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2008年09月30日
原巨人10・11最終戦V決める!…94年10・8再現だ
 巨人・原辰徳監督(50)は29日、今後の展望を問われ「ウチは143、4試合目まで持ち込むつもりでやっている」と今シーズンの最終戦である10月11日のヤクルト戦(神宮)まで阪神とのデッドヒートを続け、逆転優勝を飾る決意を明かした。最終戦に優勝をかけた試合では、1994年の「10・8」決戦を含め、過去3度とも白星でVを飾っている。

 これまで口を酸っぱくしてきた通り、過去を振り返っている暇はなかった。屈辱の完封負けから一夜明けた名古屋駅。新幹線を待つ間、「きょうは阪神戦あるよね? 一喜一憂だな」と切り出した原監督は、逆転優勝への青写真を披露した。「ウチは143、144試合目まで持ち込むつもりでやっている。その覚悟はある」この日、阪神が広島を下して1ゲーム差に広がったが、それがどうした―そんな感じで最終戦Vへ意気込んだ。

 指揮官はチーム力に手応えを感じている一方で、阪神も簡単に負けない、とみており、壮絶なマッチレースは最終戦までもつれる可能性が高い。シーズン最終戦での優勝といえば、伝説の「10・8」を思い出す。94年の同率首位決戦で巨人は中日を破り、栄光のゴールにたどりついた。これを含め過去3度、最終戦に優勝をかけたシーズンがあるが、いずれも快勝。最終戦まで持ち込めば「V率100%」。データも後押しする。

 残り7試合、より確実に勝利をもぎとるため「ID」を導入する。尾花投手総合コーチは「勝てる確率の高い投手を投げさせる」と明言。30日の横浜戦(横浜)は、昨年からカード6連勝中の高橋尚、10月4、5日の中日戦(東京D)は、今季の対戦成績が4勝1敗のグライシンガー、前夜敗れはしたが、8回1失点と好投した上原の順で投入、そして8日の阪神戦(東京D)には、カード3勝1敗、防御率1・48の内海で万全を期す。

 「全勝ローテ」の布陣をそろえ、30日には林が1軍に昇格する予定で、中継ぎ陣も厚みを増す。原監督は「(内海のいない)10日間を有効に使うということです。これからも一戦一戦戦っていくだけ」と締めくくった。最大13ゲーム差をひっくり返す最終戦V。一戦必勝の先には、メークレジェンドにふさわしい劇的なエンディングが待っている。

2008年09月29日
痛っ 小笠原死球退場で5安打沈黙…右手小指、骨に異常なし
 巨人・小笠原道大内野手(34)が、28日の中日戦(ナゴヤD)で負傷退場した。1回2死、チェンから右手小指に死球を受けて、そのままベンチに退いた。アイシング治療を行い、名古屋市内の病院へ向かった。エックス線検査を受け、「右手小指の打撲」と診断された。

 ガッツが倒れ、うずくまった。原監督も駆け寄ったが、表情はゆがみっぱなしだった。立ち上がり、一塁に歩きかけたが、首脳陣に促されてベンチに下がった。

 30分後、タオルで右手を巻いて病院に直行。厳しい表情のまま「指です。とにかく今は何も言えない」と話した。優勝争いの中で試合を序盤で離れることになり、「後はみんなに託す? はい。任せるしかない」と言い残してタクシーに乗り込んだ。

 検査結果は打撲だった。ひと安心して午後8時過ぎに球場に戻ったが、単独首位をかけた試合に敗れた。「チームに迷惑をかけて申し訳ない」患部を冷やしながら、球場を後にした。

 「骨折じゃなくて良かった。そういう意味ではホッとしています」と原監督。今後の精密検査、試合出場について、小笠原は「今後はトレーナーの指示に従うしかない。まだ、分からない」としか話せない。伊原ヘッドコーチは「ガッツのことだから(試合に)出るでしょう」と期待した。

2008年09月28日
原監督が興奮!敵地で虎狩り!流れは巨人
 打った、勝った、再び首位だ!! 巨人は27日、阪神23回戦(甲子園)に6−4で逆転勝ち。アレックス・ラミレス外野手(33)、李承ヨプ(イ・スンヨプ)内野手(32)の2人が全打点をたたき出し、勝率.594で再び首位に並んだ。阪神戦13勝目で、日本一になった2002年以来6年ぶりのカード勝ち越しも決定。残り8試合、一気に抜き去り突き放す。

 満員の敵地で、巨人ナインが気持ちよく勝利のハイタッチを交わす。その中で満面の笑みを浮かべたのは、4番ラミレスと5番李承ヨプ。主砲の一発が再び首位に導いた。

 「いいスイングができたよ。とにかく後ろのリー(李承ヨプ)につなげようと思っていたんだ」

 先制を許した直後の三回二死二塁。ラミレスは岩田のカーブをとらえ、左前に同点適時打を放った。前日26日の甲子園入り後、軽い風邪をひいた。「のどがおかしくて、少し鼻水も出た。でも大丈夫」。前日は外出せずに宿舎で静養。しっかりと準備し、4番の責任を果たした。

 チームは9月、32年ぶりの12連勝を含む16勝5敗1分けと絶好調。その陰には、ラミちゃんの気遣いがあった。自腹で1袋約1万円する栄養補助食品のプロテインを米国から取り寄せ、坂本や大道らに贈った。選手には「集中力が高まる」と大好評。その心意気に、チームはさらに一つにまとまった。

 4番の一打に、李承ヨプも続いた。岩田の内角シュートをたたき、バックスクリーンへ勝ち越しの8号2ラン。四回にはラミレスが押し出し四球を選んだ後、2点適時打を放ち計4打点。ヒーローインタビューでは「ベンチの勝利の執念が打席に伝わってきたよ。チームの勝利に貢献できてよかった」と頼もしい表情をみせた。

 1ゲーム差で迎えた首位決戦。敗れると阪神にマジック「7」の点灯を許す厳しい状況だったが、両主砲の爆発で再び首位に立った。

 1999年以来の阪神戦6連勝にも、原監督は「きょうはギリギリのところで、こちらに軍配が上がった。あしたもゲームがあるし、全員でしっかり戦っていくとしか、いいようがありません」と表情を引き締めた。28日の中日戦(ナゴヤドーム)を含め、今季は残り8試合。逆転優勝のために、“強い巨人”を見せつける。

2008年09月27日
首位決戦を控え投手陣が汗
 ジャイアンツは26日、阪神戦(27日・甲子園)に向け、神戸に移動しました。25日までの広島4連戦を2勝1敗1分けで乗り切り、首位・阪神と1ゲーム差で直接対決に臨みます。
 
 連勝記録が「12」でストップした25日の広島戦から一夜明け、広島駅から新幹線に乗り込んだナインは、前夜の惜敗を引きずることなく、爽やかな表情。原監督は、「連勝が止まって仕切り直しとなるが、切り替えるだけ。13ゲーム差も離されていたのが1ゲーム差になって首位チームと戦えることをエネルギーに変えていく」と前向きに話しました。小笠原選手も「1試合1試合やるだけ」と残り9試合に闘志を燃やしていました。
 
 午後からは上原投手、高橋尚投手、内海投手、グライシンガー投手の先発陣が甲子園球場で調整練習を行いました。22日の広島戦で8回1失点と好投した高橋尚投手は「この時期になったらだれがどこで投げてもいい。最後にクルーンにつなぐまで、みんなで行かなければいけないと思っている」とスクランブル態勢に備えて準備万端の様子。21日の阪神戦で10勝目を挙げた内海投手は「1ゲーム差だけど、ここで盛り返せばまた乗って行ける」と打倒・阪神を期していました。

2008年09月26日
33号2ランも空砲、小笠原「切り替え、切り替え」
 言葉に力を込めた。小笠原は悔しさを振り切るように、顔を上げた。「切り替え、切り替え」連勝が止まっても、気持ちは切れていなかった。目には新たな闘志が宿っていた。

 うれしさで始まり、悔しいまま終わった。初回1死二塁、カウント1―3からの斉藤の5球目。内角スライダーを完ぺきに振り抜いた。「うまくとらえることができました」打った瞬間に本塁打と分かる打球は、右翼席上段に消えた。3試合ぶりの33号2ラン。ベンチに戻ると「いい先取点が取れてよかった」と声を弾ませた。

 幸先のいい一発で勢いに乗ったかに見えたが、第2打席以降は沈黙した。1点を追う9回は永川のフォークに空振り三振。思わず天を仰いだ。結局、5打数1安打。「反省だ」と唇をかんだ。

 打撃は好調をキープしている。広島4連戦では打率3割5分3厘(17打数6安打)、2本塁打、5打点と勝負強さを発揮した。遠征先ではホテルの風呂で半身浴をし、疲労回復に努める。少しでも疲れを取り除いて試合に臨めるように努力を欠かさない。

 27日は甲子園で首位・阪神との直接対決。「切り替えて集中してやるだけ。勝ちは続くこともあれば、止まることもあるんだから」と自分に言い聞かせた。この悔しさは、虎相手に大暴れして晴らす。

2008年09月25日
原巨人12連勝!22歳東野がプロ初完投
 君を“タフガイ”と呼ぼう。22歳の若手が大仕事だ。巨人は24日の広島23回戦(広島)で、前日23日の延長十二回に登板した4年目右腕・東野(とうの)峻投手(22)が仰天先発。プロ初完投で2勝目を挙げ、チームを1976年以来32年ぶりの12連勝(引き分けを挟む)に導いた。「完了」の翌日に「完投勝利」は投手の分業制が確立されてからは初ともいえる快挙。名将・原監督の采配(さいはい)がピタリで6−2快勝。阪神と首位並走だ。

 大きく息を吸い込んだ。九回二死。打席には七回に2ランを浴びたシーボル。東野に怖いものはない。本塁打された球と同じスライダーで空振り三振に仕留めた。プロ初完投の22歳は、両拳を思いきり握りしめた。

 「最後はスライダーで決めたかった。完投は未知の世界だったけど、ここまできたらいこうと…。終わってみたら気持ちよかった」

 仰天の先発だった。「先発・東野」がアナウンスされると、超満員の広島市民球場がどよめいた。延長十二回、4−4で引き分けた前日23日のデーゲームで最終回に登板した。試合終了は午後6時38分。23時間22分後、今度は先発のマウンドに上がった。

 前夜、宿舎で尾花投手総合コーチから告げられた。「(ローテの)順番からいえばあるかなと思っていた」。外出はせず、ルームサービスで夕食をとり、静養した。もともと中継ぎで、連投は問題なし。112球、6安打2失点、9奪三振の熱投だった。

 茨城有数の進学校・鉾田一高から入団して4年目。小2まではサッカー少年だった。小3のとき転校した小学校にサッカー部がなかったため、仕方なく野球を始めた。そんな東野が歴史的な大仕事を成し遂げた。

 前日の試合で完了した(最後を任された)投手が、翌日に完投勝利。まさに“稲尾&金田級”の快投だ。『鉄腕』と呼ばれた稲尾和久氏は西鉄入団1年目の1956年6月に記録。金田正一氏も国鉄時代の64年5月31日の広島とのダブルヘッダーで連投、ともに勝利投手になっている。

 それでも、先発−中継ぎ−抑えと分業制が確立された近年にはない偉業。高卒で入団直後、背筋力測定の際、300キロまでしかない測定器のメーターを振り切った東野。同じく高卒で入団1年目の松井秀喜(現ヤンキース)の240キロを軽く超えた伝説は今も語り継がれている。

 名将が歴史をつくる。マジックを大爆発させたのは原監督だ。「ジャイアンツの大エースになる人は、人並み外れた技術、体力を持ち合わせていなければいけない。彼はそれくらいのものを持っているよ」と最大級の賛辞をおくった。

 第1次長嶋政権が初優勝した1976年以来、32年ぶりの12連勝。「何度も言うけど、前をみていくだけだよ」と原監督。阪神も勝ち、首位並走は続く。だが、巨人には稲尾&金田級の22歳右腕がいる。歴史的な連投が、最大13ゲーム差からの大逆転Vという奇跡を後押しする。

2008年09月24日
王監督、今季限りで勇退「流れを変える動き必要」
 ソフトバンク・王貞治監督(68)が23日の日本ハム戦終了後、福岡市内のホテルで緊急会見を開き、今季限りの勇退を表明した。2006年7月には胃がんの手術を受け、07年シーズンに現場復帰して指揮を執ったが、今季チームは5位と低迷。会見では辞任理由として、体調面とチーム成績の不振を挙げた指揮官。後任監督は秋山幸二チーフコーチ(46)の昇格が有力視されている。万年Bクラスチームを常勝軍団に成長させ、1999、03年、日本一に導いた王ホークスの挑戦は14年で幕を閉じる。

 11年ぶりのシーズン負け越し決定から1時間後の午後5時15分、王監督はグレーのスーツにチェック柄のネクタイ姿で節目の会見に臨んだ。「一昨年に病気をしまして、退院した後に体力というものに面はゆい、じれったい思いを持ちながら毎日を過ごしてきました」緊急辞任会見を開いたのは「体力の限界」と「不振に対する責任」だった。

 王監督が竹内孝規球団COOに辞意を明かしたのは、敵地6連戦から戻った今月20日。22日からは笠井和彦オーナー代行(71)も福岡入りし、説得に当たった。この日午前には孫正義オーナー(51)が電話で最後の交渉を試みたが、指揮官の意志は固く退任が決まった。

 昨年10月のクライマックスシリーズ第1ステージで敗戦直後、ナインに「来年はラスト1年のつもりでやりたい」と背水の決意を示したが、9月は3勝15敗と大失速。「9月に入って信じられない。14年間の中でも考えられない戦いが続いていた。大きな流れを変える動きが必要だろうと」と勇退を決断。選手、スタッフには試合前のミーティングで告げた。

 王政権14年間の終盤は病魔、そして自分との闘いだった。06年7月に7時間に及ぶ胃の全摘出手術後、07年2月の宮崎春季キャンプで現場復帰。だが、今季は昼食時にものを詰まらせ、8月14日のロッテ戦(千葉)を欠場。同22日の日本ハム戦前、左腕に2か所の点滴を受けるなど、体調万全にはほど遠かった。チームの不振も重なり、関係者には「胃がないけど、腸が痛いんだよ」と、冗談交じりに漏らすこともあった。

 激動の14年間だった。開幕から9勝22敗と低迷した96年5月9日の近鉄戦(日生)では、心ないファンから生卵を投げつけられた。それでも、小久保、松中、城島、川崎ら“王チルドレン”が成長し、99、03年に日本一を達成。00年日本シリーズでは巨人・長嶋茂雄監督(当時)との「ON対決」で沸かせた。06年「第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」では日本代表監督も務め、初代世界一に導いた。巨人監督時代の347勝を含め、歴代8位となる通算1312勝(23日現在)の輝かしい功績を築き上げた。

 今後は球団に残り、福岡を拠点に置く予定。兼任のGM、副社長職は未定だが「監督がもっとも動きやすい形ですべてを用意させていただく」と笠井オーナー代行。球団では総監督的な役職で迎えることも検討している。

 「福岡の人はこんなに温かく私生活も含めて充実した14年間でした」1時間の会見を終え、報道陣の拍手に深々と頭を下げた指揮官。24日は本拠地最終戦。地元ファンに自らの言葉で最後のあいさつし、残り9試合に全身全霊をかける。

2008年09月24日
「ナイスゲーム」原巨人激闘の末鯉とドロー
 勝ちがなくなった延長十二回、先発要員の東野を投入する執念をみせた。4−4の引き分けで今季2位以上が確定。原監督はチーム今季最長4時間38分の熱闘を戦い終えたナインを、笑顔でねぎらった。

 「粘って引き分けに持ちこんだ。ナイスゲームですよ」

 勝てば長嶋監督第1次政権時代の1976年以来32年ぶりの12連勝だったが、ルーキー左腕篠田(日大出)の粘投に手を焼いた。七回まで無得点。八回に投手が交代すると、底力を発揮した。盗塁やエンドランをからめて1点差とし、なお一死二、三塁。ベンチにはなんと3億5000万円プレーヤーの高橋由が残っていた。9得点した前日22日はスタメンで5打数無安打に終わったが、ここぞの勝負強さはさすが。守護神・永川の初球を右中間席にほうりこむ代打逆転3ラン。選手層の厚さを見せつけた。

 「値千金だったね。そのためにベンチに置いているんだ。あの場面はヨシノブしかない」

 他球団がうらやむような戦力を、今は自在に使いこなせる。原監督の表情には自信がにじんだ。その裏、豊田、山口の乱調で追いつかれたが、延長十回から守護神クルーンを今季初めて2イニング投げさせるなど、強気の継投で最後まで勝利を目指した。

 「ギリギリの場面でみんなが粘って戦った。ナイスゲームだ!!」

 原監督は何度も繰り返した。連勝はまだ続いている。

2008年09月23日
ラミ&ガッツ、ONに並んだ!14度目アベック弾!V率100%11連勝!
 巨人は猛打爆発で1989年以来、19年ぶりの11連勝を飾った。初回にラミレスが自己新となる41号先制2ランを放てば、3回に小笠原が32号2ラン。OR砲のアベック弾は今季14度目で68年の王、長嶋に並ぶ球団記録となった。先発の高橋尚は今季最長の8回を1失点で7勝目。これでリーグ一番乗りでクライマックスシリーズ(CS)進出。同率首位は変わらないが、巨人は11連勝以上したシーズンにすべてリーグ優勝。好データがGナインを後押ししていく。

 伝説のコンビに並んだ。ラミレスが本塁ベース付近で、ダイヤモンドを回る小笠原を待ちかまえた。2人とも笑顔で力強くハイタッチ。今季、14度目のORアベック弾で、68年に王、長嶋のON砲が作った、チームのシーズン最多アベックアーチ記録に肩を並べた。

 先陣を切ったのは、ラミレスだ。1回2死二塁で大竹の外角直球をたたくと、打球は右翼ポール際に吸い込まれた。自己最多で、巨人外国人歴代2位タイの41号2ラン。「得点圏に走者がいたし、コンパクトに振った」村田と並ぶトップに立った先制アーチを振り返った。

 ガッツも歴代4位となる8度目のシーズン150安打を一発で飾った。2点リードの3回1死三塁。大竹の内角低めの直球を、右中間へ最近4戦3発目の32号2ラン。「(ONという)偉大な先輩に並べて光栄だし、こういう試合で結果が残せたのがうれしい」とうなずけば、ラミレスも「小笠原という素晴らしい打者と達成できたことを誇りに思う」と笑った。

 開幕前から「強い選手を求めている」と言い続けた原監督の言葉を3、4番が体現している。小笠原は前日(21日)の阪神戦(東京D)の1回に、右ひざ内側に自打球を当てた。直後から患部はしびれ、感覚はなかった。それでも試合が決まる7回までは出場した。そんな姿にラミレスは共感。「オフに左ひざを手術して、それでもケアをしながら努力して、痛いなんて一言も言わない」と尊敬すらしている。

 この日もO砲は、5点リードの7回に右ひざ外側に死球を受けたが、一塁まで自力で到達。その後ろ姿にR砲は奮い立ち、今季10度目の猛打賞となる左前安打で、ダメ押しの3点を呼んだ。「ひざは大丈夫だと思う」やはり、ガッツは弱音を吐かなかった。

 球場での2人は、不思議と会話が弾む。ラミレスは言う。「私生活で一番仲がいいのはガッツさんかな」認め合っているからこそ、あえて野球の話はしない。自慢の焼き肉店の話題などで盛り上がる。小笠原は「互いに切磋琢磨(せっさたくま)して、カバーし合っていい方向に向かっている」と誓った。

 両雄がそろって一発を放てば14連勝。19年ぶりの11連勝でリーグ一番乗りのCS進出を決めた。「ラミレスも小笠原も大きかった。11連勝? 何回も言うけど後ろは振り向かない。今は前を見据えることが大事」指揮官は気を引き締めた。「僕ら2人が打つと負けないということが、これからも続くことを祈っている」と助っ人が締めた。全勝でアベック弾の新記録を作り、V奪回を呼び込む。

2008年09月23日
尚成「俺は本格派」今季最長8回1失点!10K7勝目!
 腹の底から、声を絞り出した。「しゃー!」高橋尚の全身から、闘志がほとばしり出ていた。「監督にもいつも口酸っぱく言われているけど、自分は本格派。技巧派じゃないと思って投げた」試合中盤の勝負どころ。5回2死一塁から、アレックスを144キロの真っすぐで空振り三振にねじ伏せ、マウンドでほえた。

 指先に魂と力を込めた。いつものヒサノリとは、イメージが違った。「狭い球場だし、かわしてかわして、ランナーをためて一発ドーン(被弾)というのが一番ダメ。真っすぐでドンドン攻めていこうと思った」何よりも、戦う姿勢、攻める覚悟を仲間に示したかった。直球で胸元をえぐり、シンカーを落とした。「ストレートがいってたし、その中で変化球が効果的に使えた」と胸を張った。

 偶然にも試合前、上原と球速について談笑。「オレは150キロ出たし」と大見えを切り、右腕に「そんなに出えへん、出えへん」と突っ込まれていた。この日の最速は147キロ。緩急を見事に織り交ぜ、完封勝利した05年7月1日の広島戦(東京D)以来の、10奪三振をマークした。

 徹底したプロ意識が、7勝目を生んだ。「もう若くはないし」と冗談めかすが、普段から体調管理に細心の注意を払う。夏場はエアコンを極力避け、どうしても空調の利いた空間にいる時は、自動車の中でも、左ひじを冷やさないようにタオルを巻いた。阪神と激突した先の天王山。初戦の19日はブルペンで待機した。先発とリリーフでフル回転しながらも、体調を整えられたのは日々の努力のたまものだった。

 今季最長の8回を1失点。134球の熱投に、原監督も声を弾ませた。「今のチーム状況で8回まで投げるのは、価値のある勝利です」連戦続きの過密日程の中、救援陣に休息をもたらした左腕を絶賛した。

 厳しい戦いは続く。「スクランブルでいくしかないと思うし、これからも言われたところで、自分のピッチングをしたい」ヒサノリの言葉は真っすぐで、力強かった。

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