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2020年06月23日

清い心

昨日、ある方に仕事や家庭の悩みを聞いてもらいました。父が昔亡くなった時のこと、子供が下痢等の体調不良で不登校気味なことなど、普段話すのも控えたい内容です。忘れないよう、こころにとどめるためにブログに残すことにしました。

人間には寿命があります。しかし、神様(仏様)のご慈悲で何歳でその人の寿命が終わるかは知らされていないそうです。また、自ら命を絶った人は神様から与えられた寿命を全うしなかったため、あの世では様々な試練が与えられるそうです。しかし、神様から与えられた試練を乗り越えるために頑張っているので、この世に残された遺族が供養(故人のことを思ってお祈りすることで、供に試練を乗り越える)することで、故人が早く浮かばれるそうです。また自ら命を絶つ人は頭がよく、起こってもないことに考えが及んでしまい、神経が過敏な人が多いそうです。自殺の家系などは存在はせず、神経が過敏な性格は遺伝するかもしれません。いろいろ悩んだ上で死線にのってしまい、その流れから逃れられないこともあるそうです。ですから、あの世で頑張る故人を遺族が乗り越えれるように故人を思ってお祈りすることは重要とのことです。

私自身、最近仕事や人間関係に疲れ果てています。自らの命を絶ちたいと思うことが多々あります。父がその道を選んだから、父が私を呼んでいるのかと錯覚してしまいました。そんなはずはなく、父はあの世で神様から与えられた試練を乗り越えるために頑張っています。だから、子供とのこと、妻とのこと、仕事のこと、様々なことから逃げたら絶対ダメだと言われました。涙が出ました涙ぽろり

子供との接し方について。子供がクラスメイト、担任とトラブルになった時、僕たち夫婦は子供を信じてあげれませんでした。また、彼の性格、ものの考え方に寄り添うことができませんでした。
彼は正義感が強く、曲がったことが嫌いでした。授業を受けず、授業の妨害をしているクラスメイトがいました。先生はその子の隣に
彼をあてがいました。彼は授業を真面目に受けたいので、その子に注意をするようになりました。その結果、そのクラスメイトはストレスを感じ、彼の物を隠すようになりました。彼は毎日、毎日不安になりました。彼は先生に相談して犯人がそのクラスメイトであることがわかりました。しかし、先生はそのクラスメイトが彼の物を隠した原因は彼にあると告げました。「教科書をちゃんと出せよ」「先生の話をちゃんと聞けよ」「席に着けよ」それらの言い方がきつく、クラスメイトがストレスに感じてると。私の妻にも先生から連絡がありました。クラスメイトの親御さんも子供が彼の注意の仕方がきつかった上での行為であり、自分の子は悪くないといった内容だったとのこと(2年前の出来事のため記憶は不確か)。それを真に受けた私達夫婦は普段の自宅での彼の言動(妹に対する物言い)は確かに目に余ると感じていたため、彼の気持ちや思いに寄り添わずに叱責してしまったのです。

これが全ての過ちの始りでした(T-T)先程の出来事は4年生の一学期の終わりで、夏休みの間中彼は次のように考えていたそうです。
「俺は自分が正しいと思ったことをしたのに物を隠され、仕返しをされた。それを先生や親は俺が悪いと言う」「じゃああの子(違うクラスメイト)に話した何気ない言葉でひょっとしたら傷つけているかもしれない。ではあの子との会話はどうだ?また逆恨みをされるのではないか?」そんなことを考えているうちに下痢や体調不良を訴えるようになり、みるみるうちに痩せ細っていきました。子供同士の何気ない会話さえ、相手がどう思うか分からない、恐い、と疑心暗鬼になっていったのです。
その夏休み中、妻は彼のこんな言葉をよく耳にしたそうです。「「安政の大獄」「桜田門外の変」「井伊直弼」みたいである」と。安政の大獄とは、勅許(天皇の許可)を得ないまま日米修好通商条約に調印し、また将軍継嗣を徳川家茂に決定した江戸幕府(大老井伊直弼)の諸策に反対する者たちを弾圧した事件です。井伊直弼はアメリカの脅威、絶大な軍事力から日本、幕府を守るため、世界的な視点を持ってアメリカに相対した立派な政治家であると思います。圧倒的な軍事力の差を理解せずに尊王攘夷を叫ぶ者達は本当に国のことを考えたと言えるでしょうか?欧米列強がアジアの国々を植民地化し、不平等条約を結んでいる中、スピード感も求められたでしょう。大老井伊直弼は国益を考え、幕府の筆頭家老として正しいと思った決断をしました。しかし、江戸城桜田門外で水戸藩からの脱藩者17名と薩摩藩士1名が彦根藩の行列を襲撃、大老井伊直弼を暗殺した事件が桜田門外の変です。正しいことをしたはずなのに、他人から反感を買って殺された井伊直弼に自分を重ねていたと私達は推察します。

そんな人間不審に陥った彼は別人のように挙動不審な子供になってしまいました。給食の時間が好きだった少年は、腹痛を怖れて食欲不振になり、痩せ細っていったのです。また、朝のトイレも頻繁になり、トイレから出れない日が続きました。登校班と一緒に行けなくなって妻が学校へ送って行く日が続きました。
あれから2年。波はあるもののその症状はまだ続いています。たまに妻にこうこぼすそうです。「なんで俺はこんな体になってしまったんやろ?」「4年生のときの記憶があまりない」と。まだたった11、12歳の少年が深い傷を心に負って生きているのです。
妻は学校、担任、相手の子供が許せない、訴えたいと言います。また彼に寄り添えなかった自分を許せないとも。一方、私は訴えたところで世間の好奇の目にさらされたうえ、県や市を相手どって勝てる見込みはないと思います。そんなことをしても元気な彼は帰ってこないし、それよりも当時の自分の対応を悔やんでこれからは精一杯彼に寄り添いたいと思っています。それには家にいてくれている妻の協力が必要です。しかし、夫婦は同じ方向を向けていないので喧嘩も絶えません。

このように誰にも相談しにくい話をしたのですが、その方は遅くまで話を聞いていただきました。
アドバイスとして、子供に対しての接し方を教えてくださいました。、子供に「何でお腹痛いんかな?」「どうして朝なったら気分が悪くなるんやろ?」といった風に子供に問いかけてみたらと言われました。言葉に発することで自分自身に問いかけ、口に出すことで言霊が宿ると。そうすれば頭のいい子ほど理解が進み、不安が取り除けるそうです。原因を一つ一つ見つけ、自分自身が納得すれば次に進めるのではないかというのです。僕はこれまで息子とちゃんと向き合ってこれたのだろうか?彼の思いを一つ一つ救いあげ、前へ一歩でも進んでいけたらと思いました。
また以前のような活発で、食い意地のはった元気な彼に出会いたい。今はその一心です。妻ともこれからいっぱいいっぱい対話を繰り返していき、息子・娘がまっすぐ育てられるよう親としての責任を果たしていきたいと思いました。
posted by fukukoro at 07:40| Comment(0) | TrackBack(0) | コメント
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