまで、自動車や壊れた家屋、漁船やレジャーボートなどが無造作に横たわっていました。重機たちはみんなエンジンをフル回転させて、さっそく瓦礫の除去作業を開始しました。周囲には、むかし一緒に働いた仲間の重機たちもたくさん来ていました。
「おやっ、あのクレーン車は、むかしおれたちと一緒に働いたやつだ」
 一台のブルが、そばへ近よって行きました。
「やあ、あんたも来てたのか、ひさしぶりだな」
「おう、なつかしいな、何年ぶりになるかな」
 そのクレーン車は、長年、木工所で材木の積み下ろし作業をしていて、退職後はいつも腰痛に悩んでいましたが、非常事態だというのでこの仕事に参加したそうです。
向こうの方にも、顔見知りの重機たちがたくさん働いていました。
見覚えのある一台のショベルカーがいました。この重機は、貧血症のために朝はエンジンのかかりが悪く、運転手さんをいつも困らせていましたが、今回の非常事態を聞いてやっぱり参加したそうです。みんなずいぶん年取っていますが、瓦礫の除去作業に懸命です。
「この作業は、当分続くだろう。もと通りになるまで数年はかかるな」
 作業員たちは一日の仕事が終わると、みんな疲れたといって宿舎に帰って行きます。重機たちも、すっからかんになったタンクに燃料を入れてもらってぐっすり眠ります。
 翌朝から、また作業の開始です。最初の一年間は、なかなか思うように瓦礫の処理は進みませんでしたが、二年後くらいからは、大きなものはすべて取り除けることができました。でもまだ土地の整備はできていません。ブルたちは、一面デコボコになっている地面を以前のようなきれいな状態にする作業に励んでいました。
 リタイアしたブルたちは、三年間ここで作業に従事していましたが、親方がもう限界だなということで、送り返されることになりました。
出発する前の日に、若い重機たちに向かって、
「おれたちはこれで引き上げるけど、これからは君たちで頑張ってくれ、よろしくたのむよ」
とお別れをいいました。そして翌日、リタイアしたブルたちは東北を去りました。
 帰ってきた年取ったブルドーザーたちは、以前のように空き地で、解体される日を静かに待っていました。
 次の年は寒さの厳しい冬でした。毎日寒い日が続きました。リタイヤしたブルたちは、みんなからだをくっつけて眠り込んでいました。ある朝のことでした。工場の親方が、前のようにあわてた様子で走ってきました。
「みんな、お前たちにまたやってもらいたい仕事がある。きのう関東で記録的大雪が降ってみんな困っている。すぐに出かける準備をしてくれ」
 寒い季節なので、ほとんどのブルがなかなかエンジンがかかりませんでしたが、新しいバッテリーに取り換えてもらったりして、どうにか動くことができました。
そして再びトレーラーに載せられて走っていきました。国道は除雪が追いつかず、なかなか目的地に着きませんでした。
関東のある県では、雪のために国道がすべて通れなくなっていました。ようやく目的地に着いて、みんなさっそく作業を開始しました。
国道には雪に埋もれて動けなっている自動車がたくさんいたので、雪を全部取り除けていきました。
渋滞しているトラックや、トレーラーたちがブルたちに声をかけてきます。
「たのむよ。早く雪を取り除いてくれ。スーパーに商品を届けないと、みんな生活に困ってしまうんだ」
 郵便配達の自動車も、
「速達がたくさんあるから、急いで除雪してくれ」
 大型のタンクローリーも、
「今日中に灯油をもっていかないと町中の人が寒さでみんな凍えてしまうよ」
 みんな除雪が終わるのをじっとまっています。年取ったブルたちは、汗をかきかき作業を続け、だんだんと雪も取り除かれて行きました。 でも、国道にはまだたくさん雪が残っていました。作業しているうちに、疲労のためにエンジンが止まってしまうブルもいて、みんな心配しながら見守っていました。
 そのとき、現場監督のうれしそうな声が聞こえました。
「向こうから自衛隊の除雪車がやって来るぞ」
 見ると、勢いよく進んでくる自衛隊の若い元気な新型の除雪車たちが見えました。
「よかった、向こうの国道はすっかり通れるようになってるぞ」
 年取ったブルたちも、また元気を出して作業を続けました。
 その日、重機たちの大活躍で、国道はぶじに通れるようになりました。
作業を終えたブルたちは、みんなほっとしたようすで、空き地へ帰ってきました。だけど退職した後も、次々に出番がやってくるので、のんびり余生を送っている暇がないなとみんな思いました。
ブルたちはみんな相当くたびれていますが、根がまじめで働き者なので、これからも出番があればいつでも出かけていく心の用意はいつも出来ています。

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(つるが児童文学会「がるつ第36号」所収)

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(記事の更新は随時行います)



2015年08月21日

ピエロとマンドリン

 いつもサーカスで、へまなことばかりしてみんなを笑わせているピエロですが、じつはたいへん起用で、とても働き者なのです。ところがあるサーカスのピエロだけは、まったくの役立たずでした。
外見は普通のピエロと変わりませんが、中身もまったく同じでした。いつもぼーっとして空想に耽ってばかりいるのでした。
「もうすこし気を入れて仕事をしてもらわないと、このサーカスには置いてやらないぞ。クビだぞ」
 団長さんは、そういっていつもおびやかすのですが、ピエロにはまったく効果がありません。あいかわらずのサーカスのお荷物でした。
だけど、このピエロがどうしてこのサーカスにいられるか、それはただひとつ役立つものを持っているからでした。
 いつもサーカスがおわると、ピエロは、おんぼろなマンドリンを抱えて、テントの屋根にのぼり、ながいあいだ暗い夜空を眺めていました。このマンドリンは死んだおじいさんが持っていたものをお父さんから譲り受けたものでした。代々ピエロ一家で、いつもマンドリンを弾きながら、むかし流行った「サーカスの唄」や「美しき天然」の歌などを歌うのでした。
 やがて、夜も深くなった頃、雲の隙間からお月さまが現れました。
じつは、ピエロはこのときを待っていたのです。人にはまったく見えないのですが、ピエロの空想の世界では、お月さまの上には、マンドリンを弾く女神が座っているのです。そして、いつも静まり返った夜空にその美しいトレモロが鳴り響くのでした。
「今夜は、じつにみごとなセレナーデだ」
 ききほれながら、しばらく耳を傾けていましたが、やがて自分でも真似して弾いてみたくなりました。
普段は、仕事もなかなか覚えられないピエロでしたが、このときばかりは頭が働くのでした。
 何回か真似して弾いているうちに、すっかり覚えてしまいました。やがて、向こうの空がすこしずつ明るくなる頃には、月の姿もしだいに見えなくなり、女神もどこかへ消えていきました。
ピエロは、すっかり覚えたその曲を何回も弾いてみました。
そして、二番鶏が鳴く頃になると、自分の寝床へ戻っていくのです。
 朝になると、またサーカスの仕事がはじまります。
団長さんにたたき起こされて、ピエロは眠い目をこすりながら、楽屋へ行ってお化粧して仕事の準備をはじめます。
でもあいかわらずへまばかりで、いつも団長さんに怒られてばかりいるのです。
「きみの仕事は、お客さんを笑わせることなんだ。いつもぼーっと突っ立っていたのでは、だれも笑ってくれないぞ」
 いわれながら、空中ブランコから落っこちる芸をやるのですが、高いところが苦手なので、それも無理なのです。一輪車に乗る芸も何回やってもできません。馬や象に乗らせても、すぐに振り落とされてしまいます。
そんなふうなので、まったくサーカスでは使い物にならないのです。
 慌ただしいサーカスの仕事もようやく終わると、サーカスの芸人たちは、みんな自分たちの楽屋に帰っていきます。
「ああ、やっと一日がおわった。くたびれた」
 みんなそういって、お酒を飲んだり、お風呂に入ったり、晩御飯を食べたりします。そうやってくつろいでいると、いつものようにテントの屋根から、ピエロの弾くマンドリンの音色が聴こえてきます。
「おっ、また弾いてるな。でもいい音色だ、これを聴いてると今日の仕事の疲れもすっかりとれるからうれしい。そして夜はぐっすりと眠れるんだから」
 そういってサーカスの人たちは、みんないつもよろこんで聴いていました。
 その音色は、団長さんの部屋にも流れていきます。
「また、いつものマンドリンかっ。ピエロのやつ、マンドリンの腕だけはいいんだから。でも、もっと仕事のほうもしっかりやってくれないかなあ」
 団長さんはそういいながら、お風呂の中で疲れた身体をほぐしていましたが、そのうち、ピエロが弾く「サーカスの唄」が流れてくると、いつの間にか自分でもその歌を口ずさんでいました。

  旅のつばくろ(つばめ)
  寂しかないか
  おれもさびしい
  サーカス暮らし。

  とんぼ返りで
  今年も暮れて
  知らぬ他国の
  花を見た。

 団長さんは歌いながら、これまでの旅のことをいろいろと思い出しました。北海道から本州、四国、九州、沖縄まで、日本全国くまなく、このサーカスを引き連れて歩いてきました。
 そして、それらの土地のいろんな花も見ました。いろいろな町や村へも行きました。何回も行った町もありました。そして、その土地の人々をサーカスの芸でみんなを楽しませたのです。
 台風でテントが飛ばされそうになったり、大雪になって、みんなと山の中で野宿したこともありました。動物たちが病気になって、獣医さんを探しに、みんなで町中を駆け回ったこともありました。
 芸人たちはよく働いてくれます。みんな毎日疲れて眠りにつくまで働くのです。芸のすぐれた腕のいい芸人さんが特に好きでした。でも、みんながみんな腕の良い芸人ばかりでないことも知っています。
 そんなことを思っているうちに、団長さんの心の中でこんな気持ちが湧いてきました。
本当に仕事だけで人を評価するのは正しいことなのか。世の中には仕事をしたくても働く所がない人もいることです。また重い病気を患って働きたくても働けない人たちもいるのです。ほんとに生きてることだけでやっとの人もいます。とりたててなんの能力もないけれど、人に親切な人もいます。風変わりな性格でも、何かいいものを持っている人もいるのです。そんな人たちをどうやって評価したらいいのかまったく見当がつきません。
 そんなことを考えると、一概に仕事だけで人を評価するのはよくないことだと思うのです。もしかしたら、このサーカスのピエロもそういう人間のひとりかもしれません。
 団長さんが、そんなことを考えているあいだにも、テントの上からは、ピエロの弾く心地よいマンドリンの音色がいつまでも夜空に響いていました。


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(文芸同人誌「青い花第23集」所収)

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(記事の更新は随時行います)

2015年08月18日

雪だるま食堂は大忙し

 冬がやってくると、町中の人たちが雪だるま食堂に電話をかけてきます。それも大雪の日なんか特に忙しくなります。
1メートルも雪が積もるとみんなスーパーにも行けないので、すぐに料理を届けてくれる雪だるま食堂が便利なのです。さっそく電話がかかってきました。
「すみませんが、トンコツラーメン2つとギョーザ2つお願いします」
「わかりました。すぐにお届けします」
 ホカホカの料理をケースにいれて、配達係りの雪だるまが、スキーをはいて出発します。
 雪で埋まった道路もすいすいとすべって、目的の家へ向かいます。
 「こんばんは」
 玄関のベルが鳴ってドアを開けると、雪だるまが料理を持ってきました。
「いつもありがとう」
 お金をもらって、雪だるまはまたスキーで帰って行きます。
 それからすぐに、次の仕事です。
「すみません。鍋焼きうどん3つとワンタン鍋2つお願いします」
「はい、すぐに持っていきます」
 次の家は、マンションでした。
 雪だるまは、さっそく出かけて行きます。
 マンションにやってくると、スキーを取りはずして、エレベーターに乗って5階の部屋へ行きます。玄関のベルを押して、
「雪だるま食堂です。ご注文の料理を持ってきました」
「ごくろうさん、ありがとう」
 お金をもらって、またエレベーターで降りて行きます。
 しばらくすると、お店から携帯がかかってきました。
「大急ぎで、帰ってきてくれ」
 雪だるまがお店に戻ってくると、店長が、
「次は、山の別荘からだ。お寿司とお刺身十六人前と、オードブル5つだ」
 コックさんが足りなくなってくるとみんな庭に出て、雪だるまのコックさんを作って補充します。
 山の別荘へはスキーでは無理なので、スノーモービルを使って出かけます。
 雪でいっぱい積もった山道を、エンジンを全開にして登って行きます。
 グウーン、グウーン、グウーーン、グウーン、グウーン、グウーーン・・・
 行く手に別荘が見えてきました。
 玄関のベルを押して、
「こんばんは。お料理持ってきました」
「いやあ、遠い所からどうもありがとう。うまそうだ」
 お金をもらって、また山を下りて行きます。
 そのうちに雪もまた降りだしてきました。
 お店に戻ってくると、今度は、海辺の家からです。
「かつ丼3つに親子丼2つだ。たのむよ」
 今度もまた、スノーモービルに乗って配達します。
 途中で、道を間違えたりすることもありますが、平気、平気。
 そうやって冬の間中、忙しいのです。
 雪だるま食堂が、一番大活躍するのは、大雪で道路が渋滞する時です。
 何キロも車が立ち往生して、みんな家に帰れないので、お腹がぺこぺこです。そんなときは、雪だるま食堂にすごい注文が舞い込みます。
 こんなときのために、雪だるま食堂では、いつも食材をたくさん準備しているので慌てなくても大丈夫なのです。
 たくさんの注文を受けると、配達員の数も増やして、みんなスキーで運びます。渋滞して動けなくなった車の脇をすいすい通って行きます。
「お待たせしました。持ってきました」
 すっかりお腹をすかせていたドライバーたちは、みんなにこにこと食べます。
 大雪の時は、こんなに注文がさっとうするのです。
 店長も、
「これだったら、全国にチェーン店を作りたいな」
といつも言っています。
 雪だるま食堂は、こんな風にたいへん便利でたくさんの人に役立っているのです。でも、営業は冬だけなので、春になるとお店は閉まってしまいます。


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(文芸同人誌「青い花第25集」所収)

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(記事の更新は随時行います)

2015年08月14日

ロバにのった床屋さん

 ならず者に店をつぶされて、仕事ができなくなった床屋さんがロバにのって広い荒野を旅していました。
お金も取られたので、町のホテルにも泊まれません。持っているものといえば、寝袋と水筒と、商売道具のハサミ、髭剃り用のナイフ、それにタオルと石鹸だけでした。
「ああ、とんだ目にあったな。命はなんとか助かったが、もういちどお店を出したいなあ」
 ある日、木陰で休んでいると、一本のサボテンが声をかけてきました。
「お願いがあるんですが」
「なんだね、お願いって」
「ヒゲがずいぶん伸びたんで、剃ってくれませんか」
「ヒゲじゃなくて、トゲだろ」
「そうです。トゲです。お願いします」
「どうして私が床屋ってわかるんだい」
「ロバの背中に、床屋の道具が見えますから」
「ああ、そうだった。わかった、剃ってあげよう」
 床屋さんは、商売道具を取り出すと、石鹸をつけてサボテンのトゲを剃ってあげました。
きれいに剃り終わったあとは、シェーブローションを付けてあげて、なんどもサボテンの肩をほぐしてあげました。
 いままで硬くてかちかちだった肩もほぐれて、サボテンはとても喜びました。
 となりで見ていたサボテンたちも、
「わたしのも剃ってくださいよ」
といったので、床屋さんは順番にみんなのトゲを剃ってあげました。
 翌朝、床屋さんが旅立ったあと、この土地のインディアンの一団が、サボテンのそばを通りかかりました。
「みんなすっきりした顔をしてるな。すべすべの皮だ」
「ええ、きのう腕のいい床屋さんに剃ってもらったんです」
「その床屋はどっちへ行った」
「今朝、北の方角へ向けて歩いて行きました」
 インディアンの一団は、すぐにあとを追いかけて行きました。
そんなことなど知らない床屋さんは、ロバに乗ってのんびりと歩いていました。
 やがてインディアンたちが追いついて、床屋さんを捕まえて、自分たちの部落へ連れて行きました。
床屋さんは、縄でぐるぐる巻きに縛られて、テントの中に入れられました。
「やれやれだ。ならず者の次はインディアンか。おれもついてねぇな」
 しばらくして、この部落の酋長がやってきました。
「おい、おまえが腕のいい床屋か」
「腕がいいかどうか知りませんが、床屋です」
「じゃあ、わしの髪とヒゲを剃ってくれ」
 断って、頭の皮を剥がされて殺されでもしたら大変なので、
「わかりました。じゃあ、さっそくいたしましょう」
 さっそく、仕事をはじめました。
チョキチョキと軽快な音させて、きれいに髪を切ってあげました。
仕上げに満足した酋長は、みんなの髪も頼むと床屋さんに命令しました。
 みんなも仕上がりに満足して、部落の中に床屋さんのお店を作ってくれました。
 ある日、いつかのならず者の一味が、この部落のそばを通りかかりました。ちょうどその日は、インディアンの男たちはみんな山へ狩りに出かけていました。
川では、インディアンの娘たちが、おしゃべりしながら洗濯をしていました。
 娘たちを見つけたならず者たちは、にこにこ笑いながら、
「親分、若くて可愛い娘ばかりですね。ぶんどっていきましょう」
「よーし、みんな飛びかかれ」
 ならず者は、娘たちのいる方へ近づいて行くと、悲鳴をあげて逃げ回る娘たちを捕えて馬に乗せました。
その悲鳴を聞きつけたのは、店で昼寝をしていた床屋さんでした。
 川へ行ってみると、むかしじぶんの店をつぶしてお金を奪って行ったならず者たちでした。
「ちくしょう。こんどは娘たちに手を出すつもりだな」
 床屋さんは、店に戻ると、ライフル銃をもってきました。
バーン、バーン、銃声がこだまして、ならず者たちは、ばたばたと馬から落ちました。
「どうか、みのがしてくれ」
 親分と子分の何人かはかすり傷をおっただけですみました。
床屋さんはならず者に、二度とここへはやって来るなという条件で助けてやりました。
 夕方になって、インディアンの男たちが狩りからもどってきました。
娘たちから、今日の出来事を聞いて、インディアンの男たちはみんなとても喜びました。
 酋長も満足して、自分の娘を嫁にやろうといってくれました。ひとり者だった床屋さんは大喜びでした。そしてこのインディアン部落でいつまでも楽しく暮らしましたとさ。


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(つるが児童文学会「がるつ第37号」所収)

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