2017年01月16日

まわる男の物語

 その男には不思議な能力がありました。回るものをみてると身体もいっしょに回るのです。朝、顔を洗いに洗面所へ行き、蛇口をひねっただけで身体も回るのです。
目覚めにコーヒーを入れて、スプーンでかき混ぜていると、身体も回るので、身体が壁にぶつかって仕方がありません。
 外に出ると、もっといろんな回るものがあるので大変です。走っている自動車のタイヤ、自転車のタイヤ、遊園地のメリーゴーランド、風力発電用の風車、気象台の風速計など。だからいつも下を見て歩かないといけません。
 でも便利なこともありました。空を飛ぶことが出来るのです。昨日も、雲の上まで散歩に行ってきました。
 男の家の洗濯機は外に置いてあり、シートがかぶせてあります。洗濯するときは蓋をして回さないといけないのですが、空を飛ぶときは、蓋を外してじっと中を覗き込みます。
 しばらくすると、ふんわり身体が浮き上がってきます。手首と足首を内側に曲げると浮力で上まで登って行けます。まるで竹とんぼです。
「そうだ、もっといい方法があるぞ!」
 ある日、玩具店でモーターで動く小型の扇風機を買ってきました。それを両手に持って、じっと観ながら回転して、空の散歩に出かけました。
 風に流されるまま、どこへでも飛んでいきました。鉄塔や電信柱に注意さえしていれば、どこへでも飛んで行けるのです
 あるとき、山のてっぺんに登って、岩の上で缶コーヒーを飲んでいると、後ろから日本の山にはいないと思っていた毛むくじゃらの雪男が立っていました。
「あんた、どこからやってきたんだ」
 一瞬男は身構えましたが、雪男は親切で、洞窟の住み家へ案内してくれました。洞窟の中は意外と暖かく、中で雪男手作りのイノシシの肉やシカ肉、熊肉、山菜などが入った鍋を一緒に食べながら、いろいろ話をしました。
 雪男はどこで見つけてきたのか、携帯ラジオを持っていて、いつも天気予報や世の中のニュースなどを聞いていました。
 昔は、ヒマラヤに住んでいる親戚の雪男たちが、テレビのリポーターや新聞記者たちに追いかけ回される話題があって、自分も用心しないといけないと思っていましたが、最近では、そんなニュースはまったくなく、雪男の存在も忘れられてしまい退屈しているといっていました。
 最近は、アメリカの大統領選挙のことや、韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領のスキャンダルなんかを興味を持って聞いているそうです。ご馳走になったあと、帰りに記念写真を撮ってきました。
 あるときは、冬の季節に分厚いジャンバーを着て山へ出かけたこともありました。
山の湖でイササギ釣りをしている人を見に行ったのですが、帰りにジャンバーがかちかちに凍って、身体が重くなって、氷の壁で一夜泊まったこともありました。
 ほかに何度も空飛ぶ円盤と間違えられて、UFOマニアや新聞記者に追いかけられたこともありました。
 一番、印象に残っているのは、鳴門の渦潮を見に出かけたときのことです。
大鳴門橋(おおなるときょう)までやってきたとき、海がぐるぐると渦を巻いていました。
「これが、鳴門の渦潮か」
 ふと、昔、読んだ、エドガー・アラン・ポーの「メエルシュトレエムに呑まれて」を思い出しました。漁に出かけた漁師が嵐の日に、渦潮に飲み込まれる物語でした。
 渦潮にばかり気を取られて、身体が下の方へ降りて行きました。
「まずいー!」
思った瞬間、もう遅かったのです。海の中に引き込まれて、渦と一緒に身体が回りはじめました。
海の水は冷たいうえに、息もできません。
「ああ、もう、だめだー」
男は、観念しました。次第に意識が遠くなってきました。
 長い時間が経過しました。
ふと、男は意識を取り戻したのです。そこは、奈良時代か、平安時代の貴族の住居のようでした。襖の絵は見事で、屏風も置いてあり、丸窓から庭の様子がよく分かりました。庭の中ではヒラメやカレイがのんびり泳いでいました。男は、美しい刺繍を施した布団の中で眠っていたのです。
 しばらくしてから、巫女のような装いをした若い女性がやって来て、すっかり目覚めた男に、
「こちらへどうぞ」
といって、どこかへ案内してくれました。廊下を歩いて行くと、突き当たりにりっぱな扉があり、扉の向こうから、賑やかな声が聞えてきました。
 巫女に扉を開けてもらうと、中は広い大広間で、たくさんの来客が来ていて、みんな食事をしながらお酒を飲んだり、ルーレットのようなゲームをしたり、中央のステ−ジでは踊り子が芸をしていました。
「もしかして、ここは竜宮城?」
 ドラが鳴り響き、乙姫さまが、家来を従えて入ってきました。
 巫女に連れられて、男は乙姫さまのところへあいさつに行きました。
珍しいTシャツとジーパン姿に、乙姫さまは驚いていましたが、
「時間のゆるすかぎり、どうぞごゆっくりおくつろぎください」
といってくれました。
 男はお腹も減っていたので、テーブルに行って料理を食べることにしました。家では、カップラーメンやカップ焼きそばしか食べてなかったので、たいやヒラメ、まぐろのお刺身、エビ、さざえ、あわび、うにの味噌和え、ワカメのお味噌汁、海がめの卵で作った茶碗蒸しなど美味しい物ばかりでした。お酒は、沖縄の泡盛に似たおいしいお酒でした。
 お腹が脹れたので、こんどはルーレットを観に行きました。
みんな大金を手にして、ゲームに夢中でした。クルクルと回るルーレット台を観ているうちに、男の身体が回りはじめました。まわりの来客は驚いてそばから離れました。
 男の身体は浮き上がり、竜宮城の天井を突き破って、海面に向かって勢いよく回って行きました。
 海の上に顔を出してみると、そばにボートが浮かんでいて、麦わら帽子を被ったおじいさんが釣りをしていました。
「あんたは、どこからやって来たんじゃ」
「竜宮城からです」
 いくら話してもおじいさんはぜんぜん信じてくれませんでしたが、なんとかに助けられて、ようやく無事に帰宅することができました。
 その後も、男はまったく懲りずに、あちこちへ出かけて行きました。
 空を見上げると、こんな男が飛んでいるかもしれません。


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(未発表童話です)





2017年01月06日

幽霊ホテル

 山の麓に、古びたホテルがありました。
 ある日、ひとりの会社員が、そのホテルに泊まりました。
「都会と違って、なんて静かなところだろう」
 会社員はお風呂に入り、晩御飯を食べると早めに寝ました。
 夜半が過ぎた頃、ホテルの廊下をぞろぞろと人が歩く音で目が覚めました。
「おかしいな。このホテルにはおれひとりしか泊まってないのに」
 会社員は不思議に思いながらも、また眠ってしまいました。
 明け方近くになった頃です。エレベーターがさかんに動いている音で目が覚めました。
「こんな時間に誰なんだ」
 会社員は、ベッドから抜け出すと、部屋の鍵穴から、そっと廊下の様子を眺めてみました。
「ひえー!」
 会社員は思わず悲鳴をあげました。
 ホテルの廊下を歩いていたのは、タオルと石鹸を持った作業服姿の男たちでした。
 みんな顔が妙に青ざめて、なんだか寂しそうなのです。
 会社員は、このホテルに向かう途中、山の大きな吊り橋を渡ったことを思い出しました。
 受付の従業員から聞いた話によると、昔、その吊り橋を作る工事のとき、事故が起きてたくさんの作業員が亡くなったということでした。
 作業員たちは仕事が終わると、よくこのホテルのお風呂に入りに来たそうです。
 朝になり、会社員は朝食も食べずに、すぐにこのホテルから出て行きました。昨夜のことがよほど怖かったのでしょう。
 その後も、このホテルには、何人かのお客がやってきましたが、やっぱりみんな夜になると、お風呂へ入りに来る作業服姿の男たちを見ました。
 そんなことがたびたび繰り返されていくうちに、お客がすっかり来なくなり、いつのまにかこのホテルは取り壊されたということです。


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(未発表童話です)


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(記事の更新は随時行います)

2016年12月27日

海の魚の話

 南の遠い海のなかで、魚たちがみんな仲良く泳いでいました。
ある日、網を引いた船がやってきて、魚たちを釣り上げていきました。
「 ぼくたちは、どこへ連れていかれるのだろう」
魚たちは、船の冷凍室に入れられて、みんなしくしくと泣いていました。
 やがてある港についたとき、魚たちは市場でより分けられました。
大きな魚はお寿司屋さんが買っていきました。小さな魚は缶詰工場へいきました。
缶詰工場へついた魚たちはバラバラにされ、味付けされて缶のなかにいれられました。
「ああ、なんて狭苦しい場所なんだ、息もできやしない」
バラバラにされた魚たちは、音もしない缶詰のなかでじっとしていました。
 何日かして、缶詰になった魚たちは、町のスーパーへ連れていかれました。
みんな棚の上に並べられて、退屈そうにしながら、南の海のことを考えたりしました。
「もう一度帰りたいな。こんなところはまっぴらだよ」
 でも、缶詰の棚には、いろんな海からやってきた魚の缶詰たちのほかにも、山や畑、川、湖からやってきた果物や、野菜、豆、川魚などの友だちがたくさん出来ました。
 スーパーが閉まり、夜になると、みんな自分たちのことを互いにいいあいました。
南国で育ったパパイア、パイナップル、マンゴーの話、山の渓流で育ったイワナやヤマメの話、凍てついた北の寒い海で育ったカニの話など面白くて珍しいものばかりでした。
 またペルーやブラジルで育ったコーヒー豆や、ロシアやノルウエーで育ったサーモンたちの話も聞きました。
 ある日のこと、ひとりのお客さんが魚の缶詰をたくさん買っていきました。
缶詰は袋に入れられて、スーパーから出て行きました。
 何日かして、夕食の時間になり。缶詰が開けられました。
「わあ、ここはいったい、どこなんだ」
 缶詰のなかの魚は驚きました。でも、耳をすますと、波の音が聴こえてきます。それに懐かしい海の匂いもしました。
「わあ、ぼくが暮らしてた海だ」
 缶詰を買った人は船員さんでした。
船員さんは、食事が終わると、台所でお皿を洗いました。お皿の表面には魚の油が残っていました。油は水と一緒に、船の外へ出ていきました。
 油は、やがて海の上に浮かび上がりました。
しばらくすると、なかまの魚たちがたくさん集まってきました。
「やあ、ひさしぶりだね。どこへ行ってたんだ」
 みんな油を取り囲んで尋ねました。
「遠いところさ」
「これからどうやって暮らすの」
「波にゆられてのんびりとね」
 油になった魚はそう答えると、自分の旅の思い出をみんなに話してあげました。



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(自費出版童話集「本屋をはじめた森のくまさん」所収)


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(記事の更新は随時行います)

2016年12月14日

冬の子守唄

 もう〜いくつ寝ると、お正月〜
クリスマスの夜でした。乞食のおじさんが、公園のベンチに座って歌を口ずさんでいました。ずいぶん寒い晩で、いまにも雪が降ってきそうです。
「お正月はもうすぐだけど、その前に今夜は楽しいクリスマスだ。どのお店にもクリスマスツリーが飾られて、人もたくさん歩いてるな」
 乞食のおじさんは、おんぼろなマンドリンを抱えると、仕事を探しに出かけました。町をあちこち歩き回ってお客を探しましたが、ぜんぜん聴いてくれません。しかたなく、また公園へもどってきました。
「ああ、誰もおれの演奏を聴いてくれる人はいない。みんな買い物に忙しいんだ。でも今夜稼いでおかないとお正月の餅も買えない。困ったな」
考えていると、どこからか声が聞えてきました。
「おいらのために一曲たのむよ」
声をかけたのは、松の木のそばに立ってる雪だるまでした。
「弾いてやってもいいけど、お金はあるのかい」
「もちろん」
「じゃ、何曲か弾いてあげよう」
マンドリンをかまえると、弾きはじめました。
ぜんぜん聴いたことがないイタリアの曲ですが、雪だるまは大満足です。
「いま弾いたのは、イタリアのオペラの曲なんだ」
「ふうーん、イタリアは雪が降るのかい」
「暖かい国だけど、雪は降るさ」
「つぎは、何を弾いてくれるんだい」
「冬の夜って曲を弾くよ」
 いいながら、今度は歌を歌いながら弾きました。
「ずいぶん古い歌だな。みんながよく知ってる曲がいいよ」
「じゃあ、ジングルベルはどうだい」
「たのむよ」
マンドリンの軽快な演奏を聴きながら、雪だるまはご機嫌です。
そのあとも、「赤鼻のトナカイ」、「サンタが街にやってくる」「ウィ・ウィッシュ・ユー・ア・メリークリスマス(たのしいクリスマス)」なども弾いてくれました。
そんなことをしているうちに、やがてどこの家の照明も消えはじめました。
「ミニコンサートは、これでおしまいだ。ところで、お金はちゃんとくれるのかい」
「うん、足元の雪の中に入ってるよ」
雪を掘ってみると、500円玉が2枚落ちていました。
「驚いた。だれかが落としていったんだな」
「サビちゃう前に使った方がいいよ」
「じゃあ、このお金でスーパーでお餅を買うよ」
 いいながら、アンコールとして、もう一曲、「きよしこの夜」を弾きました。
雪だるまは、聴きながらだんだんと眠くなってきました。
「いい音色だ。眠りにつくまで弾いててくれよ」
「いいとも」
子守唄のように、公園の中にマンドリンの音色がいつまでも流れていました。




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(未発表童話です)


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(記事の更新は随時行います)

2016年12月02日

バイオリンが弾けたら

 50歳を過ぎたおじさんが、バイオリンを習ってみたいと思いました。
「でも、この齢になってからバイオリンなんて弾けるだろうか」
不安な気持ちで電話をかけてみました。
「だいじょうぶです。やる気があるのでしたら」
バイオリン教室の先生がいいました。
 翌日、仕事がおわってから教室へ行ってみました。
「楽譜も十分に読めないんですが、弾けるようになるでしょうか」
バイオリンの先生は、
「毎日練習していれば、楽譜も読めるようなります」
気を良くしたおじさんは、さっそく最初のレッスンを受けてみました。
 最初は、バイオリンの構え方と弓の持ち方の練習でした。
「バイオリンを弾くためには、まず正しい姿勢を身につけなければいけません」
先生に教えてもらって何度もバイオリンの構える練習と弓の持ち方を練習しました。
「背筋をちゃんとのばして、体をやや後ろに反らすように」
なんとかバイオリンの構え方はできましたが、弓がうまく持てません。
 バイオリンの弓は、親指と中指、薬指で持って、人差し指と小指は軽く添えるだけです。
「いや、むずかしいな。家に帰ったらたくさん練習しないといけないな」
 それから3か月間というもの、おじさんにとって最大の試練がはじまりました。いくらがんばっても弓がうまく持てないのです。だから、音を出す練習をさせてもらえません。毎週教室へ行くのが苦痛になってきました。
「今日は行くのやめようかな。今日は焼き鳥屋へよって酒でも飲もうかなあ」
ストレスが溜まってきたおじさんに、なまけ心が出てきました。
 ある日家でビールを飲んでいたとき、こんなことを思い出しました。
「そういえば、バイオリンの先生は、3歳からバイオリンをはじめたっていってたな」
そんなことを口にしながら、自分が3歳の頃のことを思い出してみました。
「おれが3歳のときは、毎日家の中で積み木をしたり、飼い犬のポチといっしょに、いつも泥だらけになって庭で遊んだりしてたな。それとくらべたら、バイオリンの先生はなんて高尚でレベルの高い幼年期を過ごしていたんだろう」
 おじさんはつぶやきながら、もっと早いうちからバイオリンを習っておけばよかったなあと後悔しました。
 でも、今からそんなこといったってどうしようもありません。なんとか今年いっぱいはまじめに通おうと思いました。だけど、現実は甘いものではありません。教室へ行っても、いつも弓の持ち方とバイオリンの構え方の練習ばかりです。
疲れてしまったおじさんは、思い切って先生にいってみました。
「お願いです。少しだけでいいですから、弾かせてもらえませんか」
すると先生は、
「だめです。基本的なことが出来てないうちは」
と怖い顔でいいました。おじさんは、がっかりです。
「やっぱり、齢とってからのバイオリンなんて無理なのかなあ。芸術の世界もきびしいものだなあ」と思いました。
 ある日、おじさんがゆううつそうな顔をしていたとき、友達から、クラシック音楽のコンサートのチケットをもらいました。それは、バイオリンリサイタルのチケットでした。
「本物の演奏を聴いたら、少しはやる気が出てくるかなあ」
 当日、おじさんが町のコンサートホールへ行くと、たくさん人が来ていました。おじさんは一番うしろの席に座って開演をまちました。
 やがて、美しいステージ衣装を身につけた、女性バイオリニストとピアニストがステージに現れました。拍手がおわると、演奏がはじまりました。
 その日演奏された曲はどれもおじさんがよく知っている曲ばかりでした。中でも、アンコールに演奏された、「ゴセックのガボット」を聞いた瞬間、やっぱりバイオリンを続けようと思いました。
「ゴセックのガボット」はおじさんが小学生のときに、レコード鑑賞の授業のとき、はじめて聴いたバイオリンの曲だったのです。
 おじさんは、コンサートから帰ってくると、押入れの中から、クラシック音楽のレコードを取り出してみました。
 その中にむかしの有名なバイオリニストたちの演奏を集めた復刻盤のレコードがありました。

クライスラー「愛の喜び」「愛の悲しみ」
ハイフェッツ「チゴイネルワイゼン」
ティボー「フォーレ子守歌、ドリー」
エルマン「タイスの瞑想曲、ユモレスク」
エネスク「サン=サーンス白鳥」

 録音は古いですが、どれも味わいのあるすぐれた演奏ばかりです。
解説書には、五人のバイオリニストたちの演奏会のときの写真が載っていました。みんな、背筋をちゃんとのばして、先生が教えてくれたように、きちんと同じ弓の持ち方をしています。おじさんは、それを見て気がついたのです。
「そうなんだ。バイオリンを上手に弾くためには、やっぱり正しい姿勢と弓の持ち方が大切なんだ」
おじさんはそう理解すると、また練習にやる気が出てきました。
そして、自分にいいきかせました。
「いまは苦しいけれど、これからもがんばって続けて行こう」
 翌日から、おじさんはまじめにバイオリン教室へ通いはじめました。
それから2か月後、努力のかいがあって、ようやく音を出すことを許されました。
今は、まだ初歩的な曲しか弾けませんが、数年後には、教則本に載っている「ゴセックのガボット」も弾けるようになるでしょう。
 おじさんは、毎日仕事から帰ってくると、夜遅くまで、バイオリンの練習に励みました。そして、懐かしい復刻盤のレコードを何度も聴きながら、
「早く、クラシックのいろんな名曲が弾けるようになりたいなあ」
と、今はそんなことを思っています。


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(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)


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2016年11月20日

ホタルになった歯車

 毎日工場の中で、機械たちが忙しく働いていました。ここはある町の自動車部品工場です。
ガチャン、ガチャンとプレスたちが元気よく動いています。ベルトコンベアーも慌ただしく製品を運んでいました。
「ああ、忙しい、忙しい。少しは休みたいなあ」
機械たちはみんな口々に言い合いました。
 思えば、ずいぶん昔、新品の機械としてこの工場へ連れてこられて以来、みんな毎日働きぱなしでした。油の匂いがぷんぷんする賑やかな工場の中で機械たちは働いてきました。
 工場の隅に置かれた大型の背の高い機械の中の歯車たちなどは、一度も外の景色も、太陽の光も見たことがなかったのです。もうかれこれ二十年以上も、薄暗いこの場所で、油にまみれて働いていたのです。
 工場長はよくみんなに向かって話します。
「君たちの仕事ぶりはじつに感心だ。君たちの労働によって作られた製品が世の中に出て、みんなが豊かに暮らしている。仕事こそ第一だ。じゃあ、今日も頑張って作業をしてくれ」
 いつもこのせりふを聞かされてみんな働いてきました。若い機械たちは、その言葉に励まされて毎日元気よく仕事をしますが、中年を過ぎた老朽化した機械たちは、その話を聞くたびにうんざりするのでした。
 この工場の壁の真ん中には、仕事の達成を示すグラフが張り付けてあります。隣にも別の工場のグラフも一緒に張られていて、互いに競争心を煽るために使われていました。成績の悪い工場には上からおしかりがありました。
 あるとき、工場長がこんなことをいいました。
「ここ数年来、鉄鉱石の値が上がっている。新しい機械が調達できないから、機械を大切に使うように。歯車の取り換え時期も遅らせる」
 こんなことをいいました。普通だったら、老朽化した歯車なんか新しいのと取り替えて、役目を終えるのですが、そうではないのです。
 定年退職を楽しみに待っていた歯車たちは、みんながっかりしました。中には働きたいという頑強な歯車もいましたが、だいたいがみんな疲労でフラフラでした。
 あるとき、いつも不満を口にしていた歯車が、「おれはもう働かない」といって動かなくなりました。すぐに工員が飛んできて、ハンマーでコンコンと何度も叩きました。その歯車はあまり腹がたったのか、あるとき逆回りをして、機械を壊してしまいました。
 その歯車は取り外されて、工場の中庭にあるゴミ捨て場に捨てられました。この職場でゴミ箱行きになるということはたいへん不名誉なことでした。みんなゴミ箱行きだけにはなりたくないと思っていました。
 長年働いてきた歯車だったのに、いまは外の風雨にさらされてすっかり錆びついていました。本当だったら定年まで無事に働いて、円満退職で仕事を終えたかったのに残念です。職場というところはそんなところです。不平不満をいう者には厳しい処分を下すところです。
 ほかにもいろんな歯車がいました。すっかり仕事に洗脳されたある班長の歯車は実にまじめで、この工場の中でも一番の働き者ですが、堅物で仕事の話しかしないのです。いいえ、仕事の話しかしないというよりも、仕事の話しか出来ないのです。見方によっては職場の規則と仕事にしばられたあわれな単純な存在です。
 自分の知らない話題が出ることを酷く恐れます。だから仕事以外のことを口にすると嫌な顔をします。だから、この歯車とは世間話も冗談も通じません。仕事の時間が終わってさえも、相変わらず仕事の話ばかりで、聞いているみんなは疲れてしまいます。
 この班長の歯車は、一年後に昇級してとなりの工場へご栄転になりました。みんな堅物のうるさい班長がいなくなって、グチでもこぼすのかと思いましたが、まるで正反対で、班長とそっくりな話し方をしたり、動き方をする歯車が出て来て、これには本当に驚きました。
 また別の歯車は、細身の身体には似合わないひどい酒飲みでした。まるで酒の力で長年働いてきたようなものでした。あと2年で目出度く定年退職になる予定ですが、飲酒のせいで、いまでは骨と皮のようになってずいぶん痩せこけていました。だから、とても退職後は長生き出来そうもありません。いつも酒の匂いをぷんぷんさせていましたが、よく働いていました。
 その歯車とは対照的な歯車もいました。その歯車は、よく仕事中にぼんやりと空想に耽ける癖があり、よく班長から叱られました。本当だったらこんな薄暗い機械の中よりも、広々とした野外での仕事を夢見ていました。退職したら、田舎で静かに余生を送りたいと思っていたのです。
 ある日、工場長がやって来て、「工場にたくさん仕事が入ったから夜間も機械を作動させる」といいました。昼間も働いたうえに、夜も働かされるのです。機械たちは、眠い目をこすりながら働き続けました。
 文句をいう歯車なんかハンマーで叩かれました。それでも文句をいうと、「上からの命令だ。不平をいう奴は解雇だ」といういつもの決まり文句です。
 ある夜、この歯車は、休み時間にぼんやりとこんな夢を見ていました。それは何十年も昔、となりの町の歯車工場の溶鉱炉で、新品の歯車としてこの世に生まれたときの思い出でした。
 たくさんの新品の歯車たちと一緒に、あるお天気のよい日に、工場の中庭に積まれて、身体の熱を冷ましていました。
 この歯車を作る工場のすぐそばには、透き通ったきれいな小川が流れていて、その小川の向こうには、今では珍しい水車が回っていました。
 水車の周囲にはたくさんの花畑があって、春の日には、もんしろちょうやミツバチやテントウムシなどが飛んでいました。水車の歯車たちは、いつも花の香りをかぎながら、みんな楽しそうに回っていました。歯車たちはみんな年を取っていましたが、ずいぶん長生きでした。
 工場の中庭に積まれた歯車たちは、自分たちも、これからはあの水車のような所で働くのだと思っていました。そして仕事というのは楽しみながらするもので、せかされたり強制されてするものではないと思っていたのです。仕事が終わって夜になると、あの水車のように、キラキラと美しく輝く星を見ながら眠るんだと思っていました。
 しかし、ここではそんな生活はとうてい無理でした。ここでは厳しい規則と過酷な労働があるだけでした。
 太陽の光も当たらず、虫の声も聞こえず、あるのはただ決まりきったいつもの号令の声だけでした。
 半年ほど、工場の機械たちは昼も夜も働かされました。そんな状態ですから、あちこちで調子が悪くなる機械が出てきました。
 ぼんやりした空想癖のある歯車も、あるとき不注意で、からだにひびが入ってしまったのです。これでは歯車として役にたちません。工員がそれを見つけて、「これはいかん取り換えだ」といいました。
 歯車は、すぐに取り換えられました。仲間の歯車ともお別れをして工場の中庭のゴミ捨て場に放り込まれました。
 それは不名誉なことだったかもしれませんが、その歯車にとっては自由の身にもなったので、気持ちがなんだか晴れ晴れとしました。もう工場の中の喧しい騒音を聞くこともありません。
 このゴミ捨て場も薄暗い場所でしたが、空も外の景色もよく見え、そばの田んぼからは、カエルの鳴き声なども聴こえてきました。
 長い間光を見なかったせいか、太陽の光がまぶしくて、はじめはとても目を開けていられませんでした。でも、せっかく過酷な仕事から解放されて、どこかへ行ってみたくなりました。
 そんなある夜のこと、その夜は月明かりの晩で、のんびりと歯車が月を眺めていると、どこからか明るい光を点滅させた何匹かのホタルが、工場の中庭へ迷い込んできました。この工場のそばに小川があることを思い出しました。
 ホタルの一匹がゴミ捨て場のすぐ近くへやってきました。
「君はどこからやってきたんだ」
 歯車が聞くと、
「あの林の向こうからさ」
「そう、おれも君みたいに羽があったら、どこかへ飛んでいきたいなあ」
歯車は呟きながら、ホタルたちの明かりをいつまでも見ていました。
 朝になると、工場からはまた慌ただしい騒音が聞こえてきます。生まれてきてからこれまであの中で自由のない暮らしをしてきたのです。仲間の歯車たちは恐らくもう外の世界を見ることもなく狭苦しい工場の中で一生を終えるのです。
 ある晩、眠っていた歯車は、こんな夢を見ました。風が吹いていたので、目を覚ますと、田んぼの向こうの海岸から、風車の回る音が聞こえてきます。同時に自分の身体が宙に浮いて、明るい灯をともして、田んぼの上をゆっくりと飛んでいるのを知りました。
「あれ、ふしぎなことだ」
 ホタルになった歯車は、田んぼの上をゆらゆらと飛びながら、やがて海岸に建っている風車の方へ行きました。真っ暗な海岸の向こうに見えてきたのは、風力発電用に建てられた巨大な風車でした。
 みんな風を受けて、ゆっくりと回っていました。風車のある場所から広い海が見えて、爽快な眺めです。
 ときどき海の向こうからカモメが飛んできて、風車に遠い国々の面白い話をしたりしました。風車はいつも楽しそうに笑って聞いていました。
 この職場にはノルマも仕事の達成を示すグラフも、怒鳴り散らす班長もいないので、みんな快適に健康的に働いていました。
 ホタルになった歯車も、風車のそばで、カモメの話を一緒に聞きながら、自分もこんなところで働いてみたかったなあと思いました。 



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(未発表童話です)


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2016年11月09日

飛んで行ったアドバルーン

 デパートの屋上に、色とりどりの広告をぶら下げたアドバルーンが浮かんでいました。
みんな町を見下ろして、お客さんがデパートへやってくるのを待っていました。
「やれやれ。こんなにお天気のいい日なのに、こんなところでじっとしてるのはもったいないな」
「じゃあ、みんなで空のハイキングへ行こうか」
 ある日、西の空からクジラの形をした飛行船がとんできました。みんなその飛行船について行こうと思いました。
 友だちのカラスにたのんで、くちばしで紐を切り取ってもらいました。
紐がきれて、体がふわーんと浮き上がり、するすると上空へ登って行きました。
「おおい、待ってくれよ、一緒に連れてって」
 飛行船は振り向きながら、
「ああ、いいよ」
 アドバルーンの紐をしっかりつかむと、ゆっくり飛んでいきました。
「わあ、いい眺めだ。山の向こうは海だ」
 水平線の向こうに、タコやイカやクラゲの形をした雲が浮かんでいました。
飛行船が近づいて行くと、たくさんの天使の彫刻家が集まって、雲の作品を作っていました。
「すごいな、いつもこうやっていろんな雲を作っているんだな」
 飛行船にひっぱられたアドバルーンたちは、みんな雲の彫刻を楽しそうに観ていました。
 海の上に、客船が走っていて、乗客たちがデッキで昼寝をしていました。
客船の上をのんびり飛んでいると、昼寝していた乗客たちがとび起きて見ています。
「売りつくし大バーゲンセール、三洋デパート」とか、「お安い電化製品も盛りだくさん」、「子供のおもちゃはこのデパートで」、「婦人靴、ハンドバック、雑貨大バーゲン」、「どの商品も30〜50パーセントオフ」、いろんな広告が空の上を飛んでいきます。
 客船の乗客たちは品物が欲しくなってきたのか、船を降りたら、このデパートへ買い物に行ってみようかなと思ました。
 向こうに島が見えました。
 サンダーバード島のような、プール付きのりっぱな別荘がいくつも建っていました。プールにはビキニ姿の女性たちが肌を焼いていて、空を飛んでいくアドバルーンの広告を見ていました。
「美しいお肌に最適ボディローション」とか、「痩せる女性になるためのハチミツ入りドリンク」、「小じわが気になる女性のための本当の美容液」、「目に見えないシミまで徹底ケア・薬用クリーム」などの広告を見ながら、みんな商品が欲しくなってきたのか、アドレスをメモしていました。
 そのとき島の岩がグラグラと動いて、岩の中からヘリコプターが出てきました。これから海の上の遊覧飛行をするのです。
「やっぱりお金持ちの暮らしはすごいなあ」
 アドバルーンたちは眺めながら、いまの格差社会を実感しました。
 別の島もいろいろと回って、飛行船は帰ることにしました。
「楽しかった。また連れてってよ」
「いいよ、また行こう」
  日本の近海まできたときでした。ものすごいスピードの飛行物体が飛んできました。
「なんだあれは!」
 みんな驚いて、向かってくる飛行物体を見ました。
「ミサイルだ」
「テポドンだ」
「ああ、またあの国で大陸間弾道ミサイルの飛行実験やってんのかよ」
「いい加減に、やめたらいいのにな」
「いまの政権が変わって、自由国家になったら、あの国にも行ってみたいと思ってるのになあ」
 みんなそんなことを呟きながら、自分たちのデパートに向かって帰って行きました。



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2016年10月30日

紅茶とレモンとケーキ

 ある朝、紅茶とレモンがこんな話をしていました。
「今日は、友だちがやってくる日だ。甘い匂いをぷんぷんさせて、お皿の上にどっかりとのるのさ」
「イチゴなんかを頭にのせて、すました顔してやってくる」
「大人も子供も、そいつにゃ、目がないんだ。すぐにぱくつくんだから」
「飼い犬だって、よだれをたらしてそいつを観てる」
 となりの部屋では、この家の主人がお話を作っています。今書いてるお話は、「お菓子の国の大工さん」。
お話を書き終えたら、ケーキ屋さんへ行くのです。週に一度、お話が出来たら必ずケーキを食べるのです。
「いまどこまで書けてるのかなあ」
 紅茶とレモンはお話が読みたくて仕方がありません。
 午後になってから、主人はお話を書き終えてケーキ屋さんへ行きました。そしてイチゴのケーキを買ってくると、紅茶を沸かし、レモンを入れてパソコンの画面を観ながらケーキを食べるのです。
 紅茶とレモンとケーキは、食べられる前に、お話を読まなければいけません。
 お腹の中は退屈なので、面白い話が必要なのです。それに、朝、お腹に入ったトーストやハムエッグたちにもお話の続きを話してやらないといけないからです。
 主人は、気になるところを何度も直しながら読んでいきました。みんなもパソコンの画面をじっと観ています。
「先週書いてたお話よりも面白い」とか「登場人物がユニーク」だとか小声が聞えてきます。
 やがて夕方になり、お話は無事に出来上がりました。
 紅茶もレモンもケーキもすっかり読んでしまい、満足しながらお腹の中へ入って行きました。


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(未発表童話です)

福辻式 寝ながら骨盤コアキュット


(記事の更新は随時行います)


2016年10月21日

金儲けをする井戸

 砂漠の真ん中にオアシスがあって、ひとつの井戸がありました。
その井戸には、いつも冷たい水が溢れていて、ラクダに乗った商人が飲んでいきました。
 あるとき井戸はこんなことを考えました。
「みんないつもタダで水を飲んでいくけど、一度もお金をくれたことがない。それはまったくけしからんことだ」
井戸は、それからは、(お水いっぱい1000円)と書いた立札を立てておきました。
 立札を見た商人たちは困りました。
「いやあ、これからはお金を取られるのか」
つぶやきながら、みんな仕方なくお金を払っていきました。
 あるとき、一台のジープが砂煙をあげて猛スピ−ドでやってきました。ジープにはアルカイダのメンバーが乗っていました。みんな立札なんかぜんぜん無視して、ガブガブと水を飲んでいました。
「飲み終わったら、お金を入れてください」
井戸がいうと、みんな凄い目付きで睨みながら、
「何だと、金を払えだと」
といって機関銃をつきつけました。
井戸は震えあがりました。
「結構です。お金はいりません。好きなだけ飲んでいってください」
井戸は商売するのは楽ではないとそのとき実感しました。
 ある日、よろよろのラクダを連れた坊さんがやってきました。喉がからからだったので、さっそく井戸の水を飲もうとしました。
「お金を払って下さい」
井戸がいうと、坊さんは、
「金なんかないよ。かわりにこのラクダをやるよ」
よろよろのラクダをもらっても仕方がないので、
「いらないよ」
「じゃあ、このアラーのお守りをあげるよ。わしの寿命はもう長くないから、困ったときに願い事すればかなうから」
そういって、坊さんは水を飲んでしまうと、どこかへ歩いて行きました。
 ある日、井戸は、昼寝をしながら、「水だけじゃなくて、よく冷えたビールが地下から出て来たら、もっと金儲けができるなあ」と夢を見ていました。
 目が覚めると、井戸の底からぷんぷんといい匂いがしてきました。
「ありゃ、ビールの匂いだ。それによく冷えている、願い事がかなったのかな」
 それからも、夢の中で、野菜ジュース、青汁、オレンジジュース、リンゴジュース、コーラ、カルピス、アイスコーヒーなんかも空想していると、地下からそれらの飲み物が出てきました。
 その噂は、すぐに砂漠中に広がりました。
 毎日のように、商人たちや旅人がやってきて、いろんな飲料水が出てくる不思議な井戸を訪れました。ときどき盗賊やアルカイダのメンバーなどもやってくることもありましたが、その井戸は大変なお金持ちになりました。
 ある日、井戸は人間になって、町のお祭りに行きたいと願いました。
すると、とっくに商人になって、ラクダに乗って歩いていました。
 町へやってくると、たくさん酒場があり、10軒ほどハシゴをしました。
「次はどこへ行こうかな。そうだ、ベリーダンスを観に行こう」
 そういって、賑やかなベリーダンスのお店に入りました。
 おへそが見えるキラキラ輝いたおしゃれな衣装を身に着けたダンサーの踊りを観ながら、井戸は大変ご機嫌でした。
 帰ってきてからも、井戸はたびたび人間になって、町に出かけるようになりました。


20727609-砂漠で井戸のイラスト.jpg


(未発表童話です)

福辻式 寝ながら骨盤コアキュット


(記事の更新は随時行います)

2016年10月10日

クモの巣館

 忘年会が終わってすっかり酔っ払って歩いていた会社員が、信号待ちをしていたタクシーを拾いました。
「南町3丁目までお願いします」
すぐにうしろのドアが開いて、会社員を乗せてタクシーは走り出しました。
会社員はすぐにウトウトと眠り込んでしまいました。
 ごとんごとんー。
その音で眼が覚めました。
「なんだ。道路工事でもやってんのか、ずいぶんでこぼこ道だなあ。家まではきれいな道ばかりのはずなのに」
思いながら、ふと窓ガラスに目を向けました。
「あれ、おかしいな。真っ暗闇だ」
よく見ると、どこかの山道を走っているみたいです。月が少し出ていたので、うっすらと外の様子がわかりました。酔いも覚めてしまい、ふと運転席を見たとき、驚いてしまいました。
人が乗っていないのです。不思議です。運転手がいないのに、ハンドルだけが勝手に動いているのです。
「い、いったいこのタクシーは何んだ。まてよ、まさか。俺は夢を見てんじゃないだろうか」
そう思ってほっぺたをつねってみましたが、痛かったので夢ではないとわかりました。
 やがて眼の前に、明かりが見えました。こんな山の中に家があるのです。近づいて行くとそれは一軒の古びた洋館でした。ホラー映画に出てくるような不気味な館なのです。
 門を通って中庭へ入り、玄関の前でタクシーは止まりました。運転手がいないので、料金をソファーの上に置いて降りました。
「幽霊屋敷かな。困ったなあ。どうしよう」
考えていると、玄関のドアがギーと音を立てて自然に開きました。
ぞっとしましたが、会社員は今夜はここに泊めてもらおうと思いました。中に入ってみると、部屋の中は真っ暗で何も見えません。
 ふと、綿毛のようなものが顔にひっつきました。驚いてライターを取り出して火を着けてみるとびっくりしました。
「部屋中、蜘蛛の巣だらけだー!」
叫んでしばらくしたとき、部屋の奥で、キラリと何かが光りました。会社員は驚いて玄関から逃げようとしましたが、ドアには鍵が掛けられていて開きません。そのうち片方の足が蜘蛛の糸に絡んで歩けなくなりました。凄い粘着質の糸でなかな取れないのです。
 慌てていると、その光がゆっくりとこちらへ近づいてきました。
会社員は、はじめその光が何なのか分かりませんでしたが、ライターの火をもう一度着けたとき、その正体がわかりました。それは体長2・5メートルほどもある大蜘蛛の目だったのです。
「助けてくれー!」
会社員は、ライターの火で絡まった片足の糸をなんとか取り除いてしまうと、そばの地下室へ降りる階段の方へ走って行きました。その後を追って大蜘蛛がゆっくりと近づいてきました。
 ライターの火をたよりに、階段を降りて行くと、暗闇の向こうでも、また何かが光りました。
「まさか」と思ったとき、そばの蜘蛛の糸が身体に巻き付いて、まったく身動きがとれなくなりました。
 階段の上からはさっきの大蜘蛛がゆっくりと降りてきます。口ばしを小刻みに動かしながら、蜘蛛の巣にかかった獲物のすぐそばへやってきました。
 そして、動けなくなった獲物の身体をしっかりと6本の足で掴むと大きな口を開けました。鋭い牙がきらりと光りました。
「ああー、もうダメだ。食われるー!」
暗闇の中で、会社員の悲鳴は次第に聞こえなくなりました。・・・ 

 翌日の晩のことです。一組の礼装をした西洋人の夫婦が、ハンドルだけが勝手に動いている運転手のいないタクシーに乗って、この館から出て行きました。タクシーは町のオペラ館に向かっていました。
 タクシーの後部座席では、夫婦のこんな会話が聞こえてきます。
「昨夜はいい獲物だったね。大蜘蛛に変身したのがよかった。これからも同じ手でいこう」
 夫人も、
「そうね、コウモリや狼なんかに化けて、あちこち出歩くのもめんどくさいからそれがいいわ。でも、この国の男性の血は、トランシルヴァニアの男性より美味しくて驚いちゃった」
 亭主も、にこにこ笑いながら、
「わしもたっぷり頂いたよ。さあ、早く行こう、今夜のオペラが楽しみだ」
 タクシーはスピードを上げて走って行きました。


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(未発表童話です)

骨盤をほぐす・ゆらす・のばすの寝ながらエクササイズ


(記事の更新は随時行います)


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