2012年05月25日
世の中に要らない命などない。
この話、泣けた。
【稲川淳二さん、障害者の親として衝撃告白 「次男に死んで欲しいと思う気持ちあった】
...............................................................................................................................................................
生まれてきた次男はクルーゾン氏症候群という病気を抱えていた。
(中略)
そして「本当に許せないことですが、うちの子のことですから、こんな話をどうか許してください」と前置きし、「私はね、次男に死んで欲しいと思う気持ちがあった」と語る。
次男がいたら、将来妻や長男も大変な思いをする。
どういう病気なのかも当時はよく分からなかったし、病室には二人以外誰もいない。
「じゃあ今、自分で殺しちゃおうかな。
その代わり、ずっとこいつに謝り続けて生きればいいんだ」と思い、次男の鼻をつまんで呼吸を止めようとしたが、鼻先数センチのところで手が震えた。どうしようもできず、そこに妻が戻ってきたという。
(中略)
その後、次男の手術は成功した。次男を見たときに、たまらなくなって「由輝!オレはお前の父ちゃんだぞ!」と初めて名前を呼んだ。
それまで自分の中で次男の存在を抹消しようとしていたといい「自分が望んだ子どもなのに、オレは命を否定した。(中略)何て最低な父親なんだと。……。思いました」と語っている。
この経験が機会となり、テレビのお笑いの仕事をやめた。
身内に不幸があっても芸能人は笑っていなければいけない。「自分を殺してまで笑いの仕事をするのはやめよう」と思った。
そして、現在の障害者支援の活動にも繋がっていく。
...............................................................................................................................................................
その立場にない私が、安っぽい同情をしては叱られるが、
実は私ども家族もかつて、
稲川氏が医師から子供の体の異変を指摘されたのと、少しだけ似た経験がある。
(まさか、命をどうのと思い詰めたことはない。)
生まれて数ヶ月、健診で「?」が付いた。
体の負担もあるだろうて、散々調べられ可哀そうだった。
結局、紹介で「大○○整肢園というところに名医がおられる」との事で、
その先生のもとを訪ねることとなった。
かかりつけの小児科医(発達関連)の医師から、
その園の様子に、「きっと驚かれるでしょうが」と前置きされていた。
訪ねた先に、医師の予想どおり、度肝を抜かれた。
正直なところ、
我が子の未来が、「そこにあるかもしれない」という不安。
そして想像を絶する、またこちら、またこちら…
園じゅうが、重い障がいを背負ったお子さんばかり。
こんな光景は初めてだった。
そのとき、首のまだ据わらぬ我が子が、この腕の中にいた。
我が子が本当に愛しくなったのを記憶している。
その後、先生の診断では、思ったほどの懸念はないものの、
訓練を含めた戦いが待っていた。
大事なのは、“兵法”を誤らないこと。
腹は決まっていた。
幾星霜、
少々、おチビさんだが元気である。
今はまったく問題もなく、
あの頃が嘘のよう。
僕のハンデを労わり、協力してくれる優しい子。
この子は、もの心つく前から今日までずっと
ご本尊の前に向かわない日はない。
たとえ私が酔って帰ってそのままコテンと爆睡してしまう日があっても(笑
この子は絶対に欠かすことはなかった。
きっとこの子には、大きな使命があるんだろうなぁって、
日々成長に目を細めている。
記事では、
『世の中に要らない人、要らない命なんてないんです。それだけは、分かってください』と結んでいる。
…うん。
ぐんぐんと育て!(写真:はた京阪)
子供にいつも言いきっていることがある。
『僕は「相対評価」をしないよ、
自分の輝きをして欲しい。』ってね。
あの時わかったこと。
親として、
それを生涯の指針としている。
稲川さん、語ってくれてありがとう。

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【稲川淳二さん、障害者の親として衝撃告白 「次男に死んで欲しいと思う気持ちあった】
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生まれてきた次男はクルーゾン氏症候群という病気を抱えていた。
(中略)
そして「本当に許せないことですが、うちの子のことですから、こんな話をどうか許してください」と前置きし、「私はね、次男に死んで欲しいと思う気持ちがあった」と語る。
次男がいたら、将来妻や長男も大変な思いをする。
どういう病気なのかも当時はよく分からなかったし、病室には二人以外誰もいない。
「じゃあ今、自分で殺しちゃおうかな。
その代わり、ずっとこいつに謝り続けて生きればいいんだ」と思い、次男の鼻をつまんで呼吸を止めようとしたが、鼻先数センチのところで手が震えた。どうしようもできず、そこに妻が戻ってきたという。
(中略)
その後、次男の手術は成功した。次男を見たときに、たまらなくなって「由輝!オレはお前の父ちゃんだぞ!」と初めて名前を呼んだ。
それまで自分の中で次男の存在を抹消しようとしていたといい「自分が望んだ子どもなのに、オレは命を否定した。(中略)何て最低な父親なんだと。……。思いました」と語っている。
この経験が機会となり、テレビのお笑いの仕事をやめた。
身内に不幸があっても芸能人は笑っていなければいけない。「自分を殺してまで笑いの仕事をするのはやめよう」と思った。
そして、現在の障害者支援の活動にも繋がっていく。
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その立場にない私が、安っぽい同情をしては叱られるが、
実は私ども家族もかつて、
稲川氏が医師から子供の体の異変を指摘されたのと、少しだけ似た経験がある。
(まさか、命をどうのと思い詰めたことはない。)
生まれて数ヶ月、健診で「?」が付いた。
体の負担もあるだろうて、散々調べられ可哀そうだった。
結局、紹介で「大○○整肢園というところに名医がおられる」との事で、
その先生のもとを訪ねることとなった。
かかりつけの小児科医(発達関連)の医師から、
その園の様子に、「きっと驚かれるでしょうが」と前置きされていた。
訪ねた先に、医師の予想どおり、度肝を抜かれた。
正直なところ、
我が子の未来が、「そこにあるかもしれない」という不安。
そして想像を絶する、またこちら、またこちら…
園じゅうが、重い障がいを背負ったお子さんばかり。
こんな光景は初めてだった。
そのとき、首のまだ据わらぬ我が子が、この腕の中にいた。
我が子が本当に愛しくなったのを記憶している。
その後、先生の診断では、思ったほどの懸念はないものの、
訓練を含めた戦いが待っていた。
大事なのは、“兵法”を誤らないこと。
腹は決まっていた。
幾星霜、
少々、おチビさんだが元気である。
今はまったく問題もなく、
あの頃が嘘のよう。
僕のハンデを労わり、協力してくれる優しい子。
この子は、もの心つく前から今日までずっと
ご本尊の前に向かわない日はない。
たとえ私が酔って帰ってそのままコテンと爆睡してしまう日があっても(笑
この子は絶対に欠かすことはなかった。
きっとこの子には、大きな使命があるんだろうなぁって、
日々成長に目を細めている。
記事では、
『世の中に要らない人、要らない命なんてないんです。それだけは、分かってください』と結んでいる。
…うん。

子供にいつも言いきっていることがある。
『僕は「相対評価」をしないよ、
自分の輝きをして欲しい。』ってね。
あの時わかったこと。
親として、
それを生涯の指針としている。
稲川さん、語ってくれてありがとう。

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