2018年06月11日

クモに噛まれて


まだ薄暗い朝、

目が覚めたので

何気なく台所へと向かう。

水でも飲もうかと、

流しに目を落とすと、

シンクの壁に一匹のクモがいた。

ちょっと黄色くて小さい体。

湿気がちょっと多いと感じた時、

家の中にクモがよく出没する。

足が長い大型のクモである。

アシダカグモと言う。

人間には害はなさそうで、

ゴキブリなんぞを捕食してくれる。

このクモは人間にとって有益な存在だ。

そう言えば昔、銀行に入社した時、

あの頃は泊まりと言う制度があって、

夜間の店舗警備を職員でしていたことがあった。

夜、建物内の見回りに行くと、

コンクリートの壁に大きなクモが張り付いていて、

びっくりしたことを思い出す。

体長20cmはあったような気がするが、

あれがアシダカグモだったのだ。

昔は庭にハエトリグモなんかもいたし、

クモはそんなに怖い存在ではなかった。

今の家族はクモを怖がっているが、

私は平気で手で触ったり、

捕まえたりした。

今回もそんな調子で、

「そんな所にいたら水に流されちゃうぞ」、

てな感じで

人差し指でどけようとしたら、

「あっぅち!!」、

指先に激痛が走る。

えっ、クモって刺すの?

そして指の痛みはどんどん増していった。

最近家庭常備薬ってなかなか使うことがなく、

だからたいしたものが置いてない。

昔は虫刺されに「ムヒ」「キンカン」なんぞと

馬鹿にしていたが、

そんな薬も何もない。

刺された、

いや、噛まれた指を

アルコールで消毒しながら、

ネットで情報検索する。

いつものクモは足が長くて薄茶色で、

今回のは小ぶりで黄色くて。

調べてゆくうちに、

どうも私を噛んだのは、

「カバキコマチグモ(樺黄小町蜘蛛)」

と言うらしい。

ページをたどってゆくと、

日本のクモの中では最強で、

日本で一番強い毒をもち、

噛まれるとしばらくの間は

強い痛みに襲われるとある。

調べれば調べるほどに恐ろしいクモなのだ。

世界の猛毒生物ランキング6位に位置していた。

これはやばいかも。

薬を探すのはあきらめて

すぐ買いに行くことにする。

今はまだ4時過ぎ。

24時間営業のドラッグストアを探してから、

毒グモに噛まれたら何の薬が良いのかを調べたら、

「ムヒ」が良いと書いてある。

「ごめんなさい、もうムヒを馬鹿にしません。」

すぐに車に乗り込みドラッグストアへと向かう。

店に入り、薬剤師にクモに噛まれたと告げるが、

お勧めの薬の名前が担当者の口から出てこない。

店側をあてにしたのが悪かったのか、

クモに噛まれると言う症例が少なすぎるのか。

自分から「ムヒ」が良いらしいと告げると、

店員が売り場を案内してくれた。

案内された棚からいかにも効きそうな「ムヒ」を取り出し、

レジへと向かう。

今回買った「ムヒ」はこれだ。




車に乗り込み早速「ムヒ」を指につけて、

自分を落ち着かせ、

そろそろと帰路に就く。

調べた情報によれば、

痛みは1週間ぐらい続くとか、

すぐ病院に行った方が良いとか、

日本では死亡例はないが、

海外では死亡したケースがあるとか、

もろもろ惑わされる。

しばらく様子を見ていても、

何も急変することもなく、

小康状態が続く。

指先の痛みは未だ続くが、

心配はなさそうである。

私の場合は、

噛まれてから直ちにアルコールで指を

ジャバジャバ洗い、

毒が傷口から出るように

指の根元から先へ圧迫したせいか、

「ムヒ」をつけ始めてから

3時間ぐらいで痛みが引いていった。

圧迫は単なる気分かもしれないが、

アルコールで毒がいくらか薄まったのか、

そんなに長く苦しむことはなかった。

今日から「ムヒ」に対して

足を向けては寝られない。

改めて「ムヒ」は常備薬としよう。

他にも昔は、

キンカン、オロナイン、正露丸なんかあったけど、

今はなぜないのだろう?

そう言う現場に行かないし、

そんな環境も少なくなった。

虫に刺されたり、

擦り傷ケガなどをするような

そんな環境に接することが

なくなったのだろう。

いや、

外に出ない、どこにも行かない、何もしない、

そう言う時間が多過ぎるのだろう。



「カバキコマチグモ」は、

ススキや稲なのど葉っぱを丸めた

特徴的な巣を作る。

そう言えば子供の頃、

こう言う葉っぱを探しては、

葉を開きクモを出して、

遊んだことを記憶している。

中から黄色い小さいクモが逃げ出して行ったが、

それを手では触ったりはしなかった。

その時触っていれば、

今回直に触ることはなかっただろう。

当時だったら噛まれた場合、

どう対処できたんだろうか。

昔ながらのあれかも?

「カバキコマチグモ」は、

こちらから手を出さなければ

自分から攻撃することはなく、

今回の出来事は、

無知が引き起こしたことであり、

リスク管理ができてなかったと反省した。

平和ボケである今日この頃、

的確な判断と行動は必要で、

知らなかったでは済まされない現実を、

見つめ直さなければいけないのだ。



「カバキコマチグモ」の巣の写真をネットで見つけたが、

ネット写真を使うのは著作権等が面倒なので、

田んぼまで巣を探しに行ってみた。

しばらく歩いたが、

巣はなかなか見つからない。

交尾期が6月からと言うから、

今の時期は多い筈なのに、

クモの巣の形跡がない。

居て当たり前のものが、

今は居ない。

やっと一つ見つけたので、

写真に収める。


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何にしても今の時期は、

交尾、産卵育児で気が立っているから、

「カバキコマチグモ」に要注意だ。



気分が落ち着いたころ、

はてあのクモはどこに行ったのか

気にかかるので台所を探してみた。

最初は見つからず、

外にでも逃げたのだろうと思っていたが、

台所の隅にそのクモを見つけた。

それは既に死んでいた。


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2017年10月19日

表題の変更


3年間「いろいろな話」で

それこそいろいろな話を綴ってきたが、

タイトルを変えることにした。

「いろいろな話」と言うタイトルでは、

余りにも味気ないしつまらない。

その言葉に気づいてしまった。

もう少し格好の良い言葉はないのか、

自分の気持ちをもう少し表現できるものはないのか。



私はビートルズが好きだ。

メロディーが好きだし、

歌詞も好きだ、と言いたいが

英語はちょっと苦手である。

音楽を聴くときはメロディーを重視する。

音声は楽器の一部である。

そんなビートルズの曲の中で、

The Long and Winding Road をターゲットにした。

この曲は、

ポールがビートルズの復活の願いを込めて

作った曲だと言われている。

このタイトルを日本語にし、

「長く曲がりくねった道 〜 いろいろな話」

とした。



人生は長く曲がりくねった道。

道を歩けばさまざまな出来事に遭遇し、

悩んだり、嘆いたり、笑ったり、悲しんだりする。

出会いがあり、別れもある。

庭の花木が咲いたり、

バイクの排気ガスに酔ったり。

しかし、

この道を遮るものはなく、

終点もない。

まさに長く曲がりくねった道である。

生きる物は、

生きると言うことが究極の目的であると考える。

人生を楽しもではないか。

想像することは自由である。

文章を書くことも、

これも自由である。

ポールの願いは叶わなかったが、

私は願いを込めたりはしない。

自分が楽しいと思えることを、

ただするだけなのだ。



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2016年09月07日

とどのつまり

人間関係は難しいと言われるが、関係が難しいのではなく相手の心の先が読めないだけのことである。
その関係には友好的か敵対的かどうでもいいかの3通りしかない。
友好的だった人がある日突然、そうでなくなる。
特に安心しているとその事象に気づかない。
現実は着々と進行しているはずなのだが、その信号に気づかないため相手は手段を変えてくる。
友好的と思っていたある人物の空き地に車を停めさせて貰っていた。
お互いの関係は良好で、料理を作っては差し入れしたり、
話し相手になってあげたり、困ったときには手を差し伸べたりと、フレンドリーな関係を築けていたと私は思っていた。
だが、突然車の幅寄せが始まった。
私の入るスペースが確実に狭くなっている。
窮屈な場所にねじ込むように駐車していたが、
この日だけかと思っていたら、その幅寄せは毎日続いた。
この時は何かおかしいとは思ったが、悪意があるとは思えなかった。
1ケ月ちょっとの幅寄せ事件が続いたある日、相手は品を変えてやってきた。
空き地の駐車場の件だけど、雑草が伸び放題で自分だけではもう手に負えないのでどうしたら良いだろうかとの相談である。
シルバーセンターに刈り込みを頼むか、草が生えないようにシートを張るとか、いっそコンクリートで整地しようとか、何か良いアイデアはないですかみたいな相談である。
全ての表現が曖昧過ぎて私には何が言いたいのか少しも理解できない。
何をやるにしても処置にはお金がかあるんですよね〜、どうしたら良いでしょうね。
と、相談と言うより費用負担を迫って来ているような内容の話を持ち掛けてくる。
この時点で既に相手の作戦は着々と進んでおり、私の方はと言えば、追い詰められているとは一向に気づいていない。
急に費用の負担など言われても即答できないので、とりあえず明日の朝、息子と2人で草刈り機を使って除草作業を行うと告げ、翌朝実施した。
汗だくになりながら何とか午前中に作業は終了した。
これで当面の問題は解決できたはずとこの時点で思っていた。
翌日、相手は除草のお礼に家に来たがなぜか言葉が浮いている。
除草作業をすることが期待する行為ではなかったようで、その後も息子に会うたびに前述したシルバーセンターの話やら除草用シートの話、コンクリート整地の話を持ち掛けてきていたらしい。
それから2週間ぐらいが経ったある日、本音が我が家にやってきた。
前置きではこちらを気遣ったり愛想笑いをしたりしていたが、ついに駐車料金を頂きたいとの話を切り出してきた。
私も無料で使い続けようとは一向に思っていないので、相場の金額を提示し双方の了解で話は終わろうとしたのだが、その直後、毎月払いでは面倒でしょうから、今月分から半年分まとめて払って下さい。えっ、先払いで半年分ですかと問うと、そうですと返事が返ってきた。
何かおかしい。
駐車料金6ケ月分前払いなんて話、聞いたことがないよ、と言えばそれに対する返答はなく、どうせお金を払って借りるならもっと近くにある空き地を借りた方が便利で良いのではとの提案も出てくる。
うむ、やはりおかしい。
お金が欲しいだけではなさそうだ。
今借りている空き地は家から50mほどで、苦になるようなそんなに遠い距離ではない。
それからも曖昧な話をのらりくらりと繰り返す。
車の位置を変えてほしいとの話も出てきたので、最近車が幅寄せされて停めずらいのだけどと言うと、切り返しが下手なのでどうしてもあの位置なってしまうのだという。3ケ月前は出来たのに2ケ月前からは出来なくなったのか、そんな話があるものかと相手を疑問視する。
そんな話を聞いている私は、だんだん腹が立ってきた。
どうも要求の本質が違うようだ。
単純に追い出したいだけなのだ。
事実、明け渡した翌日に相手の車は定位置に収まっていた。
あ、これで終わったなとその時思った。
この時は少し考えてから結果を出すということで話を終えた。
翌日の早朝、私の車を空き地から外に出した。
私の車の姿がなくなったその空き地には、定位置に収まった相手の車の姿があった。

私はギブアンドテイクだと思ってその相手と家族的な付き合いをしてきた。
駐車も自分から要求したわけではなく、相手から空き地の提供をしてきたのでそれを受けただけの話だ。
これ以外は何も存在しない。
付き合いが始まった時、相手には災難が続いていた。
困っていた時はいつでも助けてあげた。
だから相手からは感謝の言葉を何度も聞いていた。
しかし、今は事務的な会話になっている。
私のギブにも時効があったようだ。
持ちつ持たれつの関係に終止符は打たれた。
人は心変わりする。
何かの切っ掛けで、思想であったり価値観や損得などで心が変わる。
その移り変わりを予測することは簡単なことではない。
しかし、それが人間だと言われれば返す言葉もないが、これが人間だということも忘れてはいけない。
こんな時は、さらりと身をかわすことにしよう。


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2016年03月15日

笑う老人


 その老人は首が曲がっている。角度で言えばほぼ90度、突きだした首の先に頭が乗っかっている。見た目ではかなり病んでいるように見えるが、その姿で仕事をしている。休み時間には休憩室で仮眠もしているが、きちんとバッグ、洋服、靴を揃え、アイマスクまでして長いすに横たわる。頭には枕まで用意している。眠る前にはいつも、若者のように携帯電話をひとしきり操りうなずく。顔面には見せないが和やかな笑顔が拡がって行く。誰かにメールでもしているのか、嬉しそうにも見える。だから相手が気になる。
 この老人は食事の後に歯磨きもしている。この職場は世の中の吹きだまりのような場所で、東北や北海道、九州、沖縄など全国から来た人達が働く。いや、日本人だけではなく、ありとあらゆる外国人達も働いている、そう言う場所である。だから怖い人や危ない人も含まれているから危険ゾーンだと言う人もいる。その中で、老人はせっせと歯を磨く。当然不自然な格好なので普通には磨けない。顔が下を向いているので磨きながら下に泡を垂らす。だから首にはタオルが掛かっている。幼児のよだれかけのようにタオルを前に垂らす。歯磨きの様相は見るに絶えない。でも見てしまった。脳裏からは離れない。
 人は見た目ではないし、自分が感じた通りに当人も思っている訳ではない。人はそれぞれの価値観を持って生きている。自分の物差しでは測れない世界がここに存在する。



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2015年12月14日

立ち止まる男


 日付も変わろうとしているその時、男はドラッグストアの一角に立っていた。服装と言えば、尻に刺繍の入ったジーンズに白のトレーナー、口にはマスクをしている。手にはコインを握りしめ、しきりに数えている。目はコインと陳列棚を行き来しているが、凝視している品物を取ろうとはしない。目線を下ろし手の中のコインをじっと見つめた。そしてまた、おもむろに数え始める。1,2,・・・。
 私は自分の買い物をするために店内を散策し始める。今日欲しかったものはコーヒーに入れるクリームだけだった。他に欲しいものはない。店内を歩いているうちに落花生が目に止まった。値段からすると中国製であろう。いつもは中国製は怪しいと買うのを避けるのだが、今日は手が出てしまった。買い物を済ませレジで代金を支払った。締めて1,028円。レジ袋を下げ自分の車へと戻る。そして運転席に座り前を見ると、そこには自動販売機があり、その自動販売機の前にあの男が立っていた。自動販売機の投入金額表示板には30と表示されている。そうか、あの男の手に握られていたのは10円玉3枚だったのか。男は30と言う数字とライトの点灯しない飲み物の名前を表示するプレートを交互に見つめている。やがて諦めたのか、返却レバーを回し自分のコインを手に収めるが、もう一度コインを自動販売機の投入口に入れた。表示されている数字は紛れもなく30である。奇跡でも信じているのであろうか。男の表情には通常の人間とは違う計算をしているように見えた。抑えきれない欲求と現実とに挟まれ途方に暮れている表情、諦めきれない思いがそこにはあった。
 私は家に帰ろうと車をバックさせ方向を転換すると、目の前にドラッグストアにまた入ろうとするあの男が見えた。男はドラッグストアの中に幸運でもあるかのように入っていった。その姿を見た時、私でもまだまだ幸せなんだと感じることが出来た。

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2015年03月19日

TVの受け売り


 TVからの受け売りだが、自分を健康だと思っている人と自分を病気ではないかと病んでいる人では、病気に掛かる確率が2倍以上違うそうだ。疾病の有無にかかわらず「自分は健康である」と思える人の生存率が高いことも証明されており、そういった研究も進んでいるとのことだ。昔から「病は気から」とか「気の持ちよう」とか言われるが、人間は肉体と精神を切り離すことは出来ず、精神は肉体をも支配すると言うことだろう。逆は真では無いようだ。

 また、自分は幸せだと思っている人は、怪我をしても直りが早いらしい。幸せだと思うことで身体は、免疫力とか治癒能力とか言ったものを最適な状態に保っているのだろう。確かに、手に傷をおった時「へえ、もう直っている」と感心した時があった。あの時は幸せだったのか、。いやいや、今は不幸だと言っているわけではない。

 不幸は自分の後ろに捨てておき、前だけ見て歩く。不満を言わず、自分で出来ることは自分でやり、やりたいこと空想しながら生きて行く。夢を見るのである。目標を持って生きて行くことは良いことだろう。仰々しいものなどいらない。自分が良しと思えるもので良い。その目標に向かって歩いて行けば、おのずとその過程も満ち足りた楽しい時間になるに違いない。



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熱帯魚を飼っているが
だんだん寂しくなってきた
2匹のコリドラスは
いつも仲が良い
水草も減ってゆき
藻だけが目立ってきたので
エビを入れてみた
足の動きが
かわいらしい

それにしても
水槽が汚いな〜
写真撮るなら
もっと掃除をしないと (^^;;


IMG_2413b.JPG













エビはアマゾンで購入しました
まさか生き物まで購入できるとは、
知りませんでした
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届きました
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2014年09月17日

一日の終わり

今は真夜中。
疲れた身体をひきずり帰宅。静寂のキッチンの中で缶ビールを開ける。コップに氷を入れビールを注ぐ。何かつまみはと探すが、どうしてもカップラーメンが食べたい。疲れた時はとりわけカーレーヌードルがうまい。ビールを飲みながらヌードルをすする。湯気でむせる。湯気を吸い込まないよう上品に麺を口に運ぶ。「う〜まい!」ビールを飲み干し、「ふ〜っ」と息を吐く。う〜ん、動きたくない。椅子に座ったまま一時間ほど眠る。おっと、いけない、朝になってしまう。シャワーは面倒だ、着替えて寝よう。やっと一日が終わる。しかし、すぐまた明日がくる。究極の生き甲斐とは、「生きる」と言うことだそうだ。


帰投
posted by kaz at 21:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 生きる

2014年09月15日

日常の時

単純な仕事、初めての経験、時間をもてあます。だんだん空しくなる。大事な人生を無駄にしているのではと自問する。考える、何かを考えようとする。それにしても時間が有り余る。ボキャブラリが薄いせいか、思考がもたない。哲学者であったなら、この時間が至福の時であろう。最近この時間に文章を考えるようになってきた。空想する。文字を並べてみる。文系は苦手と思っていたが、意外と楽しくなってくる。空間を創造する。前向きに物事を考えると、それなりに生き方が生まれてくる。「我慢より努力」、最近の好きな言葉だ。以前は、「どうせやるなら楽しく」、「ポジティブ」だった。こうやって自分の弱さをカバーしてるのかもしれない。物事から逃げない、捌いて前に進む。それが私の生き方だ。人生あんがい捨てたものではない、と感じてきた。
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