2016年04月27日

晩年のナポレオン

 一八十五年、宿敵イギリスに敗れたナポレオンは、祖国フランスから遠く離れた南大西洋に浮かぶ絶海の孤島、セント・ヘレナ島に流されてはや一年が過ぎようとしていた。この灼熱の島で、部下の数人の将軍たちと共に、イギリス兵の監視のもと、木造の小屋で毎日野菜を栽培したり、運動をしたり、夜は回想録の執筆とそれに大好きな読書などをして過ごしていた。
 ある時、将軍のひとりがベランダの椅子に腰掛けて、熱心に本を読んでいる姿を目撃したナポレオンはそばによって尋ねてみると、
「はい、陛下。子供の本を読んでおりました」と将軍は答えた。
 話によると祖国にいる彼の夫人が、今度、子供の本を出版したということで記念に贈ってきたとのことだった。大の本好きであり、遠征中の馬車の中でも時間さえあれば本を読んでいたナポレオンだったので、すぐにその本を借りると、自室に入って読んでみた。多読で有名であったナポレオンだったが、子供向きの本は読んだことがなかった。しかし、読み進めるうちに、意外と面白く興味が湧いてきた。同時に自分でも書いてみたい衝動にかられはじめた。
 翌日ナポレオンは、その事を昨日の将軍に打ち明けると、匿名により自作の原稿を彼の夫人に送り、批評を受けると共に、出来れば自分の書いた物語を祖国で出版して欲しい旨を伝えた。
 若い頃から自信家で、演説のときにはいつも、『余の辞書に不可能という文字はない』と堂々と公言したり、決断する時には、『じっくり考えろ。しかし、行動する時が来たなら、考えるのをやめて進め』と部下に対しても自分に対しても口癖のようにいっていたナポレオンだったので、子供の書物など書けぬわけがないといわんばかりに、翌日から、自室にこもって回想録の執筆と並行して子供の物語を書きはじめた。
 文章は闊達とした折り目正しい美しいフランス語を綴るナポレオンだったが、その意気込みとは反対にどうした訳か思うように筆が進まない。さすがにはじめて書く子どもの話はずいぶんとナポレオンを悩ませた。しかし、数週間後どうにか三十枚ばかりの短篇童話を一編書きあげると、何度も原稿を推敲し、ぶじに完成させることができた。
「やれやれ、ずいぶん骨を折ったがなんとか出来上がった」
 ナポレオンはほっと胸を撫で下ろすと、翌朝、さっそく原稿を将軍に手渡した。
 それから約二ヶ月後、作者宛てに夫人から手紙が届いた。手紙には夫人の批評のほかに、近所の奥さんたちと子供たちの感想も付けてあった。だがその手紙によると、どれも作品に対する反応は芳しくなかった。
 奥さんたちの批評によれば、貴殿の物語は、はなはだ教訓的で、文章も演説口調、説教口調で書かれてあるので、子供たちにはまったく受けないという批評であった。夫人からも、もっと夢のあるお話を期待していると書き加えてあった。
 手紙を読んでひどく失望したナポレオンは、数日間ろくに食事も取れなかった。
「余の物語が子供に受けないとはどういうことだ」
 悩み落ち込んだナポレオンだったが、根っからの負けず嫌いな性格でもあり、いつも困難に立ち向かう時は、『逆境には必ずそれよりも大きな報酬の種が隠されている』ことを思い出し、なんとかこの苦境を乗り切ろうと頑張ることにした。
 翌日から再び指摘されたことを思い出しながら、新しい物語を書きはじめた。だがすぐには直せなかった。子供のお話を書くことがこんなに骨が折れるとはまったく予想外であった。
 ナポレオンは疲れ果ててペンを置くと、部屋を出てベランダの椅子に腰かけた。庭を眺めると、将軍たちが自分たちの部屋に飾るための花の栽培をしている。熱帯地方に育つ、強い香りのする色鮮やかな花々である。鉄条網が張り巡らされた向こう側では、イギリス兵たちがその様子をじっと眺めている。
 ナポレオンは椅子に座りながら、憂鬱そうな様子でぼんやりとそれを見ていたが、やがて、疲労のためかいつの間にかうつらうつらと昼寝をはじめた。しばらくすると、過去の出来事が次々と夢となって現れてきた。それらの夢の多くは、ナポレオンの栄光の時代の思い出だった。
 今から遡る一七九六年、当時の総裁政府の総裁から遠征軍司令官に任命された時、大軍を引き連れてイタリア、エジプトに進撃して勝利を治めた。続く一八〇四年、フランス皇帝に即位した後、祖国フランスを治め、怒涛のようにオランダ、オーストリア、プロイセン(ドイツ)、スペイン、デンマークへ進撃して戦い、一時期イギリス、スウェーデンを除く全ヨーロッパを制圧した。彼にとって夢とは、敵を打ち負かし、世界を制覇することだった。
 その夢を題材にした物語がどうして子供に受けないのか彼には不思議であった。しかし、夢の中に現れたもうひとつの夢が、ナポレオンのそんな疑問を解決することになった。その夢は彼の幼年時代の思い出だった。
 コルシカ島の落ちぶれた貧乏貴族の屋敷に生まれたナポレオンは、幼少の頃から利発な子供だった。ある日、妹のブーリエンヌと一緒に砂浜で遊んでいたとき、突然の夕立にあった。
二人は近くの船小屋へ行って雨を避けた。やがて雨もあがり、二人がまた遊びはじめようとしたとき、砂浜の向こうに七色の美しい虹がかかっているのを見つけたのである。
 そのとき、虹をはじめて見た幼いナポレオンは、その虹をこの手で捕らえたいと思った。そして、その虹を家に持ち帰って、その鮮やかな糸で母親に新しい服をこしらえてもらおうと思った。
それよりも、あの大きな虹を捕まえたら、貧乏貴族の自分たちの暮らしだけでなく、この貧しい島の人々の暮らしをも助けられると思った。
 幼いナポレオンは、丘にかけあがり、虹をつかもうとしたが虹は向こうの丘に姿を移した。それでも幼いナポレオンは虹を追いかけた。しかし虹は、海の向こうに逃げてしまった。幼いナポレオンは、それを見ながらくやしがったが、夕日が沈みはじめたので妹をつれて屋敷へ帰っていった。
 そんな印象深い夢を見て目を覚ましたナポレオンは、これを物語にしようと思った。あのときの虹は捕まえることは出来なかったが、物語の中で虹を捕まえる子供を描こうと思った。
 ナポレオンは部屋に戻ると、すぐに原稿を書きはじめた。すると不思議なことに、筆は進み、あのくだくだしい演説口調、説教口調は影をひそめ、自然にやさしい言葉に変わっていった。
 数週間後、快作の百枚の原稿が完成すると、すぐにナポレオンは将軍の所へ行き、夫人のもとへ送ってもらった。
 それから二カ月後、夫人からの返事が送られてきた。その手紙の批評は、ナポレオンが思っていたよりもうれしいほどに良いものだった。親や子供たちの感想もよく、この作品であれば本国で出版しても国民に十分受けいれられると書いてあった。
 ナポレオンはぜひ出版を希望しますとの返事を書いた。ただし、作者名は必ずペンネームでお願いしたい旨を伝えた。現在囚われの身であり、この作者が本国のもと皇帝だと知られたくなかったからである。
 そのとき以来、ナポレオンは、これまでの権力への野心は少しずつ消えて行った。そして心の安らぎをも感じるようになっていった。
 それからもたびたびナポレオンは、子供の物語を書き、祖国へ送っていたが、六年後の一八二一年の五月、将軍たちに見守られながらこのセント・ヘレナ島でその五十二年の波乱に富んだ生涯を終えたのである。
 ナポレオンの出版した児童書は、「虹を追いかける子供」と題されてその後、フランス国内のたくさんの子供たちに読まれたが、その本はパリ近郊でひっそりと暮らす、最初の妻で、もと皇后だったジョゼフィーヌ・ボアルネの子供たちにも読まれた。
 しかし、その物語を書いた作者が、フランスのもと皇帝で、母親のもと夫だとは子供たちのだれも知らなかった。 

(この作品は架空の物語です)

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(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)









(記事の更新は随時行います)

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2016年04月20日

人魚の子守唄

 その島は、本島からはずいぶん離れた島でした。砂浜は美しく、人々はしあわせに暮らしていました。
島の入り江に一軒の家がありました。その家には、漁師のおじいさんと小さな男の子が暮らしていました。
 ある日、おじいさんが漁から帰ってくると男の子にいいました。
「ぼうや、来てごらん。変わった魚を捕らえてきたよ」
 見ると、網の中に、けがをした幼い人魚の子どもがうずくまってふるえていました。
サメにでもおそわれたのか、からだのあちこちにはたくさんすり傷がありました。
「おじいちゃん、かわいそうだから家で介抱してあげようよ」
 何日かすると、人魚はすっかり元気になり、いつも男の子といっしょに遊びました。
 ある日、おじいさんが漁から帰ってくると、テーブルのうえに、たくさんの貝や魚が置いてありました。男の子にたずねてみると、人魚が海へ取りにいったことをはなしました。
 おじいさんは、それはありがたいことだと喜びました。けれども、おじいさんは、近いうちに人魚を沖へ返しに行こうと思いました。
「人魚はもうすっかり元気になったことだし、自分の家が恋しいだろう。きっと人魚のお母さんも、わが子が帰ってくるのをじっとまっているのにちがいない」
 ある晩、おじいさんは、男の子にそのことをはなしました。男の子はさみしい気持ちになりましたが仕方がないと諦めました。
 翌朝、おじいさんは人魚を船に乗せて沖へと向かいました。人魚はこれからこのおじいさんと男の子と永久に別れることになるとは知るよしもありません。
 やがて、おじいさんは、この人魚を捕らえた場所までやってくると人魚にいいました。
「お前のふるさとはこの海の底だから、気をつけてお帰り。そして、さみしく待っているお母さんの所へもどっていきなさい。もうお前とは会えないが、しあわせに暮らしなさい」
 人魚はそれをきいてとても悲しがりましたが、おじいさんのいうことをきいて、深い海の底へ消えていきました。
 何日かが過ぎました。男の子は、毎日さみしい思いでじっと海を見つめていました。もしかしたら、あの人魚がまたこの浜へもどってくるのではないだろうか。そしてまたいっしょに遊べるのではないか。
 けれども、生まれた海の底へ帰っていった人魚が、ここへもどってくることはなかったのです。
 月日が流れて、男の子はこの島の学校へ通うようになりました。
そして、いつも学校から帰ってくると、浜にきて、きょう習ってきた歌をうたっていました。
 そんなある日のことでした。男の子が浜でうたっていると、海の底から、あの幼い人魚が海面にそっと姿をあらわしたのです。
「あの子が歌っているんだわ。なんてすてきな歌だろう」
 人魚は、耳をすましてじっと聴いていましたが、そのうちに男の子にもう一度会いたいと思いました。けれども、ふと、お母さんのことばを思い出しました。
「お前を助けてくれた人たちは、ほんとうにまれな人なんだよ。大方の人間は大人になると冷酷になるから近づいてはいけない」
 そのことばを思い出すと、男の子のほうへ行くことができないのでした。しかし、人魚は男の子のやさしさを知っていましたから、お母さんのことばを振り切って浜へむかって泳いでいきました。
 海の中から、人魚のすがたを見つけた男の子が喜んだのはいうまでもありません。その日人魚は夕方になるまで、男の子とはなしをしたり、歌を教えてもらったり、たのしい時間を過ごしました。そして、潮が満ちる日には、いつもこの浜で遊ぶ約束をしました。けれども、幼い人魚との楽しい日々はそう長くは続きませんでした。
 ある日のことでした。本島からこの島へ、一隻の大きな貨物船がやってきました。
船が港についたとき、たくさんの船乗りたちが降りてきました。みんな夜になると、島の酒場で毎晩お酒を飲んでいました。そしてよっぱらっては宿へ帰っていきました。
 ある朝、数人の船乗りたちが散歩をしにこの浜へやってきたとき、浜の岩場でひとりで遊んでいる幼い子どもの人魚を見つけたのです。
船乗りたちは、あの人魚を捕らえて本島へ持って帰れば、いい金儲けができると思いました。そして慎重に近づいていくと、人魚を捕らえてしまいました。人魚は泣きながら、船乗りたちに連れて行かれてしまいました。
 しばらくして、男の子が浜へやってくると、悲しげな声が船の方から聞こえてくるので驚いて走っていくと、船に載せられる幼い人魚の姿をみつけました。
 夜になりました。男の子は、船乗りたちが船でお酒を飲んでいる隙をねらって船から人魚を救い出しました。
 そして、すっかり弱りきっている人魚を家へ連れて行きました。
おじいさんは、そんな人魚のすがたを見ると、こころを痛めながら介抱してやりました。そして男の子にいいました。
「お前にもこれでわかっただろう。人魚にとっては海の中が一番安全な場所なのだ。また船乗りたちがやってこないうちに、はやく沖へ返しに行こう」
 おじいさんは、翌朝早く、人魚をつれて海へ返しにいきました。そして男の子にはもう人魚のことは忘れるようにいいました。
 長い年月が過ぎました。
男の子は、りっぱな若者になると、仕事をさがしに島を出ていきました。おじいさんは、若者を見送りながら、本島で仕事をみつけてしあわせに暮らしてほしいと願っていました。
 それから何年かたち、仕事もみつけて、本島でまじめに暮らしていた若者が休暇をもらって島へ帰ってきました。
おじいさんは、久しぶりに若者の元気なすがたを見てたいへん喜びました。
 数日間、ふたりは、いろんなことを語り合いましたが、あしたは島を出て行く日でした。若者は夕焼けを見に、浜へ出てみました。この島で見る夕焼けの美しさは、むかしと少しも変わりません。若者は、ふと、子どもの頃に遊んだ幼い人魚のことを思い出しました。
「あしたはもう本島へ帰らなければいけない。だったら、もういちど子どものときに遊んだあの人魚が暮らす海の沖へ船で出てみよう。もしかしたら、人魚に会えるかもしれない。夜になるまでには時間があるから」
 そういうと、 船をこいで沖へ出てみました。風はなく、静かな波の上をゆっくりとこいでいくと、やがて沖へ出ました。若者は、船の床板に寝転びながら、こころの中でこの深い海のどこかで、あの人魚が元気に暮らしている様子を思い浮かべていました。
 そのうち、気持ちがいいので、うつらうつらと居眠りをはじめました。
やがて、夜空に白い月があらわれて、きらきらと星が美しく輝きはじめた頃、眠りの中で若者はすてきな夢を見ていました。それは、どこからか美しい歌声が聴こえてきて、目を覚ましてみると、むこうのしずかな海の上に、かわいい赤ん坊の人魚を抱いたあのときの幼かった人魚が、りっぱなお母さんの人魚になって、やさしい声で子守唄をうたっている情景でした。
その歌は、若者が子どものときに人魚に教えた歌でした。
 驚いたことはそればかりではありません。あちらの海の方からも、こちらの海の方からも聴き覚えのある歌声がきこえてくるのです。どの歌も、若者があの人魚に教えた歌ばかりでした。
若者は、しばらくそんなふしぎな夢を見ていましたが、やがて目が覚めると、夜も深くなっているのに気づき、浜へ帰ることにしました。
 船をこぎながら、若者はあの幼い人魚がりっぱな母親になっていることを思い浮かべながら、月明かりのしずかな波の上をゆっくりと帰っていきました。
 けれども、さっき若者が見ていたのは夢ではなかったのです。船が浜に近づきはじめた頃、海の底から、子どもの人魚を抱いた母親の人魚が、海の上に姿をあらわしました。そして、悲しげな様子でいつまでも若者がこいでいく船の方を見ていました。
 人魚は、あの若者が船の中で眠っていたとき、じっと船のそばにいて、なんども声をかけようとしたのですが、とうとういうことが出来ませんでした。人魚は船が沖へやって来たときから、すぐにあの若者が幼かった頃いっしょに浜で遊んだ男の子であることを覚えていたのです。
 母親になった人魚は、もう子どものときのように浜へ行ってあの若者と会うことも話すことは出来なくなりました。けれども、自分の子どもが大きくなって、人間のことを尋ねたときは、子どものときの楽しかった思い出を話してあげようと思いました。
  やがて、船は見えなくなりました。人魚の母親もまた海の底へ消えていきました。しずかな夜の海の上には、白い月とたくさんの明るい星がいつまでも美しく波の上に輝いていました。
 翌朝、若者は、おじいさんに見送られてこの島から出て行きました。


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(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)









(記事の更新は随時行います)
       

2016年04月13日

あの花はどこへ行った

 野原に咲いている花が、みんなお日さまが大好きだとだれもが思っていますが、そんなことはないのです。
小川のほとりに咲いているタンポポの花なんか、一日中、お日さまの日差しが強いので、いつも文句をいっていました。
「やれやれ、きょうもこの日差しだ。もう喉がからからで仕方がない。はやくひと雨ほしいところだ」
近くの木陰では、なかまのスミレの花たちが涼しそうに咲いていました。
「あそこはいいな。おれもあんな場所で咲きたかったな」
強い日差しは、そのあともつづき、タンポポの花たちはみんなぐったりしていました。ときどき友達のモンシロチョウやミツバチがやってきて声をかけてくれます。
「みんな元気がないな。こんなに気持ちのいい日なのに」
「そんなこといったって雨が降らないからどうしようもないよ。もう一週間水を飲んでいないんだから」
暑さでぐったりしているタンポポの花たちは、そんな不平をいっていました。
 ある日、小川の向こうから人がやってきて、タンポポの花を何本か摘み取っていきました。
あるとき、目をさましたタンポポの花は、まわりの景色を見渡しておどろきました。
「ここはどこだろう」
そこはエアコンのよくきいた涼しい部屋の中でした。たんぽぽの花は、花瓶の中に入れられて眠っていたのです。茎の下から冷たい水があがってきて、ものすごく気持ちがいいのです。
「まるで天国だ」
タンポポの花はうれしそうに、きょろきょろと部屋の中を眺めてみました。
部屋の壁には、絵がたくさん飾ってあって、絵描きさんの家のようでした。部屋のすみには、イーゼル、絵の具箱、筆、ペインティングオイル、キャンバスなどが置いてありました。
しばらくすると、となりの部屋からピアノの音が聴こえてきました。
この家の人は絵描きでしたが、趣味でピアノも弾くのでした。タンポポの花は、毎日絵を眺めたり、ピアノの音を聴いたりしながらこの家で暮らすことになったのです。
 ある日、仲間のモンシロチョウとミツバチが、ピアノの音を聴きつけて、この家の開いた窓から部屋の中へ入ってきました。
花瓶に入れられたタンポポの花を見つけるとすぐに声をかけました。
「やあ、こんな所にいたのかい。みんな君のことを心配していたよ」
「そう、でもここはまるで天国だよ」
「じゃあ、みんなにそのことを話しておくからね」
モンシロチョウとミツバチはしばらくこの部屋に居ましたが、やがて帰って行きました。そして、その後もときどきこの家にやってくるようになりました。
タンポポの花がいうように、ここは日差しの強い原っぱとくらべて、ほんとうに居心地がいいのでした。
 夕方になると、いつも花瓶に冷たい水を入れてもらえるので、ぐったりすることもありません。
毎日午前中に、この家の人はこの部屋へ入ってきて絵を描きました。花の絵を好んで描きました。いま製作中の絵は、友達の娘さんにプレゼントする絵でした。
 絵を描き終わって午後になると、決まってピアノを弾きました。そのピアノの曲は、いつも楽しい空想をかきたててくれました。
「月の光」という曲を聴いたとき、ほんとうに原っぱで毎晩見ているような、美しい月の情景が心の中に見えてきました。キラキラと明るい月の光が野原や小川の水面にふりそそぎ、本当に幻想的な世界が感じられるのです。
「水の戯れ」という曲を聴いたときも、小川の淵をゆったりと流れている水の様子や、流れの早い場所で岩にぶつかりながら、勢いよく流れている水の様子などもよく描かれていました。
 ある日、そんな情景をこの絵描きさんは、大きなキャンバスで描き始めたのです。はじめに木炭でデッサンをすると、色を塗りつけていきました。それは美しい月夜を描いた絵でした。
 静かな野原には、透きとおった小川が流れ、そのほとりには、タンポポの花やスミレの花などが丹念に描かれました。絵描きさんは、花瓶に入れてあるタンポポの花を見ながら描いていきました。
 製作はひと月くらいかかりました。ようやく絵が完成しました。でも、タンポポの花はしだいにしおれていきました。
「ああ、おれの寿命もこれでおしまいか」
タンポポの花は、やせ細っていきましたが、絵の中には美しい花として描かれているのです。
 ある日、いつものモンシロチョウとミツバチが遊びにやってきました。でも、花瓶にはタンポポの花はいませんでした。
 けれども、部屋のすみに立ててあるイーゼルの上のキャンバスには、月の光を浴びて気持ち良く眠っているタンポポの花が美しく描かれていました。


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(未発表童話です)








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2016年04月06日

ある日のモーツァルト

 幼い頃から神童と呼ばれたモーツァルトにも、ぜんぜん曲が書けない日があった。そんな時の父親のあわてようといったらなかった。
「ウオルフガングや、いったいどうしたというのだ。今日も一曲も書いていないじゃないか。来週のオーストリア皇帝陛下のお誕生日に披露する、バイオリン・ソナタの作曲は間に合うんだろうな」
 父親レオポルトの心配そうな顔を見ながら、ピアノの前で頭をかかえている十二歳のモーツァルトは、寂しげな様子でじっと鍵盤を眺めている。
父親のそばで、さっきから本を読んでいる姉のナンネルも、じっと黙りこんでいる。
 やがて、モーツァルトは、父親の方を見ると、静かな口調で呟いた。
「お父さん、午後から馬車に乗って、ドナウ川のほとりを散歩してきます。美しいウィーンの町並みを、一時間も見れば、自然と楽想が湧いてくると思います。僕は陰気な部屋の中ではどうも作曲がうまく出来ないのです」
 昼食を済ませると、さっそくモーツァルトは馬車に乗って午後の散歩を楽しんだ。軽快な馬の蹄の音を聴きながら、馬車の窓から身を乗り出して、変わりゆくウィーンの町並みを眺めていると、やがて明るい調子のメロディが浮かんできた。
規則正しい、蹄のリズムに合わせて、やがて音楽の神が、この純真無垢で感性豊かな少年に、天国からの素敵な贈り物を届けはじめたのだ。
 少年モーツァルトは、すぐさまそれを五線紙に書き写していった。まるで澄んだ泉の水が絶え間なく湧くように、すらすらと音符が埋まっていった。
 流れるドナウ川のせせらぎの音、町の公園から聞こえてくる子供たちの笑い声、小鳥たちのさえずり、そして風の音。それらの音が、この少年の音楽に色どりを添える。
 やがて、三楽章形式のバイオリン・ソナタは、午後の散歩の時間にすっかりと出来上がってしまった。
幼い頃から馬車にゆられ、いろんな国に演奏旅行へ出かけていったモーツァルトの音楽は、馬の蹄のリズムのように快活で、移り行く馬車の窓から見える美しい風景のように色彩豊かだ。
 家にもどったモーツァルトは、心配そうに待っていた父親に、出来上がったばかりのバイオリン・ソナタの楽譜を渡し、すっかりとみんなを安心させたのだ。


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(自費出版童話集「白馬の騎士とフリーデリケ」所収)

始めよう!新習慣。毎日飲むだけのエチケット対策



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2016年03月30日

吹雪の夜の往診

 どこもかしこも白一色で、おまけにその夜は猛吹雪だった。そんなすさまじい夜に、車を走らす一人の医者がいた。
 吹付ける粉雪をワイパーで跳ね除けながら、ただっぴろい雪の原っぱの道をもくもくと走っていた。
走りながら医者は、何度も自分に呟いた。
(待ってろよ。あと少しで着くのだから)
医者は、眠い目を擦りながら、自分を待っている村はずれの家へ急いでいた。
医者は疲れていた。今日も診療所にはたくさんの患者がやって来た。朝から晩まで患者たちの診察に追われていた。医者は休みたかった。
 ところが、夜遅くなってから、村はずれの家から、往診依頼の電話がかかってきた。
「先生。早く着て下さい。うちの子供が死にそうです。昨夜から熱が下がりません」
そんな深刻な知らせを受けたこの医者は、冬の嵐の夜にもかかわらず、自分を待っている病気の子供の家に向かっているのだった。
 医者は疲れていたが、仕事を投げ出してしまうような人間ではなかった。
(早く病人の所へ行きたい。そして、その子供の命を救いたい)
そんな思いが、彼を奮い立たせているのだった。けれども、診療所からその家までは20キロも離れてる。それに、今夜は猛吹雪。車は何度となく雪にタイヤを取られ、スリップしそうになった。
 突き刺すような雪混じりの風を受けながら、やっと半分ほどの所までやってきたとき、とうとう車は雪に埋まり、先へ進めなくなった。
(ちくしょう。これ以上は車では無理か)
医者は、診察カバンを持つと車から降りた。そして、あとの半分の距離を自分の足で歩くことにしたのだった。
腰まで積もった雪の道を、医者は雪をかきわけながら歩いていったが、吹雪のために前もよく見えないくらいだった。
しばらくすると、手足がちくちくしてきた。それに身体も冷えてきて、時間がたつうちに次第に意識がもうろうとしてきた。
(がんばるんだ。あと数キロの道のりだ)
医者は、自分にいいきかせながら歩いていったが、吹雪はいっこうにおさまらず、いつしか医者は、疲れのために雪の上にばたりと倒れこんでしまった。
しばらくしたときだった。吹雪の音に混じって、不気味な魔物の声が聞こえてきた。
「お前は、いったいこんな所で、何をしてるんだ」
魔物の声に、医者はふと、意識を取りもどすとその声に答えた。
「おれは、病気で苦しんでいる子供の所へ行こうとしてるんだ」
「はっはっはっ、自分の命を犠牲にしてまでもか。お前は、気の毒なやつだな」
魔物はそういうと、すーっとどこかへ消えてしまった。
 ところが、医者が寒さのために、目を閉じかけた時、また現れて声をかけてきた。
「ずいぶん疲れているみたいじゃないか。そんな身体では、とても人の命なんて救えないぜ。さっさと、自分の家に戻ることだな。それがりこうな人間のやることだ」
 医者はそれを聞くと、一瞬魔物のいうことに耳を傾けようとしたが、
「いいや、おれは人の命を救うことが仕事なんだ。それが、医者としてのおれの使命なのだから」
医者はいいながら、立ち上がろうとしたが、また、ばたりと倒れこんでしまった。
「馬鹿なやつだな。そんな弱った身体で、病人を診ることが出来るのか。それよりも、俺と一緒に来ないか。俺と来れば、お前はもうこの寒さと疲労感から、永久に解放されるんだぞ。もう、人のことなんか考えないことだ。それが普通の人間なんだから」
 魔物の声に、医者は薄れゆく意識の中で、ぼんやり聞き入っていたが、ふと、その時、頭の中で、母親に抱かれて病気で苦しんでいる子供の姿が現れた。
「お母さん、ぼく、どうなってしまうの」
子供は、弱々しい、かぼそい声で母親にいった。
「元気を出すのよ、坊や。もうじき、お医者さんが来てくれるからね」
母親の声を聞くと、子供は落ち着いたようすで眠りはじめた。その情景を見た医者の意識は、突然目覚めたのだった。
医者は、疲労しきった自分の身体をゆっくりと起こすと、診察カバンをしっかと握り、前のように歩きはじめた。だが、吹雪はいっこうにおさまる気配はない。ときどき、さっきの魔物の声が医者に話しかけてくる。けれども医者は、気力を振り絞って、雪の道を歩いて行った。
 やがて、目前に、うっすらと、明るい光が見えてきた。それは、医者を待っている村はずれの家の灯りだった。
医者は、死ぬくらい疲れていたが、家の前へ無事に辿り着いたときには、服に付いた雪をふり落とし、力強く家の戸をたたいた。
 すぐに、戸が開いて、母親が嬉しそうな顔で出てきた。医者は母親の顔を見ると、やさしく、そして、しっかりとした口調でいった。
「もう、心配はいらない。私が来たからねー」     


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(自費出版童話集「白馬の騎士とフリーデリケ」所収)


昭和テレビアニメ館コチラ (昭和の懐かしいテレビアニメをご紹介しています)








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2016年03月23日

野良犬と銅像


 前橋市の前橋文学館の正門前に、詩人の萩原朔太郎の銅像が建っています。 和服姿で腕を組み、いつもぼんやり考え込んだような様子で広瀬川の桜の木を眺めています。いつこの像が建ったのか私は知らないのですが、よく散歩がてらにこの像の前を通ることがあります。
 ある晩秋の夕暮れ時、住所不定の野良犬がこの銅像の前を通ったとき、どこからか変な声が聞こえてきました。
「ああ、今夜もよく冷えるなあ、寒くってしょうがない」
 野良犬はきょろきょろとあたりを見渡しましたが人の気配はありません。不思議だなと思ってまた歩きだしたとき、
「こんな夜は、熱燗が飲みたいなあ」
 見上げると、しゃべっていたのは、そばに建っている銅像でした。夏服の和服で、靴下もはいてない下駄ばきで、ずいぶん寒そうです。
野良犬は、お金でも落ちていたら、拾ってきてあげようかなと思いました。
 ある日、繁華街を歩いていたとき、財布が落ちていたので夜になってから銅像のところへ持っていきました。
「どうもありがとう。だけど財布の中には、ちゃり銭しか入ってないな。これじゃ飲み屋に行けないしなあ」
 銅像がかっかりしていると、野良犬が和服の裾をひっぱりました。どこかへ連れて行ってくれるみたいです。あとをついて行くと、広瀬川の向こう岸に、お酒の自動販売機がありました。そこにワンカップ酒が売っていました。
「そうだった。これがあった」
 銅像は、お金を入れてボタンを押しました。
そして栓をぬいて、おいしそうに飲みはじめました。
「ああ、うまい、久しぶりの酒だ」
 こんなことがそれからも何回かあり、銅像は野良犬と一緒に夜の散歩に出かけるようになりました。
昔と比べると、町のどの通りもすっかり変わっていました。すずらん通りのお店も知らない店ばかりで、子供の頃によく行った駄菓子も今はありません。
 あるとき、銅像はふと呟きました。
「久しぶりに、自分の家を見たいなあ」
 銅像が住んでいたのは、千代田町の2丁目です。この文学館から歩いて15分ほどの距離です。歩いていくと、千代田町2丁目のところに交差点があり、信号を渡るとすぐそばに高いビルが建っていました。銅像は首をかしげました。
「変だな。自宅はこのあたりだと思ったが、道を間違えたかな」
 ふと、目の前を見ると小さな石碑が建っていました。
―詩人・萩原朔太郎生家跡―
「ありゃ、家が無くなっている。困ったな」
 銅像ががっかりしていると、野良犬がとなりの看板を見ろと吠えました。そこにはこんな文章が書かれていました。
―詩人・萩原朔太郎の生家の一部(蔵、離れ座敷、書斎)は現在、敷島公園ばら園の中に移設されているー
「そうか。ありがたい。じゃ、敷島公園まで行ってみよう」
銅像と野良犬は歩き出しました。
 この石碑のある通りは、昔も裁判所があって、「裁判所通り」と呼ばれていましたが、現在では「朔太郎通り」と標識が立っています。銅像は標識を見ながら、自分も死んでからずいぶん有名になったものだなあと思いました。
 やがて向こうの方に前橋公園が見えてきました。最近、公園の中は新しく改装されて、ベンチも木製のものからプラスチック製になっていました。
 公園の中へ入っていくと、静かなベンチに腰掛けました、昔、銅像はここに座って、文学雑誌に発表する詩を作ったり、マンドリン倶楽部のための楽譜のアイデアを考えたりしました。
「あの頃はいろんな詩も書いたし、たくさんの楽譜も出来た。この公園のベンチに座って、いろいろとイメージを膨らませたものだ」
 銅像がそんな思い出に耽っていたとき、向こうのベンチのところで若い男が寝込んでいました。乞食かなと思いましたが、身なりは普通なのでそうでもなさそうです。
「世の中はいま不景気だと聞いている。リストラや、非正規労働者の数が増えて、特に若者の就職難が続いているという。わたしも生きていた頃は定職がなく、おまけに詩人という人に理解されない仕事をやっていたので、ずいぶんと肩身の狭い人生を送っていたからなあ」
 銅像は呟きながら、やがてベンチから立ち上がりました。
前橋公園のそばを利根川が流れています。
 銅像は、利根川沿いを歩きたくなってきました。国道6号線の歩道を、野良犬を連れて歩きました。ひんやりとした月明かりの夜で、川は昔と変わらず勢いよく流れていました。
 行く手に橋が見えてきました。昔、よく渡った「大渡橋」とは別の橋でした。
「昔は、こんな橋は無かったのに、新しく架けられたものかな」
 橋を通り抜けると、向こうの方に「大渡橋」が見えました。昔は鉄橋のごつごつとした巨大な橋でしたが、今は、すらりとした近代的な橋になっていました。
 やがて「大渡橋」の下を通り抜けると、利根川の遠方にうっすらと雪をかぶった越後の山々が見えました。右手にはすそのの長い赤城山、左手には榛名山と妙義山が見え、その遠方には浅間山も見えます。
冬の季節は、あの越後の山を越えて、日本海側で雪を降らせた冷たい乾燥した風がこの群馬県の平野に流れ込んできます。この風のことを「からっ風」と呼びますが、今も昔も変わらないこの地方の冬の名物です。
 利根川の向こう岸は、たくさんの家々が並んでいて、昔とずいぶん景色が違うなと銅像は思いました。昭和のはじめの頃は、川向こうは畑と田んぼばかりが広がった寂しい土地でした。それが今では、見違えるくらい変わっているのです。
 やがて向こうの方に敷島公園の松林が見えてきました。この公園は前橋でいちばん大きな公園です。松の木と桜の木がどこまでも続いていました。
「久しぶりだな。さあ、中へ入ってみよう」
 銅像と野良犬は、静かな公園の中へ入って行きました。この公園の北の方角へ歩いて行くと、ばら園があるのです。街灯のほとんどない公園の中は真っ暗です。まるで幽霊でもでそうな気分でした。
 やがて敷島公園の池までやってきました。この場所には街灯がついているので、夜でもずいぶん明るいのです。池にはカモ池があって、カモたちは岸辺でみんな眠っていました。池の船着き場には手漕ぎボートのほかに、ハクチョウの形をした白く塗られたボートなどもありました。
 カモ池を過ぎてさらに歩いて行くと、やがてばら園の門の所へやって来ました。ばらが美しく咲く季節になるとこの場所はまるで別世界になります。鮮やかなばらの花がこの場所一面を覆い、ばらの香りがあちこちに広がります。
 ばら園の中へ入ってしばらく行くと、行く手に、見覚えのある蔵が見えてきました。
「ああ、あれだ。私の家の蔵だ」
 銅像は、野良犬に指差していいました。
その場所までやってくると、小道のところに「萩原朔太郎記念館」と書かれた小さな看板が建っていました。
敷地の中に入ると、右手に、現在は資料室になっている「蔵」があり、中央に「離れ座敷」、そして左手に白壁の4畳半くらいの広さの「書斎」が建っていました。「書斎」の内部は、当時としては珍しい西洋風の作りでした。
「ずいぶん、久しぶりだ。若い頃はこの書斎の中でたくさんの詩を書いたものだ。それにマンドリンもよく弾いたものだ」
 銅像は、懐かしそうに独り言をいいながら、書斎の中を覗いて見ることにしました。ドアを開けると、薄暗い部屋の中には、当時のままの机と椅子が置かれていました。机の上に、原稿用紙と鉛筆が置いてあったので、何か書きたくなってきました。しばらく考えてから、やがて書き始めました。それは詩のようでしたが、野良犬にはぜんぜん分かりませんでした。
 銅像が書き終わって満足げに微笑したとき、窓の外が明るく光りました。びっくりしてカーテンを開けてみると、それは車のライトでした。この記念館の横は国道で交差点があるのです。
「驚いた。雷かと思った」
 銅像は、書斎から出て行きしました。外の冷気でくしゃみが出ました。記念館の敷地の中央に詩碑が建っていました。詩碑には自分の詩が彫ってあります。「帰郷」という詩でした。
 銅像はその詩を読みながら、
「あの頃はずいぶん憂鬱な詩を書いていたなあ」
思いながらやがて銅像は記念館から出て行きました。
 敷島公園を出てから、国道を南の方角に向かって歩いて行きました。
 やがて昭和町の国道の歩道を歩いていたとき、時計塔のある前橋地方気象台が見えてきました。建設されたのは今から100年以上も昔の明治29年で、当時は前橋測候所と呼ばれていました。
 職員の中に自分の詩の愛読者だという人がいて、散歩の途中、ときどきここを尋ねて天気予報を聞いたことがありました。その職員は子供のお話を書くのが趣味で、毎月、児童雑誌に童話を投稿していましたが、一度も採用されずに落ち込んでいたので、専門外でしたが何度か原稿を見てあげたことがありました。
 気象台を通り過ぎてから、昭和町の小道をさらに南の方角へ歩いて行きました。この界隈は迷路のようなのでよく道に迷いました。「猫町」という短篇小説は東京に定住したとき書いた小説ですが、アイデアはこの界隈を歩いていたときに思いつきました。
 ある角を曲がった時です。電信柱のうしろから誰かに声をかけられました。びっくりして振り向くと、警官が立っていました。
「こんな時間に何しているんだい」
 警官は、いまどき和服姿で、それも夏服で歩いている人物に不信を感じて職務質問したのです。
「いえ、ちょっと」
「家はどこなんだい」
「千代田町です」
「何丁目だね」
「2丁目です」
「仕事は何してる」
「いまは無職です」
「こんな時間にどこへ行くのだね」
「いえ、ただ散歩してるだけです」
 警官は、いろいろ尋ねてきましたが、不審者でもなさそうなので許してくれました。
銅像は、また警官にでもあったら大変なので、早く散歩を切り上げようと思いました。
 やがて千代田町の広瀬川の流れている所までやってきました。もうすぐ前橋文学館があります。一軒の画材店の壁に、「朔太郎音楽祭案内」と印刷されたポスターが張られていました。
「いや、驚いた。わたしを記念して作られたマンドリンの音楽祭か。一度、聴きに行きたいな。でも昼間は出かけられないしな」
 銅像はがっかりしましたが、毎年、前橋文学館の前では、秋になるとギターやマンドリンの路上コンサートが開かれるので、いつも楽しく聴いているのです。
 店を通り過ぎて向こうの空を見上げると、うっすらと空は明るくなり始めていました。
銅像は、財布を取り出して、近くの自動販売機でもう一本、お酒を買いました。
「さあ、夜が明けそうだ。今夜は楽しかったな」
 前橋文学館の所へ戻ってきた銅像は、いつもの場所に立ちました。
そしてお酒をちびりちびりと飲みながら、
「明日の晩は、どこへ出かけようかな。南町の前橋刑務所の方へ行ってみようかな。それとも若宮町に建っている「才川町」の詩碑を見に行こうかな、前橋の町にはわたしの詩碑のほかにも、友人の萩原恭次郎君や高橋元吉君の詩碑もあるからそれらも見てみたいな」
 銅像は独り言を呟きながら朝になるのを待っていました。しばらくすると野良犬もどこかへ行ってしまいました。 


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(つるが児童文学会「がるつ第36号」所収)

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(記事の更新は随時行います)

2016年03月16日

お嫁さんさがし

 音楽が好きな若いお百姓さんが、毎日、鳥たちの歌を聴いてくらしていました。
「ああ、なんて、きれいな鳴き声だ。鳥たちみたいに、じょうずに歌をうたってくれる奥さんはいないかな」
 ある日、町へいくと、広場の井戸で洗濯しながら歌をうたっている女の人がいました。
「お願いします。わたしの奥さんになってくれませんか」
女の人は、びっくりして歌をやめました。
「もうしわけありません。わたし既婚者ですから」
「そうですか。それは残念です。あきらめます」
 お百姓さんが次に向かったのは、教会でした。
教会の中では、ミサをやっていて、みんな賛美歌をうたっていました。なかにとりわけ美しい声の女の人がいました。
「すみませんが、わたしの奥さんになってくれませんか」
歌をうたっていた女の人は、もう少しで間違えるところでした。
「しずかにしてください。いま歌ってる最中ですから」
「そうですか。すみません、あきらめます」
 次にお百姓さんが向かったのは、小学校でした。
教室の中では、女の先生が生徒たちに歌を教えていました。
「すみませんが、わたしの奥さんになってくれませんか」
 女の先生は、びっくりして、
「いま、授業中ですから、出て行ってください」
「そうですか。しつれいしました」
 次に、お百姓さんが向かったのは、町の劇場でした。
劇場の中では、オペラをやっていて、舞台のうえで、プリマドンナが、コロラトゥーラを歌っていました。
お百姓さんがすっかり魅了されて、舞台の最前列のところで、
「お願いしまーす。わたしの奥さんになってくれませんかー!」
と大声でいうと、客席から物が飛んできました。
「失礼しました。出ていきますから」
 劇場から出てきたお百姓さんがしょんぼりしていると、向こうの小鳥屋さんから、きれいな歌声が聴こえてきました。
 店の店頭で歌っていたのは、ひとりの農家の娘さんでした。
よくみると、その娘さんは、お百姓さんの家のすぐ近くに住んでいる娘さんでした。
「お願いします。わたしの奥さんになってくれませんか」
すると、娘さんは、
「鳥のように、わたしを大切にしてくださる方ならいいですよ」
 三日後、お百姓さんは、娘さんとめでたく結婚式をあげました。
そして、毎日、奥さんの歌と小鳥たちの歌を聴いて、いつまでもしあわせにくらしました。


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(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)


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(22日に更新しました)








(記事の更新は随時行います)


2016年03月09日

帰ってきたこいのぼり

 子どものこいのぼりが、家の屋根のうえでのんびりと泳いでいました。
「風さん、もっと吹いてくれよ。しなびてしまうから」
「まかせとけー」
すると、ピユーンと突風が吹きました。
「わあい、気持ちいい」
ところが、そのうちかみなりが鳴りだし、もっと強い風が吹きました。
「風さんー、強すぎるよ」
 空はみるまにまっ黒になって、雲の中からたつまきがあらわれました。
「うわあ、たすけてー」
こいのぼりは、竿(さお)からはずれて、空のうえにまいあがりました。ものすごく寒いうえに、まわりではピカピカとかみなりが鳴っています。
 そのとき、かみなり大王の声がしました。
「おまえ、へんな魚だな。食べられるのか」
「ぼくは、布でできてるから食べられないよ」
「なんだ。つまらないやつだな」
そういって大王は、こいのぼりを向こうの雲のうえへ、ぽいっと放り投げてしまいました。
「まったく、きょうのえものはつまらんものばかりだ。きょうは帰るとするか」
しばらくすると、空はきゅうに明るくなって太陽が顔をだしました。
雲のうえに浮かんでいたこいのぼりが、
「どうしよう。地上へ帰れないよう」といってかなしんでいると、向こうの雲のうえに高い塔がそびえたお城を見つけました。
「あっ、お城のてっぺんに竿があるぞ。あれにつかまろう」
雲の中の上昇気流にのって、こいのぼりはふわふわとお城の屋根にむかって泳いでいきました。そして、しっかりと竿につかまりました。
「よかった、これでいつものぼくのすがただ」
 翌朝、お城の王さまがへやの窓を開けるとびっくりしました。
「なんだ、ありゃ、へんな魚だな。どこからやってきたんだろう」
王さまは、こいのぼりを見ながら、
「最近は、おかしなものばかりやってくるな。以前は、風船に乗ったへんなおじさんがやってきて、地上で暮らすのが嫌になったからってもう十年以上もここでいそうろうしている。最近の地上は住みにくくなったのかな。雲のうえのほうが気楽でいいのかな」
やがて、王さまはこいのぼりにはなしかけました。
「おい、あんた。いつまでここにいるつもりなんだ」
「わかりません。ぼくの家がどこにあるのかけんとうがつきませんから」
しかたがないので、しばらくのあいだ、お城の屋根のうえで飼うことにしたのです。
ときどき王さまはこいのぼりのところへやってきて、パンくずをくれることもありました。
 ある日、どこかで見たことのあるおじさんが、窓からこいのぼりを見つけていいました。
「いやあ、ひさしぶりに見るこいのぼりだ。あんた、どこからやってきたんだ」
その人は、むかし世間をさわがしたあの有名な風船おじさんでした。行方不明だといわれていましたが、こんなところで暮らしていたのです。
「そうだったのかい、じゃ、ゆっくり休んでいきなよ。ここの王さまはいい人だから」
そんなわけで、しばらくのあいだこのお城でおじさんといっしょに暮らすことにしたのです。
 ときどきおじさんは、お城の倉庫からヘリウム風船をだしてきて、こいのぼりを連れてのんびりと空の散歩へ連れて行ってくれることがありました。
空を散歩しているといろんなものにであいます。
 あるとき、地上からへんな風船がのぼってきました。それは、上空の風や、気温、気圧、湿度などを測っている気象台のゾンデでした。毎日、高層気象台では、何回かこうしてゾンデを上げているのです。
 ところが、ある日、ゾンデが風船おじさんの風船にひっかかって、おかしなデータが入ってきたので気象台では大さわぎになりました。
さいわい、おじさんがすぐに気づいてゾンデを取り外したので、そのあとは正常なデータが入って来たので気象台の人たちもほっとしました。
 また、ある日のこと、軽井沢の高原の上を飛んでいたとき、浅間山が突然小規模の噴火をはじめました。火口から噴石が飛んできて、風船が何個か破れたことがありました。
 はじめて日本を離れて南の島へ行ったときには、海を泳いでいる二頭のくじらを見つけて、すぐ近くまで降下して眺めていたとき、くじらたちに塩水をぶっかけられたこともありました。
 さらに中国の万里の長城を越えて、広大なチベット高原を見降ろしながら、やがて、中国とネパールの国境沿いにそびえるヒマラヤ山脈の中で一番高いエベレスト山のすぐ近くまで行ったときには、雪山の洞穴から出てきた毛むくじゃらの雪男が、雪で顔を洗ったり、歯磨きをしている姿も見ました。
こいのぼりはそうやって、何日も空のうえで楽しく暮らしていました。
 ある夏の夜のことでした。お城で恒例の花火大会が開かれました。キラキラと星がかがやく夜空に、色とりどりの花火が打ち上げられました。
「わあー、きれいだな」
こいのぼりがうっとりと眺めていたとき、ふと、地上の家のことがぼんやりと浮かんできました。そして人のいる地上の家がこいしくなってきました。
花火を見ながらこいのぼりは、風船おじさんにいいました。
「ぼくは、やっぱり地上へ帰ることにします。お家の人たちが、みんなしんぱいしてますから」
風船おじさんはそれをきいて、
「残念だな。でも、あんたがそういうなら、しかたがないな。あしたおれが送って行ってやるよ」
「ありがとうおじさん。だけど、おじさんは地上へ帰らないの?」
風船おじさんは、それをきくと少しさびしそうな様子で、
「おらあ、死ぬまでここでやっかいになるつもりなんだ。地上での暮らしはすっかり嫌になってしまったからな。それに人にはあまりいいたくないけど、ずいぶん借金も残してきたからなあ。それから信用もさ。だけど、ときどきふるさとがこいしくなって、実家のすぐ近くまで飛んで行ったり、最後に飛び立った琵琶湖湖畔へも何回も行くことがあるんだ。それを空のうえから眺めているだけで十分しあわせなんだ」
風船おじさんは、そう話してくれました。そして、ここへ来てからはじめた趣味のことも教えてくれました。
 風船おじさんは、王さまからもらった天体望遠鏡で毎晩星の観測をするのが日課だということです。
夜になると、部屋の窓から星を眺めながら、将来は自分でロケットを作って、太陽系で一番大きな星の木星へ行きたいと思っているそうです。木星は地球の約318倍もの質量があり、将来はそこに住んで宇宙人相手にインベーダーゲームのお店を開きたいと思っているそうです。
 風船おじさんは、お城の倉庫で、自分で書いた設計図をもとにロケットを作り始めているとのことです。実現すればこんなにすばらしいことはありません。そのときはこいのぼりもいっしょに連れて行ってくれるそうです。
 翌朝になり、こいのぼりは風船おじさんに連れられて、お城からでていきました。
しばらく飛んでいると、向こうの空がきゅうに暗くなってきました。
「どうやら、あらしになりそうだ。しっかりつかまってろよ」
こいのぼりは、風船のへりにしっかりとへばりついていました。
 そのうち、雲の中に入ると、ものすごい突風が吹いてきてまわりの空気が寒くなり、ピカピカとかみなりが鳴りだしました。
そのとき、いつかのかみなり大王の声がきこえてきました。
「なんだ、またえものにもならないやつらが飛び込んできた。こんなところにやってきておもしろいのかな。よおーし、すぐにここからおいだしてやろう」
かみなり大王は、いきおいよく風船にむかって息を吹きかけました。
「うわあー!」
風船がぐらぐらゆれて、地上へむかって急降下をはじめました。
「ダウンバーストだ。しっかりつかまってろよ」
しかし、風船はそうじゅうがきかずに、またたくまに地上へ落ちていきました。こいのぼりは、じっとへばりついていましたが、しばらくすると意識をうしなってしまいました。
 こいのぼりが目をさましたのは、ずいぶん時間がたってからでした。お日さまがかんかんてっている草むらの中でした。
向こうから声がきこえてきました。
「あっー、ぼくんちのこいのぼりだ。こんなところにいたのかー」
その子はこいのぼりの持ち主でした。
こいのぼりは、男の子に連れられて家に帰っていきました。とっくに一年が過ぎていましたが、今日は5月5日の子どもの日でした。
すぐに、家の竿につけられると、以前のように空に浮かびあがりました。
「やっぱり、ここがいちばん居心地がいいな」
こいのぼりがそういっていたとき、向こうの空のうえを、のんびりと飛んでいくヘリウム風船を見つけました。
「あっー、風船おじさんだ。あらしをうまくきりぬけたんだな」
しばらくすると、風船おじさんはこいのぼりに気づいて、手をふってくれました。
こいのぼりも、大きくしっぽをふってこたえました。



こいのぼり.png



(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)


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2016年03月02日

さなぎとくも

 小川のほとりに、みかんの木がたっていました。
みかんの木の葉っぱのうえで、さなぎがすやすやとねむっていました。
 ある日、ねがえりをうったひょうしに、さなぎは枝からしたへ落ちてしまいました。
けれど、けがもなくて目をさましました。
「ぼくは、いったい、どこへ落ちたんだ」
 まわりを見ると、りゆうがわかりました。
さなぎが落ちたところは、クッションがよくきいたくもの巣のうえでした。
けがはしませんでしたが、糸がからだにまきついて、みうごきができません。
「わあ、たいへんだ、早く逃げないとー」
そういったとき、巣のほうから、おなかをすかせたくもがやってきました。
「こりゃあ、おおきなえものだぞ。一しゅうかんぶんの食料になるな」
 くもは、にこにこしながら、さなぎに飛びかかろうとしました。
すると、さなぎが、悲しい声でいいました
「くもさん、どうかぼくを食べないでください。まだ、おとなにもならないで、このまま死んでしまうのはとてもたえられません。どうか、おとなになるまでまってください」
 さなぎが、あまり悲しそうにいうので、くもはそのねがいを聞いてやることにしたのです。
「わかったよ。でも、おとなになったら、かならずここへ来るんだぞ。やくそくだぞ」
そういって、さなぎを殺さずに逃がしてやりました。
 ひと月が過ぎました。
小川のほとりにも梅雨のきせつがやって来ました。
みかんの木のしたの草のなかで、くもがからだをふるわせて雨がやむのをじっとまっていました。
 ある朝、くもが目をさますとおどろきました。
小川の水があふれて、くものいる葉っぱのすぐしたまで、水がきていました。
「わあ、たいへんだ。早く逃げないとー」
くもは、いそいで、葉っぱのうえへよじのぼりました。
けれど、水はどんどんふえていき、くもはとうとう水にのみこまれてしまいました。
流れのはやい、小川の水にもまれながら、くもはだんだんと気力を失いかけていきました。
 そのとき、小川のまんなかに、岩のつきでたところがありました。
くもは、むがむちゅうで、その岩にしがみつきました。
そしてしばらく、岩のうえで、からだをふるわせていました。
けれど、雨はいっこうにやまず、水かさも、あいかわらずふえつづけていました。
くもは、疲れとさむさのために、いつのまにか、うとうとと眠りこんでしまいました。
 長いじかんが、すぎました。
だれかのはなし声で、くもは、ふと目をさましました。
でも、まわりを見わたしても、だれのすがたもありません。
雨はやんでいますが、あいかわらず、川の流れは速く、水がはげしいいきおいで岩にぶつかっていました。
 そのとき、また声が聞こえてきました。
「くもさん、ぼくのからだに、つかまってください」
その声は、空のうえから聞こえてきました。
くもがおどろいて、見上げると、おひさまの光で明るくなりはじめた空のうえで、一羽のアゲハチョウが、げんきよくはばたいていました。
すがたは、だれなのか、わかりませんでしたが、その声はどこかで聞いたことがありました。
「もしかして、おまえは、おれがむかし逃がしてやった、あのさなぎくんかい」
アゲハチョウは、それをきて、げんきよくうなずきました。
「はい、そうですよ。あのときは、どうもありがとうございました。こんどは、ぼくが、あなたをたすけるばんです。でも、ぼくは、これからも長生きしたいと思っていますから、どうか、ぼくを食べないでくださいね」
 くもは、それをきくと、にっこりとうなずきました。
そして、アゲハチョウに、岩のうえから向こうの川岸へつれていってもらいました。


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(自費出版童話集「白馬の騎士とフリーデリケ」所収)


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2016年02月24日

夢見る電車

 その電車は、最近工場の中で生まれたばかりでした。ペンキのにおいがぷんぷんして、今日から大きな町から海の見えるさびしい岬まで走っていくのです。何もかもが初めて見る風景なので、電車はとても喜んでいました。
 この電車には、今日からいつものたくさんの乗客が乗りました。みんな途中にある工場や学校、病院、郵便局、漁協などで働く人たちでした。
 朝が早いので、みんな電車に乗るとこっくりこっくりとすぐに居眠りをしてしまいます。だから、誰も外の景色を見る人はいません。だけど電車だけは、いままで見たことがない風景にとても感激しながら、レールの上を元気よく走っていきました。
 いままで、狭苦しい工場の中で、身動きもできなかったので、はじめて見る海の風景にも満足しながら走りました。
 ある朝、新任の小学校の先生がこの電車に乗りました。今日がはじめての仕事なのです。最初は変わっていく外の風景をめずらしそうに眺めていましたが、みんなが居眠りをしているので、だんだんと自分も眠くなってきました。知らないうちに目を閉じてしまいました。
 電車は、山の中を走っていきました。いつものトンネルを抜けました。
トンネルを抜けると、やがてある村が見えてきました。電車はその村が美しい村なのでいつも汽笛を鳴らして喜びました。眠っている乗客はいつものことなので目も覚ましません。だけど新任の先生だけは、その音で目を覚ましました。
 ねむけ眼で窓の外の景色を見て驚きました。見果たす限りの菜の花畑が丘の向こうまで続いているのです。
「わあ、こんなすてきな村があるんだなあ。いつかこの村に降りてみよう」
先生は、遠くの方までつづく菜の花畑をいつまでも見ていました。
 やがて、電車はまたトンネルを抜けました。
トンネルを抜けると、そこは桜の花が満開になっていました。右を見ても左を見ても、まわり中、どこまでも桜の世界がつづいています。こんなすばらしい景色は都会では見ることができません。先生はいつまでもうっとりと眺めていました。
「この村にも降りてみよう」
 そういっていると、向こうの小高い山の間から、青々とした海が見えてきました。
その海の見える小さな村に先生の働く小学校があるのです。
小さな小学校には二十人ほどの生徒が新しい先生がやって来るのを待っているのでした。
先生は、棚からかばんを下ろすと降りる準備をしました。すると、ほかの乗客たちもみんな目を覚ましました。
 電車は、やがてその村の終着駅に到着しました。乗客たちはみんな降りて行きました。みんな夕方には、またこの駅へ戻ってきて都会へ帰っていきます。
 電車は、駅のホームでひと休みしながら、再び都会へ向かって走り出します。
「この駅からのお客さんは、三人だけか」
すこしがっかりしましたが、また美しい風景を見ながら走ることができるのです。電車は元気よく、いま来たレールの上を走っていきました。
 季節が変わると、まわりの景色も変わっていきました。
暑い夏になると、青々とした山々に緑の木々がまるで燃えているように見えます。海の向こうには大きな入道雲が浮かんで、浜辺には、たくさんの海水浴客の姿がありました。そして、その人たちは、みんなこの電車に乗ってやってくるのでした。夏の季節が一番、この電車が働く時期だったのです。
 やがて夏も終わり、秋も過ぎると、冷たい北風が吹く冬の季節になりました。この土地では、雪は降りませんが、からからに乾いたからっ風が毎日のように吹きました。電車はそれにもがまんして走りました。
 もうすぐ春になるある日のことでした。
都会の駅へ戻ってくると、白い雪をたくさんかぶった一台の電車に出会いました。
「おれは、雪国からやって来たんだ。ここじゃ、もう春なのに、向こうじゃ、まだ雪が降っているんだから寒くってしょうがない」
 電車はそれを聞いて、自分も一度は雪の降る土地を走ってみたいなと思いました。電車はまだ雪を見たことがなかったからです。
「雪が降ってる景色はどんなだろう」
毎日、雪国からやってくる電車たちに話を聞いてみました。
「ぼくも、雪の中を走ってみたいなあ」
電車はいつも仕事が終わったあと、ホームの中で雪国の夢を見ていました。
何年かしてから、その夢がかなう時がやってきました。電車の入れ替えがあり、雪国で走ることになったのです。
 ある日、電車は新しく塗装されて、雪の降る北の国へと運ばれていきました。もうすぐ冬になる時期でした。仲間の電車たちがみんな見送ってくれました。
いまその電車は、雪の降る土地を、毎日元気よく走っているのでした。
 厳しい寒さの土地ですが、生まれてはじめて見る雪はとても幻想的で、好奇心をかきたてられるのでした。
ある真冬の広大な湖のそばを通ったとき、北方からやってきた白鳥たちが、氷の張った湖に舞い降りてきて、みんな羽を休めていました。
 あるときは、一羽の変わり者の白鳥が、電車の停まっている駅のすぐ近くまでやってきたことがありました。そんなときは、いっしょに話しをしたこともありました。
 ある朝、あたたかそうな帽子をかぶり、分厚いオーバーを着込んだひとりの老人が、大きなキャンバスと絵具箱、イーゼルを担いで、この小さな田舎の駅に降りました。
「どこからやって来た人かな」
その老人は、絵描きで一週間ほどこの村の旅館に滞在して、白鳥たちがいる湖の絵を描きにきたのです。毎朝早くこの湖のほとりにやって来ると、雪の積もった原っぱにイーゼルを立て、キャンバスを載せて絵を描いていました。
電車は、毎日、この湖のそばを通るとき、いつもその絵描きが描いている絵を見ました。
その絵には、たくさんの白鳥たちが、氷の張った湖のまわりに集まってみんな楽しそうに羽をやすめている様子が、色鮮やかな絵の具を使って、美しく丹念に描かれていました。
「明日はどこまで描けてるかなあ」
電車は、毎日絵を眺めるのが楽しみでした。
 ある日、絵描きは、出来上がった絵を携えて、町へ行く電車に乗りました。
どこかの町の美術展に描き上げたこの絵を出品するためでした。
白鳥と湖をモチーフにしたこの美しい色彩の絵は、きっとたくさんの人たちに賞賛されるでしょう。
そんなことを思いながら電車は、またいつものようにこの湖のそばを走っていきました。
 やがて、雪もとけて、あたたかな春がやって来ました。湖の氷もとけて白鳥たちの姿も見えなくなりまし た。電車は、また冬がやってくるのを楽しみに待つことにしました。
 ある四月のさわやかな日でした。
電車がこの田舎の駅に停まると、折りたたみ式自転車を携えた二人の若者が電車に乗り込みました。
この若者たちは、自転車で日本一周をしているのでした。座席にすわるとポットをとりだして、「ふー」とため息をつきながら、お茶を飲み、ガイドブックをひろげて行き先を確認していました。
「さすがに日本一周はたいへんだね」
「なあに、のんびり走っていけばだいじょうぶさ。あの山の向こうは海だ。こんどは海沿いを走ってひたすら南へ行こう」
「いい季節だから、こんな風景の土地もきっと見られるね」
二人が見ていたガイドブックの写真には、海の見える菜の花畑がどこまでも広がる土地が写っていました。
 電車は、その風景に見覚えがありました。それは、生まれて初めて走ったあの海の見える美しい土地でした。ここではまだ花は咲き始めたばかりですが、いま頃、あの土地の村々では、一面に桜の花が満開になり、菜の花畑が丘の向こうまで広がっているのでしょう。
 朝の早い始発電車の中では、いまも乗客たちがあいかわらず、みんなこっくりこっくりと居眠りをしているのでしょうか。電車はそれを思い出すと、くすっと笑いました。それからまたあの新任の先生のことも思い出しました。いまごろは学校の仕事にもすっかり慣れて、毎日楽しく子供たちに勉強を教えているのでしょうか。
 電車はそんなことを思い出しながら、いつかはまたあの村へ帰ってみたいなあと思いました。そしてしばらくすると電車は元気よく汽笛を鳴らして、次の駅へ向かって走っていきました。

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(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)

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童話の創作とマンドリンを弾くのが趣味です。前橋市のマンドリンクラブに所属しています。
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