2017年08月19日

新幹線とBOSEがあれば、時空を超えられる




イヤホン.jpg





BOSEのイヤホンが、たまらなく、いい。








これは

師に勧められたものだ。





ずっと、iPhoneを買った時に付属している白いイヤホンを使っていた。








スピーカーやヘッドホンよりも、

イヤホンは鼓膜に近い。





スピーカーへのこだわりはわかるが、

イヤホンにはさほど差はないだろう



と思っていた。














勧められたものは、ノイズキャンセリング機能の付いたものだ。










「音」には波形があるが



周囲のノイズと同じ波形の逆位相の信号を生成し




打ち消すことでノイズをコントロールする、という機能だ。













Sam Smith.png












まず、静かな部屋で聴いてみた。







繊細な音楽で聴いてみようと、


サム・スミスの In The Lonely Hour を選択した。









♪ I need someone〜 で始まるのだが



" I " にはこんな表現があるのか、と絶句し



鳥肌が止まらなかった。









『アメリカ人 = 合理的、豪快』そんなイメージがあるから



彼らがが発する" I " 対してあまり繊細さを感じたことがなかったのだが、


この時ばかりは脱帽した。








iPhone付属のイヤホンでは、ここまで聴き取れない。











alive.jpg







SIAのAliveを大音量で聴くのも、たまらなく、いい。







みぞおちの辺りが波打つのがわかる。
















この、「絶望」と「哀れみ」と「未知への好奇心」とが奇妙に混ざった「興奮」を 


前にもどこかで感じたことがある。











ピカソのゲルニカを見たときの、あの感じだ。


















BOSEに出逢うまでは、

すりガラス越しにゲルニカを見ていたようなものだ。





目と鼻の先に本物があるというのに


私は、美術の教科書でみたゲルニカの写真を頭に思い浮かべながら


ただすりガラスを見ていただけだった。







すりガラスを見ていたから


魂の鼓動もなにも、なかった。








すりガラスを取り払うと



SIAの苦悩や愉悦や、もっともっと複雑な感情がそのまま伝わってくる。







声のかすれ、呼吸。





そのひとつひとつが、SIAのすべてだと


感じることができる。





























私は新幹線に乗って


景色を見ながら思考するのが好きだ。






車や鈍行列車の車窓とは少し違う。





人間の能力を超えた速度で移動するのは同じだが




体感し認知する重力でいえば、

車や鈍行列車のように

大きく揺れたり曲がったりしない。









長時間、一方向に重力を感じつつ


景色が揺れることなく同一方向に過ぎ去っていく。







この状態で思考すると、


不思議なことに「集中」できるのだ。









普段とは違う閃きもあるし、

集中ゆえ表現の仕方も違うから



創作活動をするのにも適している。









今この記事も、新幹線の中で書いている。









最近ではこの高速移動の「集中」にBOSEのイヤホンが加わった。








雑音をなくし、



繊細な表現の音楽を聴きながら



高速移動をすると



思考も進むし、疲れないのだ。









それはきっと「ストレスがないから」だろう。






きっと、無意識のうちに耳や音にまつわるストレスを感じ


それが思考や身体に影響していたのだ。


















新幹線に乗る人の多くは、



旅行という非日常に気分の高揚によって





ビジネスマンは、仕事終わりの疲れによって


マナーを守れなくなっている。








靴を脱いだ足を組んだり、


通路にはみ出したり、


声のボリュームが大きかったり…







いわゆる「エコノミー客」ばかりだ。











彼らにとっては

「移動時間」 = 「強制的に1日に組み込まざるを得ない時間」

になっていて

その時間を無理矢理何とかして過ごそうとしている。







旅行客は非日常を余すことなく過ごさねば、

と宴会のようなものを始めるし





忙しく睡眠時間が取れないビジネスマンは、

今ここで寝ておかないと、となっている。








「いま、この空間を最大限に生かし、ここでしかできないことをしよう」という感覚がないのだ。










「新幹線」という技術の粋を集めた空間にいて


加えて、時速数百キロという超高速移動をしている時間。









この時空は、なかなか貴重なものであるはずだ。









宴会や睡眠で過ごすには、勿体ない。
















同じ空間にいることで私自身が疲れてしまう



と思う時には

シートのクラスを変えることもあった。















だが、BOSEのイヤホンがあると全く違う。








BOSEは私を、さらに別の時空へ連れて行ってくれる。









座席の1㎥もない空間が、思考の時空となる。












騒音と疲労で鬱屈した不粋なエコノミー空間と


完全に時間の流れが変わるのだ。


















不思議なものである。




それ以来、新幹線のクラスを変える必要がなくなった。



イヤホン自体は3万円で、買う時は価格としては高額だとも思ったが


今は、総じて安くあがっている。























技術の進歩は、ニーズのあるところに生まれるが




時速数百キロの高速移動と、


雑音を消して素晴らしい音楽を聴くという



いくつもの「異次元」の相乗効果は









新幹線やBOSEの開発者も、


音楽を創っているアーティストも誰も



思いつかなかった恩恵を創り出している。























師は、身の回りのモノすべてを「超一流」とすることに徹している。








スーツ、財布、車 だけではない。








コートの胸ポケットから見えるレザーのグローブ。



靴下。



爪切り。



歯ブラシ。



シャワージェル。











一度良質なモノに出逢うと

品質を落とせなくなってしまうのだろう、とか



美しいものに囲まれていたいのだろう、とか




そんな風に解釈していた。











だが新幹線でBOSEを使うようになった今


師の感覚は、そんな浅はかなものではない と



やっと気付くことができた。












「異次元のモノ」を単体で捉えてはいけない。








「異次元のモノ」には相乗効果があり


身に纏う「異次元」が2つ、3つ… と増えていけば



確実に「時空が変わる」のだ。














ただ、高級品を大量に買って身に着ければいいのではない。





全て100均のモノの中にあっても

超一流のモノと同じ扱いができる器が無ければ、




豚に真珠 である。






そして、自分自身も「異次元」の器をもち、

その相乗効果に加わることができるようにならなければ




師が言う「成功」にはならない。











ここまで考えて、ふと思った。







私も、仲間たちも「成功」に近づくとき



その相乗効果はどんなものになるのだろう、と。









成功者が集まるだけで


平凡でなんでもない場所でも



時空を変えてしまうのだろう。











その時、




どんなものが生まれ








世界に提供できるだろう。















今は想像がつかないが






それが




私にとっても、仲間にとっても








「夢」の実現であるに違いない。



















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posted by ミト at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | エスキス

2017年07月28日

いのちをいただく



鯛.jpg







小学生の頃、「あのねノート」という日記が


宿題の一つだった。






毎日、何を書こうかと


大人から見ると大変そうに見える宿題のようだが



子供にとっては




案外、毎日違った出来事が起こっていた。









毎日、違った感じ方をするし



同じものを見ていても




ふと、疑問に思ったりする。








些細なことでも、小学生の私にとっては真新しかった。












成長するにつれ



日々、忙殺され



些細なことも見逃してしまうようになったが。
















そんな「あのねノート」に





夕食の支度をする母の手伝いをしつつ


つまみ食いをした、






というのを書いたことがある。














つまみ食いは、なぜおいしいのか。











そんなことを



小学生なりにあれこれ考えて



書いていた。












皿に盛りつけられ、



食卓に並んだ見た目に美しいものより




つまみ食いの方が、おいしく感じた。










その理由はきっとこうだ、




という書きぶりで書いていたのを




今でも覚えている。














その理論は単純であった。










「できたてだから」。










つまり、「新鮮であること」が



おいしさの要因となっているのだ。














その後もその「理論」は覆されることはなかった。



















そして、もう少し大人になった私は




「新鮮」を掘り下げて考えるようになった。












そうすると、少し怖く感じたのだった。













いけすのある料理店で




刺身を注文した時のこと。











網で捕らえられた鯛は





渾身の力で





暴れた。









水しぶきが、席にまで飛んできた。











客は、それを見たくて来ている。













そして三枚におろされ、盛り付けられ



背骨と頭部だけになった部分も




立体的に盛り付けられた。











もう死んでいるのだろうが、神経は生きているのか






背骨と頭部だけになった鯛は




それでも、





時折、





ピク、ピク と動いていた。















それが



「おいしい」ということなのだった。















もし、いけすで長期間半殺しにされて



元気のなくなった鯛なら






いとも簡単に網にかかり




水しぶきをあげることもなく




さばかれる。













歯ごたえのない身を




三枚におろされ




きっと目玉も白く濁った、遠い目をして




盛り付けられる。














きっと、そういうものを



「不味い」というのだろう。































チーター.jpg








弱肉強食の世界では





空腹の強者は






ついさっきまで生きていた弱者を




自らの手で殺し、食べる。










食べる側からすれば



これ以上新鮮なものはない。







おいしいに違いない。














肉になる側が





若く、健康であればあるほど





おいしいのだ。













それはつまり、言い換えると



食べられる側は




" 最も死にたくない状態 " ということ。












痛みも、恐怖も、絶望も





" 全てが最大値をとる時 " が







最もおいしいのだ。





























こう考えると






いけすの料理店に行かなくても






スーパーでコロッケを買うときでさえ








『いのちをいただいている』という意識を




自然ともつようになった。













































モルフォ.jpg









仲間たちと揃えて持っている、アクセサリーがある。








本物の蝶の羽をつかったアクセサリーだ。










ブローチ、カフス、ペンダント、ブレスレットと



いろいろある。











カキカモルフォ、メネラウスモルフォ など






不思議で魅力的な色合いの




蝶をつかっている。



















ペンダント.jpg











単純に、




綺麗だな、好きだな、という感覚もあるのだが









この美しい " 亡骸 " を見るたび







アクセサリーを愛でる「ヒト」に生まれたことを自覚する。








強者ゆえ、いのちをいただいて




美を愉しんでいる のだと。


















『悦に入る』わけではない。











こんなにも美しい状態で死ぬことは



どんなだっただろうか、と考えるのだ。











この蝶に象徴されるように





自分が生きる、ということは




いのちをいただく ということ。














いただいた人生を無駄に生きてはいけない。










そうやって




トレーダーとしても、デザイナーとしても





精進しなければならない、と






戒めることができる。


















すべてのものに、感謝を。

















当たり前のことを、当たり前にできる「強者」に




なりたいと思う。













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2017年07月26日

宝くじ当せん金





宝くじ.jpg









宝くじが当たった。







私は、トレードを始める前から





ふと思い立った時に宝くじを1枚だけ買う、という習慣がある。












学生時代にたまたま図書館で手に取った本に書いてあった。




『宝くじは1枚だけ買え』 と。










その理屈はこうだ。







まず前提として



「そもそも、確率的に当たるものではない」 とあった。







そして



仮に1枚300円とすれば



300円で得られるワクワク感を2倍にするためには、





ヒトは10倍の仕事量が必要なのだという。












2倍ワクワクするために



10枚の宝くじを買う必要があり、




3,000円を支払わなくてはいけない。









ウェーバー・フェヒナーの法則だっただろうか。



人間の感覚量は仕事量の対数に比例する。






効率でいえば、悪くなっていく。







そもそも当たらないものに対して、枚数を増やすほどに


損失の割合が大きくなるのだから



それなら初めから、1枚にするのがいい。







確か、そんな考え方だった。










ワクワクする夢を買い、


その代金は地方の財源の一部になって


社会に循環していく





と思えば300円は安い。










だから私は、当てようという気はさらさら無く、




ふと思い立った時に1枚だけ買うのだ。















そんな私が、



白蛇の夢を見た。











その翌日は、立て続けに白蛇を画像や動画で


たまたま見た。





テレビをつけたら、

ちょうど動物番組で白蛇のシーンがあったり、そんな感じだった。









ただの偶然なのだが、今までにない出来事だったから



何もしないという選択は私にはなかった。












とりあえず、宝くじを1枚買った。






























そして当選発表日。
































メールで「宝くじ当せん金の入金がありました」とあった。























「ああ、やっぱり当たっていたか」という



不思議な感覚とともに






すぐにはインターネットで口座を確認できない環境にあったから



一体いくら当たったんだ!?という高揚感も




入りまじっていた。

















1等ならば、億単位の金額だ。













普通なら、






「貯金」「車を買う」「旅行」そんな遣い方だろうが







私の頭にあったのは








「トレード運用資金」だ。

















当せん金を運用すれば、5年で私の夢は叶う。












ビル・ゲイツには到底及ばないが、



地方都市の主要計画の予算くらいにはなる。









ある程度まとまった規模のことはできるから




福祉や教育の支援だとか、まちづくりだとか








政治家を応援するよりずっと簡単に、




お金をまわすことができる。

















夢の一つがこんなに早く実現するとは。













もっと詳細まで考えておくべきだった、








と少しの後悔もあった。
















そして、










ここまで考えて、












「なんか、つまんないな」と思った。

















私一人で夢を実現したところで







なんか、つまんないのだ。

















私は、






社会のためにお金を遣って、










満足感を得たいのか?












それなら、






車を買ったり、旅行へ行くのと










同じではないか。
























「できなかったことが、可能になる」という





達成感のためか?












「できなかったことが、お金によって可能になる」



というのは







「成し遂げる」とは程遠い感覚だ。



















どうにも




空虚感が付きまとう。


















やはり、つまんないのである。















では、ただ単純にワクワクしたいのか?











例えば世界一周旅行に行くなら、








何を見て、体験して、その後どうしたいのか。










そこが、わからなかった。


















それなら単純に




私は、大好きな人たちと行きたい。












だとすれば、世界一周である必要はない。











レンタカーで日帰りのドライブへ行くのでも




十分に愉しいではないか。















そう思った。














それなら、仲間のために何かできないだろうか。









同じ志の仲間と一緒に歩みたい。
















もはや、社会貢献だの、満足感だのはどうでも良くて





ただただ、







愉しそうで心惹かれる……










































ここまで考えたところで














次は、




全額を運用して大丈夫か?と










不安になった。


















元々は300円だ。



なくなってゼロになったって、どうでもいい。








ただ、トレードに対し


これだけ「淡々と発注している」と思っていても






億単位を運用して、


必ずやってくるドローダウンに遭遇したとき









私はそれでも淡々と発注できるのか?












本気で心底、どうでもうい、と思えているのか?













突き詰めて考えると、








答えは出なかった。


















10円と10億を同じ土俵で考えられるのか?










10円が5円になるのと





10億が5億になるのを







同じ平常心で見ていられるか?


















なくなってもいい、と思っているはずが










なくすのが惜しく感じてしまっているのだった。



















こうして






自分の未熟さを痛感したところで






















当せん金を確認することができた。















































900円。



















1枚だけ買った宝くじを3倍にしたのである。










ハラハラドキドキした自分が



滑稽にも思える一方で








この300円→900円 という爆発力と





1枚を買って1枚が当せんするという確立に







圧倒された。





















数百円に圧倒される金銭感覚。





そして






数億円に圧倒されない金銭感覚。












究極の金銭感覚は、ここにないといけない。




















お金が欲しいとか、なくすのが惜しいという




欲望と恐怖の陰りが







心の片隅に、








ほんの一点でもあれば












全てが崩れてしまう。























それはまるで





宇宙船に空いたほんの小さな穴のようなものだ。














ものすごい吸引力で





船内の空気も物体も、吸い出してしまう。



















きっと人は、ひとたまりもない。






















ミンチ状になって、









宇宙空間へ放り出され













宇宙のゴミとなってしまう。
























そんな、おぞましさ、恐ろしさを孕んでいるのだ。



































300円の宝くじに、宇宙を見た。













何とも不思議な体験であった。













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