函館の児童置き去り事件に考える「しつけ」

 今年の5月、北海道七飯町の山林で「しつけ」のため児童が置き去りにされ、自衛隊施設で6日目に発見された事件。(個人的には「置き去り」という表現も少しニュアンスが違うような気もするが)

 「しつけ」が暴走した結果の事件で、同じくらいの子供を持つ親としては非常に心配した6日間でした。
 尾木ママじゃないけど、発見された時には本当にホッとしました。

 当初は連日の捜索にも発見できず、「置き去り自体が疑わしい」という論調もありましたが、山菜採りではぐれたという嘘もつききれない両親が2回目の嘘で周囲を騙し通せるはずはないと思っていました。

 たとえば、昔掘られてそのままになっている井戸か何かに落ちてしまったとか、そういう類の事を考えてたまらない気持になっていました。
 いずれにしても無事に見つかって本当に良かったと思います。

 そしてネット上でも「しつけ」について、いろいろな議論がされました。

 それぞれに持論があって、正しい正しくないはちょっとおいといて、「しつけ」ということの捉え方に個人的にはずっともやもやとした違和感を感じていました。
 その違和感の正体がやっとすこし具体的になってきまして、その正体は「しつけ」というものと、その手段がごっちゃになっているということでした。

 この事件の問題は「しつけ」の手段として「お仕置き」がされたこと、それも虐待とも言える方法をとってしまったことだと思います。

 ご両親の言葉を信じれば、人や車に向かって石を投げていたとのこと。
 これはやっぱり普通の親なら叱るでしょうし、いけないことだということを教える、つまり「しつけ」る必要がある事柄でしょう。

 ちなみに「しつけ(躾)」とは...
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 ウィキペディア様によれば
 人間社会・集団の規範、規律や礼儀作法など慣習に合った立ち振る舞い(規範の内面化)ができるように、訓練すること。概念的には伝統的な子供への誉め方や罰し方も含む。

 あらら、「罰し方も含む」だそうです...
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 つまり今回の事件における「置き去り」=「しつけ」という論調、体罰がしつけだと言わんばかりの論調に違和感を感じてたわけですが、ウィキ様は同意とお考えのようです。

 いや、くじけずに続けましょう...

 しつけと言えば有名なお話が、ヘレン・ケラーとアン・サリヴァンのお話でしょう。
 幼いころに病気で視覚と聴覚、そして言葉を失ったヘレン・ケラーに対して、両親はしつけをすることができずにいました。
 わがままいっぱいに育ってしまったヘレン・ケラーの家庭教師として来たアン・サリヴァンが彼女をしつけ、言葉を取り戻させ、そしてその後も支援し続けたということです。

 このお話は映画やアニメにもなり、意思疎通ができないヘレン・ケラーとの壮絶なやり取りが描かれています。
 サリヴァン先生は間違いなくヘレン・ケラーを「しつけ」ました。
 もちろん私はその場にいたわけでも、様子を見た訳でもないですが、それはけして虐待などは伴わない真の「しつけ」であったと考えるわけです。

 そうです、やはり「しつけ」とその方法とは分けて議論するべきだと考えます。

 「しつけ」というのは人間の成長に必要な行為で、これは親の責任、大人の責任だと思います。
 ただ、その「しつけ」の方法として、お仕置き、言葉や肉体的、精神的暴力や虐待に走るのは間違いなのだと思います。

 偉そうに書きましたが、私も正しい「しつけ」などできていません。
 感情的に怒りつけて、後になって反省する日々です。

 ですが、罰し方も含めた「しつけ」を否定する論調で、本当に必要な「しつけ」が否定されると日本がおかしな方向に進んでしまうような気がしてなりません。

 「しつけ」は必要なことです。そして「しつけ」は親、大人、先輩、上司など、上に立つものの責任です。
 ただし、「しつけ」は体罰を与えることではありません。



 もやもやとした違和感を吐き出したところで、今日はこのへんで...

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デンマニ
鉄道会社に転職しました。 鉄道って独特の世界だなぁ... こんなに危険が伴うお仕事とは思わなかった。


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