2017年11月13日

工事中





先月の、突然のブログ終了のお知らせにも関わらず


たくさんの方が


今日も当ブログを訪問してくださっています。







本当にありがとうございます。











このブログは、私にとって


脳内を整理する役割が大きく




読んでくださっている方にとっての有益性は



果たしてどのくらいあるのだろう。






と疑問に思ったことが




ブログ終了のきっかけでした。












いま、「トレード」も「建築」も離れた地点で


新しいものが生まれようとしています。








トレードと建築を離れるとはいえ、



私から生まれるものが



それと無関係なはずはないのですが・・・。











私にとっての「トレード」は



” invest " の意味での「投資」と同義です。







「建築」には多様な切り口がありますが、




「デザイン」「社会的」な側面が



私にとっては魅力的に映っています。














ブログを書いていて、やっと、


これらの本質に気づくことができました。










いま私が育てているものは、「トレード」や「建築」の



一般的なイメージとは全く異なるでしょう。








ですから



「トレード」も「建築」も離れた地点、という表現をせざるを得ません。














ただ、当ブログよりも有益性が増した


「私の夢」であることは


変わりません。














新しいお知らせができるまで




もうしばらく




お待ちいただけると、幸いです。











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posted by ミト at 00:00| (カテゴリなし)

2017年10月07日

むすび





本日をもって

本ブログを終了することと致しました。








これまで御愛読いただき、


本当にありがとうございました。







数あるブログの中から


本ブログに立ち寄っていただいたことに


感謝いたします。







posted by ミト at 03:25| (カテゴリなし)

2017年09月18日

東京タワーのお膝元で





東京タワーとスカイツリー.jpg






スカイツリー と 東京タワー。








テレビ塔やランドマークとして


『後継ぎ と 元祖』 の関係にあるが



私には、やや違った感覚がある。










東京タワーやスカイツリーを通して


「日本」を感じるのだ。






















スカイツリーは

日本の知恵や技術 という目に見えないものを形にした。







日本の技術をもってすれば、


だいたいこの程度のことまでできるだろう。



これ以上は、まだ無理だろう。





このくらいなら、設計から完成まで〇年あればできるだろう。



いや、これ以上になると何年かかるかわからない。








そうやって


専門家や技術者たちが感覚的に共有していた


知恵と技術の範囲・限界を




子供にも老人にも、


どんな人にもわかりやすく




形にした。











他に例を見ない、雲に隠れ、

富士山までも望める高さ。



外装材や、照明デザインから受ける

不思議な未来的イメージ。










明確な数値根拠も基準もなく、ただ、感覚的に



「これを超えるものは、日本にはまだない。

スカイツリーが最先端だ。」





誰もがそう捉えている。

















一方、東京タワーには



『東京』という都市の



『求心力』を連想させる力がある。









ただ古くて赤い鉄塔なのではない。








地方から東京に出てきた者にとっては



「いま、私は、東京にいるんだ。」と


証明し、噛みしめる象徴であり







「東京タワーを望める場所にいる」という


ちょっとした優越感にも似た思いにさせる



不思議な対象である。












東京に一極集中している国の仕組みがそうさせるのか、




ただ単に、これまで観てきたドラマやアニメで

そんな風に描かれていたのを


鵜吞みにしているからなのか。







理由はわからないが、



国政であれ

サブカルチャーであれ




やはり

立ち止まって「日本」を感じずにはいられないのである。





















スカイツリーと東京タワーは




比較される宿命にある。











どちらが好きか?












この問いに、私は








【東京タワー】





と即答する。











東京タワーには


なんだか命が宿っているような、



そんな気がするからである。









いや、「命」とは違うかもしれない。










うまく表現できないが



私にとって



スカイツリーは『無機質』で


東京タワーは『有機的』なのだ。

















東京タワー 2.jpg






昭和33年。






日本社会は、生活水準に代表されるように



何もかもが、今と違っていた。








バブルの頃さえよく知らないが、


さらに、もっともっと前の時代。






おそらく、今の東南アジアに見られるような


目まぐるしい経済発展の勢いの中に


かつての日本もいた。







去年と今年、今年と来年では


何もかもが違っているような


そんな時代だったのだ。












東京タワー 足.jpg





当時の日本では良質の鋼材に恵まれなかったために



先端部分は、戦車をスクラップして材料とした




というエピソードからも


驚きを超えて、逞しさを感じる。








また、公募に寄せられた名称の中で


最も多かったのは「昭和塔」だったそうだ。






ネーミングセンスにも、時代を感じる。




「タワー」という英単語が広く知られておらず


何のことかピンとこない人の方が多かった、ということだろう。










そんな東京タワーは


建設時には、まったく遮るものがなく


どこからでも見えただろうし、



また、



展望台からは、どんなものも見えたであろう。














丘や山に登って、遠くの街の景色を見たことはあっても



都市のど真ん中で、文字通り目下に


こまごまと模型のように街並みが広がるのを






当時の日本人は


経験したことがなかったに違いない。
















社会の中に


どれほどのワクワクが生まれたのだろうか。












現在は、アクティヴィティにしろ、ゲームにしろ


いろいろな非日常体験ができるとはいえ





当時の日本人が味わったワクワク感には



到底及ばない。












宇宙旅行が一般化する、だとか


そういった大きな変換が起こるまでは





人々が当時と同じ高揚感を味わうことは


できないのかもしれない。






















ビルの間.jpg












東京タワーがタクシーの車窓から見えるとき。



それはいつも、突然だ。






東京駅からずっと連なるビル群。





どこも似たような雑多な都会の景色の中で




ビルとビルの合間から





突然、姿を現す。











その、ハッとする思いと同時に





どこからでも見えていた東京タワーが


高層ビルが建設されるにつれ


見えなくなっていったことに、感慨深くならざるをえない。










あのビルも、このビルも、


次々に完成し



時には、自らの展望台の高さを超えたビルが建ち



街が大きくなってきたのを







東京タワーは、ずっと見守ってきたのだ。














当時の形も色合いもそのままに


ただそこに、黙って、佇んでいたのだ。














私が東京タワーに命があるように感じるのは


きっとこのためだろう。








































さて、そんな東京タワーのお膝元に



『とうふ屋 うかい』がある。










とうふ料理は、京都でいただいたことがある。






確かに味は良かったのだが


物足りなさがあったため




うかいさんへ誘われた時、正直言って


あまり乗り気ではなかった。







わざわざ東京へ行って、豆腐じゃなくても・・・


という気持ちだった。








それでも「とにかく美味しい。素晴らしいんだ。」と聞き


お邪魔した。









行ってみて、わかった。





料理ももちろんだが


文字どおりすべてが、完璧だった。











うかい.jpg







庭の木々の葉の擦れる音も

美味しい。




2階の角部屋の窓を開け放つと

時折、吹き込んでくる初夏の夜の風も

美味しい。





仲居さんの話し方も

美味しい。















そして何より、門をくぐってからの


空間が素晴らしい。











一言でいえば、




闇夜に突然現れる


【竜宮城】のようだった。













うかい 4.jpg








近隣には高層ビルが少なく


増上寺の緑が、絶妙な闇をつくりだす。











真上には東京タワー。









ライトアップされ、朱色に輝くタワーは



庭の緋毛氈と、新緑の黄緑と



不思議なほどに一体化する。









それを

軒先と目隠しの簾に縁どられた景色の中に


眺める。












うかい 3.jpg






眺めながら、八海山の純米大吟醸を


「どうぞどうぞ」などといいながら



注ぎあい、談笑する。












お酒の美味しさとは


こういった『すべて』があってこそのものだ。














愉しい時空を過ごしながら






いま生きているのか、


死んでいるのか






時代はいつで、




何時間ここにいるのか










よくわからなくなった。














酔っていたからではない。
















浦島太郎の心地がした。


























竜宮城を出ても




東京タワーの姿は







ずっと見ていることができた。















それが









あの竜宮城は夢ではなかったのだ、という証でもあった。
























次は



紅葉の時期に行きたいものだ。












あたり一面、






「あか」の濃淡でさぞ美しいことだろう。


























秋…。












新酒の美味しい季節である......






















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posted by ミト at 17:00| 職人の魂に触れる
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