2016年02月10日

冬の日の電信柱

 ビュービューと冷たい北風が吹いてきて、電信柱は困ったようすで独り言をいいました。
「ああ、今年の冬も、ずいぶん寒いな。電線たちもビーン、ビーンと寒そうに唸っている」
空は、灰色の雲に覆われて、雪も降ってきました。
「今夜もこれじゃ、明日はまた風邪をひいちまうな」
 そのとき、どこからかチャルメラの音が聞こえてきました。
「ああ、ラーメン屋だ。ありがたい、どうかおれのそばで営業してくれないかな」
 去年の冬も、ラーメン屋がこの場所で屋台を出したのです。営業してくれると都合がいいのです。ラーメンのほんわかしたいい匂いと湯気が、電信柱を暖かく包んでくれるからです。それはまるでサウナにでも入っている気分でした。
 思っていると、ラーメン屋がそばで営業をはじめました。白髪頭のおじいさんで、暖かそうなジャンバーを着て、お湯を沸かしはじめました。その湯気が上の方まで登ってきます。
「ああ、暖かい」
電信柱が気持ちよさそうにしていると、駅の方から人が歩いてきました。
「ラーメンひとつたのむよ」
「へい、お待ちください」
 白髪頭のおじさんは、さっそく作り始めました。
鶏ガラのなんともいえないスープのいい匂いが屋台の周りにも広がります。電信柱もその匂いをかいて大満足です。
 そのあとからも、会社帰りの人や、飲み屋帰りの人がこの屋台に立ち寄りました。
夜も遅くなって、おじさんは屋台を閉めると、家へ帰って行きました。電信柱は、また寒い時間を過ごさなければならないのです。
 電信柱が寒そうにしていると、いつものカラスが電線の上にとまりました。
「おじさん、帰ったのかい」
「ああ、帰ってしまった。明日もまたここで営業してくれたらいいけど」
「また来るさ。いいもの持って来たんだ」
「なんだい、いいものって」
「ゴミ箱でみつけたんだ」
「ほう、使い捨てカイロか」
「少しだけど、これを体に巻きつければ少しは暖まるよ」
「ありがとう」
電信柱は、ぺたぺたと使い捨てカイロを体に貼り付けました。
「ああ、なんだか暖かくなってきたような気がする」
「しばらくはそれで寒さをしのげるよ」
カラスは、ときどき気を利かして暖のとれるものを持ってきてくれるのです。あるときは、毛糸のマフラーを持ってきてくれたこともありました。それを首に巻いて眠ったこともあったのです。
 ある夜のこと、ひどい大雪が降って、翌朝は雪がずいぶん積もりました。歩行者が雪で転んだりしました。
夜になってからラーメン屋のおじいさんもやって来たのですが、屋台を引っ張っていたとき滑って足を骨折してしまいました。おじさんは商売が出来ずに、その後ラーメン屋はまったく来なくなりました。
 あるとき、電信柱は、ふと町の方を眺めてみました。
「ああ、町の電信柱がうらやましいな。あそこは電灯がいくつも付いているから夜も明るいし、電灯の熱で暖かいんだ」
 電信柱がいうように、この通りは電灯も少なくてずいぶん寒いのでした。
「一番いいのは、銭湯のそばに立っている電信柱だ。銭湯の湯気がときどき窓から流れてくるし、煙突の熱が周りにいつも広がって暖かい。おれもあそこに立っていたかったなあ」
 ある日のこと、この場所が薄暗くて歩行者が歩きにくいということで、電灯が何個か付けられました。
「やったあ、これで少しは暖がとれるな」
電灯の熱で、ほかほかと暖かく電信柱はニコニコ顔です。
 また電灯が付いたせいで、ときどきおでん屋がやってくることもありました。
おでんのいい匂いと、熱燗の匂いが上の方まで漂ってきます。
「ああ、毎年、こうして来てくれたら、冬はいつも暖かく過ごせるな」
ところが、ある年になって困ったことがおきました。
この通りの向かい側に、コンビニが出来たのです。お客さんはみんなコンビニでおでんを買うので、いままで営業に来ていたおでん屋が来なくなってしまったのです。
 電信柱は、また寒い冬を過ごさなければならなくなりました。



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(未発表童話です)

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2016年02月03日

エリーゼのために書いた曲

 その日は、霧が深く立ち込めた、冷え冷えとした肌寒い秋の夜だった。
ウイーンの町を流れるドナウ川のほとりに、にぎやかな居酒屋があった。そのお店からは、お客たちの笑い声が、この桟橋にまで聞こえてくる。
 しばらくすると、店からひとりの男が、すっかり酔っ払って出てきた。男は、この店の常連客であったが
ずいぶん気難しい性格だった。男の職業は作曲家だった。
「ああ、仕事ははかどらないし、耳は悪くなるいっぽうだし、おれの人生とはいったい何なのだろう」
ぼさぼさの髪の毛を掻き分けながら、男は、自分の下宿へと帰りはじめた。
 ところが、桟橋を渡りはじめたとき、気分が悪くなってゲボゲボと路面に吐き出した。
「ああ、毎晩こんな調子じゃ、おれの寿命もそう長くはないな」
 男が、そんな独り言を呟いたとき、霧の向こうに、ひとりの年若い女性が、橋の欄干に寄りかかって、寂しげに立ちすくんでいる姿を見かけたのである。
「こんなに夜更けに、女性がひとりで何をしているんだろう」
 男は、不思議に思いながらも、その女性の方へ近づいていった。
「失礼ですが、何か悩み事でもあるのですか」
 その声に、女性は、一瞬おびえたような表情をしたが、しばらくすると、落ち着いた様子で話はじめた。
「あの、わたし、ある男性に会う為にこの町へやってきたんです。でも、その男性は今、無実の罪で牢獄の中で暮しているのです」
 男は、話を聞いて気の毒に思った。
「そうでしたか。それで、その人の刑期は何年なんですか」
「四年と六か月です」
「長いですね。でも、気を落としてはいけませんよ。きっと真犯人は見つかりますから」
「ええ、わたしもそれを信じています。一日でも早くあの人が、鉄格子の中から出てくることを。そして、以前のような楽しい毎日がやって来ることを願っているのです」
 女性は、そういってから、手提げカバンの中から、何通かの手紙を取り出して男に見せた。
「この手紙は、あの人から受け取ったものです。手紙には、あのときの事件のことが詳細に書かれてあるんです。ご存知でしょう。ストラディバリの偽物を製造、販売して、捕まった事件を」
「ああ、あの事件ですか。ずいぶん評判になりましたね。新聞で読みました。その事件の犯人と間違えられたんですか。ひどいですねえ」
「ほんとうですわ。まったくの冤罪なんですから」
男は、女性の腹立たしげな様子を見ていたが、しばらくしてその女性は話題を変えていった。
「でも、終わったことだから、仕方がありません。いまは、早くあの人が出てくることだけを楽しみにしているのです。あの人ピアノを弾くんですよ。あまりうまくないけど。音楽は大好きなんです。だから、刑期を終えたらすぐに音楽会へ行きたい、そして、音楽会が終わったら、二人してカフェで、暖かいウインナ・コーヒーが飲みたい。そんなことを思っているんです」
 女性の話を聞きながら、男は、自分自身も嬉しい気持ちになってきた。
「そうでしたか。そんなに音楽が好きな人なんですか」
 しばらくして、男は、こんなことを女性にいった。
「わたしは、いまは売れてない作曲家ですが、あなたとその男性のために、素敵なピアノ曲を書いてあげましょう。そして男性が刑期を終えて出てきたら、わたしの音楽会へぜひいらっしゃい。ピアノ曲のタイトルは、あなたの名前を付けてあげましょう。わたしはベートーベンというものです」
 女性は、それを聞いて、いままでの暗い表情が急に明るくなった。
「ほんとうですか。ありがとうございます。あの人も、きっと大喜びするでしょう。わたしの名前は、ルイーゼと申します」
 その夜、その女性と別れた後、男は、翌日、さっそくピアノ曲の作曲に取り掛かった。けれども、昨夜のみ過ぎたせいもあって、なかなか筆が進まなかった。
 しかし、一週間後、努力のかいあって、すばらしい作品が出来上がった。曲自体は、三分ほどの短いものだったが、骨太の彼の作品としては、ずいぶん繊細な曲になった。
 男は、その曲に満足しながら、ウオッカを一杯ひっかけると、出来上がった楽譜の最初のページに、曲のタイトルを書き入れようとした。ところが、男は急に困った顔をした。昨夜の女性の名前が思い出せないのだった。
「弱ったな。昨夜は、ずいぶん酔っていたからなあ」
 男は、ぼさぼさの髪の毛を何度も掻きながら、思い出そうと懸命だった。
「エリーゼだったかな、いや、テレーゼではなかったろうか、いやや、ルイーゼだったような気もする」
 悩みつづけた挙句、男は、楽譜に「エリーゼのために」と、間違った名前を書き入れてしまったのである。その楽譜は、四年と六か月の間、机の引き出しの中に入れられたままとなった。
 さて、年月が過ぎて、男も、世間で知られるような作曲家になっていた。ある日、この町で約束の演奏会が開かれた。勿論、あの女性のために書いた「エリーゼのために」もプログラムに載せていた。
 男は、演奏をはじめる前に、何度も観客席を眺めたが、それらしい人物は見つからなかった。けれども男は、この会場に二人が必ず来ていることを信じて、ピアノを弾き始めたのである。彼が最初に弾いたのは、勿論「エリーゼのために」であった。
 後年、ベートーベン研究家たちが、この曲の創作動機と、その女性との関係をいろいろ調べたが、最後まで真相が分からずじまいになったのは、こういう理由からであった。
 けれども、男はその日の演奏会では、あの夜の事を懐かしそうに思い出しながら、心を込めてピアノを弾いたのである。


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(文芸同人誌「青い花第20集」所収)

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2016年01月27日

かりゅうどと白鳥

 ふかい森のはずれに、澄んだうつくしいみずうみがありました。
冬のきせつになると、とおい北の国から、たくさんの白鳥たちが、このみずうみにやってきました。
 ある日、ひとりのかりゅうどが、猟をおえて、このみずうみのほとりをとおりかかったとき、足をひきずっている、一羽の白鳥を見つけました。
「きっと空からまいおりたとき、足をくじいたんだな」
かりゅうどは、みずうみの中へはいっていくと、白鳥をとらえて、手当てをしてやりました。
白鳥は、手当てをうけると、空へまいあがり、どこかへとんでいきました。
 ゆきが降ったある朝、かりゅうどは、いつものように森のなかへ、猟にでかけていきました。
ゆきがつもった森の道を、しばらく歩いていくと、のうさぎが一匹、ゆきの中にはえている草をたべていました。
 かりゅうどは、木のうしろに身をかくすと、のうさぎにねらいをさだめてひきがねをひきました。
(ズドーン!)
 ところが、たまはよこにそれて、のうさぎは森の奥へにげていきました。かりゅどは、にげたのうさぎをおって、森の奥へ歩いていきました。でも、なかなかのうさぎを見つけることはできませんでした。
 気がつくと、かりゅどは、ずいぶん森の奥までやってきていました。
「しかたがない、ここらで、引き返すとするか」
そうつぶやいたとき、空から、ちらちらとゆきがふってきました。
しばらくすると、ゆきはだんだんと、はげしくなってきました。
 かりゅうどは、じぶんがつけてきた、足あとをたよりに引き返えしていきました。ところが、ゆきがあまりにひどいので、すっかり足あとは消えていました。
「よわったな、どちらへいけばいいのか、わからなくなってしまった」
やがて、ゆきは、ますますひどくなり、1メートルさきも見えなくなりました。
 かりゅうどは、すっかり道にまよってしまったのです。
「しかたがない。ゆきがやむまで、あの木のしたで休むことにしよう」
 かりゅうどは、木のしたにすわりこむと、ひたすら、ゆきがやんでくれるのを待っていました。
身をきるような寒さに、かりゅうどは、じっとたえていましたが、ゆきはいっこうに、やむけはいはありません。
もしも、あすの朝まで、ゆきがふりつづいたら、かりゅうどは、ゆきにうもれて死んでしまいます。
「きっと、この森で、たくさんのけものの命をうばった、ばちがあったのかもしれない」
かりゅうどは、そんなことを思いながら、ただじっとすわりこんでいました。
 やがて、寒さのために、いしきがもうろうとしてきて、目がかすんできました。
するとそのとき、ふりしきるゆきのなかに、白いきものを身につけた、うつくしいおんなの人のすがたが見えました。かりゅうどは、夢ではないかと、なんどもじぶんの目をこすってみました。
しばらくすると、そのおんなの人は、ゆっくりと、かりゅうどのほうへちかよってきました。
「わたしのあとから、ついてきなさい」
かりゅうどは、そのおんなの人のいうままに、あとからついていきました。
しばらく歩いていたときです。ふと、おんなの人の右足に、ほうたいのようなものが、まきつけてあるのに気がつきました。
(もしかして、このおんなの人は)
けれど、それいじょうのことをかんがえている余裕など、そのときのかりゅうどにはありませんでした。
 やがて、森のむこうが、すこしずつ明るくなってきました。そして、ゆきも、さっきよりもよわまってきたようにおもいました。
そのとき、目のまえに、ぼんやりとみずうみが見えました。
「たすかった、いつもとおっている、みずうみだ」
かりゅうどは、うれしそうに、みずうみのほうへかけていきました。
ところが、さっきまで、道あんないをしてくれた、あのおんなの人のすがたが、どこにもありませんでした。
 かりゅうどが、ふしぎそうにぼんやりとかんがえていたとき、むこうのみずうみのほとりから、一羽の白鳥が、灰色の空にむかって、すーっととび立つすがたを見つけました。
 白鳥は、かりゅうどのほうを、一度ふりかえると、北の空にむかってゆっくりととんでいきました。



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(自費出版童話集「白馬の騎士とフリーデリケ」所収)

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2016年01月20日

アコーディオン物語

 私はもう三十年も前に作られたアコーディオンです。当時の値段で十万円でした。仲間のアコーディオンたちと同じ工場で作られたのです。みんな今頃どんな所で使われているのか、久しぶりに会ってみたいなあとときどき思うことがあります。
 私は仲間のアコーディオンたちと別れてから、ある町の楽器屋さんの陳列棚に置かれました。このお店には、ほかにもピアノやエレクトーン、ドラム、フルート、トランペット、クラリネット、それにギターやマンドリン、ヴァイオリンなども取り扱っていました。
 このお店には2週間くらいいましたが、ある日、一人のお客さんに買われました。その人はサラリーマンで、仕事が休みのときはいつも自分のアパートの中で弾いてくれました。最初の頃はうまく弾けなくて、いらいらしたあげく私の体をバンバンと叩くこともありましたが、日に日に上手くなってからは、そんなことはしなくなりました。
 その人は、昔の歌謡曲やフォークソングなどをよく弾いていました。
 上達してからは、会社の忘年会や新年会に私を連れて行ってくれて、みんなの前で演奏したこともありました。私も美しい音色を響かせたものです。
 ところが、仕事が忙しくなってからは、少しも弾いてくれなくなりました。私はいつも部屋の片隅に置かれるようになりました。
「もう一度、音を出したいなあ」
私はいつも思っていました。
 ある日、アパートに友だちが尋ねて来ました。
「仕事が忙しくて弾かないのだったら、おれに安く譲ってくれないか。家の子供に弾かせたいから」
といいました。
 サラリーマンの人はすぐに承知して、その友人に安い値段で売ってあげました。私はこのアパートを出ることになったのです。
 数日してから、私は新しい家で、その家の子供さんに弾かれるようになりました。
 その子は、大変練習熱心でしたから、毎日弾いてくれました。でも、その子の体には少し大きすぎるのか、蛇腹を開くのにいつも苦労しているようでした。その子の弾く曲は、童謡やアニメソングばかりでしたが、いつも楽しく弾いてくれました。
 そして自分の誕生日には必ず、家族の人の前で弾きました。わたしも大変ご機嫌でした。
 そうやって数年間、私はこの家で暮らしていましたが、その子がピアノ教室へ通うようになってからは、いつもピアノの練習ばかりするようになって、私はまた部屋の隅で暇な毎日を送っていたのです。
 あるとき、お父さんが「取り引き先の会社で楽器をやりたがっている人がいるからこのアコーディオンを譲ってあげよう」といいました。
 その子も賛成したので、私はこの家を出ることになりました。
 次の家の人も、よく私を弾いてくれました。でも、ぜんぜん素人で楽譜も読めないので、最初はずいぶん変な音ばかり出していました。
 仕事が休みの日は、いつも近くの河原へ行って練習していました。でも、何年かしてその人の会社が不景気で倒産してしまうと、その人も失業してしまいました。
 ある日、いつもの河原でアコーディオンを弾いていると、チンドン屋さんがそばを通りかかりました。男の人はチンドン屋さんに雇ってもらことにしました。
 チンドン屋さんの衣装を借りて、一緒にいろんな町を歩くことになりました。冬の日も、夏の日も、あちこちを歩き回りました。
 私は冬の寒さには平気ですが、夏の暑さは苦手なんです。鍵盤の部品には蝋(ろう)が使われているところがあるので、強い日射で溶けてしまうこともあるのです。
 この町では、年に一度全国のチンドン屋さんがあつまって大会をするイベントがありました。たくさんのチンドン屋さんたちの中で、わたしも大きな音を出して歌いました。
「ひょっとして、昔の友だちがいるかもしれない」
 周りを見渡しましたが、あいにく知っているアコーディオンの友だちはいませんでした。でも、外国製の珍しい木製のアコーディオンや、蛇腹がものすごく伸びるバンドネオンを弾いてる人もいて、たくさんの友だちができました。
 一台の木製のアコーディオンは、むかしパリの街に住んでいて、街頭でいつもシャンソンを弾いていたそうです。「パリの空の下」、「アコーディオン弾き」、「パリのお嬢さん」などをいつも弾いていたそうです。
私も話を聞きながら、一度でいいからパリへ行ってみたいなあと思ったりしました。
 賑やかなイベントが終わると、翌日からはいつものようにチンドン屋さんの仕事をしました。毎日楽しく仕事をしていましたが、、あるとき、親方が病気になってからはこのチンドン屋は突然、廃業してしまったのです。
 男の人はまた失業してしまいました。でも、それからすぐに次の仕事を見つけることができました。
 ある日、公園のベンチに座ってアコーディオンを弾いていると、今では珍しい紙芝居のおじいさんが自転車を引いてやってきました。
荷台から、紙芝居の道具を取り出して準備が終わると、拍子木を打ち鳴らしました。公園にいた子供たちが母親に連れられてやってきました。
みんな揃うと、さっそく紙芝居の始まりです。
出し物は今では珍しい、「黄金バット」と「少年タイガー」を観せてくれました。
 おじいさんの流暢なおしゃべりにみんなひきつけられるように聞いています。
 紙芝居が終わると、男の人はおじいさんのそばへ行きました。
「面白かったです。私の伴奏があればもっと稼げますよ」
「そうだなあ。音楽が入っていると、もっと雰囲気がでるな。じゃあ、やってもらおうか」
話がまとまって、次の日から、町々を一緒に歩くことになりました。
男の人がいったように、どの町でもすごい人気でした。
 でも、このおじいさんも、やがて商売が出来なくなって廃業になりました。
 ある日、この町に小さなサーカスがやって来ました。「従業員募集・楽器が弾ける方」の張り紙がテントの柱に付けてありました。
男の人は行ってみました。アコーディオンが弾けるので雇ってもらえました。
 このサーカスは全国のいろんな町へ興行に行きました。フェリーで海峡を渡っているときでした。
海がシケて船酔いに悩まされたことがありました。船室で静かに寝ていたとき、気晴らしに男の人がデッキで、アコーディオンをみんなの前で弾きました。空は青くて、海の眺めもきれいでしたが、私は気分が悪くて、いつものような陽気で明るい音は出ませんでした。
「おかしいな、音が変だぞ、こわれたのかな」
男の人はそんなことをいっていました。
 このサーカスで評判なのは、空中ブランコでした。

  ♪ 空にさえずる 鳥の声
   峯(ミネ)より落つる 滝の音
   大波小波 とうとうと
   響き絶やせぬ 海の音 ♪

「美しき天然」の伴奏で、軽業師がブランコに乗って芸をします。私は音を出しながらその芸をいつも下から眺めていました。でも、よくあんな高い所で芸ができるものだなといつも感心していました。
 このサーカスには5年ほどいましたが、そのうち、サーカスが大きくなって、プロの楽団が入るようになってから、アコーディオンの伴奏はいらなくなりました。
「もう君は必要なくなった」
団長にいわれて、男の人はサーカスを辞めることになりました。
 ある日、男の人が公園のベンチでアコーデオンを弾いていると、知らない人に声をかけられました。
その人は、この町のフォークダンスサークルの会長さんでした。
「上手いもんだ。どうだい私のサークルに入ってくれないかい。これまで伴奏してくれた人が高齢で弾けなくなったから、代わりの人を探していたんだ」
「いいですよ。じゃ、やりましょう」
男の人は、今度はフォークダンスサークルの伴奏者になりました。
 ある日の日曜日、サークルの人たちと一緒に、山の高原へ行くことになりました。その日は、全国のフォークダンスサークルの人が集まるお祭りで、みんなと一緒に自動車で出かけていきました。
山道を登りながら、車のトランクに積まれた私は、あまりゆれるので、また気分が悪くなったりしました。
 やがて、美しい高原が見えてきました。色とりどりの美しい花が咲いていて、ぷんぷんといい匂いがしてきました。
行く手に、たくさんの車が見えました。そしてたくさんの人の姿も見えました。みんなチロルの民族衣装を身に着けて、お祭りがはじまるの待っているのです。
 お祭りの会場に到着すると、会長さんが男の人をみんなに紹介しました。
 そのときでした。どこかから声が聞こえてきました。
「おーい、久しぶりだな。おれだよ」
振り向いてみると、一台のアコーディオンでした。昔同じ工場で作られたアコーディオンでした。
「いやあ、このサークルにいたのか。ひさしぶりだな」
 そういっていると、別の方からも声がしました。
「おーい、覚えているかい。おれだよ」
 そのアコーディオンも昔同じ工場で作られた製品でした。どのフォークダンスサークルのアコーディオン伴奏者も年配者ばかりだったので、当時売られていた同じ製品のアコーディオンをみんな使っていたのです。
久しぶりの再会に、私たちはその日一日、楽しく語り合いました。
 このフォークダンスサークルでは、月に何回か、デイサービス施設や、老人ホームなどへ慰問にいったり、夏は、高原で、バーベキュウー大会をやったりしているのです。
 高原のきれいな空気を吸いながら、フォークダンスを踊るのはとても気持ちがいいものです。
 男の人は、高原のきれいな空気を吸いながら、さらに演奏も上手くなり、友達もたくさんできて、今でもそのサークルでアコーディオンを弾いています。


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(未発表童話です)

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2016年01月13日

そよ風のお話

 机の上に、図書館から借りてきた本が置かれていました。でも、この家の主人はいつになっても読んでくれません。最初のページが開いたままなのです。
それは毎日楽器の練習で忙しいからでした。
季節がまた悪いのです。ちょうど秋の頃で、演奏会がたくさんあって、本なんて読んでいられないからです。
返却日が近づいてきたのにまだ読んでいません。あいかわらず、隣の部屋から音楽が聴こえてきます。
「やっぱりだ。また、無駄な時間を過ごしてしまった」
あきれたように本はいいました。
「こんなことだったら、図書館にいた方が、どんなにかみんなのためになっただろう」
 ある日、開いた窓のカーテンがゆれて、そよ風が入ってきました。
そよ風は、本のページをめくってみました。
「うん面白い。全部読んでみよう」
そよ風は、ぺらぺらとページをめくっていきました。
全部読んでしまうと、そのお話を誰かに話したくなってきました。
 そよ風は、外へ出て行きました。庭を通って近くの原っぱへ行きました。子供たちが遊んでいました。
「面白くてすてきなお話を聞かせてあげましょう」
子供たちは、はじめ退屈そうに聞いていましたが、やがてそのお話に興味を持ちはじめました。
子供たちは聞き終わってから、そよ風にもっとお話が聞きたいといいました。
「図書館へ行けばいろんなお話が読めますよ」
そういってそよ風は、べつの場所へ行きました。
 川のうえを通り過ぎていくと、ある岸辺に、お百姓さんがいました。
「面白くてすてきなお話を聞かせてあげましょう」
「いまいそがしいから、いいよ。家に子供が二人いるから、子供たちに聞かせてあげなよ」
そよ風は、お百姓さんの家に行きました。
 家の中で子供たちがテレビを見ていました。そよ風は、窓から入っていくと、子供たちにいいました。
「テレビよりも、もっと面白いお話を聞かせてあげましょう」
「ええ、どんなお話」
 そよ風は、はなしてあげました。
「面白い、もっと聞きたいな」
「つづきは図書館へ行けば、読めますよ」
「そう、じゃあ、明日いってみよう」
 そよ風は、その家から出て行きました。
 次に行ったのは、町でした。
 町の公園に、おじいさんがベンチに腰掛けていました。
「面白くてすてきなお話を話してあげましょう」
「そりゃ、ありがたい、話してくれ」
 そよ風は、話してあげました。
「ほう、いい話だな。その話を友だちの絵描きさんにも話してあげなさい」
そよ風は、公園の近くに住んでいる絵描きさんの家に行きました。この絵描きさんは、毎日アトリエで絵を描いていました。
 そよ風の話を聞いているうちに霊感が浮かんできました。
「いやあ、いい話だ。絵のアイデアが見つかった。すばらしい絵が描けそうだ。ありがとう」
絵描きさんは、さっそく絵筆を持ちました。
そよ風は、そのあとも、いろんな所へいって、お話を聞かせてあげました。
 ある家に、売れない作曲家が住んでいました。
そよ風は、その作曲家にもお話を聞かせてあげました。
「そのお話のストーリーでミュージカルが書けそうだ。ありがとう、今夜からさっそく仕事をはじめよう」
何年かたってから、この町の劇場で、そのお話をもとにしたミュージカルが見事に上演されたということです。


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(平成28年1月 文芸同人誌「青い花」ホームページに掲載)

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2016年01月06日

湖とマンドリン

 むかし、イタリアのある村に、若いお百姓さんがいました。いつも仕事もしないで、山の湖に出かけてはマンドリンを弾いていました。
 あるとき、湖の中から音楽が聴こえてきたので、そっと水の中を覗いてみると、深い湖の底で、美しい娘が岩の上に腰かけてマンドリンを弾いていました。
「ああ、なんてすてきな響きだ。一度でいいからあの娘といっしょに音楽を奏でたいものだ」
 次の日も、湖のほとりでマンドリンを弾いていると、水の中から音楽が聴こえてきました。今度はその音色は一つではなく、何人かの弾き手によって奏でられていました。
「これは、みごとなものだ。おいらも仲間に入るとしよう」
 お百姓さんはなにを思ったかマンドリンを携えると、さっと水の中に飛び込みました。そして深い湖の底に沈んで行きました。
 日が沈み、やがて夜になりました。
家ではお袋さんが息子の帰りを待っていました。だけどいくら待っても帰って来ないので、心配したお袋さんは、近所の家を回って尋ねてみました。しかし、誰も息子の行方を知りませんでした。
 やがて、ひと月がたったある日のことでした。近所のお百姓さんがあわてて家にやってきました。
「あんたとこの息子さんが、ずぶぬれになって山の湖のほとりで倒れているんだ」
 お袋さんが、おどろいて山の湖へ行ってみると、息子が気を失って倒れていました。ところが家に連れて帰って目をさました息子は、とつぜん変なことをいい出しました。
「マンドリンの弦が切れたので取りに帰ってきた」
 お袋さんは、何の事だか分からずにいましたが、翌朝、息子はまたどこかへ出かけて行きました。お袋さんは、またあちこちへ探しに行きました。でも息子の行方はわかりませんでした。
 それからまたひと月がたったある日のこと、山の湖のほとりで倒れているところを見つけられました。
そして今度はお袋さんに、
「五線紙ノートが足りなくなったので取りに帰ってきた。明日また出かけるから」
といいました。
 お袋さんはこのときとばかりに息子に問いただしてみると、息子はこんなことをいいました。
「おいらは、あの山の湖の底にある王さまの宮殿で暮らしているんだ。それは美しい宮殿で、いつもその宮殿の居間では音楽会が開かれているんだ。ヴァイオリン、ビオラ、チェロの三重奏やピアノの独奏演奏、また美しい声楽のコンサートも開かれてる。おいらも、マンドリン楽団に入団してみんなといっしょに合奏を楽しんでいる。あるとき王さまが、これまで聴いたことがないような美しい新作が聴きたいから誰か曲を書いてくれ。書いてくれた者には金貨を授けよう。それで自分が以前書いた曲を持っていくと、王さまにたいへん褒められた。そんなことが何回もあるうちに、今はその宮殿で作曲の仕事をしている。それに百姓やっているよりも、うーんと報酬がいいから」
と息子はいいました。
そして王さまからもらったご褒美の金貨を十枚お袋さんに渡しました。
 お袋さんは、その金貨を見ておどろきましたが、
「そんな知らないところでこれからもやっていけるのかい。家で百姓やっているほうが気楽じゃないか」
といいましたが、息子は、
「百姓仕事はおいらには合わない。音楽やってる方が楽しんだ」
といって、翌朝にはまた山の湖へ出かけて行きました。


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(つるが児童文学会「がるつ第34号」所収)

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2015年12月30日

どろぼうとピアノ

 留守をしていたピアノの先生の家に、どろぼうが忍び込みました。
「なにか金めのものはないかな」
あちこち探しましたが、部屋の中には音楽の本やレコードや楽譜ばかりで、金めのものなどありません。
「がっかりだ。なにもない家だな」
しかたがないので、ピアノのふたをあけて、鍵盤をたたいてみました。
「いい音がするな」
 どろぼうは、ポロン、ポロンとたたきながら、なんだか楽しい気分になってきました。
「小学生の頃をおもいだすなあ」
 どろぼうは、こどものころハーモニカを吹くのが得意でした。でも大人になってからは一度も吹いたことがありません。いつもお巡りさんにつかまらないように逃げてばかりいたので、家でも音をたてずに静かにくらしていたからです。
 だから、小学生のときに教えてもらったハーモニカも一度も吹いたことがありません。
でも、静かに音もださないでくらす生活がどんなにつまらないものか、どろぼうは身にしみて知っていました。
「いつまでもこんな仕事をしていたら、一生楽しい生活なんておくれないなあ」
どろぼうは、まともな仕事につこうと考えはじめました。
 そのとき部屋のはしら時計が夜の十二時を打ちました。
「まずい、こんなに長くいてしまった」
どろぼうは、なにも捕ることもなく、いそいでこの家から出て行きました。
 あくる日、どろぼうは仕事を探しに出かけました。
「まじめに働いて、貰った給料でハーモニカを買おう」
いろいろ歩き回ってようやく仕事をみつけると、翌日から働くことになりました。
ふだんは寝てくらしていたので、さいしょは仕事中にねむくなったり、怠けたくなったりしましたが、がまんして働きました。
 そして念願の給料日がやってきました。親方から給料をもらうと、さっそくハーモニカを買いに、町の楽器屋さんへ行きました。
「これください。」
そういってずいぶん高そうなハーモニカをえらびました。
そして家に帰ってきてからは、毎日のようにそのハーモニカを吹きました。
「そうだ。ピアノも習いに行こう」
 男は、仕事が終わると、近くのピアノ教室へ通いはじめました。中古のピアノも買って、毎日練習をしました。
昔だったらこんな大きな音で楽器を弾くことなんて考えられなかったのですが、もう今ではそんなことも平気なのです。
「やっぱり、泥棒かぎょうをやめてよかったなあ」
そういって、のびのびした気持ちでピアノを練習しました。
そのかいがあって、数年後には、ピアノの発表会にも出られるようになりました。


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(つるが児童文学会「がるつ第32号」所収)

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(記事の更新は随時行います)

2015年12月23日

びんぼうなサンタクロース

 クリスマスがやってくるというのに、元気のないサンタクロースがいました。
そのサンタクロースはとてもびんぼうだったので、家の中には、がらくたのおもちゃしかありませんでした。
「こんなわたしがサンタクロースだなんて、子どもたちが知ったらなんて思うだろう。いっそのこと、この仕事をやめてしまおうかな」
 そんなさびしいことを考えたりもしましたが、サンタクロースに生まれたからには、なんとか子どもたちがよろこんでくれるようなクリスマスプレゼントを贈りたいと思っていました。
そこで思いついたのが、じぶんで絵本をつくって、だいすきな子どもたちにプレゼントすることでした。
お金もなく、食べることにも困っているサンタクロースでしたが、子どものころから、じぶんで楽しいおはなしを作ったり、絵を描いたりすることがだいすきだったからです。
 翌日から、さっそく絵本づくりをはじめることにしました。
頭の中には、いろいろなおはなしのアイデアがたくさんつまっていました。
「さて、どのおはなしがいいかな。そうだ」
 サンタクロースが、画用紙に描きはじめたのは、むかし、北欧のある国の高原の村へいったときに思いついたおはなしでした。そのころ、サンタクロースのくらしも豊かだったので、トナカイの引くそりの中には、子どもたちにプレゼントするおもちゃやお菓子がたくさん積まれていました。
 雪道を走っていたとき、向こうのモミの木の林のほうから、きれいな鐘の音が聴こえてきました。それは、この村の教会から聴こえてくるハンドベルの音色でした。
静まり返った雪の世界に、その音色はとてもやさしく美しく響いてきます。教会の中では、ロウソクの明かりがゆらゆらとすてきに燃えています。
 すると、ふしぎなことに、そのハンドベルの音は、雪の妖精たちの住んでいる空のうえまで届きました。雪の妖精たちは、みんなその音に耳をかたむけていました。
「なんてすてきな音色だ。地上にもこんなすてきなものがあるんだな。ぼくたちが住んでいる天国と同じだ。今夜は、みんながぶじに家に帰れるように、雪を降らせないでおこう」
 それまで、ちらちらと雪が降っていましたが、いつのまにか雪はやんで、夜空にはきれいな星が輝いていました。
そんな理由でしょうか。この土地では、毎年、クリスマスの夜だけは、雪がすこしも降りませんでした。だから、遠くからやってきた人たちも、みんな安心して家に帰ることができたのです。
 それはサンタクロースにとっても大変都合のいいことでした。雪の降る土地では、ときどき大雪になって、これまでなんどもそりが雪道で立ち往生して、クリスマスプレゼントを届けられない家があったからです。
 サンタクロースは、ほかにもいくつかのおはなしを考えつきましたが、このおはなしがいちばんクリスマスの日にぴったりなので、このおはなしを絵本にすることにしたのです。絵本の構成は、画用紙の下の方に黒マジックで文章を書いて、上の方に水彩絵の具で絵を描くことにしました。
さいわい、子どものころに、サンタの学校で絵のじょうずな先生から絵の描き方を教わったので、それを思い出しながら描きました。
クリスマスまで、あと一週間でしたが、毎日サンタクロースは、部屋にこもって絵本を作っていました。
昼も夜もぶっ通しで作業をして、できた数はわずかに十五冊だけでしたが、これを子どもたちにプレゼントすることにしたのです。
 クリスマスイヴの晩になりました。家の小屋にかわれているトナカイのそりに乗り込むと、
「さあ、しゅっぱつだー!」
元気よくサンタクロースは、雪の原っぱを走り出しました。
トナカイの首につけた銀色のすずの音が、雪の野山に響き渡ります。
 やがて、最初の町へやってきました。
すっかり夜もふけて、どの家も、電灯を消してみんなぐっすりと眠っていました。
いっけん、玄関のそばにクリスマスツリーが立っている家がありました。
「子どもたちのいる家かな」
サンタクロースが、家の庭へ入って窓から中をのぞいてみると、小さな子どもたちが三人なかよく眠っていました。
 へやの中には、絵本がたくさんあって、本好きな子どもたちだなと思いました。
「おじさんの絵本もよんでくれるかな」
そういってそっと窓を開けると、すきまから絵本を差し入れました。
サンタクロースは、トナカイのそりに乗ると、また走り出しました。
 町のかたすみに、壊れかけた家がありました。びんぼうな家だとわかりました。
家の中には、ふたりの子どもたちが、からだをくっつけて眠っていました。この子どもたちの両親は、生活のために夜も働きに行っているのでした。
「世の中不景気だけど、みんながんばって生きているんだな」
サンタクロースは、まずしいのは自分だけではなくて、世の中の人たちもまたびんぼうなんだと思いました。
そう思いながら、絵本を窓辺においておきました。
 やがて、次の町へやってきました。その家は、幼稚園の保母さんの家でした。家の中に、男の子が眠っていました。
「保母さんの家なら、わたしが作った絵本を幼稚園の子どもたちにも読んでくれるだろう」
サンタクロースも子どものとき、サンタの国の幼稚園で、保母さんに絵本を読んでもらったことを思い出しました。サンタクロースは、幼稚園の子どもたちにも読んでもらえるように、何冊か絵本を余分に窓辺においておきました。
そうやって、いろいろ町をまわっているうちに、むこうの空がすこしずつ明るくなってきました。
「もう朝なのか。さて、あと二冊どこへもっていこうかな」
 走りながら、サンタクロースがやってきたのは、広い田畑の広がる土地でした。いまは、雪ですっかり一面真っ白ですが、夏には大きな甘いももが収穫され、、秋にはりんごが畑の木にたくさん実をつけます。これらのおいしいくだものはこの土地の名産品でした。けれどもお百姓さんたちの顔は暗いのでした。
 ある農家にやってきました。
家の窓から中をのぞいてみると、ふたりの子どもが眠っていました。窓辺には、りんごをたくさん入れたバスケットが置いてあり、そばに手紙がいっしょに入っていました。サンタクロースは窓をそっとあけると、その手紙を読んでみました。

サンタクロースのおじさんへー

 ぼくの農家でとれたおいしいりんごです。食べてください。
今年、千年に一度しか起きないような大きなじしんとつなみにあいました。ぼくたちの農家は大丈夫でしたが、おじいちゃんが暮らしている海の家はつなみで流された所がたくさんあります。
ほうしゃのうの影響もぼくの土地ではありません。だけどみんな農産物がなかなか売れないと困っています。なんともないので、あんしんして食べて下さい。りんごたくさんありますから、サンタの国の人たちにも食べてもらってください。
まさひこ
よしのりよりー

 サンタクロースが、その手紙を読んで、とても驚いたのも無理はありません。それはサンタクロースの人生の中でも一番の驚きでした。
「そうだったのか。そんなことだったら、もっと早いうちから作業をはじめて絵本をたくさんもってくればよかったなあ。海辺に住んでいる子どもたちにもプレゼントすることができたのに。でも来年はかならずたくさん作ってもっていこう」
 そういうと、サンタクロースは、お礼の手紙と絵本を二冊置いておくと、かわりにりんごの入ったバスケットを受け取りました。そして、静かにその農家から出て行きました。
 トナカイの引くそりに乗りながら、サンタクロースは仕事を終えてほっとしました。
「どうにか、ぜんぶまわることができた。子どもたちが喜んでくれたらうれしいなあ」
サンタクロースは、まんぞくそうにいうと、向こうの山を越えて自分の家に帰っていきました。
 朝になりました、絵本をプレゼントされた子どもたちは、みんなとても喜びました。だって、サンタクロース手作りのうつくしい絵本をプレゼントされたからです。幼稚園の保母さんの家でも、さっそく子どもたちに読んできかせてあげました。子どもたちはみんな、すっかりおはなしに魅了されて聞いていました。
 絵本の中には、サンタクロースからの手紙が入っていました。
(わたしはびんぼうなサンタクロースです。だいすきな子どもたちに、高価なおもちゃやお菓子をプレゼントすることができませんが、手作りのうつくしい絵本を作ってみました。どうか読んでみてください)
 それから、りんごをくれた農家の子どもたちには、
(たくさんのりんごをありがとう。友達のサンタさんにもわけてあげます。来年も絵本を作ってもっていきます。また海辺で暮らす子どもたちにも届けますので待っていてください。では来年のクリスマスまでさようなら)
 サンタクロースの手紙にはそんなことが書かれていました。


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(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)

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2015年12月16日

のんだくれの夢

  ある家に毎日酒ばかり飲んでいる男がいました。奥さんもとうにあいそをつかして実家へ帰っていました。
「ああ、とうとうひとりになれた。ありがたい。これからはだれからももんくをいわれずに酒が飲めるぞ」
 ある晩、酒がなくなったので、酒屋へ買いに行くとき、路地裏でひとりのアラビア人に呼びとめられました。
「どうですか。このランプ買いませんか。たったの千円です。三回こするとどんな夢でもかないますよ」
「ほんとうかい。じゃ、買うよ」
 男は、家へもってかえると、さっそくランプを三回こすってみました。すると、ランプの中から白いけむりがでてくると、大男が現れました。どうじに、見たこともない景色が目の前に現れました。
「ご主人さま。ここはアラビアの国でございます」
「へえ、おどろいた。おまえさんは召し使いなのかい。じゃ、酒が飲めるところへ連れていってくれよ」
すると、白いけむりがでてくると、また景色が変わりました。そこはこの国一番の大きな宮殿の中でした。
 男がおどろいていると、両側の部屋から、顔に白いベールをつけた三人のすごい美人の女たちが食事をもってきました。もちろん、お酒もついていました。
「いやあ、ありがたい。まるで王さまになった気分だ」
 料理をたいらげながら、お酒もがぶがぶ飲みました。
「これがサフラン酒ってやつか。まえから飲んでみたかったんだ」
 すっかり満足した男は、お風呂に入りたくなってきました。
すると、目の前に、ライオンの口からお湯が出ている大きなお風呂の中につかっていました。 
「いやあ、気持ちいい。疲れがとれるよ」
 そういって笑っていると、さっきの美人の女たちがパインジュースを持ってきてくれました。
「いやあ。気が利くな。家のかみさんとは大違いだ」
男は、ついでにヒゲも剃ってもらい、肩ももんでもらいました。 
 お風呂からあがると、夜空の星がキラキラと輝く大きな窓のある寝室で寝ることにしました。
しばらくしたとき、町のほうから、
ドーン、パチ、ドーン、パチと、花火が打ち上げられました。
「なんだ今日はお祭りか。寝ていたらもったいないな」
 男はお祭りへでかけていきました。
 ところが、町へ行ってみるとそれはお祭りではありませんでした。花火だと思っていたのは大砲の音だったのです。
なんでもこの国で革命が起きたというので、王さまや貴族やお金持ちはみんな捕らえられるというのです。
 広場へ行くと、たくさんの市民たちが、こちらのほうへむかって走ってきました。王さまの服を着ていた男は、すぐに捕まってしまいました。
「やめろ、おれは王さまじゃないんだ。今日、日本からやってきた一般庶民だ。誤解しないでくれ」
 けれども、男はすぐに牢屋に放り込まれてしまいました。
市民たちの話によると、この国の極刑は斬首の刑だということです。男は震え上がりました。
 翌日、簡単な裁判が行われました。
裁判は最初から検察側の有利なほうへ進んでいきましたが、判決の決め手になったのは、検察側の三人の証人の供述でした。
その三人は、宮殿でご馳走をしてくれたあの美人の女たちでした。その証言によって、まぎれもなく男は王さまだと判定されてしまいました。
「被告人を死刑にします」
 翌朝、男は処刑場に向かいました。まわりにはたくさんの市民たちが見物にきていました。
しばらくすると、とてつもなくでっかい男がサーベルを持って近づいてきました。
「たすけてくれ。おれは日本からやってきたただの庶民だ。殺される覚えなんかない」
 しかし、男は布切れをかぶせられてひざまずかされました。
「きっとこれは夢だ。おれは悪い夢をみているんだ」
その瞬間、サーベルが高く持ち上げられました。そして振り下ろされる寸前、空から魔法のじゅうたんがいきおいよく飛んできました。
「ご主人さま、これにお乗りください」
 じゅうたんには大男が乗っていました。
間一髪、男はじゅうたんに飛び移ると空のうえに舞い上がりました。
「遅かったじゃないか。もうすこしで首をはねられるとこだったよ」
「もうしわけありません。朝ごはん食べてたところでしたから」
「で、こんどはどこへ連れて行ってくれるんだ」
「へい、いいところがありますよ。ドイツのビアホールです。黒ビールをがぶがぶ飲みながら本場ドイツのおいしいソーセージを食べに行きましょう」
「ああ、それはありがたい。緊張の連続ですっかりのどが渇いてたところだよ。はやく行こう」
 ご主人さまをつれて魔法のじゅうたんは、今度はドイツの国めざして飛んでいきました。


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(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)

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2015年12月02日

海がめの里帰り

 年とった海がめが、ある日じぶんが生まれた砂浜へ帰りたいと思いました。
「わしも、ずいぶん年とっていつお迎えがくるかわからないから、死ぬまえに、生まれたところへ帰ってみよう」
 だけど、ずいぶん長い年月がたっているので、じぶんの故郷がどこにあるのか見当がつきません。友達の魚たちにたずねたり、海鳥にきいたりしながら、海を泳いでいきました。
 何日も何日も、砂浜をさがしながら泳いでいると、顔つきのよく似た、一匹の年とった海がめにであいました。
「しつれいですが、わたしのきょうだいじゃないですか」
「ああ、そうかもしれない。よく似てるからなあ」
はなしをしながら、いっしょに生まれた砂浜へいくことにしました。
 何日も泳いでいくと、むこうに砂浜がみえてきました。
「この景色は、むかし見たことがある」
「そうだね、おぼえているよ」
いいながら、二匹の海がめは、砂浜にむかって泳いでいきました。
 浜へつくと、むこうの丘のうえに、やどかりのじいさんがやっている浜茶屋がありました。
「あの店で、お茶でも飲んでいこうか」
「ああ、長旅でのどがかわいたところだよ」
 二匹の海がめがお茶を飲んでいると、やどかりのじいさんがそばへきていいました。
「今日はどうしたわけか、よく似た海がめさんたちがたくさんやってくるな。さっきも、六匹の海がめさんがやってきたよ。けさは、四匹の海がめさんがやってきたというのに」
 やどかりのじいさんのはなしによると、その海がめたちは、いずれもおじいさんとおばあさんばかりで、みんなじぶんたちとよく似た顔をしていたそうです。
「その方たちは、どこへいきました」
「ああ、なんでもお袋さんの墓参りに来たっていってたな。むこうの丘をふたつ超えたところだよ」
やどかりのじいさんに教えてもらって、さっそく、あるいていきました。
 丘をふたつ超えたところに、たくさんの海がめたちがあつまって、お墓にお花をおそなえして、手をあわせていました。
「きっと、わたしたちの兄弟たちだ。いっしょに、なかまにはいることにしよう」
そのお墓には、『海がめのお母さんの墓』と刻まれていました。
 みんな、お線香をすませると、カニのじいさんが営業している旅館で、宴会をすることにしました。
二匹の海がめたちも宴会にくわわりました。
 みんなよく似たかめたちでしたので、すぐに打ちとけることができました。
兄弟の多くは、みんなまじめで陽気でしたが、中には甲羅に唐獅子牡丹の入れ墨を入れた目つきの悪い兄弟もいました。
でもみんな気にしないで、わいわいがやがやとお酒を飲んでいました。
「あんたはどこからやって来たんだ」
「おれは、10キロ先の小島の入り江からだ」
「あんたは」
「おれは20キロはなれた沖からだ。天気がいいので散歩がてらにやって来た」
 そんなはなしをしながら、みんななつかしそうに思い出ばなしに花を咲かせていました。
しばらくすると、幹事のかめが、
「なあ、みんな。酒もまわってきたので、ここらで歌でもうたおうか」
といったので、なかにアコーディオンをもってきた海がめがいたので、みんなその伴奏にあわせて歌うことにしました。
 歌のじょうずなかめも、ひどい音痴なかめもいましたが、みんなたのしそうに、その日いちにち、わいわいがやがやと宴会をたのしんでいました。
 そして翌朝、また来年もここに集まろうとやくそくして、みんな別れていきました。


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