ファン
検索
<< 2019年01月 >>
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
最新記事
(01/08)第十話
(01/06)第九話
(01/06)第八話
(01/06)第七話
(01/06)第六話
写真ギャラリー
最新コメント
タグクラウド
カテゴリーアーカイブ
月別アーカイブ
プロフィール

広告

この広告は30日以上更新がないブログに表示されております。
新規記事の投稿を行うことで、非表示にすることが可能です。
posted by fanblog

2019年01月08日

第十話

夢賊がまた舌打ちをする。

「あんたのせいで逃げ遅れたじゃないか」

 何のことかと思えば、その言葉を合図のように夢師たちが次々と現れ始めたのだ。

ほっとするのも束の間、
その間に、夢魔が咆哮をあげ、分裂した。

しかし、腕の立つ夢師が来てくれたのだからもう大丈夫だろう。

夢師の中には、黒髪を立てた男もいた。高圧的な態度が印象的だった、昨日の朝学舎に来た公夢師だった。

その夢師は、ミムの隣に立つ夢賊の姿を見るなり言った。
「夢賊! きさまの仕業か」

 
夢賊は慌てるでもなく、むしろ呆れたようだった。
「どこをどう見ればそうなるんだよ。おまえらの取り逃がした夢魔だろうが」

夢賊にぴしゃりと言われて、公夢師は舌打ちをした。

 

「しゃべっている暇があるならさっさとこの夢魔を制圧しろ。こいつはやばいぞ」
夢賊は決して油断をしていない。
もし今不意にも斬りかかろうものなら返り討ちにされるだろう。

仮にも夢師となったミムにはわかることだった。
この夢賊、ただ者ではない。

公夢師のほうは、夢賊に指摘されたのが忌々しいのだろう。
「そんなことは分かっている、余計なお世話だ。お前もお縄についてもらうぞ。この夢は包囲したからな。逃げようとしたってムダだぞ」
と早口にまくしたてた。


「よくしゃべる男だね」

夢賊は苦笑を浮かべ、根木にまたがった。

いくら根木がいても、夢を取り押さえられてしまっているのでは逃げ道がないはずだ。どうする気なのだろうか。

 

分裂した夢魔はもはや何の形も成していなかった。

黒いただの物体となって夢師に襲いかかっていく。

 

夢賊はその様子をただじっと見つめている。

「じゃあな」

そう、耳元で女性のささやく声が聞こえた。夢賊だ。

夢賊を振り向くが、口は動いていない。
夢賊はさっきと変わらずにそこにいる。
立っている。


だがーー
 

ああ、この人はもうここにはいないのだと、そのときわかった。



「あんたとはなんだかまた会う気がするよ。いい夢師になりな」

 

そこには、空っぽの夢賊が残っているだけだった。
ただの夢賊の形をした人形だ。


高度な夢術だ。
ミムにはまだこの術は使えない。


一方、駆けつけた公夢師たちは夢魔を制圧するのに必死だった。

 

夢魔は、斬れば斬るほどその数を増していく。

「くそ、どうすりゃいいんだ。おい、世瑠守長官を呼べ!」

 

黒髪の公夢師が焦った声で叫んだ。

部下が答える。

「間抜(マヌ)隊長、世瑠守長官は国王の急務で来られません」

「なんだと。緊急事態だと言え」

「で、でも」
「いいから呼べ! 隊長命令が聞けんのか!

「は、はい」

 

夢魔が、夢師たちを取り囲む。
ミムはそこから少し離れたところに避難していたが、遠目からも夢師たちが焦っているのがわかる。

「く、くそ」
マヌと呼ばれた黒髪の公夢師が額の汗を拭った、そのとき。
一斉に夢魔が襲いかかっていった。

「うわあっ」

 

間抜は悲鳴をあげて何かの術を発動した。

それと同時、魅夢の身体がひっぱられるような感覚がしたかと思うと、気づけば魅夢は夢魔の中に取り囲まれていた。

「え」

 

反対に、間抜は夢魔から遠いところにいる。
夢賊の側の、さっきミムが立っていた場所だ。

変位移動術だ。

 

間抜は、魅夢と自分の場所を入れ替えたのだ。

 

「嘘でしょ」

側にいた夢師も、己のことで精いっぱいで、魅夢に気づいてすらいない。

 

魅夢は、持てる技すべてを使って夢魔をしのいだが、試験の夢魔とはわけがちがう。

本物の魔物は、こんなにも恐ろしい。

 

公夢師に歯が立たないものを、今日夢師になったばかりの魅夢が倒せるはずもなかった。

 

 

「助けて!」

 

迫りくる夢魔に、魅夢はそう叫んだ。


一瞬のこと。
 

生きたいと、思うなど。

そんな気持ちが、自分にもまだあったのかと、驚いた。

 

「生きぬく強さを持っている者なら、死んだ者にだって会える」
何故か、夢賊の言葉が頭の中で響いた。
 
次の瞬間、
目の前の夢魔たちが一斉に霧消していった。

何が起こったかわからず、呆然としていると、
光と共に現れたのは、半守だった。

 

手には刀を携え、夢師の装束を身にまとっている。

「先生――」

 

「まずは姿を見ろ。相手の、本当の姿だ」

半守がそう言うと、分裂していた夢魔が一つにまとまっていく。

そのむまに、半守はスタスタと近寄っていき、一太刀のもとに切り捨てた。


いともあっさりと。
夢魔を退治してしまったのだ。


やはり、半守はただの教師じゃないーー。

公夢師たちが手こずっていた夢魔をこんなにもあっさりと切り捨ててしまうとは。

 
だが振り返ると、やはり優しいハンス先生だった。

「大丈夫か、魅夢」

「先生、どうしてここに」

「シルスが教えてくれたんだ」

「シルス?」

「会っただろう。夢賊に」

 

魅夢の脳裏に、美しかった女性の顔が浮かぶ。

「あの人、シルスって言うんだ。でも、先生夢賊と知り合いなの?」

半守は苦笑いを浮かべた。

「ちょっとな」


そこへ、マヌがヘラヘラと笑いながら近づいてきた。

「おいおい、手柄を横取りされちゃ困るなぁ」
ハンスは突然厳しい顔をして、マヌに刀を突きつけた。

「よくも私の生徒を危険な目に遭わせてくれたな」
やはり、マヌは変位術でミムを自分の身代わりにしようとしたのだ。

「あ、あれは咄嗟にだな」

ミムはマヌの青ざめた顔を見てせいせいした。
だが、
「せ、先生」

気づけば、ハンスはマヌの部下たちに取り囲まれ、杖を向けられていた。

マヌもそれに気づきニヤリとする。
「俺を離したほうがいいんじゃないか? さもなくば、身体が塵になるぞ」

勝ち誇ったように言うマヌの言葉を、馬鹿にした笑いが空から降ってきた。
「やめておきなさい。全ての術を跳ね返されますよ。
そうなれば、塵になるのは君たちのほうだ」

見上げると、そこにいたのはセルスだった。


ハンスも気が済んだのか、マヌを解放して、降り立つセルスに向かい合った。

「出過ぎた真似をいたしました。申し訳ありません」
ハンスはセルスに頭を下げる。

「いえ。こちらこそ部下の命を助けてくださり感謝します」

ミムはふと疑問に思う。
セルスは一部始終を知っているみたいだ。

マヌと部下の会話では、遠いところにいるのだと思っていたが。
駆けつけたにしては早すぎるし、今起きたことに詳しすぎる。


「貴方がいてくれて良かった。さすが、もと王族付きの公夢師ですね」

セルスにそう言われ、ハンスは言葉に詰まった。

ミムもまた驚いていた。

ハンスが、王族付きの公夢師?

といったら、夢師の中でも、いや、公夢師のなかでも最高峰だ。


「昔の話です。私は職を追われた身ですから」

「どうだか。自分から姿を消したと聞いていますよ。まあ、そのことはいい」

セルスは、ハンスに向き直り、改まって言った。

「貴方に頼みがある。
私の元で、働きなさい」



 

【このカテゴリーの最新記事】

2019年01月06日

第九話



「ただの寿司屋から夢師になるなんてなあ、すごいぞ」
父が嬉しそうに言って、握った寿司をカウンター越しに出してきた。
「ほれ、今日は祝いだ。沢山食え」
「ありがとう」

魅夢の隣には、元気な姿の母がいた。
「お父さんのお寿司はおいしいから、いくらでも入っちゃうわね」
「そうだね」

魅夢は、心から笑っていた。
これだ。
欲しかったのは。叶えたかった夢は。

「ふうん。結構うまいね」
その声に振り向くと、見知らぬ女性がカウンターで寿司を食べていた。
「うん、うまい。でも、まあまあなんだよね。ちょっと危ない」

美人。
魅夢はその女性を見て、素直にそう感じた。
目鼻立ちははっきりとしていて、色の白い肌は艶やかで。
後ろ一つに束ねた漆黒の髪は、いつか見た美しい夜の色をしていた。

「あの、あなたは……?」
魅夢が訊ねると、女性はにやっと笑って言った。
「夢賊さ」
「夢……賊?」
「うん。この夢をもらいに来た」

夢を奪う、夢賊というのがいるのは聞いたことがある。
夢賊は、夢師の敵だ。

女性は立ち上がって、徳利を一気にあおった。
「ダメだ。酒がまずいよ。あんた、酒飲んだことないのか」

「え、は、はい」
女性が徳利を放り投げると、それは空で消えてしまう。

「うん、箱夢師の素質はあるんだけどね。自分の見たい夢ばかりじゃだめだよ。それじゃ、誰も救えない。むしろ、あんたの大事な人を苦しめるだけだよ」

突然、周りの景色が消えた。
だだっ広い荒野に、魅夢とその女性だけが立っていた。
「それに、この夢には――」
女性の手に、刀が現れた。
「夢魔が入り込んでる」


夢賊がそう言うのと同時、魅夢の前に夢魔が現れていた。

学舎の試験で対峙したのとは姿が違う。
人の形をしていた。だがすべてが黒い。
人の影が立体となって立っているかのようだった。

夢魔は魅夢にゆっくり手を伸ばしてくる。
首を絞めようとしているのだとわかったが、足がすくんで動けなかった。
だがその夢魔を、背から夢賊が一刀両断にする。

しかし、地に崩れた影はまた一塊となって、立ち上がった。
「あー、これやばいやつだね。私はCoreだけもらっていくよ」

夢賊は、そう言うと地に手を当てた。

すると、その手が一瞬光り、夢賊は何かを握っていた。

「それが、」
「ああ、Coreさ。この箱はどこで手に入れた?」
「前に、闇市で買ったの」
「なるほどね。こんなもろいCoreじゃ、いい箱夢は創れないよ。覚えときな」
それじゃあね。

夢賊はそう言って口笛を鳴らした。
すると、その場に四足の獣が現れる。

根木だ。
女性は根木にまたがり、空へ飛びあがった。
「あんたもさっさとこの夢から出な。モタモタしてると夢魔に魂喰われるよ」

そう言う間にも、夢魔が襲いかかってきた。
さっきよりも素早く、魅夢は避けきれずに夢魔に胸倉をつかまれてしまった。

恐ろしい力であっという間に地面に引き倒され、気づいたときには鋭い牙が目の前に迫っていた。
悲鳴を上げる間もなかった。
魅夢はぎゅっと目を閉じる。

舌打ちが聞こえた気がした。
喰われた。

と、思ったその時、
キンッと音が響いて、

目を開けると夢魔の首が後ろへ落ちるところであった。

「ひっ」

「早く離れろ!」
さっきの夢賊の声だ。

魅夢は急いで夢魔を突き飛ばした。
だがそれよりも早く首のない夢魔の手が魅夢の首をつかむ。

「ばか、モタモタすんな!」
キンッ。

という甲高い音がして、魅夢の首をつかんでいた夢魔の腕が切り離された。
夢賊が、刃物を投げたのだ。

夢賊はいつのまにか魅夢の側にいて、魅夢を抱きかかえるようにして夢魔から引き離した。
「あんた箱夢師じゃないのかよ」
魅夢は責めるように言われて、気まずい思いをしながら答えた。
「わたし、今日夢師になったばかりで」
「なに。それで箱夢なんか創ってたのかよ」
「ごめんなさい」

魅夢が謝ると、夢賊は急に大笑いした。
「とんだ初日じゃないか」
それから今度は真顔になって、諭すように言う。
「この箱夢は悪くない。でも、心に隙があるから夢魔が入りこむんだ。
夢を逃げ道にするな。夢を見ていいのは、生きる意志のあるものだけだ」

夢を見ていいのは、生きる意志のある者だけ――。

魅夢は、その言葉にはっとさせられた。
私は、死にたいと思っていたのだろうか。

夢魔が起き上り、奇声を発した。
それと同時に、周囲にけたたましい警報音が鳴り響いた。



第八話



それから、どうしたのかあまり記憶がない。

とにかく、目の前に差し出されたやらなければならないことをこなしているうちにあっという間に夜になっていた。
もうすぐ日付が変わる。

魅夢はトボトボと夜道を歩いていた。
田舎の商店街はどこも閉まっていて、頼りになるのは月の灯りだけだった。

私は、どこへ向かっているのだろうか。
そうだ、約束だった。
お母さんと、お父さんのお寿司食べに行くんだ。

魅夢は、かつて父が働いていた寿司屋の前に立っていた。
暖簾はしまわれ、戸も固く閉ざされている。
魅夢は、その入口の前に膝を抱えて座り込んだ。

座ってみて、はじめて足が痛むほど疲れているのだと気づいた。

「俺の握った寿司は、世界一うまいだろ」
カウンターの向こうから、得意げに笑う父の顔。
「うん。世界一おいしい!」

元気よく答える幼い自分の姿があった。
あの頃は、よく笑っていた。
いつからだろう。
うまく笑えなくなってしまったのは。
いつからだろう。
一人になるのが、こんなに怖くなったのは。

「魅夢も、将来は寿司職人になるか」
「ううん。魅夢は、夢師になるの」
「夢師って、あの夢師か」

父は目を丸くし、ほほ笑む母の顔を見た。
「夢師ったって、そりゃ、おまえ、難しいんじゃ」
「大丈夫。魅夢なら絶対に立派な夢師になれますから」

母は、なんのためらいもなくそう言いきって、魅夢の頭を撫でた。
「うん。魅夢、夢師になったら、いろんな人の夢を叶えてあげるの。お父さんとお母さんの夢も叶えてあげるよ。そうだ、お父さんとお母さんの夢ってなに?」

魅夢がそう訊くと、父も母もすごく優しい顔をして言ったのだ。
「お父さんの夢はな――」
「お母さんの夢はね――」


だが、二人の顔が遠ざかっていく。
「え、何? 聞こえないよ。なんて言ったの」

いつのまにかそこには17の魅夢が立っていた。
必死で訊ねるが、寿司屋にはもう母の姿も父の姿も消えていた。

「ちがう。こんなんじゃない。ちゃんと、創らなきゃ。私の夢。創らなきゃ」

魅夢は、鞄から手のひらに乗るほどの小さな箱を取り出した。
碧く光沢のあるその箱を開くと、中は空間が広がっている。

箱夢を創るのは、箱夢師にしか許されていない。
だが箱夢でなければ、魅夢の夢は叶わないのだ。

箱夢だけが、すべての望みを叶えてくれる。
魅夢は、独学で学んだ箱夢の創り方を思い出しながら、見よう見まねで箱に夢の欠片を詰め込んでいく。

夢の欠片は、買えるものもあり、拾うものもあり、降ってくるものもあり、奪うものもある。

魅夢は、このときのために、少しずつ夢の欠片を集めていたのだ。
小指の爪ほどの小さな石のようなそれは、箱夢の中に落とすと様々な形に広がっていく。

細い筆のようなもので、箱の中をかき回すように、夢を形作っていく。
創りたい夢を思い描きながら。
会いたい人を思い浮かべながら。

「できた」
何時間そうしていたのかわからない。
魅夢は、完成した箱夢を胸に抱き、目を閉じた。




第七話



根木は、夢道と呼ばれる地脈のようなところを走ることができる、見た目はトカゲに似た動物だ。
だが、根木はとても気難しい動物で、扱える者は夢師の中でも数えるほど。
夢師学舎の生徒で使えるのは、恐らく由章だけ。

魅夢は、由章の操る根木の背から降り、母の待つ医院へと駆け込んだ。
医院の玄関は今にも消えそうな灯が一つあるだけで、薄暗く、見るからに陰気な感じがした。
お金がなく、良い医院には入れなかった。
魅夢の学費を支払うためだった。

父が亡くなってから、母は女手一つで魅夢を育ててくれた。

それなのに、私は何一つ、お母さんに恩返しできていない。

魅夢はさっきもらった紋章を手に握りしめ、母の病室へ向かう。
戸を開けると、母が白い寝台の上に横たわっていた。

「お母さん」
魅夢は、入口に立ち、どうしてかそこから一歩を踏み出せなかった。

「み……む」
母は擦れた声で、ようやくそう言った。

その声に引かれるように魅夢は母の傍らへ寄った。
母の目は開いているが、魅夢を見ていない。
もう目が、見えないのだ。

「お母さん。私、今日、夢師になれたよ」
魅夢は母の手を取った。
その手は、まだ昔のように温かい。

母は、声にならぬ声で何かを言って、ほほ笑んだ。
たぶん、「おめでとう」と、そう言ってくれたのだ。

そうして母は大きく息を吐き、そのまま二度と息を吸うことはなかった。
「お母さん」

魅夢は母の手を強く握った。
そうして握って、母の命を繋ぎ止めようとしてもムダなことなどわかっている。
でも、どうしても、その手を離すことができなかった。

まだ、やり残したことがありすぎる。
まだ、果たせていない約束だってある。

お母さん。元気になってお義父さんのお寿司食べに行くんじゃなかったの。
やだよ。
一人にしないで。

目の前が暗くなった。
これからどうやって生きていけばいいのかと。
母がいなくなってしまったら、夢師になったところで何の意味もない。


医者が駆けつけて、母の死を宣告した。
その宣告に、魅夢は暗闇に突き落されたような思いがした。

感情を取り繕う余裕もなく病室を出ると、由章が心配そうな顔をして歩み寄って来た。

「大丈夫、な、わけないよな」

魅夢は精いっぱい強がった声を出して言った。
「別に、大丈夫だし。もういいから、帰って」

「でも、」
「これから授与式があるでしょ。私は、色々やらなきゃいけないことあるし、喪中だから」

そこへ、ちょうど看護師が今後のことについて相談に来たので、魅夢は由章を避けるようにその場を離れた。

振り向くと、由章は医院の玄関を出ていくところだった。
ほっとするのと同時に、何故か、母を失ったのとはまた別の喪失感を覚えた。





第六話




昇段審査は、教科と実技がある。

実技の担当は、今年は運悪く無動であった。
無動が担当教官の年は、毎年合格率が低くなる。
試験が異様に厳しいからだ。


実技の内容は、実際に二人一組となり、夢魔と対峙してみて、然るべき術が出せるかどうかを見るというものだった。

夢魔は、学舎の管理下にあるもので、危険はないはずだった。

魅夢の組む相手は由章であった。

試験は特殊な教室で行われる。
夢の中を模した場所で、そこで夢魔を統制するのだ。

教室へ入ると、何もないただ青緑色の空間が広がっていた。
床も天井も壁も全てが同じ色なので、距離感を奪われ、魅夢は軽く眩暈を覚えた。

「中央に立て」
どこからか、無動の声が聞こえてきた。

どこかで見ているのだろう。

由章と、印のある部屋の中央に立つと、パッと景色が変わった。
と、突然目の前に牙を剥いた怪物が現れ襲いかかってくる。

「うわっ」
「こんなイキナリかよ」

試験で不意打ちをかけるなど、無動の時くらいだ。

だが二人とも落ち着いていた。
こういうことがあることは、事前に半守に教えてもらっていたのだ。

怪物、夢魔の姿もよく見える。

見た目はこげ茶色の鱗を持つ、巨大な龍だ。
その姿が見えるか見えないかで大きく違う。
相手が見えれば、夢師の術が効く。

敵の動きを鈍らす術、目を利かなくさせる術、眠らす術、それから最も重要になる剣術。
初段のものは全て筆を使い文字を起こして術にするが、四段の試験ではそれは許されていない。
言霊の力だけで術を起こさなければならなかった。
だが、それよりも問題は剣術であった。

刀は悪しきものを斬る。
夢魔を、善良な夢から切り離すのに刀は絶対に必要なものだった。

魅夢も由章も、全ての術を上手く使った。
あとは夢魔を斬るだけだった。

だが、斬るには近寄らなければならない。
巨大な龍に、近づくのには勇気がいる。

「私が行く」
魅夢は見かねて、夢魔との間合いを詰めた。

しかしその時。
動きを封じられていた夢魔が、急に首をもたげてカッと目を見開いたのだ。

赤い瞳。

魅夢は、その目をもろに見てしまった。

「あっ」

母の笑顔が脳裏に浮かぶ。
だが次に、ひどく悲しんでいる姿が浮かんだ。

どうして来てくれないの、魅夢。

はっきりと母の声が耳に聞こえた。

酷いわ、魅夢。
魅夢は、もうお母さんのことなんて忘れてしまったのね。


「忘れてないよ、お母さん」
じゃあどうして会いに来てくれないの。
お母さんが死にそうだというのに。
「それは、約束だから」
そんな約束どうでもいいわ。
魅夢、お母さんのことが大事なら、一緒に行きましょう。
「大事だよ。いくって、どこに?」

いいところよ。とってもいいところよ。昔のように、お父さんと3人で仲良く暮らすの。楽しかったあの頃に戻れるの。

魅夢は頷こうとした。
だが、頰を叩かれた痛みに、言葉が出なかった。
気づくと、目の前に由章がいた。

「ばか! しっかりしろ!」
「ゆしょう。なにして……」

そこまで言いかけて、試験中だったことを思い出した。

「喰われるぞ! 避けろ!」
由章が魅夢を突き飛ばした。

そこに夢魔が突っ込んできて、由章を弾き飛ばした。

魅夢はとっさに刀を構える。
再び向かってくる夢魔に怯えながらも、切りかかった。

だが、

刀は夢魔の鼻先に引っかかっただけ。
魅夢はそのまま夢魔に蹴り倒され、その衝撃に起き上がれずにいると、巨大な蹄が目の前に迫っていた。

やられる。

そう思った瞬間、
なにものかが飛び込んできて、気づいたときには夢魔の脚を切り落としていた。

半守だ。
半守はそのまま龍の形をした夢魔を一太刀で真っ二つにした。

由章と二人がかりでこんなにも苦労した夢魔をたったの一太刀で。
夢魔は霧消していく。
半守は息一つ切らしていなかった。

「せ、先生こんなに強かったのかよ」
由章も呆然と口を開いていた。

「大丈夫か、お前たち」
半守は由章と魅夢の無事を確認してから、空を睨みつけた。

「無動先生、やりすぎですよ!」
半守は刀を納め、静かだが、怒りをたたえた声色で言った。

「おやおや、教師が助太刀に入ったとあったらこれは失格ですな。この子達もかわいそうに」
無動の愉快気な声が響く。

「失格だなんて、そんな……」
愕然とする魅夢の頭を、半守は安心しろとでも言うようにポンと撫でて再び声を張り上げた。

「ならば私も助太刀に入った理由を学長に報告せねばなりませんね。あなたが夢魔の級を七段に設定していたことを。記録は残ってますよ」
半守は手の平を出して広げた。
そこに映像が浮かぶ。
何かの記録用紙のようだった。

「な、なに」
無動の無様に上ずった声が響く。
「間違い、では済まされませんね。生徒を危険に晒した。下手すれば免職だ」

「ま、待て。この子達はちゃんと術を出して、夢魔の対処をした。試験は合格で良かろう。こ、この子達なら優秀だから、ちょっと難易度を上げたのだ。無事だったのだからいいじゃないか。な? だから、学長には、このことは」

「合格ですね?」
半守は無動に念を押した。

「ああ。合格だ。ほれ」


無動が言うのと同時に、魅夢と由章の手の中に、合格証が現れた。
刀の紋章に、四の数字が並んでいる。

合格。

合格したの?

「おめでとう、魅夢」
半守はいつもの笑顔に戻って、魅夢に言った。

合格、したのだ。
四段に。
これからは、夢師と名乗れる。
その証の紋章が、今手の中にある。

「ほら魅夢、それを持って早く行け」

そう言われて、魅夢は一瞬ためらった。

もう、会いに行かない理由はない。
だけど、怖かった。
母に会いにいくのが。

「今行かなきゃ一生後悔するぞ。行け」

まだ躊躇う魅夢の手を、由章が引いた。
「ほら、ぼけっとすんな。行くぞ」
「行くって、あんたも来るの?」
「根木に乗れば速い。お前じゃうまく操れないだろ。先生、いいよね?!」

半守は頷いた。
「ああ、頼む。学舎の根木を使え。気をつけていけよ」

魅夢は由章に手を引かれて走った。

余計なお世話だ。

と思いながら、由章が共に来てくれるのだと思うと、やはり心強かった。





第五話




サラサラの金髪が、日の光を浴びて輝いていた。
印象的な後ろ姿を残して、公夢師たちは去っていった。

「先生、夢魔が逃げたって本当なの!?」
教室はまだ騒然としている。

「とにかく席につけ」
半守はそう言いながら教壇に戻った。

皆が席に戻ると、半守はゆっくりと言った。

「夢魔のことは、公夢師がなんとかしてくれる。それにこの学舎の警備は王城並みに厳しいんだ。夢魔が入り込むことなんてない。心配するな。それより、今日がなんの日か忘れたのか」

その一言で、生徒たちは皆現実に戻されたようだった。
一方、魅夢は元よりそのことは忘れていない。
むしろ、ずっと今日の昇段審査がちゃんと行われるかどうかが心配だったのだ。

「昇段審査でーす。ゲロゲロ」
多谷が踏ん反り返って言った。

その態度を見て、魅夢は受けたくない奴は受けるなと言ってやりたかった。

魅夢が今日のこの日をどれほどの想いで迎えていると思っているのか。
真剣じゃない奴はいなくなってくれていい。

「そうだ、昇段審査だ。真面目に受ける気のない者は受けなくてもいい。真剣にやってる者に失礼だ」

魅夢は半守のその言葉にはっとした。
普段穏やかな半守にしては珍しく厳しい物言いだ。

多谷は慌てて、
「モチロン真剣です!」
と大げさに背筋を伸ばした。

魅夢は、半守のその言葉が思いがけず嬉しかった。
半守は、自分の想いをもしかしたらわかってくれているのかもしれない。
魅夢は少し、そんな風に感じながらも、心を許しちゃいけないのだと改めて自分に言い聞かせる。
そうやって、自分を守っていかなければならない。


「よし、ではまず筆記からだな」
半守はそういうと、席替えを命じた。

審査時は、その段位ごとに並ぶのがならわしになっているのだ。
魅夢の学級には2段と三段がいる。
魅夢は一番前だった。
今年初めて四段審査を受けるからだ。

一番後ろの者など、39歳。22回目の受験だという噂だ。

魅夢のすぐ後ろには、磨流、多谷、由章がならんでいる。この3人もいずれもはじめての四段審査。
多谷も、おちゃらけているように見えて、意外に優秀なのだ。


試験用紙が配られ、教室が静寂に包まれる。
時計の針を見つめていた半守の「はじめ!」の号令に、試験用紙が一斉に裏返される音が響く。
すぐにカリカリカリカリカリと、ペンを走らす音が聞こえてきた。

書く。
ということは、夢師にとってとても大事なことだった。
言葉は力を持つ。
その力をさらに強くするのが文字である。

だから、夢師たちは書くことに力を置いている。


魅夢はざっと試験用紙を見渡して、安堵した。
わからぬ問題はない。

スルスルと問題を解きはじめ、30分ほどで全てを終えた。
ペンを置き、顔を上げると半守がいない。

試験に集中していて、気づかなかったが、監督の教師がサワという用務員に替わっていた。

試験中に監督の先生が入れ替わるなどは滅多にない。
何かあったのだろうか。

魅夢は気になりながらも、答案の見直しをはじめた。
三回は見直して、完璧なことを確認した。

試験終了の鐘が鳴った。

同時に半守が戻ってくる。
サワに礼を言いながら教壇に戻り、試験用紙を集め始めた。

端の席の者から、一人ずつ解答用紙を前に持っていく。
スルがそれを提出して席に戻ると同時に、魅夢は立ち上がり半守の元へ向かった。

回答用紙を手渡す。
そして戻ろうとするところを呼び止められ、

「話がある。お母さんのことだ」

と耳打ちされた。

それを聞いた瞬間、背筋が凍った。
恐れていたことが、ついに起きてしまった。
魅夢はそう悟り、軽く震えながら頷いた。



半守は、魅夢を別室に連れ出した。
教材の置き場となっているその部屋は狭く、少しカビ臭い。

「魅夢。落ち着いて聞いてくれ」

魅夢は、真っ直ぐに半守の目を見つめた。
優しい目している。

「母が危ないんですね」

魅夢は、この優しい青年に辛い思いをさせたくなかった。
これは、魅夢の問題だ。
半守に負わせることは何もない。

半守は、神妙な面持ちのまま頷いた。

「危篤だと、医院から連絡があった。試験は後日受けられるようにしてやるから、今すぐ会いに行ってやれ」

魅夢は、気丈に首を振った。

「帰りません」
帰れない。夢師になるまでは。

「何言ってるんだ。お母さんが、危篤なんだぞ」

「いいんです」
それが、母との約束だから。
夢師になるまで戻らぬと決めた。
夢師になったら、お祝いに一緒に亡き父の寿司を食べに行く。
そう約束した。

母は誰より、魅夢が夢師になることを望んでいた。

だから、試験の途中で帰ってきたなど知れたら、きっとガッカリする。

「今会わなきゃ、絶対に後悔するぞ」
半守のその言葉に、涙がこみ上げた。
それをなんとか飲み込む。

「放っておいてよ! これは私の問題なの。夢師になるまでは帰れない。そう約束したんです」

魅夢がうつむいて涙をこらえていると、半守の温かい手が肩に乗った。

「わかった」
半守はそれ以上何も言わなかった。
「失礼します」


部屋を出ると、由章が待ち構えるように立っていた。

「なによ」

険しい顔をしている、由章を睨み返した。

「大丈夫か?」

思いがけず、魅夢を思いやる言葉にまた涙がこみ上げる。
優しくしないでよ。
「あんたには関係ない」

魅夢はそう冷たく返すことで、泣きそうなのを誤魔化し、廊下へ出た。

トイレに駆け込み、1分だけと決めて、声を押し殺して泣いた。

お母さん……。会いたいよ。









第四話




翌朝、魅夢は学生たちの騒ぐ声で目を覚ました。
「おい、世瑠守(世瑠守)までいるぞ!」
いつも遅刻してくる朝寝坊の由章(ゆしょう)の声まで聞こえてきた。

世瑠守なら魅夢も知っている。
夢師の中でも国の中央に仕える最も優秀な公夢師。
数々の凶悪な夢魔を制圧してきた者として有名人だった。
夢師で、世瑠守の右に出る者はいないと言われている。
それだけの大物が、何故一介の夢師の学舎になどやってきたのだろうか。

魅夢も気になり、急いで制服に着替えて廊下に出た。
渡り廊下の窓から、正門に続く庭が見える。
魅夢が人の隙間から覗き見ると、金髪の男が学舎へ入るところであった。

廊下には女生徒の黄色い声が飛んでいる。
世瑠守はそのルックスの良さから女性にも人気なのだ。
女生徒たちは、世瑠守を一目見ようと魅夢を押しのけて玄関へ走っていった。

「魅夢、おまえは見にいかないのか」
声をかけてきたのは由章だった。
由章は、幼馴染でこの学校では魅夢が唯一口をきく生徒だ。
「いかない。この事象は不可解に思うけれど、世瑠守自体にはさほど興味ないから」
「お前らしいな」
由章は明るく笑った。
魅夢は、由章のこういうところが好きだった。
裏表がなく、誰にでも明るく楽しく振る舞えるところ。
魅夢にもっていないものを由章は持っているのだ。

「でも、俺もそうだな。世瑠守なんてどうでもいいけど、なんで夢師がうちの学舎になんて来るんだろうな」
「そうだね」

そうは答えたが、
そんなことより、魅夢は今日の昇段審査がちゃんと行われるかどうかのほうが心配だった。




朝食を終え、教室へ行く。

教師たちに追い立てられ、生徒たちはみな教室に集まってはいたが、まだ興奮冷めならぬ様子で今朝のことを話していた。

「もしかして世瑠守さんがウチの学校の講師になってくれるのかもよ」
ノー天気な多谷(タヤ)という女生徒がはしゃいでいる。
「そんなわけないじゃん。なんか事件があったんじゃないのかな。それでウチの学舎に協力を求めに来たってとこじゃない?」

そう答えたのは磨流(スル)で、多谷とは対照的にいつも冷静だ。
魅夢もその線だと踏んでいる。

「えーそうかなぁ? だとしても、ウチの学舎なんか役に立てることある?」
「一応名門だしね。ここの先生になるには世瑠守さんたち公夢師になるのと同等レベルの厳しい試験があるらしいし、学長は元公夢師のトップだし」
「え、そうなの!?」

魅夢もその話は初耳だった。
磨流は物知りだ。それも、変なことを良く知っている。

始業の鐘が鳴り、少し遅れて半守が教室へ入って来た。
来るなり、生徒たちの質問ぜめだった。

「先生、公夢師たちは何しに来たの!?」
「世瑠守さんと話した?」
「なにかあったの!?」

半守は生徒たちの勢いに気圧されながらも、落ち着いた声で言った。
「いや、私は直接話してないから何が起きたのかはわからん」
それと同時に、廊下から黄色い声が上がる。

生徒たちが一斉に窓際に走った。

魅夢も静かに席を立ち、窓際に寄る。
側にいた磨流が珍しいものでも見るような目で魅夢を見た。
魅夢はその視線を無視して、庭に目を向ける。

公夢師たちが学舎から出てくるところであった。
魅夢たちの教室は玄関に近く、公夢師たちの話す声が聞こえてきた。

「夢魔を見つけたら必ず通報磨流ように。今度の逃げたのは強力な夢魔で、学舎の教師ごときの手に負える物ではないからな」
黒髪を立てた高圧的な男が見送りに出た学長を振り向いて言う。

「逃しておいて偉そうに言うんじゃない」
そう呆れたように言って次に姿を見せたのは世瑠守だった。

「きゃーっ、世瑠守さーん」
多谷が窓から身を乗り出して手を振った。
その大声に世瑠守がこちらを振り向く。
「きゃーっ」
黄色い声なのか悲鳴なのか、多谷が窓から落ちそうになり、半守が慌てて掴み止めた。
「おい、危ないぞ」

「大丈夫ですか?」
下から世瑠守が白い歯を見せて尋ねてきた。
「大丈夫です。お騒がせしてすみません」

そう答える半守の顔を、世瑠守は何故かじっと見ている。

「あなたは」
世瑠守はそう言いかけたようだった。

ようだったというのは、半守がその言葉を遮るように「夢魔が逃げたんですか?」と声を張り上げたからだ。

「ええ。そうなんです。随分危ないのを逃してしまいましてね」
「そうですか。どうか、生徒たちに危険が及ばぬよう、宜しくお願いいたします」

半守のその言葉に、世瑠守は何故か含みのある笑みを浮かべて言った。
「まぁ、あなたがついていれば大丈夫そうですけどね」

辞去する世瑠守を、半守は何故か苦い顔で見つめていた。



国内最大のマンガ(電子書籍)販売サイト!



2019年01月05日

第三話





寮の部屋に戻った魅夢は、着替えもせず制服のままベッドに寝転がった。
目を閉じると、半守とのさっきのやりとりが蘇ってくる。
ぎゅっと目を閉じて耳を塞いだ。

私は、最低だ。
友だちもあまりいない。
そんな魅夢を半守はいつも気にかけてくれていた。

さっきだって、先生は無動から庇ってくれたのに。

どうして、素直になれないのだろう。
どうして、人に優しくなれないのだろう。
どうして、他の子みたいに笑えないのだろ。

どうして、どうして……。

そんな思いは、魅夢を苦しめるばかりだった。
すべては、夢師になるため。
其の為になら、友だちなんていらないと思っていた。
孤独だなんて思わない。
そのはずだったのに……。

何故だか今は、すごく寂しい。

ポトン。
物音に振り向くと、郵便受けに封筒が届いていた。
学舎に届いた手紙は、学舎の管理人が、中央郵便受けからそれぞれの部屋に振り分けるのだ。
魅夢は立ち上がり、封筒を取って再びベッドに座る。

母からだった。
急いで封を切る。

便箋が1枚。
そこには波打った字が並んでいた。

『元気にしているかい? 約束、なかなか果たせなくてごめんね。もうすぐ元気になるから。そうしたら、一緒にお父さんのお寿司、食べに行こうね。それじゃあ、身体に気を付けてね。お母さんは、いつでも魅夢の味方だよ』

たったそれだけの短い文章。
たわいもない言葉。
それなのに、涙が溢れた。

字が波打っているのは、手が震えているから。
きっと、これだけ書くのだって、物凄く大変だったはずだ。

「もう、お父さんのお寿司なんて、食べれないの知ってるくせに。自分だって、もう元気になんてならないくせに」

声に出たのは、すべて泣き声だった。
隣の部屋に聞こえないように、声を押し殺して、嗚咽した。
大丈夫だ。みんな今頃、夕食を食べている。
サーロインステーキに舌鼓を鳴らしている。
だから、ここで少しくらい声を出して泣いたって大丈夫だ。
誰も、聞いていない。
私の悲しみなど、だれも、聞いていない。気づかない。

それでいい。
それがいいと、思っていたはずなのに。

辛かった。
どうしようもなく、一人が、怖かった。






第二話





夢師の教育機関のほとんどは全寮制だ。
一日の講義が済むと学生は寮に戻る。

魅夢も帰り支度を終えて教室を出ると、廊下で生徒たちを見送っていた半守に呼び止められた。
魅夢が立ち止まって振り返ると、半守は人好きのする笑顔で近づいてきた。
「なんですか?」
人の笑顔には何故だか警戒してしまう。
人当たりの良い者ほど、人を騙すことに長けているものだ。
だから、容易に人は信用してはならない。
それは、今まで魅夢が生きてきた中で学んだことだ。

「さっきの質問のことだが――」
「何のことですか?」

魅夢は間髪入れずに答えた。
さっきの授業で、

夢師の作った夢なら、死んだ人とも会えるんですか?

と、訊いたことは覚えている。

確かに、夢は幻でしかない。ただ――

と、半守は言いかけて飲みこんだ言葉を言おうとしているのかもしれない。
けれど、魅夢はまた訊かれるのが怖かった。

会いたい人がいるのか?

と。

半守はそんな魅夢の想いを感じ取ったのかもしれない。それ以上は聞こうとしなかった。
「いや、いいならいいんだ。でも、もし何かあれば、」
半守がそこまで言ったときだった。
「おや、教師と生徒が廊下で密会とは行儀が悪いですなあ」

話しかけられて振り向くと、隣の組を受け持つ無動(むどう)が下品な笑みを浮かべて立っていた。
「なにも密会というわけでは」
半守は呆れたように言った。

周りを見回すともう誰もいない。
夕食のおかずはバイキング形式で、人気のおかずは早い者勝ちなので授業が終わると皆さっさと寮へ戻ってしまうのだ。
確か今日はサーロインステーキが出るはずだった。
それで皆すっかりいない。

そういう理由があるのは無動も知っているに違いないのだが、何かにつけて嫌味を言いたい人間なのだ。
何故か無動は半守のことを敵視している。
年は半守より一回り以上上だと言うのに。

この夢師の学舎には若い教師が半守以外いないので、女子に人気の半守に嫉妬しているのかもしれない。




「先生、もういいでしょうか」
魅夢が辞去しようとすると、無動は今度は嫌味の矛先を魅夢に向けてきた。
「おや、そんな逃げるみたいにしていかなくてもいいんですよ。次の試験に合格するために、媚を売っておかなければなりませんからねえ」

「ち――」
魅夢がカッとして言い返す前に、
「やめてください」
半守が毅然として言った。
普段穏やかな半守の顔に、珍しく厳しいものが浮かんでいる。

「私を馬鹿にするのはいい。ですが、生徒にまで嫌味を言うのはやめてください」
無動も半守の普段ない態度に少し怯んでいるようだった。
「だ、だってその生徒がおかしいんでしょうが。まだ17だって言うのに、四段を受けようとしているなんて、不正を働いたとしか思えないでしょう」
「魅夢はそんな子じゃない!」

半守の静かだが厳しい声が誰もいない廊下に響く。
「魅夢は実力でここまでやってきたんだ。それはあなただってわかっているはず。これ以上私の生徒を侮辱すると怒りますよ」
「こ、この教師にして、この生徒ありか」
無動は鼻を鳴らすが、足は後ずさっている。
「だから、大して実践も積んでいない若造が教師になるなんて反対だったんだ。あんたに教わってる生徒は気の毒だな。フンッ」

無動は捨て台詞を吐くと、鼻息荒く廊下を去っていった。

「すまんな、私のせいで嫌な思いをさせてしまって」
半守は軽く溜息をついた。
「いえ」
こんなやりとりはもしかしたら日常茶飯事なのかもしれない。
半守も、生徒の知らないところで苦労しているのだ。

同情したのか、護ってくれたのが嬉しかったのかはわからない。
魅夢は、ちょっとだけ半守に心を開いていいかもしれないと思えた。

「先生」
「ん?」
「夢が、ただの幻なら、夢師は何のために夢を守るのですか?」

半守は言葉に詰まった。
「それは――わからない」

何故か、ひどく愕然とした。
やはり、期待をしてはダメなのだ。

諦めは妙に魅夢を苛立たせて、気づけば口から言葉が滑り出ていた。
「残念だけど」
八つ当たりだ。そう思うけれど、もう滑り出した言葉は止まらなかった。
「無動先生の言うことは当たっていると思います。半守先生みたいに、若くて何も知らない人が教師なんて、無理なんじゃないですか」

それだけ言い捨てると、魅夢は半守の答えを待たず、その場を後にした。
半守がどんな顔をしているかと思うと、絶対に振りかえれなかった。
人の好い教師を、自分を守ろうとしてくれた教師を傷つけて、何故自分は満足しているのだろうか。

――最低だ。






2018年12月30日

第一話



授業の内容は、既に全部頭に入っていた。

教科担当の半守(はんす)が読み上げる教書の内容に、真新しいことは何もなかった。
予習と退屈は隣り合わせだ。

この時間をもっと有効に使えたらよかったのに。
魅夢(みむ)はペンの後ろをかじって、窓の外を見た。
たまたま。
風が吹いたのだろう。
赤茶けた、枯れ葉が木の枝から一枚はらりと落ちた。

たまたま。

そのはずなのに、魅夢は無性に焦りを覚えた。
これが、胸騒ぎというやつなのだろうか。

明日は夢師の昇段試験だった。
四段になれば、夢師になれる。魅夢はまだ三段。
かつて、15で四段になったという天才者があったらしいが、それは別格。
魅夢の17歳で三段というのも早いほうだ。
だが、昇段審査は年に一度。明日の昇段審査に受からなければ、夢師になるのがまた一年先延ばしになってしまう。

それは絶対だめだ。
明日の昇段審査には絶対受からなければならない。そうじゃなきゃ、間に合わない。



「このように、『夢』というのは、ある程度自由がきき、どんな願いも叶うものだ」

教壇に立つ、若い教師の言葉に、魅夢は半ば反射的に手をあげた。

半守は、一寸おどろいて魅夢を指した。
「質問か?」
「はい。夢師の作った夢なら、死んだ人とも会えるんですか?」

若い教師は、一瞬言葉に詰まって目を泳がせた。
この優しい青年は、魅夢を傷つけぬ言葉を探していたのだろう。

知っている。
夢では、死んだ人に会えないことくらい。

「それは……できないんだ。夢は、夢でしかない」
すまん。

と、半守が謝ることではないのに、頭を下げる。
この人の良い教師を試すようなことをして一寸罪悪感を覚えると同時、淡い期待をしていたのだとも気づく。

「いえ。所詮、夢は幻ですから」

半守は眉目良い顔に『困った』と描く。
「確かに、夢は幻でしかない。ただ――」

半守は言いかけた言葉を飲みこんだ。
何を言おうとしたのだろうか。

「魅夢は、会いたい人がいるのか?」

質問で切りかえされて、半守の言いかけた言葉への執着も消えてしまった。
「いえ、別に」

居るよ。本当は。
だから、明日必ず試験に受かって夢師にならなくちゃいけない。

だが、それは誰に言う必要もない。
自分の中だけで片付ければ良い事だから。

半守が何か言いかけたが、今度は、その言葉は終礼の鐘の中に消えていった。







×

この広告は30日以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。