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2018年02月20日
徹夜はザラです





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「徹夜はザラです。」





と語っていて、
どこかの神宮のような森林の中で氷を切っている人が、
サーモスという水筒のテレビCMに出ていました。







『徹夜はザラです。』






って言葉をとても心地よさそうな場所で木を切っている人から聞いた時、






寝る時間もないほど、愛する仕事の依頼があって本当に幸せなことだろうなあ。
そんなにも情熱を感じることと出会えて幸せだろうなと思いました。






それを一緒に話していた友人は






したくもない仕事のために徹夜だって言っている人もいるのかもね。
と言っていました・・・






一つの言葉にもいろんな意味がありますね


Posted by Sayaka at 23:54 | この記事のURL
2018年02月17日
平昌オリンピックに思うことB





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羽生選手!宇野選手!






おめでとうございます







羽生選手は「フェアリー」ですね〜







羽生選手の演技は見ている最中から涙が出てしまいました。








魂に触れる演技







でした。






儚さ。






を感じさせるんですね。

それなのに、情念の深い演技。






この瞬間にしかきっと出会えない気持ちにさせてくれるんです。
その大切な瞬間に触れて、観れたことが奇跡という感覚が

見ている人たち、

そして同じ人間でもある審査員の人にも伝わっているのかな・・・






彼の演技は本当に魂レベルに伝わってきます。






何でしょうね・・・






彼の魂からの表現が、私たちの魂に届くんでしょうね。






本当に、本当に素晴らしかったです。






そして、宇野選手!

宇野選手、出だして転倒したことで
吹っ切れてそのあとのいい演技につながったように思いました。
そのおかげでよりダイナミックにご自身を表現できた気がします。


冒頭に完璧に行くと、まだまだそれを「維持する」という緊張感に耐えられない
かもしれない。
という内なる神の取り計らい、計画のように感じてしまいます。
全てがベストですね。






メダル獲得という事で言えば羽生選手の金メダル二連覇よりも、
実は、宇野選手の銀メダルの方で飛び上がって喜んでしまった私でした






羽生選手といえば・・・






ザ・本物のナルシスト!!!






みたいな感じがしませんか?(笑)






でも、そのナルシスト感が歴史に残る作曲家の
フランツ・リストやショパンのようなんです。





自分に酔っている。






そして、自分に酔っちゃうことを自分に許している。






どんな自分でも受け入れて愛せているんだろうなあ。
という感じがして
私は好感が持てます。
(正確には、好感が持てるようになりました。昔はこちらが気恥ずかしさを感じてしまって。。)






以前、引き寄せの法則のエイブラハムが





お金持ちや成功者を批判するから
あなたはそのようになれないのだ。






と言っていたことがあります。







本当にそうなんですよね。






誰かに対して






そうであってはならない。





と思うことは





自分にも禁じているということだから。






成功している人たちを疑ったり、
成功している人を批判していたり、
大したことないよと小馬鹿にしたりしていると






成功することはできませんね。






卓越した成功している人の振る舞いを「プッ(笑)」と冷めて斜めから見る人は
どんな場で、どれだけ努力したとしてもなぜか2番手までにしかなれないんですよね。
不思議ですけど。






せっかくの機会なので今日からは・・・・






突き抜けて自分の最高の可能性を生きたい方は
羽生選手のように「自分大好き」に振る舞うことを
自分に許しちゃいましょう〜





蛇足ですが、





ところどころ羽生選手の「お母さんっぽい」振る舞いが登場する場面がありました〜
「結弦母さん」益々、不思議な存在です



Posted by Sayaka at 23:17 | この記事のURL
2018年02月17日
人生のパターン





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「ある人生のパターン」というのは
人生のどの部分にも現れてきます。






最近面白いお話を聞きました。






あなたは「約束した時間を守る方ですか?」






時間に対する自分自身の姿勢が、
鏡のようにそのまま、今の自分自身、
そして今の自分の人生の様相を示しているとのこと。






割と決めた時間に正確な方は、
人生を一緒に楽しめる人との出会いや
成功のチャンスなどがやってきたとき、
自然とその機会をとらえて人生に取り入れることができます。






早めに早めに行動しがちな方、
毎回早く着いてしまう方というのは、
少し人生そのものや、獲得できるはずのものについて
焦りすぎな傾向があるかもしれません。






約束してもすぐに破ったり変えてしまう人というのは、
自分の人生に対して責任を持つことが困難と言われています。

心理的にも不安定で癒しを必要としている状況のことが多いでしょう。

自分の人生を自分の力で創造していけると思っておらず
被害者意識に陥りやすい傾向がある方も多いかもしれません。






その理由が例えば病気だとしても、急な仕事だとしても
それは同じです。





確かに、ドタキャンの癖のある方で
人生がうまくいっているという人はあまりいなかった気がします。
その人の大切な願いは未だ実現していない感じがします。






私が大学生の時に流行った昔から有名な恋愛指南の本には
「デート相手が一度でもドタキャンをしたらやめておきましょう」
という記載があって、それってかなり厳しいよね。
と思ったものですが、
あながち間違っていなかったかもしれません・・・・






ちなみに、私は癖がセッションの時間などが超過する傾向があります






これって・・・

いろんなことに長く時間をかけすぎてるって意味?かも・・・
間違ってない気がする〜

チャチャっと終えて前進しないとですね






話は元に戻りますが・・・






自分の時間の使い方、時間との関わり方を修正すれば
人生の波に乗っていけそうですよね。

人生が停滞していた部分にも
自分の行動を整えることで働きかけていけるかもしれません。







そして、関わる人についても
ちょっとした一部分をしっかりと目を開いて見つめれば
人生に対してどんな向き合い方をしているのか、
自分にとってふさわしい人であるかわかりそうですね。






奇跡のコースでも、
一つの関わりというのは
360度に影響を及ぼすと言われています。





一人の人を心底愛してたら、
その愛は他の全ての人を愛しているのと同じということになります。





そして、その一人目とはおそらく自分自身なのですね。





自分自身に対する愛は
他の人を愛しているという波動を広めていくことになります。






一つに起きていることは=全部に起きていること。





ということは・・・






一つを修正できれば、全体に働きかけていけるということ。






そんな風にしっかり意識的に目覚めて見ていたいですね。


Posted by Sayaka at 18:03 | この記事のURL
2018年02月16日
平昌オリンピックに思うことA





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先ほど、羽生選手と宇野選手のショート演技が終わりましたね。





羽生選手は本当にしなやかで
違う次元にいるような感じがしました。





先日、高梨選手が






上手に飛べたと思うときは、無心の時。






そうお話ししていました。





人間離れしたような、
まさに「神がかっている」と表現されるようなパフォーマンスが出る時というのは
本当に自我は横に退いて
神が全ての舵をにぎっているのかもしれませんね。






私たちの人生そのものにおいても
「自分が」というエゴの計画やコントロールを手放し
神にその道を譲ったら
どれだけ素晴らしいものになるんでしょうね。






さて、数日前、スノーボードの平野選手が銀メダルを獲得しました。






飄々とした姿がクールなのかな?と思う部分もありますが、
もともととっても自由な精神の持ち主で
「競技」という制約が実はとても魂の負担になってるのかな?
なんてセラピストぶって(笑)分析してしまったりします。






羽生選手は極めたアスリートって感じですが、
フェルナンデス選手なんかは表現者、ダンサーというイメージが強いです。






平野選手も本当に素晴らしいアスリートでもあると思うのですが
私が勝手に思うに、
何となくフェルナンデス選手みたいに
魂からの自由な表現をされる方なのでは?
なんて思っています。
これから益々目が離せませんね!←イケメンだからという訳ではないですよ(笑)







小さい頃から色々な制約のある暮らしをして、
たとえ好きなことであったとしても、ご自分を律して、
オリンピックまで出場されて、私たちに感動を届けてくださって
本当に選手のみなさんに感謝です。






残りの試合もみなさんご無事に全力を出し切ることができますように

Posted by Sayaka at 16:12 | この記事のURL
2018年02月13日
平昌オリンピックに思うこと@





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オリンピック盛り上がっていますね







昨夜は高梨選手の試合を見ていて
なんとも言えない気持ちで涙が出てきました。






そして、今日になってからスノーボードの鬼塚選手のインタビュー内容を
聞くだけでどうしても涙を止めることができませんでした。
何年も頑張って来ても、自分のいつも出来ていたことができないもどかしさ・・・
悔しさ。。。
そして、挽回できるとしてもそれは4年後、そのチャンスがあるかは確定もしていない。。。






ある意味生死に関わるような大きな怪我をしかねない状況で
みなさんの試合を見ていると
お願いだから誰も怪我をしませんように。
そんな気持ちになってしまいそうになります。






それでもスノーボードで自由に回転しジャンプを決める姿を見ると
ただただ「かっこいい」と胸がすく想いがします。






今回、銅メダルを獲得した高梨選手に向けて、


本当にお疲れ様。





と言う人と、





惜しかった。
また次に向けて頑張って。





と言う人がいたように思います。





両者を見ていると、





本当に何かに向けて絶え間ない努力を続け、
全力で取り組み真摯に向き合った経験のある人と、

その経験がない人の違いがわかるような気がしました。






テレビのコメンテーターとして出ている元オリンピック出場者の方、誰一人として、
金メダルではなくて惜しかった。
次は頑張ってほしい。

そんな言葉を語る人はいませんでした。







ご本人の気持ちが痛いほどわかるからでしょう。
どうしたらいいか、どうしていくか。
そうしたことはご本人が一番よくわかっていると思います。






何よりも、
真剣に100%力を注いだことがある方は
どれだけ懸命にやろうとも、必ずしも結果が思い通りになるとは限らないことを
心底わかっていらっしゃるからだと思います。







ずいぶん昔ですが、
水泳のオリンピック代表になった千葉すず選手が
マスコミの質問に対して、
そんなにメダルメダル言うなら


「自分が泳いでメダル取れば?」と言うようなことを言った事件がありました。






ほんとその通り!






だと思ってしまったのは私だけでしょうか・・・





まあ、





人生のほとんど、時間もエネルギーも情熱もかけられるような
これだ!と思うことに出会え、それだけに生きられること、
そして、いろんな人からそれをサポートされる人生も
考えてみれば大変幸せなことですよね。





とは言っても

私たちの誰もが今からでも
これだ!と思うことのために時間もエネルギーも、情熱も注いで生きれば
宇宙は考えられもしないような方法で人も豊かさもチャンスも
派遣して手伝ってくれますけどね







過酷な環境の中で、感動を与えてくださった選手のみなさんに感謝をして、
残りのオリンピックの試合でもたくさんの感動に出会えることを楽しみにしています







さて、日本だとやはりフィギュアスケート羽生選手、宇野選手が人気かな?と思うのですが・・・

私の全く個人的な趣味になりますが・・・
スノーボード男子ハーフパイプも人間業をこえる妖精?のように
空を舞う姿がなんとも言えません

日本の平野選手も軽やかで最高に素晴らしいですが、
ショーン・ホワイト選手も圧巻です!






Posted by Sayaka at 22:56 | この記事のURL
2018年02月12日
自己否定をやめるだけだった





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今日のお昼間に、







「私自身が役立たずでもいいと認めた」






というような内容のブログを書きました。






誰の役にも立てない、
なんの取り柄もない自分でもいい。

そう受け入れる。というお話をしました。






誰の役にも立たなくてもいいけれど、
せめてこの世を旅立つまでは自分のことを
2度と否定しないでいてあげよう。





どんな自分でもダメな自分でも
何も成し遂げられない自分でも好きでいてあげよう。
そんな風に今日、私自身について改めて思っていました・・・・






今晩、私の大の苦手!ソルフェージュのレッスンがありました。






宿題になっていた課題を歌い上げると先生の口から出た言葉は・・・






かんんっぺきっつ!! 






完璧






の言葉でした。






一瞬、耳を疑いました。






私が先生と出会ってから初めて聞いた先生からの言葉です。
10年以上学んでいる声楽の先生からも言われたことはこれまでありません。






作曲家である先生は細かい部分にまで気がついてくださるので
大変厳しく見てくださり、
時たま(笑)できた時でも、「うん、まあいいでしょう」でした。
(もちろん深い深い愛がこもっています。)






自分がダメでいい。
役立たずでいい。
取り柄もなくていい。






それを受け入れたら・・・・






どれだけ頑張っても決して得られなかったものを






思いがけず頂くことができました。






答えは・・・






ただ。






自分を否定することをやめたらよかった。






非常にシンプルなことでした。






どこまでもパラドックスな宇宙なんですね。


Posted by Sayaka at 23:24 | この記事のURL | コメント(0)
2018年02月12日
役立たずでいい





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役に立たなければ愛されない。





誰かの役に立たなければ価値がない。






と思ってしまっていると、





自分を必要以上に駆り立ててしまったり、
本当は望んでもいないような場所に自分を置こうとしてしまいます。





私の大失敗は・・・





大学生の時に法学部だったこともあり
弁護士を目指したこと。





役に立たなければ。





社会で役に立つ人間にならなければ自分には価値がない。





「何者かに」ならなければ愛されない。





無意識でそう考えていたんですね。





なんでそんな風に思うようになったのかな・・・
なんて考えていたら、





父親に





役立たず。





と言われたこと。





なんの取り柄もない。





と言われたこと。





ただ、音楽が好きで音楽を聴きにいっていた私が





遊んでばかりでみっともない。





と言われたこと。





そんなことを思い出しました。





これが本当に原因か、わかりませんが、





普通に存在するだけ。
したいことをするだけ。





というのでは人として不十分だということを思ったんでしょうね。






世の中では多くの人を救った人、助けた人を偉人と呼びます。
褒め称えます。






この社会そのものが「役に立つこと」が素晴らしいことで、
役に立てない人は価値がない。
と考える傾向があるように思います。






美しさですら、それは男性の目を喜ばせるための、つまり男性の役に立つために・・・
磨き上げ、身につけようとする女性も多くいます。






相手に尽くすのも、
相手の役に立たなければ愛されない。
そう思ってしまっているからの方もいると思います。






褒め言葉一つとっても、
他人を喜ばせないといけない。
他人を喜ばせるという役割を背負っているだけかもしれません。






誰かや何かの役に立たなければならない。






と思う人が世の中には多すぎて、







役に立っていない人を非難する傾向があるために、







多くの人が、仕方なく役割を生きているように感じます。






でも、そんな役割を捨てることをいとわずに







役立たずでもいいんだよ。







誰かの役になんてたとうと思わなくていいんだよ。







そんな風に自分にOKを出してあげると
(役立たずの自分を許す)






子供の頃に身につけてしまったいろんな役割から解放された・・・





それは、道化師役かもしれないし、
世話役かもしれないし、
優等生かもしれないし、
スケープゴートかもしれない。






本当の自分がやっと生まれて、生きることができるのだと思います。






役立たずでいい。






そう認めて、許してあげると

本当の自分のいるべき場所が開かれていくのだと思います。







私が自分が役たずであることを自分に許すようになるにつれて、
父親が私に言った、「役たたず」の言葉は
ただ「みんなに愛される子」になってほしい。
の意味が込められていたのだと理解できるようになりました。

Posted by Sayaka at 14:37 | この記事のURL | コメント(0)
2018年02月11日
閉じた扉の意味





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私たちは時に「閉じている扉」を
無理にこじ開けたり、
突破しようと奮闘してしまうことがあるように思います。






私は以前、イタリアに長期留学を希望していたのですが、
短期で下見に行くと、これはおかしいよね?という人と出会ったり、
知り合いに紹介を頼んでイタリアに渡っても
明らかにこれはないよなあ・・・みたいなことが起きました。

留学先を仲介してくれる会社も突然連絡が取れなくなるという事件も起き、
これはさすがに天からNOのサインが出ているんだなあ。と思ったものです。





それからは少し様子を見ることにしました。





すると。。。





それから間もなく父が突然他界し、
その2年後に先代のハニーが旅立ちました。






ああ、日本を留守にせずに本当に良かった。
父やハニーと最後の時間を過ごせて良かった。
そんな風に思いました。






閉じている扉、
閉じてしまった扉、

それは偶然ではありません。






私たちというのはとてもとても天に愛されていて、
この宇宙の流れに乗せられています。






宇宙の流れに乗っていけば
ちゃんとその人にとって最高最善の結果が現れるようにできています。





しかし、幸せになることが怖かったり、
なんとか人に認めてもらえる自分にならないとと力みすぎると
(多くの場合無意識ですが)
エゴが主導権を握り、
自分の手で人生をコントロールしようとし始めます。






ゆだねるのではなく、
エゴで取捨選択し始めます。






そんな時は、川の上流の向かって泳ごうとして
奮闘しているような感じになっています。






閉じている扉を叩いて、叩いて、繰り返し叩いても開かない時、
開かないからといって無理やり侵入する時、

そんな時でも周りを見回せば、
必ず開いている扉があるはずなのです。






こちらにいらっしゃい。


と呼んでくれている扉はもしかしたら魅力的には見えないかもしれません。






誰かから聞いたことのあるような扉ではないかもしれません。






それでも、その扉を通過した方が調和とともに、
目的地に最短距離で到達できる可能性が高まるのです。






私たちのエゴというのは限定された見方しかできません。






天はもっともっと大きな視点から
誰にも予測がつかないような素晴らしい奇跡を用意して待っています。






閉じた扉にこだわらないこと。






そして、開いている扉を通り抜けること。







それはあなたのために開いている扉だから。






自然な流れにお任せするだけでいいんですね。






それから・・・






どの道に進んだらいいか、どれを選んだらいいかわからない。
誰を選んだらいいかわからない。

そんな時、直感でわからないのであれば、
立ち止まらずに一つ選んで進んでみること。






それ以上進めなくなったらそれが答えです。






逆に、今、ここまで進めてきている方というのは
それは間違えた道ではなかっということです。





旦那と結婚しなきゃ良かった!相手間違えた??
なんて方も、もしも違う相手だったら
彼とはそもそも結婚できなかったはずですから、
間違えてないってことですよね


Posted by Sayaka at 21:01 | この記事のURL
2018年02月10日
心の静けさ





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私には朝、目覚めてすぐに瞑想をする習慣があります。






朝一番に、心の中の静かな場所と繋がっていくと
その日一日の意図を「安らぎ」へと設定できるような気がしています。





そして、その瞑想中・・・・





先に目が覚めて家中を駆け回っていたはずの子犬が
私のそばに寄ってきて膝の上にちょこんと頭を乗せてくつろぎます。






そしてそのまま再び寝てしまうのです。






心が静かであることというのは
神の愛が流れ込んでいる状態なのかなあと感じています。






エゴが邪魔しなければ、
私たちの心は自然と神の愛に満たされます。






そして、それに触れる人(動物さんも、きっと植物も)にも
安らぎは広がっていくんですね。





以前、瞑想を学びに行った時、





もしや、マザーディバイン?!(聖なる母)という
エネルギーの先生がいらっしゃいました。






まさに包み込まれるような安心感のエネルギーを発していらっしゃるのです。






瞑想中のその安らぎの感覚を
目が覚めた後の日常生活まで延長させられる方だったんですね。






ただ存在するだけで人を癒している






ただ存在するだけで人を愛している






ただ存在するだけで平和に貢献している







そう感じました。






そして、それは私たち誰にでもできる可能性があります。






外側へ外側へと行ってしまいがちな意識を
内側に向けて。






すでにそこに存在している静けさへと波長を合わせて・・・






誰の心にも静けさがやってきますように。

Posted by Sayaka at 19:30 | この記事のURL
2018年02月09日
「わたしが」愛してはいけないA






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前回の「わたしが」愛してはいけない@の続きです。





「わたしが」愛してあげないと。





う〜ん





なんともすっごく疲れる響きですよね。





なぜかというと・・・






「わたしが愛してあげないと。」





という視点から見ている時って相手が欠けているようにみえているんですよね。






私たちというのは相手の見方に影響を受けます。
(もちろん自分の見方も相手に影響を与えます)






ですから、欠けているようにみられていると

特に問題のない人だったら

「なんか引き下げられる気がするんだけど・・・」
って感じると思います。






自分にも相手に依存したい気持ちがあって、
相手に助けて欲しいと思っていれば
ああ、自分は愛されてるのかなあ。と思うと思いますし、
その中に飛び込んでいくと思います。
(この時、自分は欠けていると信じていると思います)







以前、ロンドンブーツの淳さんが、
マッサージベッドまで買い込み、
毎回おそろしいほどの数のおかずを用意し、
淳さんに甲斐甲斐しく尽くしすぎる奥さんについて
次のようにお話ししていたことがあります。






「あまりやらなくていいって言ってるんだけど・・・」





「ダメにされていく感じがする」





と。





依存的ではない健康な男性だったら嫌でしょうね。

ちなみに「自分は亭主関白だ」と言う発言は
俺は妻や家族を支配したい、依存的な男だ。と言っているのと同じだそうです。






それから・・・
私自身も「Sayakaを良くしてあげよう」と思って
あれこれ口出し、手出ししてくれる男性ともデートしたこともありますが・・・






この人といると疲れる。と正直思いました。






この人が見ている私って、本当の私ではないんだけれど・・・と思っていました。






彼の頭の中で「欠けているSayaka」という架空の人物がいて
その仮面を被せられている感じがしたんですね。

それでそのダメな役割を私にさせて、
自分は救う役目をします!みたいな感じがしました。






きっと彼なりの繋がる手段だったのだと思いますが、
非常に負担だったことを覚えています。
共依存になっていきますね。





「ダメな人と救い手」という結びつきでは
誰も幸せにはなりませんよね。






「お助けマン」といる限り、「ダメ役」からは抜けられません。
それなのに、ちゃんとやりなさい!と駄目だしだけは受けつづける・・・
助ける方も無力感を感じる・・・
辛い関係ですね。






結局のところ・・・






「私がこの人を愛さないと」とみると、
相手を欠けた存在として見るということになります。






自分が相手を欠けている人に仕立て上げようとすることになるんです。






だから、





私たちは本当は今この瞬間も愛されている






という中でリラックスして、
そしてその愛が広がっていくのを待てばよかったんですね。






相手に何かをしても良いと思いますが、
「心に愛がない」ことを見ないようにするための行為にならないようにしたいですね。

Posted by Sayaka at 19:22 | この記事のURL
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