2016年11月28日

ハリケーン・テル(Hurricane Teru)

ハリケーン・テル(Hurricane Teru)(誠和石川)



本名:照喜名 俊三
生年月日:1952年2月3日
国籍:日本
戦績:51戦35勝(15KO)13敗3分



【獲得タイトル】
第34代日本バンタム級王座
第36代日本バンタム級王座




【戦歴】
1970/09/23 ○4R判定 (採点不明) 西沢 俊明(不二)
1970/10/16 △4R判定 (採点不明) ジョージ 溝尾(ヤジマ)
1970/11/15 ○4R判定 (採点不明) 政井 広之(埼玉中央)
1970/12/30 ○4RKO 根本 博(日倶)
1971/01/28 ○4R判定 (採点不明) ジョージ 溝尾(ヤジマ)
1971/03/05 ○2RKO 伊藤 四郎(木村)
1971/03/20 ○4R判定 (採点不明) 永島 政広(AO)
1971/04/16 ○4R判定 (採点不明) 井上 進(ヨネクラ)
1971/06/04 △6R判定 (採点不明) 小林 政一(鈴木)
1971/08/05 ○6R判定 (採点不明) 谷口 重雄(木村)
1971/09/09 ●6R判定 (採点不明) 平川 譲一(鈴木)
1971/10/14 ○5RKO 本間 学(ベアー)
1971/11/04 ●6R判定 (採点不明) 平川 譲一(鈴木)
1972/01/06 ○6R判定 (採点不明) 上原 茂紀(金子)
1972/03/23 ○6R判定 (採点不明) 吉田 松志(堀口)
1972/04/14 ○4RTKO 細川 光昭(セキ)
1972/05/11 ○8R判定 (採点不明) 平川 譲一(鈴木)
1972/06/27 ○8R判定 (採点不明) 竹内 邦夫(草加協栄)
1972/09/15 ○7RKO 東城 拓(金子)
1972/10/19 ●10R判定 0-3(47-48、47-49、46-48) 内山 真太郎(船橋)
1972/12/14 ●10R判定 (採点不明) 竹内 邦夫(草加協栄)
1973/02/20 ○8R判定 (採点不明) 深沢 重信(鈴木)
1973/05/20 ○8R判定 (採点不明) 佐久川 正次(東洋)
1973/06/26 ○9RKO 福村 貞夫(横須賀)
1973/08/26 ○10R判定 (採点不明) 水野 久美(ミカド)
1973/11/23 ●10R判定 0-3(45-47、45-48、45-47) 三船 豪(草加有沢)
1974/01/20 ●10R判定 0-2(47-48、49-49、46-47) 三船 豪(草加有沢)
1976/12/14 ○6R判定 (採点不明) 留岡 偲(金子)
1977/02/15 ○5RKO 北垣 一弘(帝拳)
1977/05/08 △10R判定 (採点不明) 井 誠志(墨東)
1977/07/05 ●10R判定 0-3(45-50、46-50、46-50) 村田 英次郎(金子)
1977/09/13 ○10R判定 (採点不明) 川口 高生(SB川口)
1977/11/24 ●10R判定 (採点不明) 磯上 秀一(辰東)
1978/01/04 ○6RKO 林田 宇一郎(新日本サイトー)
1978/11/26 ○7RKO 田中 風太郎(オザキ)
1979/01/09 ○10R判定 (採点不明) 神馬 進(島本)
1979/03/11 ○10R判定 3-0(48-44、48-42、47-44) 佐藤 一美(進光)
1979/05/24 ○4RKO 山本 勝(新日本木村)

■日本バンタム級タイトルマッチ
1979/07/16 ○2RKO 阿南 弘生(小島)
※日本バンタム級王座獲得

■日本バンタム級タイトルマッチ
1979/10/05 ○10R判定 3-0(100-92、100-94、99-94) 阿南 弘生(小島)
※日本バンタム級王座防衛@

■日本バンタム級タイトルマッチ
1980/01/28 ●10R判定 0-3(94-98、95-97、94-97) 石垣 仁(ヨネクラ)
※日本バンタム級王座陥落

■日本バンタム級タイトルマッチ
1980/05/03 ○9RKO 石垣 仁(ヨネクラ)
※日本バンタム級王座獲得

■日本バンタム級タイトルマッチ
1980/08/17 ○4RKO 丘 勇治(協栄河合)
※日本バンタム級王座防衛@

1980/10/21 ○3RKO 新鬼 丈(広島三栄)

■日本バンタム級タイトルマッチ
1980/12/16 ○1RKO 磯上 修一(辰東)
※日本バンタム級王座防衛A

■日本バンタム級タイトルマッチ
1981/03/15 ○10R判定 3-0(100-90、100-92、100-93) 丘 勇治(協栄河合)
※日本バンタム級王座防衛B

■日本バンタム級タイトルマッチ
1981/05/28 ○10R判定 3-0(99-96、100-96、100-93) 大橋 克行(協栄河合)
※日本バンタム級王座防衛C(のちに返上)

■WBC世界バンタム級タイトルマッチ
1981/09/22 ●15RKO ルペ・ピントール(メキシコ)
※WBC世界バンタム級王座獲得失敗

■日本バンタム級タイトルマッチ
1982/01/28 ●10R判定 0-3(98-99、96-98、96-98) 磯上 修一(辰東)
※日本バンタム級王座獲得失敗

1982/06/03 ●4RKO フランシスコ・ベヒネス(メキシコ)

■日本バンタム級タイトルマッチ
1982/11/16 ●10R判定 1-2(97-96、98-99、98-99) 磯上 修一(辰東)
※日本バンタム級王座獲得失敗







【補足情報】
・ 大分県直入郡に生まれたが、7歳の時、父の出身地沖縄県那覇市へ移住。
・ アマチュア戦績:14勝3敗。沖縄工業高校3年の時ボクシング部の部長を務めた。しかし
 部員の死亡事故により部が解散。
・ 本名でデビューし、留岡 偲戦からハリケーン・テルとして活躍。ルペ・ピントール戦より
 ハリケーン 照としてリングに上がり、フランシスコ・ベヒネス戦から再びハリケーン・テルとして
 活動した。ハリケーンは米国で冤罪事件で逮捕されたボクサー、ルービン・カーター(米)の
 異名に由来する。また、所属ジムはデビュー時は石川ジム、名称変更により田中 風太郎戦から
 誠和石川ジム所属となっている。
・ 1974/01/20の三船 豪戦から1976/12/14の留岡 偲戦までの2年11か月間は
 持病の腰痛が悪化したため、現役のボクサーをあきらめ、トレーナーとして後輩の面倒を見た。
 また、1978年4月にはアルコール好きが昂じて急性肝炎となり3か月の入院、
 7か月の空白期間を作った。
・ 2014年1月17日没。




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posted by boxingmeikan at 14:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 日本
この記事へのコメント
chamuyoさん

ありがとうございます。
へぇ、一度引退してから日本王者にまでなっているんですね。
これって凄いことですよね。
同じ石川でハリケーン 風太(カシミ)ががんばっています。
系譜を感じてしまします。
Posted by せきちゃん@mos at 2017年02月26日 05:56
誰に対しても礼儀正しく謙虚であり、そして対戦相手を貶めるような言葉を決して使うこともなかったハリケーン・テルこと照喜納俊三、彼もまた山あり谷ありの波乱に富んだ人生を送ったボクサーだった。

○所属ジム名の補充
1970/09/23 ○4R判定 (採点不明) 西沢 俊明(不二)
1970/10/16 △4R判定 (採点不明) ジョージ 溝尾(ヤジマ)
1970/12/30 ○4RKO 根本 博(日倶)
1971/01/28 ○4R判定 (採点不明) ジョージ 溝尾(ヤジマ)
1971/03/05 ○2RKO 伊藤 四郎(木村)
1971/03/20 ○4R判定 (採点不明) 永島 政広(AO)
1971/08/05 ○6R判定 (採点不明) 谷口 重雄(木村)
1971/10/14 ○5RKO 本間 学(ベア)
1972/01/06 ○6R判定 (採点不明) 上原 茂紀(金子)
1972/04/14 ○4RTKO 細川 光昭(セキ)
1972/06/27 ○8R判定 (採点不明) 竹内 邦夫(草加協栄)
1972/09/15 ○7RKO 東城 拓(金子)
1972/12/14 ●10R判定 (採点不明) 竹内 邦夫(草加協栄)
1973/06/26 ○9RKO 福村 貞夫(横須賀)
1977/02/15 ○5RKO 北垣 一弘(帝拳)
1978/01/04 ○6RKO 林田 宇一郎(新日本サイトー)

○スコアの判明した試合
1972/10/19 ●10R判定 (47-48,47-49,46-48) 内山 真太郎(船橋)
1973/11/23 ●10R判定 (45-47,45-48,45-47) 三船 豪(草加有沢)
1974/01/20 ●10R判定 (47-48,49-49,46-47) 三船 豪(草加有沢)
1977/07/05 ●10R判定 (45-50,46-50,46-50) 村田 英次郎(金子)

■日本バンタム級タイトルマッチ
1979/10/05 ○10R判定 (100-92,100-94,99-94) 阿南 弘生(小島)
※日本バンタム級王座防衛@

■日本バンタム級タイトルマッチ
1981/03/15 ○10R判定 (100-90,100-92,100-93) 丘 勇治(協栄河合)
※日本バンタム級王座防衛B

■日本バンタム級タイトルマッチ
1981/05/28 ○10R判定 (99-96,100-96,100-93) 大橋 克行(カワイ)
※日本バンタム級王座防衛C(のちに返上)

■日本バンタム級タイトルマッチ
1982/11/16 ●10R判定 (97-96,98-99,98-99) 磯上 修一(辰東)
※日本バンタム級王座獲得失敗

【補足情報】の補充
・ 大分県直入郡に生まれたが、7歳の時、父の出身地沖縄県那覇市へ移住。
・ 沖縄工業高校3年の時ボクシング部の部長を務めた。しかし部員の死亡事故により部が解散。戦績14勝3敗。
・高校を卒業後、上京し、日産自動車に就職した。しかしボクシングに専念するため退社し、その後は岡部進のそば店を手伝ったり、洋服店に勤めたりしながら練習に励んだ。
・1974/01/20の三船 豪(草加有沢)戦から1976/12/14の留岡 偲(金子)戦までの2年11か月間は持病の腰痛が悪化したため、現役のボクサーをあきらめ、トレーナーとして後輩の面倒を見た。また、1978年4月にはアルコール好きが昂じて急性肝炎となり3か月の入院、7か月の空白期間を作った。
・2014年1月17日没。

・リングネームの変遷
デビュー戦から1974/01/20三船 豪(草加有沢)戦まで27戦を照喜納(てるきな)俊三、
 1976/12/14留岡 偲(金子)戦から1981/05/28大橋 克行(カワイ)戦までハリケーンテル
1981/09/22ルペ・ピントール戦から1982/01/28磯上 修一(辰東)戦までハリケーン照
 1982/06/03フランシスコ・ベヒネス戦から1982/11/16磯上 修一(辰東)戦まで再びハリケーンテル。“ハリケーン”はあのルビン“ハリケーン”カーターからとった愛称である。

・所属ジムの名称 デビュー戦から石川ジム、1978/11/26田中 風太郎(オザキ)戦から誠和石川ジムと名が変わった。1984年ごろ、再び石川ジムとなるが、ハリケーン・テルの最終戦のころはまだ誠和石川ジムであった。

Posted by chamuyo at 2017年02月24日 11:43
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