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2021年10月06日

障害とイジメを乗り越えて「世界一のバイオリニスト」に、式町水晶

障がい・いじめを力に変えてプロのバイオリニストを目指す

今日は、たまたまテレビで見かけてしまったので、脳性麻痺の障害を持ちながらプロのバイオリニストになった若干20歳の式町水晶(しきまち みずき)さんについて紹介します。

tunamiproject.jpg

脳性麻痺とは

【脳性麻痺】
出生前や幼児期に脳に受けた損傷が原因で起こる運動障害や神経の障害。様々な症状がありますが、水晶さんの場合は、運動神経をつかさどる小脳が通常の半分ほどの大きさのため、手足や背中のしびれや、平行感覚が鈍いなどの症状があります。視神経にも障害があり、視野の4分の1が欠けています。わずか20歳ながら、今後、失明の可能性もあると医師から言われています。

式町水晶(しきまちみずき)さんの経歴

【式町水晶】(Mizukui Sikimachi 1996年 北海道旭川出身)
3歳の時に脳性麻痺(まひ)を発症。
指の麻痺や動作のバランスが取りづらいといったハンディを持つ。

4歳の時、母の勧めで「手足のリハビリになれば」と、バイオリンを始める。
小中学生の時には、車椅子で生活。
障害者であること理由に同級生からイジメを経験。
「健常者に負けたくない」との気持ちで必死でバイオリンを練習し始める。

中学校3年生の頃から、親友に励まされ筋トレ・歩行練習を始める。

16歳の時に本格的にバイオリニストを目指す。
世界的バイオリニストの「中澤きみ子」さんに師事。
クラシックを主にバイオリンを始める。

現在は、ステージで動いて演奏できるまでに。
現在、多岐に亘るジャンルを演奏して人々に感動を与えている。
財団法人「Classic for Japan」が主催する「千の音色でつなぐ絆」プロジェクトにも参加。

式町水晶

【中澤きみ子】
長野県上田市出身。日本のヴァイオリニスト。
新潟大学卒業後、ザルツブルク・モーツァルテウム音楽院でレナート・デ・バルビエリに師事。
同音学院を最優秀で修了。同音楽院コンクール第1位。
2006年(モーツァルト・イヤー)ウィーン・フィル、ベルリン・フィル、ロンドン響などの世界トップクラスのオーケストラの首席奏者で編成され、毎年大きな話題を呼んでいる「スーパーワールドオーケストラ」全国ツァーにフィリップ・アントルモン指揮のもとソリストとして共演。
現在は、尚美学園大学客員教授
夫は「ヴァイオリンドクター」とも呼ばれる弦楽器製作家、修復家の中澤宗幸氏。
中澤きみ子さん公式サイト

【中澤宗幸】
1940年、兵庫県に生まれ。
幼少より父親からヴァイオリンと楽器製作を学ぶ。
1980年、東京と長野にアトリエを構え、世界中の学校や博物館などからの依頼を中心とした名器の修復を手がける。葉加瀬太郎をはじめ国内外のアーティストのヴァイオリン・ドクターとして演奏を支えている。
2004年カンヌ国際芸術祭(日仏現代芸術祭)弦楽器の部コートダジュール国際芸術賞受賞。


「千の音色でつなぐ絆」プロジェクト
tunamiproject
中澤きみ子さんの夫でヴァイオリンドクターである中澤宗幸氏によって、東日本大震災で津波の被害を受けた陸前高田市のがれきの中から残った「奇跡の一本松」と流された楓と松を用いた製作された一挺のヴァイオリン「津波バイオリン」で1000人のバイオリン奏者が、リレー形式で演奏を行い、東日本大震災被災地の復興を支援しようと募金をつのる活動が行われている。
財団法人「Classic for Japan」公式サイト

式町水晶さんを突き動かしたもの

障害があることでイジメを受けた式町水晶さんにとって、バイオリンは、最初は、「リハビリのための道具」、そして「いじめと戦うための道具」でもありました。

バイオリンに上手に弾けるようにと、「こんにゃく」や「木綿豆腐」を潰さずに握る練習をしたそうです。
彼が本格的にヴァイオリニストを目指したの16歳からです。

彼をそこまで真剣にさせたのは、「健常者を見返してやりたい」という一念だったそうです。

元々ポップスが大好きで、そのためポップスを習得するために頑張ったそうです。アドリブも好きで、ポップスだけでなくジャズにも挑戦しています。

彼のバイオリンは、最初は自分をイジメた健常者への「憎しみ」の塊でした。しかし、その後、彼のバイオリンは、被災者の人々や、他の障がい者の人々を励ます楽器となりました。

彼は彼の夢は、「耳の聞こえない方にも楽しんでいただけるような音楽を作ること」だったこともあり、ダンサーとコラボして、演奏するスタイルを作り上げ、視覚的・聴覚的に楽しめるコンサートを開いています。


式町水晶さんの人柄、こころに残った彼の言葉

格闘技も好きで昔から闘争本能が強かったという彼は、現在も趣味であるボクシングを続けながらバイオリニストとして活躍しているが女性に対してはからっきし駄目で苦手だそうです。
いつも片思いに終わってしまうそうです。

そんな彼が、テレビのインタビュアーに「プロのバイオリニストになって心境が変化したことはありますか?」という質問に聞かれて答えた言葉が心に残りました。

「相手が幸せになってくれればいい」

という言葉でした。

彼は、エレクトリック・ヴァイオリン(ヴィオラとヴァイオリンが合体した五弦の楽器)も弾いています。

そんな彼が作曲した演奏を2曲お聞きください。

『孤独の戦士』(作曲:式町水晶 Mizukui Sikimachi )


式町水晶

エレクトリックバイオリンとは


後の追記は、いつものやつです。興味のある方だけ読んでください。
ピアノを弾く子ども.jpg

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