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【シネマで社会勉強】No.17〜強さとユーモアは老後の孤独を乗り越える〜「おらおらでひとりいぐも」
文藝賞・芥川賞ダブル受賞作の映画化です。それまで一介の主婦だったという作者の若竹千佐子さんは夫との死別をきっかけにこのデビュー作を書きあげたそうで、主人公の姿には作者がダブります。
映画は冒頭から派手なCG映像で地球上の生命の誕生をたどっていく。三葉虫から魚類、そして恐竜から原始人へ……。
自分たちはこの命の流れの一番末端に位置していることを思う。同時に三葉虫や恐竜のように、ゆくゆくは年老いてこの世から消えていくのだといやでも意識させられる。
スケールの大きいオープニングに続いてカメラは主人公の日常に切り替わる。郊外の一軒家、夫と死別したあと、がらんとした茶の間で独り過ごす75歳の主人公(田中裕子)。
家はそれほど古めかしいというわけでもない。昭和の時代、郊外へのドーナツ化が進んだころに建てられたものでしょうか。玄関のドアなどが表面ボロボロで歴史を感じさせるぐらい。
生垣に囲まれた庭もあり、庭先に停められた軽自動車のナンバーから物語の舞台は所沢あたりの東京郊外をイメージさせます。
★★
主人公の住んでいる家が、そのへんに普通に建つ家とあまり違いはないというところは、老人問題はけして他人ごとではないのだと思わせます。
自分で車も運転できる主人公にあまり年老いたイメージはなく、ほとんど僕らと変わりありません。東京郊外に住み、車を乗り回す老人、それは将来の自分たちの姿でもあります。
「起きてもどうせ一人」という心の声に打ち克って、毎朝寝床から抜け出す主人公。つけっぱなしのテレビの前に一日じゅう座ったきりの姿からは話し相手もない暮らしぶりがうかがえ、はじめのうちはなんだかわびしさも感じます。
ただし冒頭のCG映像が暗示するように、主人公は図書館に通い、地球が始まって以来の歴史を勉強しているなかなかのインテリでもあります。年老いてくると物事を地球の歴史のスケールで考えるようになるものらしい。
★☆★
そんな彼女の前に3人の男(宮藤官九郎、濱田岳、青木崇高)が現れる。どうやら彼らは主人公の分身らしいのですが……。
認知症の症状で小人の幻覚が見えたりするものがあるらしいけど、この映画に現れる3人はそういうたぐいではないでしょう。
自分もよくありますが、頭の中で自問自答を繰り返しているとまるで複数の人格で会話しているように思えてきます。いわゆる「脳内会議」というやつです。
3人組はユーモアたっぷりにジャズを演奏し、田中裕子も歌い踊ります。一人暮らしの老後を描いたこの映画がけして暗いトーンにならないのはこのトリオのおかげでしょう。
★☆★☆
主人公の前には過去の自分自身もあらわれます。
蒼井優演じる若かったころの主人公は、婚約者と故郷を捨てて上京、必死で働きながら夫と知りあい、以後は幸福な日々を過ごします。若いころの夫を演じるのは東出昌大です。
夫に愛され満ち足りた半生を送ってきたと思っていた主人公ですが、彼が世を去った今、あらたな疑念にとらわれます。
家にしばられない新しい女になるつもりで故郷を出てきたが東京で古い生き方にからめとられた。大切なのは愛より自由だったのではないだろうか。思いは募り主人公は過去の自分と対話を続けます。
結局主人公が夫の愛以上に欲しかったものは自分自身の力でどこでも行ける自由さだったのでしょうか。
正しいと思っていたはずの自分のこれまでの生き方をもう一度検証してみる、それも老後に残されたひとつの仕事ではないかと思います。
★☆★☆★
ちょうど最近公開され、本年のアカデミー賞を受賞した「ノマドランド」を思い出した。家もなく車上生活を送りながら全米を放浪する高齢者たちの物語だ。
あの作品に登場する主人公はじめ年老いたノマドたちは、間違いなく格差社会の犠牲者と呼ばれる人々です。
でも彼らからは思ったほど悲惨な印象は感じられず、むしろ自分の力を頼りに生きぬいていくしたたかな強さが伝わってきました。
「ノマドランド」の主人公のような力強さは「おらおらで〜」の田中裕子からは感じられませんが、かわりに何かひょうひょうとした軽さがあり、映画じたいもユーモアにあふれています。
力強さとユーモアと。この二つが孤独な老後に対抗する重要なアイテムではないでしょうか。
written by 塩こーじ
元記事 https://note.com/sio_note/n/ne8e561dc5f18
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2021年07月02日
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