2017年04月30日

トレーダーとして「時は金なり」を考えてみる




「時」というものを考えるのは



簡単なようで、難しい。







ヒトは


太陽が昇って沈むまでを1日とし、



それを24で割ったり、

さらに60で割ったりして




「時」を捉えている。







「時」というと、

私の頭の中には

時計の文字盤が浮かぶ。



アンティーク調の、

不思議な雰囲気の漂う文字盤だ。




しかし、そんな文字盤とは

あくまでも

ヒトが「時」を見える化したものすぎない。






また、

世界中の時計の針が

同じ速さで動くから


誰にでも平等に

与えられているような気がするが




果たして

本当に平等なのだろうか?とも思う。






師は

「『時は金なり』の意味を、ほとんどの人が誤解している」と言う。


「時間はお金と同じぐらい大切だ」という解釈は

違うのだという。








ようやくその意味が、



うっすらと掴めつつある。











目に見えない「時」に対しての考えを


どんな風に書き記したらよいものか。



その力は、まだ私にはない。





だが、自分の理解のためにも

書いてみようと思う。









まず、「時間がない」という表現について。



すべきことが多く、余暇・余裕がない。

忙しい。



そんな時に使う。



こういう人は、ほぼ全員が

焦り、慌て、苛立っている。





「忙殺」という言葉どおり

心が死んでいる。





死んでいるというか、

私には


「心の亡骸」が

ゾンビのように彷徨い、

日々を過ごしているように見える。







一方で、

充実した時間を過ごしている人は



ハツラツとし、おおらかで、

他者への心配りもできる。







実際に好きなことに時間を費やしている間、

目の前の好きなことで頭も心も満たされる間、




自分が人間の体をもって、



今、



地球上に存在していることさえ





忘れている。










意識の世界に飛んでいるというか、



集中の境地にいるというか、




例えば、愉しくて満面の笑顔でいることも

忘れている。








「自分」はふわっと


どこか愉しい所に飛んで行っていて



「体」は置いてきぼりにあう。







心と体が分離する状態だけをみると

「忙殺ゾンビ」と同じなのは、

皮肉なものだ。(笑)





「忙殺」の対義語がないのが

愉しんでいる人がいないことを示しているようで

これもまた、皮肉なものである。







説明するに不便なため

「忙殺ゾンビ」の反対は

「魂が悦んでいる人」と表現することにする。













さて、「時」の話に戻るが


地球上の生物は皆、



同じ時間軸に乗っている。






だがそれは、

「与えられた時間が平等」ということではない。




仮に「時間は与えられるもの」だとすると


忙殺ゾンビは、「時間を奪われている」。




一方、

魂が悦んでいる人は「時間を費やしている」。












「時は金なり」の言葉どおり


お金に置き換えると、よくわかる。





この世に生まれて、

皆一定の「お金」が与えられるとする。






忙殺ゾンビは、お金を奪われ、さらに奪われ、

ますますゾンビ化が進む。


そんな中にあっても

ゾンビには、お金を与えられる機会など

あるはずもない。




奪われることしかなく、奪われ尽くして

気付いた時には

死期が迫っている。




心が死んでゾンビなっていたのに、

「死期を迎える」という2度目の死がやってくるのだ。








一方、魂が悦んでいる人というのは

与えられたお金を

好きなことに費やす人だ。



これはつまり、「投資」である。





自分の元からお金が出る、という流れる方向は

忙殺ゾンビと同じなのだが

能動的であって、愉しんで出している。







ここに大きな違いがある。









お金に置き換えたが、

お金ならば出て行った分が

戻ってくることもあるだろう。




しかし、時は帰ってこない。

出していくばかりであり。




できるのは、

時の質や価値を上げることで

±0、もしくはプラスに転じることだ。











「時を、どのように、自分の元から出すか」



ここに、

与えられる時間の不平等(=価値の違い)が生まれる。







魂が悦んでいる人は、


愉しむことに費やす時間に先んじて、意識の始点がある。





忙殺ゾンビは、


意識に先んじて、時間の始点がある。







たったこれだけのことで



与えられた時の質が変わり、


価値が変わり





さらには


生きている存在価値さえ変わってしまう。









生きている存在価値とは、


その人の影響力に直結する。





影響力とは、

お金(収入)に直結する。










【 時は金なり 】



シンプルすぎる表現だが

奥が深すぎる。








どこの誰が言い始めたのかは、わからない。






だが、きっと


このシンプルの中には





「真意を考えなさい」と諭す優しさが






込められているのだろう。











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